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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第244話 歓談


「あー……何つぅかその……た、ただいま……?」

「こんなにっ……こんなに傷付いてっ……ばかっ……」


 今まで見た誰より濃く、それでいで密度まである赤黒い魔力の光の主と約半年振りの抱擁を交わす。


 こんな怪我だ。俺自身何て様だと気まずさもあった。


 しかし、歓迎こそされなかったが、ムクロは涙しながら俺に抱き着いてきた。


 この温もりだけで癒されるようだ。出来ることならずっとこうしていたいと思うのは……流石に欲が過ぎるか。


「魔都の外れの方に各国代表とその艦隊を待たせている。受け入れの方は?」

「……民の皆には既に貴公が用意した映像を見せ、納得してもらっている。空飛ぶ船が来ようとも騒動にはならんよ。気にせず我等が城へ来てもらうよう伝えてほしい」


 ムクロの髪を撫で、挨拶代わりのキスを一身に受ける中の質問。答えたのは忠臣リヴェイン。


 相変わらず目の前に居るだけで気迫のようなものを感じる。俺の義眼に映る魔力もムクロほどじゃないにしろ、メイと同等かそれ以上だ。つくづくイクシアの連中はこんな奴等を相手に戦争を仕掛けようとしていたのかと呆れてしまう。


 とはいえ、声くらいしか判断材料がないから確信はないが……


 何だか、以前よりトゲが抜けたような……?


 魔王……ムクロに対する忠誠心の強さから俺を敵視ないし憎悪にも近い感情を抱いていたのは記憶に新しい。


 にも拘わらず、何処か敬意が乗っているような声音だった。


 古来から一族総出で仕えていたという大事な大事なムクロを何処の馬の骨とも知れぬ俺にこうまで抱き締められて怒らないとは。


「了解した。では予定通り、会合は明日ということで良いんだな?」

「うむ、こちらはそのつもりだ。先ずはゆっくりと身を休めてほしい。もし可能なら親睦パーティーを開きたいのだが……出席の確認もお願い出来るだろうか?」


 まだ昼前だからな。夜に開くというのなら少しは腰を落ち着かせて休める筈だ。


「問題ない。そうだよな、いきなり会合なんて堅苦しいことをするよりかはある程度どういう人物像かくらい知りたいか」

「特例中の特例だからな……人族の文化で失礼に当たるというのなら謝罪する」


 内心、「やたら下手に出るなこの人……」と以前とのギャップに引きつつもムクロと離れ、少し考える。


 失礼か……どうなんだ? ルゥネもナールも知識や常識としては色々詳しいだろうけど、あんまり気にしなさそうな気がする。


「悪いが、そういった貴族やら王族やらのあれこれには疎くてな……問題ないとは思うぞ? 向こうだって魔族との交流なんか初めてなんだ。お互いにおっかなびっくり歩み寄るしかないだろうさ」


 肩を竦めてそう返すと、リヴェインから伝わってくる若干の緊張も幾らか解れたようだった。


「そうか……すまないな、貴公には何かと迷惑を掛ける」


 俺が完全に失明したことやその他の怪我については既に知っているだろうに、先行してやってきたディルフィン組(俺達)を迎えてくれたこの男は頭を下げている。


 義眼にどう映るかまでは説明してないのにこの誠実さ。ぶっちゃけ少々不気味だ。


「あー……えっと……その……失礼だと思うけど、ハッキリ言っても?」

「む……な、何かね?」

「あんたの生い立ちや一族についてはムクロから聞いてるんだ。だからあんたが俺に対して複雑な思いを抱いてるのもわかるし、気持ちも……まあわかるとまでは言わんが、想像は出来る。そう畏まらないでくれ、鳥肌が立ちそうだ」


 何を言われるのかと身構えたリヴェインは俺の屈託のない毒を受け、キョトンと固まった後、いきなり噴き出した。


「ぶくっ、ぶくくっ……! ぶわっはっはっはっ! あ、いやっ、失礼っ。こうも真正面から言われたのではなっ、くくくっ……私も正直な心を吐露させてもらおうっ」


 我慢ならないとばかりの声音で笑いながら言う。


「最初は貴公を陛下に纏わり付く羽虫……もしくは寄生系の魔物くらいに思っていたのだ。腕は立ち、志も確か。功績も我が国に来た背景も納得が行くものはあれ、それでも我が忠義が……高潔な血の流れるこの身体が、近衛騎士として生き、仕えてきたプライドがそれを良しとしなかった。……否、それも言い訳だな」


 気に入らなかったのだ、単純に。


 俺の左手を掴み、腕を組み、「えへへ……」等と笑っていたムクロがそう聞いて動きを止める。


「だが……感服したよ。貴公はそのような身体になってまで彼奴等の危険性を説いてくれた。先の戦争の映像を届け、我等の尻を叩いてくれた」


 顔を見れないのが非常に残念だ。


 声だけでわかる。


 リヴェインという生真面目な騎士は俺という人間を認め、受け入れ、歓迎してくれていた。


「貴公の忠義……いや、愛か。陛下に対する想いは我が誇り、我が矜持、我が心よりも熱く深いものだと、尊敬に値するものだと思った。いつまでも子供のように駄々を捏ねる訳にはいかんよ」


 続けて、「これまでの数々の無礼を謝罪したい。すまなかった」と再び頭を下げる。


 全くこの男は……と呆れそうになる。


 本当に身も心も全てムクロへの忠誠心に全振りしてるらしい。


 俺は俺で結構失礼なことしまくったんだけどな。馬鹿にもしたし、煽ったし……つっても変に気にするなと返すのも失礼か。少し畏まった言い方で……


「謝罪は受け取ろう。しかし、それでは俺も謝らんとな。……すまない。騎士や義を謳う人間に良い記憶がなかったもので、貴方を侮った」

「なに、気にしなくて良い。寧ろ頭の固さを痛感させられた。良い薬になったよ」


 ムクロの関係者というバックグラウンド無しに、一人の人間として対等に立てたように感じた。


 それが何だか嬉しくて、つい左手を差し出す。


「俺も貴方を認め、背中を預けたいと思う。よろしく、リヴェイン卿」

「ああ、よろしく。……すまないが、もう少し砕けてくれないか? 私としても貴公の態度は少々……いや、気色が悪い」


 嬉しそうに頭を預けてくるムクロを撫でながら固い握手を交わし……今度は俺の方が声を出して笑ってしまった。











 夜。


「悠久の時を生きる者として、魔族と人族が親交を深められる今日この日のことを決して忘れないと思う。めでたい席だ、無礼講でいこう。我も王としてではなく、仲の良い隣人として接してほしい。それでは……我等の今後の未来に、いずれやってくる世界の平和に」


 乾杯。


 そんなムクロの挨拶で始まったパーティはいつになく平和に進んでいた。


 当初こそシーンと静まり返り、誰もが相手の出方を窺って動こうとしていなかった。


 それは一重に過去の痛ましい人類史や齧っている宗教観、数百年以上にも及ぶ鎖国の影響から。


 魔族側の風貌も一人族としては受け入れ難いだろう。


 ゴブリンやコボルト、オーク、オーガ、リザードマンといった人型系からアラクネのような虫系、ハーピーのような鳥系の……言ってはなんだが、魔物と変わらない容姿の者が人語を話し、あまつさえタキシードやドレスを身に纏っているんだから。


 ルゥネとナールが自主的にムクロ、リヴェインの元へ向かい、にこやかに挨拶と談笑を始めて漸く三ヵ国のお偉方が動き出し、釣られて他の者も、というような流れだった。


 皆、俺が言ったようにおっかなびっくりしながら話している。


 それでも時折聞こえてくる笑い声や驚く声には嫌悪感や敵意のようなものが感じられない。


 いざ話してみれば姿形が違うだけで同じ人間なんだと互いにわかったんだろう。


 ナールの元に居た人だかり……シャムザの方が積極的のようだ。元々、他種族を受け入れてる国だからな。


 しかし、逆に帝国側がそうでもないかと言うとそれも違う。ココやアイといった異形の者のお陰で慣れているのか、要人達も屈託のない声をしているのがわかる。


 対する俺は流石にムクロの隣に大っぴらに立っているのも問題と思い、仲間の皆とわちゃわちゃしながら料理や酒を楽しんでいる。


「えっへへぇっ……ねぇねぇ未来の魔王様ぁっ、いつ私達をお妾さんにしてくれるろぉっ?」

「……調子に乗って飲み過ぎだ。誰だエナさんに飲ませたの。メイドだぞ一応」

「あん? いや、自分から飲み食いしてたよ?」

「無礼講だーってさ」


 後ろから急に抱き付いてきた使用人に呆れていると、教えてくれたフェイ&メイからも口撃を受けた。


「で?」

「いつしてくれるの?」

「……まあ、いずれな。……言っとくが、メイ。お前は元から無しだぞ」

「酷い! 私だけ抱いてくれないしっ! ユウ兄のばかぁっ!」

「むぐっ」


 指を向けて名指しで断った直後、口の中に何かの料理をぶち込まれる。


 外面はぶよぶよしてて、噛むとクリーミーな汁。


 この感じ……覚えがあるな。


「うわぁっ、ユウ兄が芋虫を炒めただけみたいな虫料理食べた! 気持ち悪ーいっ!」

「っくん……食わせといて何て奴。でも美味いな」

「え゛っ゛」


 嫌がらせのつもりだったんだろうが、自分からパクパク食べて見せるとメイは黙り、エナさんとフェイは「むぅ……焦らさないでよぉ……お姉さん困っちゃうっ」、「一番はあそこの魔王様なんだろ? 二番は女帝として……三番は誰なんだい?」と何とも返答に困る返しをしてきた。


「だからそのうちと言ったろう。何事にも順序やタイミングってのがあんだよ」

「そう言って何だかんだハッキリしない男はダメってお婆ちゃんに教わったよ!」

「全くさね……何処ぞの女王みたいな態度を貫くってんならアタイにも考えがあるからね」


 揃って俺の両頬をぐりぐりしながら言ってくる。


 フェイも少し酔ってるらしい。


 付き合ってられんとその場から離れ、辺りを見渡す。


 魔国に残っていたリュウ達もこのパーティに居るようだ。リュウとスカーレットの魔力はかなり独特だからか直ぐにわかった。


 向こうも向こうで何やら騒いでいる。


「へっへーんっ、二刀流だ~!」

「あっ、ちょっ、スカーレットちゃんっ、ダメだってばっ!」

「はへー……お、おひゃへっておいひぃっふへ~」

「えっと……レド君、酔ってる? あれ、でもさっきアニータちゃんも同じものを……ていうか未成年じゃ……あ、そうか、もう成人してるのか。いや、してるにしては弱いね君っ。まだ一杯くらいでしょっ?」


 楽しそうで何よりだ。俺達が戦争やってる間に何を仲良くやっとんねんとは思うが。


 またトカゲとその部下が会場内をうろちょろしてるのも目につく。


 死者こそ出てないものの、皆何処かしらの四肢を失ってサイボーグ化してるから形状で何となく察せられる。


 大方、情報収集がてら要人共の顔を覚えようとしてるんだろう。今のところは俺を気に入ったとか言って付いてきてくれてるけど、元来は金さえ積めば裏切りでも暗殺でも何でもする連中だということはルゥネから聞いている。


 ま、そのルゥネが居る以上、その兆候は簡単に押さえられるから問題はないか。つくづく有能だなあの女……


 見慣れた魔力の方を見て感心し、「つっても、俺の女だから当然か……」と内心天狗になって酒を呷る。


 【抜苦与楽】でアルコールは抜いてるんだが……ちょっと酔ってきたな。痛い思考が止まらん。


 会場の奥の方でシズカさんらしき魔力反応の人間がリヴェイン並みの魔力……恐らくはトモヨと何やら話し込んでいるのを横目に、知己は居ないかと振り返ったところでガシッと誰かが肩を抱いてきた。


「やいやいやいっ、お前何て様してやがんだよっ! それでオイラの家族達を守れるのかっ!?」

「ヘルト……止めてください、みっともない……シキ様、ご無沙汰してます。奴等は相変わらずのようですね」


 例の騒動以来シャムザの兵士となり、今やゴーレム隊の部隊長や航空部隊の分隊長にまで成り上がったというヘルトとアカリだ。


 懐かしい顔ぶれだ。


 ホント……その顔を拝めないのが残念で仕方がない。


「まだ一年も経ってないってのに……元気だった――」

「――良いからっ。ちょっと耳貸せっ」

「うおっ……な、何だよっ」

「お前……本命は誰なんだっ? うちの姫さんはまだお前のこと引きずってんだぞっ」


 お前もかい。


 俺を中腰にするようにして引っ張り、耳元で囁いてきた砂漠の勇者に「何でどいつもこいつも浮わついた話が好きなんだ……?」と脱力する。


「はぁ……ムクロ様に決まっているでしょうに。すみません、うちの亭主が……」

「いや、別に構わな……え?」

「あれあれぇ? 何だ言ってなかったか~? オイラ達、け・っ・こ・ん……したんだぜ?」

「うっぜぇ。が、こいつっ、何でそんなめでたいことを今言うんだよっ」

「いてっ、いてぇよっ」

「アカリもっ……おめでとう」


 拳を捩じ込むようにやり返しながら、嘗てのアカリの姿を思い出し、素直に祝福した。


「っ……全てシキ様と皆様のお陰ですっ……アカリは今っ、本当に幸せでっ……」


 アカリは隣のヘルトごと腕を広げ、抱き付いてきた。


 だからこそ、敢えて気付かない振りで返す。


「馬鹿、泣くなよ……良いことじゃないか」


 きっと……アカリは俺とライ達の決別を良く思ってないんだ。


 そりゃあ、な……とは思う。


 この世界で俺達の友情を最も知っているのはジル様とアカリだ。


 その儚い友情(笑)が砕け散り、こうも無惨な身体にされたと知れば悲しくも思うだろう。


 だが、俺の目と同じで仕方のないことだ。


 途端に黙ってしまったヘルトとアカリに「結婚か……そうか、俺達ももうそんな歳だもんな……」と新たな話題を振って空気を変える。


 冷静に考えればこの世界に来て三年が経った。俺達ももう二十歳……日本なら成人している。歳を思えばこそ浮わついた話の一つや二つしたくなるか。


「んっ、そうだったそうだったっ。でっ、誰なんだよ本命はっ……! な~んか地味に女増やしてんだろお前っ。オイラはそういうとこが嫌いなんだっ」

「知るか。一番はアカリの言う通り、ムクロだよ。ムクロこそ至高だっ……見ろよっ、俺にゃ見えんが、大層良い身体を見せるドレス着てんだろ? 性格も素直で言うこと無しだぞ? ……ま、言わなきゃ飯と風呂を忘れることを抜けばだが」

「全くこの人達は……」


 冷めかけた酔いを誤魔化すように更に酒を呷り、「そういや、姐さんについて何か聞いてるか?」、「いや……寧ろオイラこそ訊きたかった。お前さんは何も?」と割りと真面目な話もする。


「『海の国』とは上手くやってるようだがな……」

「肝心の『海の国』がゴタゴタしてるんだろ? シャムザにも情報が入ってきてるっつぅか……ナール王子とレナ姫が色々教えてくれたよ」

「何だ、知ってるんじゃないか。ってなると俺も話せることがないな。……また話変わるけど、そのレナはどうしたんだ?」

「留守番です。本国の防衛や遺跡攻略の為に兵を残さない訳にもいきませんし、王族が揃って居なくなれば民も混乱します故……」


 成る程な。


 まあ……また会いたいっちゃあ会いたい。


 けど、振った手前気まずいんだよな……ヘルトが言うには気丈に振る舞ってるだけでふとした瞬間に暗い顔してるらしいし……


「……ん? 何でそんなとこまで見てんだお前。ヘルト……お前まさかまだ……?」

「あはははっ、ななな何を言ってるんだシキっ、我が親友よっ。……止めろ馬鹿っ、嫁さんの前で余計なこと言うんじゃねぇよっ」


 さも仲良さげに肩を組んできたが、めちゃくちゃ力が入ってるし、冷や汗だらだらっぽい声だ。


「聞こえてますよ。ヘルト……貴方は人に本命を訊いておいて、自分はまだ姉と慕う恩人と一目惚れしたというレナ様のことを忘れられないんですか?」


 ゴゴゴゴ……と怒気に近い感情を音に変えたが如き幻聴が聞こえた。


「いやあのっ、そのっ……そ、それはだなアカリっ……? 姉ちゃんは小さい頃から好きだったし……姫さんはほら……か、可愛いし、美人だろ? 国の奴等だって皆姫さんのことが好きだって……」


 …………。


 尻に敷かれてるらしい。


 その光景が見たいのに見れない。


 クソっ、あの馬鹿勇者よくも俺の大事な眼球ちゃんを抉ってくれたなっ……?


 思わず憎々しい相手を恨み、再度注いでもらった酒を飲んだ次の瞬間。


「ええいっ、もう我慢ならねぇっ! 何だって俺達魔族を迫害する人族共と仲良くパーティなんざしなきゃいけねぇんだっ!?」


 そんな心の叫びと共にガッシャーンッとテーブルか何かをひっくり返したような音が響き、和気あいあいとした会場内は再び静まり返った。


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