第304話 止まらない悲劇
王都以外に都市を含めればこれで三つ目。
「こんな辱しめを受けたところでっ……我等が屈すると思っているのか!?」
慣れていることもあり、城の襲撃、近衛兵の無力化は流れ作業に近かった。
「おいっ、お前が魔帝なんだろっ!? 無視をするなっ!」
さっきから何か喚いているのはこの国の王子。つまりは俺の息子と同じ立場の人間である。
とはいえ、イクスでは割とポピュラーな容姿、金髪碧眼も折角の美形面も全裸とあっては締まらないというもの。
「クハッ、揃いも揃って胸やらタマやらをぶらぶら揺らしてりゃ幾ら威勢が良くてもな」
「くっ……! そ、それもこれもお前が無理やりっ!」
「堪えるのですっ……」
「そ、そうです王子っ」
「お止めくださいっ」
父親の王は連合の艦隊にでも呼ばれているんだろう。
声変わりくらいの年齢の若き僕ちゃんは同様に一糸纏わぬ姿へと剥いてやった皇后やら騎士やらメイドやらの制止を無視して噛み付いてくる。
「今に見ていろっ! 父上や兄上に頼めばお前なんぞっ……!」
「その今に泣きそうな情けねぇ顔してんのはどいつだショタガキ。ま、その小さい小さいイチモツと一緒にぷるぷる震えながらでも吠えられる気概は認めてやらんでもないが」
心底呆れながら言ってやり、換気ついでに『火』と『風』の属性魔法で周辺の死体の山を掃除する。
たまに「先生に言い付けてやる!」とか「通報するぞ!」とか今回のに似た類いのセリフ聞くけど、煽ってどうするんだろうか。
困ってんのは今で、助けが来るのは後なのに。
相手が無敵の人化する可能性を考慮してないとか?
あるいはボコボコにされても耐えてれば大丈夫とか流石に殺されはしないって甘えてるとか?
コイツに至っては地球なんかよりよっぽど命の軽い世界で。しかも生殺与奪を握られているにも拘わらず、だ。
少なくとも助けが来るまではそのやべぇ奴と対峙しなきゃってぇのによくもまあこうもキャンキャンキャンと……
「お前なんかっ……お前なんかっ……! うぅっ……!」
やたら耳に響くが、まあ女共の裸体を目の保養にしてれば許せる。
「おばさ……失礼、皇后さんと……そこのメイド。ほれ、近こう寄れ」
装飾重視で妙に座り心地の悪い玉座にだらしなく腰掛け、人差し指をちょんちょん立てて呼びつける。
さぞ神経を逆撫でされたであろう状況でも、流石長く生きてるだけあって妙齢で息子の面影を感じさせる金髪美女は裸だろうが軽く見られようが毅然とした態度だった。
兵も使用人も大半がガクガクブルブルと縮こまる中、唯一俺を睨んできていた年若い乙女も色々隠しこそすれ、怒りを露にしたまま隣までやってくる。
「たかだか一人にここまで蹂躙されて、ここまで虚仮にされて……恥ずかしいと思わんのかい?」
言いながら、戯れに伸ばした左手でメイドの尻を撫で、揉みしだいて敵意を煽る。
「っ……」
「……私からすれば仮にも帝を名乗った者がこのような下衆な行いをしている方が見ていて痛々しいです」
「そうだそうだ!」
仮面越しでも俺の視線が何処を行き来しているのかくらいわかるらしく、両者、ゴミを見るような目で見てきた。
王子まで乗ってきたのは面白くないが、羞恥に悶えながら強がるのは血筋を感じさせる。
「ふむ、確かに。ではこうしよう」
頷いた直後、俺は手元にあったケツを握り潰し、その肉を抉り取った。
「あぎゃぁっ!?」
「っ!? な、何をっ……!」
「や、止めろっ! 殺すな!」
メイドはあまりの激痛に飛び上がり、皇后は顔面蒼白に、王子は一歩踏み出してきた。
他の連中も挙って悲鳴を上げ、後退ろうとした。
〝動くな〟。
「「「「ひきゅっ……!?」」」」
たった一言漏らすだけ。
軽く殺気を撒き散らすだけで思い通り硬直してくれるのだから気分も良くなる。
「女。お前、暗殺者か戦士系の職だろ。見りゃわかる。常人が尻の片方千切られて倒れもしないってか?」
笑いもせず、つまらなそうに、皇后の裸も手の中の血肉も興味無さげに訊くと、脂汗を垂らして痛がりつつも失禁すらせず踏ん張って立っていた女は変わらず反抗心に満ちた目を向けてくる。
「ほう、元気なこって」
感心半分憐れみ半分。
左手を振って血を払い、反対に義手をその身体に近付ける。
「もう少し利口さがあれば見せしめは別の人間を使ったものを」
「に、逃げろ!」
「このっ……!」
「痴れ者がっ、止めなさいっ!」
俺の行動、目から何かを察知したのか、王子が叫び、メイドは拳を握り、皇后が俺を詰った。
が。
「う、ご、く、な、よ?」
姿勢を正し、ゆっくりと、しかし、確実に脅す。
「誰か一人でも動いてみろ。この女の家族、友人から順に見つけ出して晒し首にしてやろう」
俺の有言実行っぷりは先程までその辺に散らばり広がっていた肉片や血の海でわかる。
最低でも控えていた二十人くらいは無差別に裂き潰し殺したからな。
「クハッ、その目。武器さえあれば……とか何とか思ってんな?」
「と、当然だろうっ……!」
やはりそれなりに戦えるようだ。
口調からして騎士かな? くっ殺は聞けないか。
怒りやら恐怖やら痛みやらで、強く握り締められた拳からは血が流れている様を横目に、女が脱いだ衣服を見やる。
ルゥネと同じだ。
エナさんもか。
固い何かで一部が盛り上がっている。防具や毒の塗った暗器でも仕込んでいたんだろう。
「言ったろう? 立ち向かえ、剣を取れと。お前らが出したのは口だけだ。一国がたかだか一人の襲撃すら抑えられず、殺気一つでビビり散らかしてこの始末かよ」
最期を悟ったらしい。
メイドに見せ掛けて騎士だった女は「せめて一太刀ッ!!」と果敢にも手刀で反撃してきた。
対する俺はノーガード。
首……頸動脈を掻っ切らんばかりの軌道。
そして直撃。
しかし悲しいかな、ステータスの差には俺並みに慈悲の心がない。
この世界特有の物理現象は世界的な文字化けなど関係なく健在。
ちょいと喉元を押されたくらいの感触だった。
「なっ……!?」
その事実を驚きの表情で直視した女はそのまま俺の義手によって掴まれ、空中へと誘われる。
「動いたな? ならば安心して死ぬが良い。子供だろうと拷問してからあの世に送ってやる。どうだ、俺は優しかろう?」
また王子や皇后が何か言う前にグチャッしてやった。
断末魔はまるでセミファイナル。
「い゛っ゛……!?」
それが遺言。
背骨やら肋骨やらが粉砕される音、潰れたトマトのように飛び散る血と油。その他の体液に内臓、汚物。
即死とわかっていても力を込め続け、嫌な音を響かせ、やがてぺしゃんこになった残骸を床に投げ捨てる。
「はっ!? っ……っ……!?」
「何てことをっ……!!」
「「「ひいいいいぃぃっ!?」」」
「いやっ、いやあああっ!?」
「許してぇっ! 許してくださいぃ!」
「ど、どうかお見逃しをぉっ……!」
魔帝はイカれている。
狂魔帝の名に相応しい。
人の命を何とも思ってない悪党。
無惨な死体を前に大小漏らしながら懇願してくる有象無象の様子から確信を得る。
これでそんな印象を刻み込めた、と。
だが、大事なのはここから。
俺は俺という人間が話し合いも出来ることを教えるべく、足を組んで話題を振った。
「俺が提唱した〝異界戦国時代〟の到来……大陸各地で一斉に発生した暴動と民の賊化は連合らの出鼻を挫いた。これは知っているな?」
「なんっ……何、をっ……?」
冷静に努めていた皇后の目が困惑と恐怖が入り交じったものへと変貌し、俺を射貫く。
得体の知れない化け物を見るような、そんな目だ。
「王と精鋭が不在なのもそれが理由。連合の護衛が居ようと、雑兵では間に合わん」
間に合ったところで、とも言えるが。
そう付け加えながらチラリと横を見れば王子までもがその場で崩れ落ち、絶望一色の顔で女の成れの果てを見ている。
静かで良い。
「っ……!」
俺が目を細めてほくそ笑んだのを勘違いしたのか、皇后が少し垂れた乳房を揺らしながら俺の視界を遮ってくるが、広げられた両手も全開の肌もスルーして続ける。
「わからんか? 正義と慈愛を掲げる連中が鎮圧に乗り出したところで口で言って聞かない奴等には〝力〟で対抗せねばならない。当然、大衆からすれば自分達より〝力〟の有る連合やメサイアは俺の語った弱肉強食論を振りかざしているようにしか見えない」
半ば強制の徴収だったとて、この国も連合の一部。それも最も魔国に近く、海も鉱山も保有していることから貿易でそれなりに栄えている国。
連合の理想も知っていれば俺の言っていること……野盗に身をやつした民達の言い分や立場も理解出来よう。金がある国なんだから。
「何が……言いたいのです」
「どんなに綺麗事を並べ立ててもやってることが俺達と同じならってな」
俺は肩を竦めて言った。
「何なら連合結束時に『他国を脅迫、強引に吸収して増大を続けた勢力』という実績がある分、反発は大きい……違うか?」
「っ……誰のせいだとっ……」
村も街も国も規模に限らず建国や独立を叫ぶ時代だ。この国がぐらついていることは調べがついている。
諜報を任せたトカゲ曰く、周辺の村々から貧民街の人間までの比較的餓えていた奴等が日々反旗を翻し、派遣された連合兵の手によって鎮圧されているらしい。
王の不在だからって国民の四割前後が蜂起した事実は覆らない。
「殺せば殺すほど勢力を増す魔帝軍と殺せば殺すほど信頼を失う連合……果たしてどちらが勝ち、世界の主権を握ると思う?」
この世界の唯一教と言っても差し控えない聖神教だってステータスの文字化けから信仰対象である神々に何かあったことは明白。その上、ゼーアロットや俺のような蛮行者の台頭を許してしまっていると来たもんだ。
総本山である聖都テュフォスの潰滅がじわじわ効いてきている。
『聖』魔法の使い手の減少はそれ即ち教会そのものの信用低下を意味する。聖騎士もかなりの数が死んでるから畏怖の感情も薄れ始めている筈だ。
「嘗ての最大勢力は権威を失墜し、人族最大国家と謳われていたイクシアも滅んだ。世界は今や混沌と化している……なのに何故その流れに抗おうとする?」
洗脳、とまではいかずとも深層心理に楔が打てればそれで良い。
魔帝は理性を持ったまま凶行に走っているとわかれば……
自然の摂理、残酷な現実を身近に感じさせてやるだけで人は適応する。
「連合が……いずれ貴方とその仲間達を駆逐するからです。悪が蔓延る世界などっ……!」
屈服からの服従、何をされても耐えの一手に準じていたこの皇后が歯ぎしりして感情を見せているように。
「クハッ、正気で言ってるのかそれっ」
吹き出してしまった。
俺達は向こうみたいに『人は平等(他の種族は奴隷)です』、『平和(人限定の)を築きましょう』、『皆で仲良く(穢らわしい他の種族の地に侵略)しましょう』だなんて薄ら寒いことは言ってない。する予定もしたこともない。
獣人族を始めとした全ての国の支配が目的。
謂わば……皆、平等に奪い合おうぜってのが主軸だ。
「自分達が口先だけの浅ましい人間だから同族を好む。ヘコヘコ頭下げるのが得意な王だろうと、その伴侶ならせめて国民の意を汲んだらどうだ? おっと、開き直ってるとかほざくなよ? 俺はただ相手の立場に立って考えろっつってんだ。やってることは同じでも嘘を付く奴等だぜ? 悪の度合いで言やぁトントンが良いとこだろ」
「あ、貴方のようにっ、こんな趣味は持ってませんっ!」
現に今の自分達がその証拠だとばかりに堂々と全てを晒し、見せ付けてくる皇后。
まだわからないらしい。
「そりゃ人族からすればな?」
この女が嫁入りならどっかの貴族の出。ある程度は歴史を正しく知っている。
でなければ俺の言外の返答も理解出来ない。
「悲しいなぁ……昔は魔族と交流があったになぁ?」
「っ!? それ、はっ……」
ビクッと肩を震わせ、何故と見つめてくる。
言っても数百年以上前の話。隣国なら不可侵条約くらいの付き合いはある。そこまで漕ぎ着ければ多少の交易もだ。
リヴェインの話だと魔国領の強力な魔物の素材と塩や香辛料を交換してたとか。
しかし、現在は周囲からの圧力で奴隷制度も導入してるし、この辺の人間の獣人族への扱いも知れたもの。混血種なんて見つけようものなら処刑ものだろう。
「どっちが良い悪い? どっちが先か? クハッ、違うな。喰うか喰われるか……今の世はそれだけだ」
純然足る真実を突き付けると、王子が「う、うわあああぁっ!!」と時間差で発狂した。
先程のメイドらしき女の名前を何度も呼びながら殴りかかってきたのでその首を左手で鷲掴みにし、締め上げる。
「はぐっ、あがぁっ!?」
「おやおや、初恋の相手だったかい? それとも生まれた頃からの専属か」
じたばたと手足を暴れさせようと俺からは逃れられない。
酸欠に陥った少年の顔は段々と青白く変色していった。
「や、止めっ……お願いっ、その子だけはっ!」
皇后も最後は母親らしく、生の感情を出した。
怒りではなく、家族を想う心を。
「憧れるね、その図太さ、都合の良さ。それが人生を楽しく生きるコツか?」
そんなだから恨み辛みを抱えていた古い人間、貧しい奴等が軒並み暴徒化する。
遠回しに俺達の側に付き、漁夫の利のチャンスをばら撒く。
足並みの揃ってない国も同様。国軍が上手く作用しない勢力は今回みたいに僅かな戦力で完封出来る。そもそも艦一隻すら持ってない国家が大半だしな。
「俺達と連合の何がどう違うんだ? 抑制に抑圧、政治、思想、身勝手な理屈による一方的な粛清……人が図に乗る世界を作らなければこんなことにはならなかったろうにさ」
これに関してはこの女を責めても仕方がないことだが、それもまた事実。
「己を律することが出来ない人間は皆等しく生きる価値がないと思わないか? 俺のような生ゴミ以下ゴブリン以上のクズがこうも暴れてるんだぜ?」
「がっ……がっ、ぐっ……ぁっ……!?」
「止めてっ……止めてくださいっ……!」
とうとう泡を吹き、痙攣し始めた王子も俺が召喚された『闇魔法の使い手』であり、元日本人だと王族故に知っていて土下座を始めた皇后も気にせず、語り続ける。
「ならば誰かが管理せねばなるまい? 大陸人口の大幅減少はわかる。治安の悪化、国や土地の荒廃もだ。それによる生産性の低下も」
しかし、と手元のガキを手放して言った。
「総体的な頭数が減れば着る服や食う飯、住む場所は少なく済ませられるのではないか? 千人と百人、百人と十人でどちらが資源を無駄に使わずに済む? 帝国が持つ古代技術がどれだけの富をもたらしている? 代わりなど掃いて捨てられるほど存在する人間、魔力さえ与えておけば人間以上に働く魔導機器……どちらがより優れている?」
この辺の理屈はロベリアの受け売りだが、溢れて飽きて勘違いして戦争を始めるくらいなら最初から統制し、管理してしまえば良い。
アンダーゴーレムに限らず、古代の技術は生産業にだって転換出来るのだから。
「かっ、かはっ……ぁっ……っ……」
「いやっ、お願い返事をしてぇっ!」
聞いてるのか聞いてないのか、皇后はピクピクしてるだけのガキに飛び付き、泣き出した。
「クハハッ、適者生存だよっ……! 感情を捨てろとは言わん……だが、ただ奪えっ、簒奪しろっ。今という時は種族問わず、より優れた人間だけが生き残る世界になりつつあるのだっ……!」
「きゃあっ!?」
王子に取って変わって王様代理の女を義手で掴み上げる。
その上で、気付け代わりの蹴りを死にかけの王子の鳩尾に叩き込んで起こしてやる。
「おごぉっ!?」
「や、止めてくださいましっ! 何でもしますっ、連合を脱退すれば良いのならそれくらいっ、属国にもなりますから!」
この女も自分の命より他の誰かが大切らしい。
声を裏返らせながら必死に懇願してきた。
俺が何を要求するかも知らずに……。
「そうかっ、では同胞よ、手始めにその人一人殺したことのない綺麗な手でそいつらを殺してもらおうか?」
ニヤリと笑った俺は立ち上がり、解放してやり、抱き締め、その頭をポンポンと叩いて囁く。
「へ……?」
メイド同様、反応するよりも前に。
耳元で、悪魔として。
「我が子の為なら何でもすると言ったろう? 我が子の為なら祖国を売れるのだろう? ならば……お前はこれから我が尖兵として生まれ変われ。必要なら武器を貸し与える。部下と子の命を己が天秤に掛けて見せろ」
戦う術がないのならと拳銃を手渡し。
着る物がないのならとマジックバッグマントから適当な生地を出し、羽織らせてやる。
僅かに白髪が見え隠れする白人の女は俺の言わんとしていることを理解して泣くのを止め、小刻みに震え出した。
「こ、皇后……様?」
「やだっ、やだぁっ!?」
「この悪魔ぁっ! 鬼ぃっ!」
「貴様っ、王子を盾にっ、皇后陛下に道を誤らせがぁっ!?」
自分達の番ともなれば黙ってられないんだろう、一塊になっていた天秤の重し共が騒ぐが、無言で爪斬撃を飛ばし、目についた老執事をバラバラ死体に変えてやれば沈黙する。
「それらは全てこの俺が奪ったもの。だが、今は? 代償は? これは選択だよ。お前は何を選び、何を捨てる? 代行とて王なのだろう?」
その肩を抱き、力の入ってない腕を使用人や騎士共の方へと向けてやり、言外の脅迫を終えた。
言った通り、王ならこの答えがわかる筈だ。
手にある人殺しの道具で俺と同等の存在へと堕ち、忠誠を示すか。
はたまた最後まで抗って俺を撃ち、あるいは何もせず、息子や国ごと滅ぶか。
「良いか? 二つに一つだ……恨むなら俺を恨め、世界を嫌え、聖神教を憎め。お前が今こんな選択を迫られているのは何故だ? 夫は何故居ない? 子は何でそこで倒れている?」
「っ……あ、貴方はっ……貴方という人はっ……!!」
目からも顔からも声からも憎悪という憎悪の念を凝縮したような感情が感じられた。
「陛下っ、お気を確かにっ! 其奴が約束を守ろう筈がありませぬ!」
「ど、どうせ王子も殺すつもりなんですよっ、皇后様ぁっ!」
「子供がっ……私にも子供が居るんですっ、一歳ですっ、この前お話しましたよねっ? ねっ!?」
「お願いしますお願いしますお願いします! 殺さないで陛下ぁっ!」
「この外道がああぁっ!!」
どんな説得も極限の状態ではその真意も推し量れる。
皇后という立場なら人心にもそれなりに長けていよう。
「はっ……はっ……はっ……はっ……!」
例え過呼吸を起こそうとも、俺の目的も自分のやるべきこともわかる。
こんな状況ですら……自分が殺されるかもという時ですら自分では立ち上がれないなんて人間の風上にも置けないと俺は示した。
敗者必滅。
弱肉強食。
弱いくせに強者と同じだけの資源を無駄にする生命など社会の歯車成り得ない。
「大丈夫さ、皇后様。お前が殺せば目撃者は俺だけだ。王子様はおねんねしてる。仮にバレたところでこんな状況なんだ。誰でも許すだろうさ……」
敵愾心と殺意、憎しみの増幅の為、その熟した身を撫で、揉み、耳を甘噛みし、手を這わせて唆す。
人間、俺は私は悪くないと思えば大抵のことは出来る。
罪悪感から逃れようと色んな言い訳を考え尽くす。
「ほら……やりたくない理由は幾らでも思い浮かぶだろう? だ、が……?」
「いや……いや……いやぁっ……あなたっ、助けて……私、どうしたらっ……!」
最早、目の焦点も合わないほどに取り乱した皇后の指をそっと引き金へと誘い、最後通告。
〝生か死か……選べ〟。
その瞬間、俺の瞳が玉座の間のとある一点……カメラ型のアーティファクトをチラリと確認したのも気付かずーー
ーードパアァンッ……!
と、乾いた音と付随する絶叫が木霊した。
十数分後。
ヴォルケニスに戻った俺を待ち構えていたのは各々が吐露した心情だった。
「最近だと生配信って言うの? バッチリだったよシキ君~」
「流石旦那様っ、変わらずの鬼畜っぷりですわっ♪」
「あれじゃ国のトップが国そのものを見捨てたに等しいもんなぁ……」
お主も悪よのぉ的な感じでニヤニヤしてるココとルゥネ、悩ましげに瞑目してるアリス。
そして……
「……最低なやり方だって自覚、あるのユー君?」
俺の子を抱きながら仏頂面のエナさん。
「で、でもさっきの人と子供は保護するって……」
「国民の悪感情を集中させた後に処刑するにゃり、リンチにさせるにゃり、手はありますにゃ」
立場的に複雑そうなレヴィも何やら物騒なことを言ってる副長も居る。
「帝国人らしからぬ意見だな? 戦力差と俺のやり口を理解すれば自ずと他の国も崩壊し、大陸へと広まる。逆らうだけ無駄、もうこの世界は争うしかないんだってわからせてやった訳だ。逆に言えば……俺達はこれ以上直接手を下さずに済むと言えないか?」
エナさんは途端に俯いた。
俺の子の腹に顔を埋め、嗚咽を漏らし始める。
「おいまたか……何故アンタが泣く?」
うんざりしながら訊くと、「うっ、うぅっ……か、悲しい、からだよっ……」などと肩を竦める以外にどうしようもない内容が返ってきた。
この通り、仲間の一部からは不評なものの、今回の特別ショーは更なる戦乱を呼ぶことは間違いない。
脅されたとはいえ、王族が自らの意思、自らの手で俺の世界終末論を証明したのだから。
少なくともこの国の大衆は一斉に立ち上がる。
魔帝軍に敵わないのは百も承知。となればその矛先は?
「幾ら未来の為だって言ってもこんなやり方間違ってるっ……人を恐怖で縛って、命を弄んでっ……この連鎖がユー君の思い通りに出来るって……? いつか……いつかきっと報いを受ける羽目になるっ……ユー君はもう何度もそれで後悔してきたでしょっ……?」
「クハッ、その為の〝力〟だ。反抗的ならその上を行く俺達がそいつらを消せば良い」
優生思想や選民思想は短期的なら機能する。
最終的には民主主義やら何やらが出てくるだろうがな。
それらだって長期的に向くかと言えばそんなこともない。人が人である限り、結局は腐っていくのが万物だ。
という俺の理屈を真に理解してくれるのは側で、「よっ、世界の帝王っ! 悪の鏡ですわぁっ!」とか何とか拍手喝采してるルゥネだけのようで、今度はアリス達にまで睨まれてしまった。
「……今抑えられてないのはユウちゃんだって同じだぜ」
「強者の傲慢は綻びを生むよ。ウチの父様のように……」
「あちきも何事もほどほどがよろしいかと思いますにゃ」
耳の痛い話だ。
皆、時代の余波のことを言っているらしい。
成果主義で血気盛んな帝国人が軍規を守り続けるわけがない。
復讐に狂った他種族が満足するわけがない。
国が滅び、街が滅び、村が滅び、賊になるしか選択肢のなかった人間……既に他者から奪ってきた人間が理性を取り戻すわけがない。
罪は罪として裁く必要がある。
「クハハハハッ! 言ったじゃないかっ、〝力〟だと! 兵なら極刑っ、民でも極刑っ、貴族も王族も皆々首だけの存在にしてやるのさ! 『絶対法』は絶対だから成り立つのだっ……! その内、考える頭は失われ、〝力〟に対する恐怖だけが残るっ。俺達も連合もメサイアもっ、皆っ、全員っ、誰もっ、もう何にも信じられないってなりゃあ俺の勝ちだっ! 後の世はムクロかロベリアに治めさせればいい!」
仲間の筈なのに、皆の顔は最後まで暗かった。
その反応に胸の何処かに鋭く重い痛みが走る。
ルゥネの【以心伝心】があろうと、根本的に相容れない考え方を受け入れるには時間が掛かる。
俺とルゥネの〝同調〟と〝侵食〟は互いにその素養があり、相互理解を求めたから。
全く度し難い。
ライやマナミ、ムクロの言う人の優しさ、可能性を信じているからこその俺の理想を何故誰も理解してくれない……? 短期的かつ大々的な大戦争こそ世界平和への最大の近道だということが何でわからないっ……?
そんな俺の本音を伝えるのは不味いと思ったらしい。
ルゥネは「ふっ、これでは誰が甘ちゃん坊やなんだかわかりませんわねぇ……」と鼻で笑い、ルゥネと繋がっているココは「ボクはノーコメント」と呟いた。




