第2話 確信
「ほ、本当ですか!?」
喜色に満ちた声と共にバッと頭を上げ、顔を輝かせるピンク髪の女。
他の連中も釣られるように一斉に体勢を崩す。
「えぇ、僕達が召喚されたということは僕達には力があるということですよね? それなら……救わないなんて選択肢はないかと」
イケメン君は爽やかに笑って言った。
え、何これ拒否権ない感じ?
ちょっとドキッとして雷達に視線を送ったら、「さあ……?」みたいな仕草が返ってきた。
「さっすが勇っ、わかってるじゃない!」
「……目の前で困ってるなんて言われたらしょうがないわね」
「て、天光士君がそう言うんなら……」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
イケメン君の取り巻き女三人も先程までの怯えようや怒りは何処へやら、順番に賛成していったことでどんどん断れない空気になっていく。
俺は雷の脇腹を肘で突きながら小声で囁いた。
「で、どう思う、同類として」
「同類って……そりゃ勿論似たようなことは思うけど、強制はしたくないかな」
「あ、思うんだ……」
長年の付き合いで何考えてるのか察せられる俺は兎も角、癒野さんまで微妙な顔だった。
「そ、そうだよなっ……呼ばれたってことは……はっ……ははっ……俺も手伝ってやっても良いぜっ。金は当然出るんだろうな?」
流れに乗って凄いことを言い始めたのは俺達のクラスメートの早瀬俊。
制服の上着は全開、ピアスを付けた耳、鈍い金色に染めた頭髪とヤンキーの鑑みたいな男。
顔はまあ悪くはないだろうが、俺と同じで悪人面してる奴で性格はお調子者。強い奴とは敵対しようとせず、弱い奴にはとことん偉そうに出て虐めてくるタイプ。
こいつ……と思わなくもない。
大体、何であの交差点に居たんだ。帰る方向逆だろ確か。
因みに早瀬の賛同&褒賞金目的の発言に関する反応は一切なかった。
強いて言えば視線が生暖かくなったか? 御しやすいとか思われてそう。
「お、俺は嫌だぞ! なんなんだよっ、いきなり訳もわからない所に連れてかれて! 挙げ句の果てには帰れない、帰るためには死ぬかもしれないことをしろと来たもんだ。ふざけんなっ!」
漸くと言うべきか、今度は反対意見も出始めた。
声高々に叫んだのはスーツを着たサラリーマン。
顔からして余裕はないし、汗も凄い。
言ってることは尤もだが……さて、対するイケメンとその取り巻き達はというと。
全員がポカーンとしていた。
開いた口が塞がらないとかそんな感じだ。それでも何ら発言はなし。相手がこの場では唯一見慣れた社会人の格好をしている大人だからだろうか。
取り巻きの一人……眼鏡を掛けた女だけ一瞬目を細めたようだったが、周囲に合わせて驚いて見せている。
俺が胡乱げな目で見ているのがわかったらしく、ジロリと睨まれてしまった。
「ぼ、僕も……嫌、かな……死ぬのも怖いし、痛いのも嫌だし……そ、それにだよ? この人達がやったことは誘拐……ちょっと信頼出来ないね」
そう続いたのがぽっちゃり体型のオタク。
イケメン君達と同じ制服。
緊張しているのか、そういう奴なのか、どもってるわ目がキョロキョロしてるわで酷く頼りない。
顔立ち……というより、態度からして自信無さげだった理由は直ぐに判明した。
「なっ、ちょっと相模! 人が困ってるってのに……それでもあんた人間!? 最っ低なんですけど!」
「この人達には召喚という手段しかなかったんだよ相模君。追い詰められて仕方なく動いた人達をあろうことか犯罪者扱いするなんて……少し酷いんじゃないかな?」
活発そうな茶短髪女子とイケメン君の猛烈な口撃に、オタクは「ご、ごめん……」と謝る。
スクールカーストの差をまざまざと見せ付けられたような気分だった。
ピンク髪の女達はこれ見よがしに落ち込んだ雰囲気出して下を向いており、「仕方ありませんね……」等と返している。
仕方ないじゃなくて、じゃあどうすんのって話だと思うんだけど……
今度は脱力するような視線を向けようとして止める。
サラリーマン達みたいに態々敵意を煽るような態度はよろしくない。気を付けないと。
と、ここで口を開いたのは雷。
「俺も……困っている人を見殺しには出来ない。俺達が勇者の役割を担うだけで……それだけで、困っている人が救われるなら……俺はやりたい。ゴメンな……優、癒野さん……」
ここで俺達に振るんかいと思わず癒野さんと一緒に身構える。
正直、俺も声を大にして「やっだよぉんっ!」くらい言ってやりたい。
しかし、そんなことをするメリットがない。
必然的に言えるのは……
「質問だけ良いっすか?」
というある意味、保留的な言葉のみ。
癒野さんも軽く唸りながら考え込んでるし、時間稼ぎがてら情報収集といこう。
「はい、何でしょう?」
ピンク髪の女が笑顔でこちらに向き、俺の目を見て僅かに表情筋が強張った。
悪かったな、目付き悪くて。
軽く睨みながら《詐欺》、《演技》、《仮面》スキルを駆使して話してみた。
「先ず……失礼ですが貴女様と後ろの方々はどちら様で? 次に、ここは何処なのでしょう?」
何で俺がそんなスキルを持っているのかは疑問だったが、スキルというのは思った以上に超常的な力なようで、口が勝手に喋り出した。
正しい態度とか敬語とかわからんな……とか思いながら口を開いただけなのに、自然と口調がそれらしくなり、仕草まで仰々しくなった。
ピンク髪の女も途端に目を丸くし、あっと声を上げる。
「し、失礼しましたっ。わ、私としたことが自己紹介を忘れるとは……大変失礼を……ここは人族代表の国イクシアの王宮神殿。私はそのイクシアの第一王女マリア・フラン・エル・イクシアといいます。どうぞ気軽にマリーとお呼びください。こちらの方達はこの国の貴族でして……」
テンパったのか、何やら長い説明があったが、後ろの連中は召喚するのに必要な大量の魔力(?)要員だそう。
ほーん、本物の王女様ねー……などと思いつつ、俺は別のことを考えていた。
第一……つまり他にも王族は居ると。
何故王ではなく王女がこんなことを?
イケメン君達の手のひらドリルは怪しかったけど、説明してくれる辺り洗脳とか奴隷にして使い潰す気はなさそう……?
等々。
視線や身振り手振りに顔の反応、周囲の奴等のひそひそ話から色んな情報が入る。
何ちゃら思考スキルが働いてるんだろう。
普段なら気にならないものが重要なように感じ、その印象や真意などが何となくではあるが、わかってきた。
思考がとてもクリアというか不思議な感覚だった。
「回答感謝致します、王女様。魔王とやらの被害や魔物についても少しお聞きしたく……また、先程から仰られている勇者と召喚者には何か違いがあるのでしょうか」
自分でもビックリするくらい滑らかに喋れる、動ける。
雷も癒野さんも俺の変わりように驚いていた。
しかし、丁寧な口調に態度というのは好印象に映るのか、ピンク髪の女改めマリー王女は快く答えてくれた。
「魔族の王、魔を支配する者……魔王とは伝承ではそのように呼ばれています。魔族や魔王には魔物……人に害なす怪物を操る力があるとされており、その個体数こそ他種族に比べて少ないですが、他を圧倒する膂力と魔力を持っています。今現在、彼等が治めている領土は元を辿れば我々人族のものでして……」
要約すると魔王は(人族目線で)凄い悪い奴だと。魔王の仕業だと断定出来る被害こそないが、幾つか攻め込んだ国は滅ぼされてるし、時折魔族の数人が攻めてくることがある、らしい。
で、勇者はそんな悪い奴等に対抗する為、神が力を与えた特殊な人間であり、召喚者は悪く言えばその付属品っぽい。
何でも異世界出身の人間は勇者じゃなくても強くなりやすいとのこと。
後、一応こっちにも現地人の勇者は居るけど、「弱いんだよねうちのは。だから君たちを喚んだんだっ、さっ、代わりに戦ってきて!」みたいな感じだった。
ツッコミが間に合わん。
しかもそういう宗教観なのか、魔王、魔族、魔物は兎に角忌むべき存在でぶっ殺したい、滅ぼしたいという気持ちが前面に出ている。
その上、名誉でしょ? 嬉しいでしょ? みたいな善意で喚んでやったみたいな節すら見せていた。
何というか……色々とダメだろこの国。もしこれが共通認識なら世界が終わってる。
いやホント、マジで魔王達が悪い奴等な可能性はあるけど、言い回しや雰囲気からして直近で実害が出たとかじゃなさそうなんだよな。さも、昔こんなことされたんですー……みたいな?
仮にも国家を相手に喧嘩を売ってくるのが軍隊じゃなくて魔族数人ってそれ多分はぐれだろ。犯罪者みたいなもんだろ。そしてそんなに強くて魔物まで操れるんなら世界滅ぼせるだろそいつら。
何か頭が痛くなってきた。
俺のステータスにあった称号の欄には『召喚に巻き込まれた者』とあった。
つまり、俺はただ巻き込まれただけ。本物の『勇者』は十中八九、あのイケメン君か雷だ。
これはただの推測だが……召喚魔法は本来、勇者、または勇者の素質があるイケメン君だけを召喚する筈だったんじゃないだろうか。
それなのにあの魔法陣は奴の足元から出てきた後、いきなり大きくなり、俺と雷の足元まで来た。
近くに勇者、または勇者の素質がある雷が居たから、ついでに雷も召喚しようと大きくなったんだと思う。
何て言ったって『勇者』を召喚する魔法なんだから。
そこに俺達みたいな余計な奴等を巻き込んだ……と。
考えれば考えるほど確信が湧いてくる。
何て日だと両手を広げて絶望したい気分だ。




