第271話 侃侃諤諤
何かカッケェ四字熟語あった……Σ(゜Д゜〃)
幾ら速度が落ちたと言っても。
一分、二分、三分と時を刻む事に差が出始めた。
俺と白仮面野郎の間に少しずつだが、明確な差が。
「でやあぁっ!」
「骨か神経をっ……ごふっ……! や、やったなっ、さっきよりっ……ぐうぅっ、おっ……そくっ……なったァッ!」
炸薬による加減速を三度連続で繰り返す。
一度目で上昇し、奴の横薙ぎと『影』を回避。
二度目で背を天井に向けて減速。
三度目で接近し、爪長剣で縦一閃。
ライフルを持っていた左腕を斬り飛ばすことに成功した。
「っ、た、たかがっ……!」
炸薬を使う度に内臓が潰れ、全身が軋む。
義眼で得ている擬似視界も脳も揺れていて、平衡感覚も痛覚もありとあらゆる感覚が麻痺する。
流血も口だけに留まらない。
目や鼻は勿論のこと、胴体の負傷箇所からもドクドクと噴き出ていた。
「腕程度ぉッ!」
吠えた白仮面野郎が俺目掛けて獲物を突いてくる。
俺が言った通り、奴の肉体は俺以上にボロボロ。避けるまでもなく義手で受け止められる速度でしか動けていない。
「くっ!」
「果、てっ……ろっ!」
斬ると同時、奴に向けていた義手を伸ばす。
カシュンカシュンカシュンと音を立てた装甲が、装甲の隙間が伸縮し、最大の十メートルまで。
そうしてアンダーゴーレムの全長よりも長くなった鋼鉄の右腕は奴を魔剣ごと格納庫の壁に叩き付けた。
「がはぁっ……!?」
触覚がないからどうなっているかはわからない。が、胴体は確実に潰れた。
「クハッ……オマケだっ、喜べ!」
瞬間、手のひらに内臓された小型魔導砲の砲口を開かせる。
肩部装甲のアタッチメントに填められた紫色の宝石がピシピシと悲鳴を上げながら光った。
俺の義眼に見えるくらいだ。実際に肉眼で、それも自分の腹に当てられた手のひらからも漏れている濃密な魔力の光を直視すれば怯みもする。
「っ!? お、お前なんかに――」
ゼロ距離射撃。
白仮面野郎は今度こそ全てを消し飛ばすような魔力の奔流に飲まれて消えた。
ように見えた。
現実はそう上手くいかないらしい。
「ぐっ……ぎいいいぃぃっ!!?」
油断があった。
《光魔法》や【唯我独尊】を失い、ただ物理的に強いだけのアンデッドに成り下がった奴なんぞと。
まさかのまさか。奴は潰れた胸から下を自ら斬り落として胴体を捨て、壁に当たって弾ける魔導砲から逃れやがった。
「何て執念だよっ……!」
伸ばした義手を元の長さに戻し、代わりに爪斬撃で薄気味悪くも魔剣で床を突いて跳び跳ね、動き回る奴を追撃する。
「ゾンビだから心臓が無くても動けるってか!? だがっ、お前に残された攻撃手段はその魔剣のみ! まともに移動も儘ならない奴がっ、俺に勝てるかァッ!!」
「ひひひぃっ! ぼ、僕はまだっ、属性魔法が使えるうぅっ!」
腐っても元勇者。言うだけあった。
三つの刀身から三、六、九と次々飛んでいくのに対し、全く同じ威力、同じ形状の真空の刃をぶつけて相殺された。
数を増やしても床や壁、天井に獲物をぶつけて避けられるか、例の『影』の質量による反動回避で空振りに終わらせられる。
『風』や『土』といった属性魔法で自分を吹き飛ばしたり、壁を作ったりもしてくる。
「き、器用なっ……!?」
流石に面食らった。
奴は今、胸から上のみ、右腕しかない状態。
つまりは軽くなっている。
移動も儘ならない?
全くもって逆だ。
ステータスや出せるエネルギーは変わらない。死んでるのに魔力や生命力があるというのも妙な話だが、義眼で得られる擬似視界は奴にまるで変化がないと告げている。
減っている様子すらない。
明らかに何らかの能力。
だから寧ろ……
「くひいぃっ、ま、的が小さくなった分っ、狙い辛くなっただろ!? 速くなっただろ!? ありがとうっ、こんな戦法思い付きもしなかったよっ!」
何やら得意気にほざき、『影』斬撃で反撃してくるが……奴は俺が炸薬を使わないで済むようになったことを失念している。
幾ら速くなったと言っても、足や片腕がないのでは手数も移動も一手遅れる。
属性魔法だって、肉体も装備も全て潰れた奴とは違って魔障壁で弾ける。
俺が気を付ければ良いのは魔剣と『影』程度だ。
さっきと同じで差が出てくるのは時間の問題。
しかし、そう思ったのは俺だけらしい。
「お前の言う通りだっ、僕はアンデッドとしてっ、魔物として甦ったぁっ!」
元素系四種類の属性魔法で創造した槍の群れと共に突撃してきた。
後ろに跳ね、魔障壁で打ち消せるものは無視し、『水』や『土』といった質量のあるものは手甲と義手で防ぐ。
「全くの別生物っ! それも認めよう! その証拠にっ、僕は新たな力を得たっ!」
俺がそうしている間にも、奴は自らが生み出した『風』で加速し、大量の槍の中を掻い潜るように肉薄してきた。
「【天壌無窮】ッ! 状態の『固定』が出来るっ!」
軽さ故にくるくると回転しながら振り下ろされた魔剣は手甲で弾き返した。
「状態のっ……? そうかいっ、ゾンビにしたって随分とまあゴキブリみてぇにしぶといと思っていたが……ッ!」
自分に当てないようにか、ブラフのつもりか、寸前で速度を落とし、時間差で来た魔法の槍はその場でバク転し、両の義足から出した隠し刀身で斬り上げ、回避する。
そして、少々不恰好でも、MFAでそのまま上昇して距離を取る。
「はははははっ、そうさっ! 【死者蘇生】効果の固定っ、ステータスの固定っ! 任意の能力だからなぁ!? 一度上げたレベルやステータスはそのままに出来るしっ、受けたバフだけの維持も可能っ! HPだってダメージを受ける前に固定していれば僕は永久に死なないっ!」
自慢が出来て余程ご満悦らしい。床に向かって鞭のようにしならせた『影』を当てることで落下の軌道を変え、俺を追ってきた。
つくづく器用な奴だ。
ゼーアロットの能力の詳細はわからないが、上半身を木っ端微塵にしてやった早瀬は死んだ。他のゾンビ兵も普通のアンデッド同様、頭部や胸を失えば倒れる。
だが、こいつはその新たな能力とやらで死人の状態を『固定』している。
だから1/3近くまで肉体を失っても自由に動ける。
死という概念がないんだ。
ステータスも固定してるから魔力も生命力も無尽蔵。使っても使っても減ることがない。
魔物になったくせに謎に残っている勇者特性、何処で手に入れたのか厄介な『影』の魔剣……
成る程、強い。
ある意味ではムクロの力を越えているかもしれない。
「【唯我独尊】や【不撓不屈】っ……いいやっ? 【不老不死】すらも超越した! 斬られようが刺されようが僕は不死身だ! 生命活動は止まらないっ! 僕は今っ、全生命の完全上位種となったんだっ!」
再び迫ってきた、テケテケよりもタチの悪い亡霊の猛攻を義手で遮断する。
「は……? お前如きが……? あいつをっ……?」
嫌なところだけ一致する。
ガキンガキンと義手に衝撃が走り、その度に『影』の残骸が飛び散る中、身の内から涌き出る怒りに声が震えた。
安直にこんなデスストーカーと最愛の人と結び付けた自分にも腹が立つ。
訂正しよう。
こいつはムクロの完全下位互換だ。
如何な不死身でも、種類が違う。
「失敗したなこの抜け作っ……!」
俺はニヤリと笑いながら言った。
肉体が半分以上消失した、軽くなったということは詰まるところ、ステータスをフルに発揮出来ないということ。
当たり前だ、腰もなければ腹筋もないんだから。何なら身体を支える足や支柱の背骨すらも失っている。
固定してるから、ステータスがあるからといって……腐敗し、戦闘の余波でボロ雑巾のようになった腕と肩だけの状態と全身がある状態の行動が全く同じである訳がない。
だから魔剣の攻撃も義手だけで防げるし、手甲で奴ごと弾き飛ばすことも出来る。
「失敗はどっちだっ、この中二野郎ッ!」
「クハッ、思いの外嫌だなその呼び名ッ!」
互いに獲物をぶつけ、その反動で離れる。
睨んだ通り、同じ反動エネルギーを受けている筈なのに奴の方が飛ばされていた。
とはいえ、もう関係ない。
いつもなら探す弱点もどうでも良い。
勝ち筋は見えた。
「こういう時、何て言うか知ってるか?」
「す、澄ましてええぇぇっ!」
着地と同時、奴は喚きながら特攻してきた。
俺は出していた爪は収納して待ち構える。
「テメェは俺を怒らせた……だ。知らないかもだけどな」
言いながら片手故に軌道の読みやすい剣と『影』を避け、擦れ違い様、カウンター気味に軽く小突いてやった。
「お前こそ僕をっ……僕をおおおおぉぉっ!!!」
絶叫と共に再度こっちに跳び跳ねた瞬間、ボッ! と奴の小さい身体が燃え上がる。
「ぎいいぃああああっ!!? な、なんっ……何でっ……またっ……またぁ!? 火っ、火いいぃっ!? 熱い熱いっ、痛いいぃぃっ!?」
俺の魔力が乗ってるからか、紫色の炎の形が義眼にも綺麗に映った。
驚きのあまりその場に落ち、ゴロゴロと転がり回る無様な奴の姿も。
「《闇魔法》〝粘纏〟の性質を持った炎……今更だが、お前に因んで名付けるとすれば纏わり付く炎ってとこか?」
ま、付けたところで技名なんて一生言わないだろうけど。
「あがっ、あぎぃっ!? 熱いっ、痛いいいぃぃっ!!」
ゴロゴロゴロ、じたばたじたばた。
一生消えない炎で燃やされれば戦う以前にパニックで動けなくなる。
何せこいつは俺に何度も火責めを食らっている。普通ならトラウマもんだろう。
「生前なら持っていた能力で消せたものを……素直にくたばっておかず、現世にしがみ付くからそうなる。己の末路を苦しみ続けながら受け止めるんだな」
HPは減らずとも肉体は徐々に焼け、朽ち果てていく。
そして、ムクロと違って再生能力のないこいつが肉体を失えば不死身もクソもない。
所詮は別種。雑魚が無尽蔵に動けたところで、『世界最強』クラスの不死の王に敵う訳がない。ポテンシャルが違うんだから。俺からすればやはり下位互換だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!?!?!」
まさに発狂。
溶けた右手が魔剣にへばり付いて離れず、かといって持ち上げられるほどの肉も残ってない。
頭部も首も肩も全部溶けたゴムみたいに床に付着しているから暴れることすら出来なくなった。
骨も筋も皮膚細胞も何もかもが焼け爛れ、穴が空き、焦げていく。
「あっ……ぁっ……ぁ……つ……ぃっ……」
最早叫ぶ気力も失くなったらしく、ただ悲痛なまでに呟いた。
……さっき潰した装備や服装的に寒さも暑さも感じなさそうなもんだが、違うっぽいな。痛覚がないのは確定してるから熱や火傷に対する感覚だけあるのか。
少しだけ憐れに思った俺は続けて声を掛ける。
「【天壌無窮】とか言ったか? 能力を解け、そうすりゃ楽になる」
魔法による抵抗は無駄。逃れることも出来ず、燃え苦しみながら死ぬのを待つくらいなら自害した方が良い。
そんな俺の提案は即座に否定された。
「黙れぇっ! こ、こうなったら僕の最期をお前の目に焼き付かせてやる……! 見ろっ、これがお前の罪だっ……! お前が殺し、殺す人々の怨嗟だ……! 呪ってやるっ、呪ってやるっ……呪っでや゛る゛ぅ゛……!!」
「へぇ……」
バカはバカなりに考えて行動しているということか。
ま、見たかったとしても目がないから見えないがな。
とはいえ……
初対面から今の今までずっと敵だった奴でも、確かに人が燃えて朽ちていく様は中々に凄惨だ。本物の視界がない分、肉体の消失は感じられるし、苦しみに満ちた声も実に良く耳に届く。
仮に俺が行動を起こす前……
ムクロを眠らせる前にこんなものを見せられたら少しは引きずったかもしれない。
しかし、現実は違う。
俺にはもう覚悟がある。予想していたものを見たところで、「冥土の土産に付き合ってやるかな」程度の情しか湧かない。
「なあ……お前、さっき向こうの世界のことを持ち出したよな」
ライ達の方に義眼を向ければ、マナミのお陰で誰も殺られることなく戦い続けているのが見えた。
こいつとの戦闘も十分くらいだったし、妥当か。
若干の納得と一緒に言葉を紡ぐ。
「種族とか人種とか性別とか……一々気にする方が下らないと思わないのか? そんなに他人と違っていたいのか? 他人の上に立ちたいのか?」
「は、ぁ……? あ、当た……り前っ……だ、ろっ……! 他の誰よりも……優れていたいっ……尊、敬……された、い……感謝……され、たい……! そう、思うことの……何が悪いっ……!? そ、それがっ……」
人間。
やっぱりそうだ。
こいつと俺は変な部分で似ている。
人の醜い部分をわかっていながら、それでもそれが人間だからと自分を正当化してるんだ。
俺が話し合いによる解決の道を諦め、軍事路線に力を入れたように、こいつは開き直って人間らしく復讐を望んだ。
「そうじゃない、わかるだろ。いや……擁護する訳じゃないが、無意識なものなら理解出来る。肌や目の色が違う奴、格好が奇抜な奴、それまでの普通とは掛け離れたことを言う奴……何人にしても、どういう奴にしてもいきなり目の前に現れたらビックリするのはわかるさ」
目で追ったりだとか話題にしたりだとかくらいなら俺でもしていた。
今はもう珍しくもなくなった。慣れたというのもある。が、それでも未だに見たことのない、あるいは珍しい人種の人間を見た時の反応なんて抑えようがない。
ましてや他種族なんて持っての他。角だの尻尾だの爪だの牙だの半分魔物だの半分動物だの……果ては喋れること以外は魔物と変わらない奴等まで居やがる。
「だ、だったら……!」
「でもそれは向こうも同じだろ。俺達が無意識でも意識的でも何かしら思うことがあるように、向こうも同じことを感じるんだ。同じ人間なんだから」
何が言いたい。
みたいな視線……というか雰囲気を感じた。
もう目玉も残ってないようだ。
「今も魔族になった俺と魔物になったお前とでこうやって会話が出来てる。人類皆兄弟、皆違って皆良い……何でそう思えない? 何で態々不和を生むようなことをする? 他の連中がお前に何をした?」
初めて魔都に入った時と魔帝を名乗るようになった今ではその辺の意識も変わった。
改めて色んな魔族と話したが、100%差別意識がないとは言えなかった。
獣人族も同じだとアリスは言っていた。
それは一重に、迫害された歴史を忘れてないから。
簡単に世代交代していく人族とは違って長寿種が居る。知っているから後世に伝え、多少薄れようとも過去の先人達と似たような認識を持ち続ける。
「そりゃ……わかり合えない連中の存在は認める。切り捨てるべきものは切り捨てる……その必要は確かにあるだろう」
そうして動いたのが俺だ。
この世界に巣くう癌を……終わることのない戦争の根元を断つ為に。
聖神教のような、俺の望む世界にそぐわないものは俺が俺の手で徹底的に壊し、殺す。
「死刑制度なんかはその典型例じゃないか。人間社会に不必要な奴、相応の罪を犯した奴……そんなのは人類の発展に繋がらない。つまりは要らない。戦争を起こすような、俺やお前らみたいなのも本来なら排除されるべきなんだ」
その点で言えばムクロやマナミの意見は全面的に正しい。
どんな事情があれ、暴力はダメだという想いは俺にだってある。
矛盾してるだろうが、他人に死を強要出来る人間が人間社会に相応しいとは到底思えない。
だが……それでは何も変わらないと思った。
聖神教や神といった存在が世界の認知を歪めていたから。
調子に乗って『天空の民』だなんて連中も出てきたせいで、ギリギリで保たれていた世界の均衡も崩れ去ってしまった。
その現実を楽観視して、ただ黙って見ていれば魔族も獣人族も今まで以上の扱いを受けることになってしまう。時の支配者によっては滅亡するかもしれない。
ムクロの掲げる融和政策は絶対に叶うことのない理想論。
獣人族達みたいに逃げて隠れてまた逃げてを繰り返すのも嫌だ。
そして、全ての元凶である狂信者共はどちらかが滅ぶまで戦争を終わらせるつもりがない。
「この世界で生き死にを経験したお前なら、物事に正義も悪もないことはわかるだろ。結局……俺達はただ国家や種族間の戦争に使う駒として召喚されただけに過ぎないんだよ」
俺は人間だ。一部の人間……いや、この世界で言えば大部分とはいえ、それらが持つ一方的な価値観で人生を左右されてたまるか。
そう思ったからこそ俺は死ぬ想いを何度味わっても生きてきた。
心が折れても、周囲の優しい奴等が助けてくれた。
理不尽に屈したくない。そんな意思を持ってたからこそ魔族や獣人族の戦士達は立ち上がり、俺に付いてきた。
これは独立戦争でもある。
この狂った世界に、奴等の目からすれば他種族……劣等民族である俺達の土地を、人権を、存在を認めさせる為の。
最初から最後まで人に利用され続けてきたこの男とは覚悟も背負っているものも違う。
「……れっ……だまっ…………黙れっ……黙れっ、黙れっ、黙れっ、黙れえぇっ! イクシアや聖神教が教えてくれただろ! この世界の人族は迫害されてきたっ、領土を奪われてきたと! 僕達は救世主として喚ばれたんだぞ!? それをお前はああああぁぁっ!!」
最期の足掻きだろう。
いつになく必死なセリフだった。
そのように思い込まなければ耐えられなかったんだろうか。
一瞬だけそんな考えも過ったが、こいつは差別される側はそのままで居た方が世界の為だと宣った。虐める対象が居た方が良いと。
ゼーアロットのように害を成す共通の敵ならわかる。
人間社会に対する害そのものだ。行動する度に人が死ぬのでは排除もやむを得ない。
でもこいつは……ただ容姿や習慣、考え方が違うだけで……世界がそうしろ、そう言ったからという理由で付和雷同した。
そんなのは人を害する理由にならないと思う。
少なくとも、俺には認められない。言い訳ですらないし、理解しようとも思えない。
結局、最後の最後までこいつとはわかり合えなかった。
せめて理念や情念くらいはと思ったんだがな。
「だから……その場面を一度でも見たのか? 他種族は人族の国でどんな扱いを受けている? もし仮に聖神教の教えが正しかったとして……小さな子供や赤ん坊も居ただろ。そいつらはただ生まれただけで酷い目に遭ってるんだぞ……」
この世界の人々が持つ根強い差別意識とこいつが持つ英雄願望が全てを壊した。
俺も……こいつに刺されていなければ魔族になってなかったかもしれない。
オーク魔族のゲイルの件だって、一部の人間が起こした過ちだとこいつやイクシアの連中、聖神教もわかっていた筈だ。
人族に盗賊が居るように、他種族にだって悪い奴は居る。
その悪い面だけを大きく捉えるから問題になるんだろうが。
「何でやられる側の気持ちを考えられないんだ。自分の目や耳で知ろうともしない奴が……何で普段は大して信用もしてない外野から取り入れた偏見で物事を判断出来る。誰かが言ったからじゃないだろ、それで傷付く人だって居るんだ。そうやって軋轢を生んでばかりで、どうして世界平和だなんて寝言を言えるんだよ」
返答はなかった。
俺の炎も……奴の肉体が完全に消滅するのと同時に消えていった。




