第238話 天使化
短め&微グロ注意。
明らかな致命傷。
撫子の《再生》をしても治るか怪しい深手。
その上。
「っ、何だ!? 何だよお前はっ、邪魔だっ!」
自分達の間に割って入り、代わりにシキの渾身の斬撃を受けてくれたというのに、イサムは真っ二つになった撫子に蹴りを入れ、シキの方に近付いてきた。
やはりというべきか、撫子に《再生》が発動する気配はない。
瞳は嘗てないほど光を失い、呼吸も浅いものになっている。
(あのスキルは自動発動型……体力切れ……? いや、それにしては様子がおかしいっ……)
冷静な部分がそう考え、はたと気付く。
目の前の勇者が持つ能力、固有スキルに。
「ははははっ! 今度は油断しないぞ! お前はもうスキルを使えないっ!」
【唯我独尊】。
イサムはこの土壇場で我が身可愛さに、シキの《咆哮》やその他のスキルを恐れて全スキル無効化能力を発動していたらしい。
エアクラフトの破片が全身に突き刺さり、片目は失明、顔中も血塗れになっている。
胸は内臓ごと貫き、焼いてやった。
にも拘わらず、憎悪と情念だけで……例の《光魔法》で傷口を塞ぎ、シキに迫ってきている。
対するシキはレーセンを殺されたライと同じように遅れて実感した。
血に濡れた自分の手に、撫子を斬ったという感触に震え、絶叫した。
「あっ……あっ……あっ……う、あっ……うわああああああぁぁぁっ!!?!?」
もう助からないかもしれない。
撫子が死ぬかもしれない。
そんな恐怖がシキの全身を支配する。
その絶叫こそ、友人に対する殺意までは持てていなかったという証明だった。
そのタイミングでライが戻ってきたらしく、「な、撫子さんっ!?」と悲鳴にも似た声を上げながら撫子の上半身をキャッチしている。
「さあ死ねっ、すぐ死ねっ! 今死ねぃっ!」
ドパンッ、ドパァンッ……! と乾いた音が鳴り、光る弾丸が飛来する。
「のっ……能力を解けっ、クソッタレ勇者っ! 撫子が死んじまうっ!!」
《闇魔法》や《直感》は使えずとも、見ることさえしなくとも、その濃密な聖気はシキにとって生存本能を呼び覚ます代物。
故に、刀剣を軽く傾け、首を捻り、身を捩るという最小限の動きだけで全ての弾丸を躱し、イサムに肉薄した。
「何度僕の邪魔をすれば気が済むっ!? 僕はこの世界っ、イクスに選ばれたんだぞっ!? 僕こそがイクスを救う――」
剣と盾の代わりに二丁のライフル。
刃が届く距離まで近付いてしまえば、既に力尽きかけている者など。
「――お、ま、えっ……があああぁぁっ!!」
シキは魔力を込めて仮面を外すと右足の甲でキャッチ。同時に大きく、されど鋭く烈火の如き光を発する刀剣を振り下ろした。
「はっ……!」
盾として構えたライフルが二丁共斬られ、刀身が迫ってくる光景を見たイサムが嘲るように笑う。
残像をも生み出す刀身が描く軌道、軌跡からこちらの狙いを算出したらしい。全身の傷を覆っている《光魔法》の光が肩を包んだ。
瞬間、以前その光に阻まれ、殺せなかった記憶がシキの脳裏を過る。
(これはこいつの『最強』の防御能力っ、俺の《狂化》でも押し切れない……! だから笑ってやがるんだっ!)
見れば、イサムの手元で《アイテムボックス》の亜空間が口を開き、新たなライフルが現れている。
弾かれた瞬間、攻撃した瞬間に撃ってくるつもりなのだろう。
誘われた。
現実的に考えてこちらに利のある近接戦闘こそ、確実に自分を殺す一手だった。
「「 」」
一瞬、イサムとシキの視線が交差する。
前者は愉悦。勝利を確信した目。
後者は焦り。早くこれを終わらせたいという目。
だから。
「ヒャハハハッ、『黒夜叉』ぁっ!!」
(俺の勝ちだっ!)
振り下ろされていた刀身がピタリと止まった。
反対に、右足の踵、脹ら脛、太腿から魔粒子が噴き出す。
「死に損ないがぁっ……!」
吐き捨てるようにそれだけ言ったシキは「あ……?」と笑みを浮かべたまま硬直しているイサムに向かって蹴りを繰り出した。
その蹴り、足の先にはピックのように鋭利な針が生えている。
先程落とした仮面を変形させて作った即席の暗器。
イサムは刀剣にばかり気を取られていて、肩以外の部分は防御体勢にない。
ここまで近付き、不意打ち気味に繰り出された攻撃が防げる筈もなく――
「――ぐぺっ……!?」
イサムの傷だらけの顔面……額から頭蓋骨に易々と到達。勢いを殺すことなく脳まで突き刺さった。
小さな断末魔にコンマ数秒遅れで貫通し、後頭部から刃が飛び出る。
「っ……? っ!? ……っ……ぁっ……ぁっ………………」
ビクンビクンと痙攣していたその身体はやがて力を失い、動かなくなった。
終わった。
そんな実感と何とも言えない虚しさが一瞬胸の奥をざわつかせる。
一緒に召喚されなければ。
自分と出会わなければ。
もしかしたら本人の言う正義の味方とやらになれていたかもしれない。
独善的ではあったが、それでも本人なりの正義感は感じていた。
様々な要因から自分を妬み、恨み、憎み……こんな結果になってしまった。
(ま……だからといって後悔はないぞマヌケ。お前が望んだんだ。俺に挑むってのはつまり……そういうことだ)
蹴るようにして針型になった仮面を抜き取ると、イサムの亡骸は静かに墜ちていった。
「~~っ……! はぁっ……はぁっ……はぁっ……お、終わったっ……確実に……これでムクロはっ……っ、撫子はっ……!?」
思考系スキルで【唯我独尊】の効果が切れていることを確認し、急いで辺りを見渡す。
どうやら撫子をスキル無効化範囲から出そうとしたらしい。ライの姿は少し離れた場所にあった。
逸る気持ちを抑え、けれど、嫌な予感に急かされるように空を駆ける。
時折、近くで稲光が走るのも気にせず、激しい雨に全身を濡らしながら近付く。
少しずつ少しずつ、撫子の姿が露になる。
ライの腕に抱かれ、力無く何かを呟いている彼女の身体は未だ上半身のみだった。
「撫子ッ!! ら、ライっ、撫子はっ!? 《再生》はどうしたんだよっ!」
今は敵味方など関係ない。
攻撃される可能性すら無視してライの元に駆け寄り、撫子の手を掴む。
「……? し……き……ど、の……?」
口をパクパクさせ、絞り出しされた声は酷く掠れていて、生気が感じられなかった。
握った右手も非常に弱々しく、冷たい。
右肩から左脇腹の下。その全てを失っているのだ。
(俺がっ……俺が斬った……! 何で前に出たっ、馬鹿っ……!)
もう助からないという確信が、現実が否が応にも迫ってくる。
シキは後悔と涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
「な、撫子っ……悪いっ、ち、違うんだっ……違うんだよっ、俺はそんなつもりっ……!」
「あ、ぁ……わか……て……ござ……」
既に話す気力も残ってないようだった。
しかし、シキ以上に顔を歪ませ、雨に負けないほど大粒の涙を流しているライを叱咤するように言った。
「ダ、メ……でござる……よ……? シキ、殿も……ライ殿も……わ、悪い人、じゃ……ゴホッ……がはっ……! ご、誤……解…………もっ……話し、合…………な、仲……良く……な、か……よ………………」
最期の力を振り絞り、必死に言の葉を紡いでいる最中に、撫子は事切れてしまった。
瞳は完全に光を失い、シキの手からもだらんと右手が落ちる。
この大雨の中、強く振り続ける雨粒が眼球に落ちても何の反応もない。
「「あああぁっ……うわあああああぁぁぁぁっ……!!!」」
それは慟哭だった。
それまで何度も殺し合った二人の男が、親友が、宿敵が声を上げ、咆哮するように泣く。
二人を取り巻くのは最上級の後悔。
俺が剣を振らなければ。
俺がもっと早く来ていれば。
そんな後悔の叫びが雷鳴轟く戦場に響いていた。
やがて。
使命を思い出したかのようにライの腕から撫子の遺体が消える。
《アイテムボックス》に安置したのだろう。
「撫子さん……仇は必ずっ……必ずッ……!! だから今は静かに寝ててくれっ……!」
シキが見せた確固たる覚悟に匹敵するであろう確固たる決断。
シキは急いでその場から離れ、雨と涙に濡れた顔を拭いながら回復薬を使用。更には右足に付けたままの仮面を顔に戻した。
二人の手に再び絶剣が、聖剣が握られる。
ライは不気味なまでに俯き、静かに言った。
「何でだ……? なぁユウっ……シキ……! 何で撫子さんを殺したっ……? 仲間だったろっ……? 友達だったんじゃないのかっ……? それともお前はもうっ、本当にユウじゃなくなったのかっ……? 心まで……魂まで魔族に……?」
ヤバい。
全身全霊の警鐘がシキの脳や身体に木霊する。
過去最大の警鐘。
ただヤバいとしかわからない感覚。
今まで何度も命を救ってくれた《直感》がここは逃げろと言っていた。
「なぁ……答えろよ……答えろっ……答えろよっ、シキッ!! 撫子さんは死んで良い人じゃなかったっ! お前だってっ……! 優しいっ……優しい人だったんだ! お前のことを教えてくれてっ、悩んでる俺を支えてくれてっ!!」
ライの激情に連動して、《光魔法》の怪しく嫌な波動が放たれる。
【唯我独尊】が消えたことで。
シキがイサムを殺したせいで、彼の暴走を抑える能力者はもう居ない。
そして、彼の怒りが理解出来るからこそ、シキは何も返せない。
ただ耐えるように、耐えるべく、《闇魔法》の波動をぶつけ返すことしか出来ない。
「よくもっ……よくも撫子さんを殺したなああぁっ!!? うううぅっ……う゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
翼。
白く光り輝く翼が吠えるライの背中から飛び出た。
その大きさは片翼、約二メートル。
合わせて四メートル近い翼を生やした彼は瞳孔までもが白く染まっていた。
全身……否、連合製のMFAからは太陽を思わせる眩い光が。
バサァッ……バサァッ……と力強く羽ばたいている白翼からは羽根の一本一本から神々しく美しい光とエネルギーが放出している。
《光魔法》の暴走。
シキが《闇魔法》の暴走で魔族化したように、ライはその逆。
天使。
天使化した。
少なくとも、以前のように《光魔法》で顕現させた偽りの翼ではない。
実体があるように、シキは感じた。
目の前で起きる不可思議な現象に対し、元親友に対し、シキは……
その元親友と同じ選択をした。
即ち。
「ちっ……違うっ、違う違うっ! 俺はそんなつもりじゃなかったんだ! あいつが勝手に出てきてっ、だから俺はあいつをっ……うっ……うわあああああっ!!」
剣を向けた。
驚愕と困惑と恐怖と後悔と懺悔と。
ありとあらゆる負の感情を糧にシキは叫び、動き出す。
ただの才能と《光魔法》だけで装備の性能差を埋めてきた『最強』の男が装備すらも同等にし、今こうして暴走状態の《光魔法》とその結果で襲ってくる。
黒き角、黒き仮面、黒き鎧を纏った鬼はやがて全ての感情を埋め尽くすほどの恐怖を味わうのだった。




