第243話 会合に向けて
遅れましたっ、すいませんっ(;>_<;)
「ぷはっ……よーし良い子だっ、メインエンジンが完全始動したっ!」
密封空間だからと安心したのか、ヘルメットを外したらしいフェイが喜色に満ちた声を上げる。
細かいことを言えばこのコックピット内も放射能は充満してるんだが……まあ後で『抜』いてやれば良いか。
それより、今も尚銃撃されていることの方が余程深刻だ。
「は、早くっ、ハッチっ、と、閉じ、ろっ!?」
弾丸がぶつかる度にとてつもない衝撃に見舞われ、機体が揺れる。慣れているフェイとは違い、まるで子供のように怯える俺の口から出る声は酷く震えていた。
いや、単に振動のせいかもしれない。
兎に角、それくらい揺れまくっている。
しかもフェイが返事をする直前、そんな俺を更に追い込むアクシデントが発生した。
「っ……!?」
義手の先……手のひらが微妙に削れた。
弾丸の衝撃の中に妙な感触が伝わってきた。
直接触れている右肩の断面にピシッ、ピシッとヒビが入ってきてるような……
「ちぃっ、ルゥネの奴っ、あんな機構を無理やり組み込むからッ! 急げフェイっ! 長くは持たんぞっ!」
「まあまあっ、そう焦せりなさんなっ、起動さえしちまえばアタイの出番さねっ! モニターはっ……流石に全部は生きてないかっ、なら補助モニターで補正を掛けて……駆動系のシステムは……? っ、よしっ、よぉしっ! 閉じれるよっ、大将!」
「わかったっ!」
頷くや否や、俺は義手の内部に通る回路の一つに魔粒子を送り込んだ。
毛細血管のように複雑に入り交じり、その一つ一つを帝国最高級の技士が手掛けた特殊ギミックは見事造り手の思惑通り作動。カシャンッ……という音が僅かに伝導してきた。
大口径の弾丸を受け止めている先端、手のひらの中心に丸い穴が開いた音だ。
「衝撃来るぞっ、掴まれぃっ!」
俺の忠告に、フェイはシートの後ろにピタリと背中をくっ付け、両足を伸ばして踏ん張る姿勢をとる。
次の瞬間、ズガアァンッ! と今までとは比にならない威力の振動が機体を襲った。
戦後、この義手と異世界人の身体の相性が良いと知って調子に乗ったルゥネが付けた新機構……超小型魔導砲。
ご丁寧に魔障壁で弾かれても二次被害を生み出せるよう高熱へと昇華された光の砲撃だ。
まさかビームを撃てるようになるとは思わなんだ。
なんて感傷は置いといて。
フェイには俺の義手のアタッチメント付近に備え付けられたテレビのリモコンほどの魔力充電池が紫色に輝き、ヒビと共に崩れていく様が見えていることだろう。
正直、マナコンデンサーを使用しても燃費は最悪だし、砲身が熱を持つから連発は出来ないしで良い武器……それも隠し武器や暗器とは言い難いが、その威力は折り紙付き。
「フェイっ、どうだっ!?」
「す、凄いっ……! 正面の機体なんて銃が暴発っ、頭部カメラも溶けてるっ! っ、今、静止したよっ!」
残念ながら、俺の義眼じゃモニター画面に映る映像までは流石に見ることが出来ないが、上手くいったらしい。
ここまで近付かれていれば魔障壁は働かない。侵入者の排除を優先するあまり、魔障壁の有用性を忘れたのがその一機の敗因だ。
ま、今はそんなことより。
「後は任せたっ!」
「あいよぉっ!」
跳び跳ねるようにしてフェイと位置を交代。
魔導砲の発射の反動でハッチに軽くめり込んでいた爪の部分を蹴って外し、急いで縮ませると、シートの後ろに下がった。
幾度と聞いた開閉音が鳴り、外の喧騒が小さくなる。
無事に閉じることが出来たようだ。
「……今更だけど、操縦は?」
当たり前田のクラッカー。この『シヴァト』も古代の遺物だ。フルーゲルどころか俺が知っている機体とも確実に操縦桿の構造や機体の動かし方が違う。
「はんっ、アタイを誰だと思ってるんだいっ? 暴れん坊将軍と恐れられたフェイ様のテクニックを舐めるんじゃないよっ!」
自信満々な返事だった。
『天空の民』は古代の歴史やアーティファクト、アンダーゴーレムについて右に出るものが居ない種族。教わった知識の中にシヴァトと同型の操縦席があるんだろう。
後どうでも良いけど、『暴将』って略されてたんかい。味方から恐れられてどうすんだよ。後なんか異世界人が付けたみたいな異名だなぁおい。
「ま、ぶっちゃけるとこの手の機体は苦手な部類なんだけどね。やたら複雑だし、何よりあの連邦の機体だし……」
連合ではなく……連邦? 古の時代の話だろうか。
俺が首を傾げたからか、「ん? あぁ」と言って続ける。
「昔々の話さ。すっごく頭が固くて融通が利かない連中が居たってだけ。勢力としては強かったからこうして特有の機体がかなりの数生産されたんだ、と……!」
言いながらフェイは手元を引いた。見れば足も踏み込むような動作をしている。
何らかのレバーとペダルを弄ったと見た。
事実、一秒もしないうちに再び機体が揺れ動く。
振動的に機体前面のスラスターに点火させて後退したらしい。
「さーてっ、この先はフェイ様の無双の時間だよっ! 大将はそこでアタイの勇姿を目ん玉の失くなったその穴に焼き付けるんだね!」
「ひっでぇ。俺も大概だけど、お前も結構ズケズケ言うよな……」
迎撃用のバーシスとの戦闘は割愛する。
フェイの皮肉の通り、目が無いから何も見えない。
走って蹴りを入れたり、回転したりしてたのが何となくわかったくらいだ。更に付け加えるとすれば、一分かそこらで終わったとだけ。
戦っている最中、高笑いしながら「ははっ、何ていう機動性だいっ!? アタイの反応に付いてこれる機体なんて珍しいっ! このシヴァトっ、気に入った! これがありゃあアタイも大手を振って大将の隣に立てるっ、やっとまともに働けるっ!」とか何とか叫んでたのはご愛嬌か。
何か下らないことを気にしてたっぽいな。後で軽く叱っておこう。
十分助かってるってのに……
「……後ろ、良いか?」
「え? あ、う、うん……良いけど……操縦し辛いじゃないか」
「んなこたぁ知らん」
「全くもう……困ったボスだよっ」
満更でもない様子で俺の膝に座り、全体重を預けて甘えてくるフェイの肩に顎を落とす。
「……ん」
回復薬と魔力回復薬を取り出し、その態勢のまま飲み干すと、「むぅっ……ちょっとっ」という抗議が入った。
「だからっ……んっ!」
何だよこんな時に。
ご褒美のキスをご所望らしい。
面倒臭いなぁとは思いつつ、望むままにくれてやる。
断続的にドシンドシン揺れてる辺り……この女、キスしながら操縦してやがる。
……慣れない機体で器用な奴。
感心半分、呆れ半分で思案する。
この機体は帝国の領土で出土したものだ。
幾ら俺の願いでも技術革新の一端を担う可能性があるものを魔国に持ち帰る許可は出まい。
フェイは怒るかもだけど、流石に危険が過ぎる。
まあ……あれだ、フェイが言うように本当に熱核エンジンで動いてるというのなら核に関する研究だけはしないよう強く言っておく必要はあるか。
危険性をチェックして、もし安全に稼働出来るなら性能テスト……その次はバラすか何かして研究に回されるか、改修だけされて早々に戦場に放り出されるか……
後はもう野となれ山となれ、だな。
ルゥネなら上手く扱ってくれるだろうし、危険性だって誤解なく理解してくれる。となれば……
「ね、ねぇ大将……今日とか……ど、どうかな?」
「……人が色々真面目に考える時になんて女だ」
「っ……!? な、何さっ、最近シてくれないからアレなんだよっ」
「こんな身体じゃ勃つものも勃たんわ」
「そっ、それは……そっちでどうにかしてほしいもんだね」
「出来るか。見えもしなけりゃ左手しか無いんだぞ、無茶言うな」
無事に任務を遂行した俺はフェイと談笑(?)しながら帰投した。
それから暫くの時が過ぎる。
シヴァトの性能実験から他兵器の改善や開発を手伝いながら療養し、シャムザから魔国に貸し出す巡洋艦艦隊を受け取り、ルゥネが俺の半サイボーグ化した身体を更に魔改造していき……etcetc。
期限の三ヶ月が経った。
予想通り、ターイズ連合は度重なる敗北と損害で内輪揉めが勃発し、処によってはドンパチやってるようだ。
対する俺達はというと、ルゥネ他パヴォール帝国の主要メンバーとナール他シャムザ王国の主要メンバーを乗せた弩級戦艦を牽引する形で魔国へと向かっていた。
ある時から一気に亡命してきた大量の『天空の民』や先の戦役の生き残りからの証言とルゥネの能力で今の連合に足がないことはわかっている。その上、泥沼の小競り合いで忙しいだろうからと本国から主力艦隊を引き連れての大行軍である。
予め手紙や使者を交わしていたから話自体は平和的に進むだろうが……
魔国、帝国、シャムザの三ヶ国サミットと考えると少々……いや、かなり胃が痛い。
まさか俺を中心にここまで大きな話に発展するとは。
いや、ある程度は俺が主導したようなもんだけども。確かにそうしたいなぁとは考えてたけども。
実際に国と国が……それも世界唯一の宗教の教義で『忌み嫌い、滅ぼすべき敵』等と言われている種族の国と一生戦争やってた戦争マニアで戦争オタクで戦争馬鹿の国と国土だけの貧乏国からバブルが弾けたようにいきなり成り上がった大国が、となると本当に気が重い。
俺はもう軍人に近い立ち位置なんだし、俺抜きで進めてほしい。
無論、そんな要望が通る訳もなく、こうして帰還と同時に会合を開く羽目になってしまった。
「漠然とイメージしてニヤニヤ楽しんでたけど、いざ世界大戦勃発の兆しが見えてくると憂鬱だな……しかも半分くらい自分が関わってるとか」
「まあまあっ。準備はしたんだ、大将は胸張っりゃあ良いんだよっ」
紆余曲折あれど、結局はシヴァトを貰えて上機嫌なフェイが俺の背中をバンバン叩いてくる。
「そうは言っても……なあ豚?」
「確かに半分どころか原因みたいなものですしなぁ。勇者殺しという油も注いでる訳ですし、これまでの戦争にも尽く参加して大活躍されてましたし……ていうか豚呼びは止めてほしいですぞっ、ぶひぃっ!」
「なら鳴くな。後、口答えするな。一枚一枚薄切りにしてお湯に浸してポン酢掛けて食うぞコラ」
「ぶひぃっ、しゃぶしゃぶは嫌なんですぞぉっ!?」
ディルフィンブリッジにて、下らないやり取りをしながら強化ガラスの後方を見やる。
それはもう見覚えのある巨大魔導戦艦が二隻付いてきていた。
「魔障壁って丸いんだな……チッ、ネ○ル・アー○マとヤ○トめ……」
「ちょおぉいっ、シキ氏っ? 魔力で立体的に見えるからってそれはアウトですぞ色々とっ!」
豚しゃぶ野郎のツッコミを無視し、盛大に溜め息を吐く。
ダメだ……癖になってんな、溜め息。
「『海の国』は連邦制だったな……だから初動が遅れるんだろうが」
続いた独り言に、チクリとツッコんで来たのはメイだ。
「ジルさんがユウ兄との決闘にかこつけて被害を出すからでしょ」
離叛した艦隊とはいえ、壊滅ともなれば相応の被害。連合にその損害賠償やら何やらを求められた『海の国』もまたゴタゴタしており、サミットには参加出来ないとの返答があった。
監督不行き届き+ハッキリしない態度がそうさせたというのに、『海の国』にも艦砲射撃の被害はあったというのに……憐れな話である。
一応はこっち側に付くというのが大多数とのことだが、やはり小国の集まりというのがネックらしい。あのちょびハゲの心労を思えばこそ、せめていつでも受け入れられるよう円満に話を付けておきたいものだ。
「奴等が腰を落ち着かせ、戦力を整えるまで残り九ヶ月……それまでに信頼を重ね、練度を高める必要がある。その辺、皆はどう思う?」
ルゥネとは何度か話し合った。
しかし、メイ達とはぶっちゃけ忙しくてあまり会えていなかったので今のうちにでも見解を聞いておきたい。
「同盟自体はスムーズに行くんじゃない? 後は宗教観的なものだからねー、何とも言えないよ」
「もう一度言っとくけど、あくまで一年ってのはアタイらの予想だよ? もしかしたらもっと早いかもしれないんだ、何が何でもそのサミットととやらを成功させて蟠りを失くしとかないと不味いさね」
メイは俺と同意見のようだった。尚、フェイの発言については他の『天空の民』も似たような予想をしていたので割りと信憑性がある話だったりする。
「小生はゼーアロット一派がまた一波乱起こしそうで不気味ですぞ……」
ジョンが出した新たな話題はとある噂について。
あくまで噂レベルに過ぎないが、今の今まで消息を絶っていたゼーアロットが連合の内部抗争に乗じて幾つかの残存艦隊を奪取したという情報が入っている。
当然、動かせる人間も多数連れ去った筈だ。連合はそういった意味でも元聖神教関係者がしたことと揉めていると聞いた。
地球から『核爆弾』なんかを持ち出した奴の考えることなんか想像も付かない。
しかも奴の最終目的は神への復讐だ。尚更、何がしたいのやら……。
何でも大量のゾンビ軍団を率いていたとか。人族もその他も魔物も関係なく、ただただ膨大な数の死骸を【死者蘇生】の固有スキルで甦らせ、操っている……とか何とか。
火のない所に煙は立たないとも言う。胡散臭く、また微妙に無視出来ない噂だった。
「何にせよ、先ずは魔国の奴等が受け入れてくれることを願う他ない、か……ったく、かったりぃな……俺はただムクロと静かに暮らしたいだけなのに、戦乱の世がこうも近付いてくるとなりゃあ、俺達みたいのはどうにもな……」
後方から【以心伝心】による強い肯定の意思を感じた俺は苦笑し、俺の言葉に反応したフェイは「我が世の春ってやつだね……腕が鳴るってもんだっ」と喜色に満ちた声で言いながら拳同士をぶつけて見せた。




