第245話 過程
話は進みませんが、こういう話がないと重みがないかなーと……(´・ω・`; )
それまでの酔いは一気に冷め、肩のマントから魔法鞘を取り出す。
「ヘルト、ナール達を」
「言われなくたってっ」
「他の方もムクロ様やルゥネ様の元に向かってますっ、シキ様は真っ直ぐ向かってくださいっ」
二人の声を背に、《縮地》で現場に向かう。
「止めたまえ分隊長。君の憤りはわかる。しかしだな……」
「わかるんなら止めないでくだせぇっ、師団長閣下っ! 俺の先祖は人族の奴隷をやらされてたんだっ……! 家訓にも人族と関わりを持つなとあるっ! 昔っからそう教わり、教えてきたっ!」
騒ぎを起こした張本人……魔力の形状からして恐らくドワーフらしい男とリヴェインが話している。
「……今の私は近衛騎士である。これ以上の狼藉はその首で贖うことになるのだぞ」
「ハッ、俺の首なんかで忌々しい人間共との仲が引き裂けるってんなら喜んで差し出すぜ! お前らもそうだろうっ!?」
「「「おうよっ!」」」
厄介なことに他にもクーデター派の奴等が居るようだ。
俺に確認出来るのはリーダーのドワーフだけ。斬り伏せるにしてもこの会場内で、というのは避けたい。
ここまで来れたんだ。一時の感情に流されてやっぱり戦争しましょう、は絶対にあってはならない。
血を流させるのは事だ。兵は兎も角、要人は血を見ることに慣れてない。
それに……
「師団長閣下っ、近衛隊長殿っ! そして魔王様っ……! 上が言うから仕方ないってんでは子供にも妻にも顔向け出来んのでさぁっ! 男には退けない時が――」
「――あるな、確かに。だが、そいつは今じゃねぇ」
何やら熱く語り出したドワーフの背後に移動した俺はこれ以上喋らせるものかと鋼鉄よりも硬い拳を振り落とす……のではなく、握り締めて黙らせた。
「ぐむっ!?」
「大体だぜ、人と人とが手を取り合おうって時に割って入るような輩が男たぁ笑わせる」
俺の迅速な行動に続き、そこかしこからクーデター派の連中が拘束されて呻く声が聞こえ出す。
どうやらトカゲ達が空気を読んでくれたようだ。
しかし、やはりと言うべきか……少し遅かった。
「良いこと言うじゃねぇか!」
「それだったら私らにだって言い分はあるよ!」
「戦力も数もまともにわからん奴等となんか手を組めるかっ!」
「天下の帝国人に向かって喧嘩を売るとは良い度胸だなっ!」
闘争と血を望む気質や本領、本能の部分を刺激された帝国人達は色めき立ち……
「帝国の奴等はこれだからっ……」
「野蛮なっ……! ナール様っ、退かせてもらいましょうっ」
「我々の協力がなければ個体数の少ない魔族の国なんぞは直ぐに滅ぶ! 結束すら出来んのか貴様らはっ!」
その帝国と未だ確執があり、愛国心の強いシャムザ人はあっという間にナールを囲み、会場内から出ようとしている。
肝心のルゥネもナールも周囲を宥めようと声を張り上げているが、如何せん周りの声が大き過ぎた。
さてどうしたものかと悩む。
幸いなことに、武装を許可されている人間は各々の王に付き従っており、王達は同盟を結ぶ方向で予めやり取りしている。
逆に騒いでる連中は誰もが素手。制圧は可能……だが、ここはその王達が前に出る時だ。
リヴェイン、ココ、ヘルトといった面々が武力を出す時じゃあない。
それをわかってこそ、わかるが故の王。
これ以上の暴力は俺にだって許されない。魔法鞘も本来なら見せたくなかった。
万が一、億が一を考えた結果だ。
頼む……ムクロ、ルゥネ、ナール。
そんな俺や他のわかっている奴等の葛藤が伝わったように、三人の王は言葉を交わすこともなく動き出す。
先ずはムクロが例の謎言語魔法で空気を破裂させるか何かして注目を集めさせ、静寂を生んだ。
次にルゥネが【以心伝心】でこの場の全員の意識を繋げさせた。
最後に、互いの敵意や複雑な心情が伝わり、更なるざわつきで埋め尽くされた会場内全体に対し、ナールが「皆の者っ、よく聞けぃッ!」と一喝した。
「発端は我が国の者……謝罪しよう。すまない……民の気持ちを慮ることが出来なかった我の責任だ」
「だからといって味方になれる国々を相手に帝国の流儀を押し通すのでは前政権と変わりませんわ。我々は獣とは違うのです」
「貴様らもだ。面白くないのは彼等とて同じこと。今は上下ではなく、横の繋がりを深めなければならぬ。間違っても連合を前に下らん諍いをしている場合ではないっ」
曰く、国も種族も掲げる理想も違えば同盟を結ぶ理由、事情も違う。が、今この場に集まっているのは同志である。刃を向けるべきは何処かを皆にも考えてほしい。
王達の演説、本音、心の内はルゥネの能力で直接的に伝播した。
ムクロの戦争を忌むようになった経験が、ルゥネの打算的かつ現実的な思考が、ナールの国を想う心が。
例え全てを肯定出来なくても、理解出来得る概念となって伝わる。
そこから誰かの脳に浮かんだ「そうだ」、「一番の敵は連合だ」、「我々の王は共倒れを恐れているのだ」という肯定的な意見が次々に似たような思考を生み、連鎖していく。
会場内は瞬く間に一つの想いで包まれた。
つまるところ、誰もが我が身、我が国、我が家族、我が知己が大事なんだとわかった訳だ。
色々あったのは事実だけど、王達の言葉が正しい。
根差している部分は同じなのだ。
そうと知れば……と。
無論、反対論者も居るには居るが、同種の人間にすら「今更何を」、「未来の話をしてるのに何故過去の話を蒸し返す?」、「感情だけで動くのでは……」と思われたことで押し黙る。
帝国は事前にルゥネがそういった人物をある程度省いていた為、元来持つ戦争好き精神しか働かず、シャムザはそもそも自国を守りたいだけなので特に争いたい訳ではなく。
魔国側の人間が知る正しい歴史が意思となって伝わってきたのも平和的に解決出来た要因だろう。
『我々人類の歴史はいつ如何なる時も殺し殺され、隷属し隷属させられ、憎んで憎まれて出来上がったもの』
『そんなのはもう嫌だ、疲れた』
『我々の先祖はそう思って現魔国領に引きこもり、外部との接触を断絶したのだ』
長寿種が多いだけあって、人族側が知る歴史はその尽くを様々な観点から論破され、納得させられる。
「ルゥネ様々だな……」
そう呟きながら魔法鞘を収納し直し、首謀者の口を覆っていた義手の爪を離してやると同時に言う。
「わかったろう? 皆、あんたみたいな奴の気持ちも理解出来るのさ。だが、それで今回も……その次も、そのまた次もと争い続けるのでは国が持たない」
ドワーフの男は静かに項垂れていた。
男からは言葉の代わりに生の感情が撒き散らされている。
それらはこれまでに男が知り、聞かされ、経験した怒りや悲しみ、虚しさといった負の感情。
俺にとっては複雑なことに……かつて俺が殺し、俺が魔族化した原因とも言えるオーク魔族のゲイルの知り合いのようだった。
男が持つゲイルの記憶やゲイルに対する想いが俺の中に入ってくる。
『奴は確かに豚系獣人と人族の混血種として生まれた経緯から人族や世界を恨み、戦争を求めていた』
『交易なら兎も角、戦争はならんと言って追放しておきながらその人族と同盟を組んで他の人族と戦争……?』
『結局、戦争することになるんなら何で奴を追放した? 何故見殺しにした』
『別の国や団体と言っても同じ種族だろ。いつ俺達を裏切るかわかったもんじゃない』
まあ……一理ある。
友人らしいゲイルに関する思考は私怨に近いから置いておくにしてもだ。
同じ人族同士ですら今も昔も戦争をしていて、勝てないからと他国に同盟を持ちかけ、こうして巻き込む。そんな戦争狂い共には関わりたくない。
要するにそう言ってるんだ。
気持ちはわかる。その実情足るや帝国ほどのジャンキーじゃないにしろ、端から見れば古来から戦争の絶えない人族は戦争好きにしか見えないだろう。
だが……
俺は男の拘束を完全に解き、自由にしてやりながら一歩前に出た。
「現に幾つもの国が今の連合によって滅ぼされた。面白くないから、言うことを聞かないから、昔から戦争が好きだったから。そして……帝国もシャムザも勢力下に入って国内を好き勝手されたくないから拒み、戦争を仕掛けられている。仮に同盟を蹴ったとしよう。二つの国が滅んだとしよう。次に狙われるのは何処だ?」
いや、もしかすると二つの国に手を出す前にこちらに攻めてくるかもしれない。
あんたの大事な家族や友人が殺されるかもしれないんだぞ?
心の中でもそう言い返し、俺の理屈を概念として通す。
最後に、「ゲイルはな……俺が殺したんだ」と告げて。
「っ!? 何だとっ……? お前がっ……お前がかっ!?」
純粋なまでな殺意と怒り、憎しみがぶつけられ、僅かにたじろいだ。
が、男がゲイルと友人関係にあったと伝わってきたように、俺の方もゲイルと会った時、殺した時の記憶が向こうに流れていく。
「仕方なかった……ってのもあんたからすれば言い訳だろうな。当時、俺はただただ必死だった。大事な友達の隣に立ちたくて強さを求め、その友達と知り合いを守りたくて戦った。……けど、あんたの友人のせいでこうして魔族になって……んで、皮肉なことに一生側に居るんだろうなって思ってた大事な友達から裏切られた」
俺の脳裏をライから剣を向けられた瞬間の記憶が、感情が、憎悪と絶望が過り、男と同調する。
「今思えばアイツも咄嗟だったし、必死だった。だから逆に向こうが天使みてぇになった時は俺の方が剣を向けちまった……結局のところ、同じ穴の狢って訳だ。ホント、全部あんたの言う通りさ。人は戦争や殺し合いが大好きな愚かな生き物……」
でも。
死にたくないから、家族や友人を守りたいから、国の存続を思い……長年一つにすらなれない同種ではなく、宗教で敵と断定し、迫害していたあんたら魔族と組む。
「同じ魔族でも姿形が違うようにな、人族も顔や体格が違う。肌の色も、生まれも育ちも、環境も重ねる歴史も伝統も風習も、考え方だって違う。場所が違けりゃ技術力や文明までもに差が出来る」
だから敵対する。
地球の人類史と同じだ。
「皆、怖いんだよ。お互いを知らず、話そうともせず、理解し合えない。ただ目先の印象や相手の背景だけを見て怯えている」
幸いなことに、こちらにはルゥネが居て……宗教観や野心、欲、感情で動く連合には似た能力者が居ない。
【以心伝心】は相互理解を求められる万能的な力。
その有無は凄まじく大きい。
魔族側が長寿故に物知りなのも人族が知らないことを知ることが出来て良い。
「何も『そういうことだから俺達は親友な? 今すぐ仲良くしようぜ?』ってんじゃない。少しずつ少しずつ互いを知っていく。王達はそれを求めてるんだ。歩み寄りという一歩を」
いつの間にか、辺りは静まり返っていた。
ルゥネが【以心伝心】を調整して俺の発言や考えだけを一方的に広めたらしい。
あいつ、いつの間にそんな分別能力を……
注目が集まっていることに気付き、思わず毒づく。
しかし、逆に俺の「見えないから何か緊張するな……」とか「ルゥネの奴、後でケツぶっ叩いてやる」とか「でも……これで少しでもわかってくれたか……?」といった良くも悪くも人間らしい思考や不安が伝わったことで会場内は更なる静寂に包まれた。
そうして、俺の言葉を後押しするように王達が続く。
「彼の……シキの言う通りだ。我々は一歩を恐れて立ち止まっていた。もう止めよう。かつて……それこそ数千年は昔……他種族同士が手を取り合い、共生している時代があった……筈だ。我はそれを目指したい」
「流石は旦那様ですっ! 我々が手を協力し合えないのでは滅亡待ったなし! 帝国人もっ、シャムザ人もっ、魔族の方も正しい認識を持ちなさいなっ!! ……あ、旦那様っ? 貴方様のルゥネはお尻だけと言わず他の部位もいつでもいつまでもお待ちしていますわぁっ!」
「あー……まあ、何だ。色々と気に食わんが……私も同じ見解だ。そこの黒鬼が居らんでは我が国は帝国の植民地となっていた。帝国もまた連合に滅ぼされていたであろう。魔国も此度の戦争の詳細を知ることが出来ず、遅かれ早かれ同じ道を辿っていたと言える」
人と人は共存出来る。
三人の王によって仰々しく締め括られ、会場内はワッと歓声や拍手でいっぱいになった。
頭に手をやり、思い出すように俯いたムクロの朧気な記憶、過去の歴史、光景が断片的にだが、見えたのが決め手だろう。
主観的な目線ではあったものの、確かに人族、獣人族、魔族、今は亡き竜人族が一緒に暮らしている国があったんだと伝わってきた。
平和、勝利、繁栄。
過程が違うだけで、三人の王が目指すものの先は同じ。
敬愛する王がそう言うのならと民は王に続くのみ。
協力さえ出来ればこれまで以上の安らぎの時代が訪れる。
誰もがそう信じて疑っていなかった。
しかし。
しかし、だ。
水を差すようだが、俺とルゥネはそこまで上手くいくとまでは思ってない。
だからこそルゥネは大歓声の中、皆から密かに俺と自分のリンクを外した。
同盟が上手くいったって、イコールで戦争に勝てる訳じゃあない。
口では何とでも言える。いざ戦争になって、現実を知り、追い詰められれば不平不満だって漏れてくる。
何より、求めるものは同じでも過程が最悪。
戦争を肯定しているのは帝国だけ。
結果良ければ全て良しと笑っていられるのは俺とルゥネみたいなどうしようもない奴等だ。
こんなことで万事が万事解決と思えるのは甘さだと俺は思う。
まあ……今はまだ知らなくて良いことだ。綺麗事、理想論だけで動けるのなら動けるところまで行っておきたい。
俺の思考に肯定の意を唱えてきたルゥネも同様の冷めた意見と見解を心で述べてきている。
「戦争戦争戦争……バカばっかりだな。どいつもこいつも……」
自嘲気味に独り呟いた俺は会場内の地に足の付いてない熱に少しでも乗っかるべく、完全に消えた酔いを取り戻そうと酒を呷るのだった。
来週の更新はお休みするかもです。




