第24話 邪神
その夜。
何かイライラしてたとかでジル様に謎の理不尽アッパーを食らい、天井にめり込んで気絶した俺は不思議な夢を見た。
辺り一面に広がる紫色の花。
薔薇のようなものからひまわりのようなものまで種類は豊富。綺麗に咲き乱れてるそれらはその全てが不気味なまでに同色だった。
そして、その美しい光景に水を差すようにポツンと建つ一軒の建物。
どう見ても今日アカリと訪れた教会だ。
俺はそんな不可思議な光景に何故か何の疑問も持つこともなく教会の中に入っていく。
まるで吸い込まれるように無意識に。
その奥……邪神像があった場所にその人物は居た。
その人はそれこそその邪神像そのものを具現化したような姿をしていた。
少女というより幼女に等しい外見に加えて、ジル様の白い髪によく似た白銀の髪。
見た者を引き込むような透き通った紫色の瞳。
アカリを越えるほど感情を感じさせない無表情。それでいて造形だけは今まで見た者の中で一番整っている。
神々しくも何処か禍々しさを感じさせる雰囲気とオーラが出ているせいか、黒紫のゴスロリドレスを違和感なく着こなしてるのが凄い。
謎の幼女は俺を見ると、ゆっくりと瞬きをして言った。
「ん……やっと……来た……」
とても綺麗な声だった。
声自体は小さく、聞き取り辛いのに脳内に直接響くようで一字一句理解出来る。
邪神。
パッと浮かぶのは勿論その存在。
何せ邪神像にそっくりだ。
「ん……そう……」
……いや、そうって。
いざ肯定されると、やはり、何故、という思いが生まれる。
ふと、拝借してきた邪神像の瞳の宝石を思い出した。
あれを介して夢という形で俺を呼んだのだろうか。……というか、存在自体に驚きなんだが。
「私は……貴方がこの世界に来るのを待っていた」
冷たい氷や機械を彷彿させる無表情のまま、そう呟き、幼女にしか見えない邪神様は話し始めた。
「中々タイミングが合わなくて苦労した……力も使うし……」
何というか……要領を得ない話し方だ。
長かったので、言われたことを要約するとイクシアの勇者召喚は勇者二人を呼ぶ為に、そして、一番は俺を呼ぶ為に行われた、とのこと。
俺達が召喚された時の信号がやたら俺を足止めしてくれたのもその影響らしい。
混乱するから何から何まで一気に話さないでほしい。全部説明しようとするからややこしくなるってのに。
まあ兎に角だ。アカリの父親の話でも予想はしていたが、やはりイクスと地球では時間軸が違うと。で、俺達三人がすれ違った瞬間にイクシアの召喚魔法が発動したと。
二人の勇者の存在のせいで元々ライかイケメン(笑)、どちらかだけを呼ぶ魔法は偶々偶然二人が近くに居た為に意図せずして魔法陣が広がった。
それにより、俺やマナミを含めた他数名が巻き込まれた。
幼女邪神はそれら全ての偶然を望んでいた。
口下手なせいでハッキリとはわからないものの、優先順位的には勇者二人と俺、ついでにマナミ、その他って感じっぽい。
「Why? 何で俺?」という過去最大の疑問が伝わったのか、それともジル様みたいに心を読んだのか。
「運命」
と、またまた呟くように言われた。
いやだからわかり辛いんだって。ゆっくり瞬きするな、ハキハキ話せ、サイボーグかお前は。
思わず心の中でツッコミを入れてから即座に後悔する。
「……面白い子」
ほんの僅かではあるが、幼女邪神の口元が一瞬緩んだ。
笑われたような気がした。
ブワッと全身から脂汗が噴き出てくる。
……あかんやんこれ、心読まれてるじゃんこれ。めちゃめちゃ失礼な態度とっちゃったよ。死刑かな?
「…………」
無言で首振られた。
セーフっ……! 内心、結構ドキッとしたけどセーフっ。よっ、太っ腹! 太……ふ、太っ腹?
「何で……疑問系……?」
いや、何か違うような、失礼なような気がして……てかノリ良いなこの人……じゃない、この神様。
……無礼を許してくれるんなら運命とかって言葉じゃなく、ちゃんと教えてほしいもんなんですがね。
「めっ」
ダメらしい。指でバッテン作られてまで言われた。表情筋が死んでる割には感情は豊かな神様のようだ。
「…………」
「……?」
「「…………」」
何故か黙ってしまったので、俺も意識が思考に向き、互いに無言になる。
…………。
ダメだ、何考えてるのかわからん。
何で言えないんだ? 教えてくれないんなら今この瞬間、俺と会っていることに何の意味がある。
「むぅ……運命と言ったら運命……これは決まっていること……今日は……挨拶……」
「は、はぁ……」
決まってると言われても。
ライとイケメン(笑)は?
「あの二人も……運命……」
またかっ。
う~ん……再生者であるマナミじゃなくて、俺? 皆になくて俺にあるもの……俺……俺だけの特異性……?
「あ」
あった。
俺だけが持っている力。
そうだ、アレだ。アレのせいで俺は……
「そう……《闇魔法》」
召喚直後、ただの人間でしかなかった俺を蔑視、畏怖の対象へと変えた禁忌の力。
《闇魔法》は召喚された奴等の中で唯一、俺だけが持つ力。
「……その素質がある異世界人、運命の子。それが貴方」
これまで通り、静かに呟くのではなく、ハッキリとした口調で言われた。
「それは……俺、あっ、いや、私以外には存在しない。私が特別……というより異常であると?」
「素質を持っている子は居る。発現する子も。けどダメ。他ならない貴方じゃなきゃ……」
一瞬だけ俯いたような、何かを言おうとして止めた……そんな雰囲気だった。
正直、含みがあるどころじゃなかったが、言えないなら無理には訊かない。というか恐れ多くて訊けない。
「貴方は……貴方はやろうと思えば自分の意思で、人間社会で言う人の道を外れることが出来る」
「……? 何の話です?」
邪神様はゆっくりと瞬きして息を吸うと、これまたゆっくりと口を開く。
「『闇魔法の使い手』の殆どは怖いだとか妬ましいだとか憎いだとかの理由で人の道を外れる。もしくは……自覚のない悪人……とか」
「自覚……」
「言ってしまえば、貴方は後者に近い」
キッパリとそう言われてしまった。
生まれてこの方、犯罪とかとは無縁……だったとは確かに言い難いけども。主にライに巻き込まれた形だぞ全部。
「貴方達人間は生き物を殺すことを悪いことと定義している。私達神にとっては良いも悪いもない。どんな理由があっても生き物を殺したところで悪とは言わない」
……つまり?
「存在や行動による価値、影響力は人によって変わる。全ての行動を悪と断定したり、善と定めるのは人間だけ」
言いたいことがよくわからない。
ただまあ……少なくとも、神という最上位の存在故の傲慢は感じた。
例えどんな理由があろうと悪いことは悪いし、良いことは良い。人によって価値が変わろうとも、例えそれが人間だけの価値観だとしてもだ。
やったことの価値を決めるのは自分であり、周りの奴等が何と言おうと自分は自分、人は人。神はどうとか、人はどうとかじゃなく、自分がこうだって思うんならそう思い通せば良い。
「そう……それ。その考え方。そういう心……魂が闇魔法を使える所以。貴方達の心は動かない。何故ならそれが貴方だから。誰よりも人間だから」
……うん? まーたわからなくなってきたぞ? 俺が何で《闇魔法》なんてものを持ってるのか、説明してくれてる……のか?
「要は……善悪関係なく、確固たる自分を持った人間にはその素質があり、似ているようで違う奴も居るって話ですよね? それが所持、もしくは取得条件なら殆どの人間が持ってるような気がしますが……」
俺が求めているのは召喚したかったのは何故俺なのか、というQ&Aだ。
『闇魔法の使い手』の素質なんざどうでも良い。
「究極的に言えば、貴方達は自分のことが一番。自分が一番大切」
「なっ、それは誰だって同じでしょうっ、人間なんてそんなもんですよっ」
少しイラっと来て語気が強くなってしまった。
しかし、幼女邪神は気にせず続ける。
「貴方は知らない人と身内、どちらかしか助からないという状況では、いの一番に身内を助けようとする……違う?」
「それはっ……それだって同じですっ。誰だって知らない人より家族や友達の方が大切に決まってるっ」
「助かるかもしれない身内が一人のままの条件で、助からないかもしれない知らない人が数十人、数百人、果ては数千人、数万人となっても?」
心臓が跳ねた。
そう言われると、何も返せない。
「貴方はどちらかしか助からないという状況なら例え知らない人が数万人だろうと身内を助ける。『闇魔法の使い手』……貴方は自覚のない悪人」
何だ……? 何なんだこの幼女は。何で俺を理解したような……しているような口振りをする?
ちょっとイライラしてきた。
「ライやジル様は違うと? マナミは……優しいから選べないかもしれないけど、あの二人なら確実に知らない人を切り捨てる。俺が悪人……? 俺はただあんたの訳のわからん介入に巻き込まれて召喚された普通の人間だろっ」
何が言いたいんだこの幼女は。勝手な都合でこんな世界に呼び、こうやって謁見させ、ただただ罵倒して……
「悩んだ末にそういう結論に至る人も居る。問題は選ぶ選ばないじゃない……普通なら数万人といかなくても数十人、数百人で悩む。悩んでしまう。貴方は……?」
普通。
聞き慣れ、言い慣れた言葉が何故かこの場では強調されたように、耳に残った。
「その人達にも家族が、友人が居る……そこに思考が至れば尚のこと。けど、貴方は……?」
…………。
俺は……?
「貴方もまたその考え自体には至れる。そういう性格。それでいて、助からない方がどんなに苦しむか、どのように苦しむか、どのように死ぬか、それがわかっていたとしても……身内を助ける。助からない本人やその家族、親族、友人、知人が悲しむ、怒る、絶望する、壊れる……どうなろうと、自分がそうならなければ良い」
止めろ。
それ以上言うな。
俺を理解するな。
そんな言葉が口に出かかり、止まる。
誰だってそうだろうが。人を本当の意味で心配したり、好きになったりなんて、俺からすればあり得ない。
「身内が居なくなって寂しい思いをしたくないから……悲しい思いをしたくないから……知らない人、その家族、友人……何なら貴方の大事な家族や友人すら。貴方は捨て――」
「――止めろッ!」
もう我慢出来なかった。
そう思いたくなくて。
自分がそんな人でなしだと自覚したくなくて。
この邪神の言う通り……確かに俺はそういう人間かもしれない。
自分が嫌な思いをしたくないから、誰かを守ろうとする。
弱いから、勇者や再生者とは差があるからと、捨てられたくない……嫌な気持ちになりたくない、寂しいのは嫌だ、一人だけ弱いままは嫌だ。
そんな、醜い心を持っている。
だからこそ俺は死ぬ思いをしてまで……
「…………」
そうか。
わかった。
俺はライ達と一緒に居たいんじゃない。
離れ離れになって、この辛い世界で一人寂しく、弱者故に惨めに生きなきゃいけないのが嫌なんだ。
だから頑張ってたんだ。
強くなればライ達の隣に立っていられる。結果的に誰かと常に一緒で、寂しい思いをせず、堂々と生きられる。
何処までも自己保身に走っていた。
なんて気持ちの悪いっ……
「ふふふっ……自覚してくれた?」
楽しそうに。
それはもう楽しそうな声色で笑われた。初めて破顔した。
「……あるだろ。誰にだって、黒い心が」
「ん、それで良い。敬語は要らないし、貴方はそれが良い」
また、俺を知っているような口振り。
気に食わない。
俺がライやマナミすら捨てられるだと? そりゃ……命が懸かったらわからないけど、俺がそこまで落ちぶれたクズだって言いたいのか?
「違う……絶対に違うっ。俺はっ……」
そう思いたい一方で納得する部分もある。
知らない人と身内、どちらかしか助からない状況で真っ先に身内を見殺しに出来る奴が……自分にとってっていうのも確かにあるだろうけど……一番は、周りの人にとって良いことを即座に判断し、実行出来る奴。それを行う為に自分の感情を殺すことが出来る奴がライ達『真の勇者』なんだろう。
『闇魔法の使い手』と『真の勇者』は対極に位置する存在。
利己主義者と利他主義者。あの二人の何処が利他的なのか疑問は覚えるが、概ねその認識で間違ってないだろう。
思えば……《闇魔法》を使う時は必ず感情の嵐が襲ってきた。殆どは破壊衝動だったが、こうしたい、してみたいっていう心底にあった感情が強化されていた。
なら《光魔法》は……他人に奉仕したいとか平和を求めるようになる……?
「ふふっ……」
「……ん?」
幼女邪神の含み笑いで《光魔法》への疑問が消えた。
ちょっと待てって感じで。
心底の感情が抑え切れずに暴れたってことは……何で俺はジル様を殺そうとしたんだ? 他にも色々……食うとか犯すとか、俺的には殺意以上に理解が出来ない欲望だった。怒り過ぎて殴りたいとか殺すぞこの野郎って思うくらいはあっても、そこまでケダモノ染みたことを考える訳がない。
「私は邪神。貴方達人間にとって悪という絶対的な存在であり、象徴。故に私は貴方のような子を悪とし、人類の敵として導く」
「……は?」
急に話が変わった。
俺の疑問は? さっきまでの話は? ホントによくわからない性格してるなこの神様。
「貴方は召喚された時、何て呼ばれた……? 何て恐れられてた……?」
確か神への……
「反逆者」
思考に被せられた。自分で答えるなら何で訊いたんだよ。
「この場合の神は何を差すと思う……? 私達神は、邪神である私を悪、貴方のような人を悪としている。なら、神とは……?」
悪である俺とライが真逆の存在なら、勇者が善……魔族が悪ってことは、人族が善……?
「人類の敵ってのはそういう……?」
《闇魔法》の使い過ぎで魔族になる……魔族は人類の敵……邪神は俺を悪として導く役割……他の神がライ達を善として導く役割……
「他の神々とあんたは……魔族と人族の全面戦争を望んでいるのか?」
何故、何の為に? とは思うが、そうとしか思えない。
善と悪を分けなくてはならない、ルールのようなものがある……そんな感じがする。
じゃなきゃ、神々にとって理解の範疇にない、人間にとっての神と真の勇者と邪神と闇魔法の使い手に分ける意味がわからない。
善悪がどうとか話してたのは……
じゃあ、俺はライの……敵として……?
そんな、嫌な想像が脳裏を過った。
考えたくもない。
俺とライが敵対し、殺し合う未来なんて。
「っ……」
いや、止めよう。
挨拶と称して、遠回しに覚悟しておけと言われた気がするが、努めて思考を変える。
さっきのことだ。
俺がジル様を色々しようとしたこと。そこが未だに納得いかない。
ジル様は竜人族だ。魔族と族で善悪と分けるなら、あの人には何の関係もない筈……
いやまあ確かに普段は理不尽にボッコボコにされたり、ひっぱたかれたり、修行はスパルタ過ぎてキツかったりするけども。
俺は一欠片だってあの人を恨んだことはないし、傷付けようとも殺そうとも思ったことはない。
感謝こそすれ、だ。
……多分。どうだろ、一回殴らせろとは思う……か? あ、覗こうともしてたな。
怪しくなってきた。
「んっ……ふふっ……あははっ……良いこと、教えてあげる……ふふっ」
めっちゃ笑うやん。
人形みたいに整った顔が今日一人間らしくなった。
しかし、幼女邪神はそんな顔を隠すように手で口元を覆いながら言った。
「闇魔法の魔力で溢れた感情はね? ふふふふっ、あれはあのジルって子を襲いたいって感情なの。性欲、みたいな……? それを抑えようとしたのか、別の方向に持っていきたかったのか、自覚したくなかったのか……貴方は《狂化》の破壊衝動に身を任せた」
……はい? せ、性……え……? あのキツいのって《狂化》の方だったのか? えぇ……? でもその後の訓練じゃ同じような感覚が来てたけど……
「暴れる二つの感情は混ざり合い、溶け合い、一つになった。そこから思考が定まらなくなった。空腹にも似た飢餓感とか、こうしてみたいっていう欲求とか……」
嘘だろ……? ええぇぇ……お、俺が……? ジル様、を? へ……? あの女とも言い難い人を?
意味が……意味がワカラナイ。
「な、ぜ……?」
絞り出すように出した声は酷く震えていた。
「あの子のこと、好きでしょ?」
答えが返ってきた。何故か疑問系で。
「ぅっ……」
思わず顔を隠してしまった。
顔が熱い。
身体も熱いし、心臓が跳ねまくってる。
意識してなかったけど、いざそう言われると……何かいつもあの人のことを目で追ってるような?
いや。いやいやいやいや。
でも真面目にやらないとボコボコにされるし、こっちから意図を汲んで会話しないとやっぱりボコボコされるし、今日だって会っていきなりアッパーで就寝だぞ。誰だって見るだろ、そんな暴力の化身。
しかもこの前はついに一国の王を殺害……
あれ? でも俺、純粋な恐怖というより畏怖を抱いた、な?
あれ……? ちょっと待て、今思えばいつも見てるどころか、あの人ならこうする、あの人はどう思う、あの人がどうとか考えてるかも。
憧れとかそういう感じだと思ってたけど……
本人が言うだけあってマジで可愛いんだよなとも思ってるし、性格もまあ……嫌いじゃない。
あの自由さや〝力〟の誇示の仕方が嫌いになれない。寧ろ、その辺は自信を持って好きと言える。
……え、嘘、マジで好きかもしれん。笑い掛けられるとドキッとするぞ? 普通にトラウマを植え付けられて条件反射でビビってたのかと思ってた。
…………。
うわっ……うっわぁ……!?
その気持ちを自覚したことが、何より、それら全てを幼女にしか見えない邪神に理解されていたことが無性に恥ずかしい。
「うふふふふっ……あ~おかしい……あの人以外と話してこんなに笑ったの、久しぶり……ふふふっ」
俺がジル様の……それはもう色んな姿を思い出して自分の気持ちを自覚し、いやでもと否定し、悶絶している最中、邪神は意味深なことを呟きながら、笑い続けた。




