第250話 剣聖再び
キリが良かったので大分短め。
『海の国』の使節団を乗せた魔導戦艦の艦隊がやってきた。
総勢三十隻を越える大艦隊である。
『海の国』の領土内から発掘されたものだからか形状がサンデイラとよく似ているものや船に近い……言ってはなんだが、地球で見るような造形のものが多かった。
勿論、古代の産物故に大きさも種類も性能もまちまちっぽいが。
「姐さんのは……ないか」
帝都上空で展開していく艦の群れに頼もしさと若干の『圧』を感じる中、寂しく呟く。
シャムザに戻ったか、それとも何処かで勢力を広げているのか。
ムクロやルゥネ達が居るとは言っても姐さんも大事な一人。久しぶりに会っておきたかった。
「態々こんな動き……対等だとでも思ってるんですの……? ってそれより旦那様っ? 約束のことをお忘れですか? 不肖ルゥネ、流石に目の前で他の女に目移りされては妬いてしまいますわ」
力を誇示してきた同盟国よりも俺の内心の方が苛立つらしい。
ルゥネは頬を膨らませながら腕を組んできた。
「お前が不肖なら他はどうなるんだよ。努力の天才ってのはこれだから……頑張りさえすれば誰もが平等にどうにでもなれると考えやがる」
「超一流になるには素質や素養が必要でしょうけど、一流になるのにセンスは要りません。ひたすらに研鑽研鑽研鑽あるのみっ、ですわ!」
半ば死ぬ気で食らい付き、生き残ってきた俺が言うのもなんだが、やはりこいつは狂っている。
ネジとか大事な部品が幾つか欠落してて話が合わない。
シャムザでは仲間や民がどれだけ死んだか。
「でも……そんな私のことが今では?」
「ムクロの次くらいには好きなんだよなぁ……」
頭が痛くなってくる。
【以心伝心】で長らく繋がっていたせいだと思いたい。
「失敬なっ……遠く離れていても旦那様が私を可愛く思ってるのはお見通しですわよ?」
「……ムクロが一番なことに変わりはないがな」
後ろに転生者組やアリス達が居てもお構い無しのルゥネに、負け惜しみのように同じことを繰り返す。
そうしてイチャイチャ……イチャイチャ? していると。
ダァンッ! と、とんでもない衝撃と一緒に誰かが降ってきた。
「よぉクソ弟子。テメェ……何処まで人をおちょくりゃ気が済むんだ? あ?」
ジル様だった。
飛行可能な竜と人の狭間の形態。
魔力も〝気〟も生命力も今まで見てきた中では最高峰。
それらがあまりに強過ぎる為に眩しくて仕方がない。他の人間や周辺が義眼で拾えない程度にはエネルギーに満ちていた。
……でも身体の凹凸はハッキリしてるな。相変わらず胸が小さ――
「――そうかそうかそんなに死にたいかテメェコラ雑魚コラ」
「ぶべらっ!?」
目にも……否、義眼にも止まらぬ尻尾攻撃を顔面に受けた俺は錐揉み回転しながら吹き飛んだ。
「っ……だ、旦那様? 今のは旦那様が悪いと思いますわよ……?」
地面の上を一回二回三回バウンドして漸く止まる中、ルゥネからも追い打ち一つ。
「い、いってぇ……」
涙目で頬と首を擦る。
仮面をしていたので痛いのは首だ。一応、咄嗟に《金剛》は使っていたが、やはりモノが違う。衝撃を受け止めきれずに少し痛めたのがわかった。
「……おい」
「酷ぇことしやがるなお師匠様よぉ……確かに前のは俺が悪か――」
――〝オイ〟。
静かなのに、上空を飛び交う艦隊の航空音の方が余程大きいのに酷く響く声だった。
「な、何……すか……?」
剣幕はわからないものの、声音がマジなのでビビってしまい、微妙な敬語になる。
「誰がやった」
「は?」
「違うな……誰にやられた?」
『……恐らく旦那様の負傷について言っているのかと』
ルゥネが【以心伝心】で補足してくれて漸く理解した。
「あぁ……これか。調子こいて連合のクソ勇者共と殺り合ったらこの様だ。ホント……情けないよな」
義手の手のひらを広げ、両の義足を両の義眼で見つめるように自嘲したからか、返答はなく。
代わりにルゥネが再度ジル様の心情を伝えてくる。
『ヤバいですわヤバいですわヤバいですわ旦那様ッ!? この方、めちゃめちゃ怒ってます! 今にも飛び出すかどうか悩んでますわよ!?』
……うそん。
「そうか……連合の奴等全員ブッコロス」
「いやちょっと待てっ!? 何であんたがキレる!? そして何でカタコトっ!? 良いんだよっ、これは罰なんだ!」
何の、とまでは口に出さなかった。
しかし、ジル様もまた読心スキル持ち。
俺の心は裸同然。
だからこそ、ジル様は「っ……」と後一歩のところで留まったような息を漏らし、怒りの気を鎮め始めた。
そう、これは罰だ。
今まで自分には関係ないと大勢の人間が死んでいく様を見てみぬ振りしてきた罰。
我が身可愛さに友達や仲間を見捨て、踏み台にしてした罰。
大事な人を、友達を殺しちまった罰。
あんなに忌み嫌ってた奴と同じことをしておいてまだ俺は違うとか思っている罰。
お陰で一番大切な人の顔もまだ産まれてない自分の子供の顔も俺をこの世界に順応させてくれた大恩人自慢の超絶美少女面すら拝めやしない。
「けど、良いこともある。アンタの言う通り、俺にはまだ目で追おうとする癖があった。この義眼じゃ追うもクソもない。ただ魔力と生命反応が探知出来るだけ。見た目ほど弱体化してない……筈だ」
何で俺はいつもこうなのか。
言ってて話題に失敗したと気付いた。
「ほう? なら再戦といこうじゃねぇか」
「おっふ」
変な声が出てしまった。
「あ、アンタはもうっ……! そればっかりだなっ!?」
言うや否や、地面を蹴ってスラスターに点火。急上昇を掛けてその場から離れる。
「クハッ……! たかが出迎えに完全装備で待機してた奴のどの口がほざきやがるッ!」
バサァッと翼を広げて追ってきたジル様から何処か嬉しそうな声が返ってきた。
ルゥネからは「私達は会合がありますのでこれにてですわ旦那様ぁっ! ご武運を~っ!」と声援があった。
ついでに、【以心伝心】による意識共有リンクからは仲間達の正直な心情が。
メイもエナさんもフェイも皆呆れていて、帝国メンバーは『飽きないなぁ……うちの姫にお似合いだわ』と。リヴェイン含め魔国の連中は『大事な会合だというのに貴様は……』と。
尚、こうなるとわかっていたのでムクロは会議室でお留守番だ。諦めの境地極まれり。
「あのなぁっ、文句は目の前の剣聖に言いやがれ! 世界最強相手に何も言えないからってテメェらっ!」
俺が皆に返せたのはそこまで。
以降は戦闘に支障をきたすと判断したルゥネがリンクを切った為に、また純粋に地面との距離が百メートル以上離れた為に、そして最後に当たれば必殺の斬撃が飛んできた為に俺の意識は殺意マシマシ愉悦大盛りの化け物に向けられることになる。
「また逃げんのかっ? バカの一つ覚えだなァッ?」
「っ、場所を考えろっ! アンタが所属する国の艦隊が直ぐそこに――」
「――知るかよ」
それまで背後から、それもかなり離れた位置から届いていた声が目の前から聞こえてきた。
義眼も嫌な現実を証明している。
魔力&生命反応を示す光が瞬時に移動してきやがった。
何て速度。
そう思った次の瞬間、再び凄まじい衝撃に見舞われる。
「ぐあっ!?」
蹴られた。
何とか義手を間に挟めたが、衝撃が強過ぎて止まれない。
俺は上下左右もわからなくなるほど回転しながら付近を浮遊していた魔導戦艦に突っ込んだ。
ガラスのような何かが砕け散る音と全身の痛み。遅れて周囲から聞こえてくる驚愕の声。
「うわぁっ!? あ、貴方様はっ……シキ殿っ!?」
知人だからだろう。懐かしきちょびハゲが居ることだけはわかった。
「しまったっ、ブリッジにっ……!? テメェっ、ちょびっ!」
「はひぃっ!? な、何でございましょっ!?」
「何でジル様を連れて来やがったっ! お陰でっ……」
と、そこまで八つ当たりしたところで戦艦に何かが激突。遅れて爆発が二度ほど起き、まともに立ってられないくらい揺れ出した。
「ブリッジ後方に被弾! これはっ……し、シルヴィア様です! シルヴィア様が艦に攻撃をっ? し、してっ!?」
「被害甚大っ、このままだと航行がっ!?」
言いながらも理解が追い付いてないらしいオペレーター達が混乱しながら報告する。
あの狂人はどうやら本気で『海の国』がどうなろうと知ったことじゃないと思っているようだ。
「チィッ、お構い無しかよっ!」
せめてもの毒を吐き、マントから取り出した回復薬を飲み干して《縮地》を使用。外との気圧差でかなりの強風が行き来している強化ガラスから飛び出す。
「あっ、ちょっ……し、シキ殿っ!? 一体何が起きているんですっ!」
ちょびハゲは今にも泣きそうな声で叫んでいた。
「自業自得だっ、馬鹿野郎っ……!」
あんなのは暴れ馬も良いところだ。手綱を握れないんなら連れてくるなという話……
「クッ、ハハァッ! 誰が馬だってぇ!?」
今度は上。
〝気〟が乗っているせいか、俺の刀剣と対になっている蒼い刀剣が鮮明に見えた。
ガキイイィィンッ!!
と、防いだ義手を伝って肩、胴体、果ては全身に響くほどの衝撃が走る。
「くぅっ……!?」
「おぉっ? 頑丈だなァッ?」
驚き半分、面白半分の声音で笑う正真正銘の化け物に対し、俺はその獲物の刀身を掴むことで応えた。
「剣士だからって……!」
等と口走っているのもそれと同時に再び蹴ろうと足を振りかぶっているのも無視し、義手を急伸。
続けて、流れるように背面スラスターと装甲型スラスターから魔粒子を放出して大回転。
「おっ? は? あ、んっ?」
ジル様がぐるんぐるんと回る視界に本格的に驚くその中心で。
俺は義手、魔粒子、遠心力の全ての力を使い、先程の魔導戦艦目掛けて思い切り投げ付けてやった。
「おおぉっ!? や、る……なァッ!?」
流石の飛行形態でも抵抗出来ない力だったのか、それとも単にわざと受けたのか。
ジル様は素直に魔導戦艦の装甲にぶち当たり、かつ貫通して中に消えた。
「はぁっ……はぁっ……何がっ……!」
こんな程度で終わらないことは百も承知。
なればこそ。
「来いよ最強っ! 今度こそ逃げずに決着を付けてやるっ! 精々が二流の意地っ、その竜の目玉に刻み込んでくれるわッ!」
俺は十メートル近く伸びていた義手を元の二メートル弱にまで戻すと、そのまま中指ならぬ中爪を立てて挑発するのだった。




