第277話 一縷の希望
また長くなってしまいました……m(;∇;)m
「だ、黙って聞いていればべらべらとっ……!」
沈黙に耐えきれなかったように、ノアが再び喚き出した。
「人を喰う化け物がっ、何が和平かっ、何が統治かっ……! 殺戮と争いしか生まない人種破綻者に人間ですらない人形同然の生物失格者っ……流石っ、言うことも相応なようですね!」
思想も心情もそれぞれにあるもので同じ勢力の中でも多かれ少なかれ違いはあるし、根底はまるで違かったりもする。
俺で言えばムクロ、メイやエナさん、厳密に付け足せばリヴェインら魔国の連中であり、ライで言えばノアもロベリアも違う。マナミとも決別した。
どうせこの会議は意味を成してない。アリス達も「……なぁ、さっきから何の話だこれ? 今関係ある?」、「シッ、ここは黙ってるのが吉にゃっ」と小声で話しているくらいだ。十分くらいなら化け物化け物とインコみたいに繰り返すノアの心情も聞いてやろうという気にはなる。
……あのアカリよりも機械染みてた以前の面影は何処へやら。
今じゃ感情豊かにぷんすかしちまうんだから勇者の影響力は恐ろしい。
内心で投げやりな部分と引き気味の部分がぶつかり合う中、耳キン待ったなしの怒声が室内中に響く。
「ライっ、貴方も勇者なら真実を教示して差し上げるべきでは!?」
「い、いや……だけどなノアっ……ロベリアの話を聞いたらあれはっ……」
何やら二人しか知らない……あるいは聖神教が隠していたものがあるらしい。
どうにも否定的なライの様子が機械仕掛けの目に付いた。
この際知れることは知っておいた方が得、か。
「……言いたいことがあるなら自分の口で言ったらどうだ。それとも先にくたばった女連中と一緒で、壁になる男が居てくれないと何も出来ないのか?」
頑固というか猪突猛進バカというか……こいつはこいつで正直な女だ。俺がそう煽るように義手をヒラヒラさせて促せば簡単に乗ってくる。
「~っ……言われずとも……っ! 一般に配られる聖書にはオリジナルから消された文がありますっ、それはロベリアっ……貴女の言う暗黒の時代についてですっ。昼の存在しない暗闇と極寒の世界っ……地は痩せ細り、草木や水は腐っていた、衣食住全てに困る負の時代ですっ」
……そこに神が現れて云々とかじゃないだろうな?
俺が胡乱げに顔を向けたからか、ルゥネ達も「同じこと思った」みたいな感じでうんうん頷いている。
現地の人間からも信用されてないとかどんな宗教だよ……
思わず脱力する一方で、ノアの方はクールダウンしたのか、語気を弱める。
「その時、その時代では種族問わず、人々が手を取り合って生きていたとあります。不作に干ばつ、貧困、病、魔物、『厄災』と呼ばれる九体の魔神……ありとあらゆるものが人々を苦しめていたとも」
『厄災』……魔神……? 邪神じゃなく?
そのワード自体初めて聞いたが、前者は確か、嘗てリーフ達の街一帯を襲ったジンメンがそうじゃなかったっけか。
今こうして聖書だか教典だかの内容について話してるノアの身体にも残り数体が『封印』されてるとかどうとか。
「それはっ……ノア、や、止めた方がっ……」
ノアの横で止めようとしては上げた手を下げ……と、右往左往しているライの様子も気になった。
が、その答えは直ぐにわかった。
「そのような時代に、魔族や獣人族は人を襲い出したのです! 餓えていたとはいえ、空腹に負け、互いをっ……それでも足りなければ身体能力に劣る我ら人族を狙って喰い、生き長らえたっ……! その事実こそ魔族共が化け物である証拠でしょう!」
ずびしっと指を差された俺も、的外れな考えというか内容に?マークしか湧かず、ライもライで「あちゃあ、言っちゃった……」みたいに頭を抱えている。
「あー……だから俺達は滅ぶべきで、淘汰するべきだと?」
あれだけ思想について語り合った後にこれでは少々浅すぎる。
いやまあ……流石に人喰いだけで済んだとも思えんが、そもそも時代的にお前らも俺達も関係ないだろそれ。
「違いますか? それまでの隣人を裏切り、襲った。争いのない時代に戦争を呼び、人を食料にまでした。これの何処が魔物と――」
「――過去の先祖が殺し合ってたら何かあるのか? そんなの何処の国だって似たようなもんじゃ? 食人だってそういう時代だっただけだろ」
日本だって武士だの侍だのと美化されてるだけで実情は友人家族親戚兄弟同士で殺し合ってきた血に濡れた国だ。殺し殺されてきた殺人者の血筋なんて幾らでも居る。
殺しも謀反も虐殺も食人も大して変わらない。強姦、凌辱、拷問もそう。1と100の差はデカいにはデカいが、悪いことに違いはないし、人によってその比率は変わる。0と1を比べる話なら別なんだがな。
「……ん?」
ちょっと待て。今思ったけど、先祖の話なら俺はマジで何の繋がりもなくないか? 誰が召喚したせいでこうなったんだって散々言ったよな俺。
第三者から聞いてもおかしな論調だったようで、被せ気味に言った後に首を傾げる俺の横からロベリアやマナミまで乗っかってくる。
『……前々から思っていましたが、何故そのような時代背景で人族だけは違うと思えるのです? いえ、私が言えた義理でもないですが……』
「本当に切羽詰まった時なんて人も種族も関係ないんじゃないかな。お腹が減れば何だってするよ。……そうでしょ?」
「なっ……!?」
目はなくても、ノアが口をパクパクさせてるのはわかる。
味方からも言われるって相当だぞ。
目玉があればジト目で睨んでいたであろう、驚くほど下らなかった差別理由はさておき、俺は後ろに小声で話し掛ける。
「……リュウ、アリス、シン砂漠にあった古代史の遺跡覚えてるよな?」
「僕も同じこと思い出してたよ。あの壁画でも人族だけが一方的に喰われているような描写はなかった……っていうより、寧ろ人族同士の争いの方が多かったような……」
「んぁ? あー、あったなそんなの。あんま覚えてねーけど。……あ、そういやユウちゃん達が驚いてたジンメン? とか他の魔物についても描いてたような……もしかしてあの魔物の絵が『厄災』だか魔神?」
あの場に居た二人まで同意するくらいだ。ロベリアのツッコミが全てだと思う。
今考えてみればジンメンの絵も他の絵も人が苦しめられているようなものばかりだったし、あの遺跡はロベリアやノアの言う暗黒の時代に建てられたものなのかもしれない。
「欲に負け、世界の秩序を乱した『悪』なる者! それを正した我ら『善』なる者っ! 『真の勇者』と『闇魔法の使い手』が憎しみ合う運命を背負っているのと同じです! 主が二分化を望んだのですっ! 今更っ……」
「ノア、俺達は背負ったんじゃない……背負わされたんだ。俺もユ……シキも本当ならもうあんなことは……」
『この盲信具合……どちらが人形なんですかね』
「仮にその話が本当でも今は違うよノアちゃん。明確に戦争継続の意思を示したのはターイズ連合だもの。ユウ君が指摘したそういう言動の矛盾がなければ私だって一抜けしなかったし」
とうとう仲間割れかい。
呆れてものも言えなくなった俺達が肩を竦め合って一息吐く間にああだこうだああだこうだ、ああでもないこうでもないと醜い言い争いが始まった。
「今まさに、再び世界の秩序を乱そうとしている悪は排除すべきでしょう!?」
「二人の話を言ってるんなら、俺はそれも違うと思う。そりゃ気持ちはわかるけどさ……話し合いの余地はあるように感じたな」
……どっちやねん。お前もさっきキレてたろ。あれか、最後まで聞いて納得するとこがあったか。
ライの反論に、危うく椅子からずり落ちそうになるのを何とか堪える。
「上位種などと戯れ言をっ!」
『何ら客観的材料……あるいは代替案すら出さずに否定するだけして我を遠そうとする人とは話したくありません』
「和平交渉の手を取らなかったのはあちらも同じです!」
「連合の傘下に入ろうとしないからって最初に武力で脅したでしょって言ってるの。世間が言う第一次帝連戦役の発端は帝都に艦隊で押し入った私達だよ。帝国の考え方をわかっていながら刺激した。あれが魔都でも同じことになってただろうね」
何処かズレてる野郎は兎も角、ロベリアとマナミはまだ冷静っぽいな。
結局のところ、突き詰めれば水掛け論にしかならないことを理解している。
聖神教の信者は教え故に他種族を敵視するし、他種族はそれらによって積み重ねられた遺恨故に人族を憎んでいる。両者、中途半端に……それぞれ一方の歴史だけを学んでいるから溝は埋まらない。
卵が先か、鶏が先かって話だ。まあ魔族側はまだ客観視出来てたように思えるが。
これで仲良くなってゼーアロット倒してはい終わり、ハッピーエンド、という訳にもいかない。
奴の出した被害は甚大だし、連合は戦力の大半を失っている。
かといって、俺やロベリアみたいに世界の平定を目論み、新たな秩序を与えようとする人間を、真実を知らない大衆がはいそうですかと受け入れたりもしない。
人族を纏め上げようとしていた肝心の連合にも求心力がない。艦隊はまた造れば良いんだろうが、船員や航空戦力がないんじゃただの動く的だ。
聖神教が幅を利かせてたのだって聖軍や転移魔法という他を圧倒する『力』があったから。技術革新が進んだ現状じゃ見る影もない。
頼みの勇者と『再生者』もその〝力〟を持っていながら正しく使おうとしない甘ちゃん。剣や銃をぶら下げた人間が「仲良く話し合いをしよう!」だなんて何の説得力もない。ましてやそれを他勢力相手の戦争で抜いたことのある奴等なんだから。
「そうさせたのはどちらだと……」
〝くどい〟
静かに、けれど、確かな怒気と殺気を乗せてノアを黙らせる。
スキル《威圧》で圧力に近しい〝力〟を放ったことで、机や椅子、壁がビシッ……ビシッ……! とヒビが入っていく中、俺は続けて言った。
「お互い、ある程度腹の内は見せたんだ。これ以上の時間浪費は無駄と知れ」
「「「「「っ……」」」」」
周囲が黙ったところを、『……ですね。このような言い争いが最後は星をも喰い尽くす負の時代を作り上げたのですから』とロベリアが補足する。
そんな、俺達の発した幾つかワードがヒントになったらしい。
「内……時……無……星……喰、う……? っ!? っ……!! ああああああっ!! そ、そそそっ、それだあああああああっ!!?」
突如立ち上がったリュウが円卓をバンと叩いてそう叫んだ。
「そうだよっ、アレがあるじゃないか! 無機物なら全部っ……衛星兵器とライ達の突破力ならっ……あっ、いやでも加速したところで……ん!? 違う、予め僕達が囲んでいればっ……上からならマナミの力もフルに使えるっ……そうっ、そうだっ、これならイケるっ!」
これまでの会話内で発言する時も返答する時も覇気のなかった男の突然の咆哮だ。俺もライも、他の連中も全員が一斉にビクッと肩を震わせる。
「「あー……リュウ?」」
図らずもライとハモった。
そして、リュウも俺達の催促を受けてバーっと一気に語り出す。
「宇宙だよ宇宙! 空からの奇襲がダメならより高い宇宙からの奇襲! 降下距離が長くなれば落下速度も上がる! きっと奇襲も成功するよ! 感知されるギリギリまで近付いたらさっき話した衛星兵器で雑魚を一掃! その間にライ達が攻めるっ、これしかない! ライはスカイアーク内のゾンビ兵を全て浄化させて生き残りを逃がすっ、シキがゼーアロットの相手でマナミはシキの援護! そしたらそしたらっ!」
オタク特有の早口かつ自分が自分がしてて意味がよくわからない。
とはいえ、新たに出た案だ。議論の余地はある。
一先ず落ち着かせようと俺も立ち上がろうとした直後。
ルゥネから飛んできた意識共有リンクがその場の全員の脳内に繋がり、再度全員でビクッとする。
「失礼。下らないやり取りは私も時間の無駄と思いましたので」
割りと本気で俺達の会話にうんざりしてたらしく、俺には個別で「旦那様も余計なこと言って話を長引かせないでくださいな」とイラつきの感情を送ってきた。
「「「「「…………」」」」」
乱暴なやり方に「こいつ……」みたいな気持ちで互いを見やり、一瞬だけ一致団結しかけた俺達だったが、リュウの提案を正しく理解していく内に再硬直する。
「……成る程、その発想はなかった。つっても、かなりの賭けになるな。要の部分は十分も掛けられない超電撃作戦だ」
「確かに……アレなら核も魔導戦艦も何とかなるかもしれない。兵器の規模によっては周りのゾンビ兵も……問題は艦内のっ……」
「メインエンジン部の侵入して中からっ……魔力を供給してる管内にライ君の力を思いっきり乗せれば行き渡るんじゃないかなっ? 《光魔法》も……出来れば使ってほしくないけど、そうも言ってられないしさ!」
それは少なくとも、要の俺、ライ、マナミが希望を抱く策。
「んー……アタイらみたいに正規軍を抜けた連中も居るから他の軍と協力して誘き出すってのがちょいとネックだね。技術屋の亡命だって増えてるしさ」
「確かに。俺達みたいな帝国人じゃあるまいし、普通の奴等が殺し合ってた相手とそんな面倒臭ぇこと出来るか?」
「シキ君達みたいな特級クラスじゃなくても航空戦力だって囮になれる。……ボク達が合わせるしかないだろうね」
「総力戦か! おっしゃっ、分かりやすくて助かるぜ!」
「奴と直接対決するってにゃると……他にも応援が必要と思いますにゃ。というか幾ら居ても足りないくらいにゃ」
フェイ、テキオ、ココ、アリスにその部下も同じ。
反対に渋い顔……実際にそんな顔してるかはわからんが、苦々しい声音で反対してきたのはノアとロベリア、ルゥネだ。
「どこか一つの班でもしくじれば終わりです。そう簡単に上手く行くでしょうか……?」
『それに重力を振り切るには相応の施設が必要です。エネルギー面も……いえ、そちらは異世界人や転生者が居れば解決ですね』
「恥ずかしながら宇宙環境と大気圏突入時の危険、リュウ様の認識で知りましたわ。それも言ってしまえば一個人の情報量……現実的な視点では難しいの一言に尽きます。宇宙まで行けたところで、それらに耐え得る装備をこの短い時間内に用意出来るかどうか……」
ノアのはただの杞憂だが、後の二人はあくまで技術者目線。それなりの重みがあった。
が、衛星兵器を浮かべるだけあって『天空の民』の技術力は伊達じゃないらしく、ルゥネの心配は直ぐに解消される。
『空気を生み出す技術と魔障壁発生装置を調整すれば宇宙空間でも生きられます。ライ様達なら特に……それに、我々と遜色ないほど力を付けている帝国が協力してくれれば相応の『鎧』も造れましょう。大気圏突入時に発生する超高温の摩擦熱は……私と、恐らくフェイの機体なら耐えられるかと』
ニュアンス的に宇宙に上がるのと降りるのでは必要な機械が違うようだな……なんて思った次の瞬間にはロベリアが頭に浮かべた思考を強制的に受け取らされ、納得させられる。
そういった小難しい話は本来、素人同然の俺達には理解のしようがない筈だが、【以心伝心】はそれすらも取っ払う。
「ハッ、連合との合作……面白そうですわっ!」
『良い案なのは認めます。ですが、前提となる上がる手段が問題なのですよ』
魔力製の推進力によるごり押しでは機体……俺達を乗せて飛ぶロケットのようなものが爆散する可能性が高く、逆に他の条件は時間制限とかがあるにしても一応はクリアしてると。
「手段か……その施設っていうのはロケットを固定する感じのものかい?」
ロケットと聞いて思い付くのは俺も訊いたライも他、地球生まれ組もテレビでよく見た縦一直線に飛んでいく打ち上げの光景。
全員がポクポクポク……チーン、と同じタイミングで同じものを想像し、そのイメージが広がりあって現地人の奴等にも視覚情報が伝わる。尚、アリスだけは失敗して落下、盛大に爆発する映像を想像してて視線の集中砲火を受けてた。
「へへっ」
「照れ臭そうに頭を搔くなっ」
「いでっ! な、殴らなくたって良いだろ!?」
「誰も褒めてないよ……」
「寧ろ責めてるね」
俺の鉄拳制裁に怒り、かつライ達のツッコミにシュンとする。
「…………しかし、艦を飛ばすにしても、少数精鋭で行くにしても、ここまで大規模なものが造れますか? 時間、人員、物資、全て有限です」
持ち前のスルースキルをフル活用しつつ、顎に手をやったノアが指摘した通り、あれはあれで施設が複雑だし、規模も凄まじい。技術者連中を総動員させ、ルゥネの力で効率良く進めたところで安全性の確保やそもそも素材を何処から持ってくるか問題などもある。
姐さんの【先見之明】も100%確実な予知じゃない。打ち上げ、宇宙からの降下を含め、ゼーアロット達の移動時間も完全には読めないとあらばそれ以上に問題が出てくる。視界と脳内が埋め尽くされてぶっ倒れるレベルで山積みだ。
「いやいやいやっ、小さくたって良いんだって! めちゃめちゃ簡単に言えば助走を付ける専用装置があればって話! マスドライバーって聞いたことない!? ロベリアさんっ、軌道衛星上にそんなものを浮かべられたんだから地上の何処かにあるんでしょ!?」
要は新しいものを造るより、古くからあるものを探して使った方が良いんじゃね、という理屈。
リュウのハイテンションな質問+明確なイメージ映像に、さしものロベリアも唸って答える。
『何……です、この光景は……? ア、ニメーション? 一般人がまさかこのような想像力を得られるほど発達している世界とは……っ、結論から言えば過去、幾つかこういったものの存在は確認されています。我々がそれを利用したのもまた事実。ですが、現在の状態までは……』
送られてきたそれはまんまSFもののそれで、慣れ親しんだ地球生まれは兎も角、現地人には絵が動くことそのものが受け入れ難いらしい。ロベリアに続き、ルゥネまでもが「何か気持ち悪いですわ……」と不愉快そうに言っている。
中には紙媒体のものもあればゲーム関連もあった。
そうして何人かが呻く一方、俺やライ達は鮮明に形状、用途が理解出来た。させられた。
だからこそ考え込んでしまう。
「……こんなもんあったか? シャムザでも見たことないが……」
「地殻変動の影響で大陸が!?」
「うぅん……? 地上を監視してたって自称しといて位置情報もわかってないの?」
俺は見える訳でもない天井を見上げ、ライはロベリアの記憶から所在がわからなくなった理由を知って驚愕、マナミは酷く疑うような声音で追及する。
『そのような俗事を含めた全てを知っていれば我々は既に現人神となっていました。一部しか知り得なかったが故に様子見をしていたのです』
何かちょっとムッとした感じで返すロベリアはさておき、一同揃って口を閉ざす。
衛星軌道を飛んでいるのはあくまで兵器。似たようなことも出来るっぽいが、地球にあった便利なものとは物自体が違うし、精度も段違いということなんだろう。
「…………」
「今更捜索するのもな……」
「誰かに訊くにしても、多分こんな大きい建物があれば皆知ってるよね」
俺達は勿論、他の連中も思い当たる節はないようで、未だ嘗てない長考タイムが訪れた。
記憶を遡る奴、探す当てを考える奴、一度国に戻れればあるいはと思案する奴……
そんな中、先程のリュウ同様に、「あっ」と声を上げた人間が居た。
「……思い出した。その助走装置ってこの……何だ? 頭ん中に入ってくるジェットコースターみたいな形してるやつのことだよな?」
その人物は意外や意外、アリス。
俺達は一斉に顔を向け、同じことを思った。
「おいこら何がアホは黙ってろよ、だ! 敵同士だったろっ、心ん中でハモんなっ、お前ら仲良しか!?」
シャーッと……猫じゃないな、虎耳と尻尾を逆立ててキレてるのが義眼でもわかる。
繋がってるからわかるけど、皆反射的に思ってた。
部下連中にまで「まーたうちのアホ隊長が喋り出したにゃ……」、「これ以上のアホは獣人族の恥ですわん」と好き勝手に思われてる始末。しかも全員が全員、何ならあのノアまでもが本心で黙っててほしいと思考している。
「あのなぁ……はぁ、もう良いや。アホは確かだし、実際、難しいこととか何でそんなもんが必要なのかは今一わかってないし? でも心当たりはあるんだよ。俺ぁてっきり昔の時代に召喚されちまった現代人が遊園地でも造ってたのかと思ってたんだけどさ」
「だ、か、ら……! 最初に普通にゃ追い付けにゃいから別の案を考えようって話してたにゃ! このアホっ!」
「いてっ」
憤慨した部下からパッコーンッとジャンプ猫パンチを食らってるアリスから送られてきた視覚情報……建造物の朧気な全体像は確かに話に出た推進装置と酷似していた。
藻や草木、木の蔓で全体が覆われ、詳細はわからない。
アリスが自身の目で見た地上からの視点だ。
追加で何処かの木の上から見ている記憶も伝わってきたが、どれだけ視力が良いのか、あまりに色んなものが見え過ぎて頭痛がしてくる。
元の視力と強く掛け離れた視界だから脳の方が拒否しているらしい。
「……お前ら普段どんだけ見えてないんだ? ちな、場所は獣人族の国の領土な。昔、ユウちゃん達が最初に修行したっていう巨蟲大森林と地続きになってた筈だぜ」
「んにゃー、そう言えばあったにゃこういうの。確か猿人種と……」
「鳥人系種が先祖の建てたものだと祀ってる遺跡だわん」
部下達は平然としてる辺り、完全な種族特性だな。
取り敢えず、お互いにお互いの身体能力の差に驚きつつも、その遺跡について細かな情報を求める。
見た目だけなら古ぼけてこそいるが、使えそうな雰囲気なんだが……
「情報っつってもなー……俺だって詳しくは知らねぇよ? んー、普段は濃い霧に覆われてて人族も滅多に……それこそ冒険者くらいしか来ねぇとこ?」
「隊長……何で自国について知らないんだにゃ……」
「はぁ? 知らねぇもんは知らねぇよ」
全く何の関係もないが、さっきからにゃーにゃー小煩く、がっくしと肩を落としているその部下はアリスみたいな人部分の割合が多い普通の獣人とは違い、猫人種……ケットシーっぽい種族の、猫がそのまま二足歩行になったような姿をしている。
因みに三毛猫系。【以心伝心】のお陰で全員の視覚も共有出来てるから初めて見たが、人形みたいで大変愛らしい。
身長も日本国内で見かける猫と変わらないくせに、アリスを隊長とした獣戦士団の副隊長を任せられるくらいには優秀。性別はメス……女?
「にゃああちきが代わりに説明するにゃ」
「じゃあみたいに言うな」
「黙れアホ隊長っ、アンタのせいでいっつもあちきがこういう役目にゃ!」
「……じゃれ合ってないで話せ。威嚇の仕方が猫まんまじゃねぇか」
こっちも種族的なものなのか、それとも単に二人の性格か、それまでのことが全部ぶっ飛んでお互いに対する鬱憤が爆発し始めたので義手を間に挟んで止める。
「にゃにゃっ、これは失礼しましたにゃ。あちき達の国が人族に認められてない領地……つまり他国の領土の一部なのは知っての通りですにゃ。そこのアホ隊長……にゃ、アホ虎……アホ猫が見せたのはその奥地……何種かの同志が周辺に集落を作って暮らしてるんだにゃ」
「おい、せめて隊長は残せよ。何でアホの部分を残す?」
何でも、獣人族達ですら何の建物なのかわからずに生活に利用してた古代の遺物とのこと。
まあ内部が露出してるところを見るに、ジャングルジムみたいな造りっぽいし、住みやすかったんだろう。
「雁首揃えて無視すんな? しまいにゃ泣くぞ俺」
「シーッ……あんまり喋らにゃいでほしいにゃ、アホが移るにゃ」
「……お前マジで後で覚えとけよ?」
「そっちこそ、このこと覚えてれば良いにゃあ?」
バチバチと火花を散らせ合う猫科の二人はさておき、下らない思考が過る。
人が来ないだけあって研究どころか存在すら表に出てない代物……。
あれかな、マチュピチュに現地民が住み着いたみたいな? ……違うか、知らんけど。
「……ロベリア、どう? これのことかな?」
俺とテキオ、ココが似たようなことを考えてうんうん頷いたり、首を振ったり、「その発想はお前もアホ」と指を指して笑ったりしてる横でライが核心に迫る。
そうだった、肝心なのはそこだ。
全員がゆっくりとロベリアの方に視線を向ける。
当の本人……先程から会話に入らず、黙考していたロベリアは訊かれたことで意識がこちらに向き、一瞬のうちに肯定の意が飛んできた。
『え、えぇっ、まさにこれです! 一部朽ちている区画もあるようですが、この程度なら補修もっ……距離だってこの近くですし、先の作戦……光が見えてきましたっ!』
あくまで彼女の見解でしかないものの、該当物であることに間違いはなく、また使用も恐らく可能。
考え込んでいたのは使用までに掛かる時間や割ける人員、獣人族の国への対応、邪魔立て、新世界創造軍の行動予測、その他について。
前者は置いておくにしても、言われてみれば表向きは人族の国の土地でも、魔物や迫害を恐れて逃げ込んだ獣人族達が住む魔境。王や民が簡単に使わせてくれるとは限らない。
「そこは俺達の出番だろうぜ。なっ、お前ら?」
「ですにゃあ……まさかここまで外の世界が戦争に明け暮れてるとは知りもしませんでしたし……」
「規模も我等が王の予想の遥か斜め上。流石に許可も下りるかと思いますわん。その際の対応はお任せくださいわん」
何とも頼もしい返答だった。
アリスは元々冒険者をしていたからアレだけど、他の連中は国の元で警護兵を担っていた奴等だ。実際に俺達と関わって事態を正しく、そして重く捉えてるんだろう。
「どうせ俺達は空中戦に向いてないんだ。反対とか抵抗なんかされたら俺達が王様ぶちのめしてやっからよっ、ユウちゃん達はゼーアロットを倒すことだけに集中してくれな!」
「……不敬にゃ」
「逮捕どころか処刑ものわん……」
ドン引きする部下達の横でサムズアップしてそう言ってのけたアリスは続けるように、「世界がどうとか政治がどうとか俺、正直よくわかんねぇけどさ。でもあの野郎が倒さなきゃならねぇ奴だってのはわかるぜ。核なんて……抑止力でしか使っちゃいけない危ないものなんだ。だから……頼んだぞ」と本人なりの考え、覚悟を拡散させた。
それもそうだ。
俺とライ、ノアや他種族の因縁は関係ない。
悠長に理想を語れるような時間だって本来なら無いんだ。
「さて……皆様、自分のやることはわかりましたわね?」
ルゥネに念を押される形で各々の役割を再確認させられ、全員が立ち上がる。
「今はただゼーアロット打倒の為に」
「これ以上の犠牲を出さない為に」
「世界の平和の為に」
俺、ライ、マナミはそう呟くと日本に居た頃のように手を重ね……
深く頷き合うのだった。
来週の更新はお休みするかもです。




