第246話 謀×謀
お待たせしました。
例によって話が全くと言っていいくらい進みません。休んどいて申し訳ないです……m(_ _)m
結論から言えばサミットは大成功。親睦パーティでの一件の熱が残っていたことで最後まで平和的に進めることが出来た。
それから国際法や条約といった小難しい話へと内容が移り、それすらも終えて歓談の場となった時のこと。
「(海の国)が我々の同盟に乗ってくるというのならシキ……貴様の師を迎えることになる。傭兵契約は未だに続いているらしいからな。何と言うかその……問題はないのか? 聞いたところじゃかなり――」
「――ない訳あるか。最後なんか喧嘩別れだぞ。目の前からの逃亡ってのはあの人が一番嫌う行為だ。最初から逃げてりゃ良かったんだが、下手にスイッチ入って煽っちまったのがな……」
俺はジル様の怒りを思い出して身震いしていた。
「お前のせいだからなルゥネっ」
「あんっ、何でそこで私に飛び火するんですかーもうっ」
リヴェイン含めた四天王以外の外部者……事情を知らない人間が居ない為か、俺の両脇にはムクロとルゥネが座っている。それはもう声音でわかるくらい上機嫌に。
そのリヴェイン達は長らく仕えてきた自分達の主君と人類史では常に大陸中の敵と言われていた国のトップの姿に絶句。先程から何も言われてなければ指摘、質問もなく、俺の後ろに控えているエナさんが言うにはただただ口をあんぐり開けて固まっているとのこと。
「えへぇ……シキさんしゅきぃ……」
「だから私の旦那様ですってばっ! むきいぃっ、この人の頭の中はどうなってるんですのっ? 相変わらず旦那様に関する気持ちくらいしかないんですけど! 昨日と全っ然違いますっ、まるで話を聞いてませんわ!」
「いてっ、いてててっ、おい止めろっ、何で俺に当たるっ?」
理不尽にもムクロではなく俺の耳をつねりにつねって抗議してきたルゥネを宥めつつ、内心「この女狐め……」と呆れてしまう。
昨日、しれっと教えてもらった。
【以心伝心】のレベルが上がったことで、能力の幅が広がったらしい。
リンクを繋げた全員との意志疎通空間……分かりやすく言えばグループチャットの他に、同時進行で個人チャットが追加された+その上で集中具合によってはその人間が持つ僅かな願望や欲まで探れるようになった。
口先ではこんなバカみたいなやり取りをしておきながら、ルゥネはこの場に居る全員の思考を感情込みで報告してきている。
言葉ではなく心で通じているからか、混乱することもない。
その内容によると……ムクロはマジで何も考えてなく、ナールはもう勝った気でいるようだ。
リヴェインがとんでもない忠誠心を持ってることやケレン爺さんのスケベ根性、ヘルトとアカリの「話に付いていけなくてボーッとしてる」心理もまだ可愛いもの。その他の連中の雑念も含めて、だ。
最大の懸念事項として、今後裏切る予定がある人間が二人も居たこと……これがまあ俺達を悩ませた。
いつでも蜥蜴の尻尾切りが出来るようにしているトモヨはまだ良い。四天王の座も『付き人』から継いだものだし、何ならうちのトカゲだって金や身の安全を考えれば簡単に裏切る性格だ。ある程度の線を引いておくのもいざという時の計画を立てているのも慎重さと臆病さ故。まだ理解出来る。大体、人間だしな。
だとしても、元々の四天王は不味いだろ。
「キャハハッ、シキっちと居るとニッコニコになる魔王様マジかわちいんですけどっ」
金髪牛角ゴスロリロリータギャル……じゃなかった、サキュバスのトーレア・チェリー。
円卓の席に付いてる者の中で唯一足が床に届いてなく、だからか両足を子供のようにバタつかせている幼稚さ。
ルゥネが言うには顔や仕草にも怪しい雰囲気はない。
歳は百じゃ足りないとリヴェインから聞いている。
そのくせ、心の中はというと……
(こいつら全員アホなんかな? 笑ってる場合じゃないっしょ。魔障壁なんてものが出てきた以上、属性魔法による波状攻撃を主体にしてるウチら第二師団はお役御免……軍隊がどんだけ金食い虫の大食いか知らない系?)
(……まさか。帝国はウチらよかよっぽど戦争に詳しい筈……となると、ウチらは用済み……いや、そこまではいかなくても捨て駒として……?)
(映像にあった爆発する棺桶……それを使った先遣隊なんて絶対にノーサンキューなんですけど。マジムリ。ホント……マジムリ)
とまあビビりまくっている。
しかも不味いことにムクロへの謀叛計画までもがチラホラ。
(はー……付き人も最近帰ってこないし、上手くバカ年増の座を奪えると思ったのに……)
(帝国もシャムザも雑魚が殆ど。強いのだって精々がリヴェ君並み……そのリヴェ君やスケベじーさんだってウチの《魅了》でどうにかなる……シキっちは未知数だけど……多分、上書き出来る。うぇーやだやだ、バカ年増の唾付き食べ残しなんて……)
(にしてもいつまでこんな下らない話続く訳? 早く帰ってお風呂入りたいメイクしたい食べ歩きしたーいっ!)
口では「ねーねーリヴェ君っ、今どんな気持ちっ? 今までのご先祖様と同じように一族総出で仕えてきた魔王様がメスの顔してるのってどんな気持ちっ?」等とおちゃらけてる割にこの思考だ。
先日の一件でルゥネの【以心伝心】を少々誤解してるらしい。
リンクや他者との繋がりは必ず感じてしまうものだと。繋がった相手からの思考が自分に伝わってこないから今はリンクがないものだと。
実際はルゥネ側からなら一方的に、深層心理まで丸裸に出来るチート能力とも知らずにどちらがバカなのかと訊いてやりたい。
つぅかバカは否定せんが、誰が年増だ。見た目だけで言えばこの世一の美女だぞ。いや、もう見えんけど。大体、魔王への忠誠はどこ行ったんだよ。
ちょっとムッとして思ったところ、ルゥネに「今はそんなこと言ってる場合じゃないですわっ」とテーブルの下で太腿をつねられた。
口ほどに物を言う目もなければ仮面もしている俺は表向きはナール達との雑談に興じつつ、ルゥネとの交流を続ける。
『要は自分の仕事が無くなる心配をしてるんだろ? 事実、魔導戦艦やアンダーゴーレムは魔法に対して絶対の防御力を誇る。魔王軍の近接最強はリヴェインだと言うし、そのリヴェインですら余程近付かないとダメージをまともに与えられない装甲を持った相手が数え切れないほど居ると知れば戦意だって失くすさ』
『攻撃魔法に重きを置く意味がわかりません。魔力総量が多いのだから他で幾らでも活躍出来るでしょう?』
『仮にも師団長にまで登り詰めた奴が補給部隊や移動用エネルギータンクを任されて、はいそうですかとやれるもんかね』
そう返した直後、ルゥネは確かにと頭を預けてきた。
『帝国の兵にも前線に出れぬことを面白く思ってない者が居ましたわね……』
『余計な野心を抜きにしたって、久しぶりの……あるいは初めての戦争ってんで緊張してんだろうよ。他の師団に比べて明らかに相性が悪く、戦果が期待出来そうにないんだから』
『むむむ……』
戦闘狂なのに戦闘狂らしからぬ冷静さを持ち合わせる金短髪の女帝は俺に甘えるようにすりすりと顔を擦り付けながら考え込んでしまった。
でもまあ……
まだ人となりも大して知らない間柄だが……?
越えてはいけない一線を越えたな、トーレア・チェリー。
まさか逃げに徹するトモヨとは真逆の……それこそクーデターによる下克上まで企てていたなんてな。
部下や国民に絶大な信頼を寄せているムクロの想いを何だと思っていやがる。
俺の密かな怒りには露ほども気付いてないチェリーは欠伸をしながら背伸びをし、手元に置かれた飲み物を手に取った。
(あーあ……こりゃマジのマジで急がないと魔王になんてなれそうにないなー……何でよりによってウチの代で戦争なんか……)
【不老不死】の効果は文字通りのもの。クーデター時は《魅了》した俺かリヴェインを使って心臓に剣をぶっ刺すつもりのようだ。
で、『付き人』やその他国民は酸素不足で意識を失ったムクロを人質に言うことを聞かせると。
俺達より長く生きた割には随分と稚拙な策だが、上さえ黙らせれば争いを好まない魔族達が服従の道を選ぶであろうことは俺でもわかる。
しかし……意識がないということは苦痛を感じることもないということだ。
果たして冷酷非道の『付き人』に人質なんて方法が通じるだろうか?
言ってしまえば俺にも通用しない手だ。
その辺をわかってないところが戦や荒事に慣れてない感じがする。
寧ろ第二、第三の案として考えている連合側に引き渡すとかの方がよっぽど問題だ。
平和ボケ。
一瞬、そんな言葉が脳裏を過った。
こうしてルゥネを通じて魔族達と繋がっているからこそわかる。
チェリーに限らず、リヴェインもケレン爺さんも何処か慢心が感じられる。
一般兵や平民からもだ。『絶対法』のお陰で犯罪とも長いこと無縁の状態と考えれば他人事のように思えるのも無理はない。が、姑息なトモヨまでもが自分の目で見る前に亡命していたからか、連合の戦力を脅威と捉えていない節があるのだから笑えない。
ステータスなんてものが存在する世界だ。突出した数人が雑兵を蹴散らしての戦争が常というところにアーティファクトなんて訳のわからないものが出てくればこうも油断出来るか。
その数人並みの戦力が移動要塞としての役割を果たし、村や街、都を火の海に出来ることの真の意味をまだ理解出来てないと見た。
全く……俺達の苦労は何だったのか。
戦争の決め手は結局のところ数。
そして、その数を維持出来る経済力……つまりは金と生産力だ。
連合が取り込んだのは小国が殆どだが、『天空の民』の援助もあってそれらは膨大。
対する帝国とシャムザは土地が痩せていて自給自足なんて程遠く、魔国は自国民だけなら何とか出来るが、戦力の数が整えられない。
全てを合わせたところで連合に勝てる要素は無いに等しい。
『正面から戦えば……の話ですわ』
愉悦にも似た感情と共に思考の渦にメスが入った。
「まあ剣聖については置いておくにしてもだ。『海の国』からも遺跡が発掘されているらしいじゃないか」
「あぁ、それも魔導戦艦やアンダーゴーレムといった即戦力が多く出てくるとか? 同盟を組む以上はそれらの操縦マニュアルや戦術データの共有も必要だろうな」
「技術や情報の漏洩は本来望むところではないのですが……仕方ありませんわね」
「シキ……シキさぁん……」
「……お前はいつまで腑抜けてんだコラ」
「ふがっ……あ、すまん。戦争の話ばかりでは心が荒む。何かこう、平和的な話はないのか? 交易とか」
「だから帝国にもシャムザにもろくなものが出せないっつってんだろ。精々が芋とか香辛料ぐらいだ。これから仲良くしようって国の特産品くらい覚えとけよ」
大体話くらい聞け、お前魔王だろ、とデコピン。ムクロは「あうっ」と仰け反り、痛そうに鼻を擦った。
リヴェインが抜剣しようとするのを周囲の魔族が抑える中、俺とムクロを知る友人達がケラケラと俺達のやり取りを笑う。
ルゥネも一緒になって微笑しつつ、裏では現実的な意見を述べてきた。
『勝てないと断定出来るのは継戦能力。導き出される今後の戦争の仕方は……一年以下の超短期決戦ですわ。それも、戦力の元である天空城を押さえての……』
同盟国同士の距離を考えれば年単位どころか数日や数ヶ月での戦闘も厳しいというのが現状だ。その辺に関しては戦争好き故に様々なパターンを想定し、情報を集めていたルゥネの方が詳しい。
数では勝っているからと戦力を分散し、全同盟国に同時攻撃をされればそれだけで決着する可能性だってある。
『だからこそ、こちらは連合が足並みを揃えるまでにそれ以上の対策が必要なのです。戦果だけ、映像だけしか知らず、現場の空気を味わってないから笑っていられるのですよ』
魔族側の人間としては実に耳の痛い話だ。
『ま、追々な。チェリーが事を起こした時が俺達の動く時だ。それまでに【不老不死】の詳細な能力を知っておきたいところだが……態々怪我をさせるのもな』
「全くうちの王様にゃ困ったもんだ……」と頭をガシガシ掻きながら正直な感想を伝えると、ルゥネから呆れや羨望の感情が返ってきた。
『そうやって甘やかされた結果が今のムクロさんでしょうに……』
『煩い。真に平和を求める奴だからこそ健やかで居てほしいんだよ』
『ハッ、よく知りも知ないで戦争はダメですって? 幾ら旦那様でもおふざけが過ぎます』
『甘ったれた戯れ言が言える時点でそいつは平和しか知らない阿呆ってこった。ムクロは違うがな』
『どうだか……平和というのはですね、次の戦争までの準備期間に過ぎませんのよ?』
ルゥネにはどうにも独占欲というか俺に対する愛情が強すぎる嫌いがあるな。
相手を想えばこそ現実を教えなければならないという気持ちはわかる。可愛い子には旅をさせよとも言う。
しかしな……
と、心の中でも口ごもる。
『うふふふっ、何だかんだ言っておきながら考えることは残酷ですわねっ……! それでこそ旦那様ですわっ。あぁっ、ムクロさんの顔が絶望に歪む時が待ち遠しいですっ! そして、そんな顔をさせた旦那様の心情を感じるのもっ……!』
現状、俺とルゥネだけが知る二人だけの考え。
状況の変化次第では無くなる可能性もあるし、他に良い案が思い浮かぶかもしれない。
「まあ……何にせよ、連合側との戦時国際条約次第だろうさ」
俺はそう締め括って二つの会話を終わらせた。
ロベリアとかいう女王も聖騎士ノアもバカだが、阿呆じゃない。
こちら側の勢力に人族の国があり、戦力的にも一方的な蹂躙は不可能な以上、ある程度は『これはお互い禁止しましょうね』という線を引いてくる筈だ。
例を言えばゼーアロットの持ち出した核なんかが挙げられる。後はロベリアが使った魔銃……それと魔導砲か。前者は地球での話だし、結べるとしても『街等の拠点に向けて撃ってはならない』とかの禁止事項程度だろう。
ただでさえ連合も帝国も戦争続行が出来ないほどの痛手を受けている。
先ずは一時的な不可侵条約……その次に捕虜の扱いやその他の案を出してくるとルゥネは予想していた。
俺達の読みでは大規模戦闘が行われないのはおおよそ一年程度。その短い期間で魔国の認識を変え、鍛え直し、帝国やシャムザとの連携を深める必要がある。
が、奴さんにも続く敗戦による色々とマナミの聖軍脱却&独自の武力集団の形成、ライの天使化云々で生じるであろういざこざ等々事情は山程ある。
はてさて……今後、世界はどう動いていくのか見物だな。




