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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第248話 資格と使者


 正式な休戦協定が結ばれ、どうせイクシア(ここ)まで来たのならとナール達の護衛ついでにシャムザに顔を出し、そこからイクシアの国境外縁部を沿うように帝国に行き、羽を休めていた時のこと。


 戦時中に吹っ飛んでいった、撫子のものらしい刀が見つかったという報告があった。


 逆に白仮面野郎の死体や聖剣、その痕跡すら何処にも見当たらないとも。


 嫌な予感を覚えつつも届けられたそれを見つめる。


 奴の魔力が残留しているから形状はわかる。この日本刀は確かに撫子のものだ。


 スカーレットと自分の気持ちは騙せたが、それでも遺品を手にすると気が滅入ってしまう。


 その刀を持っていると俺が殺したんだという実感を覚えるようだった。


 ルゥネに与えられたムクロと一緒の部屋で、散歩と称して何処かに行ってしまった薄情な女とこんな時に限って構ってくれない女達を恨めしく思いながら黄昏れる。


「二年もあれば……いや、時間が何だ。俺がやったのは忘れちゃなんねぇ……けどこれはっ……」


 うじうじうじうじ。


 ぐだぐだぐだぐだ。


 時間の無駄としか思えない負の思考がループし始めて一時間近く経った頃。


「うしっ」


 一人、決意した。


 悪いな、撫子。


 せめてもの手向けとして誓おう。


 俺はお前が望んでいた争いのない世界を作る。


 ムクロと同じ目線で見ていた平和な世界を。


 何をしようとも……


 俺の身がどうなろうと、例えこれ以上の犠牲を出してでも。


「お前の死……無駄にはしない」


 絶対にだ。


 バルコニーでそんな決意を胸に形見の刀を魔法鞘にしまった俺は熱くなった目頭を静かで暗いであろう空に向け……


「た、大変だよユウ君っ! ムクロさんが倒れたって!」


 と、ドアを蹴破る勢いで入ってきたエナさんによってズッコケ掛けた。


「あんのアマっ……何だよこんな時にっ……どうせいつもの気絶寝だろっ」


 ぶつくさと文句を言いながらもエナさんに連れられ、ムクロが居るという城付きの医者の元に案内してもらう。


「ううんっ、何か様子がおかしいってっ」

「っ……気が抜けたか」


 休戦協定は公式の決め事だ。最低でも奴等が言った二年間は戦争のない安らぎの時代が訪れる。


 それでも自身を王の器ではないと卑下しているムクロにとって今回の旅路は相応の心労があったんだろう。


 実際、帝国に来るまでも甘え方が普段と少し違った気がする。


「やっぱり少し早めた方が……いや、僅かな期間だろうとあいつが望む平和が来るってんなら……」

「? ユウ君、何か言ったっ?」

「何でもない、こっちの話だ」


 属性魔法の顕現無効化空間を生成する特殊な仕組みの帝城内を小走りで進むこと数分。


「アンタがこの人の保護者っ!? こんな身体の人を野放しにするなんてっ……何考えてるんだしっ!!」


 医務室に到着した直後、開口一番に怒鳴られた。


 顔は見えないが、声からして女。怒涛の咆哮で唾まで飛んできた為、その気迫と剣幕が伝わってきて気圧される。


「お、おうっ……?」


 勢いに押された俺は思わず一歩下がってしまった。


「大体、女魔王とか聞いてないし! ありふれた展開過ぎて聞き飽きたし! でも魔王がセッ……とかっ……うぅっ……兎に角、絶対安静なんだし!」


 変わった話し方だなこの女医。


「あー……もしかして転生者か?」

「だから何なんだし! そんなことよりアンタの女でしょっ、何でちゃんと面倒見ないんだしっ!!」


 めっちゃ怒るじゃん……


 俺を呼ぶよう言われた時はそんな様子はなかったのか、エナさんまでもが「えぇ……」とドン引きしているような声を漏らしている。


「こいつの固有スキルは【不老不死】だ。心労が祟ったくらいで大袈裟過ぎ――」

「――はぁっ!? 誰がただの心労とか言ったし! これ()()()()だしっ!」


 ベッドに寝かされて無言になっているムクロを不思議に思いながらの発言だったが、そう言われて固まった。


「……………………は?」


 そりゃあもう盛大に。


「う……うぇ?」

「きゃああああっ、良かったじゃんユー君っ! ムクロさんもおめでとー! うひゃあっ、これは早く皆に伝えないと! 忙しくなるぞぉっ!」


 思考が停止する俺をよそに、エナさんはダッシュで部屋から消えた。


「っ……~っ……」


 ムクロの方から嬉し恥ずかしそうな雰囲気が伝わってきて、更に混乱する。


「え? は? おめ? うん? な、何て?」

「お、め、で、た! 子供だよ子供っ! 出来ちゃってるの! つーかその反応ムカつくし! 生まれ変わっても彼氏一人出来ないあーしを馬鹿にしてるのっ!?」


 理不尽に怒鳴られても俺は硬直したままだった。


 え出来たっていつの話だここ最近は戦争続きでそんなことしてる暇……あれそもそも妊娠してどれくらいで生まれるんだっけ一年じゃなくて十一ヶ月違う十ヶ月くらいだった気がしまった保健体育の授業真面目に聞いときゃ良かった仮に十ヶ月だとして計算すると魔国で再会した時かにしても子供かよっしゃ俄然戦争を終わらせるやる気が出てきたぜ早く心から笑っていられるようにしてやるからな名前はどうしようというか性別は男か女か女の子が良いな男の子でも良いけどどっち道接し方がわからんなこの世界そういう本とかあるのかなそもそも身重の女にもどう対処すれば良いか待て待てこいつは魔王だ国の奴等と世界がどう反応するかその前にリヴェインとかメイに殺されそうだしマジでこれ忙しくなるんじゃてか父さん達に紹介したかったな一生会えないのが辛すぎるえどうしようどうしようどうしよう。


 過去最大級に脳が覚醒して動き、思考系スキルを駆使してもショートしてしまう。


 だし口調の女医が腕組みしながら悩む俺にあーだこーだを文句を付け、挙げ句には部屋の中をぐるぐるぐるぐる歩き出した俺にとうとう蹴りを入れてきてやっと思い至った。


「あっ」


 あれか。


 あの時か、と。


「破けてた時……あった、よ……な……?」

「……ん」


 ムクロが物凄くか細い声で頷き、確信した。


 あれだああああああああっ!! あん時かあああああっ!?


 うわっ……うわぁ……。


 子供って……こ、子供てっ……!


 嘘だろ? え? 俺が? 父親? えぇ……? む、ムクロが母ちゃんになるの?


「……嘘だと言ってくれ」

「はぁ!? 本当だし! これでもそっち系の医大生だったし!」


 何か全身が震えてきた。


 視界はないのにクラっと来た。


 全っ……然自覚が生まれない。


 え、さっきまで一人で考え込んでたのがバカみたいじゃん。


「…………」

「…………」

「……産むからね?」

「何も言ってねぇよ」


 お互いに無言になったことで何か良からぬ想像をしたのか、いきなりぶっ込んできたムクロについツッコミを入れる。


「い、いやな? 我も確かに来ないなぁと思ったんだぞ? 本当だぞ? ……うん、本当なのよ? けどまさかって思うじゃない? こんな時だし、誰にも言えなくて……し、シキさんどうしよあたし……私のお腹、これからどんどん大きくなってくって……」


 本人も混乱しているらしく、口調と一人称が落ち着かない。


 俺は取り敢えずムクロの隣に腰を落とすと、そっと抱き締めてよしよしする。


「ううっ、い、痛いんだぞ……」

「……すまん」


 動揺し過ぎて義手の方でしていた。これじゃよしよしじゃなくてごしごしだ。


「「ど、どうしようっ……」」

「何で肝心の二人が何も考えてないんだし!」


 最近ルゥネに拾われた口であろうその女医も出産に立ち合ったことはないようでわたわたぶつぶつとメモを書き始めている。


「え~と何かあった時用に回復術師を呼んでおいて……」

「【不老不死】だから股が裂けても治るだろ。……あ、帝王切開は出来なくなるか」

「ルゥネ様に頼んで専用の道具の作成を……」

「銀製はダメであるぞ? これでも我、吸血鬼だし。直ぐに治るが、火傷みたいになってよろしくない」


 この世界でも大分特殊なケースということもあり、俺とムクロの指摘を受けた転生者の女医は発狂していた。


「むがあああああっ、知識チート出来ると思ったのに何なんだしいいぃっ!!」


 何でもステータスにも固有スキルにも恵まれなかったらしく、それならせめて生前得た知識を使って医者になりたいと願っていたところをルゥネにスカウトされたと聞いた。


 まあ……何だ、俺は当然として他の面々も殆どが戦いのプロだ。殺しと破壊しか出来ない連中だ。手伝うことくらいしか出来ないが、頑張ってほしい。


 それからはもうてんやわんや、飲めや歌えやの大騒ぎ。


 ルゥネ含めた帝国メンバーは喜び勇んでパーティーを企画し始めるし、リヴェインとメイはその場で卒倒したと思ったらそれぞれ恨みがましく、悔し妬ましそうに号泣しながら祝福してくれるし、リュウとジョンは「ナール達にも教えないと!」、「魔国の方にも受け入れ体制を整えてもらう必要がありますぞ!」と余計な気を回そうとするし……。


 まだ産まれた訳じゃないのに気が早すぎる。帝国の技術や医学を駆使すればそりゃあ無事に産まれると決まったようなもんだけど、それでも日本と比べれば出生率は低いってのに。


「え、へへ……お、男の子かな? 女の子かな?」


 とか何とか呟いてるムクロには目が回りそうになった。いや、目ぇないんだけど。


 複雑な心境はあれ、確かにそう言われると色々想像してしまってにやけやら心配やらが止まらない。


「戦時中じゃなくて良かったと喜ぶべきか、いずれ来る戦争を憂うべきか……いや、今からでも連合を滅ぼしに行くべき……か?」

「「「「「流石に無謀 (ですわ)(だよ)(だろ)(だ)(でしょ)(よ)(ですぞ)!!!」」」」」


 ボソリと言ったら全員に止められた。


「はっはっはっ、冗談に決まってるだろ。……半分」

「全然冗談に聞こえ……今小声で半分とか言いましたわこの人っ!?」

「バカかっ? バカなのかっ? 面倒臭いにもほどがあるぞお前っ」

「大事な時なんだから親が居なくてどうすんのさ。ボク達転生者組だっての親の有無は結構アレだったのにさぁ……」

「……そうなると、次はアタシ達の姫の番?」


 医務室内にて、わいわいがやがやわちゃわちゃと帝国メンバーが騒ぐ騒ぐ。


 その後ろではリヴェインが「おおおぉ……主君の懐妊はめでたいっ……めでたいがあぁっ……!!」と壁に頭を打ち付けており、メイは「は? 次はルゥネさんの番とか言ったの誰? 死にたいの?」とキレている。


「どんな赤ちゃんっすかね? ムクロさんと同じ吸血鬼?」

「何かシキさんの角生えてそうだよね」


 今回は付いてきたレドとアニータも何だかんだ嬉しそうにしていて、スカーレットとリュウは「……ねーねーお兄ちゃん、赤ちゃんってどーやって出来るのっ?」、「おっほっほぉい……スーちゃんさんや、君にはまだ早い……早いよ?」と中々に気まずい会話をしていた。


 その後ろではジョンが「クラスメートに子供……祝福したい気持ちと急かされるような変な気分でいっぱいなんですぞぉ……」と呟いていて、融合の固有スキルのせいで魔族なのか魔物なのかよくわからない謎生物になってしまったが故の哀愁を感じさせている。


 そんな中、俺の耳が一つの声を拾った。


 女医以外は知り合いも知り合い。仲間であり、半分は家族レベルの知己。


 そいつの声はそのどれでもない。


 しかし、かといって敵ではなく……いや寧ろ仲間だ。この世界に来て出来た親友の声だった。


「ひぇーユウちゃんに子供かー……あの蜥蜴女ぶちキレそう。……殺されんなよ?」


 女の声音で粗暴な口調。魔力を可視化する義眼には一切映らず、代わりにアンダーゴーレムの生体レーダーを小型化したもう片方の義眼にはありありとその人物の姿が映し出されている。


 無論、義眼は義眼なので光の集合体にしか見えないが、二等辺三角形気味に尖った猫のような虎のような耳や小柄な体格は見間違う筈もない。


「アリスっ!? お、おまっ、いつの間にっ!?」


 自分でもビックリするくらいすっとんきょうな声が出た。


「あ?」

「い?」

「う?」

「「「え?」」」

「お? 何だ何だぁ? 揃って湿気た顔しやがって」


 新時代の戦争に付いていけず、また本来は関わりのない戦争への参加について本人なりに悩んでいて、ふと気付いた時には故郷に帰省すると言って消えた女。


 俺が知る転生者の中では最強クラスの虎系獣人アリスが皆の中にしれっと混ざっていた。


 取り敢えずぶん殴る。


「いや~久し……ぶへぇっ!?」

「お前っ! こんな時にっ……何で急に居なくなったんだっ……! お前が居てくれれば死人だってもっとっ……」


 突然の殴打に吹っ飛び、壁にめり込んだアリスに対し、そこまで言ったところでムクロの存在を思い出す。


 今はまだ腹も膨れてないとはいえ、こういう話題は胎教に良くない。


「~っ……来いっ」


 少し考えた末、俺は他の皆を差し置いて義手を伸ばし、壁を崩しながらアリスを鷲掴みにすると、引きずるようにして部屋を出ていく。


「いってぇ……何すんだよユウちゃっ……うわっ、何だこれっ!? ぐえぇっ!? 痛い痛いっ、苦しいってっ……ちょっ……おいっ、マジで何でそんな怒ってっ……!」

「旦那様っ、抑えてくださいまし!」

「あ、おいシキっ、止めろってっ」

「今はそんなことしてる場合じゃないでしょっ?」


 無駄口を叩くアリスも口々に制止してきたルゥネ、テキオ、リュウもその他も無視。


 廊下へ飛び出て再び付近の壁に叩き付け、決壊したように膝から崩れ落ちた。


「ぐへぁっ!?」

「っ……馬鹿野郎っ……肝心な時に居ないでっ……! 俺がどんな思いでっ……ど、どんなっ……クソっ……撫子ぉっ……!」

「……あん? 何で……っ、撫子ちゃんに何かあったのか!? おいっ、ユウちゃんっ!」


 やはりと言うべきか、アリスは第二次帝連戦役について何も知らなかった。


 その内容も場所も。ただ派手に戦い合ったということしか文明の遅れている地域には届いてなかったようだ。


 俺達の会話が聞こえていたのか、それとも気を遣ってくれたのか、ムクロの気を逸らしてくれていたのか……。


 部屋の中から誰かが出てくることはなく。


 逆に皆は気を遣って戻っていってくれ……俺は涙ながらに撫子の死を語った。


「そ、ん……な……う、嘘……だろ? ユウちゃんが……お、前が……? 撫子ちゃん……を……?」

「嘘なもんかよっ……こんな嘘ついて何になるっ……!」

「くっ……俺が故郷に帰ってたばっかりにっ」


 魔法鞘から取り出した形見の刀を見たアリスもまた涙声になって膝を突いていた。


「お前に言ったってしょうがないのはわかるっ……けどっ、お前ほどの強者が居てくれたら何か変わってたんじゃないのかっ……!? 撫子も死なず、連合を壊滅させることが出来てたんじゃっ……」


 俺らしからぬたらればの話に、神妙な声で返してくる。


「悪ぃ……俺……俺、皆と違って飛べないからさっ……エアクラフトもスラスターも使えないからっ……役に立ちたいって思ってたんだっ……それがこんなことになるなんてっ……こんなことになってたなんてっ……!」


 俺達が戦争をやっている間、アリスは祖国に戻って武者修行と地位の確立をしていたそう。


 逃亡と暴行による指名手配は獣王をぶっ飛ばして解除させ、相応の立場を手に入れた。


 その上で獣人族の国……獣王国の外の世界についてもっと関心を持つべきだと働きかけていた、とアリスは言った。


「帝国と似たような気質なのが功を奏して……第一獣戦士軍の大隊長になったんだ、俺……」

「……そうか」


 こいつはこいつで悩んでいた。


 そのことは何となく察していたが、本人の口から直に聞くとやはりかなりの重みがあった。


 最初は急に乱暴を働いた俺に怒っていたアリスも俺のやり場のない感情に当てられて沈み、「今更だけどよ……ちょっと場所変えようや、皆に聞こえちまう」と歩き出す。


 その背中を追いながら謝り、弱音と本音を吐露する。


「わ、悪かったな急に殴っちまって。ムクロにもエナさんにもルゥネにもフェイにも慰めてもらったってのにさ……な、情け……ない、よなっ……でも頭から離れないんだよっ……撫子の最期の姿がっ、あいつを斬った感触がっ、あの瞬間がっ……」


 それは口に出した女達にも素直に言えなかったこと。


 これまで俺は表面上は気丈に振る舞い、ふと疲れた時に胸を借りて泣く程度だった。


 だというのに、アリスという親友を前にしてしまえば止まらない。


 ライに裏切られ、マナミを拒絶した俺に出来た唯一無二の親友。


 撫子もそうだ。


 アリスと撫子だけが俺の苦悩を理解してくれていた。


 姐さんやムクロ達みたいに『女』を見せることなく、一人の友人として隣に居てくれた。


 なのに……


「俺はあいつが守ろうとした勇者も殺しちまったっ……撫子が命を賭けてでも守りたかった奴をっ」


 その事実が俺にとっては最も辛く、最も受け入れ難い。


 ムクロやルゥネ達のことを思えば奴は死ぬべき存在だった。


 だが、撫子にとっては世界にあるべき存在だった。


 結果として俺は撫子の行動や行為、覚悟を無駄にした。


 命すらも。


 スカーレットに言ったことの真逆だ。


 俺は撫子から全てを奪ってしまった。


「……~っ……フーッ……言いたいことはわかった」


 廊下を歩き回り、誰も居ない窓際で止まったアリスは静かにそう言った。


「で?」


 涙声だったが、アリスの声は冷たかった。


 冷たくあろうとしているように感じた。


「これでもさ、俺ホントに悪いと思ってんだぜ? でも言ったろ? 俺もそれなりの立場になっちまったんだ……もう止まれないっ……こうして皆に会いに来たのだって獣王国の正式な使者としてだっ、書簡もあるっ」


 戦役時に負った後遺症で俺が完全に失明し、両足も失っていると気付きながら、アリスは続ける。


「お前も偉くなったんだろっ? それか今後偉くなる立場なんだろっ? ムクロちゃんに子供が出来たってのはつまりそういうことなんだよ……いつまでも昔のままじゃいられねぇ……俺ぁ馬鹿だけどさ、少なくとも感情を出しちゃいけなくなったことくらいはわかるぜ?」


 あのアリスがこうも利口なことを言っている。


 だというのに俺は「でも」と返してしまった。


 ダメだな、また()()()()()()()


「こんな俺に親になる資格があるって言うのか? もう千人どころじゃないっ……二千人も三千人も殺したっ、それ以上かもしれないっ! そんな最低最悪のこの俺が父親だってっ……!?」

「……だから? ハッキリ言うぜ、ユウちゃん。お前、師匠に何て教わったんだよ。資格だ何だって下らねぇこと気にしてる暇がありゃあ強くなれよっ。強さが物を言う世界なんだ。いつまでも日本人ぶってんじゃねぇ。人に郷に従えとか偉そうにほざいといて、テメェはその様かよっ、本当に情けない奴だな!」


 本当に、時間というのは無情だ。


 全面的にアリスが正しい。


 日本なら……いや、地球なら兎も角、このイクスにおいて圧倒的なまでな力は最高効率かつわかりやすい手段だ。


 己が意を通す為の。


 力さえあれば資格なんて関係ない。


 力さえあれば罪なんて関係ない。


 力さえあれば……


 何をしても文句は言われない。


 撫子の死から得た決意を、アリスが叩いて蹴り飛ばしてガチガチに固めてくれた。


 幸か不幸か、アリスは獣王国の正式な使者だという。


 神がお膳立てしてくれているとすら思える采配だ。


 俺の選択肢がどんどん失くなっていくのがわかる。


 未来が確定していくのが、姐さんの言った修羅の道が何なのかがわかる。


 そうだ。


 俺はもう止まれない。


 泣いてる場合でも立ち止まってる場合でもない。


 更なる血を流してでも前に進まないと。


 それが例えムクロの望まない手段だとしても。


 皆の命が消えていく危険な道だとしても。


 全てはムクロが笑っていられる世界を作る為に。


 それが俺の誓いであり、野望。


 その成就にはこいつの助けが要る。


 誤解なくわかり合えるルゥネの力も。


 だからこそ、俺は一歩前に出た。


 強さも地位も得て帰ってきた親友に助力を求めた。


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