第232話 女王と蹂躙
結局遅れた上にめっちゃ長くなってもうた……(|||´Д`)
何故こうなった。
イクシアの勇者ライは今、混乱と困惑の境地にあった。
「艦隊の損害率っ、六割を越えました!」
「現在、帝国の新兵器と思われる物体の飛来が止まり、中から現れた飛行部隊からの攻撃を受けています! 対空砲火にて応戦中っ!」
「報告! 艦隊後方部にて上空からの強襲ありっ、黒いフルーゲルが四機! ぼ、『暴将』のフェイ少尉です! 寝返った模様! 続々と味方のフルーゲル部隊が撃墜されていきます!」
「『何だとっ!?』 こ、こちらも報告です! ヴァルキリー隊と共に帝国の勇者も降下してきたとのこと! 魔障壁の効かない電撃により被害甚大っ! 既に三隻がっ……~~っ……! た、たった今四隻目が沈んだそうです!」
「ええいっ、どうなっているのだ!? あれだけの被害を出したのにこの持ち直し様っ……報告とまるで違うではないかっ! もう我々の技術を模倣したというのかっ、地上人はっ! ハッ……も、もしや逃亡者が帝国にっ……?」
次々に上がる報告。それを聞いて椅子を叩く艦長。
両隣には自前の車椅子に座って渋い顔をしている『天空の民』の女王ロベリアと信じ難い現実に立ち尽くしているイクシアの女王マリーが居るが、あまりに一方的な蹂躙劇に言葉も出ない。
もし言い訳が出来るとすれば、イサムと軍上層部陣が勇者専用の新装備の完成を待たずに突出してしまったせい、だろう。
ターイズ連合は先の敗北から戦術を一新する方針をとった。
魔導戦艦には魔導戦艦、もしくはより身軽なMMMをぶつけるというものから魔導戦艦にはMMMよりも更に身軽かつ素早い人間というものに。
会議にて決まった『天空の民』の軍縮も大きい。現実問題として魔導戦艦やMMMの量産、軍人の育成には莫大なコストが掛かる。
しかし、それらに当てられていた予算がエアクラフトやスラスター装備といった人間用のものにシフトしたことで大幅なコスト削減に成功。帝国の猿真似ではないが、対艦装備も充実させた。加えて聖神教からは聖軍を、連合各国からは正規軍を大量に呼び寄せた。
故に油断した。
帝国と同じ戦術、同じ兵装……その上で帝国の数倍多い兵力。その差はざっと一万対二十万。
そこまで差が大きければ例え戦場が地上であろうとも勝てない道理はない。それこそ『最強』と恐れられる者達でも居なければ。
(だからって強行するからこうなるっ……言ったじゃないかっ、そうやって油断して掛かった結果があの大敗だとっ……!)
ライは【明鏡止水】で心を落ち着かせながら望遠モニターに映る戦況を見つめていた。
ライ達を乗せた『ジェフェリン』級、あるいは弩級と呼ばれる巨大戦艦は巡洋艦ではなく地球で言う航空母艦に当たる。
MMMも人間も物資も全艦中、最も多く移送出来る巨大天空要塞。にも拘わらず戦線に立っていないのはシキの読み通り、置いていかれたからに他ならない。
『最強』格の勇者二人に異世界人も二人、相手は元異世界人の魔族が一人。
そして、その魔族が人族だった頃に見せていた才は後者の二人と同等か、所持固有スキル、属性魔法を苦手とする職業からそれ以下と判断されていた。
各個撃破に近い結果であり、ライに至っては互角に持ち込んでいた為、一概に四対一で負けたとは言い難いものの、結果として四人で挑んだ連合側の戦士達はたった一人の、それも才能にもステータスにも劣る魔族を下せなかった。
それは何故か。
エアクラフトを含めたスラスター装備の性能差である。
四人からも直接伝えられたその情報は当然連合間でも流用され、後日、それぞれに合うようチューンナップされたものが支給された。
その上で勇者二人には特別な鎧が新造される予定だった。
しかし、実際にシキから借りたことのあるライやその性能を身体で覚え込まされた三人からの予想……「魔力から魔粒子への変換する機構と魔粒子が生み出すエネルギーを昇華させる機構の割合を弄っているのではないか」という助言すら無い装備の開発は幾ら技術力に優れた『天空の民』でも難航する。
元々ステータスもなく、魔力も極少の種族。銃火器のようなものでもない限り、人間用の装備の開発自体が初の試みとなる。
その進捗具合が気持ちの逸るイサムら前線に出る兵や軍上層部の目を曇らせた。
「こっちが対策してるんだから帝国側だって何か新しいことをしてくるだろうに……」
既に学習能力の欠如を疑いたくなるほどの結果が出ている。真正面から連合のやり方を批判し、先頭を切って出たイサムはもし生き残れたとて、また評価と地位を下げるだろうとライは思った。
『この帳尻……ノア、どう合わせるつもりなのです?』
「私に振られても困ります。大体、あれの中にはそちらの軍人も多く加担している筈。それと、聖騎士の殆どはこの艦で待機しています。各国代表に責任を取らせるしかないでしょう」
「……結局、マナミさんの言う通りになってしまいましたね」
ロベリアとノアのバチバチした空気よりもマリーが悲しげに呟いたことがライの胸に突き刺さり、俯いてしまう。
この結果、現実はまさにその通りで、今現在最前線でその命や貴重な物資を花火のように散らしているのは連合を纏める長として就任した彼女、マリーの制止を振り切った者達。お飾りの長とはこの事だろうと、今後再び彼女やイクシアの発言権、その地位が失墜することは容易に想像出来た。
尚、マナミと同じ意見だった筈のミサキが前線に居るのはご愛嬌だろう。直情的……言うならば素直なのだ。代わりに撫子などは腕を組み、口を閉ざしたまま戦場を見ている。
『仕方ありませんね……軍部縮小に責任を感じて功を焦った我が国の民も居ます。私も出るとしましょう』
ロベリアの突然の発言に、その場に居る全員が目を見開いて彼女を見つめ、ライは【明鏡止水】による無表情、無感情で待ったを掛けた。
「ロベリア、止せ。危な――」
『――いいえライ様? 申し訳ありませんが聞けません。王は王として時に前に出る必要があるものなのですよ』
ロベリアは〝王〟らしい凄味を多分に含んだ笑みを返すと、カクンッ……と、糸が切れた人形のように全身の力が抜け、椅子にしなだれ掛かる。
瞳は開いたまま光を失っており、ともすれば死人かと見間違うほどだった。
しかし、周囲にそれを気にする人間は居ない。
唯一、ノアだけは「相変わらず不気味な……」等と呟いてはいるが、疑問を浮かべている様子もない。
(押し切られた……ロベリアまで熱くなってる。ここはもう退けと《直感》も言っている。六割も壊滅した時点で全滅に等しい……それが戦の常識。やはりマナミの存在が連合全体の精神的なブレーキを麻痺させている……?)
黒煙と共に沈み掛けた直後、まるでテープを逆再生したかのようにみるみる修復され、戦線に復帰する幾つかの戦艦を見たライは一瞬瞑目した後、「俺の新装備はまだなんですか?」とオペレーターの一人に訊いた。
「技術屋には先程から催促してるんですが、後少し後少しとそれしか言わんのです」
「アイツが……ユウがこっちに向かってくるのを感じるんです。急いでください」
「はっ、その様に」
二人が交わした何とも気の急く会話、その内容に聖騎士ノアと撫子は眉をひそめる。
「ら、ライ、今何と言いました? 『黒夜叉』が? 向かって……?」
「この気配……やはり貴殿か、シキ殿……」
訊き返す横で仏頂面と腕組みを止め、頭を掻きながら上を見上げた撫子に、ノアは不愉快そうに顔を歪めて撫子の方を向く。
「貴女まで……何故それを早く進言しな――」
『――あ、あー、あー……ブリッジ、聞こえますか? 私です、ロベリアです。カタパルトデッキの移動をお願いします』
ノアの詰問に被せるようにロベリアの声がブリッジ内に響き渡った。
見ればオペレーターが請け負っているモニター画面にMMMらしい機体の顔がアップで映っている。
『はっ! 第一デッキ移動開始!』
『カタパルト、セット確認。射出準備ヨシ。及びタイミングと権限を譲渡。進路クリア。いつでも発進可能であります』
『了解です。何かあれば光信号による通信願います』
少しして望遠モニターが白に近い色の魔粒子を放出しながら高速で飛んでいく機体の姿を捉えた。
フルーゲルとは明らかに形状の異なる、人型に近いフォルム。全体は金色に輝いており、細部に黒や銀の彩色がある機体だった。
異様に広い両肩部バーニアと背面部に付けられた蟹の鋏を彷彿とさせる二つのスラスターで飛行するらしく、それらを使って何回か回転したり、急加速を掛けたりと慣らし運転をした後、通信を寄越してくる。
『ブリッジ、こちらも上空から狙われてますよ。弓兵部隊からの合図です。対空砲火、全防衛戦力の射出準備。出来れば撃ち落としなさい』
視覚情報の取得機能はロベリアの機体の方が良好のようだった。離れ行きつつの内容ではあったものの、ライはバタバタと騒がしくなったブリッジ内で静かに新装備の完成を待っていた。
◇ ◇ ◇
『天空の民』がステータスを持つ現代人を受け入れられないように、聖騎士の中にも銃火器を嫌う者が居るのだろう。
ディルフィンから飛び降り、後方からの掩護射撃と共に急降下していたシキは銃ではなく、弓兵部隊と接敵していた。
「空気抵抗や風を属性魔法の結界で弾いて無理やり撃ってんのか、非効率……なっ!」
仮面越しにぶつくさと文句を垂れつつ抜剣。背面スラスターに火を付ける。
次々に飛来する矢の中を爆発的な加速と僅かな位置調整で掻い潜り、擦れ違い様に一人二人三人と比較的軽装だった数人の首を飛ばした。
「何だこ、いっ!?」
「ぎゃっ!?」
「は、早っ……!」
等と、それぞれが何事か呟いた頃には弓兵の防衛線は越えている。
追撃せんとこちらを向いたが最後。後続がそんな彼等を血飛沫と肉片に変えていく。
まさか自分達の放った砲弾付近をスレスレで降りてきているとは夢にも思わない。
シキと対面した時点で彼等は死ぬ運命にあったのだろう。仮にシキには殺られずとも、迫り来る大量の砲弾の前には無力。耳をつんざくような悲鳴や絶叫は少しして消えた。
「大体、弓じゃ連射性だって……」
真正面から突き破れるザルさに誰に言うでもない苦言を呈そうとした直後、ヒューッ……! と、甲高い音が辺りに響き渡った。
「あん……?」
音源の方向を見てみれば矢が飛んできている。軌道からして狙われたものではなかった。
部隊の生き残りが矢じりに笛を付けたものを飛ばすことでシキの存在を周知したらしい。
「音による知らせか……クハッ、自分達で通信機器を殺してるからっ……クハハハ! 死んだ甲斐があったなぁ! 雑魚共よォッ! ハハハハハッ!」
降下速度が降下速度の為、生き残りにはもう爪斬撃も届かない。
シキは高笑いしながら降下を続けた。
やがて。
明らかに対人を意識した鉛のスコールがやってきた。
シキの異常なまでな降下速度のせいか対応が僅かに遅く、また、真上から真っ直ぐではなく、やや外れた位置から降下してきたことから遥か後方目掛けて飛ぶばかり。
これには「これじゃあやっぱ死んだ甲斐そんなになかった」と目を細めてしまう。
最早、何の意味もない弾幕には目もくれず、一先ず今回の敵旗艦を見下ろす。
シキと敵旗艦の距離は約二キロ。
そこまで離れた位置に届く弾丸による弾幕というのも目を見張るが、弾幕を張るということは付近に航空戦力が居ない裏付けでもある。
その様子に案外簡単にブリッジを破壊出来そうだと思っていると、巨大な飛行船のような形状の敵旗艦の船首が開閉しており、少し前に金色に煌めく何かが飛び出ていたことに気付いた。
「…………」
『…………』
目標は旗艦よりも距離が離れていた為、会話出来なかったどころか、それが何なのかすらわからない。
しかし、一つ確信のようなものがあった。
(目が……合った? 人間、じゃないな……新型のアンダーゴーレム……か?)
迎撃ではないことを確認しつつも逆噴射で減速を開始。そうして無事、旗艦に張り付くことが出来た。
が、早速問題が発生。
「大きさはサンデイラ並み……前のとちょいと違うな。そんでもって……対人戦力は充実していると」
グレネードランチャーを使う間もなく、甲板や船首、船腹からぞろぞろと現れた聖騎士やフルーゲルの部隊に囲まれてしまったのだ。
(弾幕が直ぐに止んだのはこいつらを出す為か。数は二百……いや、三百。フルーゲルは五十機ほど……)
前線に向かって飛んでいった何かに気を取られている間に準備を終えていたらしい。
聖騎士らはやはり剣や槍といった前時代的な装備が主流で内三割ほどが現代兵器を所持。飛行する為か、防具は軽装ばかりでお得意の甲冑は一人として居ない。シキ同様に速度を重視したようだ。
しかし、そのことよりもこれだけの人数が飛行出来るだけの数のエアクラフトとスラスターを用意出来るターイズ連合の懐事情と『天空の民』の量産技術に感心する。
(ルゥネのお陰でフェイ達の認識や知識は得ているが……この数は厄介だな)
帝国も量産体制こそあれ、連合ほどではない。恐らく性能も連合の方が勝っている筈だとシキは思った。
そんな聖騎士達とは裏腹にフルーゲルは艦の周囲に散らばりつつある。どうやら護衛が目的らしい。
こちらも装甲を厚くしても意味がないと悟ったようで今までに比べてフレームが薄く、代わりに武装面を充実させたような印象を受けた。
「よぉ盲目爺っ、久しぶりだな! 連れのそこそこ強そうな奴等は上級かぁっ!?」
様々な魔粒子を放出しながら浮く人の群れの中に居た、知り合い兼殺すべき敵という複雑な関係である聖騎士レーセンに話し掛けるが、返答はなかった。
相変わらずの白髪を風に靡かせ、剣を構えている。
布で覆っている両目も……否、心の目とやらも健在なのか、シキの方を真っ直ぐ見据えるように顔を向けてきていた。
「何だ、無視かよ。つぅかエアクラフトが全部十字型ってのがキモいな……使い辛いだろそれ。それとも聖騎士には個性も癖もないとか……あ、使い勝手が改造されてるとか?」
シキはシャムザでの経験から呆れた声を出した。
それが死合の合図。
「撃てぃっ!」
レーセンが手を上げた次の瞬間、待ってましたとばかりに全方位、全角度から弾丸が飛来する。シキは「ハッ!」と笑うと、直撃コースのものだけを爪長剣と手甲で的確に弾き落としながら急上昇を掛けた。
火を吹くような加速で前衛の一部に急速接近し、射撃部隊を牽制。銃弾に代わって付近の聖騎士が一斉に飛び掛かってきた為、取り敢えずその前衛の頭部に獲物を突き刺して盾にし、その場で跳ね、身を捩り、急降下し、回転しながら剣を、槍を、斧を、ありとあらゆる近接武器を躱しながらそれぞれに刃を返す。
「よっ、ほっ、おぉっ……とっとっとぉ……ハッ!」
空中で行われる曲芸染みた軽業に翻弄され、未だ飛行に慣れていない聖騎士達は軽装故にポンポンとその首や腕、足を飛ばされていく。
(空中戦なら首か足さえ斬り落とせば勝ちなものをっ……やたらめったらに狙ってくるから軌道も動きも読みやすいったらないな!)
槍を構え、闘牛のように突撃してきた一人を飛び越え、頭部が通る位置に爪長剣を構えれば自ら頭部を二つに分けに来てくれる。
そこに左右から群がってきた二本の剣は両肩の正面噴射で避け、そのまま上半身を反らすように反転。流れるような動きでエアクラフトの固定を外し、剣の主に開脚同時蹴り。ゴキャッ……という嫌な音を合図に、今度は真上から振ってきた槍を首を反らすだけで回避し、降りてきた槍士の顔面に獲物を滑らせる。
合計四人が声を上げることなく死亡した。
「な、なんとっ……!」
「今の連携に対応出来るだと!?」
「っ、あれで属性魔法も効かないというのっ!? 一体、どうすればっ」
レーセンや他の上級騎士が驚く中、ほんの一瞬だけ浮いたエアクラフトを蹴るように足を当て、もう一度装着するシキ。
彼が「ふぅ……」と息を吐いた辺りで頭部の割れた一人と首をあらぬ方向に曲げた二人、仮面のように顔を失くした一人が仲良く墜ちている。
しかし、そこは聖騎士。上級以外の猛攻は止まらない。
「数では圧倒しているっ! 行くぞ!」
「そうだっ、怯むなぁ!」
「その体力がいつまで持つか見物だなぁ『黒夜叉』っ!」
はて……下級の騎士は全員、恐怖に対する耐性スキルでもあるのだろうか。
それとも洗脳されてて感覚が麻痺してるとか?
ふと湧いた疑問に首を傾げ、苦笑いしながらそれを横に振る。
「黙って来いよ、雑魚共」
ただ一言そう返し、獲物を掴んだ手でちょんちょんと指を曲げて挑発するだけに留めておいた。
「挑発に乗せられるなっ! 乗せられれば死ぬぞっ、これが奴のやり方なのだ! 『千人殺し』の異名を忘れたかっ!?」
直前にレーセンの発破があったが、頭に血の上った下級騎士達にその効果はなく……暫くの間、シキは死者製造機と化した。
時折、誤射を恐れず撃ってくる射撃部隊には爪斬撃を飛ばして牽制し、エアクラフト、背面スラスター、装甲型スラスター、MFAを駆使して空の上を滑るような飛行制御をしつつ、反転しながらの斬り上げ、刺突に、懐に飛び込めたとて膝蹴りか爪による串刺しの刑。漏れなく顎が砕け、首が折れ、腹に三つも穴を開けた者が続出し、前衛が少しでも躊躇すれば音速に近い速度で銃火器持ちに迫り、銃火器ごと叩き斬る。
とはいえ、学習し始めたのだろう。やがて聖騎士達は空中戦の命綱であり、土台である各スラスターを狙い出した。
しかし、それも無駄。
「ステータスも性能も段違いでよくやるっ! 死にに来たようなもんだぞっ、お前らはぁっ!」
「「「ぐぎっ!?」」」
鎧すらないとなれば三人同時に叩き斬ることだって出来る。
背後三方向から迫ってきた剣、槍、斧を各スラスターで高度を維持したまま風車のように横一回転して躱したシキはその勢いを乗せた剣で思い切り薙いだ。
ザァンッ!
三人分の血飛沫と首が舞い、そこから生まれた斬撃が後に続いていた者達をも惨殺する。
「剣はリーチが短くてイケねぇなぁ?」
本音を言えば飽きただけの剣を振り、血を落としてから魔法鞘に納め、肩のマジックバッグマントから新兵器を取り出した。
それは一見、少し大きめの棒状兵器。
聖騎士達は「飛び道具の類いかっ」と渋い顔をしながら後退しようとし、硬直した。
「な、んだ……あれは……っ!?」
「巨大な、う、腕……?」
「……MMMか?」
「な、何事だっ、報告しろっ!」
最も早く反応したのはシキの目の前に居た下級騎士。遅れて上級と思われる男女二人も推測を口走り、盲目のレーセンだけがキョロキョロと付近の者に詳細を確認している。
「ったく重いんだからっ……よい……しょっと」
エアクラフトのスラスターを切り、ふわりと落ちたタイミングでマントの下、肩に取り付けてあるアタッチメントと合致させる。
同時に、シキは慣性に引っ張られて浮いた義手を最大まで伸ばすよう魔力を送った。
最初の犠牲者は目を見開いて驚いていた最前の下級騎士。
「はべっ!?」
「おっ? ほー……当たった当たった。こんなのに当たるマヌケも居るんだなぁ」
さながら獲物に襲い掛かる蛇の如き速度で八メートルも伸縮したそれは先端に付いた鋭い爪で以てその騎士の腹部を貫いた。
「がっ……っ……ぼはぁっ……!?」
何が起こったのかわからない。
内臓の殆どを持っていかれ、激痛と込み上げてくる大量の血反吐に悶絶している騎士同様、周囲の聖騎士達も驚愕し、呆然としていた。
「ん、んー……ん~……?」
練習なら兎も角、実戦となると使い方ががらりと変わる為、シキは今一わかってなさそうな反応をしながら前進。その義手を振り回すべく、ドリフト気味に急ブレーキを掛け、身体を振る。
ブウゥゥンッと、それはもう凄まじい音を出しながら薙がれた義手は生み出された遠心力によって串刺し状態の下級騎士をずるりと抜き飛ばし、付近の上級騎士に迫ったものの、使い手の意思に反して思わぬ方向に伸びてしまい、狙った上級騎士の頭上三メートルは上を薙ぐだけで終わった。
「っ!? ぁ……? な、何……だ……?」
「おろ、外れ……おっ……とぉっ!? は~っ、当てるつもりだったのに引っ張られちまった。やっぱこれ相当使い辛いぞルゥネ……」
上級騎士は巨大な義手とこの土壇場で空振ったシキに、シキは狙いが外れたことと想像以上の遠心力に驚く。
「……っ? な、何が……したい、のだっ?」
戦場の真っ只中、それも殺し合っていた敵にそこまで言われてしまい、シキの口から失笑が漏れた。
「ハハッ、いやー悪い悪いっ」
そう謝った次の瞬間、「か、掛かれ掛かれーッ! 何がしたいのかはわからんがこの好機を逃すな!」とレーセンが叫び、シキは「よっしゃ、もう一回っ」と一回転。盛大に空振った義手は既にぐるりと回っている。全身のスラスターを上手く調整するだけで事は済む。
あの冷酷無比な聖騎士達が思わず硬直してしまうほどの隙を晒し晒させたシキの目論見通り、義手は再び派手に振られ、今度こそ「っ、そ、そうだなっ」等と武器を構え直した上級騎士の土手っ腹を直撃した。
「がっ!?」
短い断末魔を上げ、撥ね飛ばされたように吹き飛んでいく敵を見つめ、即死していることを確認する。
頭部に爪の一部が当たったらしく大きく凹んでおり、胴体の方も真横にくの字に折れ曲がって圧死している。
「ふむ……検証通り、こういう使い方をすればステータス補正が入るっと……うしっ!」
シキはコツを掴むべく再び動き出した。
「っしゃおらああっ!」
「っ!? う、腕が消えたっ!?」
「違うっ、あのマントがマジックバッグなのだっ!」
流石に重過ぎるので基本はマントに収納し、手甲の爪で暴れ回ることにして射撃武装を持つ騎士達目掛けて肉薄する。
「前衛にゃ後衛をっ、後衛にゃ前衛をってなァッ!」
「ぐおっ!?」
一人一人確実に。
エアクラフトを最大出力で稼働させ、敵の狙いは付け辛く。そして、どんどんやってくる前衛達は無視して銃火器持ちを斬り殺していく。
「弾幕だっ、固まって狙い撃て!」
こちらの出方を炙り出しているのか、レーセンは指示を出すだけで攻めてこない。
捨て駒である下級に混じって上級も襲ってくるのだが、如何せん前衛ばかり。それが誰であろうとスラスターの性能的に追い付ける筈もなく、また属性魔法や弓矢も色々と遅い為に不適切。
それはあまりに一方的な戦いだった。
次は誰が、どうやって殺されるのか。
漸くそういった恐れを抱き始めた空気にシキはまた嗤い、戦場は自然と処刑場を思わせる様相を醸し出していた。
「撃て撃てぃっ!」
「っ!」
「死ねぃっ!」
レーセンの指示通り固まって撃ってくればエアクラフトの軌道を急変更させ、直角に曲がって回避し、ぐるりと一回転しつつ義手を取り出して振り回す。
「「「ぐぎゃっ!?」」」
身体の部位の何処かにでも掠めれば捥ぎ取ることすら可能な硬度。今も伸びていった義手の先が首や四肢に当たり、千切れ落ちていったところだ。
しかし、ぐるぐる回ってばかりだと、一瞬の隙を突いてくる騎士も現れる。
「隙っ……ありぃっ!」
その場合は義手を縮ませてマントに収納。そんなものはないとばかりに迫った剣を爪で受け止める。
急行してくる他の前衛を横目に鍔迫り合いでゆっくりと押し返し、ゆっくりとその騎士の肩を内臓付近まで斬っていく。
抵抗が無くなった頃、再び取り出した義手を左腕で掴み、巨大な鞭か何かのように振り回しもした。
「クハハハハッ! こっちのが使いやすいぞっ、皮肉だなぁあっ!?」
「な、何っ……がっ!?」
「ぐへぁっ!」
「おのれっ……こ、これでは近付けぬっ!」
誰も追い付けない速度でブォンブォンと十メートルの鈍器を叩き付けてくる黒鬼。
風が吹き荒れる中、何とか環境的に向いてない盾を構え、止めようとしたところで盾ごとその身体を凹ませられて圧死する。
「くっ……勇者殿はまだなのかっ!? これでは兵が持たんぞ!」
「っ、応答ありません!」
「ちぃっ」
十秒で軽く数人の騎士がその命を落とすペース。
そんな凶行を楽しみ、まるで消耗していないシキはレーセン達にとって死神以上の何かだろう。
それを証明するように、目の前の怪物と、その怪物……否、たった一人の魔族すら満足に止められない自分達に怒りを覚えたらしいレーセンは悔しそうに呻いていた。
「そろそろお前も来たらどうだ盲目爺! 今なら即死サービスだっ、楽に死ねるぞ~っ?」
語尾に音符でも付いてそうなほど軽い口調で、しかし、その重量を逆に利用しての加減速も覚えたシキは縦横無尽、変幻自在に飛び回り、聖騎士の数を減らしていった。
そうして全体数が半分程度になった頃。
「やっぱ飽きるな」
と、ボソリ。
「な、何だとっ!? 小僧っ、今何と言ったぁっ!?」
義手を仕舞い、ポリポリと後頭部を掻いた後、顔を真っ赤にして怒鳴り散らすレーセンを無視してルゥネの大鎌を取り出す。
「さてさて……なーんか怒ってる奴も居るが、味変……死に変と行こうか? ほれ、どうだ? こいつはアンダーゴーレムの装甲すら斬る刃だ。あー、お前達には……MMM? の方が伝わるか」
柄の延長だけで二メートル。刃渡りはおおよそ一メートル以上。刃幅は最太箇所で五十センチはあるだろうか。
そんな、鈍く輝く白銀の大鎌が軽々と振られた直後。
柄と同じ輝きを放っていた刃がキュイイイィンッ……と、独特の駆動音を放ちながら超振動し始めた。
隻眼隻腕の魔族がこれまで見せた化け物ステータスに化け物機動力、化け物装備。
そして……新たに取り出した未知の武装。
巨大な義手という、扱い辛いことこの上ない妙な武器ですら数十人が殺られたのだ。
今度の武器は明らかに手慣れた様子で操っている。それこそ片手でブンブンと。何なら肩に回して遊んだりもしている。
これには流石の聖騎士達もたじろいだ様子を見せた。
その動揺が、ほんの一瞬の間を生んだ。
「クハッ……!」
「い、いかんっ! 攻撃の手を緩めるな! 言っただろうっ!」
《直感》か何かで危険を察知したらしい。レーセンは焦燥感に満ちた声を張り上げ……
シキは帝国製の最新型スラスターが生み出す圧倒的な推進力をその場の全員に見せ付けた。
深紫に光る幻想的な槍。
あまりの速度に、見た者の視界に残った魔粒子の光が残像を生み出し、架空の映像を幻視する。
こうなってはレーセンや他の上級騎士でも止められない。
「クハハハハハッ!」
シキは己が持つ最強を武器に四方を、天を駆けた。
棒立ちならぬ棒浮き状態の聖騎士達の間を縫うように疾走し、通り過ぎた場所には腕と胴体を横に分けて身軽になった肉塊だけが残っている。
分断、両断、切断、寸断。
首が、上半身が、四肢が、下半身が、血飛沫が舞う。
もう様相程度ではなかった。
一方的かつ圧倒的な処刑の場であった。
シキはただ、高笑いして処刑人の役を全うしていた。




