第33話 思わぬ真価
翌日。
ダンジョンに潜るには冒険者登録とお偉いさんの承認に許可、その他安全項目の確認、死亡時のどうたらとかいう書類が多数必要とのことで朝イチでギルドに入った。
ジル様が来ているという噂は街中に出回っていたらしい。俺達は入って直ぐに血気盛んかつ自信過剰な冒険者達に熱烈な歓迎を受け……死体みたいな山に囲まれる羽目になった。
ジル様に瞬殺された大量の人間をツンツンしたり、足先で蹴ってみたりして「死んでないだろうなこの人達……」と確認する。
全員が何処かしらの骨か関節、靭帯をやられてるようだ。中には裂傷で血が止まらない奴も居る。回復薬や回復魔法でも平均して全治二週間は掛かるだろうか。弟子としては全く笑えない。
受付の人や依頼をしに来た町民なんかは飛び散る血と涙、大の男達が出す悲鳴に泣き叫ぶ声、絶叫で何人も倒れている。
「騒ぎを起こさずにはいられないのかあの人は……」
「伊達に最強じゃないんだろうね、断ったら断ったで逃げたとか風潮されそう」
「僕はジルさんが大通りを通る度に悲鳴が上がるのが気になるよ。憲兵も出てきたと思えばジルさん見て引き返すし。良いのかなあれ」
歩く災害みたいな人だからな。俺はちょっと慣れた。
なんて遠い目をしながら全員分の登録を終え、振り返ったところで最高責任者……ギルドマスターに土下座せんばかりにへーこらされながら何やら注意を受けているジル様の姿があった。
聞けば「ダンジョンに行くのは良いけど、あんたは手を出さないでね?」という趣旨のことを言われたようだ。
本人は「何様だテメェは」と足蹴にしてたし、ギルマスは壁ぶち破ってどっかに消えたけど。
まあこうして出歩いただけでこれだしな……と未だに白目剥いてピクピクしてる冒険者達を見つめる。
ジル様が本格的に手を出せば他の冒険者が萎縮してしまう。もしくはこいつらみたいにダンジョン攻略そっち抜けで決闘決闘決闘の騒ぎになっていつか問題が起きるだろう。
そうなればダンジョンの産物で経済を回し、生計を立てているこの街としては困ると。
至極真っ当なこと言われてるだけなのに理不尽過ぎる。何で捕まんないんだ? いや、理由はわかるけど。似たような理由で王族殺しまでしでかしてるし。
「この辺りに地竜なんか聞いたこと無いぞ……でも剣聖様も見たっていうし……ってか倒してくれよ剣聖様……早急に高ランク冒険者を呼ぶしか……いや、この際俺が無理してでも倒すか……?」
頭から大量に血を流し、何かの破片まみれになりながらも戻ってきたギルマスに地竜の件を伝えたところ、青い顔でぶつぶつ言ってた。
あれから数日経ってるからてっきり騎士団辺りが動いてるもんだと思ってたが、俺達の護衛はあくまで護衛。報告だけして撤退したようだ。
王都からの討伐隊の到着を待つくらいなら自分達で解決して恩を売るのが得策なんだろう。
「緊急召集だ! 街中からありったけの冒険者をかき集めろっ!」
そんな怒号にも似た叫びを背に、俺達はダンジョンへと向かった。
「ひぇ~……き、緊張するなぁ……」
「ダンジョンって死体が残らないらしいね」
「血は出るっぽいんだけどな。人間まで消えるというし、ゲームみたいであんまイメージ出来ないよな」
軽い談笑をしつつ、岩山をそのままくり抜いてトンネルにしたような空間を進む。
壁にはランタンが掛けられてたり、発光するコケが生えてたりと意外と明るい。
事前情報によると終始そんな感じらしい。
迷路状になってる上、魔物が頭上からいきなり現れることもあるとのことで危険は危険だが、浅い層なら俺一人でも何とかなる。
問題はトイレとか食糧とかその辺だろう。
ま、今回は様子見だ。そこまで気負うことはない。
「リュウは防具を頼んだんだっけか?」
「スキルをコピーする為には防御力こそ命だからね」
新しい装備を依頼したのは俺とリュウのみ。
完成するまでは元々装備していた武器や防具をそのまま使うことになる。
慣れた様子で盾を掲げるリュウとそれを軽く小突く俺に対し、ショウさんは用意した槍を壁やら天井やらにぶつけては「し、失敗したかな……」と呟いている。
リュウの固有スキルの特性やショウさんの弱さ、適性、不慣れかつ鍛えてない身体のことを考えれば、リュウは大盾と小盾を使い分けての壁役、ショウさんはある程度育つまで遊撃という形をとるのが最も安全に思う。
俺がメインアタッカーだな。
「取り敢えず雑魚じゃ話にならないんで最奥まで行きます。良いですよね、ジル様?」
「お前が決めろ。オレは見てるだけに留める。勿論、お前が危ないようなら助けるが、他の奴等は守らねぇ。テメェで何とかしてみやがれ」
まともに獲物も振れず、動き回るのも難しい狭い空間で他人を守りながら戦ってみろ。
ジル様は言外にそう言っている。
想像するだけでキツいとわかる修行だ。今までのものとはまた違った苦労がある筈。
「うっす。 ……ってことで走りますよ、ショウさん」
「えっ……え? ま、先ずは弱い魔物で慣らすとか……」
「はぁ? 何甘ったれたこと言ってんです? んなことちんたらやってられませんよ」
「えぇ……」
困惑し、ひーひー言ってる大の大人を引っ張るようにして走り、十階層まで抜ける。
今にもぶっ倒れそうなくらい疲れてたので小休憩。
ドヤ顔で「僕はもう体力付いたから大丈夫だよ」とか言ってたリュウは肩で息をし、汗だくになって座り込んでいた。
俺の方も多少上がった息を整えながら冒険者ギルドで買った地図を確認する。
何でも入り口によって初心者用、中堅者用、上級者用と階層や出てくる魔物、トラップといった難易度が変わるダンジョンらしく、今回俺達がやってきたのは初心者用。全二十階層だ。
つまりは既に中間地点にまで到達していることになる。
地図様々である。
途中出てきた魔物は弱いのばかりだったので先行して殺した。
種類としては有名な雑魚魔物のゴブリンや犬が二足歩行になったような魔物のコボルトが主体。たまにバスケットボールくらいの大きさがあるデカい吸血蝙蝠や毒の液を出す蛙が出てきたくらいか。
「下から入ったからあの岩山を登っていくのを想像してたけど……まさか下に向かう階段があるとはね」
「面白いですよね」
見張りを俺に任せ、少しずつ余裕を取り戻してきた二人の間に「そういえば……」と割って入る。
「なあ、ふと気になったんだが……元々持ってたスキルがコピー出来た場合ってどうなるんだ?」
「ん? あぁ、統合されるみたいだね。スキルレベルがちょくちょく上がってるよ」
何というチート能力だと、思わずショウさんと目を見合わせる。
格下やこういうダンジョンに籠ってれば最強になれそうなのに何で無能扱いなんだろう。
そんな俺達の疑問を感じ取ったのか、リュウが苦笑しながら言う。
「いやさ、成長するまでが大変だよね。ステータスは貧弱になるデバフ付きだし」
……確かに。
大半は強くなる前に死んじまうのか。
「その上、職業は無いわ、所持属性は『無』だわ、か……マジでハードモードだな。せめて普通の属性魔法が使えればな……」
何気なく俺がそう言った時、それまで黙っていたジル様が反応した。
「あん? 何言ってんだ? その口振りじゃあ、まるで『無』の属性が弱ぇみてぇじゃねぇか」
「……え?」
「は?」
「うん?」
「あぁ?」
全員で何言ってんだこいつ、みたいな目で見つめ合う。
「……なあ。まさかだが……人族の国だと……」
「えっと……そうっすね、無能の『無』って……」
「習ったね」
「経済とかお金とかそういうのばっか教わってたから知らないなー」
俺達は再び沈黙した。
「究極の身体強化魔法だぞ……? どう考えても一番使い勝手が良いだろ……」
ジル様の唖然とした顔なんて初めて見た。聞けばジル様も『無』属性を有しているとか。
全っ然知らなかった。
確かに属性魔法使ったところ見たことないなぁとは思ってたけども。
「……リュウ、ジル様に魔法の使い方を習ったら実戦な」
「うそんっ、魔力量も少ないのに!?」
「ハッ、泣き言なんか聞きたくないね」
「スパルタだなぁ……」
リュウは盛大にため息をついて了承した。
結論から言おう。
ジル様の言う通りだった。
簡単に言えば物体が持つエネルギーを強化する魔法。
【鶏鳴狗盗】のデバフ能力で一般人レベルのステータスしかないリュウが全身を『強化』して動けば地面は抉れ、殴られた雑魚魔物は消し飛ぶ。
防御力も向上するし、更には他者には無理でも物に強化能力を付与することは可能。
実際、ショウさんのへっぴり腰&クソ雑魚ステータスでも槍が異常なまでに『強化』されていたお陰で、試しに突かれたゴブリンは魔貫○殺法を受けたみたいにドデカい風穴を開けて死んだ。
何が凄いって自分にだけ使うのなら、体内に宿してるだけだから魔力を全く消費しないこと。
鍛え方次第では確かに究極の身体強化とも言える。
運動神経の悪さとステータス自体に成長性が無いタチなのが非常に悔やまれる。
イケメン(笑)の【唯我独尊】は魔法の無効化が出来ない。何かしらの戦闘向きの職業なら圧倒出来たんじゃなかろうか。
いや、というよりも……
現時点で俺より強いかもしれない。
防御力の確認で試してみたが、歯が立たなかった。
刃もだ。
ビビって逃げようとしたリュウの背中に飛び蹴りを噛ましても、剣の腹を叩き付けても傷一つ負わず、嘘だろと殴っても殴っても「痒くてくすぐったいっ! や、止めてっ、漏れちゃうっ!」等と足をバタつかせて笑っていた。
イクシアはリュウの能力を知らない。
世間一般の常識で言えば最弱の固有スキル、最弱の職業、最弱の属性を持つ最弱の召喚者だ。
この分だと職業にも何かあるんじゃ……?
リュウのステータスに今日だけで二十~三十近くのスキルが追加されているのを見た俺は密かに戦慄するのだった。
主人公含め、異世界人は何かしらチート持ってるよ回。




