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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第253話 王の器


「むぅ……」

「……あ? さっきから何ガン飛ばしてんだコラ」

「むーっ」

「擂り身にされてぇようだな」


 現最愛(ムクロ)元最愛(ジル様)が睨み合いの喧嘩をしている。


 もうかれこれ数分はじーっとお互いを見つめ、牽制するように動かない。


 おかしいな、視界はない筈なのに二人の間で火花が散っている様が見える。


 逆に俺はと言うと左手をムクロに引っ張られ、ジル様には義手もあって広い右肩に座られている状態であり、物理的にも精神的にも非常に肩身の狭い思いをしていた。


「「シキ (ユウ)! こいつ何とかし (て)(ろ)!」」

「……どうしろと」


 何で現カノと元カノが会っちゃったみたいな状況になってんだよ。大体、ジル様は別に俺の何でもな――


「――へー、二百路に届きそうな女に好きとか惚れたとか甘いこと囁いといて別の女が出来たらそうやって切るのか」

「いや三十路みたいに言うな? 人間基準で言えば大分婆さんだぞ?」


 思わずツッコミを入れた直後、ムクロがよよよと泣き崩れる。


「ぐすっ……どうせあたしゃどれくらい生きたかもわからないお婆ちゃんだよっ……」

「予期せず一斉射しちゃったのは悪いけどお前も面倒臭いな。何で両者同じ射線で殴り合ってんだよ、そりゃ誤射もするわ。……つぅかマジのババア口調止めろ、萎える」

「「萎えるとか言うなよ」」

 

 綺麗にハモった。


 仲が良いのか、悪いのか。


「はぁ……」

「ちょっとっ。今度は何よ? ハーレム気取りっ? 子供もいるのにさ!」

「ぶち殺すぞ」


 溜め息一つでこれだ。どうなってんだ。


「もーっ! 何でも良いから早くその女を振り落として!」

「痛い痛いお前が本気で引っ張ると腕が捥げる全身サイボーグになっちまう」

「クハッ、こいつは昔からこうされるのが好きなんだよ」

「おおぉっ、おうおうおぉぅっ……!? すすす好きちゃうわっ、アンタもアンタで人の首に跨がるな擦り付けるな変な気分になるだろっ!?」


 肩の上で股を広げ、肩車状態に。そこから何処をとは決して言えないが、兎に角首筋にぐりぐりやられる。


 尻や尻尾やらの感触もダイレクトに当たってヤバい。


 上半身を思い切り振って落とそうとしているのに尾の先が俺の胴体に絡み付いて全く離れてくれない。


「ぐおおおおっ、止めろ止めろ止めて止めろくださいお願いしますぅっ」


 何で奥さん(予定)の前でこんな辱しめを受けなければならんのか。


「あー……シキ? 何やってんの?」

「旦那様の脳内が未だ嘗てないレベルでキショいですわ!!」

「うわぁ……ボクちょっとドン引き」

「あんたね! 少しはうちの姫の気持ちも考えなさいよ!」

「うひゃー面倒臭ぇことになってんなー」


 リュウ、ルゥネ、ココ、アイ、テキオからの口撃。


 そんなこと言われても。


「ユウ兄ユウ兄、ルゥネさんの顔が怒りとか嫉妬とか色んなのでぐちゃぐちゃになってるよ」

「等と補足しているメイ殿も声が震えていますぞ」

「何か……エロいっすね」

「……レド君? 私が居るでしょ何言ってんの……?」


 アニータにまで引かれているのがわかる。


 場所は帝国城の中庭。魔国に帰るべく軍の下っ端達がワタワタと忙しなく動き、ところによっては魔導戦艦が浮上している中でこのやり取りである。


 当然のように至る方向から白い目を感じていた。


 気まずい。


 あれが魔王様の伴侶か……みたいな目もあるように思える。


「でえぇいっ、いい加減にしやがれっ!」

「おっ?」

「わっ、わわわっ!?」


 全部が煩わしくなった俺は全身から魔粒子を放出してジル様を吹き飛ばすと一瞬だけ身体を浮かせて驚いていたムクロをキャッチして抱き寄せた。


「じゃあ帰りますから。それじゃ」

「あん? オレも行くぞ?」

「アンタは『海の国』の傭兵だろ……!」


 怒りで震える身を何とか抑え、「だって……だってっ……お前んとこに居た方が楽しそうなんだもんっ」なんてぶりっ子ぶってふざけてる蜥蜴女に「だってじゃねぇ駄々を捏ねる子供かっ」とツッコむ。


 折角忙しいルゥネが見送りに来てくれたというに、ムクロどころかこの人まで居るからろくな別れが出来ない。


 流石の女帝でもここまで人の目がある場所で余計な不和を生みそうな行動には出られないらしく、『何なんですのこの牝豚共は……!』と繋がった思考内で大層ぶちギレている。


「そ、そうですよシルヴィア殿っ。お戯れは程々になさってくださいっ」

「あぁ? 文句があるなら首にしろ。ここまで来たら魔国に雇ってもらった方が気楽で良いんだぞオレは」

「そそそそそんな滅相もない! 我が国から貴殿が居なくなれば滅亡待った無しですっ、どうかご再考願います! どうか! この通りですぅ!」


 俺達の後ろでちょびハゲが土下座している。


 相変わらずストレスの多い仕事でご苦労なことだ。そのうちマジでツルッパゲになりそうで同情すらしてしまう。


 とはいえ、お陰でジル様の意識が外れたので今のうちにさっさと魔国魔導戦艦艦隊の旗艦に乗り込む。


「昨日も言ったが、帰ったら発表があるからリュウ達はディルフィンな。道中仲良く頼むぞ」

「「合点承知の助!」」


 オタク同士、ジョンとも上手くやってるらしいが、スカーレットが獲物の方に手を伸ばして「オーク……召喚者だからまた強くなれそう……いつ殺せば良いかな……」とか何とかぶつぶつ呟いてることにも意識を向けてほしいものだ。


 そこから十分もしないうちに『海の国』、シャムザから新たに提供された新型艦のチェックをしつつ浮上。旗艦ブリッジ内でムクロにマイクを渡して号令を掛けてもらうと、ジル様やちょびハゲ、帝国の連中の注目を集める中、全艦が加速を始めるのだった。













 魔国まではあっという間だった。


 これまでは一週間から二週間掛かっていたところをルゥネら帝国の技術者とフェイ達、その他『天空の民』の亡命者達が知恵を合わせて新造した強化ブースターのお陰でたったの五日にまで短縮。寧ろ早すぎて着いた後のことに頭を悩ませたくらいだ。


 国境を越え、山や谷を越え、魔都が見え……デモンストレーションを兼ねて俺達の艦だけ低空で飛行したのだが、魔族達の喜びようは凄まじく、その熱狂ぶりはまるで救国の英雄を讃えるが如く。


 発表用に用意したカメラと立体映像技術を駆使し、甲板上からムクロに手を振ってもらう。


 俺とリヴェインらはその護衛。


 チェリーの企みを知ってしまった以上、慎重過ぎるということもないだろう。


 都の至る場所で巨大なムクロの映像が映し出されたことで都内が更にワッと沸く。


 初めて見る技術+敬愛する王の元気な姿は戦争に関する不安を有している民にとって希望とすら言える。ルゥネに頼み込んで作ってもらった甲斐があるというものだ。


 仕事や歩みを止め、ワーワーと手を上げてまで騒いでムクロの帰還を喜んでいる魔族達の中に果たしてどれだけ良からぬ連中が居ることやらと思案すること十分と少し。


 そうして何事もなく城まで来たら今度はマイクとスピーカーを用意し、様々な正式発表を始めていく。


 先ずは戦争について。


 残念ながら力及ばず、今後は確実に事が起きてしまうこと。それによって死者や怪我人が出てしまうこと、下手をすれば植民地、奴隷化待った無しの未来があることを念頭にムクロは淡々と事実を告げていった。


 シャムザで起きていたような暴動や帝国みたいなヤジこそなかったものの、都民達の様子は遠目から見ていてもわかるくらいの落胆ぶりだったとリヴェインやメイが言っていた。


 それだけ争い事を良しとしない性格の者が多いんだろう。基本的に人族よりも長寿なのも子を大事に想う一因。


 何でも魔族は生物的に子供が出来辛い種族なのだとか。だからこそ他所の子であろうと一人一人を自分の子供のように大切に扱いもするし、全体数が減ってしまう戦争を忌み嫌う。


 ここ数百年の均衡が崩れたというのもショックと見た。


 国としての対応、今後の動き、軍事への注力について、そこから徴兵を考えていること、少し税率を上げる等々。政策に関することまで一気に伝える。


 約一時間ほどの真面目な話を終えたら、『何も悪いことばかりじゃない』と俺との仲、子を授かったことを報告。都は数秒間時が止まったような静寂に包まれた後、未だ嘗てないほどの歓声で包まれた。


「「「うおおおおおっ、魔王様ばんざーいっ、!」」」

「あの魔王様に子供だって!? こんなめでたいことはないよ!」

「陛下ー! おめでとー!」

「あ! あの黒い仮面の人見たことあるよ! 魔導戦艦で城に突っ込んだ人でしょ!」

「リヴェイン様や他の四天王様と並ぶほどの腕とも聞いたぞ!」

「いやいやっ、仮にも魔王様が選ぶお方だっ、もしかしたらもっと強いのかも!」


 空気が、大気が震えるような騒ぎように思わず肩をビクつかせる。


 何か……あれだ。


 ムクロと俺に本当に子供が出来たんだなぁと今更ながらに強く実感した。


 【不老不死】で悠久の時を治めてきた王の子の誕生だ。まだ産まれてないと言っても、王権国家の国民からすれば真に喜ばしいことなんだろう。


「ふむ……今後は貴殿のことを婿殿と呼ばなくてはな」

「凄いねユウ兄……皆、花とか帽子とか身近なものを投げまくってるよ」

「うん……うんっ……良いことだっ……そうだよ、産まれてくる子供は祝福してあげなくちゃっ……子供は宝なんだから……!」


 リヴェインは軽口っぽく、メイは感動したように静かに、リュウは何故か泣きながら言ってきた。


 他の仲間達までもが感化され、それぞれ祝福の言葉を述べてくる。


 何でこんな危うい時期に……とも思ってたけど、ある種運命だったのかもしれない。


 ムクロが居て、子供が居て、皆が居て……


 こうやって笑い合っていられる為、平和の為なら俺は何処までも戦える。


 最早、戦争の回避は不可能。


 となればせめて早期解決を図らなければ。


 都中からの祝福を気恥ずかしく、嬉しく思う一方で、ムクロや魔族が願っているように争うことなく仲良くやっていければ良いのに何で人は殺し合うんだろうかと少し悲しく思ってしまった。









 




 それから一週間が過ぎ、祝福ムードの熱が漸く冷め始めた頃のことだった。


 夜。


 天寿の全うが近付いていたエルフの族長の様子が……という報を受け、ムクロと俺は急いでエルフ族の集まる区画に向かっていた。


 魔都内は様々な種族が混在しており、全てが全て上手く回っているとは言い難い環境。故に一部の種族は区画ごとに分かれて生活している。


 エルフもまたその一種族であり、褐色肌のダークエルフも含め、全エルフ……また、普段はあまり交流の薄い他の種族まで噂を聞き付けてひっそりと集まり、その様子を窺っているようだった。


 仮面を付けていると相変わらず怖がられてしまうので素面でムクロの後に続き、ザッと割れた人の群れの間を通って木の建物に入る。


「ま、魔王様っ……」

「陛下、この度は母の為にありがとうございます……!」

「これはこれは王婿様までっ……今、お茶を用意しますのでっ」

「よい。それより案内を頼む」


 家族や手伝いらしき人らを手で制し、いつになく真剣な声で奥に進むムクロ。


 これも他種族を一纏めにしている王の務め。婿として妙な態度や行動をとる訳にいかない俺は無言で歩を進めた。


 どうやら魔法か何かで造られているらしいこの建物は幸いにも義眼が反応して鮮明に見えている。


 そのまま奥へ奥へと進んでいると、これまた木製かつ魔法製の簡易ベッドのようなものに横たわっている耳長の人間の姿が見えてきた。


 全身が痩せ細っていて魔力も生命力も酷く稀薄。呼吸も浅い。俺でもわかるくらいに衰弱している。


 老衰だろうか? 少なくとも病気や怪我が原因のようには思えない。そんなのがあれば義眼か鑑定スキルが教えてくれる。


「お、おぉ……ア…………アケ……ディア……様……お久し振りに……ございます……」


 アケディア。


 ムクロの姓名だ。


 その前に名前を言っていたようだが、その時が刻一刻と迫っているらしく声が掠れて聞き取れなかった。


「うむ、久しいなアレイシア。そうか……思えばそなたもそんな歳か」

「お、覚えて……? いらっしゃった、の……ですか……?」


 会話の流れから旧友なのかと思った。


 そうでもない……のか? まあ王との謁見なんてこの平和な国には必要ないからな。


「無論だ。そなたは昔……あれは何百年前だったか……こんなに小さかった頃、花飾りを作ってくれたじゃないか。確か……そう、そなたと同じ名を持つ花で出来た色鮮やかなものだ。今も大事に取ってあるぞ」


 ムクロが当時の老婆の身長を表すかのような素振りで話すと、そのエルフは静かに涙を流した。


 長い長い時を生きてきた王が自分一人を覚えていてくれた。


 それどころか子供の頃の思い出まで大切にしているという。


 最長寿種として、これほど名誉で嬉しいことがあるかと俺達の後ろで見守っている家族達からも嗚咽が漏れ出している。


「ふふ……しわくちゃだ。当時はエルフ一の美少女と名高かったそなたがもう、か……」

「っ……そ、そういう……殿下は変わりませんなぁ……」


 涙溢れる皺だらけの頬に触れ、優しく微笑んだムクロに染々と呟くそのお婆さんからは少しずつ少しずつ生命力が減っていっている。


 死に際というやつだ。


 この人は五分もしないうちに息を引き取る。


 ムクロもそれをわかっているからか、老婆の手をがっしりと握って続けた。


「安心して逝けアレイシア。この国には我が居る。リヴェイン達が居る。我の男もだ。絶対にそなたの元に子供らを送るような真似はしない。悪いが、精々先に逝った仲間達と首を長くして待つことだな」


 知己との別れ。


 ムクロほど長く生きていれば慣れすらする。


 それでも心優しい性格がそうさせるんだろう。


 明るく冗談っぽい口調のムクロの声は震えていた。


 泣いていた。


 そっとその肩を抱き、老婆に向かって頷いて見せる。


「聞いたな婆さん。胸を張れ、笑え。私は王様に看取ってもらえたんだぞと。向こうは平和にやってた、今後とも上手くやっていけるだろうさってよろしく頼む。俺がこの人と子供達を、この国を守る。絶対にだ。皆が笑って過ごせる国を、世界を作ってみせる。見守ってくれな」


 こんな時でも俺の義眼はまともな視界を寄越さない。


「っ……婿様……殿下はお優しい方です……くれぐれも泣かせるようなことをしないと誓ってくだされ……でなければ化けて出てやりますぞ……」


 そう言って笑ったであろう老婆の顔を見てやれない。


「では……お先に……失、礼……しま……す……」


 そう言って老婆が満足そうに息を引き取り、最後まで泣き崩れないよう堪えていたムクロがその場に座り込んでも目を見て慰めてやれない。


 ムクロがどれだけ国民に愛されているかは痛いほど理解した。


 逆にムクロがどれだけ国民を愛しているのかも知っている。


 夜な夜な国民一人一人の顔と名前を覚えるべく……あるいは忘れないようにとリスト化されたそれを血眼になって見ていることも。


 民と喜び、笑い、悲しみ、慈しみ続けてきた王。


 これを見ればリヴェインの傾倒や忠心もわかる。


 この優しさこそが王足る所以だ。


 誰もが尊敬しているからこそ不敬は許せないし、『絶対法』も看過出来る。


 例え【不老不死】の力があっても俺には到底真似出来ない。


 文字通り、器や格が違う。


 ムクロは狙ってではなく、自然に愛し愛される王の器を持っている。


「…………」


 悪いな婆さん、本格的に世界が動き出せば化けて出てもらう羽目になる。


 だが、安心はしてほしい。


 ムクロを泣かせないという約束以外は絶対に守ると誓おう。


 変革には痛みを伴うんだ。時には泣くことだってある。何の犠牲もなく苦難を乗り越えるなんてのは虫が良すぎる。


 でも、だからこそ何を犠牲にしても……それこそ俺が死んででも絶対に守るから。


 遺族と共に泣いているムクロの肩を抱いた俺は静かにそう誓った。


来週の更新、遅れるかお休みするかもです(*`・ω・)ゞ

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