第32話 到着
あれから数日掛けて今回の遠征先であるダンジョンの街に到着し、色々と手続きを終えて既に数刻。
出かける準備を済ませ、イクシアがジル様用に押さえていたという豪邸から出ると、ショウさんとリュウが何とも複雑そうな顔で出迎えてくれた。
「だ、大丈夫かい?」
「ごめんね、辛い役割を押し付けちゃって」
結局、俺の行動を支持してくれたのはこの二人とアカリだけ。
ジル様とマナミのお陰で俺自身には傷一つ残ってない。
が、あんなことをしてしまった手前、ライ達とはかなりギクシャクしてしまった。
自分達が助かる為なら他人をエサにするという行為……思考そのものが理解し難いらしい。
流れとしては俺が気絶している間に護衛の騎士達(雑魚は鎮圧&捕縛済み)と合流。俺は目を冷まさないし、足を止める理由もこれ以上ないしで再び移動を開始するぞと勇んだところで俺が起きたとのこと。
いやはや……まあ罵倒された。
ま、ああする以外に案があったなら何で喚くだけだったんだと言ったら黙ったが。
俺としては感謝こそすれ、批難される謂れはないと思っている。結果を出せない以前に、いざという時に行動出来ない奴なんか要らないだろう。
皆にはどうにもその辺の意識が薄いようだった。
地竜も地竜で俺が捨て身になってまで崖を崩し、生き埋めにしてやっても尚、普通に咆哮を上げていたというし、その辺も関係あるのかもしれない。
元々俺のパーティに組み込まれていたショウさんは兎も角、ライ達と一緒に居たリュウなんかは「いや、ユウは悪くないでしょ」と口論になってこちらに混ざってきたくらいだ。
「頭から怨嗟と断末魔の声が離れん……感触もだ。想像以上にキツいな、殺しは」
頭をトントン叩き、震える手を見ながら返す。
「「…………」」
何も言えなくなった二人は困ったように目を合わせて話題を変えた。
「あー……そ、それより、この後は装備を整えるんだっけ?」
「ぼ、僕も一緒で良かったのかな?」
ダンジョンの街というだけあって、気まずそうにしている二人の遥か後方には長方形に近い岩山型のダンジョンが佇んでいた。
縦にも横にも大きく、頂上の方に至っては雲があって見えない。
単純距離で数キロ単位。にも拘わらず、ハッキリと見えるほど巨大。
ジル様曰く、「イクシア支給の武器や防具じゃ、そろそろ限界だからな。新装備を買いに行く。ついでにそこのパッとしねぇ奴等も連れてこい」だそう。
「俺と一緒に行動するってんなら最低限の装備は必要っす。ショウさんは商人ですし、リュウはクソ雑魚ステータスだし」
「あれかな、弱い分、せめて装備くらいはって感じ?」
「酷い言われようだ……」
ガーンッという擬音が聞こえてきそうなリュウはさておき、ショウさんの質問に頷く。
「レベリングするにしても本格的に鍛えるにしても防具は大事っすよ。安物や適当なの付けてると普通に死ねます」
鎖帷子を着ていた盗賊が地竜に噛み砕かれ、トマトみたいに潰れた光景が脳裏を過った。
あれに関しては相手が悪いが、他の魔物かつ防具がしっかりしたものなら多少は耐えてくれる筈だ。
似たようなものを想像したのか、二人して青い顔になったところでジル様が戻ってきた。
「おう、この街一番の鍛冶師とやらの居場所がわかった。行くぞ」
有無を言わせない雰囲気でそう言われた。
何故か顔と服と手が血まみれだ。
聞き込みしてくるって言ってたのに何があったんだか。
俺はガクガクと震え出した新たなパーティメンバーの肩を叩くと、「あれくらいは日常茶飯事なんでビビってたら身が持ちませんよ」とその背中を押してやった。
そうして歩くこと約三十分。
俺達四人は街中の鍛冶工房が密集した生産区域内の最も栄えている店の前に居た。
店や工房というより工場のようにも思える広さ。
見た目こそ普通の煉瓦造りの倉庫みたいな感じだが、大量の煙突やそこから立ち上っている煙、外にまで伝わってくる熱に臭い、カンカンと何かを叩いている音等の要素が無骨な倉庫を鍛冶屋足らしめている。
「死屍累々だったな……」
「大丈夫かなあれ。警察……憲兵呼ばれない?」
「いや、一部ですけど、憲兵も倒れてましたよ」
そこら中でぶっ倒れている大量の人間を見て、流石の俺も「あれはヤバいっす」となってコソコソ話しながら中に入る。
「しゃあねぇだろ、誰も素直に答えやがらねぇんだから」
「だからってやり過ぎですよ。何人か血の泡噴いて痙攣してたし」
「あん? そりゃあ答える代わりに良いことさせろとか生意気抜かしてきた奴等だ。首を飛ばさなかっただけ優しいだろ」
「ほう……そいつぁ確かに死んで良い奴等ですね。俺のジル様に何て破廉恥な……!」
「……君の手のひらはドリル製?」
「友人が順調に毒されててワロえない」
「つぅか誰がテメェのだ誰が」
ホント、この人は……と苦笑する俺が目にしたのは大小種類様々な武器や防具がずらりと並ぶ店内。
何となくホームセンターを思わせる雰囲気だ。
それくらい天井が離れていて、それくらい広く、それくらい整頓されている。
見れば剣のコーナーや盾のコーナー、冒険者用、貴族用等々、客のニーズや要望に合わせて並べる場所を割り振っている。
出入口付近には屈強そうな用心棒が数名。五つほどある受付窓口以外にも店員らしき男達が店中に立っており、中には冒険者らしい客と何やら話し込んでいる者も居た。
ホームセンターというより、家電製品の店とかに近いかもしれない。
客がいつでも質問出来るよう常駐、あるいは店内を見て回り、ここぞという時は売り込みまでしている。
何ともまあ異世界らしからぬ光景だ。
思わず田舎者よろしくキョロキョロと見渡してしまう。
「いらっしゃいませーっ!」
そう言って、笑顔で元気良く出てきた店員が俺達を微笑ましく見た後、ジル様に視線を向けて硬直する。
ビシリ、と石にでもなったかのように。
「こいつらに見合う装備を見繕ってもらいたい。特にこいつな。職業は狂戦士だ」
天下の剣聖の顔を知っているのか、はたまた外の惨状について誰かに聞いたのか。
好青年風の店員はギギギと回れ右をしようとしてジル様に腕を掴まれ、「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。
「何だ? 聞こえなかったのか? 金なら国が出す。良いのを頼むぜ?」
金色の竜の瞳を爛々と輝かせ、ギャングもかくやという恫喝顔で、ドスの効いた声で、鋭い歯が見え隠れしている笑みでズイッと近付くジル様。
しれっとイクシアに請求してるし、マジもんの白い悪魔だ。
しかし、金の出所を聞いた瞬間、店員の目も負けじと輝き、それまでの恐怖の表情は何処へやら、ペラペラと質問し始めた。
内容としてはどういったものを必要としているか、オーダーメイドなら時間は多少掛かるが、望みのものが用意出来る……とか何とか。
……歩合制なんだろうか。
ついジト目で見つめてしまったものの、商魂逞しい店員は俺達から知りたいことを聞きたいだけ聞き出すと、応援を呼んで後ろの二人を連れていってしまった。
残された俺とジル様も少しして別室に通される。
出迎えは身の丈ほどあるハンマーを肩に担ぎ、仁王立ちしている強面のおっさん。
めっちゃ睨まれてる。
値踏みされているような、それでいて、言外に帰れと言われているような……
その上、口を開こうとしたジル様を手で制し、俺にちょっとした圧を飛ばしながらこう言ってきた。
「あんたらが何が何でも自分達を優先しろ、金なら幾らでも出すとか抜かしてる客か? 商売柄、自分勝手な客には慣れちゃあいるが、目に余るようなら……こうなるぞ?」
恐らく……というか普通に脅しなんだろう。おっさんは近くに飾ってあった剣を手に取り、素手でへし折って見せる。
……何だろう、ちょっと前なら青い顔しちゃうくらい怖い現象なんだけど、地獄の修行を乗り越え……いや、今現在も続けている現状だと、「俺にも出来るかな? ……出来るだろうな、うん」とかそんな感じの感想しか出てこない。
ステータスがある世界だからレベルさえ上げれば幼女でも出来るしな、一応。
「ふんっ……女の手前、情けない姿は見せられないと意地を張りたい気持ちはわか……ヒィッ!?」
「オレがこいつの何だって? 今思ったこと言ってみろやコラ」
ジル様に殺気を当てられたおっさんは腰を抜かしてその場に座り込み、化け物を見るような目で見てくる。
……一体、何を思ったんだこの人。
そう思った直後、ジル様が常に腰に差している深紅と蒼穹、二対の刀剣を見て態度を一変させた。
「わ、悪いがなっ、俺にも俺の面子ってものが……もの……があああああっ!? そ、その刀剣はっ!?」
何でも世界に七振りしかない特別な刀剣のうちの二振りらしい。
そこから改めてジル様の角やら瞳やら鱗から尻尾やらに注目し、「あああっ!?」と指を差して驚く。
「あ、あんたまさかっ……! 剣聖のシルヴィアか!? 狂った剣聖っ……生きる伝説っ……最強の傭兵のっ!」
こういったことは稀にあるので、色々と割愛。
以降は「『世界最強』の剣士が金に糸目を付けねぇってんなら喜んで引き受けるぜ! 他の予約? 知らん知らんっ、良いからもっと詳しく要望を言ってみろ!」とスムーズに話が進んだ。
良いのかそれで。
いや、ぶっちゃけ助かるけども……
若干、引きながらも先程より詳細なイメージを伝える。
と言っても、防具はお任せ。動き方や戦闘スタイル、ステータス、ステータスの伸び方、癖等、ジル様の意見も聞いて決めていき、基本は武器についてのやり取りになった。
サブウェポンや予備の武器が欲しい、メインとして狭い場所でも開けた場所でも戦える武器が欲しい。
そんな俺の要望に、「剣じゃない武器はどうだ?」と提案されそこから数時間話し合い。
結果、俺の新武器は手甲タイプの鉤爪ということで決まる。
職業的にも戦闘スタイル的にも上手くマッチしており、欠点としてはリーチが短くなることが挙げられたが、別に剣を持てなくなる訳じゃない。
「となると……こんなのはどうだ?」
街一番の鍛冶師と名高いらしいおっさんは早速サラサラと簡単な絵と設計図を書いて見せてくれた。
パッと見としては、前腕部に嵌めて使うガントレットのような手甲。先端からは『三十~四十センチ?』と書かれた三本の爪が飛び出していた。
爪は逆刃にした日本刀みたいな形状であり、物を持ったりする用に手甲内に収納出来る仕様を予定している。
因みに、素材はジル様の《竜化》時の爪。
態々、変身してもらって折ってもらった。
「成る程成る程……ってなると、重量としてはこんくらいになるぞ?」
「大丈夫です。慣らします」
「ハッ、流石は『世界最強』の弟子だな。じゃあこの際、防具の方も詰めちまうか!」
笑われながらも計画は進む。
胸当て肘当て膝当て、金属製のブーツはついでと言わんばかりにジル様の鱗を取り入れ、魔物の素材やミスリルといった異世界あるある金属も使って新調。
内部にゴムのように伸び縮みする素材を組み込むことで純粋な防御力に加え、衝撃に強くすると聞いた時はかなり感心してしまった。
ドラゴンの素材で作った装備で全身を固めるとか今にも魔王を討伐せん勢いだ。
後、決して言えないが、ジル様の身体の一部と思うとその……ぐへへ。
「キモいキモいキモいキモいキモいぶち殺すぞテメェ鳥肌立ったじゃねぇか」
「……だから心読むの止めてもらって良いですかねっ!? プライバシーの侵害です!」
「煩ぇよ」
スパアァンッ……!
「あひぃんっ!? ありがとうございますっ!」
「……坊主、口と鼻と目と頭から血ぃ出てんぞ」
俺達の手慣れたコントにおっさんはドン引きである。
何はともあれ、一ヶ月以内に全ての装備が出来上がるとのこと。
正直な話……今は少しでも嫌なことを忘れたい。
新装備を受け取る前にダンジョンに潜ろうと思う。
遠征の期間だって別に指定はされてない。逆に言えばいつ急に帰投を命じられるかわからない。
二人を鍛え、自分を鍛え、装備を新調し、慣らしていく。
帰宅最中、漠然とそんなイメージをしつつ。
「マナミは肯定も否定もしてなかったけど……いずれ、ライと仲直りしておかないとな」と沈みゆく夕陽を見ながらそう思った。




