第265話 メイVS【変幻自在】
くうぅっ……一話で終わらせられなかったッ……(*`Д´*)
「きひっ、いひひひひっ! ミサキちゃんが死んじゃったですぅ! すっごく怖がって、すっごく後悔してっ……あはははははは!」
シズカは気が触れたように笑っていた。
「良い気味っ! 黒どっ……ううん、シキさんが速いせいで私の絶望を直接味わわせることは出来なかったけど……後少しっ……後少しで戦場の皆に同じ苦痛を与えられるっ……あはっ、後少しですぅ……!」
両手で自らの顔を掴み、真下に引き延ばし……目から大粒の涙を流しながら、口元には隠しきれない歓喜の笑み。
明らかに狂人のそれとわかる笑い声がブリッジ中に響いたことで、ジョンを含めたディルフィンの船員達は何処か遠い目をしながら呟き、外の激しい戦闘に目を向ける。
「おっほぉ、怖いですぞ怖いですぞぉ……?」
「目がイッちまってやがる」
「固有スキルだかなんだか知らんけど、シキの野郎は何をやらかしたんだ?」
「……何かを察知して笑ってるっぽいね」
シキら突撃部隊を降下させた後、主力艦隊に合流した彼等は艦隊に群がるゾンビ軍団の露払いと牽制に徹していた。
所持者を介する必要があるとはいえ、位置関係によっては敵の思考すらも読み取れる究極の意思伝達能力がルゥネの【以心伝心】。
艦や航空部隊、更には役職持ちに何かしらの担当等々、一人一人に正確無比かつ少しのタイムラグも無しに全く別の指示をも共有していた司令塔の突然の失踪はやはり大きく、若干だが混乱が生じた。
事実として、客観的にわかるほど主力艦隊側の被弾率は跳ね上がり、対空砲火、弾幕にまで影響が出ている。
ジョンらはそれを埋めるべく動いた。
高速巡洋艦であるディルフィンの強味は連合の巡洋艦を容易く上回る推進力。
戦場を素早く横断し、飛び回り、大量に用意した大筒と機銃で連合艦隊、ニュー・オーダーの二軍を邪魔する。
無論、メイン火力は主力艦隊に劣る。が、当たりどころによっては艦を沈めること可能。ともすれば連合側は無視が出来ない。
その為、かなりの頻度で狙い撃ちされており、何なら既に何度か被弾済みだった。
「そこの二隻を抜きつつ、高度上げっ! 両側っ、大筒の発射準備ですぞ!」
『通達! 大筒班っ、タイミングを合わせろ! 待てよっ、まだだ!』
艦長の命を受け、×字の背面スラスターが一際強く輝いて加速する。
同時に、船腹の両横から地球で言う大砲が数門ずつ出現。
オペレーターはそれぞれの担当に待ったを掛けてジョンの方を見やった。
「まだまだ……! …………今ですぞぉッ!」
『撃てえええぇぇっ!!』
ズドンズドォンッ……! と重苦しい砲撃音と揺れの後、一瞬でも挟まれていた二隻の敵艦から煙が上がる。
元来の灰色に黒い角のような装飾が付けられた魔帝専用艦はそのまま加速上昇していく。
先の二隻は沈みこそしなかったものの、それが逆に連合艦隊を迷わせた。
高度も変えず、ただ浮遊しているだけのそれらは謂わば盾。
シキの十八番である、味方への誤射狙いや躊躇を誘う戦法で他の艦を黙らせたジョンらは包囲網からの脱出と船体に取り付きつつあったゾンビ集団の振り切りを並行完遂した。
そうして戦場を見下ろせる位置まで高度を上げればオークにしか見えない元日本人の口から安堵の息が漏れる。
「ぶ、ぶひいぃ……一先ずはこれで凌げるんですぞぉ……」
「でも艦長さんよぉ、この高度じゃ俺達の方も全然狙えねぇぞ?」
「無理に墜とそうとする必要はないですぞ。あくまで小生らの目的は戦場の撹乱と囮。牽制するだけだから適当に撃ち続けてほしいと艦内通信よろしくなんですぞ」
「ほーん……あいよ」
それよりも……と、彼が視線を向けたのは先刻光の翼を羽ばたかせた何者かが降り立ったヴォルケニスと幾重もの稲妻が走り続けているメイらの空域。
敵母艦の損害状況は望遠モニターでも確認出来る。シキが有利に事を進めているのも知っている。
が、ルゥネの意識共有リンクが途切れ、僅かな動揺が出た主力艦隊の援護に回っている間、ヴォルケニスは完全沈黙。視界の端には荒れ狂うような稲光が幾度となく走っていた。
「ルゥネ氏……単騎でイナミ氏の迎撃は危ういですぞ……実に由々しき事態なんですぞ……!」
そんな懸念を持ちこそすれ、ヴォルケニスからの状況報告通信は途絶えている。
艦砲射撃や対空砲火は健在。変わらず艦隊戦を続けているし、何隻かを撃墜までしている。
「きひひひひひひっ! あひっ、あはぁっ……! こ、声を聞く限り……ゾンビや連合兵に乗り込まれたみたいですぅ」
それまで狂ったように笑い続けていたシズカがぴたりと笑うのを止め、かと思えば何処かひきつった顔で情報を伝えてきた。
【多情多感】でヴォルケニスの状況を把握していたらしい。
「っ、か、艦内で……通信の余裕が失くなる訳ですぞ……」
一度納得してしまえば今度は別の問題に意識が向く。
激しい戦闘が窺える稲妻の嵐。
光っては消え、走っては消え、凄まじい轟音を轟かせている。
もうかれこれ三十分近くも延々と。
それはつまりメイと同等、もしくは苦戦させるほどの相手ということ。
新生魔帝軍『最強』のメイを抑えられる特級戦力など、【変幻自在】の主以外に居ないとジョンは確信していた。
聖騎士や連合兵、アンダーゴーレム相手ならもう少し間が空く。放電の間が。
にも拘わらず、止めどなく攻撃を繰り返している。
逆説的に、そうせざるを得ない、そうしなければやられてしまう『最強』クラスだとわかる。
日本からの知己……クラスメートであり、同期の召喚仲間。
後者の括りで言えばメイもまた同じ。
「彼女には小生みたいな陰の気配を感じていたんですぞ……小生にシキ……黒堂氏やメイ氏の同郷殺しを止められる力があれば……」
殺らねば殺られる立場にある二人とそれを見ることしか出来ないジョン。
オペレーター達はうっすらとその苦悩を察し、シズカは再び「いひっ、か、悲しいですぅっ、嫌な感覚ですぅっ……!」と笑い出すのだった。
◇ ◇ ◇
所変わって件の空域。
右手に短杖を持ち、左手から稲妻を発生させていたメイの前にはいつの日か激戦を繰り広げた金色の機体が浮遊していた。
「お、驚いた……アンダーゴーレムまで……!」
思わず目を見開いて驚く。
『そうっ! これが私の【変幻自在】っ! 何にでもなれる最強の固有スキルっ!』
特徴的な大型スラスターで急加速突撃を仕掛けてきたその巨人は姿形、大きさ、ロベリアの声に至るまで完全再現している。
撫子変身時に持っていた刀同様、魔銃といった武器まで生み出している点だけ見れば確かに最強の名に恥じないだろう。
しかし、それを撃つのではなく……厳密には撃つふりをして振り回してきたことに、メイは一筋の光を見出だした。
「っ……成る程ねっ……! 少しわかったよ、アンタの能力!」
全力とて、ただ後退しているだけなのにまるで追い付く気配の無い速度。
本物のロベリアとは比べるまでもない。
「遅いっ、遅い遅い遅いっ! 撫子さんの時の方がスキルがある分、まだ厄介だった!」
『ぐうぅっっ……!? だ、だったら!』
後ろに下がりつつの稲妻攻撃を続々と受けたニセ金機体は今度こそ魔銃を構え、発砲した。
が、やはり本物とは違う。
街一つ、国一つ消滅させることが出来る『核』と同等の筈の魔銃のビームは誰がどう見ても細く、弱々しかった。
「はっ、こんな中途半端の能力の何処が最強だってっ!?」
反復横飛びでもするように空を蹴って真横に飛んで避けるメイ。つまりはその程度の速度と威力。
「この距離……! 本物なら避けられなかったよっ! 本物ならあまりの威力に魔障壁が反応した! それで強制的に弾き飛ばされてたっ!」
『だから何よっ!』
メイの指摘を証明するが如く、ロベリアの偽物は本物なら絶対にしないであろう行動をとった。
魔銃の投擲。
空中で野球選手のように振りかぶって思い切り。
「今度は予想外の行動で虚を突く作戦!? そんなのっ……!」
後退からの逆噴射。
逆噴射からの急加速。
メイは迫る巨大銃を前進しながら躱すと、ゼロ距離で偽ロベリアの顔面に雷撃をお見舞いした。
『はぎぃやあああぁっ!?』
半ば投げ掛けていた二丁目が落ちていき、滞空していたメイが「もうっ、一っ……撃ぃっ!」と吼え、突き出した杖と手から八つの稲妻が同時発生。直撃を受けた金色の機体は悲鳴を上げながら光を帯び、やがて縮小していく。
見れば二丁の魔銃もまた同じ輝きと共に消失していっている。
「一度目にした人物や物になら何にでもなれる最強の能力……? 違うね、【変幻自在】の本質はなりたい存在の造形コピー。さっきの突撃やビームを見るに、元の自分とあまりにかけ離れたエネルギーは再現出来ないとか……そういう制約みたいなのがあるんでしょっ?」
人間サイズまで縮んだ光人間は一瞬元の人物らしき地味めの少女を象ったが、直ぐ様撫子の姿に再変身した。
「うっ、うぅっ……!」
撫子の顔を歪め、撫子の声で呻き、撫子の手で顔を押さえながら、撫子の瞳で鋭く睨んでくる。
確かにその姿は撫子以外の何者でもない。
だからこそ。
メイには仕草や反応、声のトーン等……本物との違いが際立って見えた。
「ユウ兄が見たら何て言うだろうね。……外面だけ真似られても中身が伴ってないんじゃ宝の持ち腐れ……いや、二番煎じも良いとこだな……かな?」
吐き捨てるような言い方が癪に障ったのか、ニセ撫子は刹那の速度で迫り、神速抜刀術を披露。咄嗟にガードした左のガントレットを【一刀両断】して見せた。
「ふ、ふふふっ……! これならどうっ!? ステータスもスキルもっ、固有スキルまで完璧でしょ! 真似事じゃないっ、私は本物と変わらない!」
隙有りと思ったのだろう。
ニセ撫子は本物なら決してしない踵落としを披露。反対にメイは『風』の属性魔法でクッションを生み出し、寸前での防御に成功。が、衝撃までは殺し切れず、錐揉み回転しながら墜ちていく。
「ん、くっ……!? 今、のはっ……!」
ミサキの足技だった。
見れば上半身は撫子のまま、下半身はミサキのものになっている。
「ま、まさかっ……」
驚くメイの視界からニセ撫子の姿が消える。
「そのっ……まさかだよっ!」
「っ!?」
背後を取られた。
焦りに身を任せ、周囲に雷撃を撒くが、直撃の様子はない。
「これは聖騎士レーセンの足と能力っ!」
次に現れた時、ニセ撫子の左足は別のものになっていた。
長さも大きさも明らかに女性のものではなく、服も修道服の一部を切り取ったようなものに。
また、本人の発言通りならスキル頭痛という概念を取り払う特殊な固有スキルを持った肉体まで再現している。
それを証明するように、上半身だけ撫子の偽者は《空歩》と《縮地》、【縦横無尽】、レーセンの【不羈奔放】で四方を飛び回って見せた。
流石に別の人間の下半身では神速抜刀術を再現出来ないらしく、蹴り技主体の戦闘スタイルに切り替わる。
突然のスイッチに対応出来なかったメイは下からの回転回し蹴りを顎に受け、身体ごと跳ね上がった。
「ぐがっ!? あ、ぐぅ!?」
続け様に【一刀両断】の乗った刀で突かれ、軽くなった左腕を貫かれる。
能力は運良く衣服で効果は消えてくれたが、代わりに刀身は肉と骨を貫通して反対側まで突き出ている。
激痛に顔を歪めた刹那、偽者はメイの腹部に蹴りを食らわせ、その弾みで消えた。
ズダダダダダダッ! と空中を蹴って高速移動する音だけが辺りに響く。
数人分のスキルとステータスを併せ持ち、それらを無尽蔵に使う者。
それこそが私だと訴えるような怒涛のドラム音はやがて消え、最早完全に見失って警戒だけに留めていたメイの身体は気付いた時、一瞬で『く』の字に曲がっていた。
「ごはぁっ……!?」
撫子とレーセンのスキルで神速の加速を続け、攻撃の瞬間にミサキに変身しての突き蹴り。
メイは自分の肋骨がへし折れる音を聞きながら激しく吐血した。
視界が明滅し、酸素が尽き、それでも腹に突き刺さっている足を掴み、杖から放電して反撃する。
が、今度はトカゲの【雲散霧消】で霧のように消えてしまった。
「ぐぅっ……な、な……らっ……!」
逃げる他ない。
反撃の糸口を見つけなければ。
せめて一呼吸の間だけでも。
そんな思いでその場から飛び退き、急降下する。
「逃がすか!」
頭上から声と気配が降ってきていたが、追い付かれることはなかった。
両者は重力でどんどん加速していっている。
下手にスキルで追おうとすれば地上に降りた時、止まれるかわからないのだろうとメイは思った。
そうして逃避行を続ける内、戦闘空域を抜け、雲を抜け、酸素濃度が地上のものに。
視界いっぱいに何処までも続くような森と山が広がった。
真下には小規模の湖。
付近には連合所属の小国の都が見える。
「っ……湖……!?」
僅かに驚き、減速を掛けたメイはくるりと反転し、落下しながら偽者の方に振り向いた。
撫子の顔をした別のナニカは再び光り、ぐにゃりと形を変えていた。
その姿はずばり連合の『最強』。
メイとよく似た淡い茶髪、整った容姿に勇者らしい装備を身に纏った美青年。
「っ、バカ兄にまで……!」
ステータスやスキルが再現可能なら適正のある魔法属性まで真似ることが出来るらしい。
「そうっ、そしてこれはっ……あなたのお兄さんの技ッ!」
偽者の背後の空は一瞬にして多種多様な属性魔法群に覆われた。
才能に物を言わせた物量技。
それ自体は確かに彼のものだが、それにしても数が異常だった。どう見てもメイにも本人にも出来ない芸当。
「ど、どうやってこんなっ……!?」
「あはははっ! 能力柄、色んな人を見るからねぇっ!? 魔力を司る脳や内臓の一部をそれぞれ別の人物に変えればイナミ君の適正を持ったまま魔法が扱えるのよっ!」
絶句した。
「はぁ……!? そんなのありっ!?」
言いながら、それで果たして生命活動に支障はないのかとも思ったが、コロコロと変身されてしまっては弱点とは断じられない。少なくとも肉体の構造から細胞組織に至るまで変身を繰り返していれば正常の状態は保てる。
「ありなんだよねぇこれがっ! さあっ、もう逃げ場は失くなったよ! 降参するなら――」
「――ハッ、冗談っ!」
被せるような発言と同時、降下を止め、《縮地》で突っ込む。
属性魔法を感知して自動的に発動した魔障壁は第一陣として用意されていたものを弾き飛ばし、誘爆。並びにメイの方からも小規模ながら属性魔法の嵐を撒き散らして偽者に迫った。
「ちぃっ、流石は……でもっ!」
幾ら外面は優秀でも、やはり中身は未熟。
トドメを刺せそうだと慢心した直後にこうも接近されればコントロールを失ってしまう。
周囲の属性魔法が霧散していく中、メイはその狙い通りに肉薄し、杖に魔力状の剣を形成して斬り掛かり……
思い切り殴り飛ばされた。
「ぎゃっ!? がっ、わぷっ!? ぶはぁっ! な、何がっ……って……もおおぉっ!? おっ……もいよぉユウ兄っ!」
あまりの威力に湖まで吹っ飛び、何をされたんだと水面から見上げればその正体を理解し、脱力する。
シキの右腕だった。
それはライの顔、有能な魔法使い数名の脳と内臓、シキの義手、撫子の左腕と刀、ミサキの右足、レーセンの左足を持った異形。
否。
よく見れば瞳も違う。
片方は怪しく光っていて、片方は人族ですらなかった。
「それっ……セシリアさんとアイさんのっ……」
「あはっ、どうっ? どうっ!? 私の能力は再現した他人の能力経由でも発動するっ! まさに完全無欠の固有スキルッ!」
先の肉体に先の能力を加え、更には【先見之明】による未来予知と【長目飛耳】による三次元的視点の確保まで。
対する自分は固有スキルが二つに、密かに回復魔法で治療しているとはいえ、十分大怪我の部類に入るダメージを負っている。
勝てるビジョンがまるで見えてこない。
「は、ははっ……何、それ……どんなチート……?」
メイは乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。




