第279話 アリスクーデター
遅れたくせに短いし、また話の進まない思想回ですすいませんm(;∇;)m
その日。
闇夜に染まった暗き広大な森の中、突如としてけたたましい咆哮が響いた。
「おおおぉっ……しゃあああああああああああっ!!!」
百万㎡をも越える大森林。その中心には都と言えるほど大きくない隠れ家群がある。
全長四十から百メートル、大小様々な大きさの木々の枝葉や幹に開けた穴、木と木を繋ぎ、あるいは囲うように建てられた木造の足場に家々こそ獣人族の王都の街並みだった。
周辺は昼も夜も深い霧に覆われ、空を覆い尽くす大量の葉で太陽の光すら拒む死の森。
方向感覚を惑わされた者は自然を生きる獣型、蟲型の魔物が襲われ、淘汰されるのが常という、外部からの侵入を徹底的に許さない天然要塞である。
魔国以外との接触を断ち、奴隷として生きている多くの同胞を見捨てることで千年近くもの間沈黙を貫き、密かに繁栄を続けていたその都の中央区。一つの樹木が倒れた。
否、崩れ落ちた。
百メートル以上はあろうかというその木の根元は抉られたように巨大な穴が出来ていて、必然的に激しい轟音と土煙を上がっている。
大地の震動。
それが獣人族唯一の転生者アリスの反乱の始まり。
「うがああああっ、もうっ……もう我慢出来ねぇ! 獣王は何処だあああああっ!?」
尤も。
時折外の情報を教えに来る味方から時を待てと言われ続けた結果、その時がいつなのかわからずイライラして気付いてたら起こしていたと本人は後に語る。
事情はどうあれ、木を削って造られた堅牢を文字通り根元ごと引き倒したアリスはその場で大きく跳ね、木々の枝葉を足場に獣王ら王族の住む城……『大樹』へと向かっていた。
「にゃあああんてことしてくてんにゃっ、あのアホはーっ!? 待ても出来ないとか犬以下にゃあああっ!!」
「で、でもタイミングはバッチリですわん! ほらっ!」
付近から聞こえてきた部下の声に、空中で空を見上げて笑う。
「来たかッ! っしゃあっ、なら終わり良ければ全て良し! 俺は俺の義務を果たすぜっ!」
幾つかの月型衛星がそれぞれ別の色に発光して照らす夜空。
一見何の変哲もないその光景の中に、『揺らぎ』があることを獣人族は見逃さない。
魔導戦艦の機能を知る者にすればそれが光学迷彩によって無色透明になった中規模クラスの艦隊だということもわかる。
「お前らああああっ、合図だあぁ!! 今こそ獣王をぶっ倒ぉすっ!」
二回目の咆哮。獣戦士団の団員が放った樽と火矢が続く。
「うにゃああっ……き、気付かれるまでは期を待つつもりだったけど……こうなったら自棄にゃ! あちきらは隊長の援護と騒ぎの拡大に集中っ! 誰かっ、集めた同志達を呼ぶにゃ!」
「「「承知!」」」
特殊な木材で建造されているとはいえ、着弾と同時に飛び散る油、そこに降る火種には抗えない。
最低限の灯りしかなかった都は五分もしない内に火の海と化していった。
「な、何事だっ!」
「またあのお転婆剣姫が暴れ出しやがったんじゃないか!?」
「……違うっ、見ろあそこを! 単独ではないぞっ!」
「組織的っ……!? く、クーデターだというのかっ!」
「王に伝令をっ! 我々は火の手と暴動の鎮圧に向かう!」
警護に当たっていた兵は忙しなく動き出し……
呼応するように武装決起する集団が現れる。
「言ったろっ、さっきのが合図だったんだ! 聞いてたのより規模はデカいがっ……間違いねぇっ、『英雄』アリスが動いてる!」
「はははっ、あの人は相変わらず派手だねぇっ」
「寝てる奴ぁ叩き起こせ! 子供らは避難させろ!」
「あたしらの仕事は兵士達を釘付けにすることっ、皆怪我しないようにね!」
「大丈夫さ! 兵士やってる奴ん中にも同志はいる! 王様に疑問を持つ奴もな!」
その集団は騒ぎを聞いて家や寝床、職場から駆け付けた民兵であり、予め獣戦士団がかき集めていた反乱軍であった。
決起の理由は保守的な現政権に対する不平不満。
家族が奴隷狩りに遭ったと泣きついて足蹴にされた者、人族へ恨みを持つ者、単に王が気に入らない者、隠れて生きるのはもう沢山だと憤慨する者。
元来同族との闘争を嫌う彼等はアリスの真っ直ぐな想いに引き寄せられて動いていた。
「うおっ、何だ貴様ら!?」
「騒ぎに乗じて他でも暴動がっ……!」
「東地区に続き、西もです!」
「た、たった今、南地区から至急応援願うとの〝気〟信号が届きましたっ!」
「兵からも裏切り者が出てっ……うぎゃあっ!?」
兵が、民が、人がそこかしこで怒鳴り合い、交戦を始める。
奇襲に近しい形で、それも守るべき民や味方の兵からの攻撃ともあって各地で次々と起きた一斉蜂起抗争は都全体に極度の混乱を招いた。
そうして広がっていく火と闘争による喧騒は夜空で行われる進軍を隠蔽することに成功。そこに一般人達の不安と恐怖が伝播し、煽るように血や死体が生まれ出す。
「な、何の騒ぎだいっ……!?」
「火!? 火事だ! み、水っ!」
「うわああっ! 喧嘩なら他所でやれっ、家が壊れちまう!」
「どこの馬鹿共だっ、こんな夜中にっ!」
突如起きた革命運動に起こされ気付いた人々は恐れながら、あるいは怒りながら、あるいは呆然と燃ゆる王都火を見つめていた。
ただ一人を除いて。
「皆の者ッ、落ち着けぃッ!!」
騒音を掻き消すかのような哮りと共に『大樹』から降ってくるは獣王その人。
剛毛と筋肉の鎧に覆われた、三メートルに届きそうなほどの巨体に堂々たる鬣。見る者を黙らせる眼光は鋭く辺りを睨んでいて、全身からは闘志が湯気のようなオーラとなって溢れ出ている。
獣人族最強と畏怖される金獅子種のその男は己が都の惨状と動乱、それを成す者らを鎮めるが如く吼えた。
「アリイイイィスッ!!! 此度の騒ぎッ、貴様が発端だろうッ! 出てこいッ!!」
生命力そのものである〝気〟と《咆哮》、《威圧》の乗った咆哮は件の人間のものとは比べ物にならない。
獣王を中心に半径数十メートルの地表は抉れ飛び、その余波で大地と木々が激しく震え、周辺の火も全て消え去った。
その姿、その光景、その〝力〟に誰もが口を閉ざし、戦意を失う。
やはりというべきか、一人を除いて。
「おうおうおうおうおうっ、俺様を呼んだかっ!? 閉じ籠るもんだと思ってたぜっ! 得意だろあんた!」
付近をピョンピョンと跳ねていたアリスは獣王とは対照的に埃一つ立たせず、静かに降り立った。
獣王が作ったクレーターは奇しくも武闘場の様相に寄っており。
二人の視線が交差した次の瞬間、両者の放つ〝気〟がぶつかり合ってそれを広げた。
「おあ何とか向きってやつだぜ! 獣王っ!」
「フンッ、変わらんな貴様は。いや……余の予想を遥かに越える阿呆になって帰ってきたという意味では変わったか」
ズビシッと指を向けるアリスを獣王が鼻で笑う。
両者、その場を決闘と討論の場と定めたらしい。反乱組織、国軍、都民と全ての獣人が見つめる中、話し出した。
「俺ぁ言ったよなっ! 外の奴等と交流を持つべきだって! 世界は今ものすげぇ危機に晒されてるっ……! 大陸中の国がこの騒乱に関係してんだから俺達も戦争に介入するべきなんだよ!」
「余は知らぬと返したッ! 我々獣人をこのような森に排斥した劣等種共のやることなぞに興味はないッ!」
帰還直後の直談判同様、話は平行線。
アリスが持ってきた大陸中の状況や王の返答は民間にも伝わっている。
「興味とかじゃねぇっ、アンタは核を知らないからそんなことが言ってられるんだ! ゼーアロットが持つそれはたった一つでこの都をっ……この森を吹き飛ばしちまうような爆弾なんだぞ!? 人が密集してる以上、いずれここも狙われちまう!」
「世迷い言をっ……民を惑わせ、恐怖を広げ、余を下すのが貴様の狙いかッ!!」
外部との関係断絶はつまり情報の遮断。
他種族を拒み、シキが嘗て瀕死になってまで得た現代戦の録画映像提供すら拒否し、獣人族は獣王の判断で意図的に無知状態でいた。
故に、アリスの発言はこの国に住む者にとって王の言う世迷い言そのもの。
「はぁ!? 何でそうなんだよ! 王座なんかどうでも良いっ、俺は皆の力を借りたいだけだ! 大勢の人間が理不尽に殺されるのが嫌なだけだっ!」
「まだわからぬのかッ! 貴様のその言動が不和と不安を呼ぶのだッ! 見よっ、民はこの夜と平和を謳歌していたというにっ……今度という今度は処刑ものだぞッ!」
獣王の考え方もまた魔族やムクロと同じ平和ボケを基としたもの。
当然、アリスや獣戦士団の理屈は通用しない。寧ろ憎き人族が減ることは喜ばしいくらいに思っていることが見て取れる。
「バカっ、そんなもん偽物じゃねぇか! 俺の親友は言ってたっ、ひもじさや空腹感が最も原始的な闘争心なんだと!」
「なればこそ戦えとほざく貴様は国に争いを持ち込む危険因子だッ! 聞く耳持たぬッ!」
「違ぇよっ、まだわからないのか!? 俺がどうとかじゃなくてさっ、誰だって腹が減るだろ!? 腹が減ったら何か食いたくなるだろ!? でも何もない時代だから他の奴を襲って腹を満たすんだっ! 飯も土地もっ、命を守る為にも打って出なきゃ!」
核の脅威が伝わらないのでは、と角度を変えて責めるが、獣王は一笑に付す。
「背負うものの無いっ、失うことの恐ろしさを知らない賊の戯れ言などッ!!」
「そ、そうだっ!」
「俺達は失い続けてきた! 人権もっ、尊厳もっ、命すらもっ!」
「お前は何かと理由を付けて戦いたいだけだろ! 何でこっちを巻き込むんだよ!」
遠目にこちらの様子を窺っている見学人達から野次が飛んできたことで、アリスは彼等の心理が獣王側に傾いていることを悟った。
「チッ……なら一生言ってろよっ! 何もしなかったら何も変わんねぇ! そりゃそうだよなっ、何もしてねぇんだから! 世界は戦争しながらも前に進んでる! ただコソコソ隠れてるだけじゃ寧ろ悪化しちまうと思わねぇのか!?」
「余はそれを後退と捉えているッ! 外の世界を見たのだろうッ!? ならば知った筈だっ、人族は他種族どころか自分達をも食い尽くす蛮族だとッ! 関わり合うだけ無駄であろうッ!!」
外の人間に比べ、自分達は密かでも栄えてきた。アリスが火種さえ持ち込まなければこれからも繁栄していた。静観こそ平和への近道なのだ。
そう語って見せた獣王に民衆の過半数が理解を示し、ワッと歓声が湧く。
「向こうから関わってくるっつったろ!? ただ殺して回るのが目的の奴等なんだぞっ、いざ襲われたらどうすんだよ!」
「その前に自滅するのが関の山よッ! それは歴史が証明しているッ! 彼奴等はいつもそうだっ、我々の報復を恐れて仲違いを始めるッ!」
「そりゃ〝力〟が無かったからだよ! 今はある! 前に銃とか持ってきて見せたろうがっ!」
「あのような玩具ごとき、何を恐れる必要があるというのだっ、軟弱者がッ!」
根本的に認識が違うことを痛感し、顔を歪めたアリスは口での交渉を諦め、剣を抜いた。
「どっちが軟弱だ、この腑抜け共っ……!」
「他者を〝力〟で従わせる魔物の理屈などッ……!」
反対に獣王が拳を構え、半身に。武人として、武術家として構える。
「わかるが良い、若き戦士よ。正論を説くことが常に正義とは限らんのだ。例え臆病者と謗られようと……愚王と詰られようと…………余が王であるうちはッ!!」
漏れ聞こえてきた本音の呟きと建前らしい決意に、アリスの耳がピクリと動き、僅かに瞼が開いた。
「「「うおおおおおおっ!!」」」
「王様万っ歳ーーっ!」
「よく言ったっ、獣王様!」
「この国を頼むよーっ!」
体の良いアピールは民の心を掴み、沸き起こさせる。
カリスマ性。
自分になく、けれど士気に関わるそれは脅威であった。
「テメェっ……!」
今更ながら、とんだ茶番に付き合わされたことを知り、再び沸々と怒りが込み上げていく。
「こうやってっ……同種で喧嘩すんのは俺達だって同じだろっ! 今は敵とか味方とか言ってねぇで世界のことを考えなきゃいけない時なんだよっ! いつまでもネチネチネチネチキモい奴っ! やられたことばかり気にしてっ、自分達のやったことは棚上げでっ……周りで聞いてるお前らもだぞ! 遠目に見るだけで知った気ぃしてんじゃっ……ねええぇぇっ!!」」
心の叫びに対する返答は無言の視線。
獣王の力強い瞳は揺れることなくアリスを貫いており。
獣人族『最強』同士の死闘はその刹那に始まった。




