第287話 外なるもの
タコのアレは胴体らしいですね。いやまあ、だから何だって話ですが。
「あれが『ネメシス』……大きいな」
「宇宙生物っていうのは上の方に取り付いてる……あー……んー……? う、うにょうにょしてる気持ち悪いのがそう? 何か……全体的に触手っぽいっていうか……頭のない、タコ? みたい……」
望遠モニターを見ながら何やら深刻な声音で呟くバカ共の後ろで全装備(と言っても外見上は今までと相違ないが)の確認を終え、出撃に備える。
どうやら本当に宇宙空間に出なければならないらしい。
どう壊れても【起死回生】で完全修復出来るとはいえ、件の謎生物は魔力に引き寄せられる性質があるとかで露払いは前提。
そして……
『長年の放置で半壊に近い損害状況……逆にここまで持たせた防衛システムを褒めるべきでしょうね』
『稼動の為に貯めた魔力を求めて『悪食』共が群がってるって考えると複雑だけどねぇ』
無線に届いたロベリアとフェイの感想染みた補足で再確認が始まる。
「じゃあ……作戦通り、マナミはこのままネメシスに向かい、修復作業に入る」
「この船、大気圏突入にも使うって話だもんね」
『残存エネルギーの消費削減の為、私も一緒です。ネメシスの起動と発射プログラムを組む必要もありますし』
「で、俺とフェイ、猿頭の二人と一匹で外敵……『悪食』? の直接排除か」
『……大将、戦いに私情は持ち込まないでよ? こんなとこで死ぬのはごめんだ』
肩を竦めて顔を逸らし、義眼で外の様子を窺う。
地上よりも遥かに近い星々もこの世の何より暗く黒い真空の空間も俺には見ることが出来ない。
が、ネメシスとやらの全長は立体的にキャッチしている。
何と言うか……
「独楽……みたいだな」
「……あん? 何だいそれ」
あからさまな話題の転換に一瞬ジト目を向けてきたっぽいフェイが空気を読んで乗り、そこに気まずそうなマナミも追随する。
「えー……あーっと……お、玩具、かな? くるくる回して遊ぶ、私達の世界のさっ」
ライは無反応というより、言葉に詰まっているようだった。
何か返したいけど何も出てこない。
多分、そんな感じだ。
『こんなデカい……玩具?』
『相応に縮小させているに決まっているでしょう。コールドスリープのし過ぎで知能が低下しましたか?』
『あ゛?』
『何です?』
「いやああああ止めて止めて止めてっ、直せるって言っても魔力とか体力とかエネルギー系のものは戻せないから! 何で言った側から無駄な消費を増やすのかなぁっ!?」
始まった大型機械同士の喧嘩でガチャンガチャンと艦が揺れ、マナミが悲鳴を上げながら制止する。
無論、浮いているから俺達に支障はないものの、微妙な空気は霧散した。
「……成る程。昔は動いてたんだから人が居た……そいつらの居住区とそれを回す為の食糧、工業プラント、整備関係の部屋や娯楽施設があるのか」
「宇宙用のロボット……じゃないね、MMMの工場とかパイロットの育成施設、空間に研究所とかもありそうだ」
俺とライの予想は当たり、ロベリアから肯定の通信が入る。
『全長は約十キロ。宇宙でしか採掘出来ない資源の確保や他の惑星へ向けた航行と数多の役割を持つものです。衛星兵器はその内の一システムに過ぎません』
いやデカ過ぎだろと驚く一方でまあそりゃそうかと納得もする話だ。
それだけ巨大なものを造ってから宇宙に上げたのか、宇宙で建造したのかは知らんが、当時は莫大な予算と時間、人材と資材を投じた筈……
となれば戦争に介入する気がなかった奴等からすりゃ兵器運用だけでは元が取れない。それこそ他に代替出来ないようなことでしか。
宇宙資源は宇宙あってのもの。宇宙環境に適した道具や機体の試作も宇宙で造るのが一番だろう。
『内乱が起きなかったのは種族特性。外敵の襲撃も軽くあしらえる程度……そういった技術的、地理的な観点から傲り、星に残った我々と袂を別つことになったのは悲しいことです』
また急に話題が変わり、今度は俺ら三人が揃って首を傾げると、フェイが説明してくれる。
『世代が違うから細かくは知らないんだけど、アタイらのご先祖様達ぁ喧嘩別れしたらしいよ。最初は一緒になって地上人を見下してたくせに、宇宙組の奴等が急に『同じ星に生きている以上お前らも地上人だろ!』って言い出したとかで』
へー……と仮面の裏で少し眉を上げる。
つまり昔は他種族含めた全イクス人、『天空の民』、そこからまた派生して別れた勢力が居たと。
ロベリア達も元は地上の人間だったろうに、結局はお互いを見下し合って仲違いとはとんだお笑い草だ。
だったら更に宇宙進出を試みて分化した連中も居そうだな。
俺とライ、フェイの推力なら直ぐに迎える距離に入った為、MFAに備え付けられたとある装置を作動。船腹の横にあるハッチから飛び降り、加速を掛けながら冗談混じりに言う。
『よっと……じゃあ何だ? そいつらは宇宙人を名乗ったってか?』
向かいの方から降りていたライが俺同様、宇宙服代わりの空気の膜を身に纏って飛ぶ光景を横目に、フェイは自機と艦のアタッチメントをパージしつつ、思い出すような声音で返した。
『うんにゃ? 何だっけかな? えーと、確か……虚……何とかって……』
『『虚空の民』。彼等はある日そう自称し、一方的に我々との通信、貿易を打ち切りました。長年の宇宙生活に慣れ、技術も独自に発展した結果、自給自足の目処が経ったのでしょう』
不明瞭な部分はロベリアが繋ぎ、僅かに揺れて生じた角度誤差を腕部だけ人型に変形して向きを固定、スラスターで調整する。
『クハッ、中々どうして面白い話じゃないか。好きだぞそういう話』
『……今は目の前の敵に集中しよう』
『つっても宇宙生物ってクソ雑魚だよ? 単細胞生物だから考えるってことも知らないし』
弱いんなら何でネメシスはああも……と言い掛け、口を閉ざす。
歴史のお勉強をしに来た訳じゃないからな。
『各自、装備や機体に不調は?』
『こちらは無し。音が少し聞き取り辛い、か?』
『同じく。無線障害なら宇宙を漂う魔素の波長のせいだよ。そもそも地上用だし』
義手や義足が出す、金属が擦れ、軋むような音が聞こえるのは発生させた疑似宇宙服……空気の膜の恩恵か。
他は完全な無音。
銃や魔法による攻撃は恐らく目やセンサーでしか拾えない。それも一瞬か残滓くらいだろう。
膜が触れるから接触時だけなら耳も仕事するが……まあ意味はないな。
正真正銘、仲間との通信と装備が放つ魔力の光だけが頼り。
俺は義眼のお陰でそれなりに見えているが、視界のある奴は真っ暗の空間を飛んでるんだろう。二人共、進行方向にブレがあった。
『俺の魔粒子は見えるな? 後ろに続け』
『太陽を反射するものがないってこういうことか……見えないのがこんなに怖いとは……ねっ!』
『あいよ。速度同調開始……ヨシ。各部も依然問題無し。武装も……使える。……行けるよっ!』
確認で背後を見やれば紫、金、空色の光が重なり、残像のように置き去りになっている。
目が無くともとても美しく、とても恐ろしい。
何せその周りには何もない。
360度、ほぼ全てにおいて無、無、無。
SF作品だってフィクションだから視聴者に分かりやすく出来てるだけで実際はセンサーやら何やらで機械が補正、映像化、あるいは判断していると聞く。
それを生身で、宇宙服も無しで、となるとやはり怖い。
強いて言えば今の今まで乗っていた艦とロベリア機、前方のネメシス、真下のイクスは微量の魔力を帯びていてシルエットがわかるかな。フェイは兎も角、ライには見えていまい。
とはいえ。
言っていても仕方がないのも事実。
『再加速を掛ける。行くぞっ』
『了解っ!』
『あいあい!』
俺達は俺の一声を機に一気に加速。前者はあっという間に見えなくなり、逆にネメシスとの距離はどんどん縮まり出した。
相変わらず周囲の音は聞こえない。
そのせいで、MFAが出す独特の駆動音だけが辺りを支配しているようにすら感じる。
無駄話が出来るような速度でもない。
そうして直進を続けているうち……
段々と浮いている何らかの残骸や隕石が増え始めた。
これには魔力があったりなかったりで非常に感知し辛く、思わず大きく避けてしまう。
『んぐっ……た、大将っ、少し速い! 減速っ、ブレーキっ!』
『わっ……わかって……いるっ!』
『っ、これっ……宇宙デブリとっ……小隕石群、かっ?』
下手に激突してしまえばそれまでの速度分で大怪我は免れない。諦めて速度を落とし、後ろの二人に分かりやすいよう魔粒子の噴射量を敢えて増やして道を示す。
『それと避けるなら上昇しなっ! 重力に引っ張られる! 下っ……ってのも変な話だけどっ、イクスを意識して飛ぶんだよ!』
さっきから小煩いフェイが前では機体の全長と回避運動が大袈裟過ぎて障害物の大きさが読めず、ライはそも殆ど見えてない。
その為の先方だが、これがどうにも難しい。
イクスに居た時……大気圏内とはスラスター制御の勝手がまるで違う。
無重力だからか、ちょっとした姿勢制御や安定化のつもりがいきなりあらぬ方向に向かっちまう。
俺もライも焦って回避、避けた先にまた障害物があってまた焦り……を繰り返しているくらいだった。
額に滲んだ冷や汗を『風』のそよ風で飛ばし、ふぅと息を吐く。
身体を捻りながら加減速、跳ねる感じで軌道修正、本気で危ない時は蹴って少しでも速度の維持と気は抜けないものの、少しずつ慣れてきた。
そして同時に、近付けば近付くほどわかってきたネメシスの大きさに圧倒される。
見上げても尚見えない。
スカイアークの比じゃない。
いや、アレだって十分巨大だが……半壊状態でもざっとその十倍はある。
当時の『虚空の民』とやらにはよくもまあと脱帽する思いだ。
が、それはそれ。
そう思えるということは到着を意味する。
宇宙空間で生きられると言っても魔物みたいなものだろうに、やたら魔力反応も熱反応も薄い敵はもう目と鼻の先に居た。
マナミが言ってた通り、第一印象は触手の塊。
吸盤のないタコの足みたいなものが大量にうねうね蠢いていて、何とも生理的な嫌悪感を抱かせる。
つぅか……
ネメシスの上部全体を包んでて分かり辛いけど、よく見たらバカデカい一体じゃないなこれ。
数十数百……下手したら数千規模の生物の集合体だ。
そもそも頭や胴体があるかどうかもわからないし、触手と相まって全く数えられない。
そんでもって、何かに似てると思ったらアレだ。『崩落』が最後の方に作らせた人喰いワームタワーだ。
『気ん持ち悪ぃなぁおいっ……クソ勇者っ、《気配感知》は!?』
『うげぇっ……何だこいつキモっ……! あっ、い、今範囲に入ったっ、ここまで来ればっ!』
『かああぁっ、ホントに気色悪いねぇっ!? けど、戦闘力はないって習ったよ! お先ッ!』
先行したシヴァトの背後で気付いた。
こいつら、ネメシスそのものを捕食してやがる。
『吸盤の代わりに無数の口があるのか……悪食ってそういう……』
俺がドン引いた次の瞬間、問題の宇宙生物も俺達を察知したらしい。全体がビクンッと震え、ありとあらゆる方向にワッと触手を伸ばし、一斉に俺達の方に向かってきた。
『さ、散開っ! フェイはそのまま前衛頼む!』
『こっちの魔力に反応したっ……!? にしてもっ、何て気配のない奴等だっ!』
『わかってるさねっ! 先達の話じゃ、こいつらは熱にも衝撃にも弱い! 大将らも遠距離から狙いな! 反動にだけ気を付けてっ!』
俺とライが剣を抜き、連合の散弾バズーカ砲を構え、減速しつつ別方向に別れる一方で、両腕部の弾丸をばら撒き出したフェイは直進で敵の群れに突っ込んでいく。
伝わっている情報は確かなようで、ただの機銃でやたら多い体液を漏らして離れる個体を幾つか確認出来た。
乗じる形でこちらも爪斬擊、白翼の羽根、散弾で寄ってくる触手を弾き飛ばすと、改めてその脆弱さ、ビビるくらい低い防御力を痛感する。
『よっわっ!?』
『がっ、この数は少しっ……!』
『クハッ、ゾンビ兵と変わらんなァ!』
『そりゃっ、そうだけどっ……さッ!』
つい出た驚きと弱音を笑い飛ばし、初の宇宙戦の火蓋はそうして切って落とされた。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
チカチカと多少見えるだけの戦闘の光を頭上に、専用港への緊急突入を終えたマナミとロベリアは早速ドッグを飛び出てそれぞれの役割を全うしていた。
「あれっ? ここ……空気が?」
『当たり前です。マテリアルボディと言っても人間なのですよ?』
防衛用の機銃を優先し、外装から。
ネメシスはシキらが『悪食』を離した箇所から映像を逆再生するかのように現れ、元の形状に戻っていく。
その光景を先に直したモニターから確認していたマナミは何より先に酸素の有無に驚愕の声を上げ、大量のキーボードを目にも止まらぬ早さで打ち続けているロベリアはさも当然と返す。
そして、修復が進めば進むほど、専門家によって機能を復活させられた自動防衛システムが本来の機能を発揮し始める。
二人が居る一室には映画で見かけるような巨大モニターが天井から吊るされていた。
それこそ映画館のように広く、空間の殆どが映画館の椅子のようにオペレーター席で埋まっており、二人以外には人っ子一人存在しない。
よくわからないゴミが浮いているか、元人らしき何かが浮いているかのみ。
広さのせいで虚しいまでに二人の声が響いている。
そんな中、恐らくは指揮官が立つのであろう位置の直ぐ横。副官の席らしい場所で浮き、人としては不自然な体勢ながら熱心に打ち込まれる内容は敵味方識別の情報。
マナミの視線の先では動き出した機銃がシキらを狙ったり、誤射することなく外敵排除に集中している映像がある。
『っ……これ、でっ……よしっ! 次っ……!』
カタカタカタカタ、カタタタタッ……と、次々に忙しなく動く指。
それに付随して、モニター画面が映すものを変える。
ブラインドタッチすらまともに出来ない一般人からすればその速度は尋常じゃなく、加えて言えばあまり早すぎてもこちらの文字は読めない。
故に、マナミは修復作業に取り掛かりながらも二度見、三度見、四度見して驚く。
「は、早っ!? 凄っ!? 怖っ!? ていうか早すぎて何かちょっとキモいっ!?」
『……私からすれば不死の軍勢の創造と物資の無限増殖を澄まし顔で行える貴女の方が怖いです』
逆にロベリアは渾身のジト目を見た目だけは至って普通の少女に向け、漸く手を止めた。
『専用プログラムを立ち上げました。もうどう修復しても彼等が狙われることはありません。危なければ自動的に停止します』
「えぇ……? す、数秒ごとに数十基単位で増えるものの再設定をしながら? それも同時進行で? 幾ら機械化してるからってどんな処理速度してるの……?」
鳥肌が立ったのか、両腕を擦っていたマナミはふとモニターの隅に映るものに気が付き、僅かにその目を見開く。
「……ねぇ、ロベリア?」
トーンの変化をスルーし、『今度は何ですっ?』と少し苛立ったように声を荒げた機械仕掛けの女王は「これは何? この空間には何があるの?」と指差された先を見て口を噤んだ。
小さく映し出されていたネメシスの全容、内側。
他のブロックは全て名称や状態が表示されているにも拘わらず、マナミが気にした箇所だけは唯一真っ赤に染められ、立ち入り禁止という文字が浮かんでいた。
「何かの兵器工場……なら関係者は入れるよね? でもこの感じ……誰も入っちゃいけないみたい。ロベリアが定めたルール……だよね? 分裂した勢力ですらキッチリ守ってたってこと? 一体……何の為に……?」
見れば外の戦闘は終幕に向かいつつある。
ロベリアは十秒近く沈黙した後、重苦しそうに呟いた。
『そこはお墓……です。私と同じ〝絶機〟……私が嘗て人だった頃、旧時代を共に生きていた仲間であり、友人であり、ライバルであり、敵……だった者が眠る神聖な場所。そう……離反した者達の中には同期が居ましたね』
機械らしからぬ、普段ノア並みに物静かな彼女らしからぬ、心底安堵しているようで心底悲しげな顔。
対するマナミは「あー…………何か……地雷、踏んじゃった?」と、気まずげに口を閉ざした。