第261話 挨拶
すいません、大分遅れてしまいました……
それと、今話から当分微グロ注意です⊂二二二( ^ω^)二⊃
「クククッ……クハッ、クハハハハハハッ! ヒャハハハハハッ! 見えるっ、見えるぞっ! 狙いも軌道も何もかもっ!」
声が裏返るほどの高笑いと共に魔粒子を噴射し、加速降下するシキ。
帝国の発展や技術者の増加、『天空の民』からの亡命者の協力によって得られた新技術を取り入れた帝国製シキ専用MFAは更なる軽量化と更なる機動性の確保、必要消費魔力の更なる削減をも実現していた。
故に掠めもしない。
彼の狙った対空機関銃の鉛弾は彼の通った軌跡を追うことしか出来ない。
時折、先読みしたかのように眼前に現れる鈍い色の雨はその場で回転し、あるいは加減速を掛け、あるいは上下左右に方向転換を繰り返して躱す。
「数撃っても当たらねぇもんは当たらねぇなァッ!?」
マジックバッグマントから取り出したミサイルランチャーの射程距離に入ったことでニヤリと口角を上げたシキは吠え、降下を続けながら引き金を引いた。
一、二、三、四……と立て続けに何処か間抜けな音の飛来物がターイズ連合艦隊の旗艦に向かっていく。
どれほど機銃の数を増やしたところで近付いてしまえば関係ないとばかりの攻撃は見事的中を重ね、銀色の巨大苺の横っ面にて小爆発が続いた。
しかし、そこは巨大要塞。出迎えの弾丸は止まず、減らず、びくともしない。精々が幾つかの対空砲を潰した程度。
「あぁん……? 随分と硬い装甲だな……それにこの感じ、ブリッジが露出してないタイプの艦か? クハッ、そりゃそうかっ、弱点なら内側にしまっちまえば良い! 寧ろヴォルケニスやサンデイラが変わってるよなっ! クハハハハハッ!」
納得しつつ、弾切れのそれを投げ捨てて別の同型武装を取り出しつつ。交代するように向けたのは自慢の義手。愛する第二后妃自らが手掛けた最狂傑作。
カシュンッ……!
小気味の良い金属音と共に大きく開いた手のひらの中心と肩部装甲の一部に填められていた魔力充電池が怪しく光る。
そこへ幾つかの機銃弾が飛んできたが、直後に義手の先端から放たれた高濃度圧縮魔力エネルギー波はその一切合切を跳ね返し、敵母艦の装甲に直撃。けたたましい抵抗音が響かせたのち、盛大に風穴を開けた。
「っしゃあっ、駄目押しィッ!」
ヒビが入り、砕け散った紫色の宝玉が欠片となって落ちる中、シキは歓喜の声を上げ、しかし、同時に左肩に担いだミサイルランチャーの狙いを定め、再び引き金を引く。
外側は頑丈でも内部に爆発物をぶち込まれてしまえば流石に効くらしい。
連合の巨大天空要塞は大きさの割に大袈裟な黒煙を上げながら船体を傾かせた。
シキにとって僥倖だったのは敵母艦側の防衛戦力が薄かったこと。
「ハッ、分厚い弾幕を張れたところで個の戦力が物を言う現代じゃ無意味なんだよッ! クソッタレの勇者が戻る前に墜ちろッ!」
そう笑った彼の背後を銀灰色の戦闘機が飛ぶ。
フェイは器用にも飛翔翼と化していた腕だけを人型形態に変形させると、若干の減速を代償に大経口のマシンガンを撃ち放った。
『はははっ、何処狙ってんのさ大将っ! 戦艦ってのは下から狙うもんさねっ!』
当の本人も降下しながらの銃撃の為、言動が矛盾しているが、その狙いを見てシキは真意を悟る。
フェイの弾丸は斜めになりつつある敵母艦の下方に集中していた。
見れば姿勢制御用の大型ジェネレーターらしき口が開いており、そこから凄まじいまで魔力反応が漏れている。
最早、見慣れた傘型の魔力の粒だ。
体勢を整えようと一部が必死にエネルギーを吐き出しているのがわかった。
「っ、俺としたことが考えてみりゃ当たり前か! 飛んでんだからメインエンジンは下にあるっ!」
文字通り見落としていた。
上から見下ろしていたが故に、そしてかなりの巨体+重装甲故に見えなかった。傾いて漸く視界に入った。
加えて。
下から攻めていれば弾幕が薄いであろうことも察せられる。今回の敵旗艦は母艦ということもあってかなり特殊な形状をしているが、それでも真正面や横から来る相手に強い。戦艦同士、あるいは航空戦力と戦う為の船として造りからしてそうなのだ。
「そうとわかりゃあッ!」
トドメの一撃を加えるべく再度義手を向け、別のマナコンデンサーを肩部装甲のアタッチメントに填める。
そうして放たれた最大出力のビーム砲は一直線にメインエンジンに降り注ぎ――
――途中で屈折したかのように幾重に分かれて広がり、あらぬ方向に飛んでいった。
「お、ぉっ?」
『だぁから何やってんだいっ!? 熱エネルギーを伴っても魔力は魔力だろ! この巨体だっ、そっちを直接狙おうと思ったら距離があるんだよ!』
続いた指摘で合点がいく。
魔障壁である。
真正面の直線距離はそうでもなくても、斜め下を狙うとなれば実質的な距離は離れる。シヴァトが放ったのは全て実弾。魔力で出来た尽くを弾く特性がある魔障壁は貫通もするし、逆にシキの小型魔導砲などは容易く弾いてしまうのが常識。
「いやはや何とも。鈍ってんなぁ……」
『『『『『『ヴァルキリー隊っ、只今到着しましたーっ!』』』』』』
思わぬ凡ミスに思わず呆けて呟き、遅れて合流してきた部下達と一緒に実弾による追撃を図る。
「もうっ、ユウ兄速過ぎ! やっぱりルゥネさんに頼んで私専用の鎧も造ってもらわないと!」
『僕っ、参上ッ!』
「スーちゃんもさんじょー!!」
勢いを失くしたからか、メイやリュウ、スカーレットにまで追い付かれてしまった。
研究の結果、飛行用バックパックと判明したシエレンの飛翔翼を改造し、背面に無理やり取り付けた『アカツキ飛行型』を駆るリュウの口上とまさかの人物の助太刀に「おいおい……」と脱力する。
「いつの時代のバイク乗りだお前は……後、近接武装しか持ってないガキが空の戦場に何の用だ? つぅか元は味方だろ」
『何言ってんのっ、仮面被ってるのはそっち!』
「知らないの黒夜叉っ? 弱いと死んじゃうんだよっ?」
まるでサーファーのようにエアクラフトを乗り回しながら電撃を飛ばしているメイの横から何処か余裕のある返答が返ってきた。
無機質な機械に過ぎないアカツキからパイロットであるリュウの心情を読むことは出来ないものの、赤い髪、赤白斧、赤い修道服の幼女スカーレットの無邪気な顔からは推し量ることが出来る。
というより、深く考えてないであろうことが見ただけでわかった。返しもまともな答えになっていない。
揃いも揃って……とは思う。
が、幼馴染みであり、仲間であり、今は亡き撫子が繋いだ絆である。心強くない訳がない。
シキはそれまでの獰猛な笑みを消し、代わりに人情味の溢れる苦笑を張り付けると義手を構え……
直上から降ってきた光線を弾いて見せた。
その白い光はシキの魔導砲に比べれば細く弱々しく、事実大した威力はないもの。
しかし。
それと同時に見覚えのある光だった。
例え目を失おうと、義眼になろうと、絶対に忘れられない光。
この世界で出来た大事な大事な仲間……友人の頭部を目の前で消し飛ばした、憎悪すら覚える忌々しい光だ。
「クハッ……随分な挨拶だ。久しぶりだなァ? 聖騎士様っ……!」
人らしい笑みがまた人ならざる者のそれに戻る。
「っ!? 何っ……? 気付かなかった!? 私がっ!?」
『い、いやっ、こっちの魔力レーダーにも反応がなかった! 気を付けてっ、ステルス系の秘密兵器か何かを身に付けてるっ!』
驚きの声を上げながら振り返る戦士二人とは裏腹に、幼女だけは「のっちゃん!!」と喜色に満ちた声を上げている。
その人物は待ちに待った来客であり、出迎え人。シキは愉悦が止まらなかった。
そうして光の飛来方向を見上げれば、いつの間にかそこに居るのは聖騎士ノアとその他雑兵。
「相変わらず憎たらしい化け物ですね。我が伴侶ライに代わって、私が神の裁きを与えて差し上げましょう」
「よくもここまで好き勝手してくれたわねユウっ……! 今日こそ決着を付けてやるッ!」
「ま、マナミ無しじゃやっぱり勝てないよ! ここは退こうっ?」
「今更逃げるなんて出来るか! アイツは最低の人殺しだぞ!」
「皆の……仇っ……!」
ミサキは兎も角として、元クラスメート達まで居るようだった。
マナミの友人で鑑定系の固有スキル持ちの女、両手に盾を装備した防御特化の男、今一能力も性格もよくわからない無口そうな男の三人だ。
そして。
その背後に更にもう一人。
「…………」
元来無口なのか、静かに浮遊し、シキの方を真っ直ぐ見つめている。
不気味なのは気配や魔力はおろか、姿形までもが知人のものであること。
だが、それは絶対にあり得ない。
何故ならその人物は既に死亡している。
形見となった愛刀もシキの手元にある。
仮にも自分が直接手を下した相手だ。最期も看取った。
故に、本人ではないことをシキは早々に確信していた。
「チッ……ぬけぬけとよく俺にその姿を見せてくれる。お前、【変幻自在】の主だろ。ルゥネやメイから色々聞いているぞ」
ある種、ノアの存在を認知した時よりも憎々しげな顔を仮面の奥に隠しながら無い筈の視線を返す。
彼の義眼に映っていた者。
それは撫子そのものだった。
魔力と生命、熱エネルギーを具現化して映す機械仕掛けの瞳は彼女と瓜二つの髪や体型を捉えている。魔力を通しているらしく、服に武器、防具に至るまで見える。ハッキリと確認出来るそれらも今は亡き彼女が身に付けていた物と全く同一の物であることを示していた。
「ほう……どのような話か是非とも伺いたいところでござるな。黒堂……いや、シキ……殿だっけ?」
ピクリ、とシキの眉が動いたことに気付いた者は居ない。
その事実はつまり、ほんの僅かな動揺、隙を攻められるほどの実力者が居ないということ。
シキは安堵し、そして嘲笑い、平常心に満ちた声で返した。
「あいつの刀とスラスター、エアクラフト……その上、声まで再現するのか……」
ニセ撫子もまた元クラスメートの生き残りだという。
名前や容姿についても聞いたものの、学生時代の記憶などとうに忘れ去ってしまっていて覚えがない。
だが、以前一度見かけたことがある。その時も撫子と同じ姿で行動していた。情報通りならスキルやステータスまでコピーしている。
厄介な相手ではあるが……と、シキは目を細めて言った。
「ゼーアロットやジル様、『付き人』になってない辺り、自分が直接見るか会うかしないと模倣出来ない能力……ついでに言やぁ自分と実力があまりにも離れている奴にはなれないんだっけか」
今度はニセ撫子の方が反応した。
「っ……言うね。……違う、言うでござるな? かな? そっちは覚えてないかもだけど、私は貴方のことを覚えてるよ。まるで金魚の糞のように稲光君の後ろに付いてた背丈や目付きだけのカカシ……皆も陰でそう言ってた」
「は……? だから? 急にどうした? 今、そんな話してたか? よくわからん奴だな……」
本人なりに煽ったつもりだったのだろうが、思ってもみない妙な発言に興を削がれてしまったシキはそんなニセ撫子を呆れたように無視すると、改めて出迎えを見渡して言う。
「あー……態々こんな大所帯で迎えてくれたことには感謝する。……物凄~く言い辛いんだが……俺ぁ野暮用があってな。悪いけど、後でな? いや、マジで悪ぃとは思ってんだ。おう、マジマジ。本気と書いてマジ」
清々しいまでに軽い調子の為か、ミサキの顔はみるみる内に赤くなり、「あ、あんたねぇっ!!」と喚き出した。
「アタシらをバカにするのも――」
『――大将ーっ! こっちは独自に動いて良いのかーいっ!?』
変わらずマシンガンを撃ちながら被せたのはフェイ。
シキもシキで「あん?」と余裕綽々で振り返り、目の前の敵の群れに向かって謝るような仕草をとりながら返す。
「っと、ちょいと失礼。……お前らは艦を追えっ! どうせこいつらに大したことは出来ねぇっ! 見ろこのアホ面っ、たかだか雑魚の集まりだっ、いつでも殺せる!」
『あいよー!』
『『『『『『了解!』』』』』』
「うんうん、可愛い奴等だ。やってることは全く可愛くないが。……で、何の話だっけ? まあ忘れるくらいだ、大した内容じゃないだろ。んじゃなっ」
あまりにもふざけた態度に、ミサキやノア、ニセ撫子は反応が遅れた。
敵を前にこの発言。
敵を前に背中を晒し、親指を雑に向けての発言である。
元クラスメートの一人……両手に盾を装備するという珍しいスタイルの男だけが唯一動く。
「ま、待てよ黒堂っ!」
《空歩》、《縮地》のコンボで距離を詰められ、肩を掴まれた。
以前の大敗を機にレベルを上げてきたようで、ぐいっと振り向かされてしまう。
その行動、胆力、ステータスには目を見張るものがあった。
「攻撃は無駄だぜ。俺の固有スキルは【金城鉄壁】……防御力を極限まで高める能力だ。死ぬほど鍛えたからな。今じゃあの稲光だってまともにダメージを入れられない。お前らが最強の矛なら俺は最強の盾ってところだ」
「は?」
こいつは一体、何をごちゃごちゃ言っているのだろう?
シキはつい呆け、首を傾げた。
「俺達はな、お前に罪を償わせる為にこの戦場に居る。もうこれ以上、クラスメートに殺人なんてさせ……」
そこまで言った盾持ち男の口を塞ぐ形でスッと左手を当て、黙らせる。
「むぐっ……? んんっ?」
「何て言えば良いのかわからんが……死にたいなら早くそう言えよ。ったく……無駄な時間取らせやがって」
流れるように自然な動作で『風』の属性魔法を使う。
それはただの風だった。
風船が瞬時に膨らみ、破裂するくらい風を生み出し、流しただけ。
やはりと言うべきか、そこに殺意はない。
次の瞬間、パァンッ……! と、何処からともなく乾いた音が響いた。それでいて、くぐもっており、コンマ数秒遅れで両手盾持ちの男の目、鼻、口、耳……ありとあらゆる穴から血を噴き出る。
「ぶぎゃっ!?」
男は珍妙な断末魔を上げて墜ちていく。
血と共に目玉まで飛び出たようで凄惨な最期だった。
痙攣している辺り、まだ息はあるようにも見えたが、即死の枠に入ることをその場の全員が悟り、メイやリュウまでもが息を飲む。
彼の口を塞いだのは体内に送った空気の逃げ場を失くす為だったらしい。
「バカかお前は。どんなに硬くても内側までは守れないとやって見せたばかりだろうが」
続いた、「……何か理科の授業を思い出したな。懐かしい」という発言に誰かが「ひぃっ!?」と小さな悲鳴を上げた。
「クハッ、パンッ……だってよ。割れたのは肺か? 気管か? それとも両方? 全く別のモツか? どれにしても面白い死に方だったな」
端から見れば惨殺。本人からすればほんの挨拶。
シキは固まる周囲の横を今死んだ男と同じ移動法で通り抜けると、自慢の鎧から魔粒子を放出してあっという間に加速。何事もなかったかのように母艦に向かうのだった。




