第234話 犠牲
長め&ちょいグロめ
「陛下の砲撃により敵の損失は四割に達したと予想されます!」
「両軍共に兵を収容っ、艦隊戦に移行した模様!」
「ロベリア様のバイタルチェック、全て正常っ。離れているので断言は出来ませんが異常は確認出来ません!」
「敵艦隊が射程距離に入りました! 艦砲射撃、撃てます!」
「味方には当たらないんだなっ? 女王陛下の機体にもっ」
「弾道算出っ……敵艦隊だけを狙えば大丈夫です! 代わりに中間の敵航空戦力にも当たりませんが……」
「こちら観測班っ、陛下は付近の敵と交戦中っ、味方艦隊も後退を続けている為、フレンドリーファイヤの可能性は皆無であります!」
「よーしっ、撃ち方始め! 対空艦手も準備しておけぃっ!」
『ジェフェリン』級の魔導戦艦ブリッジにて、調子を取り戻した艦長が続く情報に命令を出し、少し後にズドンズドンと重苦しい音と軽い衝撃が艦を揺らし始めた。
聖騎士ノアとイクシアの女王マリーが見つめる望遠モニターには相変わらず聖騎士やフルーゲルと相対しているシキの姿が映っている。
味方を足場に《縮地》で空を自由に駆け回って迫るレーセンの猛攻に苛々している様子であり、集音マイクが「ピョンピョンピョンピョンっ……兎かテメェはっ!」という怒声を拾い、ブリッジ中に響き渡らせた。
そこにライは居ない。
「やはり私も出た方が……」
「いえ、他ならないライ様が護衛を頼んだのです。ノアさんにはこのままブリッジの守りを」
不安そうに呟くノアに対し、マリーが安心してほしいと声を掛け、オペレーターの一人に質問した。
「ライ様専用装備の完成は?」
「ま、まだですっ。後数分で終わると今報告がありました!」
「そうですか……人死にを減らしたいとライ様も戦場に出たことを伝えてください」
「はっ、承知しました!」
喜ばしいような、もどかしいような、何とも複雑な顔で頷き、祈るように自分の手を握るマリー。
ノアは手首に取り付けた盾をチラリと見た後、再びモニター画面の方を見ようとし……
抜き放った白銀の魔剣を何もない背後に向けて薙いだ。
彼女自慢の獲物は虚しく空を切るかと思いきや、まるで何かに当たったようにピタリと止まった。
突然の行動に驚いていた周囲はその光景ではなく、その空間から発せられた金属と金属がぶつかったような音に目を見開く。
「っ……やはりっ……何者です……!?」
何かが居る。
そう《直感》したようだった。
実際、ノアよりもステータスの低い何者かがそこに居たのは確からしく、彼女が薙いだ先で何かがぶつかったような音が鳴った。
彼女の剣で吹き飛ばされた誰かが壁に叩き付かれたように。
「っ……」
ほんの一瞬だが、その誰かが居るであろう空間が歪んだ。
戦闘に疎いマリーですらも気付き、「ひっ!?」と悲鳴を上げている。
その後ろで待機していたイクシアの軍団長兼マリーの護衛であるグレンも剣を抜き、マリーを守るように前に出る。
「……艦長、敵の侵入です。急ぎ応援を呼んでください」
「っ、り、了解したっ。聞いたなっ? 急げっ、白兵戦だ! それとエンジン部に繋がるブロックを閉鎖! これ以上の狼藉を許すな!」
「は、はっ! 『侵入者発生っ、侵入者発生っ! ブリッジ付近で待機している聖騎士は直ちにブリッジに集まってください! 繰り返しますっ、侵入者です! 場合によっては各ブロックを閉鎖する可能性もあります! 総員、白兵戦の用意をっ!』」
「エンジン部、隔壁終了っ。今のところ被害はないそうです!」
ノアの冷静な指摘に、艦長とオペレーターの的確な指示出し、報告。
揺らめいていた空間は何事もなかったようにその不思議な歪みを消し、代わりに「ひひっ、バレちったぁ……」と酷くしゃがれた声を発した。
「姿を消す固有スキル……聞いたことがあります。帝国の暗部……どさくさに紛れて入り込んだようですね」
油断なく剣を構え、盾を構え、辺りを見渡すノア。
返事はなかった。
しかし、《直感》の鋭さ、応用力だけならライにも勝るノアにとって姿形の見えないだけの相手は容易いらしい。
「………………そこっ!」
見えない襲撃に恐れながらも忙しなくカタカタと手元を弄っていたオペレーターの直ぐ横。ノアはやはり何の変哲もない普通の空間目掛けて魔剣を突いた。
「ぅっ……」
苦痛の声が僅かにだが、オペレーターの耳にも届き、ノアは手に残る手応えにふぅと息を吐く。
今度という今度は空間の揺らぎは確認出来なかった。
しかし、当たったのも事実。グレンは大はしゃぎで「お見事! 流石は特級の聖騎士様ですな!」と持ち上げている。
「全員、動かないでください。浅いです。そして……狙いは恐らく女王マリー、貴女でしょう。護衛のグレンは彼女を守ってください」
「ひきゅっ……!? わ、私っ……ですかっ?」
「ハッ、言われずともっ」
急に矛先を向けられたマリーが青い顔で聞き返し、グレンが苦笑しながら返した次の瞬間。
ズシャッ……
マリーの喉元に大きな線が入り、盛大に流血。本人は「え……?」という表情のまま吐血し、その場に倒れた。
「陛下っ!? い、言った側からこれか! この俺が付いていながら何という体たらくっ……!」
グレンが猛りながら獲物を振り回し、透明の敵を離れさせる。
「こひゅっ……か、かはっ……!」
マリーは辛うじて生きていた。
動脈を思いっきり斬られたらしく、激しく出血し、痙攣もしているが意識はあるようで首の傷を押さえて止血を図っている。
取り出した回復薬をマリーに掛け、飲ませて応急措置をするグレンに代わり、ノアは目を細めて周囲を睨んだ。
「今度は《縮地》と《疾駆》による併せ技……二人居ましたか」
そう言って、マリーを抱いて介抱しているグレンの横を通り過ぎ、壁の隅に移動する。
一点、ノアから見た壁の一部に死角があった。
そこを目指してゆっくり、ゆっくりと近付き、タイミングを見計らって躍り出てると、サッと剣を向ける。
その死角で彼女を待ち受けていたのはメイド服を着た茶髪の女性だった。
「貴女は……?」
ノアには見覚えのない女。
特徴としては右頬に泣き黒子がある。
パッと見で年上だとわかるのに、妙に感情を前面に出したその顔は何処かあどけなさや幼さを持っている。
そんな第二の暗殺者の手には短剣が握られていた。
酷く苦々しい顔で、「すぅー……こ、降参ですー……だから殺さないでほしいなぁ……なんて」等とふざけたことを言いながら両手を上げていた。
「むっ……!? お前っ、コクドウのメイドだなっ!? 見たことがあるぞ! いつの間に居なくなったかと思えば……彼の元に付いたかっ!」
「っ、『黒夜叉』のっ……」
ノアは再び目を細め、剣を握る手に力を込めた。
「その首……貰いま」
そこまで言い掛け、一歩踏み込んだところで剣を下げる。
「っ? ぇっ……? な、何故っ? 何の、力っ……?」
そのようにする意図はなかったのか、自分の手と敵を交互に見つめ、何故と声を荒げている。
「えへへ、こっちも固有スキルでーすっ……と!」
混乱しているノアをよそに、第二の暗殺者エナはにこりと笑いながら地面を蹴った。
ノアや撫子が使う踏み込み強化のスキル《疾駆》。《縮地》とは違い、突進そのものに補正が掛かるそのスキルに身を預け、ノアの首を横から斬るように短剣を構えた彼女は一瞬でその場を駆け抜けた。
「っ……」
『神の盾』と呼ばれる不壊の盾による防御が間に合い、火花が散る。
僅かに生じた隙を突く攻撃は距離を取るだけで終わってしまった。
殺れる自信があったらしいエナは余裕綽々、持ち前の天真爛漫な笑みに加え、軽く顔をひきつらせながら呟いた。
「ひゃ~っ、防がれちゃったっ。流石は聖騎士様、初見で対応出来るなんて違うねー」
グレンと似た褒め言葉と共におどけて見せ、短剣を軽業師のようにくるくると回して遊ぶが、ノアは眉一つ動かさず、ジッと視線を返している。
「ひぃぃ……こ、怖いなぁ……ユウ君も何で私にこんな重役任せるかなっ……確かに元々そういうお仕事してたから得意だけど、私はただ強くて偉くなれそうな人の元で悠々自適に暮らしたいだけなのにぃっ……」
微妙な笑顔を浮かべている割に、実際は冷や汗だらだららしい。何とも情けない、泣きそうな声だった。
「ていうかっ? トカゲさんももうちょっと頑張ってほしいんですけどっ?」
本音が駄々漏れなせいだろう。
何もなかった筈の空間から低身長、尻尾の生えた異形の者が困ったような顔で現れた。
「へっ、無茶言いやすな? ……因みに何でメイド服を着てらっしゃるんで?」
無色透明になれる固有スキルを持つ男、トカゲ。
肩から血を流しているが、見た目ほどダメージはないのか、ジト目でツッコミを入れている。
「え? えっと……ユウ君の趣味……かな? 戦うメイドさんとかカッコいいじゃんって言われて渡されて……にへへ」
エナは嬉し恥ずかしそうにはにかんだ。満更でもない様子だった。
ツッコまれた彼女のメイド服はスカート丈も短く、太腿や腰、背中に肩とやたら短剣の鞘が取り付けられており、殺意マシマシの服装。腕回りもやけに膨らんでいたりと明らかに大量の暗器を仕込んでいる。
戦闘仕様のメイド服とはこれまた面妖な……と言った後、トカゲは霧のように消え、エナはエナで短剣を一本追加で抜き、両手に構えた。
「馬鹿にされたものですね……」
「誰か陛下を頼むっ、俺も戦う!」
外の派手な戦いとは打って変わり、酷く……それはもう酷く地味な戦いではあったが、トカゲ&エナVSノア&グレンの図が出来上がった瞬間だった。
◇ ◇ ◇
レーセンはエアクラフトを捨て、味方を足場に跳ねて回る戦法に出た。
一回一回に《縮地》を使っており、目で追うことすら出来ない速度で周囲を移動。足場の聖騎士達もどうせ足場にしかならないのならと散開し、シキを均等の角度、距離、位置で取り囲んでいる。
そして、消えたからとあまりに気を割いていれば銃火器による牽制を入れてくる。
牽制と言っても弾丸。当たればそれなりにダメージを負う。当たりどころが悪ければ命を落とす。不幸中の幸いだったのは誤射を恐れてか、弾の数や頻度が少ないこと。
「当てる気のねぇ弾なんぞっ!」
言いながら手甲や大鎌で弾き、躱すが、肝心のレーセンを完全に見失ってしまった。
ならばと聖騎士達を睨み付け、蹴られた反動で僅かに後退している者を探し出す。
そこから割り出したレーセンの現在位置、移動の方向、角度、次に飛ぶ位置を更に予測。即死や致命傷に近い危険な攻撃を何となく感じとる《直感》と今まで培った戦闘の勘でレーセンが迫ってくる方向を探知したシキは足元から生えてくるように現れた超高速の剣に、手甲による裏拳で応えた。
「クハッ……この感じ、スキルの連続使用だけじゃないな?」
一瞬の交差の末、レーセンは火花と共に消え、再び縦横無尽に飛び回る。
「ふははははっ! よくぞ見破ったっ、小僧っ! 今こそ我が能力を知り、恐れるが良いっ! 固有スキルは【不羈奔放】! スキルに関する制約の一切を取り払う力よっ!」
通常、同じスキルを連続して使用することは出来ない。
特に《縮地》のような移動スキルは他のスキルとの併せ技……同時発動で強化することは出来ても、一歩分、あるいは一呼吸ほどの間が必要である。例えライや『付き人』といった規格外の者であろうと縛られる絶対の法則。
その唯一の例外を可能にする能力なのだろう。
そして恐らく、その固有スキルで感知系のスキルを常時発動させて常人のように生活しているのだろう。
でなければ盲目の人間が360°どの角度、距離に居るかもわからないシキの位置を正確に把握し、攻撃出来る訳がない。
シキはそういうからくりかと僅かに驚き、納得した。
「成る程な……で? 態々お喋りしてくれるのは時間稼ぎのつもりか?」
ニヤリと笑いながらの指摘に、レーセンは「……若造がっ」と小さく毒づく。
姿こそ影や残像程度しか見せなかったものの、その声にはシキの笑みを目の当たりにして苛立ったような感情が感じられた。
見えてないくせにと更に笑みを深めたシキは宿敵とも言うべき勇者達との戦闘を思い出していた。
(やり辛いよな、えぇおい……ゼーアロットやジル様みてぇに目に見える『最強』は対処のしようがないから諦めもつくが、俺のように本人自体はそこそこのくせに考えて動く奴は嫌だよな。俺でも嫌だ)
嘗てはこちらが一方的に勝てた。
向こうが戦闘に乗り気ではなかったから、対人戦闘に慣れていなかったから。
前回は違った。
戦いに集中し、それなりに積んできた経験で観察と思考を学んでいた。
だからこそ互角だった。
(いや、寧ろステータスやポテンシャルの分、押されていたか……装備にあれだけの性能差がありながら殺しきれなかったのは俺が弱いからだ。あいつらが桁違いの才能を持ってるからだ。数なんてのは言い訳にもならない)
油断はしない。格下だからと舐めて掛かりもしない。ただ冷静に、冷酷なまでに殺す。
シキは静かな殺意と魔力の粒子を撒き散らしながら動き出した。
「っ、第三分隊は一斉射っ! 第五と第六も続けぃ!」
レーセンの怒号に反応し、撃ってきたのは主に低空で待機していた三十人ほど。
外れたところで上に居る味方には当たらないとでも考えたのだろう。
ヒュンヒュンと飛んできた弾丸の雨を横目に、時折良い軌道で迫るものを蛇行飛行による回避運動で躱すと、事も無げに前方の数人の首を跳ねた。
「がっ!?」
「ごっ……」
「あぎゃっ!」
無論、銃で反撃してきていたが、遅い。狙いは雑、後退も出来ないほど飛行に不慣れだったのか、抵抗という抵抗もなかった。
その三人の横を通り過ぎながら大鎌を振るい、更に数人の断末魔と首が飛ぶ。
「そう易々と殺らせるものかッ!」
吼えると同時、レーセンはライ、メイ兄妹が使う電撃さながら超高速で跳ね、蹴り、空を駈けて迫ってきた。
足場にされた聖騎士の中にはその反動で怪我人やバランスを崩す者も続出しているが、気にせずめちゃくちゃな軌道でシキの認識を置き去りにする。
時折、《空歩》を連続で使用……その上、本来は不可能な《縮地》の中断で思わぬ角度に急転換する為、後退する聖騎士ばかりを探していればいとも簡単に見失ってしまう。
この世界では年寄りに分類される歳の彼を上級序列一桁台に押し上げる真骨頂。
まざまざとその脅威を見せ付けられたシキは「前衛が前に出てくるなら弾丸は来ない……迎え撃つ」と冷静に思考。その場で足を止め、ボソリと呟いた。
「速いな。あぁ、確かに速い……空中じゃ速度と機動力こそが最大の武器……だが……だから何だ?」
瞬間、頭上から現れたレーセンがその超速度を乗せた剣を振り下ろし――
――シキはそれを予測していたように手甲で受け止めた。
ガキイイィンッ……! と、凄まじい金属音と火花が散り、その勢いで押されたシキと押し切ろうとするレーセンで急降下する。
「ぐ、ぬぅっ……小僧っ、何故軌道がわかった……!?」
「クハッ……わかっちゃいねぇよ……!」
「ならば何故っ!」
「銃や属性魔法で殺せないのなら剣で来るっ……剣で来るとわかってるならその殺気を直前で感じ取るっ、ただそれだけっ……だァッ!」
シキは吼え返しながら動いた。
体勢こそ反転しながら。剣を受けている腕はそのままに右足だけをエアクラフトから脱着。流れるような動作で踵や脹ら脛、内腿から順に威力の調整された魔粒子を噴出させ、渾身の前蹴りをレーセンの腹部に叩き込んだ。
「ごはぁっ!!?」
突如生み出され、死角から襲い掛かった急速の一撃にレーセンは堪らず吐血する。
押し切るべく万力のような力が込められていた腕は途端に弛緩し、《縮地》の恩恵もやがて消え、シキの身体にしなだれ掛かるような体勢になった。
「レーセン……お前の弱点はその多彩なスキルによる戦闘スタイルだ。見せ過ぎたな」
絶えずゴホゴホと血の塊を吐き出しているレーセンにそう言い放ちながら、蹴るように足先を抜き取る。
シキが履いている靴は撃墜したフルーゲルの装甲を再利用して造られている。
それにシキの膂力、魔粒子の推進力を乗せたのだ。老騎士一人の軽鎧を突き破るのは容易く、また、その勢いを殺すことなく深々と腹の内部まで貫いていた。
(聖騎士ノアは多彩過ぎて直ぐスキル頭痛になる器用貧乏。対してお前はスキル頭痛はないが、多彩過ぎるが故に使えるスキルを見せ過ぎるんだよ……何度でも使える手札だからと見せびらかせばこっちは嫌でも慣れる。命が懸かってんだからな)
致命傷だったのだろう。レーセンは口の端に血の泡を浮かばせながらゆっくりと墜ち始めた。
しかし、まだ闘志は残っているのか、スラスター装備で何とか滞空を試みているものの、そこから感じられる魔力に生気はない。
「ハッ、謂わば初見殺し戦法よ。常識にない戦闘スタイル……それが常識外れの異世界人に通じると思うか?」
嘲るように笑ったのを機に、周囲の聖騎士達が一斉に動き出した。
「「「レーセン殿っ!?」」」
「た、隊長っ……!」
「ご返事をっ!」
「う、嘘だっ……こんなっ……こんなっ……!」
「あのレーセン殿がやられるだと……!?」
口々に悲痛な声を上げ、呆然とし、レーセンを救うべく降下し、恐れ戦いた。
「陣形を崩したな……? 俺に距離を……時間を与えたな雑魚共……!」
ニィッ……と獰猛な笑みを浮かべ、一方的な蹂躙という惨劇を再現しようとスラスターに点火しかけたところで雷鳴の轟く音をシキの耳が僅かに拾った。
「あ……?」
妙だと思った次の瞬間、シキ目掛けて一筋の光が飛んできた。
バチバチバチィッ! と、放電しながら向かってきたのは雷そのもの。
幸い、自動で発動した魔障壁が弾いてくれたが、そこで発生した風圧のようなもので押され、軽く仰け反る。
「な、何だ……!?」
「一体……」
「今の攻撃はっ!」
「……来たか」
聖騎士達が騒ぐ中、シキは一人呟き、雷の飛んできた方向に視線を向けた。
敵旗艦の甲板の上。戦艦の魔障壁範囲から外れた位置にライは居た。
装備と様子も前回同様。
数の減った聖騎士や生き残りこそすれ大小様々な怪我を負った者達を見て、顔を歪ませている点もまるで変わらない。
「やけに遅い登場じゃねぇか」
シキの方も平然とした態度で軽口を叩くが、ライは無言だった。
「……も……!」
ただ一言、聞こえないくらいの声量で話していた。
「あん? 何だって? 話すんなら聞こえるように言えよ」
奴が相手ならと大鎌をしまい、代わりに紅の刀剣を抜きながら返す。
「よくもっ……ユウっ……いや、シキっ! よくも俺の仲間をッ……!」
ライは激怒していた。
【明鏡止水】を切っているのか、はたまた抑えきれないほどの怒りなのか、わなわなと震え、怒気と一緒に魔力や純粋なプレッシャーが増幅されていく。
「っ……相変わらず勇者ってのは……」
シキの頭の中にズキンッと貫くような痛みが走った。
遅れて吐き気や不快感といった不調も付随してくる。
シキのような魔族や悪人の放つ気配が邪気なら、ライ達勇者が放つ気配は聖気。
それはシキにとって何とも不快で、気分の害するものだった。
黒板を引っ掻く音や夜中に聞く騒音が近付いてくるような、名状し難い気配。
「クソ忌々しい。何度味わってもこの感覚は慣れねぇ……今すぐ勇者をぶっ殺してやりたい衝動に駆られるっ」
思わず毒づく。が、メリットもあった。
不快だからこそ、一度認識すれば他のものも一緒に感知する。
(この感じ……白仮面野郎がこっちに向かってきてやがる。こいつと組まれたら負け確の相手だぞ……!)
背筋に冷たいものが流れた。
気付かずにライとの戦闘に入っていればそのまま奇襲を受けていただろう。
余計なことを考える暇すらない高速戦闘だ。そこに気付けたことだけは僥倖と言える。
しかし、言ってしまえばそれはそれ。今、目の前に居るライをどうこう出来る情報ではない。
敵は他にも居るし、どうしたものか……
仮面の奥で目を細めながらそう考えていると。
ライは泣きそうな顔と声で叫んだ。
「もう止めろっ……止めてくれシキ! やり過ぎだっ、勝敗は付いただろうっ!? 俺達の負けだ! 俺が皆を退かせるっ……! だからもうこれ以上誰も殺さないでくれっ!」
勇者の鑑のような、魂の叫びだった。
誰も死んでほしくない。
ここは退くから。
後で賠償金でも何でも払うから、と。
それに対するシキの反応は……
「はっ……? はっ、ははっ……クハッ、クハハハッ……クハハハハハハハッ!!」
唖然とし、呆然とし……からの大爆笑だった。
「くっ……はははっ……お、お前バカかっ? いやっ、マジもんのバカじゃねぇかっ……ふはははっ……! 何も変わっちゃいねぇんだなぁっ……まだわかってないのかよっ」
固まるライをよそに、シキはひーひーと腹を押さえ、涙を堪え、我慢出来ないとばかりに馬鹿笑いしながら反論する。
「ぶくくっ……それなら前線のあの光は何なんだっ? 俺の仲間も現在進行形で死んでいってるぞ? お前の妹だって今頃消し炭になってるかもしれないっ……くっ、くくっ……思ったより強かったからやっぱ喧嘩止めにしない? ってかっ。クハハハハッ、ぜ、前回の戦争と全く同じ流れじゃねぇかっ!」
その指摘は事実その通り。
ライとしてはぐうの音も出ない反論。
「くっ……で、でもっ……」
それでも、と言おうとしたライに被せるようにしてシキは続けた。
「でももクソもねぇんだよマヌケ」
そこに笑みはなかった。
寧ろ、ゾッとするような気配と殺気が乗っていた。
「戦争にやり過ぎなんざねぇよ。ただ殺して奪う。それだけだろうが。お前ら連合軍のやりたいことだって突き詰めりゃそうだ。そんな当たり前で自分にも刺さる論法がまだわからないのかって言ってんだ」
「っ……」
口をつぐんだライは顔をより歪ませると、エアクラフト、スラスターから金色の魔粒子を放出しながら近付いてきた。
「文句があるなら勝ちゃあ良い。勝てば官軍、負ければ賊軍。ま……お前達の言葉を借りるなら連合に逆らう俺達は負けなくとも賊軍な訳だが? そこんとこ、どうなんだ? なぁ勇者様よぉ」
口では勝てないとわかっているのか、下手に返しはせず、しかし、剣を抜くこともない。
反対にシキはいつでも殺れるようにと刀剣を構えている。
「それでも、だ……言い訳がましいのも身勝手な言い分なのもわかってるっ……けど、あそこに居るのは俺の大事な人なんだっ。皆、大事な仲間なんだっ……もうこれ以上はっ……!」
「だから。お前の言う大事な人とやらが俺の大事な仲間を今この瞬間にも殺してるっつってんだよ。どう落とし前付けてくれるんだ?」
「今すぐ止めるっ! 俺が言えばロベリアだってわかってくれるっ。本当だ!」
「チッ……わっかんねぇ奴だな……! だ、か、らっ。もしその言葉を信用してお前を放置して、もしその通りこの戦争が終わってお前達が無事に帰れたとしてだ。俺達はどうなる? 敗走寸前の敵をむざむざ見逃して何のメリットがある? どうせゴキブリみてぇにしぶとく生き残ったお前達はまた戦争吹っ掛けてくるだろうが」
地球での出来事からやはり話し合いを、とでも考えているのだろう。
シキは荒唐無稽かつ理解の出来ない理屈をこね繰り回すライに苛々しながらも、何とか先に剣を向けないよう耐えていた。
ライは論破論破論破からの論破で落ち着きを失っているのか、息絶え絶えのレーセンが何やら怪しい動きをし始めていることに気が付いていない。
必死に声を掛け、制止している聖騎士達にも、回復魔法や回復薬で延命を試みている聖騎士にもまるで意識が向いていない。
その点もシキにとって不愉快で、更なる苛立ちを加速させる一因だった。
「一旦落ち着けクソ勇者。【明鏡止水】はどうした。普段から使ってりゃもっとマシに――」
「――感情こそ人間が人間である証拠だろ! お前みたいに何が起きても冷静でいられる奴なんか居ないんだよ!」
以前は使ってた奴が……あるいは、どの口が……。
喉元まで出掛かった言葉を何とか飲み込み、こめかみをピクピクと痙攣させながらも静かに返す。
「……人間の象徴は理性だ。感情を抑えてこそ人間だ。俺にだって冷静さを欠く時もある。だが、感情を自覚しながら抑えないのは動物や魔物と同じだろ」
「お前はっ……いつもいつもっ……だからかっ……!? だからマナミは俺をっ……俺よりお前をっ……」
徐々にヒートアップしたライがマナミの名前を口に出した瞬間。
「はぁ? 何言って……」
と、シキが返事をしようとした瞬間。
「小僧おおおぉぉっ!!!」
レーセンがスキルを使わずに急降下してきた。
その途中で《空歩》、《縮地》で加速を掛けてきた辺り、襲撃を教える為だったのだと、遅れて気付いた。
存在に、そして、所作に気付いていたからこそ、持っていた刀剣を咄嗟に返してからレーセンの狙いを悟った。
盲目の筈の老騎士の目が、気配が真意を伝えてくれた。
しかし、気付いた時にはもう遅い。
「がっ……!? はっ……こ、これっ……で…………」
シキの剣に自ら突っ込んできたレーセンはその首を宙に舞わせると、最期に満足げな笑みを浮かべて墜ちていった。
「チィッ……!」
漸く宿敵の一人を殺せたことに、ではなく。
その感触、痺れに腕を痛めた訳でもなく。
首を失ったレーセンの身体から噴水のように噴き出した血が降り掛かったことにシキは舌打ちし、後退した。
何故なら。
彼と共に大事な仲間の鮮血を浴びたライの目の色が変わったから。
唯一、日本人らしさを残していた瞳の色が、スイッチが切り替わったように純白へと。
そして、血に濡れた顔に触れ、髪に触れ、その色に染まった手を見て震え出し、最後にボールか何かのように落ちゆく知己の生首を見やり……絶叫した。
「あっ……ぁっ……れ……せ、ん……さん……!? レーセン……さ、んがっ……あ、あぁっ……ああああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
咆哮と連動するように放たれるは《光魔法》の波動。
強烈な光の魔力を帯びた金色と白が混ざった光が爆ぜ、辺りを一瞬で飲み込む。
シキはその光から逃れるように後退することしか出来なかった。




