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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第6章 世界崩壊編
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第270話 合戦

いやホント色々と申し訳思ってるんです、はい……(´・ω・`; )


『まだ掛かるのですか!?』


 巨大天空要塞の中枢格納庫で苛立った声と巨人か何かが壁を殴ったような振動が響く。


『ライ様は戦っているのにこの体たらくとはっ、情けない……!』


 『天空の民』の女王兼フラッグシップ機『ロベリア』。


 前回の戦争でメイにしてやられた金色の機体は改修こそすれ、魔力エネルギー不足で出撃出来ずに居た。


 口があるわけではないが、機械的な声が拡声される度にツインアイのメインカメラが明滅しており、物言いと言い、感情そのままに指先をトントンと腕部装甲にぶつける仕草が何とも人間らしく、意思と知性を感じさせる。


 とはいえ、周辺で最後のチェックを行っていたメカニックマン達は面白くない。


「無茶言わんでくださいっ、『再生者』とかってのが居れば別でしょうが、閣下のお身体が特殊過ぎるんですっ」

「そうですよっ、魔力だって登録したパイロットのもの以外は吸収も変換率も極端に悪くなる地雷付きですしっ」

「大体っ、ロベリア様の時代で『絶機』がああまで損傷することなんてあったんですかっ? 他の機体と無理やり合わせたって言っても装甲の補修くらいしか出来てませんよ!」


 一斉の口撃に晒され、一瞬の沈黙が訪れる。


 言い方は無礼でも、彼等も前線の戦士。内容もロベリアはおろかメカニックマンにも解決出来ないようだった。


『……あのお方の魔力ならその日の回復する分だけで向こう一ヶ月は稼働出来ました。この管の有用性や技術力は認めます。しかし、製造に一年近く費やし、尚も私を拘束しておきながら稼働もままならないのでは意味がありません』


 溜飲が下がったのか、はたまた言われていることが正論だと理解しているのか、機体を動かすことで背面装甲や肩部、脚部に繋がれたチューブを見せ、静かに言う。


「それはその人がおかしいか、ロベリア様のパイロット認証システムと魔力変換機構がおかしいだけです」

「今の時代を生きる〝新世代〟の人間じゃあるまいに……昔の人間の魔力量は習いました。不可能ですよそんなことっ」

「我が国のありとあらゆる粋を結集させて作った高効率の特注品で動かないロベリア様が異常ということを理解していただきたいですな」

「後、因みにこれ一本で現代人数人分ですからね? 異世界人や転生者じゃないにしろ、フルーゲル数十機分に相当する魔力を得ておいて……挙げ句、この要塞のメインエンジンのエネルギーまで吸ったのは誰です? お陰で墜落しかけたじゃないですか」


 味方が居ないことを悟ったロベリアは尚もぶつくさと文句を垂れた。


『立て直せたのだから問題ないでしょう。それにあれは私が原因ではなく、敵方の襲撃によるところが多い筈です。そも私が出撃出来れば外の騒がしいカトンボ共も落とせるのです。早くなさい』


 前線への援護射撃や増援、撤退してきた味方艦、機体、兵の収容と母艦が本来の役割を復活させたことで戦線も有利に働きつつある。


 問題はライ達突入部隊が未帰還であること。


 無理やり繋げた通信から得た情報では既に敵旗艦内に入って一時間近くと聞く。


 自慢の母艦や味方の被害を歯噛みしながら見ていたロベリアはシキら敵方の先行部隊が撤退していったことも承知している。


『黒夜叉……いえ、魔帝シキ。魔王ではなく魔帝などと……忌々しい呼称を思い出させてっ……とことんあの人と()()()()ですっ……! ふふっ、ですが……フェイ達だけで墜としきれると思ったら大間違いです。絶機が誇る圧倒的な性能で以て教示してくれましょう……!』


 ロベリアのコックピット内のモニターにはエネルギー充填率八割を越える数値が表示されていた。






 ◇ ◇ ◇


「いったああああぁいぃっ!?」

「うくっ……相変わらず乱暴なんだからっ……!」

「ギイイイィッ!」

「っ!? てぇいっ! た、確かっ……ルゥネさんっ? ユウ君のお嫁さんのっ! その傷っ、治したら協力してくれるっ!?」


 シキに突き飛ばされてきたルゥネを何とか受け止めると同時、背後から迫ってきたゾンビ兵に気付いたマナミはくるりと反転してジャンプキックを食らわせる。


 後衛職とて異世界人のステータスで蹴り上げられた顎は容易に砕け、首ごと何処かへ吹っ飛んでいった。


 提案を受けたルゥネはというと、へし折られてぶらんぶらんと揺れる腕に悶絶しており、脂汗を垂らしながら叫んでいる。


「ああああっ、変な汗が出てきて息が出来ないくらい痛いですわぁっ! そして正しくは后妃っ! 協力っ? ハッ、すると思うのなら好きにすればよろしいっ!」

「何だこのメスガキ!? お嬢っ、良いから気にせず治しちまえっ! シキの野郎が恩義も忘れる奴を娶る筈がねぇ!」


 そんな彼女らの横ではシキの冒険者時代の仲間だったリーフが大剣を手にゾンビ兵の群れを斬り伏せている。


 余程レベルを上げたのだろう。以前は多少腕が立つ程度だった彼にも幾分か余裕があるようだった。


「アンタもっ、ここはどうするべきかわかってるんだろ!? なら手を取ってくれ! 俺達の目的は『核』の排除とゼーアロット打倒だっ!」

「っ……旦那様もそう考えて私をこちらに寄越したのでしょうねっ……」


 【以心伝心】を使わずともシキの意図は理解出来る。ルゥネは苦々しい顔でマナミ達に頷いた。


「悔しいですがっ……仕方ありませんっ、早く再生の力を!」


 二つの勢力の共闘宣言。


 リーフはニヤリと笑って催促する。


「お嬢っ!」

「わかってるっ……て、ばぁっ!」

「「「ぎしゃあああああっ!」」」


 シキそっくりの暗器射出両足回転蹴りに大剣による橫薙ぎ、マジックバッグから取り出した両手杖での殴打。


 彼等を囲み、次々と襲い掛かっていたゾンビ兵はそれぞれの反撃に味方を巻き込んで吹き飛び、一瞬の隙を見せた。


 瞬間、あらぬ方向に向いていたルゥネの腕がバキバキと音を立てて元通りになり、義眼も修復され……ついでにライに斬り落とされた義手の部分からも()()の腕が生えてくる。


 シキが付けた顔の傷も、耳も胸も身の内から飛び出るように元の綺麗なものを再生、復元していく。


「今の私ならっ……戦いながらでも能力が使えるっ!」


 前衛さながら床を蹴って肉薄し、槍やハンマーのように杖を振り回すマナミの顔は今まで以上に据わっていた。


「っ!? 手も向けずにっ……それにこの効能っ……!」


 それはシキから得た情報以上の人物像と結果。


 スキルレベルに劣らず、精神的な面でも多大な成長があることを窺わせる。


 ルゥネは思わぬ結果に目を見開き、続けて瞑目すると「ならばぁっ!」と、直った義眼を躊躇なく指で抉り取った。

 

 機械仕掛けの眼球があった部分からブチブチと何かが千切れ、血が噴き出るが、大して意に介した様子も見せずに義眼を投げ捨て、代わりに二丁拳銃を取り出す。


「「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!」」

「ハッ……!」


 元人間としての意識すらないのか、しゃがれた声で呻くゾンビ兵二体が左右から飛び付いてきたのを鼻で笑い、両手をクロスさせて銃口を向け、発砲。


 技術向上によって威力の底上げと反動の減衰が成された拳銃の弾丸は動く屍の頭部を容易く消し飛ばした。


「あはっ、【起死回生】の主は旦那様が知る頃より成長していると見ましたわっ!」


 透明な魔力の粒と薄紫色のそれが飛び交い、久方ぶりに揃った双眸が辺りの敵を射貫く。


 ドパアァンッ……!


 音は一つ。されど放たれた弾丸は残りの十発全て。


「「「グギャッ!?」」」

「きゃっ!?」

「うおっ、ビックリしたぁっ!?」


 マナミとリーフが相手をしていた人型や魔物はおろか、貫通して届いた背後の者を含め、軽く十五体は見事にヘッドショットを決められて倒れる。


「旦那様の女ルゥネ=ミィバっ! ここに完・全・復・活っ……しましたわあああああっ!! あはははははっ!!!」


 拳銃からもドレスからも、全身から魔粒子を放出させ、その場で浮上し、踊るように舞うルゥネ。


 弾切れになれば弾倉を入れ換えるのではなく拳銃ごと捨て、ドレスの裾や隙間から新しいものを取り出す。


 そうして再びロックオンされたゾンビ兵は次々と頭部を撃ち抜かれていく。


「ひぇっ……こっわっ……つっよっ……!?」

「さ、流石はシキのっ……!」


 的と化しているゾンビ兵からしても、マナミらにしても、五体満足の彼女の存在は非常に恐ろしい。


 進もうとすれば撃たれ、避けようとしても撃たれ、属性魔法を顕現させようとしたら撃たれ……


 見もせず、移動もせず、白く華奢な腕だけを動かし、的確に敵の頭部だけを狙い撃つその姿は最早、動く気配そのものに反応して淡々と引き金を引く殺傷マシーンに他ならない。


 仮に味方を肉壁に近付こうとしても、ゾンビ兵は肉壁ごと撃ち抜かれている。


 他者の心を読み取り、同化し、深層心理まで覗くルゥネだからこそ可能な芸当。


「うふふふっ、ははははっ! 旦那様っ、旦那様ぁっ! これでもっと尽くせますっ、もっともっともっとっ……! 貢献して喜んでいただけるぅっ! あはははっ、死ねっ、死ねっ、死ね死ね死ねぃっ! さっさと跪きなさいなっ! 貴方達は世界の王と同じ空間に立っているのですよっ!?」


 恍惚とした表情のまま、あらゆる方向に火を噴いていた銃口はやがてゾンビ兵以外にも向けられ始める。


「ぎゃああっ!?」

「こ、こっちまで撃ってきやがった!」

「盾だ! 盾で防っ……がぁっ!?」


 標的となった連合兵もまた雑兵、聖騎士問わず周辺に沈む肉塊と同じ末路を辿らざるを得ない。


 あるいは手首を返し、あるいは半身で、あるいは浮いて、あるいは股下からでもドパンドパンと発砲する度、血が、頭蓋骨が、脳漿が飛び散って死体が増えていく。


 共闘を約束したからか、メサイア兵にこそ当てることはなかったが、マナミやライは見過ごせない。

 

「や、止めてっ! 何で人まで撃つのっ!?」

「何てことをっ……! 皆っ、防御陣形をっ! 女帝は危険過ぎるっ、ここは退け!」


 ある種、シキよりも冷酷でおぞましい判断と殲滅力だった。


 それぞれが上げた悲痛な声に対する反応もなく、ただ一秒から二秒置きに物言わぬ肉塊と血の海を形成させるだけ。


「アハハハハハハハハハッ!! さあっ、さあさあさあさあさあぁっ! 散りなさいっ、消えなさいっ、失せなさいッ! 我が帝国っ、我が王の威光を世界にいぃっ! 魔帝万っ歳ああいぃぃっ!!」

「うひぃっ、あ、あのアマっ、ガキのくせして何て目ぇしてやがるっ!? 完璧にイッちまってんじゃねぇかっ!」


 ルゥネの異常なテンションと半ば無差別な攻撃にリーフが青い顔で喚く。


 マナミもあまりに素早く的確なエイム、遂には耳元や脇を通る弾丸の変態的な軌道に「ひぃっ!?」とその場に伏せ出した。


「し、失敗したかもっ! 何なのこの子っ!?」


 そして、そんな最愛の心の叫びと辺りに撒かれていく弾丸の中でライは気付く。


「【起死回生】……わかっていましたが、思った以上に厄介ですねぇ。やはりここは私が……」


 それまで様子見に徹していた白髪の大男ゼーアロットの呟きに。


「っ……!?」


 目を細め、胡乱げに見つめる先に居るのは頭を庇って動けずに居るマナミ。


 ライが息を飲んで驚いた次の瞬間、大男は一歩前に出た。


 ゆっくりと、確実に。

 

 味方も殺られているが、だからこそルゥネの力は本物。それでなくても自分を追い詰めた相手だ。


「こっ、ここは……!」


 協力すべき。


 ライは苦虫を噛み潰したような顔で俯くと、聖剣を掲げて叫んだ。


「シキっ! 時間稼ぎはするっ! 早く終わらせてっ……来いっ!」

 

 ライからしてもしつこさを覚える因縁の二人と戦うシキの姿を横目に駆け出し、MFAで加速を付ける。


「はあああぁっ!」


 対するゼーアロットの反応は顕著も顕著。


「貴方様程度……私にどうこう出来ないとでも?」


 ルゥネの周辺、格納庫内全体とは対照的に静かで、鬱陶しげな視線と声に一瞬飲まれそうになり、気合いで耐えて獲物を振った。


 が、シキをしても受け止めきれない彼の聖剣はゼーアロットが放つ、虫を払うかのような手付きに軽く弾かれ、飛んでいってしまった。


「ぐあぁっ!? なっ……なっ……らぁっ!」


 その拍子に手の皮や肉が削られ、血が飛ぶのも気にせず両手を向ける。


「往生際の悪いお方です」


 ゼーアロットは呆れた様子で肩を竦め、眼前で生み出された電撃を甘んじて受け入れた。


 バチバチバチバチバチィッ……!


 いつになく強力で辺りに広がるような電気が空気中に流れ、けたたましい音を放つ。


「むっふぅっ……し、痺れ、るっ……!」


 言いながらも拳はライを貫くべく突き出されている。


 ライは跳び箱の要領でそれを躱し、そのまま縦回転して踵落としを繰り出した。


「あぐっ」


 何ともダメージの無さそうな気の抜けた反応に加え、今度は鈍い音と振動が響く。


 仰け反りすらしない。


「ぐ、ぅっ……!?」


 寧ろ攻撃した側が顔を歪めていた。


 顔面で受けた側は自身の額に当たっている金属製のブーツを見て笑っていた。


「言ったでしょう」


 再び伸びてくる手を緊急後退して避けた瞬間、ゼーアロットの横っ面に二つの弾丸が直撃する。


 ドパンッ、ドパンッ、ドパアアァンッ……!


 続けて四、六、八、十。オマケに強化ライフルのものまで数発。


「ふごっ!? はがっ!? おっ……ふぅっ!?」


 驚き悶絶し、逃れようとしこそすれ、大男の頬や額に目立った外傷は見当たらない。


「おおよそ人間とは思えない防御力ですわねっ!」

「お、お願いだからルゥネさんはそのままゼーアロットを狙ってて!」

「俺達はアンタの護衛に回るっ! 頼むからあの勇者を援護してくれ!」


 ルゥネの射撃は粗方片付け終わったからこそのもの。


 仲間の全滅とまるで歯が立たない敵を前にしているという現実に、ライは歯噛みし……


 大きく目を見開いた。


「ぜっちゃんっ! スーちゃんが居ることも忘れっ……ないでよねッ!」


 ガキイイィンッ……!


 と、まるで金属同士をぶつけたようなあり得ない音と共にゼーアロットの背後から現れたのは赤白の片手斧と赤髪の幼女スカーレット。


 首根っこ目掛けて振り下ろした斧ごと跳ね返る彼女だが、その顔には戦闘狂らしい笑みが貼り付けられている。


「き、君は上級騎士のっ!?」

「ほほっ、裏切り者ではっ……ありませんかっ!?」


 肉弾戦が可能な距離に居た三人は瞬時に視線を交わすと、一旦といった動きでバッと距離を取った。


「やはり決定打にっ……!」


 ルゥネ。


「欠けるっ、けど!」


 マナミ。


「お嬢に女帝っ、勇者まで居るとなりゃあっ……」


 リーフ。


「一時休戦といこう! 先ずは打倒ゼーアロットだっ!」


 ライ。


「やっぱり強いねっ、良いねっ、楽しいねぇっ!?」


 スカーレット。


 そしてその場に――


『――よいしょおおおぉっ!! やったっ、やっと壊せたーっ! 装甲厚くし過ぎなんだよもうっ!』


 先程のマナミの修復によって外に締め出されてしまったアカツキが格納庫の壁を破壊して飛び込んでくる。


「およっ!? リュウ兄ちゃん! スゴいっ、どうやったの!?」

『スキルなら幾らでもあるからね!』


 どうやらリュウは外の装甲に何とかしがみ付きながらレベリング中に取得した大量の魔物のスキルで侵入してきたらしい。


「ふぅむ……協・総力戦という訳ですか、小賢しい」


 数だけで言えば戦況は逆転していた。


 帝国兵もメサイア兵も、対ゼーアロット戦を恐れて互いを牽制するだけに留めている。


 仕切り直し。


 そうして見合う彼等の視界の端には衝突を繰り返す二人の男の影があった。




 ◇ ◇ ◇


「ステータスならああぁッ!」


 絶叫と。


「わかってんだよッ!」


 獲物同士が激突する。


 片や元異世界人で元勇者兼現アンデッド。


 片や元異世界人で勇者と対極の存在兼現魔族。


 死人故に脳のリミッターは解除されていて、自身の腕が千切れ掛けるほどに力任せな剣が魔導機械故に幾らでも力を込められる世界最高峰の義手とぶつかって火花と衝撃を散らす。


「シャアアアアッ!」

「があああああッ!」


 あまりの威力に両者の身体ごと弾かれた直後、ほぼ同時に魔粒子を出して背中を押し出して減速。イサムは振り上げたライフルの銃口を向けて発砲し、シキはそれを手甲で防ぎながら前進を継続したのち、暗器の飛び出した義足で薙いだ。


「ぐっ、がっ……おおおぉっ!」


 ミシミシ、バキバキと防いだ刀身ではなく、持ち手やイサムの腕から軋むような音と骨が砕ける音がシキの耳に届く。


 瞬時に挟まれた剣は健在。


 (魔剣か……!)


 異様な硬度を冷静に見極め、しかし、ここは押し切ると魔粒子による推進力で義足を押すが、向こうも負けじと同じ方法で鍔迫り合いに持ってきた。


 シキとは違い、生身で腐った肉体。当然、現在進行形で生々しく痛々しい音色を奏でているものの、鑪を踏んで踏ん張るだけでやはり痛がるような素振りは見せない。


「お、重くなってる分遅い、がぁっ……!」

「そういうテメェはっ、ゾンビ化の影響で痛覚がないようだなァッ!?」


 軽量化を図っているとはいえ、義手やMFA、その他スラスターに防具を含めれば総重量は五百キロを越える。


 更にはシキの膂力まで乗っている蹴りを片手で防ぐともなれば如何な元勇者でもただでは済まない。


 されど、互いを分析しつつも腕に込める力は緩めず。


 (魔剣なら何かしらのっ……!)


 シキが義眼でそう睨んだ次の瞬間、件の魔剣から生命力の塊が飛び出てくる光景を捉えた。


「っ!?」


 浮いていたもう片方の義足で空を蹴ることで敢えてバランスを崩し、不気味なまでに黒く見えるそれを頭上ギリギリで躱す。


 その影のようなものは魔導砲とよく似たエネルギー波に見えた。


 加えて言えば……


「今テメェの身体から急速に移動したなっ……!?」


 そういう風にも見えた。


「それがっ、どうっ、したぁっ!?」


 弾切れのライフルを殴打武器に見立て、二刀流の要領で猛然と襲い掛かるイサムを、義手で逆立ちしたまま両の義足で対処し、一段と強い一撃を機に身体を吹っ飛ばさせてくるりと一回転。再び空中を蹴って後ろに強く跳ぶ。


「持ち主のHPをっ、寿命か何かを増大して放つ魔剣かっ! 面白いッ!」

「タネが割れたところでっ!」


 こっちが《縮地》持ちなら敵も同じ。


 瞬き出来る程度の時間で目の前まで一気に距離を詰め、魔剣を縦一閃に振る……


 ように見せ掛けて、またどす黒い影を放ってきた。


 どうやら形状を変えられるらしく、嫌味なほどに鋭い刃状になっている。


「そんな諸刃の剣っ、いつまで続くかっ……見物だってんだよっ!」


 少なくとも受けて良いことはないと半身になって避け、その流れに沿って爪を突き出す。


 超硬度を誇るヴォルケニスの床材が削れる音を背に、フェンシングさながらに伸ばした三つの刀身は予想外にも勢い良く空を切った。


 (なっ、予備動作はっ……!? 魔力だって!)


 感じられなかった。


 何かに仰け反ったように、ほんの少しだけ後退したように思えた。


「っ……そうかっ、質量もっ!」


 回避と反撃を予想し、攻撃と同時に例の影に重さを持たせて避けたと気付き、その応用力と魔剣の特性に驚く。


「そのっ……まさかだよッ!」


 縦がダメなら橫。


 恐らくそのような発想で、イサムは独楽のように橫回転した。


 乱雑な剣を幾度となく繰り出してきた剣士とは思えない足捌きにスラスターの加速を乗せての回転斬り。


 (っ、直撃コースッ……殺られるっ……!?)


 《直感》が〝死〟の警鐘を鳴らし、背筋に冷たいものが走る。


 確実に首が落とされる軌道と速度、パワー。


 誘われた為、義手や手甲による防御は間に合わない。

 

 ここは手の内を晒してでも。


 反射的に動いたシキの身体はノアと対峙した時同様、凄まじい轟音と共に瞬間移動した。


「うっ、ぐううぅっ……!!?」

「な、にぃっ!?」


 やはりこんな狭い空間では……


 と、心底驚いたような、すっとんきょうな声を上げたイサムを()()()()()()()思った。


「っ、がはっ! ごぼっ……!?」


 カシュンッと背中から薬莢が放り出され、吐血する。


「血っ!? それに今のはっ……」


 天井にぶつかった訳でもないのに血を吐いた。


 その事実と落ちていった(から)のそれらはイサムを新武装の解明に導くのは容易だったらしい。


「ハッ……その反動っ、わかったぞっ!」


 鼻高々に笑い、魔剣を向けてくる。


「炸薬による強制的な移動ッ! お前っ、魔力以上の力で無理やり身体を押し出したなっ!?」


 大正解。


 最大の武器だった速度を失った分、ライの光の翼、ゼーアロットの凶悪なステータスを出し抜くことは不可能になった。


 ならば技術力で。


 全身に積んだルゥネお手製の兵器で。


 そのような発想から特別に改造されたシキのMFAには大量の炸薬が埋め込まれている。


 文字通り爆発的かつ瞬間的な加速力で勝負を付ける武装。


 イサムのことを強く攻められない諸刃の剣。


 制御の難しさや反動は言葉に言い表せない。現に振り回されており、少なくないダメージを負っている。


 しかし。


「クッ……ハッ……! 同じ言葉を返すっ! それがどうしたっ! タネが割れたところでっ……!」


 重力に引かれて落ちゆく中、ニタァと笑って赤く染まった歯をこれでもかと見せ、そして、向けられた刃に返すように義手と爪を構える。


「小物風情にゃどうすることも出来やしねぇッ!」

「はははっ、僕は玩具をいっぱい持ってるんだぞってっ!? はいはい凄いね可愛いねっ、良いから黙って僕に殺されろよ世界の悪っ、偽善者ぁッ!」


 二体の物の怪の醜く激しい争いは未だ終わらない。


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