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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
263/334

第242話 起動

長め。


「っ……!? こいつぁ……チッ、早速嫌な情報だな……」


 フェイと共に遺跡に入り、調査通り何の障害もなく順調に進むこと約二十分。


 【抜苦与楽】の感覚検索に反応があり、思わず変な息が漏れた。


 何が嫌って毒ガスとやらの危険度だ。


 数回で種類が割れたのはこの際どうでも良い。


 しかし、これは……


『……どういうんだい?』


 俺の左腕を抱いたフェイが不安そうに訊いてきた。


 僅かに逡巡した後、質問で返す。


()()()って知ってるか?」


 フェイからの返答はなかった。


 静寂のせいか、時が止まったように感じた。


 が、勘違いだったらしい。遅れて『ほ、ほーしゃ?』と困惑の声が返ってきた。単に聞き慣れない単語を聞いて?マークが頭に浮かんだだけのようだ。


「そうか、知らないか……」


 ある意味ホッとする。


 フェイが知らないということは『天空の民』の叡智にも核や原子力発電の概念が存在しないことを示す。


 ゼーアロットも誰か第三者から聞いて核を知っている風な口振りだった。


 良くも悪くも使い方次第、人次第を地で行く技術がないことの証明だ。


 だからこそ、俺の固有スキルで放射能だと断定出来るこの場所が特殊。


 調べるべく外したマスクを被り直し、心なしか痛くなってきた頭を軽く押さえる。


『まあ何だ……強力な毒だよ。こっちで言えば魔導機械で何かしらのエネルギーを生み出す時に生じる毒っていうかさ』

『あぁ、物によっては人体に有害な物質が出るって聞くね。それの強化バージョンみたいな?』

『多分。取り敢えず【抜苦与楽】で『抜』けることは確認出来たが、万が一を考えて注意は散らすなよ』

『あいよー』


 一先ず先立った危険性がないことを知ったフェイは俺から離れると、手をヒラヒラさせて言った。


 俺の義眼でその仕草が見えるくらいだ、間違いなくわかってない。


 ま、俺自身大して理解出来てないものを説明するのも変な話だ。こっちの人間に詳しく知ってもらう必要もない。


 症状や回復魔法が効かない特徴を思い出し、「細胞の死滅……当たりだぞルゥネ……」なんて納得しながら歩を進める。


 無機物とて魔力を使った素材のようで、遺跡内はフェイ同様にうっすらと見ることが出来た。


 お陰で躓くこともなければ壁にぶつかることもなく、淡々と前進出来る。


『それより……どうだフェイ。目新しいものはあるか?』

『うんにゃ、ないね。あったとしても壊れてるし、『天空の民』(アタイ達)でも直せないよ』


 時折、何らかのアーティファクトの残骸や修理か移動用の超小型ゴーレムが義眼に映っていたのだが、大した価値はないらしい。


『……俺が毒を感知してから時間は?』

『あー……五分ってとこ』


 一秒に一歩、七十センチの歩幅だとすると……幾つだ? 二百十メートル?


 大雑把な計算とはいえ、深いな。入ってからの時間を入れれば最低でも一キロ前後は歩いてることになる。真っ直ぐ進んでいればという前提も付くが。


 アイが目的地までの地図を書いてくれたからな。何だかんだこれまでの道のりはアリの巣みたいにごちゃごちゃしてたりする。


『うぅ……にしても照明がないとあれだね、怖いね』


 脱力した。


 目が不自由な俺に対して見た目の意見を求めたり、例え暗かろうが視界があるのにビビったり……何かちょっと抜けてると思う。


『……お前やルゥネみたいな気の強い女が見せるそういうとこホント好きだわ、可愛い』

『むぅ……ば、バカにしてないかい?』

『してないしてない。寧ろ褒めてる。人は完璧な奴より親近感の湧く奴の方が好意的に見えるもんなんだよ』

 

 警戒は解いてないものの、これではまるっきりデートだ。『そ、そうかな……ホントに可愛い?』とか言いながら抱き付いてきてるし。


 ご丁寧にまた左腕だ。義手の方だと硬いし、冷たいしで嫌なんだろう。俺としては防護服のせいで柔らかい感触と体温が楽しめない分面白くない。


『お前余裕あるだろ。じゃなきゃこんなこと……』

『な、ないよっ』

『ハッ、六百越えのババアが何言ってんだか』

『あーっ! こんな可愛い乙女に言っちゃいけないこと言った!』


 ポカポカと顔面やら胸やらを叩かれる。


 痛くはないけど、割りと本気で殴ってるなこいつ。


 ……ジル様といい、ルゥネといい、何でちょっとナルシスト入ってんだろうか。


『アタイ達は戦う為に生み出された試験管ベビーなんだよっ? ひたすら勉強勉強っ、演習演習っ……MMMの操縦技術に適正があったから良かったものの……』


 何やら興味深いことを口走り始めたので暇潰しを兼ねて話を聞いてみた。


『別に変な境遇でもないのさ。他にも機体に戦艦整備用、天空城や島の整備用、食糧生産用とか色々居るし、身体を動かせる分アタイ達はマシだし?』


 戦闘用にその他用……ナ○ック星人かな?


『でもほら、結局はこうして離反する羽目になっちゃって……アタイ達は立つ瀬がないんだよ、ぶっちゃけた話ね』

『後悔しても遅いぞ?』

『そんなんじゃないよバカっ』

『いてっ』


 訂正、痛くはない。ないけど、顔面パンチは止めぃ。


『全部女王が悪いのさ。あんな……どっち付かずの態度でいるから……』


 まあ確かに。あれだけの技術を持っていながら静観を続け、いざ聖神教から正式に申し出があってから動き出すんじゃあフェイ達のような下の人間の鬱憤だって生まれる。


『地上の人間との交流は昔からあったんだよな?』

『あのゼーアロットとかいう大男と教祖? とかその部下達だけね。後はちょっとした貿易さね。観測データを魔核や食糧と交換したりとか』

『……観測って何だ。まさか宇宙に観測衛星でもあるってぇのか?』


 冗談めかし、義手の指を上に向けて言う。


『? あるよ? 何言ってんだい?』


 当然とでも言いたげな返答。今度は俺が硬直した。


『わっ……ち、ちょっとっ、急に立ち止まるんじゃないよっ』

『……悪い』


 再び歩き出し、「まさか……いや、本当にまさかな」と思いながら再度質問する。


『な、なあ……衛星兵器とかあったり……しない、よな?』

『あるってば。観測出来るんだから攻撃だって出来るさ。つっても燃費は悪いらしいけどね。確か……太陽光と宇宙空間の魔素を熱エネルギーに変えて一気に放出する兵器だよ。一発ごとに砲身が溶けちゃうから連発は……どうしたんだい?』


 どうって。


 いや、どうって……


 わなわなと震えながら更に質問。


『それはこの星の何処にでも撃てるのか?』

『? そりゃ勿論』

『狙いは?』

『ある程度正確じゃないかな、観測しながら撃つ訳だし』


 倒れそうになった。


 目が回りそうだ。いや、眼球ないんだけど。


 帰ったらこちら陣営の王都、帝都、魔都だけでも覆える魔障壁発生装置を造らせないとダメだなこれ。絶対に勝てん。


『大丈夫だよ、女王は絶対に衛星兵器は使わないから』

『……何故言い切れる』


 思わずそう訊いてしまうほどの断言だった。


『言ったろ? そういう女なのさ。肝心なとこで臆病。傲慢な目付きでアタイらや地上の人間を見下すくせに、悪魔の兵器(デビルウェポン)……禁忌の戦術兵器で人をゴミみたいに蹴散らしても戦()兵器は使えない』


 俺にはわからないが、数百年もの付き合いがあるフェイがそこまで言うんだ。相応の確証があるんだろう。


『じゃあその悪魔の兵器とやらについて……』


 訊こうとした直後。


 聞き覚えのある警報が突如として流れ始めた。


 ブオーッ、ブオーッ、ブオーッ……と、重々しく尻上がりな音。


『っ!? 照明がっ……』


 明かりも点いたらしい。


 まるでシャムザにあった遺跡そのものだ。


『どういうことだ……? 迎撃システムは死んでるって……』

『とっくのとうに帝国の調査隊以上に進んでたんだよっ、アタイらはっ!』


 幸い、アンダーゴーレムのお出迎えは無さそうだ。


 此処彼処(そこかしこ)から聞こえてくるガチャガチャ音と義眼が映す擬似的な視界的に……


『また機銃かっ!』

『グレネードランチャーみたいのもあるよっ! た、たかが防衛に何だってこんなっ……!?』


 フェイから情報が追加され、久しぶりに冷や汗が止まらない。


『必要な時以外口閉じてろっ、舌噛むぞッ!』


 言うや否や、義手を伸ばしてとぐろを巻く毒蛇のようにフェイを包み、《縮地》で加速。


 遥か後方、恐らく今の今まで立っていたであろう位置に銃撃が殺到する音が聞こえた。


『た、大将っ、キツいっ、ちょっとっ、緩め、てっ』


 スラスターに点火し、地面、壁、天井を跳ねて高速移動しているせいでフェイが苦しそうに言ってくる。


『おっと悪いっ、これで大丈夫かっ?』

『こほっ、こほっ……ん、マシになったっ! それより大将っ、貰った地図だとこの先を右っ!』

『右って……あー……近くに残骸の山があるとこか!?』

『そうっ!』


 相変わらず警報は鳴り止まないし、付近で起きた爆発で身体が浮かされる。


『っとぉっ』

『ぐぇっ!?』


 可愛い乙女(笑)らしからぬ悲鳴で少し肩の力が抜けた。


 弾丸やグレネード本体は見えないが、飛ばす為の魔力は残影のように見える。


 その角度と狙いさえわかれば……


『当たらねぇっ!』


 自信を持ってそう言える。


 挟まれる形で左右から、そして両斜め背後から弾丸が迫るのを空中で後ろ向きになることで視認。身を捻り、義手を持ち上げ、義足で蹴り弾いて一回転し、天井を蹴る。


 前方右方からグレネード、左方からミサイルが飛んでくるのは魔法鞘から取り出した短剣を新たに取得した《投擲》スキルで投げ付けて誘爆させ、爆煙特有の煙くて暑い空間に飛び込む。


 毒ガス用の空気の膜のお陰で特に不快感は感じず、煙の中も二秒もしない内に抜けられた。


 が、その先では待ち構えていたかのように弾丸の雨が。


 仕方なしに義手からフェイを離させて左腕で抱くと進行方向に背中を向け、伸ばした義手で全身を包む。


『っ……』


 確かにフェイの言う通り、思った以上に締め付けられた。


 その代わり、被弾は無い。異常もだ。ズガガガガッ! と凄い音と衝撃が来て心臓が跳び跳ねたが、問題なく弾けた。包囲網からも抜けられた。


『怪我はっ!?』

『な、ないよっ』

『なら良しっ! 右ってのはここだなっ!?』

『ここっ、目測で前方二十メートル!』

 

 全身を覆っていた金属の塊から解き放たれ、再び空気の膜が発生する前に一瞬ひんやりとした空気が俺達を襲う。


 俺は兎も角、義手の方は摩擦や爆煙で思いの外温度が上がっているようだった。


 しかし、それはそれ。前方に向けて義手を伸ばすと地面を蹴り、曲がり角に義手の爪をぶっ刺した。


 この状況で減速せずに前進する方法は一つしかない。即ち、義手を使っての方向転換。


 そう考えての行動は予想外の出来事で阻害された。


『ちぃっ、抜けるっ……かぁっ……!』

『ひゃあぁっ!?』


 遠心力が強過ぎたのか、ズボッみたいな音を立てて爪が抜けた。


 あらぬ方向へと向かう身体を反転させるべく、義足に付けたスラスターから魔粒子を放射。再度壁に義手を伸ばし、空中を滑るように移動しながら爪で壁を引っ掻いて加速する。


『さ、流石大将っ……凄い軌道……うっぷっ』

『っ、Gかっ、すまん意識が向かなかったっ』


 目を回しているようだったので僅かに減速し、ジャンプ移動からMFAと義足による飛翔に切り替えた。


 狙われたら咄嗟に動けないが……まあしょうがない。《空歩》の一歩だけで耐え凌ぐ他あるまい。


『うっ、ぐうぅっ……! こ、この先はっ!?』

『真っ直ぐっ……! はぁ……はぁ……この形状っ、デッキになってるからこのまま進んで良いよっ!』


 ヒュンヒュンと迫り来る弾丸を躱し、義手や義足で弾き、魔法鞘から抜いた刀剣で斬り落としながらの会話。当然、弾き損ねたものは直撃する。


 胸と太腿に一発ずつ。MFAの装甲で跳ねたのを受けたからか、貫通せず体内に残っているのがわかる。


『いいっ……てぇ~っ……!? 畜生っ、帰ったらまたアレかよっ!』


 幾度となく経験した不純物の除去手術を思い出して毒づきつつ、前を向く。


 フェイの安全は最優先。俺だから耐えられてるだけで恐らくステータスの恩恵がない人間は一発でも御陀仏ものだ。


 目が不自由でなけりゃ……いや、地に足が付けられればもう少しマシな動きが出来るんだが……


『っ、後ろから来るのが怠いっ、なぁっ……!?』


 これも当たり前の話なのだが、通り過ぎたからといって攻撃が止む訳ではないので機銃による鉛の雨は継続している。


 前方は義手のデかさが幸いして盾にもなるし、フェイにも当たらないしで助かっている。が、後方からの攻撃は俺自身がどうにか動いて躱すか弾くかしなけれならない。


 惜しむらくはやはり目。まともな視界があれば刀剣だけで全部弾き落とせた。義眼の不明瞭な視界では弾丸等の超高速飛来物を捉えるのに若干のタイムラグがあるらしく、微妙に初動が遅れてしまう。


 それと……


『この爆発っ! ウザってぇ!』


 今更ながら何で対艦用に使えるグレネードランチャーや誘導弾が迎撃システムに使われているのか。


 直撃すれば確実に死ぬ。当たらずとも爆風で吹き飛ばされる。


 体勢を崩されたところを狙い撃ちされるのは両目が見えない俺にとっては最悪だ。堪ったもんじゃない。


 耳をつんざくような爆発音と共に激しい突風に追いやられ、空中でくるくると回転していた俺に二発のミサイルが追随する。


 《空歩》で空を、《縮地》で天井を蹴って移動し、余裕を持って回避するが、同じく俺を狙っていた機銃の弾丸がミサイルに当たり、想定よりも近い位置で爆発してしまった。


 本来捉えていた弾丸の軌道が逸れ、反応が遅れる。


 次の瞬間、俺は飛び散った破片と空中で方向を変えた弾丸に晒された。


「いっ、がああぁっ!? っ!? し、しまっ、マスクがっ……!?」


 全身という全身に焼けるような痛みが走るのは良い。身体の前側の殆どに裂傷と火傷程度だ。


 問題はガスマスクが砕けてしまったことともう一つ。


「おいおい……嘘だと言ってくれよ……! 毒除けまでっ……!」


 虎の子の放射能除け装置まで故障したらしい。いつまで経っても空気の膜が発生しない。傷口の熱だけじゃなく、空気が暑い。爆発の熱や煙の不快感が瞬く間に俺を包んでくる。


「た、確か耐久性に問題とか言ってたなっ」

『さっきからミシミシ鳴ってたよっ、傷は大丈夫かいっ? もう少しっ……後百メートルくらいでデッキだっ、堪えなっ』

「わぁってるッ!」


 フェイからの助言に苛立ちながら飛ぶこと十数秒。最後の方は被弾を増やすことなく目的地に辿り着けた。


 逆噴射で減速を掛けて着地し、フェイを開閉スイッチの元へ。


「ブロックを開けたら直ぐに閉鎖っ!」

『あいよっ!』


 そんなやり取りの最中であろうと迎撃は止まない。俺は右肩のマジックバッグマントから黒斧を取り出すとじゃじゃ馬義手と合わせて即席の盾を形成。俺とフェイを覆う形でドームを作り出した。


『ひいいぃっ……音がっ、音が怖いよ大将っ、何とかならないのかいっ!?』

「なるかっ! 良いから早くしろっ!」


 見えるフェイからすれば背後で傘を開くように暗くなり、そこからアホみたいな量の弾丸が当たる音が響いているんだから怖くない訳がない。その上、時折爆発も起きている。


 俺がフェイの後ろに立つことで爆風からは守っているが、当然響くし、揺れる。


「……この感じ、弾丸は良いとしてもグレネードとミサイルはちょっとヤバそうだな」


 体感、義手の関節辺りの反応が若干鈍くなった。ルゥネにも『超硬度でも関節だけはどうしても弱いのでご注意を』等と前以て言われている。これ以上の被弾は不味いかもしれない。


『ちょっと!? 不安になること言いなさんな!』


 全身が揺れるような衝撃と鼓膜が破れかねない音の中、ピポピポと何やら機械を弄っているような不可思議な音が僅かに聞こえた。


『よしっ、よし開いた! 大将っ!』

「っ、よくやった!」


 ガコンッ……!


 と目の前のアンダーゴーレム用の扉が開き始め、その振動で更に地面が揺れた。


 俺は壁と扉につっかえ棒のように接触させていた義手の一部の固定を外すとフェイを掴み、グレネードによる爆発で吹き飛ばされるようにデッキ内へと入り込んだ。


「ふーっ……ふーっ……し、死ぬかと思ったっ……!」


 中まで入ってしまえば開き掛けの扉が弊害物となって迎撃の脅威から自由の身となる。


 シャムザの時もそうだったが、扉が分厚いお陰で爆風すら入ってこない。

 

 フェイを先程とは反対側の操作モニターの方へと移動させてやりつつ、黒斧をその辺に投げ落とし、回復薬をがぶ飲みして傷を癒す。


『そりゃこっちのセリフだよもう~っ……!』


 なんて、情けなくも安堵したような声を聞きながら一息吐いた。


『うーん、と~……? あ、これかっ。ん、これでよしっと』


 再びガコンッという音と振動。


 どうやら開閉途中だった扉が閉まり出したようだ。


 冷静になってからの除去だと興奮している今より痛いかと思い、傷口に指を突っ込んで弾丸を抜き取りつつ、周囲を見渡す。


 どうしても不明瞭なものの、何となく体育館を幾つか並べたような大きさの空間であることがわかる。その中心には確かにアンダーゴーレムらしい形状の魔力反応があった。


 フェイがデッキと言っていたように、機体周辺には整備用の吹き抜け階段があり、廊下(?)にもあった超小型ゴーレムもちらほら。


「い゛っ゛……つぅ……! ふっ……ぬ゛ぐぅっ……!」

『はーっ……やっと一息っ……って大将っ!? 何やってんのさ!』

「見りゃわかんだろ、治療だ治療」

『治療って……荒療治にもほどがあるだろうよっ』


 驚き過ぎだろとは思ったが、まあ端からはグロくて見てられない行為だしなと内心納得しながら歩き出し、目的の機体の前に立つ。


 今まで見てきた機体よりも大きい。シレンティが乗ってたデカブツと比べれば流石に小さい、か……? 六……七メートル……? いやもう少し大きいような……


『へー……近くで見りゃあ黒っていうか銀灰色じゃないか。サイズは七・五メートル式……珍しいね、古の時代の前半から中半に掛けて広く見られる中型機体だよ』


 やはりプロの方が詳しい。階段を上がってコックピットの方に近付きながらフェイの説明を聞く。


『アタイらのフルーゲルは最新式……ってのも違うか、名残っての? 実際、MMM同士の戦争が主流だった時代の後期になると技術革新が続いて機体が縮小化してさ。地上で見つかる機体みたいに全部みみっちくなっちまったらしいんだ』


 へー……ってことは十メートル以上のロボットがうじゃうじゃ居た訳だ。相変わらず世界観狂ってんなこの世界。


『……この形状、女王のにそっくりだ。ただのカスタム機じゃないね』


 言われて気付いた。


 俺が見た時には既にメイがボロボロにしてたが、何となく輪郭が似てる。


 感心すると同時、マスクを失ったことで体内に取り込まれる濃い放射能を【抜苦与楽】に任せて『抜』き、簡単に止血を終わらせる。


 痺れや変な痛みはないか、身体の節々を確認する俺の前で胸部コックピットに辿り着いたらしいフェイが四つん這いになって機体内部に入っていく。


『ん? ん~? うわっ、連邦の機体じゃないかこれっ……このタイプの機体は得意じゃないってのに……』


 ガチャガチャと何かを弄るような音と何かそれっぽいセリフが聞こえてきた。


 何だかんだ、フェイが居てくれて助かった。この様子じゃ俺一人だとマジで動かせなかった可能性がある。


『……にしても機体の形状といい、この操縦桿といい……複雑過ぎる。まさか……いや、どの道マニュアルを見てみないと何とも……中にありそうなもんだけどねー……』


 ……あ、黒斧の回収忘れてた。


 ぶつぶつ文句を垂れながら機体を調べているフェイを置いて整備用デッキから飛び降り、取りに戻る。


『わっ、ちょっ!? あっ、いっ……たぁっ……!? 何すんのさ大将っ!』


 降りた時の衝撃でコックピット内に落っこちまったらしい。上の方から抗議と怒りの声が降ってきた。


「すまんすまん」


 軽く謝り、振り向いた次の瞬間だった。


 ブオーッ、ブオーッ、ブオーッ。


 と、先程聞いた嫌な音が響き始めたのは。


「……嘘だろ?」

『う、うぅんっ……起動、してる……? ほー……一定の魔力の持ち主が入ると動くタイプか、成る程成る程……機体名称は……あー……シ……ヴァ…………ト?』


 人が冷や汗やら何やらをだらだら流しているというのに、この呑気さ。


 恐らく額に浮き出ているであろう青筋をピクピクさせながら声を掛ける。


「フェイっ、何やってんだ動かせるなら早くしろ! 何かヤバそうだぞ!」

『煩いねっ、ただのシステムトラップだから落ち着きな! 機体を動かそうとしたから反応したんだろうさっ!』

「いや落ち着ける要素がないんだがっ!? 誰がお前を守ると思ってやがるっ!」


 叫んだ直後、何処からかキュルキュルとキャタピラのようなものが回転する音が聞こえてきた。


 この音……最早聞き慣れたバーシスの駆動音だ。


 一番強力な防衛策は最奥にあったらしい。


「三回目っ、嘘だろ!? こんな身体でアンダーゴーレムの相手なんか無理だ! フェイ早くっ!」

『オッケー、なる早でやるから時間稼ぎ頼んだよーっ』

「その余裕ムカつくなっ!?」


 また手のひらをヒラヒラさせてる気がする。


 何でそんなに平然としてられるんだと疑問に思ったが、アリスと遺跡攻略に励んでいた時のことを思い出した。


 そうだ、あの時の機体には同士討ちしないようプログラムされていた。最重要っぽい機体内に居るフェイは最も安全なんだ。


 こうなったら自棄だとばかりに黒斧を構え、近接型二機に銃火器装備型二機の特攻しようとしてそのことが脳裏を過った為、「あっ!」という手が頭に浮かび、鑪を踏んだ。


「そこが安全なら俺だって中に入ればっ……!」


 そうと決まれば。


 俺はその場を蹴って飛翔すると反転し、『シヴァト』とかいう機体のコックピットハッチに取り付いた。


「は、ハッチ閉じれるかっ!?」

『うわっ、ビックリしたっ。無理だよっ、アタイに出来たのは起動だけっ、こっちはアタイの方で何とかするから――』

「――悠長なこと言ってる場合かっ、俺の方が無理だから来たんだろうがっ!」


 予想通り、四機の迎撃ゴーレムはシヴァトの前で静止した。


 しかし、シャムザの遺跡に居た奴等とは少し違うようで銃口をコックピットに向けてきた。


「うぉいっ!? それは洒落にならんぞっ!」

『ちょっとちょっとちょっと大将っ!? 何とかして何とかしてっ!?』


 ハッチの上部に掴まり、取り敢えず蹴りを入れて魔力の溜まりつつあった銃口を逸らす。


 刹那、ズガガガガガッ! と凄まじい振動と衝撃に見舞われた。


「うおおおっ!?」

『ぎゃあああっ!?』


 中々体験しない恐怖に思わず縮こまりつつ。


 機銃以上に威力がある巨大な弾丸はシヴァトの何処かの装甲に当たったらしい。機体が少しずつ斜めになり出した。


「っ!? た、倒れっ!?」

『大将気を付けてよっ、何か特殊なエンジン積んでるらしいんだからこの機体! 爆発でもしたら事だよっ!?』


 ズシィンッ! と、かなりの揺れの後、シートに座っていたフェイの元に落下する。


『ぐえっ!?』

「うぐっ、わ、悪い」

『い、良いからこれ見なって! ほらっ、何か危なそうだろ!? 直撃はヤバいんだよ!』

「だから目ぇ無いって何回言わせんだよっ! マニュアルとやらを見せてるんだろうけど、生憎見えないのっ! バカかお前っ!?」


 密着しながらあーだこーだと喧嘩していると、再び銃口を突き付けられる音が響いた。


『大将っ、義手っ! 手を出して防御っ!』

「い、言われずともっ!」


 今度は義手を外に向かって伸ばし、コックピット前に固定。手のひらで受けるように展開した。


 再び機体全体がとんでもない振動に襲われ、何とも言えない恐ろしさに息を飲む。


『アタイらMMM乗りはこういうのに晒されてるんだっ、生身で戦うアンタが今更ビビってんじゃないよっ!』


 フェイからの野次というか叱咤&背中を力強く叩かれる感触に「耳元で喚くなっ、煩いわ!」と返し、「でっ? 動かせないのかっ!?」と怒鳴る。


『~っ、煩いのはどっちだよもうっ……ダメだねっ、アタイの魔力じゃうんともすんとも言いやしないっ!』


 堪らず耳を押さえ、悶絶したフェイが手に持っているタブレット端末のような板を指差しながら説明してくれた。


『起動は誰にでも出来るけど、搭乗者の魔力が一定以上ないと動かないんだってさ! その上、本格的な稼働には再起動が必要だと来たもんだっ、迷惑な話だよ全く!』


 アンダーゴーレムにはコックピット内……厳密に言えばシートに魔力を吸収するシステムが組み込まれている。


 今現在は機体が仰向けになっており、フェイも同じような形で座っているのだが、色々理由はあれ、要するに魔力が足りないようだった。


「なら俺が補うっ、お前が動かせ!」


 俺にそんな判断をさせたのは果たして恐怖か、状況か。


 フェイも合理的と思ったのか、バッとその場から立ち退き、俺と交代する。


「魔力を吸う穴ってこれかっ!? この八つくらいあるやつっ!」


 訊きながら背中に感じる……というかMFAの装甲に引っ掛かる部分を意識しながら魔力を送っていく。


『そうだよっ、急いでっ! さっきも言ったけど、マニュアルには熱核エンジン? とかって書いてあるから――』

「――熱核っ!? それを早く言えよっ!」


 顔色がサッと青ざめたのが自分でもわかった。


 ヒュッと変な声が漏れたのも自覚出来た。


 熱核融合炉……この機体は核燃料を使ってるんだっ、放射能反応はこいつから……!


 理解した瞬間、魔力ではなく魔粒子を超高濃度、超高速で供給する。


 全体の魔力が三割、四割、五割と無尽蔵に吸われ、脱力感や吐き気、頭痛に襲われるのも無視して魔粒子の放出を続ける。


『っ、凄いっ……何て魔力だいっ……!? ジェネレーターの数値がどんどん上がってっ……え、エネルギー充填ヨシ! 各システム、パラメーター……オールクリア! 再起動開始っ! ……とくりゃあっ、全身のスラスターとアポジモーターの方にも送らせてっと……!』


 フェイの呟きの横で、七割……八割の魔力が飲み込まれたのを体感で確認した。


 ステータスにして約八千の魔力。これまでの戦闘で減少していたとて、最低でも五千。未だ嘗てない消費量だ。フルーゲルやバーシス、アカツキにだってここまでは吸われない。


「ちぃっ、貪欲な奴っ!」


 俺とフェイを狙って今でも銃撃されていて、機体やコックピット内はマグニチュード幾つだと訊きたくなるほど揺れている。


 フェイが操縦桿を弄っているのも、全天周囲モニターが独特の機械音を立てながら起動したのも何となくわかる。


 しかし。


 月並みだが、叫ばずにはいられなかった。


「動けっ、動けっ、動けっ……動けええぇっ!!」


 パチンコ店や何かの工事の方がマシだと思えるほどの喧騒の中。


 過去、何度か体験した地震よりも怖いと感じる振動の中。


 俺の耳は微かにビコォンッ……という確信の音を捉えた。


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