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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第6章 世界崩壊編
283/334

第262話 お礼参り

「……そう言えば前章のキャラ説抜けてるやんけ」と、誰が生きてて誰が死んでて誰がどの状態かわからなくて過去話を読み漁っている内に気付いた今日この頃。結局、知りたいことは知れなかったし……( ノД`)…


長め&グロ多め回です。


「っ……待ちなさい!」

「は、速っ……っ、逃がさないわよ!」


 紫色の輝きだけを残して消えたシキを視界の端に、ナチュラルに足止めを任されたメイとリュウは半ば反射的に動いていた聖騎士ノア、ミサキの二人を取り逃がしてしまった。


「あっ、ちょっ、もーっ! ユウ兄っ、またぁっ……!?」

『あーあ、何も言わずに行っちゃったよ……指示待ち人間がダメなのはわかるけど、だからって指示無しで思い通りミス無く動け、は最悪の上司だよシキェ……!』


 とはいえ、それぞれスラスターとエアクラフトの出力を全開にして進んでいる二人の速度はシキのおおよそ1/3程度。メイとリュウはどうせ追い付けないだろうとニセ撫子、シキらの元クラスメート達の前に立ちならぬ浮きはだかった。


「ちょうど三対三か……二人には厳しいかもだし、私はニセ撫子さんを相手するね」

『おっけ。一人は非戦闘職、一人は不明……まあ何とかなるでしょ』

「んぅ? なっちゃん……じゃ、ない……ね? だぁれ?」


 内容は兎も角、ほのぼのとした会話はそれで終わる。


 何故ならメイとニセ撫子が一瞬で姿を消し、少し離れた空域で激しくぶつかり始めたから。


 何故なら『アカツキ』、スカーレット、元クラスメート二人が同時に武器を構えたから。


 スカーレット以外の全員が日本人という異例な戦闘はそうして幕を開けた。








 ◇ ◇ ◇


 砲撃や被弾による振動に晒され、数えるのも煩わしいゾンビに群がられ、味方の巡洋艦が火を噴いて沈んでいく中、帝国の旗艦ヴォルケニスは全方位に対空機銃の弾を撒いて防衛に努めていた。


 黒い群れを蹴散らしながら飛んできた連合艦隊の艦砲射撃が数発着弾し、ルゥネは激しい揺れと轟音に冷や汗を流して叫ぶ。


「っ……損害状況知らせぇい!」

「増加装甲が一部剥げましたが、全体的に軽微です!」

「そうっ……操舵手はもっと高度を上げて視界をクリアにするっ! 何で言われる前に動かないんですのっ!?」

「や、やってますよ! この大群が離れてくれないんです!」

「言い訳は聞きたくありませんわ! それと右舷後方っ、弾幕が薄いっ! 『名無し』とココは何をやっているのですっ!」


 【以心伝心】で他の艦に別の指示を出しつつ、オペレーター達には口頭でまた別の指示を下す。


 その上、更に同時進行で外部の航空戦力とコミュニケーションを取らなければならないのだから苛立ちや本音を口に出してしまうこともある。


 それを抑えるのはヴォルケニスの『目』であり、相性の良い固有スキル同士リンクさせてルゥネの『目』としても機能するアイ。


「ゾンビ達の中に元ネームドが居るみたい。各国の軍団長とか有名な傭兵とか……後は墓に眠ってた過去の英雄? 何かどっかで聞いたような戦い方の奴が多いわよ。……殆ど骨だけど」

「むぅ……ではその相手に忙しいと? ……オペレーター! 右舷の対空艦手は遊んでいるのかと訊きなさいッ!」

「は、はっ! ただいまっ!」

「全員……いいえ、それどころか魔物にまでスラスターを付けてる奴が確認出来る。連合の完全量産の噂は本当だったようね……ていうかエアクラフトってそこそこ練習が必要よね? 何であんなに上手く操れるのかしら?」


 何とも厄介な話に、ルゥネがうんざりした顔で外を見る。


 毎秒数千、数万と飛び交う弾丸の嵐にもめげない不死者の群れは未だ健在。何処で見つけたのか、ドラゴンゾンビなどは防御力故に効いてもいない。何ならそれを盾に近付いてくる群れもあった。


「【死者蘇生】……際限なく死者を傀儡に出来るなんて羨ましい限りですわね。普通ならデメリットの一つや二つあってもおかしくない能力なのに……」


 新時代の戦争とて、その動きは明らかに()()()動き。大方、この群れの中に指揮官をやってのける豪傑が居るのだろうとは察したものの、対処法は正直無いに等しい。


 また、今回の戦を真に厄介足らしめるのは体勢を立て直した連合艦隊であった。


 最初の奇襲で十隻以上を沈めることが出来た。しかし、やはり数が違う。寧ろゾンビ達の注意をルゥネら帝国艦隊が幾分か受け持つ形になってしまった為に先程から艦砲射撃が止まない。両軍の掃射能力の高さ故に、戦場は艦隊戦の様相を見せつつあった。


「鬱陶しいっ……雑魚の気勢を削ぐっ! 全艦、魔導砲準備っ!」

「了解であります! エネルギー充填開始っ!」

『総員に告ぐ! これより魔導砲の発射準備に入る! 魔力が持たないと感じた者は早急に魔力回復薬を使用すること! 急激な魔力減少に気を付けろ!』

「『各艦に通達っ! 魔導砲発射用意っ!!』 狙いの方は閣下からお願い致します!」

「態々言われずともわかってますわっ! ……それと誰かを右舷の応援に回してくださいな! やられている箇所はそこからグレネードでもミサイルでも撃つっ!」

「獣戦士団の伝令ですっ! ディルフィンが戻ってきましたっ、降下を終えた模様っ! 魔族の飛行部隊はいつでも出れるそうです!」


 バタバタ、ガヤガヤと忙しないブリッジ内にて、ルゥネは素直に感心した。


「伝令って……この群れと対空砲火の中を潜り抜けて来たんですの? スラスターも無しに?」

「〝気〟で加速と硬化を実現した……? 意外と獣人族も捨てたもんじゃないわねー。姫の馬鹿親族共が種族浄化なんてしなければ帝国(うち)にも純血の部隊が作れたでしょうに勿体無い……」


 意識共有していた、アイの能力由来の擬似的な視界にもシキ並みの速度で飛行する鳥系獣人やゾンビの群れを足場に暴れ回るアリスら前衛の姿は映っている。


 戦前、彼等に求められたのは風除けのゴーグルや爪などの武器のみ。魔力の無い種族はもう時代遅れの存在だと侮っていたルゥネもその光景とアイのしみじみとした毒には頷かざるを得なかった。


「というかそれだけの力があるなら獣人族の国も本腰を入れて参戦すれば良いのです。確実に益が出るというのに愚かな話ですわ」

「全艦、充填率八割を越えました! 撃てます!」


 魔力を吸われる感覚が少しずつ弱くなってきていたこともあり、ルゥネは予め脳内シュミレーションを終えていた。


 ならばと口は自然と動き、「正面の弾幕を他に回して敵を誘いなさい! 射線上の味方にも通達っ!」と叫んでいる間に、意識を共有している各艦の艦長達にも直接指示を伝える。


 それと同時に、艦内で待機中の魔族部隊(シキが魔国から連れてきた大隊規模の兵士達)にも艦内マイクで声を掛けた。


『新生魔帝軍は魔導砲発射後に全て出撃! 部隊編成が成されていること、各訓練内容、貴方方が元は志願兵であることは聞いていますっ、死人も出るでしょう! 精々、旦那様の顔に泥を塗らないような初陣を果たすことを帝国艦隊の総統として命令しますわ!』


 シキ自らがリヴェインら元魔王軍の纏め役達と協力して創設し、直々に鍛え上げた武人達。


 主な部隊は三つ。


 一つはハーピー、セイレーン種を主体とした飛行班。配給されたスラスターを駆使して戦場の上空を飛び、量産型専用マジックバッグから焼夷弾を落としていく爆撃部隊である。


 一つはオーク、オーガ、巨人種を主体とした怪力班。エアクラフトでゆっくりと展開し、並みの人族には持てないであろう回転式多銃身機関銃……所謂ガトリングガンを両手でぶっ放す掃射部隊である。


 一つはゴブリン、アラクネ、ケンタウロス種を主体とした歩兵班。艦同士の距離が近くなった時、敵艦の鹵獲を狙う時等に白兵戦目的に乗り込む強襲部隊である。


 保守派筆頭のムクロに対し、革新派であるシキを慕って集結した者らの為、初の戦争体験であっても士気は高い。


「てええぇっ!!」


 ルゥネの一声に続く形で何本ものビームが放たれ、辺りを薙ぎ払う。


 塵となって消える者、中途半端に生き残る者、逆に身体の半分を消失させる者等々。黒い霧のように大量に居たゾンビの群れは一気にその数を減らした。


 射線上の最奥を飛んでいた連合艦隊には魔障壁によって阻まれて届かず。しかし、道半ばで拡散したそれらがまた降り注いで新たな被害を出し……隙が出来た。


 ヴォルケニスのカタパルトデッキに搭載されている推進装置に乗った魔族達が戦場に出てくるまでの時間が。


 黒い霧が津波の如く戻ってくる数十秒で見事展開したシキ直下の大隊は早速自慢の兵器の威力を見せ付け始めた。


「うわぁ……戦闘機より多くて戦闘機より火力があって戦闘機より安いとか……」


 一見すれば火の雨に火花の雨。よくよく見れば爆発物と超高速飛来物という笑えない地獄絵図が広がり、アイはドン引きしたような声を漏らす。


 帝国艦隊の放った魔導砲はドラゴンゾンビやキメラゾンビ、バジリスクゾンビ、グリフォンゾンビといった強力な魔物群を消滅させた。


 魔族大隊が相手をしているのは残った雑兵。しかし、ヴォルケニスのブリッジから見える範囲だけでも至る箇所で爆発が起き、機銃の弾が撒かれ、人とも魔物とも判別が付かない肉塊が飛び散っている。


 流石に艦隊相手には無力だろうが、これが街に向けられることを想像してしまえば歴戦のルゥネでも空恐ろしいものがあった。


 何せ出撃して数分もしない内に艦隊を襲っているゾンビ達の半数以上を引き付けている。


 これまで帝国艦隊が躍起になっていた防衛戦を大隊規模程度で担われてしまっては苦い顔もしてしまう。


「全く……あの人が考えることはどうしてこうも可愛げがないんですの……? つくづく味方で……はぅんっ、い、犬になって正解でしたわ、はぁ……はぁ……!」


 訂正、牝の顔だった。


 頬を紅潮させ、興奮で息を荒げ、思春期の乙女とは思えない怪しい顔で口の端に涎を足らしながら股に手を伸ばしている。


 仮にも元女帝で現后妃。アイはガクンと肩を落として言った。


「それ止めてって前も言ったわよね? 気持ち悪いとか引くとか以前に反応に困るんだけど……」

「あぁんっ、だって昂るんですものぉっ……あはっ、あひっ、いひひひひっ! このヒリヒリ感っ、今この瞬間にも死ぬかもしれないという恐怖っ、あんな身体で最前線に出た愛しい人を想う気持ちっ……全てが堪りません! 熱い熱いっ、身体がっ、お腹の奥がキュンキュンしますわあぁっ!!」


 怒号が飛び交っていたブリッジ内は一瞬で静かになった。


「また始まった……」

「閣下のスイッチにも参ったもんだな」

「あれで娘と同い年だぞ、俺なんか怖ぇよ」

「興奮すんのはわかるけど、ありゃもう発情だろ。俺達でも戦場じゃ勃たないってのにイカれてるぜ……」


 ひそひそこそこそ。


 ルゥネは相変わらず高笑いを続けていて聞いていない。というより、聞こえてはいるのだろうが、恥だと思ってない。「同じ女としてどうかと思う……」と、共感性羞恥に苛まれたアイは溜め息混じりにモグラ顔を覆った。


 もう勝った気でいる。


 かと思えば、やはり常人とはまるで別の視点を持っているのがルゥネ。


「何はともあれ、これで艦隊戦に集中っ……させてくれそうにありませんわね」


 途中からそれまでの態度や声音とは打って変わった。


 スイッチのオンとオフを切り替えたように、雰囲気ががらりと。


 次の瞬間、ルゥネの作り出した意識共有リンク内にて声と本心が一気に広がる。


 (八番艦が要注意人物の魔力光と反応をキャッチしました。思わぬ出逢いですわね。……暫くリンクを切ります。『名無し』とココが相手出来ない以上、私が出る必要があるでしょう)


 それは白と金の光だった。


 隊の端を飛んでいた艦が確認した()()()は既に中央ヴォルケニスからでも視認が可能。


 どうやら彼女は思考回路と脳波信号を切り離して別々に動かせるらしい。


「っ、あの光は……!? だ、ダメよ姫っ! 特級中の特級じゃない! 姫がご執心のアイツよりも強いのよっ!?」


 狼狽えるアイに対し、ルゥネはニタァ……と何処かの誰かによく似た笑みで返す。


「うふふふっ……だからこそ、ですわ。私を負かした旦那様をも正面から打ち砕く現代『最強』の勇者……実にゾクゾク来る相手だと思いませんこと?」


 雑兵では相手にもならず、懐刀の二人は戦闘中。魔族大隊は《光魔法》を受けたシキの事例を鑑みるに相性が最悪。


 単純に相手を出来る者が居ないのだ。


「昔も今もこれからも姫の能力ありきの戦争でしょっ!? 憎たらしいけど、アイツだって前に出るなって言ってたのに熱くなってっ……!」

「んふっ、だって……その旦那様が私のお願いを聞いてくれないんですものぉ……! ならばその逆もまた然りっ……折角のお誘いです! 犬は犬なりに命令を無視することもあるということを旦那様に知っていただくッ!」


 そう、これは仕方のないことなのです。


 そんな大義名分を掲げたルゥネはMFAの基礎技術に当たるスラスターの付いた骨組み付き特殊スカートを翻し、両手には手品師のように二丁拳銃を取り出して歩き出した。


「ダメだったらっ! 第一っ、姫が居なくなったら誰が舵取りをするの!?」

「はっ……頭を失った程度で死ぬ軍隊を作った記憶はありませんわ」

「し、しかし閣下! 混乱が生じます! 持ち直したとて戦場での指揮系統の乱れは致命的かと!」

「地上と違って誤射にだけ気を付ければ良い空の戦場で何を恐れることがあるのです? 好き勝手に楽しめばよろしいっ」

「た、楽しめっつったって……」

「勝ち戦も負け戦も楽しんでこそ帝国人。ここで死ぬというのなら所詮その程度の器だっただけのこと」


 カチャカチャ、ガチャガチャと具合を確認し、別の銃火器のチェックに移る。終われば次、また次、更に次……と、アイや他の兵の制止に本人なりの信念と覚悟で以て答えながらコツコツとヒールの音を響かせる。


 そうして全ての武器と防具、スラスター装備の点検を終えたらステップを踏むかのように軽快に歩を進めていく。


「エンジニアにメッセンジャー、仲介役と散々こき使われてきたのです。これまでの鬱憤……晴らさせていただきますわ。もし私に何かあれば旦那様によろしく伝えてくださいな」

「「「「「…………」」」」」

「ふふっ、よしなにっ!」


 呆れ、諦念、思考の放棄から来る味方からの絶句に、ルゥネはニッコリと微笑んでブリッジを出ていった。


 そのタイミングで意識共有リンクが切れてしまい、戦況が再び厳しい方向へと傾き出したのは言うまでもないだろう。



 ◇ ◇ ◇


「いぎゃああああっ!? だ、だずげでっ! お願いっ、やだっ、殺さ――」

「――はい煩い死ね」


 グチャッ……!


「いやっ、いやあああっ!?」

「お前も死ね」


 ドゴォッ……!


「ええいっ、聖騎士共は何をしているっ!? 何故こうも接近を許し――」

「――無駄口叩いてねぇでさっさと当てろや」

「ぴぎゃっ!?」

「出てきた以上はそれがお前の仕事だろうがよ」


 等と呟きながら血肉と臓物と無惨な死体が広がる廊下を進む黒き鬼が一人。


 彼の背後には夥しい量の血が散乱していた。


 人間がその身の内から出す様々な体液の臭いも鼻に付く。


 遭遇は偶然か、必然か。自らが開けた敵母艦の穴から侵入したシキは武装して出てくる尽くを殺して目的の人物を探していた。


「うっ……! う、撃て撃て撃てぇ! 相手は生身だっ、当たりさえすればっ……!」

「「「うわあああああっ!!」」」


 駆け付けてきた、所属に人種を問わない連合の混成兵らが量産したらしいアサルトライフルで撃ってくる。


 材質や発射原理に魔法的なものが使われているそれらは地球のものよりも速く鋭く飛来する。縦幅横幅がそれぞれ五メートルもない廊下という狭き場所ではそれこそ散弾のように広がって見せる。


 だが、そんな弾丸の雨よりも素早く動けるのが特級クラス。


「当たりさえすれば、な」


 銃口を向けられた時点で《縮地》を使い、兵らの背後に。


 発砲音のせいで、そのあまりに静かな呟きは耳に届かない。


「撃って撃って撃ちまくっ……あ、あれっ?」

「な、んっ……!? 居ないぞ!」

「消えただと!?」


 数秒撃ち続けて漸く気付いたものの、時既に遅し。


「当たらなければどうということはない」


 肩に手を置くような気軽さで鋼鉄以上の硬さを誇る義手が振るわれ、一度に五人以上が纏めて壁に叩き付けられた。


「「「「「ぎゃっ!?」」」」」


 ゴキャッ、グチャァッ!


 断末魔と同時、生々しい音と血が舞う。


 目の前で潰れ、一つの肉塊となった仲間の姿に震え上がった兵達は唖然とし、恐怖で震えながらも再び銃口を向けようとし……


 ズガンッ……!


 という一際重苦しい発砲音で悲鳴すら上げることなく静かになった。


「ん……調子は良好、と……」


 右膝に当たる部分から上がる硝煙を手で払い、新たな弾薬を太腿から挿入する。


 物言わぬ死体への仲間入りを果たした兵は力無くその躯を晒していた。


 上下二連散弾銃。


 それが、ルゥネという女がシキの身体に仕込んだ暗器型新武装の名称だった。


 否、厳密には地球の知識で言うならば、という前提はある。


 銃身が太腿から膝と極めて短い為、飛距離は十メートルもなく、砲身も熱を持ちやすい為に連続の使用は不可能。


 しかし、その取り回しの良さは折り紙付き。稼働用の回路とは別に通っている専用魔力回路に魔粒子を送り込むだけ。エキスパートと言って差し支えないシキには玩具同然。


「さてさて、野郎の子猫ちゃんは何処に居るのかねぇ……っと」


 遠くから近付いてくる二つの魔力反応をニヤニヤと見つめながら歩を進める。


 そうして何気なく入った部屋は医療系の一室だったらしく、壁に固定された机や棚がずらりと並べられ、その上に回復薬やその他治療用とおぼしき薬品が型に嵌められている。


「ひっ!?」


 中で銃を構えて待っていた女がシキの姿を見て短い悲鳴を上げた。


「女の声ってのはなーんでこうキンキン響くんだか」


 どうせ返り血やら仮面に対するいつもの反応だろうとうんざりしたように近付き、先ずは拳銃を掴んで握り潰す。


「へっ? あっ? な、へ?」

()()な……お前、『天空の民』だろ」


 酷く希薄な気配と魔力に生命反応。そして、ただ地面を蹴って肉薄しただけにも拘わらず、まるで対応出来ない反射神経の鈍さ。


 何から何までその事実を証明していた。


「ちょうど良い。イクシアの女王……あー、今はもう無いんだっけか。亡国の元女王さんは何処に居る?」


 この艦に乗っているだけあって覚悟はあるらしい。


 女は中々に素早い動きで腰のホルスターにあるもう一丁の拳銃に手を伸ばした。


 が、しかし。


「遅い」


 悲しいかな、そんな一言と共に無慈悲なまでな現実が彼女を襲う。


 グキャッ……!


「あ、え?」


 シキに握られた女の手は拳銃と一緒に潰されて一本の棒状になった。


「あっ、あっ……あぎぃいいいいっ!!?」


 女が思わず酷い有り様の手を押さえて一本下がったところを、シキはゴミでも取り払うかのような手つきで追い打ちを掛ける。


「はい煩ーい」

「あがあぁっ!?」


 軽く千切られ、その辺の床に投げ捨てられた片耳に更なる悲鳴を上げて痛がれば今度は歯。


「煩いと言った筈だが?」


 ペキッ……と前歯が二本、根元から引き抜かれ、女はその場に座り込み、失禁し出した。


「はっ、はひゅっ……いひぃっ……は、はふへぇっ……!」

「良い歳した女がお漏らしかよ。どうせマテリアルボディなんだろ? 痛いだけで天空城の記録媒体にある本体が死ぬ訳じゃないんだ、さっさと質問に答えろよ」


 次は蹴り。


「ひぎゃあああっ!?」


 乱雑に蹴られた女はボールのように吹き飛び、壁にその身を叩き付けられた。


 恐ろしく硬い装甲が直撃した右肩は思いっきり凹んでおり、その先はあらぬ方向を向いている。


「はふっ、た、助けれくらひゃいぃっ……! らんれもっ……らんれも教へるはらぁっ……!」

「ハッ、最初から素直なら痛い思いをしなくて済んだのに……」


 肩を竦めて言ったシキは女が痛がるのも無視して首根っこを掴むと、再びずんずんと廊下に出て歩き出した。


「な、何だこいつはっ……!? 人質のつもりかっ、卑怯ものめ!」

「どうせ助からん! 構わず撃ち殺せ!」

「一思いに楽にしてやる!」

「ほう……で、この次は左か?」

「は、はひぃっ、ほ……ほう、へふっ……」


 相変わらず元気に撃ってくる兵達を完全無視して進む。


 自慢の義手を伸ばして纏うことで歩く要塞と化した彼と憐れな女を止められる者は居なかった。


 時折、視界確保の為に僅かに開けていた隙間から手榴弾を投げて黙らせ、あるいは小型魔導砲で周囲ごと吹き飛ばす。


 泣き言を喚き続ける女には残っていたもう片方の耳まで千切ってやり、義手の爪先で目を抉り、鼻に穴を増やしてやり、片胸を握り潰し……と冷酷かつ残酷な苦痛を与えて黙らせる。


 そうして十分が経った頃だろうか。


 体感でしかなかったが、自分を追ってきていた聖騎士ノアとミサキが艦内に入ったと感じた直後、「ほほぉっ、ほほれふぅっ……! らひゃらほうほほひへぇっ……!」と、口まで裂かれた女が騒ぎ始めた。


 そうかと目の前の扉を蹴り壊し、目的地と言われた部屋に入る。


 ブリッジではなかった。


 戦場に出る必要性はないが、それでも乗せた方が対外的にも士気的にも宜しい要人を匿う為の部屋といった様相。


「っ……や、やはり私がっ……!」


 待ち構えていたのはまたまた女。


 ただの一般兵か、殺したい人物かの違いがあるのみ。


 イクシアの勇者ライの伴侶にして、イクシアの女王。


 そして、シキやライ、マナミらをこの世界に喚んだ関係者の一人。


 その前には護衛騎士が数十名に、グレン、ス・リンス等の軍団長の姿もある。


「おーサンキュっ、助かったわー」

「ぐすっ……ひぐっ……こ、これへ――」


 ――助かる。


 血と鼻水と涙で汚れた顔を希望で染めた道案内役の女は次の瞬間、シキの手によって床に強く叩き付けられて絶命した。


「ひぃっ……!? な、何て惨いっ……」

「クハッ、おいおい……おいおいおいおい、マリーマリーマリーマリーさんや……こんなことをする酷い人間をこの世界呼び込んだのは何処のどいつだ?」


 血飛沫が辺りに飛び散り、シキ以外の全員がそのグロテスクな光景に一歩下がる。


 ピクピクと痙攣している女の残骸から手を離し、更にその手からは銀色の髪を落とし、シキはゆっくりと立ち上がった。


「わ、私の意思ではありませんっ! 禁止されていた召喚の儀を強行したのは我が父っ……貴方の師が殺したイクシア王です!」

「その召喚の儀直後にお前が俺に何をしたか、何をしようとしたのか……忘れた訳じゃあるまい?」


 口を噤んだ女王の代わりにグレンらが前に出る。


「コクドー……故郷を捨てさせられ、あのような目に遭い、こう……なってしまったお前の怒りは尤もだ。だが……既にイクシアは滅んだ。報いは受けたと矛を納めることは出来んか?」

「今の貴方にとってー、私達にそこまで価値があるようには思えませんですー」


 何処か悲痛な声だった。


 特にグレンなどは元より同情的だったこともあって、より強くその傾向が感じられた。


「…………」


 ジルに師事する以前の、嘗ての師。


 シキ自身、彼等に恨みはない。


 故に、シキは少し黙って考え込んだ後、首を傾げながら返した。


「何を勘違いしている? 全部、お前らを恨んでこの行動だと? はぁ?」


 そもそもの話が違うと彼等をバッサリ切り捨てて言う。


「なに、お礼に来ただけさ。連合党首にして亡国の女王……如何にも民や兵が喜びそうなシチュだろう? 居るだけでアピール出来るんだ、乗ってることはわかっていた」


 全て見透かされていた。


 その事実を知ったマリーらは黙ってシキの動向を見ることしか出来ない。


「では改めて。宗教、種族間戦争の絶えないこのクソったれで愛しい世界に喚んでくれてどうもありがとう。お陰でクソみたいな環境に晒され、クソみたいな人間共に会えた。死んだ方がマシだと何度思ったか……見ろよこの身体。目も四肢も全部パーだ。親友には裏切られた。もう一人の親友はどっかに行っちまった。お前らに関わった奴等は尽く死んでいった。この手を血に染めなくちゃならなくなった。……逆に訊くが、一体全体俺に何の恨みがあったんだ? ついでに言やぁ、お前らはどうだ? 国が滅んだ? だから許せ? 見逃せ? 自分勝手過ぎやしないか? ん?」


 恨み言にしか聞こえない発言も明るく嬉しそうに話されれば印象も変わってくる。


「まあ良いさ、過ぎたことだ。んな下らねぇことより、俺はこいつと……こいつらと出会う為に生まれてきた、そう確信出来る連中と会わせてくれてありがとう……心から感謝する。本当にありがとう。お陰で幸せだ。この前なんかガキが生まれちまってさ……望んだタイミングじゃなかったけど、何でかな……すげぇ嬉しいもんなんだな、子供が出来るってさ。マジで山あり谷あり過ぎて泣きたいくらいだよ」


 こちらの世界の作法に則って頭を下げ、敬う仕草をして見せたシキは顔に笑顔を張り付け、鋭利な……それはそれは鋭利で血の垂れる義手と爪を振り上げながら続けた。


「だからこそ。魔王軍が一兵卒兼魔王の男改め……魔帝シキ。俺に出来る最大限の感謝で以て、お前らを(もてな)してやる。喜べ。……な?」


 と。


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