第263話 命乞い
マリア・フラン・エル・イクシア。
その少女は人族代表と謳われている大国イクシアの第一王女として生を受けた。
愛称はマリー。イクスでも珍しい桃色の髪を持って生まれ、世界特有の宗教観を元に人族限定で優しく好かれるような人柄、人格が形成される。
王と王妃である親もまた厳格にして柔和な性格。
人族至上主義を掲げ、真にその思想を持っているが為に人族の繁栄、平和、親和政策は推し進めても、他種族には特別差別的。迫害は当然の権利、奴隷化は義務という方針で国を纏める。
労働力が確保されたことで国は繁栄の一途を辿り、当初こそ先王の時代より良い、幸福だ、正しいと民に慕われていた。
事が起きたのはそれを不満に感じた獣人奴隷の一斉蜂起。
その時、マリーは齢十に満たない。ライやシキといった異世界人を召喚するに至った、実に十年以上前の出来事である。
奴隷には主として登録された者の命令を無視すると締まっていく首輪の装着が義務化されている。
死を覚悟しての特攻だった。
各地点で同時多発的に暴走した一部の奴隷は示し合わせたかのように動き、直ぐに鎮圧された。が、マリーはこの騒動で母親と異母、異母兄弟を失う。
イクシア王は怒り狂い、見せしめとしてマリーと同年代の子供奴隷までも残虐刑に処すという方針をとった。
その頃からだろう。
王が他種族へ異常な嫌悪感、憎悪を剥き出しにし始めたのは。
近くに隠れ里があれば焼き討ち。
奴隷が目に入ればギロチンで見世物に。
それが例え生まれたばかりの赤ん坊であろうと、見つかった人族以外の種族の人間は苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死んでいった。
そのせいだろう。
マリーが王の感性に感化され、それまで以上の差別意識を持ち始めたのは。
手始めに、玩具兼メイドとして与えられていた同年代の少女奴隷を鞭打ちの刑に。
王は喜び、褒め称え、更なる結果を催促。最終的にその奴隷は兵の慰み者となって捨てられた。
当時のマリーはその意味を知らない。精々が玩具が一つ失くなった程度の認識。
不幸なことに、あるいは幸いなことに、そんなマリーを周囲は肯定した。
周囲の誰もに認められ、褒められる。
幼い子供にとってこれがどれほどの甘露か。
決定的だった。
成長するにつれ、王ほどの嗜虐性こそ身に付かなかったものの、他種族を目にしただけで鳥肌や悪寒が止まらなくなるほどの差別意識が生まれていた。
そうして時は流れ、ライとシキ、その他の者が召喚されて幾年。
父は殺され、国のトップに祭り上げられ、ライの伴侶となり、連合党首にさせられ、あれよこれよという間に祖国が滅んだ。
親族も貴族も部下も騎士も兵も民も『核』を落とされた王都と共に消失。その殆どが連絡はおろか、亡骸も見つからず、探すことすら出来ていない状況。
その上、全ての元凶とも言える存在……黒堂優改め魔帝シキに追い詰められている。
環境が生んだ人間は環境によって苦しめられる。
マリーは典型的な構図に泣き喚くことしか出来なかった。
「何でこんなっ……こんなの、私は望んでないっ……!」
「だから悪くないってか。環境のせいで歪んだからといって、何でもかんでも環境のせいにするのは違うだろ」
シキが一歩進み、マリーは一歩下がる。
「違うっ……? 別の世界で生まれ育った貴方に何がわかるというのですっ!」
「違うさ。そう育ったとて、人間を迫害するのが当然と思うその腐った感性を身に付け、その上でそう動く世界を認めた。俺はこれがダメだと言っている」
自分を守ろうと前に出た騎士が、兵がただ薙ぎ払われただけで吹き飛び、壁に叩き付けられて死んでいく。
「人間っ……? 魔族がっ? 獣人が人間っ……!? 私はただ教えに従っただけっ……! 私は間違ってないっ!」
「そうかい。まあ認識を改めろたぁ言わない。だが、世界はどうだ? イクシアのような人族が統治する国以外に生きる人々……聖神教を信仰していない奴等はどう判断していた?」
属性魔法の尽くを魔障壁で弾かれ、騎士らと同様に薙ぎ払われた自慢の魔法師団長はその首を自らの背中で潰すようにして沈黙した。
その女はマリーの幼き頃の専属教師でもあった人物だった。
「神の教えを信じない愚か者の意見などっ……」
「そうやって、全て自分達の物差しで判断させる環境がこの事態を招いたとは思わんのか?」
イクシアの『最強』……目の前に居る本物の悪魔の最初の師は雄叫びを上げながら突撃し、膝から放たれた散弾を浴びて呆気なく、無様なまでにあっという間に床に伏した。
その男はマリーの幼き頃の近衛兵の一人だった。
「だ、だって……ライ様も私を認めてっ……皆がこうしてって言うからっ……! 悪いとしたら私にそうさせた環境です! 違いますかっ!?」
知り合いが、赤ん坊の頃からの知己が居なくなっていく。
涙でくしゃくしゃになった視界の中、黒い悪魔は言う。
「わかんねぇ奴だな。そこに疑問は抱かなかったかってんだよ。全て環境のせい? なら俺は? 俺はお前を歪ませた環境が生んだ化け物だろ。逆に訊くが、違うか?」
言葉を失った。
どう否定してもお前はここで殺す、と言外にそう言われてしまっては何も言い返せない。
逃げようにも扉は悪魔の後方である。
気付けば舞っていた血と肉、怒号に悲鳴、断末魔は無くなっていた。
「……なあ。俺と初めて会った時、どう思ってたんだ? 魔族になる要素はあれ、俺は人間でお前も最終的には認めただろ。こうして魔族になって、こうして会話して……お前と何処が違う? 環境や教えじゃない、お前の考えを聞かせろ。お前が持つ人間の定義は何だ?」
大切な大切な……唯一自分を守ってくれる部下達の命は花のように散り終えていた。
「っ……っ……」
口をパクパクさせ、頭を必死に働かせ、何とか言葉を絞り出そうとするが、何も出てこない。
悪魔は心底呆れ返ったような溜め息を吐いた。
「……はぁ。今わかった……お前バカだろ。それも、やたらデカい声に惑わされて同調したどうしようもないバカだ。お前が言う環境こそが力を持っていて、その力こそが物を言う世界だった。お前自身にゃ何の力もありゃあしねぇ。だからこうして力でわからせられる……ただそれだけのことだ、諦めな」
ガシィッ……!
と、強い衝撃に襲われ、身体が宙に浮く感覚が訪れた。
視界の殆どが黒銀の何かで覆われ、激しい痛みに見舞われる。
ギリギリガチガチミチミチバキバキ。
遠くから妙な音が聞こえ始めた。
それは自身の身体を掴んでいる超硬度の装甲が擦れ合う音。
更には自身の身体が軋み、歪み、潰れ、血、肉、油に臓物が溢れる音。
「がっ……ぁっ……あぎっ……っ……!?」
息が、出来ない。
薄れゆく意識の中、唯一あったのは酸素に対する執着。
「クハッ、何泣いてんだ喜べよ。国の奴等と会えるんだぞ? パパンやママンに会えるんだぞ? 安心しろ、直ぐにお前の男や嫁仲間の連中もそっちに送ってやる」
ケタケタと笑った悪魔の、裂けたような笑みを最後にマリーは意識を失った。
最期の瞬間、「た、たす……け……許し…………」と呟いて。
◇ ◇ ◇
グキャッ、グチャァッ……!
人が潰れる、身震いするような音の何と心地良いことか。
俺は思わず聞き惚れ、ほうと息を吐いていた。
「終わったぁ……! ホンッ…………ト、ありがとうなぁ……!! 皆、皆……大好きだっ! ムクロ、ルゥネ、姐さん、ジル様……! 俺やったよっ……! ははっ……クハハハッ……! 気持ち良いいぃぃっ……! 最っ高の気分だっ! アイツはこの事実を知ってどんな顔をするかなぁ!? 泣くか!? 喚くか!? 怒るか!? やっぱ泣くかっ、泣いてキレるよな普通っ!? クヒッ、クヒヒヒッ、クヒャハハハハッ!!! クハハハハハハハハハッ!!」
残念なのは感触がないこと。
重さはわかるが、肝心の触感は義手にはない。
「はああぁ……!」
まるでルゥネのように恍惚とした表情を浮かべていたであろう俺はもう手遅れなんだと思う。
日本人の部分なんか極僅かしか残っちゃいない。
改めて実感した。
そうして最高の悦楽といっそ清々しさすら覚える妙な感覚に浸っていると、ドタバタと誰かが部屋に入ってくる。
「マリイィーっ!!? あっ……あがっ……ま、マリーっ……まりぃっ……! 嘘だよねこんなのっ……嘘っ、嘘よっ……ライが知ったらっ……!」
俺を追ってここまで来たミサキは俺の義手の中でぺしゃんこになった誰かさんの姿を見て青白い顔で後ずさり、ガックリと項垂れた。
聖騎士ノアはその隣で呆然と立ち尽くしている。大方、部屋の中の惨状と傷一つない俺という図に驚いてるんだろう。
「お? あ? 何だァ? 無、粋、だ、な、ァ?」
ぐるんと首を曲げ、魔物の頭蓋骨を模して黒く染めた、我ながらおぞましい仮面を向ける。
最近知ったんだが、俺やルゥネの義眼は魔力の込め具合によっては紅く光るらしい。
こう見えて各種センサーの散りばめられた技術の結晶だからな。
端から見れば不気味に光る目だ。怖かろう。
「くっ……!」
挑発するつもりで殺気をぶつけると、ミサキはいとも簡単に乗ってくれた。
床を蹴って踏み込み、お得意の蹴り。
しかし、俺が無造作に投げ捨てたマリーだったものに足が止まり、思わずといった動きで避ける。
その隙に、俺の方も飛び込んで回し蹴り。
明らかな直撃コースだったが、やはりそこは異世界人。
直撃の寸前、ミサキは俺がよくやるように額から魔粒子を出して僅かに仰け反った。
意味がわからないのはそこから。
何を思ったのか、左手を滑り込ませてきた。
こっちに来て何年目だこいつ。咄嗟の反応も抑えられないのかよ……
スキルで増殖し、高速回転している思考がそんな感想を漏らす。
同時に、貰えるものは貰っとこうと義足の内部回路の一部に新たな魔粒子を流す。
果たして、何を裂く音が聞こえたやら。
「え?」
表情こそわからなかったものの、ミサキはキョトンとしているらしかった。
遅れて左前腕の半ばから先が相応の重さを感じさせる動きで床に落ち、ゆっくりとそちらに目を向けている。
ルゥネお手製の仕込み刃は今日も切れ味抜群。ジル様由来の素材とはいえ、俺と同等かそれ以上のステータスを持つ異世界人を簡単に傷付けられる殺傷力は俺でも恐ろしいものがある。
「あっ……?」
まだ事態を飲み込めてないらしい。
俺はこれ幸いにと滞空したまま足を曲げ、右膝を向けてやる。
次の瞬間、グレンさんをもぶっ殺した隠し散弾銃が火を噴いた。
ズガンッ! と、極小の弾丸が一瞬にして散らばる。
嫌らしいことにノアは予め《直感》していたらしい。
「っ!? ミサキっ!」
いつになく切迫した声で叫び、ミサキの前へ。
聖女にしか装備出来ない不壊の盾という実質的な専用盾を突き出し、天晴れなことに防ぎ切って見せた。
「くぅっ……!?」
「い゛ぃ゛っ゛!? あ、アタシの腕ぇっ!」
「クハッ! お前も相変わらず憎たらしいなっ、白騎士ィッ!」
着弾の衝撃で吹っ飛ぶノア。押し出されてから漸く苦悶の声を上げるミサキ。
対する俺は薬莢が落ちるのを尻目に、今度は小型魔導砲を発射する。
二人の姿は凄まじい轟音と一緒に消えた。
「「ああああぁっ!?」」
擬似的な視覚情報によると、ノアの盾は今の俺に出せる最大威力のビームすら弾き、周囲と背後に拡散させたようだ。
そうして散った魔力が辺りの壁をぶち抜いていき、そのまま二人を吹き飛ばしたと。
数秒後、結構な勢いで突風が入ってきたことでつい、「ん? チッ……逃がしたか……?」と毒づく。
思いの外、外側に居たようだ。
艦の何処かしらの横っ腹に穴が空いたっぽい。
ビュービューと荒れ狂う風に髪が揺れ、身体が軽く持っていかれる。
「……こういうのを因果応報と言うんだ。誰かの敷いたレールに黙って乗っているからそうなる。あの世で後悔するんだな」
マリーらの死体の方にボソリと呟いた俺はMFAで背中を押し出すと、床の上を滑るようにして外に出た。
「さてと。残りの子猫ちゃん二匹は何処に……お?」
母艦の撃墜に集中した方が良かったか……? 等と思った直後、早速ミサキとノアの魔力&生命反応をキャッチする。
回復薬と回復魔法で応急措置したらしく、ミサキは【縦横無尽】で浮いて半身で、ノアはエアクラフトとスラスターを駆使しつつ、騎士らしく剣と盾を構えている。
吹っ切れたのか、それとも怒りと激痛でそれどころじゃないのか、はたまた俺に対する恨み辛みが天元突破したのか……
二人は正義の味方(笑)とは思えない殺気を向けてきていた。
気になるのはノアの持つ剣だ。魔力が宿っているから魔剣なのは確実なんだが……いつものじゃない。
ただの長剣にしては分厚く、大きく……かといって大剣とは明らかに異なる形状。
刀身の横にくっついてんのは……銃口か?
「おー怖い怖い。覚悟の準備は出来たかい?」
本人達は至って真面目。されど、今まで戦ってきた奴等に比べれりゃガキ同然。
俺は内心ノアの方を警戒しつつも、おどけたように話し掛けた。
「よくもっ……よくもやってくれたわねッ!?」
「クハッ、そいつぁさっきも聞いたぜ?」
「死の覚悟という意味ならこちらの台詞です……!」
「んーまあ二対一だしなぁ?」
かなり離れた位置で走った、メイの稲妻。
それが合図だった。
「いいぃやああああぁっ!!」
如何にも武術家といった咆哮一つ。《縮地》と《空歩》で距離を詰めてきたミサキが馬鹿の一つ覚えの蹴りを放ってくる。
型は後ろ蹴り。真っ直ぐ突く綺麗なフォーム。
今度という今度は躊躇させる死体がない。仕方なしに上昇して避けるが、奴の脚が俺の居た空間を蹴るのと同時、『火』の属性魔法による火球が六つ顕現し、ホーミングしてきた。
「おぉっ、誘導弾かっ! 良いねぇっ、不器用な俺には出来ない芸当だッ!」
距離的に働かない魔障壁の欠点を疎ましく思いながら左手の手甲と爪で弾き、叩き斬って霧散させる。
「そうっ、アンタは元々アタシより才能のない人間でしょっ! それが何でっ!?」
文字通り、縦と横に浮いて動ける【縦横無尽】……レベルが上がると速度が上がると見た。
《縮地》と比べれば遥かに遅いものの、ミサキの身体は弾かれたように飛翔し、あっという間に互いを殺せる距離に入ってきやがった。
「潜ってきた修羅場の数だな! クハハハ! 努力が足りぃんッ!」
くるくると横回転し、体重と勢いを全乗せした蹴りを義足で受け止める。
「それならアタシだってッ!」
「なら知るかよ! お前の弱さの秘訣なんざっ!」
反動で離れるのを魔粒子で押し出して再接近し、俺の方も蹴り返す。
ガギイィンッ! と金属同士が強くぶつかり合い、耳をつんざくような音と衝撃が響いた。
滞空しているが故に僅かな間が生まれ、会話の余裕が生まれる。
「流石っ、アイツの嫁だけあって相応の防具持ってんなァ!? いや武器かお前の場合っ! ハハッ、怪我と枕で得た玩具の具合はっ、どうだいっ!?」
先程の斬撃蹴りで片腕を飛ばしたように、こいつの主な武装兼防具は脚に集中している。
恐らくは魔粒子を噴き出す機構を持った超硬化ブーツ。拳を覆う程度のガントレットしかしてなかった腕とは違い、膝辺りまで特別濃い魔力を感じられた。
だから。
俺が魔粒子で義足を急加速させて蹴ったように、ミサキもまた同じ軌道、同じ方法で応えた。
ガアアァンッ!
ほぼ互角。
「くぅっ!?」
「はっ、はぁっ!」
俺達は反発する磁石のように離れ、再び激突した。
蹴り。
蹴り蹴り。
蹴り蹴り蹴り。
蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り。
ひたすらに蹴りの応酬。
互いの右足が、左足が火花を散らしながら衝突し、仕込み刀を飛び出させての蹴りですら容易く止められる。
「もう二度と受けるか!」
腕一本の犠牲は余程堪えたらしい。足技ばかり磨くから他の部位への感心が失くなり、防具や防御への意識も失せるというに。
「クハッ……どう、だかっ!」
気紛れに飛ばした爪斬撃は魔障壁で防がれた。
連合は帝国の技術の再現に成功したらしい。本領発揮とばかりに、帝国のものなら衝撃くらいは残して見せる俺の攻撃を弾き、それを成したミサキの魔力もまるで減っていなかった。
つまり……コピー品ではなく、完全なる上位互換の生産に成功した訳だ。
「これでぇっ!」
「猿真似かっ! 文明は戦争の母たぁ良く言ったもんだなぁッ!?」
「っ、元はと言えばロベリア達の技術でしょうがッ!」
ブラフとして散々見せ付けた右膝を向けてやり、焦ったように飛び退くミサキを追い……
最早、空気と化していたノアの方から『聖』の属性魔法とおぼしき光が降ってくる。
ライより遅く、ライより弱い。
が、無視は出来ない威力。《光魔法》を受けた時みたいに肉体の消滅はなくとも弱体化や隙の生まれは必然。避けざるを得ない。
俺は追撃を諦めると、いつものスキルコンボでノアの方に向かった。
「良いな白騎士っ、良い感じに邪魔だ! 殺してぇっ、つぅか死ね!」
加速しつつ爪斬撃。
「誰がっ……!」
俺がノアに負けているのはスキル構成。レーセンと同じで、こいつの強味はとんでもない量の所持スキルだ。
盾で受けるまでもなくその場で跳ねて避けたノアが俺の方に剣を向け、発砲。
銃口の付いた剣……見立て通り、銃と剣の混合武装だったようだ。
しかし、所詮は初見殺しの中途半端な武器。義手で弾ける。
そう思ったのが間違いだった。
「っ!?」
確かに防ぐことは出来た。
問題はノアの放った弾丸。
いや、砲弾……特殊弾とでも言うべきか。
着弾の瞬間、俺を中心に広範囲で極小の魔力が撒かれた。
「魔粒子の散布っ……用途は撹乱だな!? 戦艦やアンダーゴーレムのレーダーじゃなく、人間用っ! つくづく良いねぇッ!」
お陰で魔力を見る方の義眼が死んだ。
生命エネルギーの〝気〟に長けた獣人族でもない限り、生命反応は隠しようがないから片目が死んだだけ。
とはいえ、ステルス系の魔道具といい、実にウザい。殺したいったらありゃあしねぇ。
俺はニヤリと笑い、頭上から踵落としと共に降りてきたミサキを義手で受け止めた。
「かっ……たいんだからッ……!」
「だろ!?」
軽くはね除け、【縦横無尽】を応用して回転した二度目の踵落としに義足の先で応えてやる。
「こ、このっ……足癖の悪い男ねっ!」
「お前こそ拳を使ったらどうだっ!? 武道家だろ!」
……しくったな。
「アタシはっ、空手家っ……よっ!」
「ヒャハハハハハッ! なぁにが違うってぇっ!?」
思わず高笑いしながらも、蹴りがぶつかりあった瞬間にポツリとそう思い、ついでにその衝撃で吹っ飛び、敵母艦の方へ。
それを好機と捉えたのか、閉じていた義足のクローには気付きもしていないミサキがスラスターで追ってくる。背後は母艦の外面装甲。追っ手の背後からはまたノアの光攻撃に弾丸と絶好調。
機銃による狙い撃ちすらなかった。
真正面からの喧嘩をご所望のようだ。
「クハッ……上等ッ!」
またまた蹴りと蹴り。
ステータスだけでなく、勢いに乗ってる分押されてしまい、仕方なしに受けた方とは逆の義足を母艦の装甲に付け、ルゥネに付けてもらった鉤爪を突き立てる。
ギャリギャリギャリィッ、と黒板を引っ掻くような嫌な音と一緒に火花を散り、変な話だが、装甲の上を真横に走った。
「アタシを甘く見るからっ……!」
逆噴射まで掛けて急停止した俺を更に攻め立てるは『火』の壁、『火』の矢、『火』の槍。
それぞれ角度を変え、二つずつ近付いてきたそれらを敢えて受け、義手で弾き、掴んで潰し……本丸の右回し蹴りを再度両方の義足の足裏で受ける。
「マリーのっ……仇ぃっ!」
予定としてはもう一本の脚で俺の顎を蹴り砕くつもりだったんだろう。
しかし。
「あぎぃっ!?」
俺の義足のアームクローが、鉤爪の先端がミサキの右脹ら脛を貫く方が速い。
「硬いってもよぉ……世界最強の爪には敵わないだろっ!?」
手のひらのように開いていた五本の爪が皮と肉と神経をズタズタにしながら食い込み、骨をも掴み、割り、砕く。
ミサキの右足を握るように突き刺した俺の足爪はそのまま奥深くに向かい、鈍くグロい音を響かせた。
「あっ、あああぁっ!?」
動きが。
止まった。
「最強硬度だっ、魔力で動く機械だっ! ステータスなんざ当てになるかよッ!」
「させませんっ!」
トドメとばかりに左腕を振りかぶった俺の元に、ノアが盾を前に体当たりしてくる。
俺は自らの手でトドメを刺すことを諦め、スキル、魔粒子の力の乗った強力なシールドバッシュを義手で受けた。
ガキイィンッ!
総重量百キロは余裕で越えている筈なのに軽く吹き飛ばされ、無い筈の視界が揺れる。
逆噴射で逆らったりはしなかった。
さも直前で止められたように見えるよう素直に後退しつつ、爪を収納。持っていた爪長剣もマジックバッグマントにしまい、代わりに手榴弾を取り出す。
直撃すれば異世界人でも危うい特級品だ。
「はっ……!」
鼻で笑いながら安全ピンを抜き、手首を返して投げた。
殺気もない上、爪斬撃のような直接的な攻撃じゃないからどうしても反応は遅れる。
特にミサキなんかは四肢のダメージに気を取られていた。
察知出来たのは《闇魔法》の気配くらいだろう。
「ひっ!?」
それを投げ付けられたミサキはひきつったような、心底震え上がったような情けない悲鳴を上げた。
「っ……? 何をっ……!?」
ノアはまだ気付いてない。
俺がそのまま距離を取っていること、ミサキの左頬に〝粘纏〟を纏った手榴弾がくっ付いたことに。
「ひっ、ひっ……いやああああああっ!? や、やだぁっ!? ユウっ! 助け――」
「――ドッカーンッ! ってなぁっ!」
ミサキの肉体は文字通り、そして俺のふざけた音真似と同時に弾け飛んだ。
「っ……み、ミサキっ!?」
俺の行動を訝しんでいたノアは振り返ってその光景に唖然とし、叫ぶ。
「ぶくくくっ……! ひゃはははっ、クハハハハッ!! 自分は死なない、助かる、とでも思っていたのかっ!? 俺より才能にも運にも恵まれてたからって!? クハッ、ところがぎっちょん違うねぇっ!」
付き合いが長かったせいで因縁染みていたクソッタレ女の最期はみっともない命乞い。
そんでもって、肉片と装備の残骸……と。
奇しくもこの状況を呼び込んだ何処ぞの女王と同じ無様な散り方だ。
「さあ死ぬぜっ!? 斬って殴って蹴って爆ざさせて殺すぞっ!? 次はお前か白騎士っ! ハーレム仲間のロベリアは呼ばなくて良いのかァっ!? クハッ、クヒャハハハハハハハッ!」
戦場全体がどのように動いているかなど露知らず。
俺はいつになく表情を失くしているノアを見て高笑いを続けていた。




