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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第256話 裏切り


 ホバリング気味に浮いていたシキがゆっくりと着地する。


 張りつめた空気は仲間のせいで霧散した。


 しかし、当の本人は何処吹く風。


 逆に、人生において初めて老衰や病気以外の人死にを見たらしいチェリーは盛大に顔を青ざめさせ、眉をピクピクさせながらも何とか口を開いた。


「は、ははっ……や、やあシキっち……久しぶり、じゃん?」 

「おう、一ヶ月ぶりか。ガキには会った割にゃあ俺に顔見せなかったもんな? ……で? どう死にたい?」


 前半は嫌味な世間話。後半は死の宣告。


 ジャキンッ……と、唯一生身である左腕からもいつの間にか三本の爪が射出されている。


 さながらそれは死神の鎌。


 いつでも攻撃……否、処刑が出来るようたっぷりと魔力の込められたシキの武装に、チェリーとその他クーデター派は再び言葉を失った。


「ふむ……返答は無し、と。んじゃ首チョンパだな。死ね」


 つまらなそうな声に連なり、空気を裂いたような音が響く。


 次の瞬間、一つの生首と鮮血が飛んだ。


「は……へ……?」


 暴風雨のような殺気の中、まるで気配も敵意も感じられない斬撃が一本クーデター派の一人の首を跳ねていた。


 意外にも加減はしていたのか、飛ぶ斬撃はその後ろに居た者の鎧に当たって弾けたが、勢い余って飛び散った返り血がチェリーの顔に降り注ぎ、青かった顔色が白く変化する。


 その様子を義眼越しに捉えたシキは首を傾げ、そのまま頭を掻こうと左手を伸ばし掛けて、「……危ね。頭下ろすとこだった……」と止める。


 玉座の間全体を殺気で満たす中での殺気のない攻撃。


 下手に慣れた者にはそれが見えない。


 師団長クラスの者ならガードされるだろうとシキは他の者を先に手に掛けたらしい。


 が、反応的にそうでもなかったと知り、メイに話し掛けた。


「しまったな……今、殺れたろ。どう思う?」

「え、そこで私に振る? う~ん……強いには強いんだろうけど、ユウ兄とか私みたいに戦場で強くなったタイプじゃないんじゃない? レベルとステータスだけ、もしくはお勉強が出来る、魔法の的当てなら誰にも負けない、得意な《魅了》と戦わない場面で頭も切れて実際に優秀だったから師団長に抜擢された……とか」

「成る程、一理ある。失敗したな」


 軽い会話だった。


 何の気なしに殺れた、殺れないと己の死について話す強者二人。


 戦闘経験皆無のチェリーは過呼吸気味に一歩二歩下がり、しかし、耐えきった。


「はひゅっ……はっ、はっ……こ、こうやってっ……簡単に人を殺せる人間が戦争を呼ぶんでしょっ、魔王サマ! 何とも思わないワケっ!?」


 叫びながら手を振り下ろし、傀儡と化したリヴェインを前に出す。


 操られているとは到底思えない速度で迫り、まるで意思の感じられない瞳のまま抜剣。シキは爪で防ぎ、MFAが放つ推力でその場に留まった。


「っ……シキっ、殺さずに制圧出来るだろうっ!?」


 広間を揺るがすような剣戟に耳を押さえたムクロが絶叫する。


 その返答は酷く冷たいものだった。


「俺はただ『付き人』に代わって裁きを下しているだけだ。『絶対法』を知らない訳でもないだろう?」


 二人がギリギリと鍔迫り合っているところを、横からメイが回し蹴りを放ってリヴェインを跳ね飛ばす。


 顔面を蹴られた悪魔種の騎士は顔色一つ変えず、それどころか血の一滴も流すことなくザザッと数メートル下がり、再び剣を構えた。


「うわっ、幾ら後衛タイプでも勇者の私がステータスで負けてるって…… か、加減出来る相手じゃないよユウ兄っ」

「わかってる。危なくなったら言え」


 リヴェインの相手をメイに任せ、シキは前に進む。


 その背後にはメイド服を着ながらも手慣れた動きで二刀短剣ジャグリングをしているエナと無色透明になっていくトカゲの姿。


「私達は?」

「意識がある奴は全員殺せ」

「ん、りょーかーい」

「へへっ……純粋な魔族すら斬り裂ける武器を簡単に配るなんて怖ぇお方だっ」


 シキ直属の部下兼仲間はメイ同様に他の者と戦闘に入っていった。


 悲鳴に怒号、肉が裂け、血が舞い、首や腕が飛ぶ光景が周囲に広がる。


 場所によっては属性魔法まで。


 その余波で髪を揺らしながら、シキは静かに歩を進めていた。


「ひっ……な、何で動かなっ!? それに消えたっ!?」


 エナの【天真爛漫】は認識した相手の敵意を奪う能力。


 トカゲの【雲散霧消】は誰にも認識されない能力。


 チェリーに攻撃、認識出来ない相手を《魅了》で操られている者がどう攻められよう。


 逆に二人は好きに攻撃し放題というのだから笑えない。


 たかだか三人に自分以外の者が抑えられたという事実、義足が出す機械的な歩行音にチェリーは小さく引きつった声を漏らし、心の底から震え上がりながら後退る。


「し、シキっ、もう良いだろうっ? 何も殺さなくたって……」

「……お前がそういう態度だからこいつらみたいな連中を生んだんだ。全ての元凶は黙ってろ」


 寄ってきたムクロに無下な態度を見せ、見向きもしないシキの様子は何処かおかしかった。


 歩行を止め、また歩き出し、軽く俯き、また前を向く。


 何かを迷っているような、何かを考えているような、そんな動き。


「う、ウチだって四天王だよっ! 油断するからっ!」


 チェリーは震えを抑えるようにニヤリと笑うと両手を翳し、勇者並みに多彩な属性魔法を生み出した。


 『火』、『水』、『風』、『土』、『雷』、『氷』。


 勇者との相違点は球系統のものしかない点。


 その構築、創造速度は見事なもの。


 しかし、何度も勇者と殺り合ったシキには特段目新しくもない。


「無詠唱? 賢者の職業だったか。にしては種類が貧相……ビビってまともにイメージ出来ないたぁ折角の最上職が泣くなぁ?」


 己が師と同等と呼ばれる唯一無二の職の持ち主に、シキは寧ろ嘲りの感情を持って笑って見せた。


「煩いっ、死ねぇっ!」


 背後に居るムクロをも狙った計三十を越える魔法球はその殆どがシキの付近で霧散する。


 その瞬間、魔力製の壁が浮き出たことは誰の目にも明らか。


 残った『土』と『氷』は質量を持っていたが故にシキ自ら叩き落とした。


 が、幾つか弾き切れなかったものがムクロの頬や腕を掠めて消える。


「くっ……」


 肉と皮が持っていかれ、血が溢れる。


 苦痛に顔を歪めるムクロだったが、傷は瞬く間に治っていった。


 《再生》とはまた違う、全く生命力の減らない能力。


「【不老不死】……」


 シキがその様子を義眼で確認していたこと、そして漏らした小さな小さな呟きに気付く者は居ない。


「なっ!? ~~っ……! ま、魔障壁っ! まさか全身の装備に発生装置を付けてるって言うのっ!?」


 驚愕しつつも更に後退り、距離をとろうとするチェリーに対し、シキは《縮地》で目の前まで迫ると、爪や義手で一思いに殺すのではなく、何故か膝蹴りをお見舞いした。


「はぎゃっ……!?」


 深々と突き刺さるは鋼鉄の膝……否、そこから飛び出た赤熱化した刃。


 幼女体型の魔族の腹を容易に貫いた暗器はその状態で振動を始め、身体の内部を高熱で焼きながら傷口を広げていく。


「残念だな魔法使い。そのまさかだ」


 シキは言いながら灼熱の刃を抜き取り、ムクロの方に振り向いた。


 血の漏れる口をパクパクさせ、力無く崩れ落ちながらもまだ生きているチェリーを背に、重そうに口を開く。


「今のでわかったろ、ムクロ。こいつは何も野心だけで動いた訳じゃない。戦争を止めさせる為に動いたんでもない。こんなもんが出てきた以上、この先の未来はない……後衛職の利点が失われると見切りを付けて動いたんだ」


 次の瞬間、シキが魔導砲を放った時のような強烈な震動が城を襲った。


『助太刀に来たよ大将! ってありゃ……? 何だい、もう終わってるじゃないか』


 シヴァトに乗ったフェイが突入してきたらしい。


 強者同士の肉弾戦をしていたメイとリヴェイン、その他一方的に殺され続けていた魔族達に被害はないようだったが、壁が大きく崩れ、外の景色が丸見えになっている。


「リュウ達は防衛に回ったのか? まあ良い、指示を出すまでそのまま待機な」

『そーだよ。あいあい~』


 フェイはおちゃらけた様子でシヴァトに敬礼染みた動きをさせた後、両腕部に内臓された小型マシンガンを広間に向けて静止した。


「……アンダーゴーレムも同じ。他の奴等は単純に戦争が嫌だったとか俺を認められないとか視野の小さい行動だろうがな」


 加えて……と、シキは悲しげに続ける。


「これから戦争しようって王様がいつまでも迷ってばっかじゃ……優しいままじゃダメだろ。何度も直談判があったと聞いたぞ。お前のそのハッキリしない態度が今回の件を引き起こしたんだ」


 致命傷を受け、深く項垂れていたチェリーはそれを聞いてシキを見上げた。


「っ……わ……わかって、た……なら……最初か、から……かはッ……ゴボッ……動いて、よね……シキっ……ち……?」


 暗に自分達のことをもう少し考えてくれればまだ行動を移さなかったと言われ、溜め息を返す。


「……悪いなチェリー。アンタの野心はかなり前から知っていた。ルゥネの能力は深層心理まで読める。せめて俺が居ない時に事を起こすべきだった」


 呆れたというよりは憐れむような返答。


 そうしている間にも何度も血を吐き、呼吸は浅くなっていく。


「ゴホッ、ゴホッ……んぐっ……! だったら何で泳がし……」


 瞳から光が失われつつあることを、シキは義眼で察知する。


 かつてエルフの老婆が息を引き取った時のように、チェリーの生命力は底を突こうとしていた。


 そして逆に、シキの様子からチェリーは何かを悟ったらしい。


「あ、ぁ……そ……うい……う……こと……? ウチらの計画……最初、からっ……利用する……つ、つもり……で……」

「……望んでいたのはリヴェインやその他軍隊を無力化されたこの状況だ。ルゥネさえ来れば後はどうとでもなる」


 不思議な会話だった。


 ムクロにはその真意が読めず、首を傾げる他ない。


「な、何を……言って……? シキっ……チェリー?」

「ふふっ……ふ、ふふふっ……キャハハッ……か、可哀想な……魔、王……サマ……」


 チェリーがそう呟き、ムクロがそちらに気をとられた刹那。


 シキは魔法鞘から爪長剣を抜剣。


 《縮地》でムクロの前まで移動すると、今度はそのムクロの胸を深々と貫いた。


「がっ……ぁっ……」


 ジルの爪で出来た最高峰の剣がムクロの持つ高いステータスをも凌駕し、皮膚や肉、骨を刺し貫く。


「え? は、え……?」


 何が起きたかわからない。


 そんな顔で目の前の最愛を見つめ、シキは無言のまま剣を更に奥に食い込ませる。


 背中から飛び出た刀身からは真っ赤な血が垂れ滴り、シキの手もまた赤く染まっていた。


「な……なん……で……?」


 最大級の混乱で瞳を大きく揺らし、剣を抜かせるべく彼の手に触れる。


 しかし。


 シキは有無を言わせずに地面を蹴った。


 流れるようにスラスターに点火。《縮地》では出せない推力で以てムクロの身体を押し出す。


 その背後にあったのは玉座。


 まるで縫い付けるように、シキはムクロと玉座を剣で串刺しにした。


「がっ、はぁっ……!?」


 何度目か、ムクロの目が大きく見開かれ、残っていた酸素が血反吐と共に全て漏れ出る。


 駄目押しにシキの身体からどす黒い魔力が溢れ、腕から爪長剣に流れていく。


「魔王の座は俺がいただく。悪いなムクロ……お前にもチェリーにもこの座は渡せない」


 念入りに《闇魔法》の〝粘纏〟まで使われたことで刀身と傷口、玉座が固定され、とうとう抜け出すことも儘ならなくなってしまう。


「な、何で……? シキ……何で……こんな……こ、と……」


 心臓か、はたまた肺を貫かれ、しかし、()()()()身体であるムクロには脱力しきりながらそう問うことしか出来なかった。


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