第29話 VS
ユウと大剣女が第二ラウンドを始めた頃。
ライとイサムは憤慨していた。
「「何だと!?」」
「何度でも言ってあげよう、私は寛容だからね。抵抗した以上、君達勇者とそこの再生者以外はここで殺す」
「っ、誰がそんなことっ!」
「お前みたいな奴を噛ませ犬って言うんだよ!」
神経質そうな男がその細身な身体で大袈裟なまでに肩を竦めて見せる。
「やれやれ強情だな。今なら特別に苦しむことなく逝かせてやると言っているんだ、何が不満なのかね?」
「話の通じない人だっ……!」
「正義の味方としてっ、人族を代表する勇者としてっ……お前を成敗してやる!」
経緯としてはユウに投げ落とされたライが属性魔法やスキルを使って何とか着地。その後はイサムと合流し、剣を抜いたところで喧嘩を売られた形になる。
他のパーティメンバーは後方の馬車付近にて隊列を組んでいた。他、イサムのパーティも同様である。
「さあ剣を抜け! 正々堂々と勝負しろ!」
イサムがヒステリック気味に叫ぶ中、ライはどうやって男を無力化するかを考えていた。
一番厄介であろう女はユウが抑えている。
(近付いたからこそわかる。この膨大な魔力の主はあの男だっ、武器を持ってないってことは魔法使いタイプ……相性的にはそれほど悪くない……が……!)
感知系スキルは他の雑魚の存在をハッキリと認識していた。
崖上の男以外にも相当数の賊が居ると確信出来る。
相手が一人なら攻めの一手だが、初の対人戦闘のせいか、心が落ち着かない。
(さっきの余裕……俺が本当に剣を止めると確信していたんだ……計画性のある犯行……最初から狙われていた……? 政敵……他国からの介入……い、いや、今はそんなことよりどう切り抜けるかをっ……)
人から向けられる敵意が冷静さと思考能力を奪っていく。
しかし、イサムは違うらしい。
「フロート!」と自信満々に叫ぶと、『風』の属性魔法を発動。フワリと浮いた彼は颯爽と男目掛けて飛んで行ってしまった。
「っ!? イサム君っ、こんな開けた場所で飛ぶなっ! 囲まれてるんだぞっ!?」
ライの助言は「大丈夫だよ、イナミ君! 僕は君と同じ勇者なんだから!」という見当違いな言葉になって返ってきた。
舌打ち一つ。同じく『風』の属性魔法を使ってイサムの周囲に結界を作り出す。
「……この状況で来るか。余程の愚か者か、余程の強者か。さて、どちらだろうね?」
余裕綽々な声が届いた。
今更ながら、崖上と崖下で会話が成立している点から向こうも『風』の属性持ちだと悟った直後、男は手を上げ……
瞬間、四方八方から矢が飛んできた。
狙いは当然、イサム。
『風』の壁によって大半が防がれたものの、自分に向かって殺意の塊が雨のように飛んできたことに恐怖を覚えたようだった。
実際、何本かの矢が結界を抜けて彼の眼前を過ぎている。
「ひぃっ!?」
何とも情けない悲鳴を上げたイサムは魔法の制御を失い、落下した。
ライは自分の方にも矢が飛んでくるのを視認しながら、『風』の結界で自分を包み、《縮地》で瞬間移動。急いで予定落下地点に移動するとイサムをお姫様抱っこで保護する。
「だ、大丈夫だよイナミ君! 次こそはちゃんとやるから! 僕は勇……ひゃっ!?」
何やらぶつぶつ言っていたマヌケに内心苛立ちながらも地面や壁を蹴って移動を止めず、追ってくる矢を避け続ける。
「……この感じなら盾は要らないか」
独り呟いたライは風の結界を解除。降り注ぐ矢に怯むことなく動き回った。
1~2秒先の光景を予知する《先読み》と自分の方向に接近する物体の軌道を正確に認識出来る《見切り》スキルで首を傾け、半身になり、イサムを放り投げ、ダッキングにスライディングしながらのキャッチ。慣れた頃には見もせずに手甲で弾き、蹴って防ぎ、手で受け止め始める。
「成る程。片方が愚か者、もう片方が強者と来たか。僅か数ヶ月でよくぞここまで……」
これ以上は無駄だと悟ったのだろう。
男がそう言いながら手を上げ、一斉射は鳴り止んだ。
これ幸いにと先程自分がユウにされたようにイサムの首根っこを掴み、早瀬達の方に投げ付ける。
「君は下がれっ、邪魔だ! 皆は彼の保護を!」
「うわっ!? い、イナミ君っ!?」
「テメっ、イナミっ!」
困惑の声と怒号に混じってミサキ達からの謝罪が届くが、無視して男を睨んだ。
(攻撃の方向は粗方断定出来た。レベルが低いスキルだと不明瞭だからな……)
次はない。
そんな覚悟と共に体内の魔力を増幅させ、備えていると。
「気になるのは甘さだが……あのお方に師事すれば牙も身に付くか。……君を連れていくのは確定した。そろそろ退場願おうか?」
独り言と冷たい声、『風』の刃が降ってくる。
「無詠唱っ!?」
『風』の属性魔法は視認しづらいこと、他の属性に比べて威力が低い代わりに消費魔力と詠唱が少ないことが特徴として挙げられる。
だが、前提として無詠唱はあり得ない。
少なくとも剣聖の後衛版と言われる賢者という希少職、あるいはライ達のような異世界人でもない限り、詠唱無しの魔法発動は不可能。それがこの世界共通のルール、システムである。
(っ、リンスさんが言ってた魔道具かっ!)
かつて習った知識から即座に状況を把握。その知識から使えそうな情報だけを抜き取る。
(確か普通に魔法を使うより威力が下がる初見殺しっ、暗殺用のものっ……だから俺にも見えるっ……!)
驚きこそしてしまったものの、裏付けされた確信と落ち着きを持ってよくよく見てみれば本来の『風』とは違って魔力の安定性が低いことに気が付いた。
視認し辛い筈が刃を維持している魔力が揺らいでいるせいで視認出来る。速度が遅い。威力も低い。
そこまでわかれば対処も容易い。
最初の一発目はスキルを使うこともなく伏せるようにして躱し、駆け出す。
二発目、三発目は《縮地》。以降は空中を地面のように踏める《空歩》を駆使して回避。接近を試みる。
眼前を、耳元を、『風』の刃が過ぎ、ザンッ! というそら恐ろしい音が耳に入った。
地面や壁に当たって更に恐怖を煽る音と衝撃が起こり、砂埃が舞っている。
(怖がるなっ、前を見ろっ、ユウならそうする! 戦えっ、戦えっ! 俺は勇者だ! 皆を守るっ、勇者なんだ!)
怯えそうになる心を叱咤する中、今度は五つの刃が迫ってきた。
それぞれ角度と速度を少し変えて避け辛くしてあり、非常にいやらしい。
ならば。
そのような思いで、一つ一つを避けるのではなく本気で横っ飛びし、全ての刃の軌道から外れようとしたのだが、驚くべきことに風の刃は途中で急に軌道を変え、空中に居るライ目掛けて飛来。
「っ!?」
目を見開いて驚愕し、声になってない声が漏れた。
が、そこは勇者。
咄嗟に《空歩》と《縮地》で併用してその場を駆け抜け、逆に一気に距離を詰めて見せた。
「……ほう、やるじゃないか」
再び目の前まで迫ることが出来た男から伝わってくる感情は感心。
対するライはというと、逆に恐怖一色に染まっていた。
死にはしなくても一発でも当たれば大怪我は免れないという恐怖。
頭に当たろうものなら即死という事実。
腕や脚はまだしも、指に当たろうものなら飛ぶことは間違いないと感じるほどの凶器。
そして何より、実験でもするかのように平然とした顔でそれらの事象を起こして見せる男の存在。
それが何より恐ろしい。
人が人を平気で傷付け、殺せる神経がわからない。
理解が追い付かない。
ユウは思考系スキルと《詐欺》、《演技》、《仮面》といった演技系スキルで動揺や恐怖を無理矢理抑え、挙動に出させないという芸当を見せているが、ライは違う。
【明鏡止水】。
感情を0にする固有スキルがある。
これまで使わなかったのは拘りに等しい。
何故なら何も感じなくなるから。
喜びも怒りも悲しみも、楽しいという感情すら沸き起こらない能力。
今も尚感じている恐怖だって消せるだろう。
最初から使っておけばここまで怖いと感じることはなかった。
最初から使っておけばここまで追い詰められることもなかった。
そんな後悔が今になって襲ってくる。
だが、それ以上に何も感じなくなる自分が怖かった。
使えば罪悪感や忌避感も消える。
簡単に人を殺せるようになる。
それこそ目の前の男と同じレベルで。
最初から使っておけば、ここまで怖いと感じることはなかった。
最初から使っておけば、ここまで追い詰められることもなかった。
(もう【明鏡止水】を使うしかない……あの感覚は我慢するしか……!)
ライは覚悟を決め、能力を行使した。
ズンッ……
重苦しく深い海に沈むような感覚の後、恐怖で強張っていた顔から力が抜け、目尻が下がる。
感情と生存本能が渦巻いていた思考は一瞬でクリアになり、論理的かつ合理的な考えが出来るようになった。
(…………。あぁ……やっぱり……怖いな。さっきの風の刃を避けた時よりも……)
目前まで迫る真空の刃を見ても何も感じない。
それまで激しく脈打っていた心臓が途端に平常心を取り戻し、身体が勝手に動く。
(狙いは顔。パニックを起こしての戦闘不能が目的)
冷静に敵の思考を読み、空中で仰け反るようにしてソレを避け……反転。
くるりと回って体勢を整え、再び《空歩》で迫る。
互いの距離は五メートルもない。
そんな至近距離でも男は手をかざして刃を撃ってきている。
「諦めろ」
ここまで来ればと剣に魔力を通し、斬り弾いて男の前に降り立った。
「それはこちらの台詞だ。《魔力感知》でわかっているのだろう? 先程から魔法を撃っている筈なのに、私の魔力が微塵も減っていないことが」
「それがどうした?」
「……多少強いからといって調子に乗るのは良くないな」
「何とでも」
まるで動じないライに感情を揺さぶられたのか、男のこめかみに青筋が浮かんだ。
「良いだろうっ、虚勢でないことを願うよっ!」
大袈裟なまでに両手を広げ、詠唱を始める。
「我、求めるは紅き光、彼のものの絶望。故に我は望む――」
【明鏡止水】の効果はやはり絶大だった。
何も感じない。
詠唱の途中、何の前触れもなく今までの比じゃない速度と威力の真空の刃が飛んできても、ライは眉一つ動かさずにユウ直伝の魔粒子ジェットで空中へと躱して見せた。
「なっ!? 何で避けられっ……!? ち、ちょっと待て! 詠唱中だぞ!?」
怒り、次ぎ初めて動揺を見せた男に対し、躊躇なく獲物を振り下ろすことも容易だった。
◇ ◇ ◇
長剣と大剣がぶつかり、火花が散る。
刃が欠け、汗が飛び……獲物を持った両者の足元では激しい土煙が巻き起こっている。
「はぁっ、はぁっ……あはっ! あははははっ! 楽しいねぇ!」
「ふはははっ! ああ楽しいっ、楽しいなぁッ!」
女が笑い、ユウも笑う。
初の殺し合い。
模擬戦などとは明らかに違う殺意の応酬。
万が一を考え、密かに己に課した制限を忘れてしまうほどの熱。
魔力を使っていいのは全体の7割まで。
それまでに倒せなかったら《狂化》や《闇魔法》で一気に終わらせる。
そういった覚悟にも似た制限を思考の彼方へと追いやり、魔力を惜しみ無く使ってしまう。
肉薄するのに魔粒子を、直撃コースに入った大剣女の攻撃を躱す為に魔粒子を。
ステータスは同等、経験で負けているが故に猛攻を抑えきれなくなったら地面に向けて『風』の属性魔法で作った突風をぶつけることで砂埃を起こして目潰しを。
背中、肩、胸、あるいは太腿や内腿、踵からも魔力の粒子を噴き出してトリッキーに動き回る。
大量に分泌されたアドレナリンによって、ユウの脳内は一種の納得を得ていた。
(ジル様の言う通りだった……!)
剣と剣をぶつけ合うのが楽しい。
(何で気付かなかったんだろう!)
フェイントや相手を殺す技術の応酬が面白い。
(何でこんな楽しいことを怖がっていたんだろう!)
予想だにしない攻撃で生傷が増えるのがおかしくて堪らない。
(何でジル様を恐れていたんだろう!)
薄皮一枚だろうと相手に一撃をお見舞してやった時は嬉しくて仕方がない。
(こんなにも! こんなにも楽しいのに!!)
当然だが、当初はユウもライ同様、恐怖が勝っていた。
防御と回避に徹し、相手を見極める戦法……無意識に腰の引けた戦闘をしていた。
だが、そこはユウ。
何度も何度も殺意に満ちた攻撃を受けていく中、思った。
思ってしまった。
(あれ? この女……ジル様より遅いぞ? てか……弱い、ぞ?)
と。
困惑し、驚愕し、心臓が跳ねた。
その結果が今。
「はああぁっ!」
「しゃあああっ!」
横薙ぎに放たれた金属の塊が風を斬り裂きながら迫り、引くのではなく、逆に一歩踏み出してボロボロになった長剣を突き出す。
「はっ!」
女は鼻で笑うと首をひねり、簡単に躱して見せ、あまつさえ左のストレートを噛ましてきた。
「はははっ……!」
ユウはそれに対しても一歩前に出て頭突きで答え、鈍い音が辺りに響いた。
「くぁっ……!?」
「ぐぅっ!」
《金剛》。
タイミングを合わせ、鋼鉄よりも硬い頭部を殴らせられた大剣女は苦痛に顔を歪ませて下がり、単純な威力と衝撃に押されたユウも額から血を流しながら下がる。
が、互いに足でつっかえ棒にように耐え忍び、腰を捻って更にもう一撃。
「おらぁっ!」
「このっ!」
ガキイィンッ……!
激しい剣戟は遂にユウの獲物を砕かせたものの、大剣の軌道を逸らすことには成功。あらぬ方向へ空振らせた。
瞬間、マジックバッグから新たに取り出した長剣を振るい、何と剣を持つ手とは逆の肘と膝で受け止められたので渾身の力を込めてボディーブローを決める。
「がはぁっ……!?」
女の身体が浮き、剣が離れた。
隙が出来た。
「そっ……こぉっ!」
再度の刺突は見事女の腹を、皮膚を貫き……
途中で止まった。
「くっ、ははっ、何処だいっ!?」
「っ!? お前もかっ!」
同じ《金剛》で止められた。
前のめりになり、体勢が崩れてしまった。
隙が出来た。
今度はこっちの番だとばかりに女が大剣を振りかざす。
「ちぃっ!」
ユウは盛大に舌打ちすると、両肩、両胸から魔粒子を噴出させ、地面を滑るようにして急速後退した。
ブォンッ! と眼前を可視化された殺意が通り過ぎ、流石に息が漏れる。
「はぁ……はぁ……はぁ……! 良いっ! 良いねぇあんたっ!」
見慣れない戦法で押し切れず、何なら傷や出血の量だけならユウに負けている大剣女が息切れしながら叫び、ユウも獰猛な笑みを浮かべて返す。
「戦場ってのは故郷に帰った気がするって聞いたことがあるけどよぉ! ありゃあちょいと違うなぁっ! そんなことよりよっぽど楽しいし、嬉しいじゃねぇかああぁっ!」
最早、恐怖はない。
あるのはただただ楽しい、という純粋な感覚のみ。
長剣のユウと同じ速度で大剣を振るう女も有能。
その上で物量も経験も圧倒的に差がある剣をただの長剣で互角に渡り合うユウも有能。
「あはははっ! さっきまでの逃げっぷりが嘘のようじゃないか!」
「ふはははっ! うるせぇっ! こんな戦い、初めてで戸惑ってんだよ!」
言いながら二人が吠える。
「ガアァッ!」
「シャアァッ!」
一際大きな金属音と衝撃が周囲を揺らした。
ドゴォンッ! と打撃音のような音と共に互いの背後で突風が発生、凄まじい勢いで砂が飛んでいく。
果たしてその結果は……
引き分け。
お互いに大きく仰け反り、無防備な姿を晒している。
否。
よく見ると、やはり物量の差。ユウの長剣にヒビが入っていた。
対して女の大剣は特別なもので作られているのか、魔法で強化でもされているか、ヒビどころか刃こぼれすらない。
「オオオォォッ!」
今度こそ。
そんな決意に満ちた雄叫び一つ。体勢を崩していた筈の女が無理やり身体を起こして大剣を薙いでくる。
「っ……!!?」
声も出ない咄嗟の判断で左頬から魔粒子を放出。グキリと首が嫌な音を立てこそしたが、ユウは刀身から逃げるようにくるりと回って回避した。
掠めていたらしく、女の方に向き直ったユウの頬から日本人が見たら引くどころじゃない血が噴き出す。
「くっ!」
顔に走る激痛に思わず苦悶の声を漏らした直後、剣を返そうとし……刀身が崩れていくのに気付いた。
「ええいっ、こんな時にっ!」
「あはははっ、こんな時だからだろうっ!?」
徒手空拳では致命傷なり得ない。
熱く火照った思考の中で冷静な部分がそう囁いた為、両手を女に向ける。
「おっ?」
何だ? と、顔に書いておきながら大剣の方はまた振り被っている。
人の動揺と〝死〟の瞬間を嘲笑っていた。
「容赦ないなっ、ホントッ!」
苦笑いを浮かべたユウは手のひらから傘状に魔粒子を噴出させることで目眩ましと後退を同時に図った。
続けて《金剛》で硬化させた脚で地面に蹴りを入れ、何度目かになる砂埃を起こすと『風』の属性魔法でそよ風を創造。それを集めて女の顔周辺に押しやり、留めさせる。
「っ、な、んっ!?」
魔粒子の噴射を攻撃と誤認したのか、顔を守ろうと静止した直後に視界が砂で覆われた。
これまで幾度となく冷や汗を流させたユウの前で。
経験豊富だからこそ焦るのだろう。
女は素早く距離をとり、何故かその場で激しく動き始めた。
まるで纏わり付く砂から逃れようとするように。
「ん? 何だ何だっ? 属性魔法が使えないのかっ?」
思わず声が上擦る。
恐らくここで突撃しても経験と何らかの戦闘系スキルで対処される。目の前の女は視覚情報無しに戦えるタイプだ。
その確信があったからこそ攻めあぐねていた。
「くっ、さっきから……見たことない、戦い、しやがって! はぁ……はぁ……楽しませて、くれる……ねぇ!」
とうとう獲物を振り回してまで砂を嫌がり始めた。
それこそユウの指摘の証明。
間違いない。
ユウは再び確信した。
(見つけたっ! ジル様の言っていた誰もが持つ綻びっ、弱点ッ!)
カッと焼けるような痛みを忘れ、ニタァと嫌な笑みを浮かべた。
同時に、自分の状態も自覚する。
内心の歓喜が、愉悦が気を抜かせ、膝が折れそうになった。
(くっ、足に来てんなぁ……! 倒れる前に終わらせるっ……これしかないっ……!)
気合いで踏ん張って耐え、新たに属性魔法を発動させる。
『風』に続き、『火』。
自身を包む風や砂が熱くなれば誰でも気付く。
女は「っ!?」と声にならない声を出して更に一歩離れた。
「何かしてるねっ!?」
言いながら腰にぶら下げていた水筒を開け、頭から被ることで熱への耐性を作り、付近を飛ぶ砂を泥に変える。
ユウの魔法の素質は水を吸って重くなったそれを重力に逆らわせられるほどのものではない。
自然と目潰し用の砂は落ちた。
両目を擦って視界確保に勤しむ女を前に「そりゃ悪手じゃろ……いや、だろ……だったっけか?」なんて笑いながらユウの方も水筒を開封。『風』によって散らされ、『火』によって熱せられた水分は水蒸気のような靄となって女に迫る。
「さあ? それより、攻めてこないってことは『防御やカウンターになら自信はあるけど、攻撃は無理』って解釈で良いか? だとすると助かる。ま、これを聞いて特攻されても同じことだが」
砂の乗った風は何も目潰しだけが目的ではない。
風……つまりは空気をその場に留まらせるということは女が呼吸に使う酸素が刻一刻と減っていく一方だということ。
ただでさえ戦闘で息切れしていた上、気温は上げられ、湿気まで追加されれば……
「熱中症。……知らねぇよな、当然。そりゃそうだ」
「はぁっ……はぁっ……な、んだい……!? あ、熱っ……息がっ……?」
比較的、落ち着いた気候のイクシアであろうとユウが呟いた病状も出る。
本来なら水を頭から被る行為は本人の狙いとは別にユウの策を打ち破る対抗策なり得るが、彼の『風』がそうさせない。
謂わば蓋。頭皮から全身を濡らした女はユウの『風』で微弱に押さえ付けられ、汗腺の力だけで汗を出して涼む羽目になった。
人体の体温調節機能をめちゃくちゃにされた。
結果。
激しい頭痛、吐き気に見舞われ、視界が歪む。
立っているのも辛くなり、自慢の獲物で身体を支える程度には弱体化する。
「何が起きたかわからないって顔だな? ま、言っちまえば病気さ。人体の異常だ。場合によっちゃ命に関わる」
「はぁ……はぁ……はぁ……び、病……気……だ……って……?」
あらゆる不調のせいで酸素が取り込めていないことにも気付いていない様子だった。
ユウは新たに剣を抜き、油断なく構えながら呟いた。
「おう。……んじゃ、トドメだ」
瞬間、熱気を強め、女目掛けて一気に飛ばす。
「ぐああぁっ!? あ、あ……熱っ……がっ、あが、あががっ!?」
女は立ったまま白目を剥き、身体を痙攣させ、泡を吹き始めた。
「純粋な戦闘力なら勝ってたぜアンタ。ちょっとした熱風すら作れなかったら俺の負けだった。ま……結局はたらればの話だけどな」
ガタガタ震えながら大剣と共に倒れゆく女を憐れむような目で見たユウは「ふーっ……ふーっ……か、勝ったっ……勝ったぞっ、ライっ、皆っ……ジル様ぁっ……!」と独り勝利宣言をすると、静かに崩れ落ち、膝を突いた。




