第309話 望み
一日遅れ!!
来月の今頃から今以上に更新が不安定になるかもです!
〝殺せ〟
脳天を、全身を貫くような衝動にライはその場で崩れ落ちた。
「うぐううぅっ!?」
瞬く間に靄が掛かると同時、酷く痛む頭を押さえ、苦痛に喘ぐ。
「「「うわぁっ!?」」」
くっついていた子供達はいきなりの挙動に地面へ投げ出され、転び、座り込み。
「っ、ライ君っ!?」
「総員、抜剣!」
マナミは心配そうに、ノアは警戒して駆け寄ってきた。
「やはり魔物はっ!」
「斬る!」
「ノア様っ、ライ殿の確保頼みます!」
「はぁっ……はぁっ……うっ、ぐっ……ああああっ……!? ち、違うっ、違うんだっ……! この子達はっ……関係ないっ……!!」
視界の端に次々と戦闘準備に入る聖騎士の姿を捉えたことで何とかそれだけを伝え、脳内に木霊する〝声〟に抗う。
〝殺せ〟
〝殺せ〟
〝殺せ〟
響くたびに頭が割れそうなほどの激痛が襲い、目の奧が明滅する。
気を抜けば導かれるがまま動いてしまいそうな、強烈な殺意が身を支配する。
食いしばっていた歯はあまりの力に欠け出し、同じく握っていた拳は折れ砕けた。
神経そのものに干渉されているが如く抗い難い情動を、目の前の地面目掛けて頭を何度も叩き付けて堪え忍ぶ。
「ぐっ、ぐっ……ぎぎぎっ、あぁっ……こ、れはっ……!? あ、あの時のっ……!」
それは〝声〟だった。
男とも女とも。
人とも獣とも。
言語とも鳴き声とも。
何の区別すら付かない〝声〟。
嘗てゼーアロットが『核』を使用した際、世界と世界中の生物を震撼させた、人ならざらぬ者の〝声〟だ。
ーー◆●▼■▲。
とても静かに、浸透するように入り込むソレは人の言語ではない。
しかし、絶え間なく襲いくる異様な寒気と既聴感とも言うべき過去の記憶がその意味を明確にする。
〝目につく他種族を殺せ〟。
そう言っていた。
〝信仰せよ〟。
そう囁いてきた。
〝愛と憎しみを拡散せよ〟。
そう告げられた。
〝希望と絶望を広めよ〟。
そう唆された。
周囲の音はもう聞こえない。
視界にあるのも憎い他種族のみ。
「~っ……!! そっちの都合で呼びつけ洗脳しっ、〝力〟を与えっ、まだ駒にしようというのかっ……!?」
喚きながら勝手に立ち上がった足を、《アイテムボックス》から聖剣を取り出した手に戦慄した。
成長したからか、ゼーアロットの一件が効いているのか、心まで失うことはないものの、自身の意思に反して動く身体が恐ろしい。
「止めろっ、もう良いだろっ! 十分貢献しただろっ……!?」
糸で操られる人形のように一歩、一歩と突き進んでいく。
殺したくないという思い以上に、殺さなければという言い訳が止めどなく溢れ、子供達への憎悪で世界が輝いて見えた。
「ーーっ!?」
「……!」
「~~っ!!?」
「っ!!」
「っ……っ……!?」
恐怖、焦燥、困惑に驚愕、混乱。
へたり込んでいる幼子、その子らの前で両手を広げるマナミ、駆け寄ってくる村人、それを斬り払おうとする聖騎士から伝わってくる生の感情を見て、自身の【明鏡止水】を思い出した。
「っ……!!」
そうして思考力を取り戻せば身体は動かずとも口が聞けたことにも気が付く。
瞬間、ライは何の躊躇いもなく舌を噛み切った。
「~~っ……!?」
頭痛と同等の強い痛みが走り、口内にドクドク溢れてくる生温かい液体と広がる鉄の味に安堵する。
意識が逸れたのだろう。神とおぼしきナニカの〝声〟が一瞬遠ざかり、身体の支配が解けた。
「う、ぐ……ぐっ……!」
唸りながら聖剣を投げ捨て、【紫電一閃】で稲妻化。
一筋と稲光となって一直線に、遥か上空へ瞬間移動する。
「っ!? あの瞳っ、この気配っ……どうして今更っ!?」
「主がお認めに……やはり我等こそがっ……!」
時間にして約一秒。
離れていったマナミとノアの声も届かない、雲の上。
幸いなことに口から滴る夥しい量の血と吐き出した肉塊で察したらしい。【起死回生】の効果範囲を抜ける頃には千切れた舌の先が生えていた。
「こ、ここまで来ればっ……!」
殺さなくてはならない対象……心を刺激する存在が認知出来なければ耐えられる。
その想いから離れたライの判断は果たして正しかったようで、頭の片隅に残っていた〝声〟の残響は徐々に薄れていった。
「~っ……はっ……! はっ……! はっ……!」
いつの間にか止まっていた呼吸を荒く繰り返し、どうしたものかと思案する。
既に自由落下は始まっており、《光魔法》の補正を必要とする白翼は使えば自分にどう影響が出るかわからず、MFA無しでの滞空は魔力を無駄に消耗してしまう。
「いや……逆に丁度いい、か……?」
少しずつ寒さを覚え、視界や聴覚がクリアになる感覚と共に『もしまた操られたら……』と対策を練る。
皮肉にも、シキやゼーアロットとの戦いで【明鏡止水】のレベルはMAXに達している。
疑問は後回しで思考を重ねている内、地上が見えてきた。
「兎に角……今はノア達とこの村を離れ……」
ブツブツと呟きながらそう決めた直後、今度は信じ難い光景を目の当たりにして硬直した。
「うわああぁっ!?」
「た、助けっ、おねっ、ぎゃっ!?」
「いやあぁっ、あたし達の子供がっ!」
「止めろっ、何をす……あがぁっ!?」
それはノアと三人の聖騎士が村人を、メサイアの人間を斬り伏せる姿。
たった数十秒の間にマナミは血まみれになって倒れ、子供達もその後ろで赤い海に沈んでいる。
「止めてっ……止まってよっ、お願いだから!」
斬り落とされた腕を再生させながら必死に伸ばしている『最愛』はまだしも、首と胴、四肢をバラバラにされた後者は空虚な瞳を空や地に向けていた。
「あ……?」
感情をゼロにしていてスルーしかけた。
「えっ……なっ……へ……?」
動揺はなく、ただ呆けた。
「これは天啓です! 主の御意志です! 姿形思想習慣生態っ、全てが異なる者と共存を図る背信者は直ちに浄化すべき邪悪っ! この世からの抹消っ、救済をっ!」
「「「御意っ!」」」
白く輝く瞳で地面を蹴り、続々と目につく人々を殺害していくノア達。
「~っ……もう『再生』してるのにっ、生き返ってよ! こ、こんなっ……酷いっ……! み、皆っ、盾に! 頭と首を守って! 村の人を逃がしてあげてっ!!」
「こいつらよくもっ!」
「何てことしてくれたんだ!!」
「ぐうぅっ!? せ、せめて盾があれば!」
「村の人間はさっさと離れろ!」
傷が治り、元通りになっても尚、息をしない犠牲者にマナミは絶叫。集まってきた者も怒号と一緒に飛び掛かり、決死で蛮行を止めるべく奮闘していた。
「な、に……をっ……何をしてるんだっ、ノアっ……! 皆っ!」
再度、稲妻となって目の前に降り立ち、素手で仲間の剣を受け止める。
「ライっ、何をしているのですっ? 主がそうせよと仰られたのならば従うのが聖神教徒の『教え』っ……! 邪魔をしないでください!」
「っ……!」
右手首の骨まで達していた刀身が走り、浅い息が漏れるが、脇から抱き締めるようにして押さえ込み、暴れるノアを叱咤した。
「君こそ何をっ!? あの子達がっ、村の人が君達に何をしたっ!」
激情は湧くと同時に消え失せ、代わりに強化された認識力が様々な予測と考察を生む。
「がううぅっ!!」
口で言ってダメなら、獲物が使えないのならと喉元に噛み付いてくる狂暴性。
「ぐっ、ど、どっちが魔物だよっ……!」
斬られた腕同様、肉が抉れ、蹴られる度に鈍い痛みが蓄積する。
そこから見えてくる、互いのステータス値と矛盾した攻撃力。
「主を崇めよっ、主を讃えよっ……! 主をっ……主をっ……主をっ!!」
「全ては主のお導きのままにぃっ!」
「死は救済である! 何故わからないっ!? 何故邪魔立てするううぅっ!?」
ノアとは違い、神の意思は感じないのに狂信を叫ぶ聖騎士達は元がそれなりに腕の立つ兵。疑似的な不死状態のメサイアの人間が束になって羽交い締めにしても地を駆け、執拗に村の者を斬っている。
彼等の異常は彼女の『体質』を連想させるに至った。
「こ、のっ……! 君はっ、神は人を何だと思ってるんだっ!」
馬乗りになって両手を掴み、頭突きまでしてくる妻に問うと、ノア本人も含め、複数の声が返ってきた。
「うううぅああぁっ! 異なことをおぉっ!! げに小賢しいっ、糧の贄は死してこそ! 主の喜びこそ我等信徒の本懐ぃっ! ライっ、ライっ、ライぃっ……! 例え貴方が相手であろうと我が信心はあぁっ!!」
最近こそ饒舌なものの、普段は無口で、感情を表に出さない少女が。
聖都の孤児院に居た人族の子供達を家族だと愛していた聖女が。
日常的に、ベッドの上ですら尽くしてくれる彼女が。
大切な思い出が、大切な人が消えてしまったようだった。
「ノアっ、帰ってきてくれ! 本当の君はどこに行ったっ!? 子は宝だって言ってたじゃないかっ! レーセンさんにっ……お義父さんに教わったんだろ!? 神と親の『教え』っ、自分の心っ、何が一番大事だっ!?」
異様なまでに光る目、本気で押さえないといけないほどの膂力、唾を飛ばしながら抗い、唸り、歪む顔。
泣きそうになりながら説得に応じていたその時。
ドパアァンッ……!
と、辺りに乾いた音が鳴り響いた。
続け様に同じものが軽く十は後を追い、遅れて悲鳴と叫び声が届く。
「ぐあああっ!?」
「っ、来てくれたか!」
「撃て撃て!」
「足と手を狙え!」
「バカっ、口も押さえろ! 魔法なんて使われちゃかなわん!」
どうやらメサイアの応援部隊が到着し、聖騎士達を制圧してくれたらしい。
拳銃を受け取ったマナミもまた、銃口を向けながらやってくる。
「ライ君どいて! 殺さずに靭帯だけをっ……!」
「止せっ、違うんだっ! ノアもしたくてこんなことをしたんじゃない!」
後で治せる。
そのことが抜け落ちたのは無意識的なもの。
愛する人の傷付く姿を見たくないという心の防衛反応が咄嗟に口を滑らせた。
その発言が更なる引き金を引くとも知らずに。
「はぁ!? 本人の意思はどうあれ今はーー」
マナミの説明に被せるように、村長が農具を片手に出てきて叫んだ。
「ーー何じゃと!? じゃあアンタは理由があれば人を殺しても良いと言うのかっ!?」
老人らしからぬ、よく通る声に振り向けば同じく出来得る限り武装した村民達がずらりと周囲を囲む。
「な、何が勇者だっ!」
「子供達がっ……!」
「娘を返してよっ、この人殺しっ!」
憎悪や怒りに満ちた視線が何よりも心に突き刺さって痛かった。
「っ……」
「くううぅっ……! 離してくださいっ、主が望んだのですよ!?」
抵抗するノアを俯きながら押さえ直すや否や、一先ず謝ろうと口を開きかけ……
「やっぱり人族はダメだっ、信用ならねぇ!」
「何言っ……がぁっ!?」
そんなやり取りの後、人族の男とその血飛沫が飛んできたことに思考が止まった。
「がっ……あっ……あ、がっ……」
ピクピクと痙攣する男の首は完全に折れ曲がっていた。
何らかの強い力で殴り飛ばされたようだった。
「いやあああああぁっ!!? あなたっ、あなたあぁっ!」
妻らしき女性の絶叫を皮切りに、状況は悪化していく。
「う、煩いっ、喚くな! どっ、どうせっ……どうせお前らも俺達を殺す気なんだろ!?」
顔中に刺し傷があり、片目のない熊の獣人は自身の所業に怯えるように丸太のような腕を振り回して弁明し。
「なっ!? お、俺らは関係ないだろ! あんな連中と一括りにしないでくれよ!」
「こっちだって息子を斬り殺されてんだぞ!?」
他の人族は当然、激昂。
そして、一度生まれた疑心はやがて攻撃性へと転じ、便乗からの口論、殴り合い、庇い合い、制止……隣に居た者を突き飛ばす者、指を差しながら逃げようとする者、手に持った石やレンガでメサイアの人間ごと殴り付ける者、それを止めようとして巻き込まれる者と分かれ出す。
「はっ、どうだかっ。大体、以前から怪しいと思ってたんだよ!」
「そうだっ、殺っちまえ!」
「痛っ、な、何すんのよっ!」
「うわっ!? おいっ、騎士共は動けねぇんだ! 責めるならあっちが先だろう!?」
「よくもっ……よくも俺のダチをっ!」
「や、止めっ、うぎゃっ!?」
恐怖や生存本能から始まった村民達の仲違いは殺し合いに発展してしまった。
「み、皆さん落ち着いて! この人も無事ですからっ!」
【起死回生】で男の首を治したマナミの声も聞かず、手に持った農具や自前の爪、角、牙による応戦は止まらない。
「ふっ……くふっ……ははははっ……この光景こそ本来あるべきっ……!」
真下から届いたノアの高笑いも飛び散ってくる血も、夢か何かだと思いたかった。
「違うっ……違うっ……違う違う違うっ……! 何でこんなことにっ……違うんですっ……誤解っ、誤解なんだっ……ノアはっ……俺達はっ……!」
感情は消している筈なのに、視界は歪んで見え、つんざくような嫌な音の数々は殆ど耳に入ってこない。
最早、自分が息をしているのかすらわからない。
目を開けていても受け止めたくない情報が多すぎて脳が受け付けない。
「俺の……せ、いっ……? ノア達を連れてきたから……? 俺が離れたから……? また……神様……? なんでだよ……何でだよっ……!」
自分の甘さと現実、罪の重さに押し潰されそうで逃避するように呟く。
「ぎっ、がっ……あぁっ……!? ライっ……手がっ……!」
遠くから聞こえてきた苦悶の声に我に返った時、ノアの細腕を握り折っていた。
「ライ君っ、ボーッとしてないで何とかしてよっ!? ライ君が不用意にこんなとこに来るからっ!! っ……もうっ……! こ、こうなったら……メサイアの皆っ、村の人も撃って! 殺さずにねっ!」
「「「はっ!」」」
こんな筈じゃなかったのに、なんて思っている内にマナミは見切りを付け、号令を出す。
「ま、待ってっ……俺がっ……俺の……責任っ……!」
こんなことが世間に知られれば、なんて発想に至った頃には何の罪もない、平和だった村の人間達に鉛の雨が降り注いでいた。




