第235話 戦う理由
「何で《光魔法》がシキや魔族に効くのかって?」
「はいっす。大体、《光魔法》も《闇魔法》も元は伝承の話っすよね? 俺達みたいな庶民でも勇者の伝説は知ってるっすし、実際あったから伝説は本当のことだとして……そもそも何で弱点みたいになってるのかなーって」
年下の少年から来た深いような深くないような質問に「ん、ん~……?」と困ったように笑ったのはリュウ。
彼はスカーレット、レド、アニータを連れてレベリングに来ていた。
イクシア、シャムザ、『海の国』……四ヶ国目として魔国。
時間がなかった為、パヴォール帝国に関しては除外されるが、彼は計四つの国に生息する魔物のスキルをコピーすることに成功した。
既に魔物相手なら大抵無双出来る強さを持っている。
故に、他三人の戦闘を補助すべく魔国から少し離れた、大森林にダンジョン化している活火山、海に繋がる湖底洞窟が接している場所……最も魔物が集結する地点に居た。
「シキさんは凄い嫌がってたよね? どんな感じなのかな?」
周囲を警戒しているリュウの後ろで、レドと一緒に岩を背に休憩していたアニータが言ってくる。
前方の巨大湖付近ではスカーレットが赤と白の斧を振り回してナマズのような魔物と戦っており、少々騒々しい上に土煙が舞っているが、三人は慣れた様子で話していた。
「さあ……アンデッド系の魔物に対する『聖』の属性魔法とかそんな感じじゃないかな。《光魔法》が放つ光そのものは痛くも痒くもないけど、苦しいってシキも言ってたし」
「はー……」
「ふーん」
「いやあのね君達……僕も知らないよそんなこと……」
あんまりわかってなさそうな、つまらなそうな反応にリュウが内心ショックを受ける中、戦闘を終えた赤髪の幼女が戻ってくる。
傍らには引き摺ってきた巨大ナマズの惨殺死体、幼女自体も魔物の体液まみれと酷い有り様だが、本人は至って笑顔で「えへへっ、ピースピース!」とピースサインを送ってきている。
「お、おおっ、さ、流石スーちゃんっす!」
「あー……た、ただの町娘だった私には出来ないなー……」
若干引き気味ではあったものの、歳が近いこともあってか、レド達の仲は良好のようだった。
スカーレットは強くなる為、レドはアニータを守る為、アニータは自分の身を守れるようになる為。
それぞれ理由はあれ、毎日同じ場所で寝泊まりし、パーティを組んで戦っていれば多少の性格の難程度は気にならなくなる。
スカーレット自体、魔族に対する偏見がそれほどなかったというのも大きい。レド達はシキで慣れていただけだが、彼女は他の信者と違ってまだ会話が成り立つ。
精神的な幼さが起因していることは確かではあるものの、戦闘狂のスイッチもシキと全く同じタイプであり、対人にしか反応しないということもあってリュウとしても御しやすかったらしい。
「お兄ちゃん達、さっき《光魔法》について喋ってなかった?」
「うん? まあね。てかこの距離で聞こえ……あ、そっか。スーちゃんなら詳しいこと知ってるのか」
スーちゃん呼びはデフォなのか、リュウまでその呼び方だった。
「えっへんっ、まあね!」
信心深さは兎も角として、彼女もまた聖神教に関わっていた者。
無い胸をこれでもかと張った彼女は嬉々として質問を募った。
「じゃあ僕から。基本的にアンデッドに対する『聖』の――」
「――それは聞こえてた! 大体合ってるよ!」
「えぇ……全部聞こえてたの……? あんな戦いしといて凄い耳してるね君」
ドン引きしてるリュウに続いたのはレド。「はい! 次、俺っ、俺が良いっす!」と手を上げ、スカーレットに「はいレド君!」と指を差されている。
「《光魔法》と『聖』の属性魔法の違いは何なんすか? 両方共、アンデッドにも魔族にも効くっすよね?」
「えっとねー……《光魔法》は全ての魔物をしょーめつさせる力でー……他にも、とくせー? ってのがあるんだって! 固有スキルみたいに人によって能力が違うって習ったよ! えっとね、えっとね、後、『聖』の方はー……あー、回復魔法とか毒をむこーかしたりも出来るけど……って感じかなっ?」
子供特有の拙さのせいで今一わかり辛い。
リュウ達は顔を見合わせると、困ったように笑った。
しかも訊けっていう割にはあんまり知ってなさそうだな……と脱力しつつも、リュウは一人静かに考える。
(消滅……とくせー……固有スキルみたい……〝特性〟のことか。シキ曰く、ライの能力はエネルギーを溜めて放つもの……他にも翼にしたり、推進力として使ったり……イサム君のは物理的な光の膜を物体や自分に纏わせる能力……ライみたいな応用力はないけど、消滅効果を考えれば攻撃にも防御にも使える無敵の力だ。反対に、『聖』の属性魔法は応用が利く分、器用貧乏で〝特性〟みたいな特別性はないと……)
不明瞭だった部分が少しだけ理解出来て、その分納得するような気持ちで頷く。
(《闇魔法》の波動でもライは苦しんでたらしいし、本当に正反対の力なんだなぁ……それなのに『闇魔法の使い手』が忌避されるのは多分、単純な宗教観……今まで見てきたどの国も殆どがその教えに従って生きていた。シャムザや帝国でさえ弱肉強食が先に来るだけで信仰はしてたし……この世界の人族の殆どが魔族を『人類の敵』として認識してるから迫害されるだけで、実質的に二つの魔法スキルは同じもの……)
そこまで考えた辺りで、アニータが「あっ、じゃあさじゃあさ!」と好奇心に満ちた目で質問した。
「《光魔法》を浴びちゃった魔族ってどうなるの? 直撃するっていうか……その……〝特性〟の光をさ!」
「むぅ……だからしょーめつするんだってばっ」
「ゴメンゴメン、聞いてたよ。消滅ね。それって消えちゃうの? 腕に当たったら腕が、頭に当たったら頭が?」
「そうだよ! でんしょーだと昔はお空からパーってして他にあった魔族の国とか村を滅ぼしてたんだって! 凄いよねー!」
レドとアニータの顔は途端に強張り、青ざめた。
勇者が魔国に攻めてきた時のことを想像したのだろう。
当てるだけで良いのなら、その伝承通りにすれば勝敗は付く。
現代ではエアクラフトや魔導戦艦のようなものもあるのだ。使うだけで大量の人間が消滅してしまうと聞けば絶望もする。
しかし、リュウだけは首を傾げていた。
(それは……どうかな。シキは《光魔法》の膜を纏った弾丸をお腹に受けたって言ってた。確かに消滅云々も言ってたけど……それなら何であのオーク魔族がオーク軍団を連れてイクシアにやってきた時、ライ達勇者にそれを教えなかった? イクシアが知らなかった線も考えられない。多分、似た効果はあるんだろうけど、話が大きくなってるんだ。ははっ……シキだったらプロパガンダ的なもんだろうって言いそうな内容だね)
人族にとって勇者とは希望の象徴。善なる者の象徴である。
地球の歴史でも往々にして拡大解釈された事象があるとされている。
その親戚みたいなものだろうのリュウは思った。
その上、スカーレットが知っているということは宗教という抽象的な概念を通して伝わった伝承だ。そうである可能性はかなり大きい。
(とは言っても拡大されてるだけで消滅現象もまた事実……才能も技術も圧倒的な差があって、装備技術も多分同じくらいになってる筈……大丈夫なのシキ……ムクロさんが心配するよ……?)
南方向に広がる暗雲を見ながら、スカーレット以外の仲間達は表情を曇らせるのだった。
◇ ◇ ◇
この世のものとは思えない……少なくとも、人間が出せるとは思えない深い深い絶望の咆哮。
シキには覚えがあった。
「クハッ……俺が魔族化した時みてぇな声出すじゃないかっ……」
全方位に撒き散らされた《光魔法》のエネルギーから命からがら逃げ出していた彼は冷や汗の垂れてきた顔を拭いながら呟く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
既にライは吠えるだけになっており、頭を押さえ、狂ったように悶えている。
ライが放ったのは波動だけではなかった。
光の矢。
槍と言っても良い大きさの、それも触れた部分が消滅する恐ろしいものが眩い光の中から飛んできたのだ。
シキは咄嗟に全スラスターを全開にし、付近のフルーゲルを盾にすることで凌いだ。
光の矢が直撃した聖騎士やフルーゲルには特にダメージはないようだった。
矢自体も当たった瞬間に霧散し、一瞬で無に還っている。
「魔族や魔物だけを殺す力かよ……」
ズキズキと痛む頭、今すぐ戻しそうな吐き気、悪寒に変な汗と絶不調ではあるが、彼は《闇魔法》を〝粘纏〟として顕現する寸前……所謂〝闇〟の魔力の状態で全身に宿せばある程度軽減されることを第一次帝連戦役で知っている。それを強めればライ達勇者に似たような不調を与えられることも。
かといって、進んで使いたくない力であるのも事実。
既に分裂し、高速回転している思考の半分が負の感情で埋まっている。耐えられないほどじゃないが、長時間の使用は更なる魔族化と魔物化を招いてしまう。
「動けなくはねぇ……か」
ぼんやりと黒々とした魔力を纏ったシキは刀剣に付着したレーセンの血を振るって落とし、ライを見つめた。
攻撃の意思はなく、単に感情の爆発によって起きた副次的なものだったのだろう。
今のライは絶叫するだけで、何なら少しずつ墜ち始めている。
何が起きているのかは知らないが、今のうちに殲滅を……と思考した直後、目の前の絶叫男と同じ気配を持つ者が近付いてくるのがわかった。
「チッ……うぜぇのが来やがったっ」
その方向から隠れるようにフルーゲルの脇を移動する。
パイロットはライの異変に意識を奪われているらしく、特に反応はない。
が、遅れて不気味な光の膜を纏った弾丸が六発ほど飛来し、フルーゲルの装甲を貫通した。
「っぶねぇなっ」
頭上と目の前を計三発が通過していく光景に目を見開いて驚いたシキは直ぐ様、その空域から離れる。
『う、うわっ!? なんっ……!?』
その機体は搭乗者の最期の言葉を拡声させることなく爆散した。
(グレネードじゃねぇ……間違いなく弾丸だったっ。この距離……その上、エンジンに直撃させた……? にしたって今の貫通力は普通じゃねぇ……飛距離もだっ……やっぱり『無』属性魔法や獣人族の使う〝気〟みたいな強化能力があるな……? ライのは攻撃と機動性強化型……白仮面野郎は攻撃と防御強化型っ……)
目と鼻の先で発生した爆風と飛び散る破片をどうにか回避する中、シキが視線を向ける先にはライの元に飛んでいくイサムの姿があった。
「あまり空は得意ではないんでござるがなぁ」
背後下方から聞き慣れた声が聞こえ、「お前か……」と返しながら振り向く。
そこには以前と変わらぬ服に連合製のエアクラフトとスラスターを装備した撫子が浮遊していた。
「どうしたっ、お前の男だろ。助けに行けよ」
「貴殿を放っておけば旗艦が沈められる。艦隊の母艦とも言えるあの旗艦が撃沈させられれば連合は敗北……後に残党狩りに移って殲滅戦となるであろう?」
それに、と撫子は顎でライ達の方を示して続けた。
「【唯我独尊】で《光魔法》の暴走は止まるでござる。あれもスキルでござるからな」
言われて見てみれば確かにライは叫ぶのを止め、代わりにボーッとしているのをイサムに介抱されている。
聞こえこそしなかったが、シキは「大丈夫っ?」、「何があったんだい!?」とでも言っているのだろうと察した。
「シキ殿、退いてほしいでござる。彼はここで死なせては――」
「――そりゃお前の都合だ、この裏切り侍っ」
「う、裏切り侍って……」
声色は冷たくとも、脱力するあだ名に撫子は思わずといった様子で苦笑した。
「クソ勇者を始末出来ないのなら旗艦を潰させてもらう。前線の方は……また痛み分けで終わったようだがな」
地上に上空に帝都方面に後方と、シキ達の方にも時折飛んできていた赤と黒の閃光はもう鳴りを潜めている。
双眼鏡か何かで見てみないと細かい戦況はわからないものの、砲撃が止み、連合艦隊の生き残りが後退してきている時点でシキの推測に近い結果であることを示唆していた。
シキは紅の刀剣を撫子に向けて言った。
「どうしても……やるのか?」
それは殺したくない、敵対したくないという彼なりの意思表示。
撫子もわかっているように顔を歪めて返す。
「どうしても、守りたいんでござるよ」
何が撫子を駆り立てて一度は裏切った勢力に戻っていったのか、シキにはわからない。
しかし、もう相容れないのだということは理解出来た。
「そうか……また俺は知り合いを……仲間を……友達を手に掛けるのか……」
「……あのなシキ殿、殺さない以外の選択肢はないんでござるか?」
片や溜め息混じりで、片やジト目の会話。
そこに敵意や殺気はなかった。
それはまるで以前の二人の関係のようで。
けれど、二人の目は何処か冷めていて、無機質に交差している。
「なあ撫子」
「何でござる?」
「【不老不死】の魔王、な……ムクロだったんだ」
「…………で、ござろうな。あれほどの魔力や魔法技術……魔王か、それでなくても側近級の者であろうとは思っていたでござるよ」
静かだった。
聖騎士もフルーゲルも戦意喪失に近い状態であり、殆どの者がレーセンの死とライの異変に呆然としている為、邪魔者も居ない。
「だから……そちらに付くんでござるか? 本当に、全面戦争をするつもりなんでござるか? マナミ殿は今、別勢力を作ろうと頑張っているでござる。連合も聖神教も関係ない全くの別組織……そこなら貴殿だって……な、何も貴殿とライ殿が争う理由はないでござろうっ?」
「あるさ」
僅かにだが、涙ながらだった訴えは短い一言でバッサリ切られた。
「あそこに居る勇者二人は今、この世界で唯一ムクロを殺せる存在だ。所属組織は腐ってて、本人達も結果だけ見りゃあ好戦的でこうして他国を攻めてきている。いずれムクロに牙を剥くとわかってる奴等を放置なんか出来ない」
「っ……ライ殿は違うでござろうがっ」
他者のスキルや固有スキルを無効化出来る【唯我独尊】は唯一にして絶対の対魔王能力。
シキは未だにムクロの【不老不死】の効果をその目で見たことがない。
とはいえ、彼女は今の今まで一つの宗教で纏まっているこのイクスで生き延びてきた。
ならばその力は絶大なもので、反対に世界の半分以上を実質的に支配しているに等しいその宗教の力はムクロに及ぶことがなかったのだろう。
だから大きな戦争が長らくなかった。
そう、シキ達が召喚されるまで。
「なら……何で聖神教の連中は白仮面野郎じゃなくてライを優遇するんだ?」
時が止まったように、撫子は口を閉ざした。
「《光魔法》を使える勇者自体はこの世界にだって居る。そこそこ強い奴も居る。ちょうど、お前ら上級の聖騎士共みたいにな」
だが。
シキは静かな怒りを瞳に宿しながら言った。
「それじゃダメだったんだろ? 下手にやぶ蛇をつつけば今回みたいな戦争になる。勝てる見込みがまるでなかったからこの世界は停滞した。他種族の奴等も平和を求めていたから戦争のない時代が続いた。三つの種族の思惑や利害、思想が偶々一致したんだ」
二人から離れた空域ではライが落ち着きを取り戻し、イサムと軽く情報共有している。
そこに旗艦から拡声マイクによる艦内の状況報告があった。
『ら、ライ様っ、報告っ、報告です! こちらブリッジ! 現在、艦内にて白兵戦になっており、マリー女王が深傷を負いました! 至急マナミ様を連れてきてくださいっ! 襲撃者はノア様とグレン様が抑えてくれていますっ! 急いっ……ぎゃあっ!?』
『……っ! ……!? あれ? 今…………どうやっ……あー、あー! ユウ君聞こえてるー!? 私だよっ、エナお姉さんだよ! こっちの目的は達したから状況見て離脱するねー!? 帰ったら私とデー……おっとあっぶなっ!? ひぃんっ、か、髪がぁっ!? このままじゃお姉さん死んじゃうよ~っ、助けて~っ!』
声に混じって、怒号や剣戟、爆発に銃撃音が漏れていた。
状況はどちらの勢力も緊迫しているらしい。
ライとイサムは唖然とし、シキはチラリと声の方に目を向けつつ、話し続ける。
「その均衡を壊したのが俺達の代の勇者召喚。そうして、二人の勇者がこの世界に来た。異世界人特有の驚異的な成長力と勇者に相応しいステータスを持った二人がな」
シキの脳裏にアカリとヘルトの姿が過った。
二人は確かに強かったが、それは現地人にしては、という程度。どう考えても魔国に辿り着くことすら出来ない。加えて言えば側近どころか将軍クラスと互角に戦える程度が関の山だろう。
「大事なのは固有スキルじゃない。《光魔法》を持った上で魔王を殺せるほど強い勇者だ。《光魔法》は元々、魔族や魔物を消滅させる特別な力……じゃなきゃどんなに問題を起こしたってあの白仮面がターイズ連合を率いる。周囲が率いらせる。唯一、魔王を殺せる存在なんだからな」
マナミを連れてくるつもりなのか、ライがイサムに何かを叫んだ後、【紫電一閃】で前線の方へと消えた。
代わりに、イサムがシキ達の方に振り向き、ゆっくりと近付いてくる。
「どんなに鍛えても俺という邪教の象徴……神敵である『闇魔法の使い手』に負け続ける白仮面。毎回毎回、良い線を行き、性格も聖人ぶったライ……どちらも同じ対魔王兵器なんだと仮定すれば奴等の待遇の差も頷ける。有能な方に投資してんだろうさ」
シキはその気配にいつでも対応出来るよう刀剣を構え……
「知ってるだろ、ムクロは戦争が嫌いなんだ。争い事も殺し合いも何もかもっ……不老不死なんだ、理由は何となく想像が付く。勝手な宗教観や遥か過去の仕返しでこれ以上あいつを苦しめようとするなら……それは俺の敵だっ。敵は殺さなきゃいけないっ、報復があるからなっ、だから皆殺しにするッ!」
ついにイサムの移動速度が上がり、シキは早口気味に叫んだ。
見れば《限界超越》を使ってまでこちらに来ている。
「そ、それなら尚更マナミ殿と一緒にっ! どうにか戦争を回避する道はないんでござるか!?」
撫子も来てほしくない時間が刻一刻と迫ってきていることに焦り、叫び返した。
その内容は、目はこう言っていた。
『このままではムクロ殿の嫌いな戦争が起きっ、貴殿が傷付くっ。ムクロ殿だってそんなこと望んじゃいないっ!』
と。
それに対し、シキも負けじと吠える。
「もう戦争は始まっているッ!! 早急に終わらせる方法は一つっ! 勝ちゃあ良いっ! 剣を向けてくる奴は全て殺して――」
やる。
そう言い切る前に、イサムが斬り掛かり、シキは刀剣で防ぎながら後ろに吹き飛んだ。
「――何をごちゃごちゃ言っている……!? イナミ君に何をしたっ、『黒夜叉』ァッ!!」
ギギギギィッ! と、大量の火花が散り、鍔迫り合いになっている剣が、腕が震える。
イサムが血走った目でシキを睨み、シキの方も「こいつっ……!」と睨み返す。
レーセンの時よりも耐えるのが厳しい、とてつもない推進力。
シキは全スラスター装備から魔粒子を噴出させることで応え、その場で停止するように互角の押し合いを始めた。
「クハッ、お前も……そう呼ぶのかっ! 元はといえばお前がっ……お前が居たからっ!!」
「そ、そうやって人のせいにするっ……ししし、性根が……腐っている、証拠……だっ……! ひひっ、殺してやるよ魔族っ……お前を殺し、僕は……僕はこの世界の救世主になるんだっ! イナミ君みたいな勇者にっ、ヒーローにぃっ!」
イサムの中にあるのは復讐心だけらしい。
勇者らしからぬどす黒い感情に支配され、情緒も口調がおかしくなっている。
構えも力の入れ方もめちゃくちゃだ。
本来片手剣である聖剣を両手で持ち、ただ押し切ることだけを考えている。
折角チューンされたスラスターも同じ。猪のように突き進んでくるばかり。
それを勇者のステータスやポテンシャルで行われるのだからシキにも余裕が持てない。
必然的に逃げることも弾くことも敵わず、押し合いに応えることしか出来なかった。
「とうとうイカれやがったなっ……!? 何が救世主だっ、何が勇者だっ、何がヒーローだっ! お前みたいに私情と私怨に囚われる輩が一体誰を救えるってんだよっ!」
《限界超越》を乗せた力とスラスターの性能差で互角ならと、シキは手首付近にだけ《狂化》し、力強くイサムを弾き飛ばした。
「うおっ!?」
くるくると回転しながら凄まじい勢いで飛んでいく白い仮面の男。
その隙に回復薬を取り出し、折れた手首を治したシキは嗤って言った。
「クッ……ハハッ……だが、良いぜ……? 来いよニセモノの勇者様っ! お前が持っているのはこの世にあっちゃならない力だ! 例えニセモノだとてそのひん曲がった根性っ、治るもんじゃねぇッ! バカは死ななきゃ治らねぇからなァッ! 来いっ、白仮面! 今ここで引導を渡してやるッ!!」
最強の脅威は僅かな時間去った。
ライは直ぐに戻ってくるだろう。
それまでにNo.2とNo.3の実力者を同時に相手取らねばならない。
覚悟は決めた。
しかし、どうしても。
こちらを追ってきた撫子の姿に、黒い仮面の奥の顔を歪ませずにはいられなかった。




