第255話 反乱
チェリーによる謀叛……大規模クーデターの報が入ったのはそれから一週間も経たない頃だった。
サキュバスという種族特性を活かし、既にリヴェイン他軍団長クラスの者も《魅了》して操っているという。
スキルの効果的にリヴェインのような愚直な男は受けやすく、脱し辛い。また、奴の仲間への信頼は忠誠心故にかなりのものだ。多分、真っ先にやられて手駒にされ、その後に他の奴等も……といったところだろう。
「戦争が近付き、跡取りまで産まれて焦ったか……? まだ一週間だぞ、忌々しい……」
エアクラフトでバルコニーから飛び出し、ギャン泣きしている赤ん坊を連れて都の外れに停めていたディルフィンまで急速飛行する。
ムクロは対応の為にと残った。護衛として報告しに来たトカゲも居るし、城内にはメイとエナさんが待機していた。問題はない筈だ。
「リュウっ、ジョンっ! クーデターだとよっ、ガキぃ頼むっ!」
「うぇっ、今っ!? こんな真っ昼間に……って、ちょっと嘘でしょアカツキとシヴァトは整備中だよ!?」
「……タイミングを図られたんですぞ。あっ、シキ氏! では我々は浮上して待機ということで!?」
甲板上でアンダーゴーレムを並べて何やら弄っていた二人に「もしかしたら飛行可能な魔族が攻めてくるかもしれん!」と追加で声を掛け、中へ。
「ち、ちょいと大将待ちなよっ、ただのチェックなんだっ。後少しで行けるからさっ」
「そうですよ! 出せるのはフルーゲルだけでっ……人型じゃないから中までは入れませんし、武装的にも加減が出来ません! 死人が出ちゃいますよ!」
「戦力にならん奴はこの艦の護衛に回れ。適材適所だ、最初から城内での戦闘には期待してねぇさ。……スカーレット! お前も待機だぞ! 下手に殺しでもされたら敵わん!」
フェイと副隊長ネペッタに有無を言わせず子供を押し付け、ついでに「やったっ、狩りの時間だ! 今日は何人殺せるかな!?」等と恐ろしいことを宣いながら飛び下りようとしていた戦闘狂幼女を注意。制止を振り切って外に出る。
『で、ディルフィン緊急浮上! 城の方でクーデターですぞ! 各員戦闘配備!』
「ぶーっ! 『黒夜叉』ばっか狡ーい!!」
「だああもうっ、何やってんの暴れないっ! 斧で何しようってのさ!? ヴァルキリー隊の人達も準備出来次第出撃お願いねっ!」
『わかってます! 皆っ!』
『リュウさんも深呼吸です! 焦りは禁物ですよー!』
『ん……私も出るっ』
慌ただしく動き出した仲間達とドキっとするようなサイレンを鳴らしている船を背に甲板から飛ぶと、加速の為に大きく旋回。やがて最大速度に達したエアクラフトを城に急がせた。
魔都を越え、城壁を越え……子供の安全の為とはいえ、おおよそ二十分近くの無駄。
幸いにもまだ城は何処も攻撃されていなかった。
しかし、包囲は完了しているようで千人近い魔族達が地上から城を囲っているのが義眼でわかる。道中確認したが、都の方も何やら不穏な空気を悟ったのか、人通りがかなり減っていた。
……空の方もちらほら見張りが居やがるな。
この数……流石は四天王と感心するほどの能力だ。普通の《魅了》じゃこうはいかない。ムクロでも無理だ。天才的な才能の持ち主が長い年月を掛けた研鑽あっての賜物。
城の壁を透視する形で生命反応を確認してみればチェリーとリヴェインら傀儡と化した連中は下の階から進軍しているようだった。
特に迎撃されることもなかったので城周辺を飛んでいた鳥魔物系の魔族達の間を縫うように飛び越え、颯爽とバルコニーから侵入。ムクロの寝室にてトカゲ達と合流する。
「おぉ、ボス! 早いお帰りで!」
「……ムクロは?」
「王が逃げては大事に障るって玉座に向かっちゃったよ。話し合いで解決するつもりみたい」
「ユー君ごめーんっ、止める間もなかったのーっ」
部屋の中に居たのはトカゲ、メイ、エナさんとその他城の使用人達。
「非戦闘員は隠れてろっ、抵抗しなきゃ殺されはせん! チッ、あの馬鹿っ……王が討ち取られる方が余程大事だろうが……!」
俺達の突撃以来の暴力沙汰に怯える魔族達にはそう教え、思わず毒を吐く。
マジックバッグマントから魔法鞘、手甲、MFAと武装を出していき、エナさんに手伝ってもらって素早くフル装備を終えると、さっさと廊下に繋がる扉を開け放った。
「……どうするつもりなの、ユウ兄」
「どうもクソもない。敵は殲滅だ。先ずはチェリーを討つ。奴さえ落とせば《魅了》は解けるんだからな」
過去の積み重ね、教育、『絶対法』、魔族達の性格からしてクーデターを起こしてまで王の座を奪おうと考える奴は絶対的に少ない。
チェリーが本丸なのは間違いないだろう。
「とことん計算されたな……わからなかったのが馬鹿みたいだっ……!」
状況把握と対応に追われ、ワイワイガヤガヤと騒がしい道すがらを早歩きで進む。
「シズカさんかルゥネさんが居てくれれば未然に防げたんだけどねっ」
「ハッ、それを言っちゃあボスの計画も丸潰れってもんでさぁ」
「……何それ。ユー君、知ってて放置してたのっ?」
俺とルゥネの密談の多さからおおよそのことを悟っていたらしいトカゲのせいでエナさんから疑いや怒りの視線を貰ってしまった。
「何処で漏れるかわからないことを言える訳ないだろう? トカゲも止せ。こうなっちまったからには動く他ない。二人も邪魔だけはしてくれるなよ」
後ろに付いてくる仲間達を黙らせ、黙々と玉座に向かう。
「…………」
子供が産まれて平和ボケしてたんだろう。
いざ事が起きてしまえば今日ほど無防備な日はない。
政治やら何やらで都内に残っている強者は俺、メイ、リヴェイン程度。他は別の国に行っているか、レベリングに行ってるか、神殺しとやらに夢中か……リュウ達のゴーレムが使えないのは想定外だったが、まあそっちはただのチェックと言ってたし、直ぐに合流する。
トカゲやエナさん、リュウも強いには強いけど、俺らほどじゃない。戦力差や三強のうちの一つが敵に回ったことを考えれば僅かに不利。
加えて言えばムクロもまた出産の影響で本調子じゃない。相手も長年自分に仕えてくれていた仲間だ。城も操られている部下も傷付けずに例の謎言語魔法を扱えるほど冷静でもいられない筈。
殺せる相手なら話は早いんだがな。
リヴェインも兵隊達も失う訳にはいかない。
《魅了》の効果を思えばメイの固有スキルだって無駄。深層心理単体から肉体のみ、あるいはその両方をある程度好きに操れるスキルだ。例え意識が無くても特攻させることくらいは出来る。
さて……強引だが、手腕は認めよう。ここまでは順調と言って良い。
ムクロの性格を知り尽くしているからこそ真正面から攻め、ムクロもまた王として待ち構えることにした。
が、この後はどうすんだチェリーさんよ。俺とメイの二人をたかだかリヴェインと一兵卒程度で抑えられると?
確かな怒りと覚悟を胸に、俺は淡々と真下でムクロを囲んでいる人影を睨んだ。
「っ……何この人達っ!?」
「何って《魅了》された連中でござんしょ?」
最後の階段さえ抜けられれば玉座、といったところで大量の兵達が上がってくる。
「やばっ、後ろまで!? もうっ、こんなことしてる場合じゃないのに!」
それどころか背後も囲まれてしまったことで苛立ったエナさんが短剣片手に叫ぶ。
意識を失っているのか、兵達が総じて無言なのがまた不気味だった。
「……何か目が虚ろで怖いねっ」
「ユー君っ、さっきの件は後で詳しく聞かせてもらうからね!」
何やら敵意染みたものを味方の女二人から受けつつ。
俺は義手を床に向け、魔力充電池を一際強く光らせるのだった。
◇ ◇ ◇
「訳を……教えてくれないか? リヴェイン同様、そなたの一族もまた我に仕えてくれた同志だろう。それが何故……?」
玉座の間。
一国の主が座るに相応しい壮大な装飾の玉座の前で顔を悲しげに歪ませたムクロが問う。
答えたのはクーデターを引き起こした張本人トーレア=チェリー。
「ぃやー……魔王サマならウチの気持ち、わかるっしょ? 魔導戦艦とかアンダーゴーレムとか……あんなのが出てきたらウチら魔法使いの時代は終わりなの。だからホントにゴメンだけど、こういう手段しか取れないワケ」
多少の引け目はあるのだろう。
チェリーは兵を定位置に付かせながらも申し訳なさそうな表情をしていた。
「だからといってっ……」
「だからこそっしょ。戦争反対、中立を謳っておきながら事が起きると確定すれば軍を動かす……そのやり方に疑問を持っちゃったのはウチだけじゃないんよ」
言い分は事実。今現在の包囲の中にはチェリーに操られていない同志も何人か混ざっているようだった。
ムクロは理性的な目をしている数人を見つけて口を噤み、続きを聞く。
「そりゃ……魔王サマの立場からすればしょうがないかもだけどさっ。シキっちに絆されて、リヴェっちもケレンのスケベ爺さんも他の皆も……戦争に備えようとしてるじゃんっ」
曰く。
武装すれば更なる弾圧や差別を生んでしまう。ならばある程度の落とし所を見つけて話し合いによる解決を求めるべき。
纏めるとそのような主張。
チェリーの瞳にはそれ以上に嘲りや侮蔑といった感情が乗っていたものの、士気高揚の為か本心を隠し、まるで世論を代弁するかのように話していた。
並ぶクーデター派の人間達はチェリーとは違い、ムクロを案じての行動のように思える声掛けをしてくる。
「我々も同じ気持ちであります! 何処の馬の骨ともわからん新参者を引き入れ、子まで拵えてっ……それで民が付いていくとお思いですかっ?」
「戦争ですよっ!? 民に何と言い訳をするのです! それで亡くなる兵にはっ? 遺族にはっ? 死を超越しておられる閣下には我々の死の恐怖がわからないのです!」
「奴こそが戦争の引き金でしょう! 聞けば悪戯に聖軍の兵の命を奪ったというではないですか! 魔王様っ、最初から奴の存在が不味かったのですよ!」
その内容こそ大局を見れない者の考え方だが、聞く価値がないとは言い切れず。
「そうか……お前達がそこまでっ……」
愚かだったとは。
そう断じることも出来ない。
故に、「そこまで思い詰めていたとは……見抜けなかった我の失態だ。謝罪しよう……」とだけ続ける。
チェリーは野心ありきとしても、クーデター派の芯なる部分は同じ戦争反対の意だと知り、悲しみに暮れたムクロは力無く玉座に座り込んだ。
「すまない……本当にすまない。だが我は……一方的な虐殺を知っているのだ。既に剣を抜き放っている者に道理など通じないっ……それはそなたらにも教えただろうっ?」
漸く絞り出した返答に対し、チェリーらは無慈悲に返した。
「そうさせない為の策がない訳でもないんでしょ?」
「連合とて個は人の子っ、犠牲を出してまで我等の国を欲しがるとは思えませぬ!」
「同盟国を差し出せばよろしいっ! 同時にシキという輩の首もです! そうすれば連合らに点いている火も収まりましょう!?」
「閣下は奴に騙されているのですっ!」
あまりにも一方的な物の言い方に、ムクロはつい声を荒げてしまう。
「ふざけたことを抜かすなっ! その人族を見たこともない連中が何故確信を持ってそう言える! 私だって戦争は嫌だっ、人が死ぬのも嫌だっ……しかし、事はそんな次元をとうに越えているのだ! 何故それがわからん!? 言うに事欠いてシキの首だとっ……!? 貴様らは何処までっ……!」
一人称が崩れ、身が震えるほどの本心だった。
しかし、その怒りもシキという一人の男の影が邪魔するようで。
「……民の中には閣下を裏で操っている黒幕が居ると噂する者も居ます。『付き人』殿が居ないのです。『絶対法』の裁きも間に合いませぬ……然ればっ」
「我々の立場や憤りも理解していただくっ!」
「ご覚悟を!」
やはりチェリーだけは正しくシキの行動の正当性や人族の愚かさを等身大で理解しているらしく、何も言わなかった。
「揃いも揃って馬鹿者がっ……!」
最早、聞く耳持たぬと次々に獲物を向けてくる兵達。
そうして、チェリーが指をパチンと鳴らせば傀儡の兵隊までもが武器を取る。
その中にはリヴェインの姿もあった。
角は生え、黒と紅の瞳に黒い肌と悪魔が人に擬態しているかのような見た目とは裏腹に、忠義に生き、民にも慕われる忠臣。
その瞳からは生気がなく、意思も感じられない。
「リヴェインっ……恨んでくれるなっ、加減はっ……」
してやる。
そう続けようとした直後。
「……? シキ? 何をするつも……っ!? 伏せろっ!!」
「っ、皆離れてっ!」
魔力感知に長けたムクロとチェリーが何かを察知し、バッと飛び退いた。
瞬間、ズガアアアァンッ!! と、爆発でも起きたような揺れが城全体を襲い、天井が崩れ出す。
同時に魔力製の高熱エネルギーが玉座の間中心付近に降り注ぎ、最前列に居たクーデター派の数人が悲鳴を上げる間もなく武装ごと消失。それどころか床を貫通して地面の奥深くまで貫通していった。
支柱が働いてくれたお陰で城そのものが崩落することはない。
しかし、落下する瓦礫やその破片が辺りに降り、飛び、散っている。
揺れが収まった頃、何処からかピシッ、ピシッ……パリィンッ……と何かが砕けるような音が響き、遅れてとある男の声が降ってきた。
「よぉ反乱者共。こういう時、何て言われるか知ってるか?」
紫色の宝石の欠片と共に降下してきたのは黒髪黒角黒い仮面の男シキ。
黒銀の妖しい光沢を放つ巨大な腕をカシュンカシュンと縮め、同じく偽物の脚は装甲が幾つか開いており、隙間から深紫の魔粒子を放出している。
本来は紅の瞳が覗いている穴が空洞が如く暗いのもまた一段と恐怖を煽っていた。
「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK? ……ってな」
玉座の間全体が平和を傍受していた者には感じたことのない殺意の嵐に覆われ、物理的な重さすら感じさせるプレッシャーがその場に居るムクロ以外の全員の心を蝕む。
反乱を企てた者は己の死に場所を悟ったようだった。
強者であるチェリーと傀儡以外の全員が膝を突き、呆然としている。
「ま、つっても排泄はしねぇ種族だし、邪神への信仰も対して無さそうだが……合ってるだろ?」
「ち、ちょっとユウ兄っ、やりすぎっ」
「結構な数の人が瓦礫に埋もれたよ!?」
「こいつぁ……怪我人も大量ですぜ……?」
何とも締まらない言葉で締めくくり、続く三人が更に空気を破壊し尽くす。
事実としては魔王城の半壊と反乱者数人の死亡。
何かを言えるほど冷静さを取り戻せた者は居なかった。




