第241話 帝国の古代遺跡
短め。
解剖兼研究兼義手の移植(?)を終えて数日。終戦からは一ヶ月と少し。
義足の方は試験的に歩けるだけの機能のものを、義手は実戦後の違和感や重心、改修してほしい点といった要望を元に再調整してもらった例のじゃじゃ馬を装備。不便な身体になってしまった以上、俺はスピードを捨てての新戦闘スタイルを身に付けるべく鍛練していた。
正直な話、医者には止められているんだが……
身体を動かしてないと撫子のことを思い出してしまう。
あいつを殺してしまった罪悪感や後悔、あの時の感触まで。
「……っ!」
撫子の最期の姿が脳裏を過り、伸ばした義手があらぬ方向にパンチを繰り出した。
「よいっ……しょっ……とっ!」
引っ張られて足が浮きかけるのを何とか堪え、踏ん張るようにして引き戻す。
一先ずはこうして足を使うことも出来るようになった。練習用の義足とはいえ、最初は感覚のない足に戸惑ったものだ。
地獄の解剖のお陰で魔力神経だか魔力回路だかは繋げられた為、調子は良好。義手や義足の指まで自在……とまではいかなくてもまあ動かせる。
気になるのはその重量だろう。元の重さとは違うからか、どうしても引っ張られる。
コツは身体ではなく義手を中心に動くこととルゥネに言われた。
その感覚をイメージしながら動き回り、身体に馴染ませる日々。
今日は見学してみたいとのことで城内の鍛練場にてフェイと二人きり。
そんな時だ。ルゥネに話し掛けられたのは。
「黒い機体……?」
俺はいきなり振られた話題に首を傾げ、伸ばしていた義手を元の長さに戻そうとし……操作をミスってルゥネの股下に爪を突っ込ませた。
「ひゃんっ!?」
生体反応式の義眼の方はまだ時間が掛かるらしく、使っているのは未だに魔力を可視化する義眼のみ。その義眼越しに見えるのはルゥネが股割りの要領で開脚してそれを避ける姿。
危ない危ない。直結させているせいか、どうにも敏感過ぎて困る。
「はあぁっ、ぶなかったですわっ……つ、爪があったら割れ目が増えるところでしたっ……」
「すまん。……ん? いや、ケツなら元から割れてんだろ」
「い、言わせないでくださいましっ」
「……割れ目ってそっちかよ、オッサンかお前は」
ルゥネを示す魔力の光がクネックネしてて大変気持ち悪い。
俺の返しも大分セクハラ染みてたのに、この変態女帝は平気でその上を行きやがるな……
「あー……割れ目っていうか裂け目になると思うのはアタイだけなのかい?」
引いてる俺に引いてるような声が届く。
「言うなフェイ。こいつはこういう奴なんだ」
「人のことを殺しかけておいてこの扱いっ、はぁんっ、私濡れちゃいますぅっ」
「ホントこの二人は……仲が良いのか、悪いのかわからないねぇ」
嫉妬というよりは呆れに近い声色だった。
……ルゥネは俺の義手で何してんだ。
「離せっ、この変態っ。股を擦り付けんなっ」
「あんっ、酷いですわっ、私をこんな身体にしておいてっ」
取り敢えず無理やり義手を縮める。
掴まっていたルゥネは空中で一回転して頭から地面に落ちた。
「おっ? があっ、いっ……たぁいっ!?」
フェイが白い目で見ているのがわかる。
そりゃ会うたびにこんなコントみたいなやり取りしてるのを見ていればな。
ま、そんな茶番はさておき。
「遺跡の攻略に詰まってるのか?」
「……端的に述べればそうなりますわ」
割りと真面目な話に移行した。
「先日、死者数が百を越えました。回復魔法による解毒や薬師、錬金術師の力を借りても追い付かない状況です」
連合とドンパチやる直前、ルゥネは帝都から少し離れた山の中に古代遺跡を見つけ、発掘させていた。
一時休戦という形で戦争が終わり、後処理も一段落し、漸く攻略に乗り出そうと重い腰を上げた途端にバッタバッタと攻略チームの人間が倒れたという。
原因は毒、ないし、人体に有毒なガス。
話を聞く限り、やはり地下シェルター……それも研究かアンダーゴーレム開発用の施設の筈なのだが、警備ゴーレムや迎撃システムは生きておらず、荒らされた形跡もない。
にも拘わらず、毒に汚染されているときた。
「で、即効性はないようだったから俺に白羽の矢が立ったと?」
「ですです」
俺の固有スキルの性質上、遅効性なら『抜』いて無効化出来る。
先の戦争で兵を大量に失っているルゥネとしては戦力増強の為の遺跡攻略で犠牲を増やしたくないのだろう。
「報告では最奥と思われる場所に黒いアンダーゴーレムが鎮座しているそうです。旦那様にはその機体の起動、並びに是非私達の元に持ち帰っていただきたく……」
何でもマッピングやある程度の情報収集は出来たが、帰還した人間は全員死亡したらしい。
考えられる治療を全て試してもダメ。
わかるのはその症状。
強烈な吐き気、嘔吐、下痢、血便。目は血走り、鼻血は止まらず、数日から一週間が経過する頃には脱毛症になる者が多発。人や場所によってその場で倒れる人間も居るほどなので言うほど遅効性でもなさそうだ。
俺達の世界の知識を共有しているルゥネの見解としては細胞の死滅だろうとのこと。
回復魔法は細胞を超活性させて治療するものだ。その細胞が凄まじい速度で死んでいっているというなら確かに対抗策はない。
「鑑定系のスキルでも致死性としかわからず……旦那様の能力なら検索……? で、どのような毒ガスなのかわかる筈です」
念じて『抜』くということは物体から『抜』きたい物質を指定して除去するということ。
そして、レベルが上がった【抜苦与楽】には感覚が追加されている。
『抜』けているか、そうでないかという感覚はつまり検索機能に等しい。
ルゥネはその辺の調査も頼みたいようだ。
だがしかし。
そこで気になってくるのはモグラ少女アイが調べてくれたもの……それに対する発言。
彼女が持つ固有スキル【長目飛耳】は視覚と聴覚を別の場所に移す能力。
ターイズ連合への警戒や置いていかれた敗残兵の捜索で国境付近にまで駆り出されていた彼女は今回のことを受け、緊急召還。遺跡内を再確認する羽目になった。
結果、毒以外の危険はなさそうという結論に至った訳だが……
「このマーク……どっかで見たことあるのよねー」
そう言って、最奥の至る場所にあったという模様を絵として描いてくれた。
それは円の中にプロペラが入ったような模様……いや、マークだった。
看板や服のような日常品にすらマークがある地球の知識を持つ人間ならパッと見で何かを表しているのだと理解出来るが、こちらの人間には恐らくただの絵にしか見えないであろう模様。
事実、ルゥネは【以心伝心】で俺に視覚情報を伝えてきた時、「これがマーク……なんですの? 家紋みたいな?」と訊いてきた。
となればフクロウ少女のココやテキオ、メイにジョン、その他転生者に見せる必要が出てくる。結論としては全員がアイと同様の返答だった。
見たことがあるか、もしくは似たマークを知っている気がする。が、それが何なのかまでは思い出せない。
斯く言う俺もそう。せめて色がわかればマシだったかもしれない。掠れて消え掛かってるのばっかで塗料の跡くらいしかなかったとか。
まあ強いて意見を挙げるとすれば「化学薬品とかそれに近い感じがする……かな?」といった共通認識があった程度か。毒に関係があるとは断言出来ないものの、十中八九何らかの繋がりはある。
「……帝国領はあまり遺跡が出てこない土地っぽいしな。確かにそれだけで諦めるのは勿体ないか」
「そう、ですわね……」
俺の独り言に近い呟きに、ルゥネは苦々しい声で肯定を返してくる。
「最初はメイに頼もうかと思ったのですが……」
「流石に危険が過ぎる。こういうのは俺の方が向いてるだろうな」
そんな俺達の会話に首を突っ込んできたのはフェイ。
「バカ言うんじゃないよ。目が不自由な大将が古代MMMを起動させられるって? そもそもどうやって動かすのさ。アタイ達の『フルーゲル』や他の旧式の機体すらその身体じゃ動かせないだろうに」
中々鋭い指摘だった。
揃って「うぐっ」と口詰まり、考え込む。
「アンダーゴーレムと視界が共有出来る訳でもないしな。となると……フェイか他の隊員に来てほしいな」
欲を言えばルゥネも。視界のある無しはかなりデカい。
「危険ですわ。私も……頼んでおいてあれですけれど、時間が……」
俺の本音を読み取ったルゥネが申し訳なさそうに言ってきた。
ま、そりゃそうだ。どうしたもんか……
俺とルゥネでうんうん唸っていると、「……地上には防護服とかないのかい?」と呆れながらではあったが、またまた良い指摘が入った。
「それだフェイっ。宇宙服みたいに密封してて……酸素ボンベがあれば毒は何とかなるかもしれんっ」
「……旦那様、少し失礼。今想像したものを確認させていただきます。………………む、難しいですわねこれ。一人分作れるかどうか……呼吸用の空気入れの方も……う~ん……?」
どうやら攻略部隊の再結成は難しいらしい。
「決まりだな。その一人分さえ何とかしてくれればフェイと俺で行ける」
「……旦那様の分は?」
「ガスマスクくらいはあっても良いと思うけど……もし仮に戦うことになった時のことを考えれば大将は丸腰の方が良いさね。動き辛いだろうし。大将の能力なら毒を無効化出来るんだろ?」
ルゥネは渋い反応をしていたが、フェイの疑問に「即効性や意識を失うものじゃなければな」と自信満々で答えたからか、渋々……本っ当に渋々ながら頷いてくれた。
「では一週間ほど、お二人の時間をいただきたいです。サイズや硬度、素材等、最適なものを試して確認する必要がありますので」
「ん? 俺もか?」
「完全なものでなければフェイの言うガスマスク? は作れますし、防護服の方も考えていることがあります。安全性は彼女よりも低いでしょうが……まあ無いよりはマシ程度に留めますわ」
ほーん……まあ確かに、何もしないよりはな。
そう頷いた俺は「んじゃああれだ、洗浄施設みたいなのも作っといてくれ。折角の装備や服から毒を落とせないのは困る」とだけ返し、会話は終了した。
ルゥネはその件について部下達と共有すべく鍛練場を出ていく。
「あ、そうそうっ、旦那様っ?」
出入口付近で思い出したかのように止まり、少し戻ってきた。
「昨日、旦那様のお知り合いを保護しました。いずれで構いません、顔を見せてやってくださいまし」
ルゥネはそれだけ言うと、今度こそ出ていった。
予定通り、一週間後。
俺とフェイは古代遺跡の前に来ていた。
俺はMFAや義手、魔法鞘とフル装備。フェイはパイロットスーツを少し厚くしたような、身体のラインがかなり出ているらしい格好だ。
山の方だからか、雪が降ってるからか、はたまたその両方か……めちゃくちゃ寒い。
義手と義足が冷えて接触部分の肉が痛いくらいだ。
「どうだい大将。に、似合ってるかな?」
「あー……悪い。目がないから見えん」
フェイは「うー寒ぃなぁ畜生……」と毒づきながらの返答を聞いて硬直した。
元も子もない話、防護服に似合ってるもクソもないとも思う。
「いやー……それにしてもシズカさんだったとはなー……」
「……もうっ、何度目だいそれっ」
あまりにしつこかったせいか、それともフォローしてほしかったのか、少し怒ったように言われてしまった。
ルゥネが拾ったという俺の知人。
まさかまさかの相手過ぎて驚愕くらいする。それこそ反芻するほどには。
まだ会ってはいないが、以前の俺やムクロのように隈が凄いことになっているとは聞いた。大方、半径数十メートルに居る生物全ての感情や思考を感じ取る【多情多感】のせいで精神に異常を抱えてるんだろう。
事情聴取によれば連合が嫌で逃げ出したそうだ。
平気で人を迫害出来る連中だ。俺やルゥネみたいのとは違って、素で頭がおかしいんだから嫌にもなる。
直接応対し、ステータスを見せてもらったルゥネ曰く、俺の同期召還者の中で下から数えた方が早いくらい弱いらしいので拘束という拘束も無しという厚待遇。
「帝国や魔国に対する敵意や害意はなかったとは聞いたよ。戦争の時代なんだ、同郷のよしみで一つや二つの我が儘くらい叶えてやっても良いんじゃないかい?」
フェイが言う我が儘ってのはシズカさん本人が望んだことだ。
争いが無くて友達が居る国に行きたいらしい。
拾ってもらった分際でまあまあ調子こいてるような気がしないでもない。
といっても、属性魔法しか脅威がないっぽいからな。どうせ魔国にはそのトモヨも居る。一緒に連れ帰ってやるのは吝かではない。
「ま、それも俺達が生きて帰れたらの話な訳だが」
「ったく……あんまり怖がらせないでほしいねぇ。こちとら生身なんだからさ」
げんなりしたように肩を竦めているフェイの姿がうっすら見える。
そして、そんな会話をして緊張を解している俺達の周りにはエナさんとメイ、ルゥネの部下や研究者、何かあった時用にテキオが待機していた。
「なあシキ、俺寝てて良いか? 待つのとか嫌いなんだよ、面倒臭ぇからさ」
「……お前はそればっかりだな」
よいしょよいしょと防具やスラスターを装着させてくれるエナさん&メイの横で首をコキコキ鳴らしながら返す。
「しゃあねぇじゃん、そういうタチなんだから。ふぁーあ……これでも忙しい身なんだけどなー……」
「なら勝手にしろ。ただし、実際にそれで問題が起きたら擁護はしないぞ」
手伝ってくれた二人に礼を言い、ヘルメットを被ろうとしていたフェイと合わせて「あれで帝国『最強』だってんだからな……」と愚痴を溢した。
「言ってろ。……そういや全然話変わるけどさ、アリスはまだ帰ってこないのか?」
……マジで180°変えやがった。
「えっとメットのバイザーはっと……『おー出来た出来た。あ、あーあーあー……どう? 聞こえる?』」
「聞こえてますよ。息苦しくはないですか?」
「暑いとか寒いとか、何でも良いので直ぐに言ってください。調整しますので」
『うんにゃ、大丈夫だよ』
フェイの方の準備を待ちつつ、テキオに返答する。
「知らん。あの男女野郎、いきなり居なくなりやがったからな。何が修行だよ」
「ははっ、あいつらしいじゃねぇか。今頃、修行そっちのけでハーレム作ってたりしてな」
「まさか。母国じゃ指名手配犯らしいぞ?」
「アホだから下克上とかしてそう」
互いの軽口にケラケラと笑いながら待つこと数分。
やがて俺の方も簡易ガスマスクと身体を覆うように空気の膜を発生させる魔道具の確認と調整が始まった。
『あー、あー……何かくぐもるな』
『そういうもんさね』
『そりゃそうだが』
「あはははっ、シキっ、お前のそのシュコーッ、シュコーッって息遣いどうにかなんないのかっ? ダ○ス・○イダーみたいになってんぞっ」
手を叩いてる音が聞こえる。
光人間にしか見えないのもムカつくな。
『ふんぬっ』
「うげぇっ!?」
取り敢えず鳩尾に良いのを食らわせてやった。
『ん、良いなこれ。毒を受け付けない上に動きやすい』
苦痛の声と恨み言を漏らしながら地面でのたうち回っているテキオをよそに、左手をグーパーしてみたり、軽くパンチや蹴りを試してみたりしながら呟く。
空気が身体に張り付く感覚はちょいと不思議で気になるが、まあその程度だ。
「熱や寒さにもかなりの耐性がある筈ですよ。何せ遮断してますからね」
「問題は発生装置そのものの耐久性でしょう。ルゥネ様も言ってました。繊細な機能なので少しの傷が命取りです。くれぐれもお気を付けください」
『了解した』
両肩と両膝に巻かれる形で取り付けられた長方形のそれには電子基板のように細かく造り込まれた回路やら何やらがあるらしい。
『聞いた話じゃ毒以外の脅威はないし、こっちには大将が居るんだっ、皆は大船に乗ったつもりで待ってな!』
『……フェイさんや、そういうのをフラグってんだよ』
見えはしなかったものの、エナさんやメイ、テキオ達からの生暖かい視線が背中に突き刺さる中、俺達はその遺跡に入っていった。




