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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第1章 召喚編
31/334

第30話 出現


 思っていた以上に激しく動いていたらしい。


 俺は気絶させた女の引き摺りながら辺りを見渡してそう思った。


 初の殺し合いに対し、息切れはそこそこ。傷も巨蟲大森林での修行を思えば軽い。


 その上、既に回復薬を飲んで全快している。


 問題は足だ。


 気を抜くと一気に来る。


 これにも覚えがあった。


 極度の疲労だ。精神的にも肉体的にも本当にキツイ時、何度か経験したことがある。


 毎回ジル様に渇入れられて耐えてたが……マナミの【起死回生】で治るかなこれ。


 ちょいと不安になりつつもライの元に合流した。


「……あれ? さっき剣を振り下ろしてなかったか? 遠目で見た限り殺したのかと思ったんだが」


 全身をロープで縛られ、足元に無様に転がっている男を見ながら言う。


「ん? あぁ、振り下ろしたには振り下ろしたよ。こうしてね」


 見せてきたのは西洋剣の腹。平然とした顔でよく言う。こんな金属の塊でぶん殴っておいて……って、よく見たら頭から血ぃ出てるわこの男。


 逆に何でそれで殺せないんだよ……と軽く睨み、「いや、それは俺も同じか」と未だ目を回している女を見やった。


「というか……お前、あんな凄い戦いをしといて俺の方を見る余裕があったのか?」

「まあチラチラとだけな」

「……自分を殺そうとしてくる奴を前にしておいて?」

「余裕はないさ、流石に」


 ポリポリと頬を掻きながら、「ジル様に一点集中はするなって教わったんだよ。つぅかお前も見てんじゃねぇか」と答える。


「で? それよりどうするよこいつら」

「……どうしようか」


 こいつは……


 脱力した。危うくまた膝から崩れ落ちるところだった。


 まあ良い。


 何はともあれ、崖から飛び降りてマナミ達の方に向かう。


 俺より多才で俺より素質がある奴はやることが違うな。『風』の属性魔法による空気のクッションなんて作って見せやがった。


「お疲れ、二人共っ。いやー、こっちも大変だったよー」


 疲れたような顔でそう話し掛けてきたのはリュウ。


 見れば馬車や付近の地面、果てはリュウとアカリが持っている盾に矢が刺さっている。


 こっちはこっちで雑魚に襲われてたらしい。


「わっ、ユウ君すっごい怪我っ! 今治すねっ」

「遠距離攻撃の手段がないから防衛に徹してんだけど……せ、正解だった、よね?」


 マナミの完全回復能力を受ける中、リュウが不安そうに訊いてきた。


 見れば馬も無事。怪我人も居ない。


 ただ一方的に撃たれていただけとはいえ、リュウも初めての対人戦闘。何か判断を誤っていただろうかと怯える気持ちもわかる。


 配給された装備だって一つの国が寄越すものだ。それをこうも綺麗に突き刺さってるってことは……雑魚の中に弓士か弓矢強化系スキル持ちが居る。寧ろよく耐えたと褒め称えたいくらいだ。


「そうだね、俺も逆の立場なら同じことをしたと思うよ。なあユウ?」

「いや、俺は紙装甲だから耐えるなんて選択肢はない。特攻あるのみだ。ま、死にさえしなけりゃ不死身の肉壁な訳だしな、最善だったと思うぞ」

「そ、そっか……それは良かった」


 俺達の返答にホッとしたらしく胸を撫で下ろし、深く息を吐いたその時。


 ライとマナミ、アカリ……【魔力感知】スキルを持つ三人がビクッと肩を震わせ、凄い勢いでイケメン(笑)達の方へ振り向いた。


 何かあったのかと俺は剣を、リュウは盾を構える。が、見えたのはトモヨさんがバカデカい火の玉を空中に浮かべた姿。


 太陽を具現化したような炎だ。火球の周囲は陽炎で揺らめいており、その熱を窺わせる。


「メラ◯ーマじゃん」

「今のは○ラゾーマではない……メ◯ガイアーだ……!」

「……そのノリ止めない?」


 ライが渋い顔でツッコミを入れてきた。


 恐らくは牽制。


 魔法として顕現し、完成させた後はミサキさんと合わせて投降を促している辺り、脅迫も兼ねているようだ。


 こちらの人間が魔法を使うには詠唱が必須。にも拘わらず、無詠唱であそこまでの生成、維持能力を見せられれば戦意も喪失する。


 頭である男女も俺達の元で無力化されてる訳だしな。


 事実、残党は武器を投げ捨て、手を上げながら姿を見せ始めていた。


「……一件落着だな」


 俺の一言にライ達はうんうんと頷き、捕縛した男女の拘束をもう一度確認する。


 四肢ではなく、口。態々ロープを噛ませ、話せないよう重点的に。


 その理由は魔法防止。


 詠唱必須ということは口を塞ぐか、喉を潰すかすれば魔法が使えなくなるということに他ならない。


 故に、俺達は魔法使いと敵対した時の対処法……『どう倒すかより、どう話させないかを意識しろ』と教わった。


 ジル様にも似たようなこと言われたな、なんて思いながら縛り直すこと数秒。


 その刺激のせいだろう、男の方はスヤスヤだったが、女の方が目を覚ましてしまった。


 先程までの消耗は何処へやら。目を丸くして状況に驚いた後、諦めたように肩の力を抜き、「ふもー……」とくぐもった溜め息を漏らしている。


 酸欠と軽い熱中症からもう回復したらしい。恐るべき身体能力だ。


 残党の投降が終わるまで暇だったのでマナミが馬車や盾を修復している横で女に訊いてみる。


「あんたら、パヴォール帝国の兵か?」

「っ……」


 女は面白いくらいビクッとし、俺を見上げた。


「あんたとそこで伸びてるマヌケだけ強かったのと身綺麗だったからな。当たりか」


 パヴォール帝国。イクシアと同じ人族主体の国ながら帝国主義を掲げ、大陸最大の領土と兵力で以て成り立っている大国。


 謳い文句は『力が全て』。力があれば何をしても良い。


 異種族同士でのいざこざが多発しているらしい今現在も種族問わず他国への侵略を止めない戦争狂い、蛮族の集まりであり、イクシアと敵対している人族国家でもある。


「イクシアは帝国と並ぶ列強。小国群や他の大国、野良の冒険者に傭兵、野盗なんざに勇者を拐う……つまり、イクシアと敵対する意味はない。加えて言えば奴隷や他種族じゃなく人族のあんた達が出てきたんだ、帝国に行き着かない方が変だろ」

「…………」


 女は(だんま)りで答えた。


 この場合の沈黙は肯定と同義だと思うんだが。


「更に付け加えると、今の俺達と同等に戦える人間をこんなことに割けられる勢力が帝国くらいしかないのもあるね」


 ライまで口を挟んでくる。


 実のところ、それも事実だったりする。


 リンスさんの授業で習った限りでは人族側の戦力はイクシア、帝国、この世界唯一の宗教組織くらい。そして、その中で帝国だけが全ての国に敵視されている。


 勇者という特級戦力を欲するのもわからなくはない話だ。


「っ……」


 今度はプイッと顔を逸らされた。


 わかりやすい自覚はあるようだ。


「……待てよ? 地理的にも関係的にも勢力的にも、こいつらが帝国関係者であることを示している……随分とわかり易過ぎやしないか?」

「う~ん……? って言うと?」


 俺の呟きにマナミが首を傾げ、逆にリュウは「……ん、確かに」と頷く。


「襲撃するのは良いけどさ、こうしてまだこの世界に不慣れな僕達ですら辿り着けるんだよ? おかしくない?」

「……主犯がたったの二人だけで他はその辺の野盗っていうのも臭いね」


 トモヨさん達が次々と薄汚い格好の男達を捕縛していく様を見たライも賛同してきた。


「ふむ……」


 考え込むように顎に手をやり、今回の襲撃について考えてみる。


 ダンジョン遠征は政治の一貫。にしては護衛は少なく、俺達よりも弱い。


 やたら馬車が豪華なのも、名実ともに世界最強と名高いジル様が居るから本当に政治的アピールのつもりなのかと思っていたが……案外深い思惑があるかもしれない。


 女王派の政敵が騒いだから遠征に繋がった。謂わば政敵が遠征を促した訳だ。


 そいつらが帝国と密かに通じていて、俺達を襲わせ……女王派はそれをわかっていながら俺達の成長の為に放置したってのは考え過ぎだろうか?


 ジル様が居るから万が一はあり得ない。そして、そのジル様本人が対処を拒否したとくれば……全ては最初から仕組まれていた。そう結論付けて良い筈。


 それらは一重に俺達……いや、勇者の成長の為に。


 何があっても尻を拭える人材。


 勢力がわかり易く、シンプルな戦闘スタイルかつ極端なまでな少数による襲撃。


 ……にしては舐められ過ぎな気もするか。流石に正規兵にしては少なすぎる。大隊や中隊となると数が多すぎてバレた時、新たな国際問題になるし……いや、だとしてもせめて小隊規模は欲しい。何せこっちにはジル様が居るんだから。


「成る程、暗部か末端の末端だな?」


 女は再び反応した。


 出来るだけ抑えようとしているのか、眉がピクッとしただけだったが、こんだけ近けりゃ嫌でもわかる。


「大方……拐えるなら拐え、使えないなら捨て置け、無理なら殺せ、とでも言われたんだろうな。帝国とはさも無関係だと、ただの盗賊に扮してよ」


 俺達がこの二人を帝国の関係者だと断定したのは状況証拠というかやっかみに近い。女の反応で「はいはいこういうことだろ?」と誘導尋問して確信しただけのこと。もし仮に二人の犯行が成功したとして、帝国を糾弾出来るほどの証明にはなり得ないのだ。


「で、そんな二人+αに襲われた僕達は当然抵抗し、勢いあまって殺せば良し……余裕で勝っても良い経験になるからと放っておかれた……?」


 俺とリュウは思わず目を見合わせてげんなりした。


 イクシアもイクシアだ。幾ら俺達が殺人への忌避感が強いからって……


「「やだ何それ怖い」」


 ライとマナミも遅れて同じ結論に至ったのか、嫌そうに顔を歪めると、綺麗にハモりながらそう言った。


 流石に何もかも全部が俺達の想像通りとまでは言わないけど、当たらずとも遠からずってとこだと思う。


「何だかなぁ……」


 ライもよくこんなことをする国に手を貸そうと思えるもんだ。


 傷と肉体的な疲労が消えた分、気を張らなくても普通に歩けるようになった為、男の方に近寄って服の中を漁る。


 こいつは無詠唱で魔法を使って見せたという。


 疲れてたのと今の尋問で気付くのが遅れたが、何かしらの魔道具を持ってるのは間違いない。危うく見逃すところだった。


「ユウ? 何して……あ、そういうことか」

「……お前な、お前が戦った相手だろ。油断してんじゃねぇよこのバカ」

「い、言い過ぎじゃないっ?」

「煩ぇバーカ」


 失礼にも胡乱げな視線を向けてきやがったので無遠慮に暴言を吐きつつ、ライにも服を剥ぎ取らせ、目につく怪しそうなものを外していく。


 魔石……魔物が持つ核を改造した電池みたいなもんを嵌めてあるネックレスやリモコンみたいなもの、果ては申し訳程度に装着していた薄い防具から指輪に腕輪、ポケットをマジックバッグ化してあるらしい上着も全て没収した。


「んんっ!? んーっ、んんーっ!」

「おい、何か言ってるぞ」

「そりゃ半裸にされたら起きるでしょ」


 一先ず顔面のど真ん中目掛けて拳を振り下ろし、めり込ませる。


「ごぶぅっ!?」


 男の潰れた鼻や口から血が盛大に噴出し、その衝撃で何処からか球体状の何かが転がり落ちた。


「よ、容赦ないなお前……」

「流石に酷いと思うよユウ君……」

「いやまあでも敵だから……い、一応ね?」

「……?」


 それまで口を閉ざして空気と化していたアカリが「何言ってんだこいつら」みたいな目でドン引きしているライ達を見ているのがわかる。


 無学な平民のアカリの方がよっぽど危険性がわかってるのもどうかと思う。


 気持ち冷めた視線を橫に向ける中、目元をピクピクさせ、ぐったりとし始めた男の前でコロコロと転がっていたビー玉のような綺麗な玉を拾う。


「何だこれ。これも魔道具か?」


 なんて言いながら自分のポケットにしまおうとし……


「お前っ! 無抵抗の奴に何てことをするんだ!」


 面倒臭い奴が近付いてきた。


 おいまたか。


 ……またか。


 活躍出来てなくて不貞腐れてる様子の早瀬を引き連れ、ズンズンと俺達の方に歩いてきている。


「お宅の同僚だろ、何とかしろよ」

「……無理だよ。同じ職業ってだけなんだからさ」


 ライと小声でボソボソ。


 普段は誰にでも好意的な親友が目を瞑り、「嘘だろ……?」と嫌そうにしているのは中々珍しい。


 とはいえ、以前のこともあった手前、今回も俺を放置しようとは思わなかったらしく、前に出て壁役になってくれた。


「えっと……イサム君? この男が無詠唱で魔法攻撃してきたのはわかるよね? だからその魔道具をだね……」

「イナミ君も慎重過ぎるっ。大体、勝った相手に何を怯えてるんだい?」


 お、おう……お前はその勝った相手どころかその辺のゴロツキレベルの矢にビビって落ちてたけどな? ていうか勝ったのはライだろ? 何ちゃっかり自分も頑張りましたみたいな顔してんの?


「あー……」


 ライは困ったように俺を見てきた。


 まるで助けを求める犬のようだ。


 何でここで俺を頼ろうとするんだこいつは。その整ったイケメン面を殴ってやりたい。


「ふんっ、これの何処が危険なんだっ。ただの玉じゃないか!」


 言うや否や、イケメン(笑)は俺の手からビー玉を奪い取り、地面に叩き付けた。


「おいおいおいっ、何してんだっ、魔道具だっつってんだろ!」

「ちょっ、イサム君っ!? 正気かっ!?」


 一気に血の気が引いた。


 ライも同じ気持ちだろう。


 しかし、かの男の無様な敗北は余程彼のプライドを傷付けていたらしい。


「こんなものっ!」


 そう叫び、思い切りその玉を踏みつけやがった。


 瞬間、理解の範疇を越える光景を前にすれば驚愕で動けなくなる現象……それが起きた。


 俺もライもマナミもリュウもアカリも、何なら早瀬まで固まっていた。


 ピシッ……!


 嫌な音が聞こえた。


 イケメン(笑)の足元から途端に妙な光を放たれ、そんなバカな行為をした大馬鹿野郎は「へ……?」と間抜けな声を出して尻餅をつく。


 その様子を見ていた俺達も唐突にズシイィンッ! と揺れた地面に足を取られて体勢を崩していた為、何が起きたのか理解するのに少々の時間を労した。


 ――ギャオオオオオオォォォォーーーッ!!!


 ビリビリと大気が震えるような咆哮。


 あまりに巨大な音に思わず耳を塞ぎ、遅れてやってきた砂埃から目を守るように顔を覆う。


 咄嗟に『風』の属性魔法で土煙を払い、最低限の視界を確保。俺は目を細めて、突如現れた()()を注視した。


 ブオンブオンと揺れ動き、空気中の砂を裂いているのは……恐らく尻尾だろう。


 断続的に続く地面の振動から察するに、四足歩行の生物だ。


 デカい。


 それは異様な大きさだった。


 土煙で全容は見えない。


 しかし、その大きさは何となく伝わってくる。


 大型の運搬トラック……いや、明らかにそれ以上だ。飛行機並みかもしれない。


 次の瞬間、フシュウゥッ! という鼻息が漏れたのような強い音と共に視界がクリアになった。


 ただの鼻息は俺の属性魔法より強力のようだ。


 俺が弱いのか、はたまた目の前のこいつが化け物なのか。


「ど、ドラ……ゴン……?」


 そう呟いたのは果たして誰か。


 ジル様のドラゴン形態とは掛け離れた、亀のような竜。


 一難去ってまた一難。


 俺達は新たな難敵と相対した。


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