第249話 皮算用と狂願
アリスの来訪。
純粋に喜べたのは数刻だけ。
理由はアリスが持ってきた書簡の内容にあった。
帝城の会議室へと場を改め、ムクロ以外のメンバーが再集合させての緊急会議。
旧時代的にも木の板に手書きのそれである。
ルゥネは何とも渋い声で唸るだけに留めていたが、リヴェイン等はわかりやすく激昂してしまった。
「ま、あ……言い回しに少々問題はありますが、まとめると我々の陣営側への参加を表明する内容になりますわね……」
「だとしてもだっ、何だこれはっ! 失礼千万っ、無礼千万っ! 今すぐ獣王をこの場に引きずり出せぃッ!!」
めっちゃくちゃ砕けて言えば、「参加はするけど、アリスを含めたうちの精鋭だけな? あ、派遣代は超割高料金で請求すっから。食費その他諸々の面倒は見てちょ。もち、そいつら死なせたら超高額で損害賠償を求めるよん。後、戦争終わったら二度と交流する気はないからそのつもりでよろ。お互い、不干渉の方が何かと良いっしょ?」とそんな感じなので二人の心情はわからなくもない。
「……詳しく説明してくれるんだろうな?」
「わぁってるってのっ、流石の俺でもこんな馬鹿げた内容っ……言いたかないけどよ、うちの王様はやっぱりアホだぜっ」
俺の追求に、アリスが机をバンと叩いて不貞腐れる。
アリスとしては到底納得の行くものじゃないが為に弁解すべく一人先行してきたらこれまたとんでもない場面(友人のおめでた話)に遭遇した訳で。感情と理解が追い付かないのか、先程からプンプンしている。
「第二次帝連戦役以来、『天空の民』の技術者達が多方面に亡命を試みてるって話はちょくちょく聞くけど、戦艦を用いてまで……それも態々魔力のない獣人族達の元にまで流出しているとはねー」
ココが親友兼主の気持ちを代弁したかのように呟く。
事実、フェイ達と同じく文明も思想も何もかもが滞留の一途を辿っている己が種に対して複雑な想いを秘めていた者は多かったらしく、帝国だけに留まらず、魔国やシャムザ、『海の国』にまで流れ着いているという報告は上がっている。
集団で小型の移動艇を乗り回し、そこら中に散らばったとも。
それが獣王国には予備の魔導戦艦を奪取してまで亡命していた訳だ。
極小量しか魔力を保有してないとはいえ、自分達にしか扱えないというアドバンテージは強力。少なくとも、そいつらに関してはそれら兵器の有用性や技術力をアピールして獣王国の庇護下に入った。
その結果がアリスを中心とした外交艦隊の創設であり、獣王なりの誠意だと言う。
「根がビビりなんだよっ……たかだか俺一人に警備網を全部抜かれてボッコボコにされたからって好き勝手にさせるくらいだ。引きこもって外の世界に目を向けないから内気になるっ……! それでいて身内にはデカい顔をしやがるんだから救えねぇっ」
口や態度では強がっていても撫子の死とその原因を知って内心穏やかではいられないようで、久しぶりに会った親友は自分が仕えている立場にある王をボロクソに貶していた。
「細かい決め事とか内容は後から来る連れが言うかもだが……ま、気にしなくて良いぜユウちゃん。何があっても俺が許可させる。そんなみみっちいことを言ってて国家間の戦争になんざ勝てるわきゃねぇ」
アリスには既にルゥネと詰めている計画について簡単な概要を伝えている。
更に、今この場では現在進行形で俺との個別意識共有リンクを繋げることでより理解度を深めさせており、それとは別にアリスの本心や生の感情の方は全主要メンバーに流し、リヴェインのように怒りを露にしている者を鎮めに掛かっている。
【以心伝心】を使うルゥネの負担を大きくしたお陰か、リヴェインの怒りは直ぐに鎮火。「す、すまない……熱くなっていたようだ、少し頭を冷やす」と謝罪した。
『思考や感情を取捨選択して好きなように伝えることが出来るとはいえ、全て私を通していることをお忘れなきようお願い致しますわ旦那様。前も言いましたけど、これ結構疲れるんですのよ?』
等と愚痴ってくる女帝を『ガタガタ抜かすな。お前は俺の何だ? 情けねぇ敗者のお前は勝者である俺の言う通りに動いてりゃ良いんだよ』と冷たくあしらいつつ、詳細な情報の提供をアリスに求める。
アリスと初対面の者や詳しく知らない奴には簡単に俺の中の本人像を伝えて悪感情を抜かせているので混乱や妙な軋轢は無くなりつつあった。その逆もまた然りだ。
「~っ……♡ ゾクゾクします興奮します濡れてきましゅぅっ……♡♡」
「……シキ君、ルゥちゃんに何か言ったでしょ」
「言ったのは認めるが、放っとけ。ただの発作だ」
「あひぃんっ、このモノのように使われてる感じが堪らないですわぁっ……♡」
一乙女や一国のトップとしてはちょっとどころじゃない危ない動きをし始めた変態女帝を俺の元に抱き寄せ、義手で締め付けて拘束。強引に話を先に進めていく。
「もがぁんっ♡」
「で? 戦力は? 思想は? 使えるのか?」
「んー……魔族や今の帝国の兵力がどんなもんか知らんと何とも。俺からすりゃまあまあってとこかな。少数精鋭ってのも強ち大袈裟じゃねぇぜ? 何せ小国の一つや二つくらいなら一週間で滅ぼせる。移動時間さえなければ一日で首都を落としてやるさ」
凄い自信だった。
まあ、そう言ってのけるアリスも以前よりプレッシャーが増している。
これまで俺が会ってきた強者の誰もが放つ『圧』。
直近で近いのは……ジル様だろうか。
追い付いたようには感じられないが、両者共俺に本気を見せたことはほぼない。実際にどちらが強いかは未知数だ。
どうやらハーレム作りに現を抜かすことなく世界最強の夢を追いかけ続けているらしい。
「〝気〟の使い方もマスターした。今の俺ならユウちゃん如き敵じゃないね」
煽るような口振りはスルーし、「やる気の方はどうなんだ? 局地的な目線しかないなら使えないだろ」と返す。
「んだよ張り合いねぇなぁ……ま、そっちも多分大丈夫じゃね? 仮にも獣王直属の戦士達だし」
「多分じゃ困る。派遣でも戦力に組み込むんだ、命令は聞いてもらうぞ」
獣王国の本土が戦争に巻き込まれなかった場合、そいつらは他国を守る形で動くことになる。
それか帝国に付いていかせての侵攻だ。大局を見ることが出来ない客兼助っ人なんざ邪魔でしかない。
「そこはほら、ルゥネちゃんの力でちょちょいとさ」
「んんーっ!」
(何でいつもいつも私に頼るんですのっ!? 私は便利な潤滑油でも何でも――)
「――そんなのは決定事項だ、良いなルゥネ」
「んーんぅっ! んんんんん、んんーっ!!」
(承知ぃっ! 私は旦那様の忠実な犬です奴隷ですわーっ!!)
強烈な手のひら返しに俺以外の全員が体勢を崩した。
「あ、相変わらずだなルゥネちゃんは……性格っつぅか何つぅか……今一掴めんわ」
アリスが苦笑いしてる風の仕草をした次の瞬間、「ん?」と、ふと疑問に思ったことがあったので流れを無視して質問する。
「なあアリス。直に会ったお前の意見を聞きたいんだが……獣王は本当に戦争と無縁でいられると思ってるのか? 今は冷戦状態でもいずれは大陸全土を巻き込む世界大戦になる。俺がイクシアで習った歴史が正しければここ数百年以上なかった規模の大戦争だ。幾ら獣人族が他種族との繋がりを絶とうと内乱くらい起きるだろ」
何処かでドンパチしてればその周りも感化されて動き出す。これは地球でもこの世界でも同じこと。戦争を始めるのはいつだって人間なんだから。それこそ地球の歴史が証明している。
しかし、書簡の内容やアリスの憤慨を聞くに、まるで『本来、自分達は無関係だけど後々のことを考えて仕方なく兵を貸してやる』と言っているように感じたのだ。
ルゥネ達も似た見解を持っていたらしく、同意の念が伝わってくる。
そして、何故かその中にはアリスの内心も含まれていた。
「そうさ。この期に及んでまだ引きニート出来ると思い込んでるんだ。何せ獣王国の正確な位置は何処の勢力にも割れてない。お前ら、誰か一人でも獣王国に行ったことがあるか? 先に言っておくと、世界地図に書かれてる位置は全くの出鱈目だぜ。方向や大きさはほぼ合ってるけどな」
一重に地図と言っても軍事利用を恐れて何処の国も独自のものを持っており、測量技術もまちまちならまともな交流も友好国くらいしかない。ともなれば真に正確なものはこの世界の何処にも存在しない。
が、アリスは大陸全ての国で扱っているものが間違っていると断言した。
更に付け加えれば、その理由もまた【以心伝心】によって伝播してくる。
「地下の……王国?」
「ぷはっ……す、全ての国に間者、ですか……?」
声に出してまで驚いたのは俺とルゥネ。驚き過ぎて拘束を解いてしまった。
他も似たり寄ったりでアリスから流れてくる獣王国の実態に驚愕している。
まあ何処かの森の下に広がる地下世界に国や街を興していると聞いて驚かない方がおかしい。
唯一教である聖神教の教え的に隠れ住むのが正解とはいえ、その技術力といい、それをしようと思える度胸といい、鎖国だけに済ませた魔国以上の徹底ぶりだ。
「で、国に入り込んだスパイは〝気〟の技術で隠密に長けているから常時情報収集に精を出していると……」
「地上に生きる獣人や奴隷にされた者は何も知らないって……最近の話なんですのそれ?」
「らしい。……あ、俺は元々知ってたぞ? 生まれ故郷だし。今思えば太陽すら満足に拝めない世界にうんざりしたから飛び出したってのもあるなぁ……」
まあ衝撃の事実とアリス本人の事情は兎も角、獣王の自信は理解出来た。
アリスが知る限り、その地下王国に行く為には〝気〟が必要で本来それらの技術は地下王国の者しか知らないというのも。
「成る程……そりゃあ確かに無関係かもしれん。ただの人材派遣だけで貸しを作れるならってところか」
それで上手くいくとも考えられないが……
アリスは見ての通りの性格だし、闘争心にも火が点いている。外交艦隊とやらも俺達地上の人間からすれば十分な脅威だ。真の目的は存外厄介払いに近いのかもしれない。
ドンパチに限らず、過激な思想も広がるものだからな。
「魔国は多少なりとも獣王国と交流があったんじゃないのか?」
まさかそんなことが……等と口をパクパクさせているリヴェインにそう訊いてみたものの、「書簡や使者を行き来させていたくらいだ。それも互いの現況や人族に関する情報交換のみ。使者が通っていた場所は表向きの都だったのだろうな」と返ってきた。
アリス曰く、狩りや農業は流石に地上でするらしいから地下に移り住むまでに使っていた街か村を表向きの住居として再利用してるんだろう。それも普段は濃霧で覆われてるからそもそも見つからないって話だが。
「世の中、知らないことばかりだな……」
思わずそんな独り言をポツリと漏らし、「まあ」と話を締める。
「一先ずはアリスが置いてきた艦隊を待つか。『海の国』の連中も来るんだろう?」
奴さんも姐さんの『視』る能力のお陰で艦隊を得ている。俺達三ヶ国同盟の地理を思えば……
「そうですわね、我が帝国で話し合うことになるかと」
ルゥネの返答に思わずまた会談かと溜め息が出そうになる。
何が恐ろしいって獣人族の艦隊じゃなくてジル様の方だ。護衛として絶対に来る。あんな別れ方をしたんだ、半殺しにされる未来しか見えない。
あの人はマジで加減を知らないからな……
内心の恐怖と悪寒にぶるりと背筋を震わせてから「あれ?」と思うことがあった。
アリスの奴……今更だけど、先行してきたって言ったよな? え、航行中の魔導戦艦から? ……化け物か?
「んぁ? 何見てんだユウちゃん? つぅか失礼だなお前。普通に飛び下りて走ってきただけだぞ」
「……それを生身の身体だけでやってのけるところが化け物染みてるってんだよ」
呆れたように言った俺は今度こそ深い溜め息を吐いた。
アリスが言っていた外交艦隊が数日遅れで帝都に到着し、アリスのハーレムメンバーを始めとした『天空の民』の技術者、アリスの同僚の戦士数人と中々濃い面々と交流を重ねること一週間。
毎日毎日飽きもせずに行われる会談と交渉に漸く一区切りが付いた。
個人的な時間が出来たので午前はムクロの元に顔を出して安心させてやりつつ、午後はルゥネと軽くいちゃいちゃ(半分本気の殺し合いとも言う)しながら真面目なお話。夕方はフェイらとじゃれ……夜。
最後に外界を見ておきたいと俺達の艦隊に付いてきていたトモヨとシズカに呼び出された。
友人水入らずで同じ部屋に寝泊まりしている二人のテンションは心なしか低い。
「率直に言うけど、私が求めているのは心の安寧よ。『付き人』に任された魔王軍四天王として最低限の仕事はするつもり」
「わ、わたしの願いは前も話した通りですぅ……それにはルゥネさんと黒堂さんの協力が不可欠で……だ、だからですね……えと……そのっ……」
トモヨの平淡的な声はいつも通りとしても、シズカの声は酷く震えていて怯えていた。
何かを恐れて恐れて、けれど、どうにか本心を伝えたい。
そんな必死さすら感じる声。
可哀想に……。
素直にそう思った。
この二人とは事前に話し合いと和解を済ませている。
俺のスタンスとしては邪魔さえしなければ存在そのものがどうでも良く、トモヨは身の安全さえ確保出来れば良し。シズカの願いとやらもルゥネの能力で100%理解している。
が、理解と納得は別物。
それが個々人が持つ下らないエゴなら尚更だ。
「手伝えと? 具体的に何を望む?」
折角出来たムクロ達との時間を奪われたこともあり、少々苛立ったように言う。
「私専用の艦を一隻」
「せ、戦場にわたしを連れてってほしい、ですぅ……」
「あ……? ハッ……クハハハッ、笑わせてくれるっ!」
言葉の通り、声を上げて笑ってしまった。
「片や何かあった時の逃走用に、片や自分の苦しみを他者にわからせる為にってか? 見事に自分しか見えてないんだな、お前らは」
保身を優先するトモヨの性格は知っての通り。聖神教の歪さやイクシアの弱い発言or影響力に早々に気付いたは良いものの、ミサキやシズカという気の置けない友人を捨て置いてまで一人で魔国に亡命し、今の今まで隠れて生きてきた臆病者。
シズカは固有スキルのON/OFFが出来ないが故に人の悪意や心根を過敏に感じとり、〝死〟の瞬間のあれやこれもダイレクトに受け取ってしまう欠陥能力者。
前者は現実的なだけだから良いとしても、後者は最悪も最悪。周囲で誰かが戦うだけで闘争心や恐怖に晒され、人が死ねばその最期を感応してしまう。
異世界人の回復術師となれば固有スキルが無くてもかなりのチートの筈がそんな調子だからまともにレベルも上げてなく、何ならまともな戦闘経験すらないマヌケだ。
「ひ、ひひっ……酷いですぅ……わ、わたしだって……わたしだって好きでこうなったんじゃ……」
俺の嘲りの感情を感じてひきつったような声で笑ったシズカの顔はその声音と同じように醜く歪んでいる……と思う。
何せシズカが戦場への参戦を望む理由……その願いはルゥネと自分の能力を合わせて他者の恣意を相手方に広めること。
究極的に言えばルゥネだけで事が済む。
しかし、シズカは自分が感じる強い感情の波を他の奴にも味わってほしいと願っている。
良いように言い換えれば人の命の重さをわからせることでもあるが、仮にも正常だった人間を、『何で自分ばかりこんな目に……? だったら皆にも同じ苦しみを与えてやる』等という過激な思考にさせる能力と思えばその思想は凄まじく恐ろしい。
ま、理解は出来る。理解はな。
しかし……
「……それをすればお前の溜飲は下がるのか?」
憐れみの感情と共に返すと、シズカは再び「ひっ、ひひひっ……」と笑って言った。
「そ、そそ、そんなのやってみないとわからない、ですぅ……た、ただ……わたしが怯える様子を嘲笑って、ば、バカにしてっ……何か残念な人を見るような目で見て、実際にそう思って……黒堂さんみたいに欠陥品呼ばわりする人達に少しでも良いからわかってほしい……! そう願うことが悪いことなんですっ? 何でっ? 何で何で何で何で何でっ!?」
地雷だったのか、はたまた俺やトモヨの少し引いた気持ちが伝わって爆発したのか、シズカは二歩三歩よろけながら後ろに下がって泣き喚く。
「わたしは変じゃないっ、わたしは悪くない! わたしはっ、わたしは可哀想なんかじゃないっ!! 何で皆わたしを病人みたいに扱うのっ!? 何でっ……何でっ……!?」
悪意や攻撃の意思は感じられなかった。
子供みたいに泣きじゃくるだけ。
口では何でと言いながら、【多情多感】でわかっている証拠だ。
戦力が欲しくて呼ばれ、例え勇者二人に巻き込まれただけの被害者だとしても異世界人だから強い筈。そう思われていたのに蓋を開ければ人の手には余る最悪の固有スキルを持っていて。
それでも最初は気丈に振る舞い、友達と一緒に居ようと耐えてきた結果が今だ。
「二人にはわからないんですぅっ……人って本当に醜いんですよぉっ……? 普段はバカにして見下して憐れに思ってるくせに、お、男の人はわたしの身体を見て興奮するっ……女の人はわたしを『構ってちゃん』だと笑うっ……! 好きでこんな能力を持ったんじゃないのに! 好きで心を感じてる訳じゃないのに! 不気味とか気持ち悪いとか死んじゃえば良いのにとかっ! もう嫌っ、もう聞きたくないっ! いつもいつも煩いんですぅ!」
絶叫だった。
堰を切ったように全てを吐き出したシズカは肩で息をしながら続けた。
「わ、わたしだって悪い、ですよ? けど……けどっ、ミサキちゃんが心の中で思ったんですっ、『面倒臭いな』って! 『可哀想だとは思うけど……』だとかっ、『悪いけど』だとかっ……自分を正当化するようなことを並べておいて面倒臭いっ!? わたしが!? わたしをっ!? 友達なのにっ!!?」
その様子はまさに絶叫。
声が裏返るほどの心の叫びだった
「……わかったから少し落ち着け。別に否定するつもりは――」
「――煩い煩い煩あぁいっ!! 何が『俺もそうだった』ですっ!? 切り捨てられて、切り捨てた黒堂さんとわたしを一緒にしないでほしいですぅっ! こ、黒堂さんには本当に信頼出来る人が居るっ、出来たっ、作った! けどわたしは違う! トモヨちゃんだって今この瞬間にも『ミサキの気持ちもわかるわね』とか『確かにこのヒスは……面倒臭いかも』とか思ってるんですよっ!?」
少し……効いた。
それと同時にトモヨが漏らした「っ……」という言葉になってない声に思ってしまった。
あぁ、この女はライに裏切られた時の俺だ。
ムクロやアリス、撫子、レナ、姐さん達に会えなかった俺の成れの果てだ。
こいつは能力に恵まれなかったんじゃない。友達や大切な人に恵まれなかったんだ……と。
悪感情の全くない、シンプルな憐れみの感情を一身に受けたシズカは怯えるように再び後退すると、その場にガクッと膝を突いて泣き出した。
「わたしはただ一緒に居てほしかっただけのにっ……誰も本当の意味で心配してくれないっ……ここまで言ってわかってくれたのが全然話したことのない黒堂さんだけっ……? ねぇトモヨちゃんっ、何とか言ってよ……! ミサキちゃんもっ……何でっ……? 友達だったのにっ……! 友達だと思ってたのにっ……酷いっ……酷いですぅっ……」
俺と同じで、この女はただ友達の隣に立っていたかったんだ。
その思いだけで耐えて耐えて……壊れちまった。
そう感じた。
ルゥネが同席した時以上にシズカという人間についてよくわかった気がする。
「ぐすっ……ひぐっ……ひっ、ひひっ……えひひっ……み、み、見た限り、魔国とシャムザの人は結束、し、してましたっ……て、帝国はぐちゃぐちゃでしたけど、協力してもらう手前、対象からは外してもらいますぅ……」
泣きながら狂ったように笑い、シズカは今後の計画について話す。
ルゥネの能力と合わせれば確かに強力だろう。
互いへの不信どころか戦闘中ならわかりやすい隙を生み出してくれる。
仲間が死ぬ度に狙い撃ちされる形でそいつらの〝死〟を伝えられる……何とまあおぞましい願いか。
だが、やはり理解は出来る。
納得は出来なくても、俺がもし逆の立場ならそうしたかもしれないと思わせてくる。
「黒堂さっ……ゆ、ユウさんっ……! わたしをわかってくれるのはユウさんだけですぅっ……だからっ、ねっ? ねっ? わたしと一緒に戦ってっ? わたしの隣に居てっ? お願いお願いお願いっ、お願いですぅっ! 何でもしますっ、回復も補助もえっちなことでも何でもっ!」
自らの能力で狂ってしまった憐れな同期。
俺は俺なりに『利用出来る』と、戦争で役に立つかもしれないと思っただけなのに、隣に居る友人……いや、元友人をも差し置いて俺を求めた。
俺だって十分な悪人だというのに……自分を利用しようと考える悪い奴だというのに……
逆に言えばそれくらいトモヨやミサキ、連合の奴等を信用出来ないということなんだろう。
やはりと言うべきか、俺は何処までも可哀想な奴としか思えなかった。




