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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第6章 世界崩壊編
293/334

第273話 共闘

すいません、またまた遅れましたm(;∇;)m

それとキリが良かったので短めです……


 ない筈の視界が揺れ、歪み、震える。


 震撼だと思った。


 魔力や生命力以外の光を捉えない筈の義眼に眩いばかりの光と面食らうような闇が交互に映った。


 明滅という言葉が浮かんだ。


 力が抜けるような……魂が屈服するような、気味の悪い〝声〟が脳内を、自分の居る空間を、世界を揺るがしている。


 叫喚……そう感じた。


 足元から頭の天辺までがぐらつく。


 瞼を閉じて義眼の機能を切っても目の奥でチカチカチカチカと神々しくも何処か不気味な光が走っては消え、走っては消える。


 生身の脳に直接叫ばれてるような、ジェットコースターの乱高下に晒されてるような嫌な感覚に意識が朦朧とする。


 気付けば全身は汗でびっしょり濡れており、身の内から心底までが、まるで氷水をぶっかけられたみたいにガタガタ震えていた。


 核爆発の比じゃない……! 物理的な振動とも違うっ……これはもっと別のっ……


 何とも薄気味の悪い空気に、強い吐き気が込み上げてくる。


 思わずえずいて膝を突き、腹の中のものを戻してしまった。


「うぶっ……おえっ……おごっ……!?」


 見ればライはおろか、マナミも、ゼーアロットまでもが同様に嘔吐している。


「う、ぐぅ……この、声はっ……あの時のっ……」

「ごぽっ……かはっ……ごほっ、ごほっ! 何なのこれっ……き、気持ち悪いっ……!」

「がああぁっ……おええぇっ……! そ、想像いじょっ……おげえぇっ……!?」


 奴等だけじゃない。


 リーフもスカーレットも、リュウですらアカツキのコックピット内でゲボッているようで、離れたところに居る帝国兵や他の奴等も……何ならゾンビ兵の残党すら倒れ込んで苦しみもがいていた。


 全員が全員、頭を押さえ、口元を押さえ、堪え忍ぶこと十秒か、一分か。


 少しして〝声〟は止み、世界は落ち着きを取り戻した。


 揺れも眩しくも暗くもない。


「はぁっ……はぁっ……う゛っ……お、覚えがあるなっ……今の感じは……!」


 手も足も震えて言うことを聞かない。


 が、一つだけ確かで、落ち着かない頭でも考えられる……思い出したことがあった。


 いつぞやの幼女邪神。


 本柱を模した像を予め見ていたとはいえ、初めてあの銀髪幼女と会った時に感じた妙な納得感。


 あの感覚と同じだ。


 重ねて言えば、『付き人』が放つ圧……オーラや雰囲気。


 神聖なようでいて不気味な空気感。


 『格』の違いとでも言うべき生物学的な差のようなものを感じた。


 誰かが居たとか威圧されたとかじゃない。


 〝声〟そのものに超高密度の存在感があった。


 空間全体に作用しているような、隈無く包み込んでいたような……。


 間違いない。


 今のは……


「神の……悲鳴……」


 俺の思考を紡いだのはライだった。


 そうだ。奴も神々に会ったと言っていた。


 それで髪が白くなったとも。


 そうして俺達が立ち上がると同時、マナミやゼーアロットも口元を拭いながら動き出す。


「う、うぅ……ま、まだ気持ち悪いっ……けど……」

「くっ……くくくっ……くふっ、ふふふっ……ふひっ、くかかかかっ……!」


 策……いや、本来の目的か。


 神に対する攻撃。


 その成功が余程嬉しいらしい。


 ゼーアロットはずっと笑っていた。


 謁見の経験から耐性でも付いたのか、俺とライがゆっくりと戦闘態勢に入る中、マナミは再び戻し、ゼーアロットはゼーアロットで膝から崩れ落ち、それでも狂ったように笑い続けている。


「ふひっ、いひぃっ、はははっ……かはっ、はひっ……! あはぁっ、あはははははっ……ふはっ、ふはははっ……ははははははははっ……!!」


 その声には嗚咽のようなものも混じっていた。


「……クハッ、泣きながら」

「わ、笑って……?」


 どんだけだ。


 俺もライも乾いた笑いしか出てこない。


 何がそこまでこいつを駆り立てるのか。


 改めて狂気染みた何かを感じた。


 その様子を尻目に辺りを見渡せばリーフ達は未だ体調が戻らないようで、揃いも揃って蹲っている。


「フーッ……ふーっ……」


 肺の中の古い空気をゆっくり吐き出し、新しいものを取り入れていると少しずつ脳が働き始めたのがわかった。


 ぶちギレ過ぎて逆に冷え固まっていた思考が元の柔軟さと熱を取り戻し、状況を正しく理解し始める。


 ルゥネの異様な状態も合点がいった。


 核の二次被害だ。


 核爆発の寸前、あいつは俺に【以心伝心】のリンクを繋いで忠告してきた。


 一瞬だけだったとはいえ、それだけで説明は付く。


 何故ならルゥネはあの瞬間、帝国側の人間ほぼ全員の思考を共有していた。


 恐らくゼーアロットの様子から何かを直感したんだろう。


 だから何か来るのではないかと帝国艦隊の末端兵にまで情報を求めた。


 その直後にあの爆発……


 意識の共有はルゥネの脳を介して初めて成される。


 つまり……何百、何千、何万という人間の死に際の感情や情報が一気に押し寄せたことで脳がショートしたんだ。


 全方位からの恣意の津波。それらがぶつかり合い、更に波紋を広げ、破裂した。


 あまりの量に演算処理が追い付かず、しかし、能力故に全てを受け取ろうとして……


「っ……」


 未だ目を覚まさないルゥネを抱き締めながら、俺はぶるりと身震いした。


 マナミが居なければ死んでいたかもしれない。


 【起死回生】は『再生』の力……多分、壊れた脳細胞や機能も戻ってる筈。部位欠損や内臓のような複雑な器官も治せるんだ。例え脳障害を負っても問題はない。


 直に目を覚ます。


 そして、そこまでわかれば……


「そうか……それで信仰とエネルギーか……今、漸くわかったぞ。ゼーアロット……だから俺から女帝を助けたんだな? 女帝の能力と大量の人間の死を一度に……効率良く利用する為にっ……!」


 頭の固いライでも理解が追い付く。


 神にとって人間の信仰心が力になるというのなら、神が種族間戦争を煽るのも頷ける。


 俺やライの魔法スキルもそう。


 歴史上、何度も大戦規模の戦争が起きているのも、聖神教のような狂信者共が世に蔓延ったのも、全てはエネルギーを得る為。


 人は死に瀕した時、貧しい時、ひもじい時、苦しい時に救いを、希望を求める生き物だ。


 おぉ、神よ……と、祈ることが神々の力になるなら戦争ほど適したものはない。


 兵も民も王も、価格高騰や物資供給の影響がある周辺諸国、果ては関係ない国の連中ですら知れば祈る。


 聖神教のような世界規模の宗教が根元にあれば尚更。


 自分は無宗教だと思い込んでいる日本人が腹を壊して泣きそうになりながらトイレ探してる時みたいに、戦闘狂の帝国人だって祈る奴は祈る。お願い神様仏様、何でもしますからと。


 思えばライやノアの目の色が白く濁ったような光を放ち出した時は毎回妙に過激な思想を掲げ、神を持ち上げるような発言をしていた。


 今までも神自ら戦争を引き起こしているような節はあったが……確信に変わった。


「《光魔法》や強い信仰心を介して一部の人間を操り、煽動させ……こんな狂った世界を作り出したってことかよ……」


 何と言うマッチポンプ。


 脱力もするし、溜め息も出る。


 いっそ感嘆すらしてしまう。


「くききききっ、うけけけけけっ……はひっ、あひぃっ……! わ、わわわわっ、(わたくし)様のもく、もく目的は理解していただけっ……うぷぷぷっ……していただけましたかぁ!?」


 ゼーアロットの喜色に満ちた声を聞いて、奴の故郷らしき廃墟の街の光景が脳裏に浮かんだ。


 【原点回帰】でこの世界に戻ってきた時のこと。


 あの能力は対象の生まれ育った場所に跳ぶもの。


 この狂い様、この狂気……


 きっと故郷の滅亡がこの男を狂わせたんだろう。


 神そのものか、神に唆された狂信者共に滅ぼされて……。


 こいつの目的と行動、先程の世界の異変……今まで経験し、見聞きしてきたパズルのピースが一気に嵌まっていく。


「成る程……『付き人』と接触したがっていたのも神殺しの噂を確かめ、あわよくば便乗……それでなくともその手伝いをする為、か……」


 元よりその傾向はあったし、予想もしていたが、まさかここまで具体的に考えているとは思ってなかった。


「正・解っ、ですっ!」


 調子の戻ってきたらしいゼーアロットが両手で元気よく丸のマークを描いたことで他のことにも気が回っていく。


 事実、『付き人』は今現在も神を追っている。


 俺が魔王の座を簒奪出来たのも本人に任されたからというのもあるが、奴の不在が最も大きい。


 俺ほど奴が作った『絶対法』に抵触している人間は居ないからな。


「で……? 掛かるGからして、この船は後退している。仮に戦闘空域の中心で核爆発が起きたのなら連合艦隊どころかメサイア軍もゾンビ兵も大半が消滅した筈だ。残りの核弾頭ごとな。だが……その様子じゃ、まだ他に隠し持ってるな?」


 そう、こいつは言った。


 第二陣はどのタイミングにするかと。


 さっきのが神の悲鳴だとかどうかなんてこの際、関係ない。


 世界か神か……〝声〟は俺達に妙な現象を起こしたが、重要なのは今だ。奴の手札こそ最優先事項だ。もう収まったことなんかより、実際に存在するであろう核弾頭をどうにかする方が余程優先度が高い。


「自軍の艦隊も巻き添えになったのなら……いや、ここまでの大事を起こす男だ。ハッタリという線も薄いか。シキ……ここは――」


 俺の見解に同意したのか、固有スキルで感情を捨てた、冷淡な声が届いた。


 勇者らしく聖剣を構え、真正面にゼーアロットを見据えている姿の何と忌々しいことか。


 その隣に立たなければならないこの状況……


 俺は内心苛立ち、被せるように口を開いた。


「――わかっている。クハッ、全く……お前なんざと共闘とはな。反吐が出る」


 言いながら義手を伸ばし、ルゥネを壁際に寝かせる。


 そうして元の長さに戻したら魔法鞘から深紅の刀剣を抜剣し、ついでに爪も射出。()目掛けて真っ直ぐ向けてやった。


「ふっ……俺もだよ。最初から協力(こう)出来たら良かったんだけどな……」


 敵対する道を歩み出してから、獲物を向ける先がお互いじゃなく、同じ対象になったのはこれで二回目。


 以前もゼーアロットだった。


 それでも一緒に戦えるのが嬉しかったらしい。


 ライは能力を解き、苦笑してまで声を掛けてきた。


「ごめんな、あの時信じてやれなくて……」

 

 甘く囁くようなその声に思わず鳥肌が立った。


 声音に乗っかっている本気の申し訳なさに総毛立った。


 こいつは何処までっ……


 いや……一体何なんだ……?


 やれなくてって何だよ。


 これは俺の捉え方の問題か? 


 ひねくれてる俺が悪いのか?


 言葉尻を変に受け取って、揚げ足取ってるだけか?


 違う。


 違う違う違う。


 そんなわけあるか。


 こいつにとって俺は取るに足らない存在なんだ。


 スラスター装備もほぼ同性能になった今なら負けることもないから自然に……無意識下で下に見れる。


「何か……変な感じだな、お前と肩を並べるのは」


 何だその笑いは。


 何がおかしい。


 比べて比べて……お前を越えたくて頑張ってきた俺と大して辛い目にも遭ってないお前が今更、仲良しごっこか? 


 マナミみたいに一度協力すりゃ仲間ってか。


 あれだけ殺し合った仲なのに?


 ルゥネ達帝国の連中とは訳が違うってのに……相変わらずふざけた野郎だ。


 こいつもマナミも同じだ。


 つくづく、そしてとことん俺を惨めにさせやがる。


 死ぬ思いをしながら強さを求め、他を切り捨てて切り捨てて強くなった俺とは違う。


 ()()()()奴が見せる自然な余裕がある。


 そりゃ……優しさも思いやりも、普通なら気高く美しく見えるんだろう。普通の人間なら。


 だけど、俺にとっちゃ薄っぺらで汚いものでしかない。


「……嫉妬、か。俺も醜いな」

「ん? 何か言ったか?」


 俺の中のドロドロした黒い気持ちに気付くこともなく、またそういった感情を心底から理解出来る土台や基礎がない真っ当な人間にはわかるまい。


「御託は良い。今は目の前の害悪を何とかするのが先決だろ」


 俺は俺個人の感情に見切りを付けて意識を切り替えると、顎で互いの伴侶を指し示した。


「そう……だな」


 ライが頷く通り、マナミはまだ吐いてるし、ルゥネは昏睡してるしで戦線復帰にはもう少し掛かりそうだった。


「作戦会議……いえ、お喋りですかね。まあ何でも良いですが、終わりましたか?」


 加減していたとはいえ、一度敗れた俺達相手に余裕綽々で笑って見せるのは流石の態度。


「生憎、私様としても外の様子がわからないので再び機が熟すのを待つ必要があります。生き残った貴方様方の艦や部隊が集結するまで……こちらの艦がそれらに接触出来る距離に近付くまでは暇潰しに興じるとしましょう」


 ゼーアロットは軽く半身になって構えると、いつでもどうぞと言わんばかりの手振りで煽ってきやがった。


 この状況で言うに事欠いて暇潰しとは笑わせてくれる。


 たった一手で三勢力中、二つに決定的な損害が出た。帝国だって無事という訳でもない。


 パイプ役のルゥネですら死にかけたんだ。末端にだって恣意は拡散されている。生粋の帝国人であっても仲間達の死の瞬間の感情を受け止めきれはしない。


 連合もメサイアも戦う為の駒を、兵を、物資を失った。


 俺達は戦える兵を、少なくとも半分は失った筈。


 戦争の続行は不可能。


 それを成した絶対的な敵の排除も容易ではない。


 現状はどうあっても俺達を一纏めにしたいらしい。


「ゼーアロット……お前はたった今、世界の敵となった! 人々を導く者として義務を全うさせてもらうっ! ……背中は任せたぞ、魔王」


 指の代わりに聖剣を向け、何やら決め台詞を吐いたライが最後は感情を消してボソリと言ってくる。


 対する俺は舌打ちと共にその刀身に深紅の刀剣をぶつけて返した。


「チッ……俺は魔王じゃねぇ、魔帝だ。二度と間違えるな。……後方支援はテメェがやれ、勇者」


 次の瞬間、俺達は魔力を全解放。


 三人が床を蹴って激突すると同時、今回の(いくさ)で最終決戦に当たるであろう闘いが始まった。


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