第310話 蒼い絶機
長くなりそうだったので切りました(*`・ω・)ゞ
灼熱が如き日照りに焼かれる砂の大地、シン砂漠。
見渡す限りの砂、砂、砂の風景は見る者の精神を蝕み、方向感覚や平常心を狂わせる。
王都の位置を正確に把握し、単騎で飛行可能な者であってもそれは同じらしいと、ロベリアは機械ながら嘆息していた。
『……漸く、ですか』
地平線の彼方まで続いていた赤茶の砂地の中、キラキラと日の光を反射して輝く水面を捉え、速度を落とす。
点々と見かけるオアシス、並びに街、古代の遺跡を横目に通過してきた彼女の機体は既に眼下の大地同様、極限まで熱されており、稼働に支障が出るほどではないものの、だからといって無視は出来ない温度に達している。
機械の巨人に見合わない、少女の声には僅かな疲労感と安堵の感情が乗っていた。
そうして雲の一つもない空を駆け抜け、数十分。
予め戦いの意思はないと通信を送っていたこともあってか、武装したMMMやシャムザ軍に睨まれこそすれ、最も広大と有名な湖の縁……崩壊した城跡近くに降り立つ。
出迎えは一人と一機、その護衛らしき兵達。
厳密に言えば邪魔した形になるのだろう。浅黒い肌をした男は王族や貴族を思わせる立派な椅子に腰掛け、ティータイムと洒落込んでいたようだった。
『およっ? ロベリアさんなのです!』
「……現シャムザ王ナールだ」
その前で女の子座りをしていた白黒の人型ゴーレムが真っ先に口火を切り、男が続く。
『『天空の民』が女王ロベリアです』
最低限の挨拶を終えてから、『機体温度を下げさせてもらっても?』とオアシスを指差し、許可を求める。
「それは構わないが……我が国の生命線だ、丁重に扱ってくれ」
『ゆっくり入れば大丈夫なのですよ!』
何故か当然のように溶け込んでいるヒナに一言言いたい気持ちを抑え、あまり砂が舞わないようそっと機体を沈めると、瞬く間にジュージューと白い煙が上がっていく。
『ふぅ……失礼。此度の件、助かりました。宜しければこのままでも? ただのオアシスにしては水温が低いですね』
そう何度も急激な温度変化はゴメンだった為、内心驚いたことに触れつつ、頭を下げる。
「水質もトップクラスだ。自浄作用でもあるようでな、多少の汚染なら屁でもない」
傲っていた過去はすっかり鳴りを潜め、痩せこけてシュッとした体型のナールは自慢げに言って笑った。
どうやら良いらしい。
『ネモさ……ライさん? と一緒に居なくて問題ないのです?』
別のことを訊きたかったのであろうヒナの質問をスルーし、敢えておどけて返す。
『向こうが勝手に動きます。どの道、軍は今再興に力を入れていて私の役目は然程ないですしね』
事実、会議や最終決定の是非、書類関係の業務はあれ、大半はライ達に比重が寄っている。
『専用の新装備が完成しつつあるというのに……どうにも、あのノアとかいう小娘に感化されているみたいです』
「……軍事機密ではないのか?」
『およ? シャムザは同盟から抜けた……のです、よね?』
ポツリと漏らした愚痴に対し、ナールが呆れたように呟き、ヒナが訊く。
その答えは駆け寄ってきた兵がもたらした。
「ご歓談中、失礼いたします。閣下、報告が……」
「よい、話せ。どうせいつものだろう?」
短い返答の後、兵はチラチラとロベリアの方に視線を向けながら話し出す。
「はっ。品質は均一、量も変わらず、です。印は消されていますがやはりシキ殿……あっ、いえっ、魔帝からの支援物資かと」
嘗てシキが見せた振る舞いの真の意味を理解しているらしい。兵の口振りに感じさせた尊敬の念に一瞥をくれたナールは腕を組むや否や、何故かこちらに疑問をぶつけてきた。
「魔帝軍、魔国、帝国、どれの痕跡もないが、ある日忽然とシン砂漠の何処かに物資が降ってくる……誰にも気付かれず、それと同時に必ず誰かが通る場所に、その上定期的に、だ。ロベリア嬢……いや、女王はどう思う?」
地上観測こそ古代技術の叡知にして『天空の民』の真骨頂。
謂わば得意とするところ。
『どうと言われても。連合の見解としては表向きの破棄と認識していましたが……』
そう返すと、男は端正な顔を歪め、今度こそ頭を抱えてしまった。
「だろうな……だ、ろうな……そんなことが出来るのは現状、世界で魔帝軍のみ……奴は他者に冷たいくせに妙に人を信じる嫌いがある。どうにかならんものか……」
砂漠の国シャムザ、小国家群『海の国』の同盟脱退の報せはとうの昔に入っている。
が、本格的に道を違えていたと知り、ロベリアは意外に感じた。
『ああいうの、仁義っていうのです? マスターは昔っから優しいのですよ~っ♪』
「個々人同士のやり取りならいざ知らず、これは僥倖などと笑顔ではいられん。現に繋がっていると思われていたではないか」
リストか何かを渡して下がっていく兵、ナールの話しぶりに改めてシキの人となりを見る。
『〝力〟に溺れる者……〝力〟を忌む者……双方、手を取り合う道はないものでしょうか』
彼の男と同じように、ロベリアとしても武力衝突は避けたい。
その意はナールをして目を見開かせた。
「む、ぅ……少し貴殿について誤解をしていたようだ。奴が言っていた通ずる部分とはそういったところなのだろうな」
『話し合いの大切さは激動の時代を生き延びたヒナ達だからこそ……なのです。あんまり変わってなさそうでヒナは安心したのですよ』
多少は古代のことを話しているのか、続いた絶機の吐露に反応はない。
ならばと警戒度を下げ、矛先を変える。
『変わらないのはガレット・マーガレット、貴女です。あれだけ長い期間眠っていて……まるで目を覚まさなかったのに』
遥か昔の記憶が回路内を走り、発声機関の動きを滑らかにした。
『忘れていた、と言えば嘘になります。ネメシスの元に向かうにしてもその類いの技術に手を出さなくなって久しいですし、再現もあの小型艇が限界でした。そのうちに聖神教が力を付け、地上が荒れ出して、ライ様達が召喚されて……』
来訪目的は連合ではなく、『天空の民』との交易勧誘。
ターイズ連合は既に内紛の種を抱えており、いつ爆発するかわからない状態。ロベリアらの手助け、支援がなければ軍として最低限の体裁すら保てていないであろうことは容易に想像出来た。
『き、気にしてないのですっ。ロベリアさんにはヒナと違って立場とか……色々あると聞いたのです。マスター……シキさんのやろうとしていることも……』
焦ったようにマニピュレーターを振ったかと思えば悲しげにツインアイの光を変化、明滅させる友人の姿に存在しない筈の感覚が胸を貫く。
「……〝異界戦国時代〟とやらの余波は我が国にも届いている。例え道半ばで力尽きようとも、とな」
何かを察したのか、ヒナから全てを聞いているのか、若き王は苦虫を噛み潰したような顔で補足してきた。
シャムザは運さえ良ければアーティファクトを比較的安全に発掘出来るほぼ唯一の大国。
ナールが言うには『天空の民』の敗残兵がアンダーゴーレムと共に襲ってくることもあるという。
それほどまでに〝力〟による強奪と支配はわかりやすく、立身出世の成しやすい手段なのだ。
「『海の国』も遺跡は見つかっているが……大抵が海の底に沈んでいるらしいからな。国家予算規模の金を掛けられない者には不法発掘も名乗り上げからの下克上も不可能だろう。羨ましいやら安心するやら、悩みは尽きんよ」
とはいえ、貧富の差が広がるばかりでないことも一部の者は気付いている。
各言うロベリアもその一人だった。
『狂魔帝の軍も我々も、何より魔石の供給が追い付いていません。最初から無理がある争いとでも言いましょうか……長くは続かないとわかっていても、もどかしいものです』
魔国と帝国は貯め込んでいた資金を吐き出し続けていて枯渇が近付いていることは異常な侵略速度から自明の理。
連合もまた、暴徒の鎮圧を始めとした治安維持と再興だけで血と泥を見ている。
「連合は奪った領地から高めの税を徴収、奴等は『絶対法』で浮かせた金や人材、インフラ整備等で回してるんだったか。一国主からすると、火の車が見えるようだ。魔石だけは魔物からしか取れんからな……」
『魔力充電池が優秀過ぎるのです! ヒナ達の時代の先の先の先を行ってるのですよ!』
資源は有限。
故に、それを無駄に消耗する者……それを幇助し、激化させる制度、組織、国を浄化し、世界を正す。
そう言って活動を続けるシキの理屈は賛同出来る。
そのやり方も潔癖さも。
「アーティファクトの元が原因で早期終結とは何とも皮肉な話だ」
『魔導機器を使った農産業で物資が潤い出すのは早くても数ヶ月……時間が必要なのですよ。世界中の人々が破壊や簒奪じゃなくて、創造に……平和に注力出来る時間が……』
何とも深刻そうに、「一年以内、といったところか?」、『弱いことが罪だなんて……嫌な時代なのですよ……』と話している二人を見て、心が揺れる。
ライ達の意向はどうあれ、最終目標はシキと同じ。考えない日がない、彼のセリフが再び思考を犯す。
『ロベリア……お前はこんな奴等の何を信じて戦っている? 共同で支配しようってんなら前向きに検討するぞ、多少のすり合わせは必要だがな』
帝国の女帝が〝力〟、【以心伝心】を通じ、ある程度の相互理解は終えている。
だからこそ。
そう思わずにはいられなかった。
そんな複雑な心境が伝わったのか、ヒナが訊いてくる。
『連合を……ライさんを切ってシキさんに付くつもり、なのです……?』
おずおず、びくびくとした声音、窺うような表情を象るメインカメラ。
「何だと!? 『天空の民』の女王ともあろう者がっ、まだ戦火を広げようと言うのかっ!?」
バッと立ち上がったナールには悪いと思ったものの、返答はせず。
瞑目するように黙りこくり、静かに継ぎ接ぎだらけの友人を見つめる。
元来の装甲の色や光沢を知っている身には捥げたらしい四肢を無理やり溶接してある箇所や穴も腐食もあれば欠けてすらいる損傷部位が酷く痛々しく感じられた。
比較的良質な整備を受けられる自分をして万全とは言い難い時代。
今更ながらに時の流れとその残酷さを痛感し、嘆きたくなる。
『……もう敵対したくない、というのが本音です。少なくとも、彼は敵じゃない……』
が、味方でもない。
ここで変に乗り換えればナールが恐れるような事態になってしまう。
気付けば本来の目的を忘れ、心情を吐き出していた。
『元々……聖神教に手を貸したのは後からどうとでも出来ると思っていたからです。あの頃は勢力差がハッキリしていました。世界の掌握さえ済めば聖都を滅し、人々から信仰心や差別意識を取り除く……感情に左右されない、人類の上位種である我々にはそれが出来る、と』
蓋を開ければ頼みの勇者は予想外に頼りなく、人族の増長は目を覆いたくなるほどで。
反対に、そんな彼等の敵対者は着実に力を付け、帝国を、 魔国を取り込んでいった。
『そのように傲った結果が今です。ゼーアロットの暴走、新世界創造軍の進軍、大陸全土の混乱に戦国の世の到来……』
そも技術革新が早過ぎたのです、とロベリアは続けた。
『我々、古代人の存在もありましょうが……聖都にも魔都にも帝都にも、不可思議な技術……この時代で言うオーバーテクノロジーは感じられます。始めから土台があったとしか……』
アーティファクトほどではないにしろ、生活用の魔道具は普及していた。
完璧でないにしろ、魔法に頼らない文明のレベルは高かった。
「人為的、作為的な意思が世界のあらゆる場所に点在している……?」
『ヒナも同感なのです! まだちょこっとしか今の世界は知らないですけどっ、なにか……一定のラインを越えないよう調整されてる、みたいな!』
それら全てが、世界最強の剣聖すら退ける男ゼーアロットが排除したがっていた神々、地上の人間が恐れ戦く『付き人』の意図と決めつけて良いものだろうか。
『それに……以前はあれほど強く感じていた絶機反応が一切無いのも不自然と思いませんか?』
これはヒナにしかわかるまいと振った話題は『およ? そうなのですっ?』と思わぬ答えで止まった。
『……? 貴女は違うのですか? 私のレーダーが故障している……?』
『およよっ? だ、だってこのオアシスの水は……』
どうにも噛み合わない。
何故か水辺……水底を指差した友人に首を傾げようとした、まさにその時。
機体が振動を感知した。
『な、何ですっ……? 地面が……水源が揺れてっ……!?』
それは本当に小さな、微弱なもの。
「何かあったのかっ?」
「いえっ、そのような報告は何もっ……」
こちらの動きに辺りを見渡したナール、護衛の兵らが困惑したように一塊になる横で、ヒナがぴょんっとジャンプして立ち上がる。
『グッドタイミングなのです! ヒナ達のあぶそりゅーとしぐなるに呼応したっぽいのですっ! 良かったのですよ~っ♪』
ナール達はその衝撃で一斉に床に転がり、波紋が広がっていた水面は徐々に波打ち始めた。
『ガレット・マーガレットっ、せ、説明なさいなっ』
『むぅっ、ヒナはヒナなのです!』
『貴女は昔からっ……!』
『ロベリアさんこそ何でヒナって呼んでくれないのですっ?』
言い合いをしている内に津波が発生し、ナールを含め、オアシス周辺に居た者は待避していく。
「なななっ、何事だっ!? 敵襲か! 女王は知らぬようだぞ!?」
「不明ですっ、一先ず離れましょうっ!」
「っ、ヒナ殿と似た魔力が湖底から上がってきます!」
「王っ、あちらの方っ、何やら妙ですっ!」
バタバタと忙しない会話に振り返ったロベリアの撮像媒体は信じ難い光景を捉えた。
『凍って……い、る……?』
ただでさえ太陽や気温の影響を感じさせなかったオアシスの中心。
揺れ動いていた水紋は停止し、透き通るような青から氷のような白へと色を変えていた。
そこから伝わってくる異常かつ急激な水温低下、広がりゆく氷面が落ち着きつつあった機体温度を下げ始め、関節の稼働が鈍くなる。
『っ!? 絶機がっ……私がっ……!?』
ナールら同様急いで体勢を整え、跳ねるようにして距離を取るが、ヒナは動かない。
『何をしてるんですかっ、ガレット・マーガレットっ!? 早く離れて!』
『この感じっ……やっぱりっ、あの人なのです! ここに落ちた時、確かに見たのですっ、合ってたのですっ!』
こちらの警告も無視し、くねくねと機体を揺らして喜んでいた。
『わ、訳のわからないことをっ……』
喚きながらその肩部装甲を掴み、引こうとし……
何かが盛大に割れ砕けるような音を拾い、硬直した。
見れば湖全体を覆いつつあった氷の膜に巨大な穴が出来ている。
ちょうど大型のMMMが通れそうなほどの穿孔が。
『何がっ……!?』
驚く側からそれは塞がっていく。
全方位に散った亀裂が時を戻すように、ピシッ……ピシッ……と音を立てて繋がり、凍る。
その現象を正しく理解した刹那。
目の前に降ってくる機影が一つ。
『お久しぶりなのです! お元気そうで何よりなのですよ~っ♪』
既に砂地まで侵食していた氷の上。
ヒナが一面に咲き誇っていた氷雪花を避けるように歩き、寄っていく。
ソレはそんな彼女に瓜二つだった。
同型機と見粉う形状。
自分にも似た……絶機特有の技術が散見される人型の魔導機械。
違いを挙げるとすれば色艶やかな機体色とその大きさ。
水そのもの、氷そのものを連想するような、深い青。
ヒナとロベリアが約7.5mの中型MMMとすれば10mはあろうかという巨体で、膝を突いて着地しただけなのに圧倒される。
自分が持つ金色の装甲とはまた別種の光沢に、全身の各部に露出している内部機関から放たれる、青紫の魔粒子と冷気。
それはさながら荒れ狂う吹雪。
『蒼い……蒼い、絶機っ……?』
わなわなと震え、ドシンドシンと地面を揺らしながら後退したロベリアは愕然として呟く。
対するソレは遅れて二つの瞳を明るい緑色へ光らせ……
『……………………ヒナちゃん? ロベリアちゃん? 良かった、無事だったんだね』
そう、落ち着いた女性的な声を発するのだった。




