第268話 集結
相変わらず切り方がわからぬ……(´・ω・`; )
ガキンガキンと刃が交差し、甲高い音が幾度となく轟く。
「ちぃっ……その義肢もかっ……!」
ドレスやヒールだけに飽き足らず、義手に至るまで魔粒子を吐き出す優れもの。
ライは立て直しも攻撃速度も早い相手に苛立った様子で毒づいた。
「貴方のそれも旦那様の鎧もっ……元を辿れば私のドレスということを刻み込んで差し上げますわッ!」
まるで舞いでもするかのように空中でくるくると回転し、都度ドレス、義手、装甲型の小型スラスターで加減速と体勢を調整、果ては急停止までして見せていたルゥネは右、左とヒールから飛び出した暗器を使って蹴りを繰り出し、聖剣で弾かれて後退する。
同時に、両者は互いの背後、真横に向けて白い翼の羽根、二丁拳銃の弾丸を撒いた。
「邪魔をっ……するな!」
「流石にっ……鬱陶しいっ!」
尚も侵入と突撃を止めないゾンビの数体が消滅し、頭部が爆ぜ、それでもそれらの残骸を踏み潰して進撃してくる。
気付けば格納庫全体でも連合兵、帝国兵も両陣営の攻撃に専念する者、ゾンビの迎撃に追われる者で分かれていた。
「ぐうぅっ、こ、これでは転移魔法に集中出来ぬ! 盾役など担えんぞ!」
「聖騎士は浄化で手一杯の模様っ!」
「こちらも銃持ちは薄汚い死人共の対応に回せ!」
「向こうがやっているように障害物を盾にするんだ!」
「おいおいっ……人が折角楽しんでるとこにっ……」
「邪魔立てっても楽しいなぁ!? 見ろっ、混戦だぜこりゃあ!?」
「ぎゃあああっ!? いでぇっ!?」
「あ。悪いっ、ゾンビと見間違えて撃っちまったわ! がはははっ!」
そうせざるを得ない切羽詰まった状況に焦る連合兵、それすら愉しんで見せる帝国兵と差はあれど、戦況は均衡する。
「ふーっ……やはりこうなる、か」
「敵母艦攻略に漕ぎ着けたのが旦那様の遊撃部隊だけで……本来、突撃部隊だった『名無し』とココ達が護衛に回ってもこの有り様……人員も技術もまるで追い付いてませんわね」
魔力回復薬を飲み捨て、弾切れのそれを投げ捨て、補充を終えた二人が再び走り出し……ぶつかり出した。
ライは聖剣単体、ルゥネはシキに渡したものと同型の大鎌。
闘志と殺意、乗っているものは別でも両者の命を刈り取るに易いそれらの鋭利な刀身が振られる。
「君はっ……ユウの奥さんだろっ、あいつに言われたからこんなことをするのか!?」
「うふふっ、妻である前に帝国人ですっ! 女である前に帝国人ですっ! 帝国の歴史は血と泥にまみれた戦争の歴史ィッ!!」
大鎌の刃先にある極小の刃がチェーンソーのように回転し、凄まじい振動と破壊力を生み出す。
が、ライの方も勇者らしい膂力……単純な腕力だけで耐え、周囲や自分に飛び散る火花に顔を歪めながら聖剣を振り返した。
「はっ……シキだのユウだのっ……呼称が安定しないのは迷いのある証拠でしょうっ!」
「迷いだって……!?」
大鎌が弾かれ飛んでいき、ルゥネの身体も吹き飛ばされ……否、スカートやドレスから噴出した魔力の粒がその場に留まらせる。
そして、空中で押し倒されたような格好のまま取り出したのは二丁の強化ライフル。
乾いた発砲音が響き、今度はライの身体が床を滑るようにして後退した。
その距離、約四メートル。
防がれた、ノーダメージ、《縮地》で来る。
【以心伝心】でライの行動を読み取ったルゥネは瞬時に思考を駆け巡らせると着地のタイミングでライフルを手放し、代わりに挨拶でもするかのうにスカートを持ち上げた。
カランカランカランッ……と、安全ピンの抜かれた大量の手榴弾が落ち広がる。
「っ!? しまっ……!?」
「「「ガアアアアァァッ……!」」」
肉薄した勇者はそのまま跳ねて離れるルゥネと床に散らばった爆発物、そこに殺到したゾンビの肉壁のせいで逃げ場を失ったことに気付き、顔色をサッと青ざめさせた。
「旦那様は旦那様ですわ。それ以上でもそれ以下でも……っ!?」
言っていて爆発しないことに気付く。
しかし、ライの姿はゾンビ達の肉体に埋もれていて見えない。
次の瞬間、その中から《光魔法》の高エネルギー体が全方位に放たれ、最低でも三十体は居た屍の群れが一瞬にして消え去った。
「「「「「ギャアアアアアアアッ!?」」」」」
まさに断末魔。
その上、光が収まった時、そこにライは居ない。
「っ、何がっ……?」
眩い光に目をやられ、それでも腰のホルスターから出した拳銃を向ける。
「後ろだ、女帝」
友人にして、今回の敵の妹を彷彿とさせる冷淡で無機質な声が背後から聞こえた。
「っ!?」
振り向くよりも前に手首を返して引き金を引くが、手応えはない。
代わりに重苦しい衝撃が腕を襲った。
「先ずはその厄介な義手を斬り落とさせてもらった」
言われた通り、義手の感覚は消えている。
ならばと生身の声と心の声を頼りに再び銃口の向きを変え、発砲。
「なっ!? 当たらないっ!?」
確実に居た筈の位置に撃ったのに何の反応もない。
つまりは不発。外した。
その事実に思わず叫び、目を目開く。
ぼんやりとした視界の中、ルゥネは聖剣の刀身……ではなく、持ち手の角が自分の腕目掛けて降りてくるのを確認した。
「あぐうぅっ……!?」
「君の戦闘スタイルは腕に依存している。大丈夫、折っただけだ。直ぐ治る」
肩と肘、両方に素早く当て身された。
骨が砕け散る音が体内に鳴り響き、熱すら覚える激痛に冷や汗が止まらない。
「だと……してもッ!」
向こうが攻撃出来る距離に居るのなら。
肘から先が無くなった義手、だらんとずり落ちた右腕に代わり、シキの爪と同じ素材で作った特別製の隠しナイフを靴底から射出。突き刺すつもりで再び蹴りを繰り出す。
が、渾身の攻撃すら虚しく空を切った。
「な、ぜっ……!?」
「……? あぁ……その義眼か。それも邪魔だな……」
相手は相手で完全な見当違いを始める。
(魔眼でも追えないっ!? 生命反応もっ……一体、どんな手品で……!?)
そう驚いた直後、義眼から送られてきていた擬似的な視界も断ち切られた。
ご丁寧に瞼や目元が傷付かないよう、義眼だけを的確に斬られている。
「《限界超越》……これで俺は五倍の強さになった。もう君じゃ相手にならない」
淡々と告げるライの声は四方から聞こえてきていた。
脳裏をスキルレベルによって倍率が変わるという知識が過るが、この場では意味のない情報だとシキ同様の冷静な部分が切り捨てる。
(単純に周囲を動き回って私の知覚能力を上回ったと言うんですの……!?)
言われて初めて霞む視界の違和感に気付いた。
一瞬だが、確かに黒い影が視界の端を掠める時がある。
人と同じ大きさ。
時折、聖剣や連合製のMFAらしき一部が周りの戦闘で発生した火花や魔法の光を反射して煌めいている。
金と白が混ざったような色の魔力の粒が残像が如く留まり、そこを通ったであろうこと……たったそれだけの事実が辛うじてわかる。
再度、冷静な部分が囁いた。
成る程、シキが勝てない……やられる筈だ、と。
「戦闘センスも魔法の適性も才能もっ……ステータスですらだなんてっ……これが連合の『最強』っ!?」
魔粒子装備の性能はほぼ同じ。見た限り、機動性や継戦能力のどちらに重きを置いているだけかの違いに思えた。
強いて言えば素材の質で分配はある。魔粒子の扱いもシキの方が若干上だろう。
しかし。
他が桁違い。
純粋な速度でも力でも圧倒的。
属性魔法に至っては属性も使える魔法の種類も豊富。
近接戦闘の才能もシキを凌駕している。
勝っている部分が装備と魔粒子操作しかないのだ。
ともなれば。
勝てる道理はない。
何故なら自分もまた同じ部分しか秀でていない。
幾ら思考を読んで先読みしても、そもそもの行動速度が違う。
武器の扱いはおろか、目や手足の行動……身体運びや足さばき、距離の詰め方や回避の仕方等々、それら一つ一つが恐ろしく早く、恐ろしく正確。全てが全て次に繋がっている上、全く無駄がなく、隙も生まれない。
心底から納得してしまった。
「君を人質にし……この戦争を終わらせるッ……!」
諦念にも似た感情を覚えた途端、自らに真っ直ぐ迫るライの姿を片方しかない視界が捉えた。
無表情。
凍てついた機械のような顔。
メイとそっくりな端正な顔つきを認めつつも、何処か壊れている……否、何処かシキに似ているとルゥネは思った。
(申し訳ありませんっ、旦那様っ……!)
調子に乗って迎撃に出てきてしまった後悔に苛まれ、目を瞑った次の瞬間。
「ルゥネぇえええぇっ!!」
「おっと……これ以上のおいたはいただけませんねぇ」
二つの対称的な声がルゥネの耳に届いた。
◇ ◇ ◇
間に合わなかった。
かのように思えた。
魔力を全て使い果たすつもりで加速を続け、腕を上げることも儘ならない速度でヴォルケニスの横っ腹にあった穴に突入した俺の視界に入ってきたのはルゥネがライにやられる寸前の光景。
群がっていたゾンビ共が俺の体当たりで肉片状に散らばる中、峰打ちでもするつもりだったのか、聖剣の腹がゆっくりと振り下ろされていく。
ルゥネもライも俺の到着には気付いていない。
不味い。
やられる。
そう歯噛みしてから、もう一人の人間に気付いた。
「おや?」
向こうも俺を捉えた。
何とも特徴的な巨体と顔がこっちに向いたのがわかった。
そして更に、それと同時に。
奴はその手でライの首に手刀を落としていた。
「ぐがっ……!?」
「っ……だ、旦那様っ!? はっ!?」
クソッタレ勇者が糸の切れた人形のようにばたりと倒れ、その目の前に居たルゥネが驚く。
遅れて、ルゥネの奴もライを下した存在に気付いたようだった。
「これはこれはお揃いで。久しい限りですねぇ」
何で気付くのが遅れたのか、自分でも不思議なくらい眩い。
そいつは今一番会いたくない存在で。
今一番居場所が気になっていた男。
「ゼーアロットっ……!!」
「敬称くらい付けてほしいものですっ……およよっ……! 皆々様には知る由もないでしょうが、これでも私、軽く千年以上は生きているのですよっ!?」
爪を射出し、紅の刀剣を抜き、最大の警戒を向けた俺に対し、身長二メートル以上の筋肉ダルマ野郎は両手で顔を覆い、大袈裟な仕草で泣き真似をして見せた。
余裕も余裕。
今日も絶好調って感じのふざけた態度だ。
「旦那様ぁっ!」
「っ、無事かっ」
ルゥネがダッシュで俺の元へ駆け付け、抱き付いてくる。
こいつが居たのはライの目と鼻の先。奴にすれば確実に殺れた距離。
「何でルゥネを見逃したっ……何が目的だっ!」
困惑と苛立ちが俺の声を荒立たせる。
今の動きは敢えてに見えた。
わざと。
何かしらの目的の為に見逃したような。
いや、ジル様クラスの魔力と生命力の塊だ。眩し過ぎて正確性には欠けるが……
「ルゥネっ」
「あぁんっ、旦那様見てくださいましっ、両腕ともあの気持ち悪い勇者にやられてしまいましたわぁっ」
「ふざけてる場合かっ、奴と俺を繋げっ!」
「無理だからふざけてるんですっ、何の能力かわかりませんが全然読めないっ! リンクを拒絶されてます!」
笑うしかないのと同様に、ふざけるしかない未知の事態だったらしい。
珍しく上擦った声で報告してきた。
無駄に跳び跳ね、無駄に一つしかない胸を擦り付けてきて、声やら行動やらが目に付く。
【以心伝心】を介さなくても、ルゥネが抱く焦りと恐怖、混乱等、色んな良くない感情が伝わってくる。
「落ち着けっ、お前は取り敢えず戦線の方に集中っ! 外の様子を知らないのかっ、数の差で押され気味だったぞっ!」
「し、承知ですわっ!」
「【狷介固陋】……ただ頭を固くする厄介な固有スキルだと思っていましたが、意外や意外……特定の能力をはね除ける力があったようですねぇ」
口振りからして、ゼーアロットの方も意図してなかったようだ。
「うっ……う、ぐっ……ぜ、ゼーア……ロットっ……シ、キ……ぃ……!」
嬉しくないことにライの奴も生きていやがる。
それでも致命傷に近いのか、その場に這いつくばっているだけで立ち上がりもしない。
「ふぅむ……まだ介入してきませんか。いっそ殺して差し上げましょうか?」
「ぐあぁっ……!?」
ゼーアロットが何やら不穏なことを呟きながらライの首を掴み、乱雑に持ち上げたその時だった。
「ユウ君っ!! っ!? 何っ!? ライ君がやられたの!?」
何処からか移動してきたらしいマナミが俺の背後に現れ、脇から中を覗いたのは。
その更に後ろからは何とも聞き馴染みのある声が続く。
「お嬢っ、焦りは禁物だぜっ……っと、よぉシキっ、久しぶりだな!」
「はっ? そ、その声っ……リーフかっ!? お前っ、生きてっ……!?」
驚き喜ぶ俺をよそに、今度は頼もしい仲間達の気配が近付いてくるのを感知した。
「もーっ、速いってばっ! その装備スーちゃんもほしーいっ!」
『っ……凄い速度で戻ったのが見えたから追ってきたけど……何この状況っ?』
量産型MFAで飛んできたスカーレットに、アカツキに乗ったリュウ。
そして、最後に……
「きひっ、きひひひっ! 見つけたぞっ! 『黒夜叉』ァッ!」
「今度こそぶっ殺すッ!」
しつこくも、またやってきた外のゾンビ共の中から聞こえてくるずっこけコンビの声。
「何なんだっ、次から次へと……!」
恐ろしいやら嬉しいやらウザったいやら頼もしいやらくどいやら。
声の方に振り向きながら感情が追い付かないと吐き捨て、「危ないですわっ!」と忠告してきたルゥネを抱えてその場から離れる。
直後にゾンビと化した白仮面野郎としぶとく生き残っていたゾンビ早瀬が放ったグレネードが飛来。一番外側に居たリュウが咄嗟にアカツキの手を突っ込ませて皆を押し出し、直ぐに退避した。
『っ!? 皆、早く中へっ!』
「きゃあっ!?」
「お嬢っ!」
「うわあぁっ!?」
ただでさえ大きかった穴周辺は激しく爆散。
より大きな空洞となり、発生した爆風によってその場の全員が吹き飛ばされてしまう。
「っ……マナミっ、早く直せ!」
「わかってるよっ!」
ヴォルケニスを沈めかねない大穴に、くるくると回転途中の俺が急かすよりも前に修復が始まっていた。
しかし。
「お前ぇっ!! お前のせいで僕は魔物なんかになったんだぞッ!?」
「……俺の方が先輩だぞ、なんかはねぇだろ」
あっという間に生え塞がっていく中、完全に閉じる直前、奴等はギリギリで飛び込んできた。
「遅いんだよっ!」
「無茶言わないでっ! っ……ライ君っ!」
俺は思わず怒鳴り付け、思わず返してきたマナミは未だライの首を握り締めているゼーアロットの方に手を翳す。
「くっ! 助かったっ、よく来てくれたっ、マナミ!」
穴同様、クソッタレ勇者のダメージも瞬く間に完全修復を終えた。
治ると同時、ライもライで固有スキルで電気に変化させた手をゼーアロットにぶつけて後退する。
「ふごっ……!? ハッ…………おやおや、おやおやおやおや……騒がしいですねぇ」
音からして大量放電していた電撃を顔面で受けたくせに、かの大男は全く動じてなかった。
それどころか鼻で笑い、感心するように呟く始末。
奴が来た。
あのライが一撃でやられた。
ルゥネは助けられた。
マナミも合流した。
リーフが生きていた。
スカーレットやリュウが来てくれた。
ストーカー共まで湧いてきた。
「何はどうあれ……」
言いながら着地し、魔力回復薬を一気に呷る。
俺の感情は抜きにして纏めりゃ、事実は一つだ。
全勢力の特級戦力の集結。
それも、こっちの旗艦内に……この広いとも狭いとも言える格納庫内に。
俺は勿論、ルゥネも恐らく同じ気持ちだろう。
何せ、俺達も向こうも本気で動けばヴォルケニスが墜ちる。
背中に変な汗がだらだら垂れてくる嫌な感じだ。
胃や心臓がキュッとなるような、寿命が縮むような。
だからこそ。
「この状況……」
「ど、どう切り抜けましょう……?」
俺達は苦々しく顔を歪める他なかった。




