第284話 決行の日
間に合ったけどっ……間に合ったけど!(ノ`Д´)ノ彡┻━┻
『敵襲っ、敵襲ーっ!』
『何だあの透明なのはっ、そ、空を飛んで……!?』
『魔物にしちゃデカいぞ! 飛行と跳躍の出来る者を呼べっ!』
『弓と弩を用意しろーっ! あの動きっ、遺跡に向かっている! 何としても我等が祖先の遺跡を守るのだ!』
改造巡洋艦ディルフィンブリッジ。
室内中に外部集音器が拾った音や声が疎らに響く。
俺には見えないが、中央の天井から降りてきた望遠モニターには外の様子が広がっているんだろう。
獣王が治める獣人達の国……深い霧と多種多様な魔物という自然の結界によって守られた、日本三つ分に相当する超巨大森林の様子が。
深夜帯……そして、殆どの艦に新搭載された光学迷彩を使っての進軍だというに、持ち前の目の良さで見抜かれたらしい。報告では次々と松明が灯され出したという。
「…………」
とうとう来てしまった。
今日この日、俺達は宇宙に上がる。
獣人族からすれば俺達は協力を断られたから、世界の為だからと同盟、連合、メサイアの三勢力が誇る中規模艦隊を率いて他国に押し入り、無理やり国の遺産を使う賊。
もしかしたらより大きな禍根を残すかもしれない。
国を纏める者として、本来なら正式な手順で会い、話したかった。
でなければ……ムクロの負担が増えてしまう。
だが、それではあまりにも遅すぎる。
シャムザと連合の合同艦隊の壊滅報告を受け、既に一週間が経っている。
一人全速力でこちらに合流し、機体の補修を終えたフェイ曰く、救えたのはナールとアカリを含めた一部だけ。
他、レナとヘルト達は名誉の戦死を遂げたと伝えられた時は笑ってしまった。
だってそうじゃないか。
何が名誉だ、何が尊い犠牲だ。
馬鹿馬鹿しい。
良い奴等だったのに……ただ国のことを想ってただけの人間がどうしてっ……!
「下らんいざこざを引き摺っているからいざ事が起きれば後手後手に回るッ……余計な死人を増やしやがって……」
思わず漏れた毒と一緒に殺気が漏れ、一瞬ブリッジ内がピリつく。
「シキ氏ー? 怖いから止めてほしいんですぞそれー」
「お前の気持ちもわかるけどよ……ヘルトのお陰で事態は好転したって話じゃねぇか」
「そうだよ、今は目の前のことに集中しな。アンタは魔帝を名乗ってんだ。いつまでもアタシ達のボスってわけにゃいかないんだからさ」
「……すまん、少し頭が冷えた。皆も辛いのに……悪いな」
ジョンを初め、『砂漠の海賊団』時代から俺を慕って付いてきてくれた仲間達に諭され、溜飲を下げる。
甲板上で待機してるリュウも艦内で別の仕事に就いてるレド、アニータも泣き崩れたくらいだ。ショックは大きい。
が、その説得内容もまた事実。
最期を看取ったフェイが言うにはヘルトの自爆特攻はスカイアークのメインジェネレーターを破壊した。
対外的にもただの時間稼ぎじゃない。
シャムザ軍は命を代償に一攫千金の価値がある時を作ってくれた。
如何に数十万単位のゾンビ兵を連れていても艦の補修には限界がある。脅されている生き残りがどんなに優秀でも素材は必要だ。ゼーアロットも想像以上の被害に兵の補充をしたい筈。
そういった向こうの意向と実際にその場で停止しているという報告含め、計画では不可能とされていた全軍での一斉襲撃が現実味を帯びてきている。
現地を離れ、補給と改修の為に天空城経由で追っているヴァルキリー隊と姐さん達も恐らく間に合う。
今こうして今作戦に参加している中規模艦隊、既に新世界創造軍に向けて出立したルゥネら本隊も。
とはいえ、俺達本丸はどの道、奇襲をする必要はある。
元より追い付けない、もし相対出来ても『核』でやられるという前提があるからな。
前者は崩した。問題は後者。
故に、俺達の宇宙行きは確定。衛星兵器の調整もある。
纏めると……
宇宙から降下し、真っ先に敵の出鼻を挫く俺、ライ、マナミ、ロベリアにフェイの五人。
旧イクシア領から大回りしている姐さんら『砂漠の海賊団』艦隊とそこに合流すべく向かっている連合艦隊。
シャムザ領から迂回しているルゥネ、リヴェイン率いる帝国&魔族艦隊。
そして今、獣人族の国に集合しているディルフィン、他『海の国』の巡洋艦艦隊とアリス達。
と、全世界同盟軍を計五つに分隊させた同時強襲。
それぞれが何処が欠けてもダメ。全てが全て独自に動き、ゼーアロット討伐ないし『核』の排除をしなければならない。
それが犠牲になったレナやヘルト、シャムザ軍の連中への……せめてもの手向けだ。
「報告、目標確認したぜ」
「となれば……『各部隊の降下を始めてくださいですぞ!』」
ジョンが号令を掛けるや否や、サッと立ち上がる。
ルゥネら地上の技術者とロベリアら空を生きていた技術者達の寝ずの作業のお陰で打ち上げ用の小型艇は完成している。
こうして、あれほど争っていた全軍が手を取り合ってここまで来た。後は別動隊やアリス達の起こす騒ぎに乗じてマスドライバーなるものの使用準備に取り掛かるのみ。
『全軍っ、作戦通り……GOっ、ですぞ!』
『『『『『おおおおおおおっ!!!』』』』』
信頼出来る仲間の声を背に歩き出し、甲板へと向かう。
皆が命を賭して作った時間……一秒足りとも無駄には出来ない。
「地上は任せた。そんでもって……死ぬなよ」
ブリッジを出る直前、そう声を掛けたところ、元気な返事が返ってきた。
「言われなくともっ、ですぞ!」
「そっちこそしっかりやれよ!?」
「宇宙で喧嘩なんかすんなよな!」
「あんたこそ生きて帰ってよっ、隊長!」
ディルフィンのメンバーとは砂漠の国シャムザからの長い付き合いになる。その辺で拾ったジョンも何だかんだでそれなりだ。
今までは幸運なことに死亡者が出てなかったが……大艦隊だったシャムザ軍も全滅だ。たかだか巡洋艦一隻に一人の犠牲も出ないわけがない。
足取りは重かった。
「……んじゃな」
左手をヒラヒラと返して廊下を進み、脳内の地図とインカムに入る情報を精査する。
目的地は王都の外れ、艦の直線上。
アリスとその部下、密かに集めていた同志が暴れてくれているお陰で獣王のような脅威はそこに釘付けであり、雑兵がこっちに向かっている程度。
そして、遺跡化しているマスドライバーとやらの補修、宇宙ロケットの発射に必要な時間はおおよそ三十分。
俺達はその間、それらに傷一つ付けられないよう護衛し、宇宙に上がる。
専用の助走装置は奴さんにとっても重要施設と聞く。気にするのは補修部隊とロケットへの攻撃だけで良いだろう。
「おいおい……爆発音か今の。あいつら銃火器使えないんじゃ……」
「クハッ、あの男みてぇなメスガキと獣王が戦ってんだ、その余波に決まってんだろ」
甲板に出て早速聞こえてきた轟音に対する独り言にそう返したのは『世界最強』の剣聖にして『最強』種、竜人族最後の生き残りジル様。
既に半竜半人の飛行形態に《竜化》している頼もしい助っ人の横で、アカツキ飛行型を浮遊させ始めたリュウも続く。
『とはいえ……〝気〟を使った矢とか槍とかも飛んできてる。被弾した艦もあるみたいだよ』
その労力は協力に向けてほしいもんだとつくづく思う。
「全く……戦乱は新たな貧困と飢餓を生み、人が弱れば今度は病魔が撒き散る。それがまた新たな戦乱を呼ぶということを……何でわからないのかね」
「巻き込まれたオレ達は被害者だって思ってる阿呆共の理屈なんざ気にするだけ無駄だな」
『向こうからすれば新世界創造軍は世界を壊そうとする悪で、僕達は世界を乱す悪なんでしょ』
過去の恨みから全てを敵視したくなるのはわかるが、やり方が極端過ぎる。噛み付いてばかりで何で恒久和平を生み出せると思えるのか。
「……ま、俺が言えた義理じゃないか」
俺は肩を竦めて小さく呟くと、新たに改良が加えられた専用MFAに魔力を流し、軽く浮いて試運転する。
末端兵に行き渡らせた量産型などとは違い、俺とライのものは新造された推進装置が備えられている。
これまでは発生させたエネルギーで飛ぶだけだったのが二つの異なる性質の魔力……謂わば別属性の魔粒子同士をぶつけることでより強力な力場を形成して浮くとか何とか。
他人同士の魔力、属性魔法がぶつかると弾かれるように魔力同士はものによっては反発する性質がある。絶対的な防御力を誇る魔障壁なんかが良い例えだろうか。
同極の磁石が互いの磁場に干渉して跳ね返るようなイメージ、だな。
まあ細かい説明は兎も角、簡単に言やぁこれまでに比べれば格段に飛行が楽になり、格段に最高速度が向上している。
代償としてはその分、尋常じゃないくらい制御が難しくなってるから使う前の慣らしが必要。ライみたいな天才型じゃない俺はどうしたって練習しなきゃならない。
「っと……その点、ジル様は……大丈夫そうっすね」
立場はあれど、誰が聞いてるわけでもない。
専用にチューンされたMFAを平然と使いこなしている師の様子に苦笑して言う。
「ったぼうよ。クハッ、オレ様を誰だと思っていやがるっ」
『……邪魔だとか余計な装備は要らんとか散々駄々捏ねてた人と同一人物のセリフとはとても思えないね』
しつこいようだが、相手が相手だ。メイやテキオら、末端兵に必要ならジル様だって例外じゃない。
連合、帝国の技術が合わさった逸品として大量生産されたそれらは個人に合わせて改造されていて、防御性能や機動性、軽量化、変換効率と本人の希望を意識した造りになっている。
俺とライのがピーキー過ぎるじゃじゃ馬なら、これまで自前で時代に追い付いていたジル様のものが異質じゃない道理はない。
にも拘わらず、この自信。
ライもこの人も一時間で慣らしたという話は本当らしい。
天才はこれだからと妬むべきか、己の凡才を嘆くべきか。
何せ『付き人』やゼーアロットといった一部を除いた『最強』の一角の一人だ。頼もしいと同時に、空恐ろしくもある。
「まさに鉄壁の布陣だな。さ……俺達も作戦決行と行こう」
義手をカシュンカシュンと伸ばし、紅の刀剣を抜いて息を吐いた俺はそう呟いて出撃。後ろに付いたジル様、アカツキ飛行型、更にその横から無言で並列してきたライ達の部隊と共に目的地へと急いだ。
◇ ◇ ◇
「陛下っ! 空をご覧くださいっ! 暴徒共の目的は恐らくっ……」
「チッ――」
「――あぎゃっ!?」
汗と血にまみれ、ぜぇぜぇと息を荒げていた獣人族『最強』二人の元に割って入ってきた伝令が、アリスの放った〝気〟の斬撃によって断末魔すら上げられずに両断される。
「仮にも同志をッ……何も殺さずともッ!!」
報告を受けた獣王がちらりと上空を見やると同時、残像が生まれるほどの速度の蹴りが唸り、対するアリスは「ハッ、余計なことをしてくれた礼だ……よっ!」という軽口と共に二刀の魔剣で受け止める。
それだけで全方位に飛んだ衝撃波が大気を、都を揺るがし、戦闘に不向きな民や民家が吹き飛ぶ。
「た、隊長っ!? それはやり過ぎにゃっ!!」
「アイツ殺りやがったっ……!」
「同族殺しはタブーだぞっ!?」
「いやああああああっ!!?」
周囲から届く制止の声や喧騒、悲鳴も無視して一歩踏み出し、アリスは吼えた。
「殺しといてなんだけどよっ……人死にが出るってことがどういうことかっ、わかれっ!!」
「態々加減しないことで事の重大さを伝えようと言うのかッ!! そのような暴力ッ、民には恐怖と怒りしか浮かばぬわッ!」
音を置き去りにした苛烈な一撃一撃のぶつかり合いが再開される。
拳と剣、蹴りと蹴り、頭突きと頭突き。
しかし、それまで互角だった二人の戦いは移動戦に移行したことで、獣王の被弾が増加し始める。
跳び跳ねて殴り合い、蹴り合い、斬り、防ぎ、そしてまた跳び跳ねて場所を変え、殺し合いながら……二人の位置は確実にマスドライバーに近付いていく。
「何回直撃してやがるっ!? 十分に強ぇっ……ついでに硬ぇっ! こんだけ強いなら俺達に協力しろよ! 強い奴にゃ強い奴なりの責任ってもんがっ……あんだろッ!」
「ぐぬぅッ!? 口よりも先に手を出す者の言うことなぞッ!」
見物人やそこかしこで起きていた乱闘はあっという間に見えなくなった。
立派な鬣や髭は血と泥に汚れ、王らしい豪華かつ豪快な民族衣装はとうに破け散っている。
半ば半裸となった外面などまるで意に介さず追撃しているアリスも全身の至る部位が青紫色に変色していた。
それでも。
否、背に大きな裂傷……逃げ傷が出来ようとも、王は止まらない。
「聞こうともしないでよく言うっ! 良いから止まれっ! 血ぃ流し過ぎだっ!」
「聞く耳持たぬと言ったッ! 戦を持ち込む連中はこの手で葬るッ! それが王足る者の役目だッ、例えこの身朽ち果てようともッ……!!」
受ける傷をものともせず、恥も外聞もかなぐり捨ててこちらの作戦を挫こうというその気迫に額と背筋に冷たいものが走ったアリスは全神経を集中させて〝気〟で強化した《縮地》で地と木々を割って突撃。同じく〝気〟を通した魔剣を二本、獣王の肩と腰に突き立てた。
「ガハッ……!?」
「オイ……! もうこの辺にしとけっ……」
〝死ぬぞ〟
そう続くよりも前に。
獣王は空中で高速爆転。
筋肉を引き締めてアリスから獲物を奪うと、崩れた体勢そのままに正拳突きの構えへ。
「抜かったな小娘ッ!!」
敢えて。
背を晒し、受ける。
そうして得た千載一遇の期を見す見す逃すなら『最強』なり得ない。
次の瞬間、アリスはその土手っ腹に渾身の一撃を見舞われていた。
「ッ……!!?」
言葉にもならない空気が肺から全て吐き出され、強靭なステータスに守られた華奢な身体は一瞬で『く』の字に湾曲。
大砲が撃ち放たれたが如き衝撃音とソニックブームが辺りを襲う頃には王都を囲う森林に一筋の道が出来上がる。
盛大に巻き起こる土煙と激震のその先。
肋骨の一切合切を粉砕され、内臓に突き刺さり、穴が開き、全身という全身の穴から血を噴出させて白目を剥いて気絶するアリスの姿があった。
「はぁ……はぁ……うッ……ぐうぅッ……!」
深々と傷を抉り、貫通している魔剣は致命傷ならずとも、それまでに流した大量の血と合わせればさしもの一国『最強』もふらつきくらいする。
獣王の足は牛歩と化していた。
体力も血液も尽きつつあるらしい。
邪魔な獲物を乱雑に脱ぎ捨てたところで膝を突き、夥しい量の血反吐を吐く。
然れど、尚も立ち上がり、突き進む。
「フーッ……フーッ……み、認めては……ならん、のだッ……一度でも例外を認めてしまえば人はッ……我等はまた……外の怨敵と同じようにッ……!」
意識を失いかけているのか、瞳に光はなく、ずりずりと足を引き摺りながら歩いていた。
そこに、「王っ!」、「陛下っ、お気を確かにっ!」と付近を走っていた兵が合流。止めるのではなく、逆に肩を化し、回復薬を掛けながら一点を目指す。
「俺のことは捨ておけッ! す、少しでも多く兵を遺跡へッ……! 何としても彼奴等の蛮行を止めるんだッ!」
「し、しかし王っ、その怪我ではっ……」
「ご安心くだされっ、あのような薄汚い裏切り者共とは違う真の高潔な獣戦士団が既に向かっておりますゆえ!」
王としての口調や威厳をも失い、血を飛び散らせながら叫ぶ獣王と健気にそれを支える兵達は成る程、絵になる。
少なくとも、更にそこに降り立った新たな弊害はそう思ったようだった。
「クハッ……良いな、熱いな。それでいてクールだ。だが……その真なんだか高潔なんだかってのはこいつらのことか?」
何処までも嘲笑うような笑い声に続き、ゴロンゴロンと何かが転がってくる。
それは勇んだ顔、怒った顔、恐怖に歪んだ顔、驚愕の表情と様々な感情を乗せた獣人の首の山。
「ヒッ……!?」
「何て……ことだっ……」
「馬鹿なっ、皆この国でも上位に食い込む戦士達だぞ!?」
相対的に、獣王達の顔は一斉に青白く変色していく。
絶望一色。
「クハハハッ! いっそ憐れだなァ? 悪ぃな、オレ達ぁ可能性の芽だって摘み取らなきゃいけねぇ身の上だ。ま、精々あの世で仲良くやれや」
アリスの退場に合わせ、晴れた霧は月光を呼び込み、辺りを照らす。
その中心、大きく現れた月の中にそれは居た。
バサァッ……バサァッ……
と、巨大な翼が羽ばたき、白銀の魔力が舞う。
竜と人が融合したような姿の怪物。
『はぁ……言うこと聞かないんなら……って、これじゃ聖軍と同レベルだよ。わかってんのかなシキは……いや、流石にわかってるか』
全くの他方向から降ってくる別の声に振り向けば月の光を反射して静かに深紅の光沢を放っている巨人も頭上で浮いている。
『いつか……僕達にも天罰が下るんだろうね。けど、悲しいけど戦争は戦争なんだ。僕はスーちゃんの仇を討ちたい、シキ達は世界を救いたい、そして貴方達は国を守りたい……覚悟の上のことだと願うよ』
スチャッ……ガチャンッ……!
剣を構える金属音と重苦しい機械音が響く。
「総員散開ィッ!! 敵は剣聖と魔帝の懐刀だッ! 心してかか――」
「「「「――ぎゃああああああっ!?」」」」
火を吹いた巨大な銃口と爆音、部下達の悲鳴に決死の咆哮を掻き消された獣王は刹那でくるくると回る視界に気付き。
遅れて、妖しく艶かしい蒼い刀剣が空気と自分の首が裂く音を自覚した。