第233話 悪魔の兵器
みるみる内に散っていく人の命に、それを成して笑っている元親友の姿に焦燥感を募らせたライが「あっ……ああぁっ……! い、急いでくださいっ! 聖騎士の皆がっ、大勢の人間が命を賭けてくれてるんですよ!? まだ完成しないんですかッ!!」と絶叫した頃。
戦場の最前線では大きく分けて三つの戦闘が行われていた。
ミサキ&聖騎士&正規軍VSメイ。
ゾンビ早瀬&聖騎士&正規軍VSフェイらヴァルキリー隊&テキオ。
艦隊&聖騎士&正規軍&フルーゲル部隊VS帝国軍人。
時系列的にはシキの気配を感知したイサムが何処かへ飛び去ろうとした直後に突然の奇襲。持ち前のセンスだけで奇襲者であるメイ、ヴァルキリー隊の攻撃を難なく躱して戦線離脱。出遅れたミサキとゾンビ早瀬には同じことが出来るほどの力と速度が、戦況にはその隙もなかった為、仕方なく二手に分かれて応戦、といった流れである。
また、艦隊に関しては既にほぼ壊滅状態。残った二十隻ほどはマナミの【起死回生】で何とか戦線維持を図っていたが、巻き返しは不可能だと判断し、機銃で取り付いた帝国軍を払った後、防衛戦力を前面に押し出して後退中であり、こちらを攻めていたテキオなどはこれ以上はジリ貧だと判断してヴァルキリー隊に合流している。
故に、戦場を戦場足らしめているのは派手に現代兵器を撃ち合っている両勢力。
聖騎士達&連合に加盟している各国正規軍の兵達と帝国軍の兵士達。
両者はその全員がスラスター装備で武装していた。
「撃ち殺せーっ!」
「前衛は前にっ!」
「グレネードランチャーっ、いけぃっ!」
「ひゃはははは! 帝国の技術は世界一イイイィッ!!」
怒号が飛び交い、弾丸が飛び交い、爆発が至る場所で発生する。
艦隊が盾として航空兵を出した時点で機銃や艦砲射撃は撃てなくなる。それを察知したルゥネらの艦隊はすかさず前進し、出来るだけ近付いたところで追加の帝国兵を出撃させた。
互いで空を埋め尽くしていた数千から数万にも及ぶ両軍の兵達は空を飛び回り、新時代の戦争を体験している。
敵との距離が十メートル、二十メートルあれば良い方で、酷ければ数百メートルは離れた箇所からの銃撃戦。
「て、撤退だっ、こうたっ……ぎゃぁっ!?」
「そうだっ、囲えっ、数はこちらが上なのだっ! 三人で一人を狙えば!」
「練度がなっちゃねぇなぁっ、所詮は寄せ集めの軍隊よぉっ!」
不慣れな武器に不慣れな空中戦ともなれば連合軍に勢いはない。
満足に飛行も出来ていない連合兵に対し、帝国兵は水を得た魚のように飛び回っており、被弾は不運な流れ弾程度。
そもそもが上空数キロの戦場である。帝国打倒、領土拡大、奪還という崇高な目的はあれ、戦えれば構わない精神を持つ蛮族、帝国人には敵わない。
「ぐああああっ!? 腕がっ、腕があぁっ!?」
「よくも俺達の仲間をっ!」
「帝国の蛮族共がぁっ!」
人用の魔障壁発生装置の量産配備は両軍共に完璧には程遠かった為、属性魔法を撃ち合っている者も居る。
銃は扱えないと判断した歴戦の戦士達による魔法合戦は銃撃戦を越える大量の血を流していた。
理由は銃火器で戦っている者達と同じ。
飛べないということは回避が出来ないということ。地上と違って盾も障害物もない空では撃って撃たれてしか出来ない。魔法使い同士なら相討ちも可能だろうが、銃持ちと相対した時等は悲惨で詠唱している方が全身に穴を開けて終わる。
酷い戦場だった。
「ふはははははっ! ルゥネ様っ、万っ、歳いぃっ!!」
「ったく敵味方すらわかりやしねぇっ! がっ、楽しいなぁ!? えぇっ!?」
「もっとだ! もっと血ぃ見せろやあああっ!」
「ぐぅっ、何て奴等だっ……恐れを知らんのか!」
「じ、銃では剣にっ……ぎゃっ!?」
近接武器を持った三人の帝国兵が浮遊するのが精一杯といった様子の連合兵に飛び掛かり、あっという間にその首や胴体をかっ切った。
飛べはするが、銃は好かないといった者も一定数居るらしい。
こちらはこちらで銃持ちや魔法使い相手には流石に分が悪く……とも言えなかった。
連合兵側は回避が出来ないので近付かれれば終わる。反対に帝国兵側はエアクラフトを扱える者が多い為、同じことをされても応戦可能であり、近付かれたとて《縮地》のようなスキルを使う訳でもなし。銃と属性魔法の餌食に出来る。
全体的に帝国が優勢。しかし、如何せん数が違う。
一進一退。
戦場を俯瞰出来る立場に居る者等は所属に問わず、同じ感想を抱いていた。
地上同様の血生臭い戦いではあるが、互いに決定打はなく、消耗するばかりだった。
そうして兵達が戦う横では特級戦力に数えられる者達同士の争いも勃発している。
「こ、この子っ……本当にライの妹なの!? 人殺しに何の躊躇もないなんてっ!」
「だってあっても無駄じゃんそんなの。それよりお姉さん、あのバカ兄貴のお嫁さんだよね? ってことは……私は義姉さんを殺さないといけない訳か。世知辛いね、色々とさ?」
片や冷や汗まみれの必死な形相、片や汗一つない平然とした顔の会話。
魔障壁を通過する固有スキル由来の稲妻は当たれば対象が何であろうと即死級のダメージを与える。
最初の数撃で巡洋艦四隻を瞬く間に沈め、近付く者は人も人型兵器も関係なく丸焦げ、あるいはジュージューと音を立てる金属塊へと変えていく年下の……それもパートナーの妹の姿はミサキの心を早々にへし折ったらしい。
「ち、近付きさえすればっ!」
『たかが少女一人にっ!』
そう言って不用意に接近した者はメイの周囲に浮かぶ雷球から飛び出した光によって物言わぬ死体となって墜ちていった。
「この距離ならっ!」
『蜂の巣にしてくれるわ!』
そう言って中距離から銃弾を放った者はメイの視線や手の動きといった初動から一度は避けられる。が、瞬きほどの時間で迫ってくる稲妻を何度も躱せる訳もなく撃沈。反対にメイも当然エアクラフトやスラスターを装備しているので距離を取るだけで命懸けの銃弾を軽々躱す。
「様子見だっ、下がれ!」
『艦を守るのだっ!』
そう言って後退し、艦の護衛に付いた者は流れ稲妻や迎撃の合間に放たれたもので味方ごと、艦ごと貫かれている。
おおよそ三秒に一度、六つの稲妻がそれぞれ別方向を真っ直ぐ射抜くという恐るべき連射性。その上、時折タイミングを変えて一秒に二発のピストン攻撃まである。
魔力が豊富かつ魔粒子を独自に創造出来る異世界人であり、専用にチューンナップされたエアクラフトとスラスターを持っているというただそれだけで何とか命拾いしているミサキは四方を貫く雷撃からただ逃げ回ることしか出来なかった。
「この人殺しっ! ライが知ったら悲しむわよ!」
「えぇ……? だ、だから何……? 悲しむから死ねって? それともこの戦場で命の尊さでも説きたいの? 止めてよねそういうの……自分の命より他人の命が大切なら何で戦場に出てきたのさ……」
シキから聞いていた情報通り、大した脅威もなく、反撃すらしてこないとなれば積極的に狙う必要もない。
メイは怠そうに相手をしつつ、艦隊や敵兵を蹴散らしていた。
一方、ヴァルキリー隊とテキオはというと、こちらは苦戦とまではいかなくとも拮抗した戦況。
『フォーメーションアタックっ、Ιで行くよ!』
『『『はいっ!』』』
『裏切り者がっ! 撃ち落とせ!』
『たかが四機程度っ!』
槍のように一列に並んだ黒銀のフルーゲル四機が敵フルーゲル小隊に肉薄し、放たれた弾丸を感知した次の瞬間、バッと散開。声掛けすらせずに別々の目標に向けて同じ弾丸を返しつつ近付き、すれ違い様にそれぞれが取り出した槍で切りつけ、撃墜した。
その横ではゾンビ早瀬とテキオが獲物をぶつけ合っており、ガキンガキンと鋭い音を立てて戦っていた。
「んだテメェ! 黒堂の野郎は何処だってんだよ!」
「お前こそっ! くっせぇなぁっ、何だって宗教組織に聖とは真逆の存在が居るんだよ気色悪いっ!」
共にスラスターの操作技術は互角。ステータスで差がある分、テキオの方が有利だが、ゾンビ早瀬は手首や腕をあり得ない角度に曲げてサーベルを振るってきたりと戦い方がめちゃくちゃで、かつその腐った身体が放つ強烈な腐臭や飛び散る汁がテキオの戦意を喪失させ、付かず離れず、勝てず負けずの戦闘を強いられている。
そんなフェイ達、テキオに迫るは連合兵と前線に出てきたフルーゲル部隊。
「取り付いて撃ち落とす! 幾らMMMと言えど、グレネードランチャーとやらの威力なら!」
「属性魔法と矢は撃つな! 無駄だ!」
『不用意に近付くなよっ、分散させるんだ! ヴァルキリー隊はフォーメーションさえ取らせなければただの女共だっ!』
『帝国最強の男だと!? 『黒夜叉』じゃあるまいしっ!』
撃墜し、距離を取り……一息をつく間もなく、周囲から爆発物が飛来したことでフェイ達は舌打ちしながら退避。テキオは気にせず突っ込み、「いってぇなぁっ! ったく……!」等と言いながらも爆発を抜けると、ゾンビ早瀬に斬りかかり、受け止められたところに膝蹴りを入れて突き飛ばした。
「ぐうぅっ、て、てめっ……!?」
「うげっ、何か今どっか潰れたろ。アンデッドってこれだから好かねぇ……っておいおいマジかよっ……」
ダイレクトに感じた感触に嫌そうな顔をして墜ちていく不死者を見下ろした直後、連合兵が息を合わせたように追随し、一斉に射撃武装の引き金を引いた。
全方位からの集中砲火。
その中に弾丸はない。全て対艦仕様のグレネードやミサイルだった。
これに焦るのはフェイ達だ。多少の改造はあれ、連合が使うフルーゲルと全く同じ機体なのだから。
とはいえ、彼女らもプロ。そのまま銃口になっている両腕部で迎撃し、そこから誘爆させ、更に爆発が起こり……と、辺り一帯が爆煙と粉塵で染まった。
『ちぃっ、やっぱりこの戦力差はキツいねぇっ』
『ちょっとラニっ、こっち来ないでよっ、誘導弾でしょそれ!』
『……副隊長こそ邪魔。離れて』
『喧嘩してる場合じゃないでしょ二人共っ!』
ズガガガガッ! と互いを背にくるくると回りながら弾丸を飛ばすフェイ達の中心で、テキオが頭を掻きながら一人呟く。
「キーキーキーキー姦しい奴等だなぁ」
『あぁん!? 何だって!』
「煩いんだよさっきから。せめて拡声の音量をどうにかしてくれ」
話している最中、上から三つのミサイルが降ってきたが、自慢の大剣をぶぉんっと振って対処。切っ先を当てて爆発の盾を生み出し、後ろから迫っていたものも同時に弾いた。
文字通り目と鼻の先で爆発してもものともせず、直撃しても軽い生傷で済むテキオの余裕の表情は成る程帝国最強の名に相応しいとフェイ達に思わせた。
「う、あっ!? ぼ、ボードがっ!」
「ぎゃあああっ!?」
『な、何をしているのだっ、地上人共はっ!』
『ぐうぅっ……ち、地上人はこれだから! 足を引っ張るのなら前に出てくるな!』
『ものを知らない野蛮人共めぇっ』
反対にランチャー武装にそこまでの威力があると知らなかった連合兵達は突如発生した気流にエアクラフトを取られてバランスを崩し、あるいは爆発に巻き込まれと、何故か撃った張本人達の方が混乱しており、それに巻き込まれた形になるフルーゲル部隊のパイロット達は口々に文句を言っている。
『敵の前でお遊びをするっ!』
『これだけ囲まれていれば適当に撃ったって当たりますね!』
『ん、百発百中』
『シキ様やメイさんと違う! はぁっ、兵も聖騎士も弱くて助かるぅっ!』
「弱かねぇだろうよ」
フェイ達とテキオは連合兵が見せた隙を突き、反撃を開始した。
と言っても何のことはない。迎撃に向けていた攻撃を敵に向けただけ。
アンダーゴーレム、MMMと呼ばれる機体が放つ弾丸はアリスレベルの者で漸く受け止められる程度。戦場に居る連合兵……その中でも高いステータスを持つ下級の聖騎士でも一発掠めただけでその部位が消し飛ぶ。
連合のフルーゲルも同じ性能、同じ武装、同じ装甲なだけあって沈みはしなくとも、当たりどころが悪ければ撤退を考えるダメージを負う。
テキオの大剣も同じ。シキの大鎌同様の改良が加えられ、フルーゲルの装甲と同じ素材で再構築された大剣の一撃はたったの一振りで全てを両断する。
「ぐああああっ!?」
「か、躱せっ……がぁっ!?」
「一撃で同胞をっ……ええいっ!」
『ぐぬぅっ、メインカメラをやられた!』
『こっちは腕だっ!』
『うわっ、スラスターがっ!? た、助けてくれぇっ!』
それは何処か間抜けな姿だった。
自分達で行った攻撃が盛大な隙を作り、飛行に慣れてない者はその余波で墜落。他はバランスを崩すか爆発の中に消え、味方の筈のフルーゲル部隊までもが怒鳴り声を上げている。
急速に纏め上げた軍隊故の纏まりの無さ、悪癖が完全に露呈していた。
中には所属する国々の序列やいざこざもあるのか、兵同士でも仲違いを始めている者達も居る。
「よっしっ、攻撃が止んだ! 面倒臭ぇがしゃあねぇっ! フェイとかっ、俺を投げ飛ばせ!」
『はぁ!? 死んでも知らないよ!』
フェイの機体が持つ槍の穂先にエアクラフトを乗せたテキオが叫び、言われたフェイはすっとんきょうな声を上げた。
連携を崩している今が好機と見たらしい。
「大丈夫だ! 俺はステータスだけならお前らの男より強ぇ!」
『っ、面白くない煽り方する、ねぇっ!』
実際、ムッとしたのだろう。フェイは機体を軽く仰け反らせると思い切り槍を振るった。
「ふうううぅっ! 怖えええぇっ!?」
あまりの威力に顔を変形させながら発生した大量の粉塵を抜け、途轍もない速度で敵の包囲網に飛び込むテキオ。
「うおっ、何だ!?」
『こいつは!?』
驚く敵を横目にエアクラフト、スラスターに点火。加速を掛け、シキが大鎌を使う時のように大剣を横に構えた。
「はっははぁっ! 俺は【一騎当千】の力を持つ男だぁっ!!」
珍しく妙にテンション高く叫びつつ、連合兵もフルーゲルも関係なく平等に引っ掛け、少しも速度を落とすことなく次々と真っ二つにしていく。
「がっ!?」
「な、何っ、ギャァッ!?」
『追いきれないっ、か、躱せっ……うわぁっ!?』
『MMMの装甲を叩き斬るっ、だとぉっ!?』
一直線に駆け抜け、かと思えば方向を急転換。ジグザグに飛び回って誰彼構わず二つに分ける男の姿に、あまりに非現実的な光景に乾いた笑みを浮かべたフェイ達がその後に続く。
『はっ、ははっ……強ち大将より強いってのも間違いじゃないかもだねっ!』
『流石のシキ様もあんな力業は出来ないですしね……』
『引く』
『『『女風情がっ、戦場で余所見をする余裕があるのかっ!!』』』
『わわっ、こっちも敵が来るっ! 戦闘に集中してよ皆!』
シキもメイもテキオも、フェイ達からすれば等しく化け物。しかし、ここは戦場である。悠長に感心する暇なんてないとばかりに、彼女らは再び迫る敵と交戦に入った。
その戦場は小さな波紋が漂う水面。雨粒のような小さい何かが降り続け、落ち着きを取り戻す様子はない。
そこに投げられたのは言うならば巨大な石だった。
水面の中心に落ちた石は他の細かなものを打ち消すほどの波紋を生み出し、そしてその波は大きな津波となって全てを飲み込む。
『ついにこのような大規模戦にまで発展して……何て愚かな……!』
『天空の民』ロベリアが駆る黄金と黒の機体はいつの間にか戦場を真上から見下ろしていた。
その手には嘗てシャムザでシキらが見たものにそっくりな黒銃を二丁拳銃のように持っており、頭部のツインアイカメラ同様、不気味な赤い光を微弱に放っている。
『さて……あの時代の産物である私が何処まで通用するか……見せてもらいましょうか』
次の瞬間、泥沼化していた戦場に赤黒い閃光が降った。
その閃光はたったの一撃で全体の流れを一変させ……
戦場の時が止まった。
◇ ◇ ◇
禍々しい光は遠く離れたシキ達の元にも届いていた。
「っ……あの光っ、シャムザの王都を焼いたっ……!?」
「な、何だっ!? 報告せよっ!」
「わかりません! 前線で妙な光が地上に降り注ぎましたっ!」
『で、悪魔の兵器特有の高エネルギー反応を感知っ、隊長っ……間違いないです!』
『何てことだっ……! この反応っ、陛下の機体だぞっ!? 陛下は禁じられた兵器を持ち出したのかっ……!?』
それまで殺し合っていた者達が一斉に静止し、遅れてやってきた熱気に渋い顔をしながら前線を見つめる。
「この熱っ……あの時以上の威力かっ……ルゥネ達は……メイ達は大丈夫なのかっ?」
数キロ、下手をすれば十と数キロは離れているであろう位置まで届く熱。
流石に吹き飛ばされるような強さではなく、熱といっても生温い風が届いた程度だが、距離が距離な為、シキは興味深いことを言っているフルーゲル部隊に向けて叫んだ。
「おいっ! アレは何だっ!? 使っちゃいけねぇ類いの兵器だろうっ!」
この質問に反応したのはレーセンら聖騎士。
「や、奴は何を言っているのだっ?」
「こちらの勢力がかなり威力のある……恐らく儀式魔法に近い何かを使ったのかと。前線で起きていた小規模の爆発が一気に止まりました。戦闘そのものが終わったような静けさです」
「何っ!? 儀式魔法は『聖歌』並みの魔力と人を必要とする大魔法だぞ! それをこの土壇場でっ!? 『天空の民』は何故もっと早く使わなかった!」
盲目故に周りに訊くことしか出来ないレーセンと訊かれた聖騎士達の会話だ。
全員、何が起こっているのかわからない様子で何となく話しており、シキからすれば「お前らの見解なんざ訊いてねぇんだよ……!」とカッカしてきてしまう。
「煩い黙れッ!! 俺はそいつらに訊いているっ!」
《咆哮》と《威圧》を同時併用してまで詰問した。
この戦場では初のスキルの使用。所持しているものの中では特に消耗の激しい二種だが、シキは必要経費だと切り捨てた。
『な、何って……』
『なぁ?』
その場の全員が硬直する怒号と圧力。
訊かれたパイロット達は互いの機体を見合わせ、黙した。
が、やがてその内の一機が前に出てくる。
『……古の時代から禁忌とされている絶対兵器の内の一つだ』
ポツリポツリと、静寂に包まれた戦場に小隊規模で固まっていたフルーゲル部隊の一員の拡声された声が木霊した。
『その一つ一つが戦争を左右させるほどの威力を持ち、あまりに威力が高過ぎて敵か味方のどちらかが消滅するか、土地を死なせるなどの被害をもたらす……どんなに劣勢でも絶対に使ってはならないものとして我々は――』
途中で『――ちょっ、おいっ、何故教えるっ!』と周囲の者が制止し、止められた説明者は怒った様子で答えた。
『地上人にも知る権利はあるっ! いやっ……寧ろ教えるべきだろうっ、アレらが猛威を振るったせいで我等の先祖は地上を追われたのだぞっ! あんなものが量産でもされてみろ、地上どころかこの世界そのものが滅んでしまうっ!』
どうやら今の世界の根本や歴史にも関係することらしい。
(こいつらの反応を見るに地球で言う核爆弾みたいなもんか……? 敵の俺相手に教える辺り、核と同じ……後世に伝えなきゃいけない派と戦争中なんだから何でも良いだろ派で五分五分……)
シキは静かにそう考え、パイロット達の会話に耳を傾ける。
『は、はぁっ? だ、だって……俺達のご先祖様は確かいつまでも終わらない戦争に嫌気が差してあの天空島を作ったって……』
『バカっ、それも事実だが、真の理由はそれだけじゃないっ。習ったろっ、未曾有の飢饉が地上を襲ってたってっ。多分……そういうことなんだっ。大昔の連中は悪魔の兵器を使って戦争して……』
『全部めちゃくちゃになったって言うのか!? そ、それならその兵器を使った女王様はっ……』
悠久の時を生きてきた種族でも賛否両論があるもののようだった。
各々武器を下ろし、機体同士で小突きあってまで言い争いをしている。
フェイ達が比較的常識人なように、中にはまともな人間も居るのかとシキは密かに安堵した。
同時に、「全く……」と思わず呆れたような、嘆くような声を漏らす。
(絶対兵器だと……? 口振りからしてアレだけじゃない……こいつらはもっと大量に似たようなものを持っていやがる。艦隊を殆ど壊滅させられて漸く使うほどの兵器……それもそんな状態でも味方に疑問を抱かせる威力のもの……大事な味方の意見も気にせず使うなんて、連合のお偉いさん……いや、こいつらの女王は何を考えてんだ……?)
ふと、地球から核を持ち出したゼーアロットのことが脳裏を掠めた。
核並みに恐れられる兵器を実際に使うとなれば戦争は戦争ではなくなる。
シキが知る地球の歴史のように。
戦争の狂気に魅入られた者達ですら白旗を上げ、後世では存在するだけで抑止力として機能する悪魔の兵器。
それに類しているのが女王が使ったものだ。
「で……? ルゥネ達はどうす……」
少々危険だが……と、マントから双眼鏡を取り出そうとした次の瞬間、レーセンが突如目の前に現れ、獲物を振り下ろしてきた。
シキは咄嗟に射出した爪で防ぎ、火花を散らしながらスラスターから魔粒子を放出。鍔迫り合いに持っていき、眼前の敵を睨み付ける。
「ご挨拶だな、盲目爺っ……!」
「前線のことだ。我々には関係ない。お前達も聞け! 我々の任務は勇者ライ殿の出撃まで時間を稼ぐこと! この小僧を殺すことだ! それを忘れるなっ! さあっ、俺ごとこやつを撃ち殺すのだ!」
上官に発破を掛けられてしまえば兵の反応は早い。
下級の聖騎士達はそれまでの混乱を内に秘め、統率の取れた動きで一斉に銃を構えた。
「クハッ……テメェもスイッチ入ってんなぁっ……? 口調でわかるぜオイ……!」
目元だけ覆い、頬より下が全て露になった仮面へと形状を変化させたシキは闘志と殺意に満ちた悪い笑みをこれでもかと浮かべ……その直後、一挙に押し寄せた弾丸の雨と《縮地》か何かでレーセンが姿を消したのを機に、一対多の孤独な戦闘は再開された。




