第228話 葛藤
見渡す限りの雲、雲、雲……
右へ左へと分かれては視界から消えていく白い雲の間に時折、空飛ぶ岩石や巨大な鳥の魔物を見かける。
空や雲の色は地球と同じでも、ふとした瞬間に見るものは異世界らしい。
そして、これが夜になれば妙な色の月が複数見えるようになるのだから何ともセンチメンタルになってしまう。
「その上、これからしにいくのは戦争と来たもんだ。……何でこんなことになっちまったんだろうな」
思わずそう呟き、最早無いことに慣れた右腕……いや、軽くなった右肩を見つめる。
そこにはマジックバッグ化された黒いマントがヒラヒラと舞っており、まるで俺を嘲笑うかの如く、本来障害物がある筈の位置を行ったり来たりしていた。
長い長い会議を終え、情報共有も区切りが付いた頃。
俺はディルフィンに乗って帝国へと飛び立った。
既に航行三日目。
鈍らないよう甲板で最低限の運動はしているが、どうにも身が入らず、こうして空を見つめてはボーッとしてばかり。
ふと、視界の端を何かが動く。
背中を伸ばしながらそちらの方に視線を向けると、遥か前方でフェイ達の駆る『フルーゲル』が鳥魔物を囲っているところだった。
それから数秒も経たない内に撃墜。一キロは離れている位置からでも鳥だとわかる巨大な魔物が力無く墜ちていく。
お得意のフォーメーションΔ。自分と同程度の大きさのゴーレム三機に囲まれての一斉射なんて、大した知能のない魔物にはなす術もない。が、魔物は他にも何匹か居るらしく、戦闘は続いている。
「今日は焼き鳥か……」
弾抜き取るの大変そうだな、などと独りごちた俺は微かに聞こえてくる銃撃音や断末魔の声、ひいては狩りそのものを耳で目で感じながら別の音、別の光景を思い出していた。
「……神?」
「そそ。神……神様。邪神ちゃん含め、実際はそんな綺麗なもんじゃないけど」
魔国を出る前日のことだ。
魔王城のバルコニーに呼ばれた俺は『付き人』と魔都を見下ろしながらティータイムと洒落込んでいた。
「へぇ……流石のあんたでも苦戦するのか」
四肢を半分失い、それでも優雅に座っている『付き人』にその怪我はどうしたのかと聞いたら誰にやられたかを返してきた。
「まあそうだね。こうやって再生も修復も出来ない攻撃とかもある。神なら僕を殺せると思うよ」
微妙に話が噛み合ってない。
まるで神くらいしか対等に戦える存在が居ないような言い方だ。
「人間……人族だよな?」
思わず眉をひそめながら言うと、『付き人』はティーカップ片手にカラカラと笑った。
「あははははっ、僕もちょっと疑ってる。種としてはそうっぽいんだけどね。魔族とか獣人族とは何かこう、感覚も違うしさ。角も尻尾もないじゃん?」
……別の種族だったことがあるんだろうか。
いや……
「複数の固有スキルを所持していてのその物言いは笑えないな」
以前見かけた元クラスメートに【変幻自在】という変身能力を持った奴が居た。それに似た系統の能力や他者の身体を乗っ取る固有スキルがないとも言い切れない。
というより、【不老不死】のムクロと同じく、遥か昔から存在していた人物だ。そういった特殊な固有スキル持ちじゃなければ人族国家から長いこと恐れられていない筈。
「か、全知全能の固有スキル持ちで、その能力は全ての固有スキルを扱える……とか」
事も無げに探りを入れたところ、『付き人』はキョトンとしていた。
少しして発言の意味を理解したのか、大爆笑を始める。
「あはっ、あはははははっ! 何それっ、そんな風に見えてたのっ? 僕が持つ本来の固有スキルはもっと弱いものだよっ、【全知全能】の能力も全然違うしっ」
膝を叩いてまで笑い、終いには涙まで出てきたのか目元を擦っている。
俺より酷い欠損状態のくせに全く意に介していない。
それでいて、狙っていた神は取り逃がしたと豪語しているのだから読めない男だ。
憎い筈の相手ではあるものの、同性から見ても感心……あるいは見惚れるほどの容姿。
こうまで笑われてしまってはイラつきを通り越して呆れの感情が芽生えてくる。
「そんなに的外れだったか?」
「ひーっ……ひーっ……あー笑ったっ。ううん、中々良い線行ってたよ? けど、急に変なこと言うんだもん。……そんなに僕のことが気になる?」
敵意も殺意もなければ、顔に乗っている感情も純粋な興味。
不気味なまでな好青年っぷりが、俺という存在そのものを少しも脅威に感じていないことを窺わせる。
この態度……『最強』と呼ばれる奴等特有の余裕だ。
過小も過大も、下手すれば評価自体されてない感じがする。ゼーアロットと似ているだろうか。
俺としては溜め息しか出ない。
「そりゃ勿論気になるさ。人族からのあんたの評価は魔王と同じかそれ以上の禁忌的存在。触れてはならない相手って奴だ。ま、実際にあんたを知ってるのは各国の要人や聖神教の極一部くらいなもんだろうが……」
『付き人』が入れてくれた紅茶のような飲み物を飲んで一息ついた後、続けて言った。
「それに比べ、魔国でのあんたは元四天王の一人であり、法……『絶対法』の主。魔王を傀儡に好き勝手しつつ、国の秩序を形成、安定、維持している謎の人物だ。定期的に国から居なくなっては『神殺し』を成しているという噂もある。本名、容姿、性別、生まれ、能力、全てが謎……オマケにこの国に居る目的も、『神殺し』をする目的も謎。気にならない方がおかしい」
元が付くのは『付き人』が座っていた四天王の席を今現在トモヨが得ているからだ。
どんな手を使ったのかは知らないが、あの女はあの女で自分の地位を築いているらしい。
因みに、『神殺し』の噂の出処も謎だった。トカゲ達の調査でも当人が時折何処かへ行ってるっぽいという何とも曖昧かつ微妙な結果で終わった。
「ふーん……固有スキルに関しては一旦置いとくとしてさ、君にはあの子が僕の人形に見えたのかい? 都の様子は?」
言いながら飲み干したカップに新たな茶を入れつつ、俺の方にもどうだと入れ物を持ち上げて見せてくる。
またはぐらかされた。
わざとなのか、素面なのか……。
まあ良い。
俺は黙って自分のものを前に出して言った。
「いいや? 『絶対法』とそれを可能にするあんたの手腕、能力は一種の歯止めになっているように感じた。少なくともこの国を裏から牛耳っているようにも見えない。じゃなきゃリヴェイン卿や他の四天王が黙ってないだろう」
今にして思えば『絶対法』に関するあれこれは秩序を保つ為の必要悪的システムのように思う。
魔王は絶対であり、不変であり、畏怖し、敬われるべき存在。
そういう価値観、法を都民に植え付け、絶対的な恐怖で縛ることで一定の秩序を保っている。
リヴェイン曰く、盗みや殺人といった人族の価値観で言う犯罪に当たる行為は魔都全体でも起こることどころか起きた前例すらないらしい。
これをすれば『付き人』に知られ、魔王への反乱だと因縁を付けられるのではないか。自分はおろか、一族郎党殺されるのではないか。
『魔王の為なら何をするかわからない存在』はそういった精神的な歯止めとして機能している訳だ。
例え酔っぱらい同士の喧嘩や軽度のいざこざはあっても物騒なことまでは起きない。統計がそれを物語っている。何もかもが理解の範疇にない絶対不変の存在は、逆に言えば『平和に暮らしてさえいれば国を守ってくれる』という安心感を与えている。
「だよね~。僕としてもああいう独裁ルールは好きじゃないんだけど、少し間引いとかないと舐められちゃうんだよ。それが最終的にはゲイルみたいな逸脱者を生むことになるってわけ。タブーは破る為にある、なんて思われないように……この国を円滑に回す為には必要なことなんだ」
「……あのオーク魔族については殆ど知らないが、戦闘狂だったってことはわかる。国際問題になるとわかっていての進撃……俺を魔族化させる為に放流しただけで本来は狂人という時点で粛正対象か」
俺の言葉に『付き人』の眉がピクリと動く。
「んー……? まあ粛正っていうと言葉が強いかな。そもそも『絶対法』と呼ばれてるアレは魔都内限定のものだし。彼は彼なりにその法に触れないようにしてたんだよ。その結果や人族の国の脅威をこの国の人々に知らしめるには必要な犠牲だったね」
酷く冷めた表情だった。
人を人と思ってない冷酷な目。
ま、そうと割り切らなきゃやっていけないというのも事実なんだろう。
『絶対法』は日本に置き換えて言えば、軽犯罪=死刑みたいなもの。
少々極端過ぎる法だとは思うが、施行当初の反発はあってもそれが何百年も続いているのなら新たな反対意見は出まい。
もし出たとて、表立っての反対は死を意味し、例えゲイルのように法の穴を突いて出国、出兵し、事を大きくしても結果は同じ。何も変わらない。
そうして絶対的なまでの〝力〟を見せ続けることで邪なことを考える輩は減っていく、と。
恐怖の……〝悪の象徴〟の出来上がりだ。
「その上であんたが……いや、表向きはムクロがか……魔王が国の繁栄や平和を実現させれば『絶対法』は本来あるべきもので、これがあるから平和なのだと思わせられる……成る程、嫌らしいやり方だな」
「ほう。因みに何処が?」
肩を竦めてのセリフに、何処か面白そうに口角を上げながら訊いてきたので即答してやる。
「あんたが居ないと機能しないところがだ。幸か不幸か、長らく処刑を続けたからか、魔王に対する不敬そのものがタブー化しているようだったし、万が一あんたに何かあっても魔王への反逆を考えようとなんて奴等は出てこないだろうがな」
「ははっ、こうでもしなきゃダメだったんだよ~。だって人ってそんなもんじゃない?」
そう言って笑う『付き人』の顔には今見せた冷たいものの代わりに、諦念に近い感情が見て取れた。
頑張ったけどダメだった。
結局こうするのが正解だった。
そんなことが書かれているようだ。
実際、国民の一人一人の生活満足度は高い。
国に対する不平不満も少なく、ここ数百年はゆっくりと繁栄を続けているとも聞いた。
『付き人』とリヴェインの血族が主体となって創設した学校のお陰で識字率も100%。計算だって全都民が出来る。
使える人材を育成し、その人材に合った職場を与え、魔物が現れれば魔王軍が迅速に解決する。
そして、長寿故に親から子へ、子から子へ、また更に親から子へと半永久的に守らなければならないルールや知識、技術、平和的思想を受け継ぐことが出来る。
見た目こそ一見魔物と相違ないが、見れば見るほど人族に比べ、圧倒的に進んでいる文明人達……それが魔族。長年、人族との交流を一切絶っていた魔国の正体。
「結果として繁栄もしていれば平和にもなってるんだ、ケチを付ける気はない。ただ……それだけにそんな怪我をしてまで『神殺し』をしようとする理由が思い浮かばない。あんたが居なくなれば『絶対法』による統治は途端に立ち行かなくなる」
万が一とは言ったものの、ジル様が本物の『最強』だと認める男が半身を失ってまで戦いを挑むのだから相応の理由がある筈……
「寧ろ、今までの鬱憤を暴発させる可能性すらあるだろう。遺族だって表向きは飲み込んでいても腹の底から納得している訳がない。潜在的でしかない反逆者を虐殺するというのはそういうことだ。……神に恨みでもあるのか?」
ゼーアロットは恐らくそれだ。
日本でのあの言動……神に対する憎悪が伝わってくるようだった。
それに、こちらの世界に帰ってきた時の廃墟郡。あれはゼーアロットの生まれ故郷だ。【原点回帰】の能力がそれを指し示している。
過去に何があり、どうしてあそこまで怒り狂っていたのかは謎だが、狂信者のふりをしてまで聖神教に潜り込んだ猛者でもある。
あの憎悪を隠すのは容易じゃない。俺には自分の心すら欺いて敵の情報を得ようとしていたように感じた。
奴の存在を、奴が接触を望んでいたことをこの人は知ってるんだろうか。
別にどうこうするつもりのない疑問だったが、『付き人』は遠くを見つめるように言った。
「さて……元は恨みだったと思うけどねー。長く生き過ぎてわかんなくなっちゃった。でも、少なからず憎いよ。君だって……あの子が【不老不死】で苦しんでるのは知ってるよね? 何か思うことはない?」
思わぬ返しに口をつぐみ、少し考え込む。
ジル様が会った時は寝込んでいたと聞く。
俺と出会ってからはあの調子だ。
苦しんでる……ようには見えない。が、辛いだろうな。
老いず、死なないだけの能力。
にも拘わらず、あの強さ。
一体どれだけの知識を得てきたのか、どれだけの研鑽を重ねてきたのか。どれだけの出会いや別れを経験してきたのか。
俺が今までこの世界で体験してきた過去の出来事がぶわっと頭の中を駆け巡った。
何度死にたいと思ったか。
だが俺は仲間や友人に支えられて生き延びてきた。
反対にムクロはどうやっても死ねない。
知り合いが次々と老いていく中、一人だけ若いままで。
知り合いが次々と死んでいく中、一人だけ死なない。
それは想像を絶する孤独感だろう。
ムクロの戦争嫌いの理由は……
「別にさ、この世界の神は生物の一個体一個体を管理してる訳じゃないんだ」
感傷に浸る寸前、フォローするような発言で我に返った。
「生まれとか境遇を選んでもないし、固有スキルを与えられる訳でもない。固有スキルは神にも干渉出来ないイレギュラー的〝力〟だからね」
……ゼーアロットも似たようなことを言っていたな。
「出来るのは精々『神託』と称した干渉で人を唆して戦争を起こしたり、その様子を見て楽しんだり、僕みたいに目立つ奴をざまぁして一生恨まれまくるくらい。何が目的なのか、こっちが知りたいくらいだよ」
あ、全然フォローじゃなかった。こっちがチラッと別のこと思い出してる内に後半の方でガッツリ私情と『神殺し』の理由が出てきてた。
「あいつら殺しても殺しても出てくるからね。何か一つの星に対して必ず何匹か体制で付いてるし、虫だよ虫。寄生虫だね。その星に居る生物の信仰で生きてるっぽいし。あぁ気色悪い……!」
余程、神が嫌いらしい。
「うん? あ、邪神ちゃんは僕に協力してくれてるから除外だよ。可愛いしね」
あの幼女邪神はどうなんだろうと思った直後、さも些細なことを訊かれたみたいに返してきた。
ナチュラルに人の心を読むの止めてほしい。まあさっきから違和感はあったけども。
「えっと、ユウ君……じゃなかったね、今は。シキ君さ……わかってないみたいだからハッキリ言うけど、君がムクロと呼んで愛でてるあの子も神に追われたことがあるんだよ? 僕の時よりは大分マシとはいえ、死なないからって良いように弄ばれて……何で平然としていられるのさ」
俺の中の時が止まった。
は? 良いように……? 弄ばれた……? あのムクロが?
「あれは何年前だったかなー……正直、あんまりにも昔のことだから細部までは覚えてないんだけどね。知り合い、友人、使用人に領民、国、挙げ句には家族までも『神託』で狂わされて死んだ方がマシってくらいの目に遭わされてたよ。僕はその時のことがキッカケであの子を守ろうって思ったんだ」
足元が根底から崩れるような思いだった。
『付き人』……クロウさんはショックを受ける俺に真実を語ってくれた。
二人が途方もない時を生きていることやそのルーツ、『付き人』をしている理由など、知りたかったことを幾つも簡単に知れたが、その『付き人』が語ったのはムクロの半生。
ありとあらゆる知己だけに留まらず、親兄弟すらも神によって操られ、死なないからと遊び半分で凄惨な拷問を受け、本来の人生、境遇を尽くねじ曲げられたこと。
当時のクロウさんには大した力がなかったせいでその土地から逃がすことくらいしか出来なかったこと。
死なないのなら寝ていた方がマシだと判断したらしく、自らの意思で海や火山に身投げし、長らく意識を消失させていたこと。
その後は色々あって〝心〟を取り戻したが、今も尚、その過去に苛まれていること。
「だ、だからムクロはっ……ふっ……ざけんなよっ! お前は何をやってたんだッ!!」
思わず立ち上がってまで怒鳴ってしまった。
全身の血液が一瞬で沸騰し、訳もわからず勝手に震えてくるこの感じ……ライ達に怒った時以来だ。
持っていたティーカップは割れ、バルコニーそのものから部屋、果ては城の壁にまでヒビが入り始めた。
「落ち着いてよ」
「落ち着けるかッ! 何でっ……あいつが一番苦しんでる時、何で一緒に居てやれなかったんだっ……!」
出来るならその時、俺が隣に居てやりたかった。
俺が一番苦しい時に居てくれたのはムクロだ。
その俺が。
助けられた俺が何であいつを助けてやれない?
全ては過去、終わったこと。
そうと割り切るには情報が多すぎる。
「……あんたが俺に嘘を付く理由がない。全部事実なんだろうな……だが、本当に何でそれだけのことを知っていながら助けられなかったんだ……何でそれだけの力がありながらっ……!」
周囲の物を何らかの固有スキルで修復するクロウさんを見て脱力し、ゆっくりと椅子に座り込んだ俺は静かに訊いた。
「言ったでしょ? 力がなかったんだよ。その時にはまだ、ね」
〝けど、今はある〟
クロウさん……『付き人』は言外にそう言った。
「これで僕のことがわかってくれたかな? 一応言っておくと、あの子の数十倍は同じ経験してるからね僕。こう見えてすっごい虐められっ子なんだから。やられた方は忘れないってことだよ」
俺とは違い、完全に怒りをコントロールしているようだった。
実際、物に当たることもなければ殺意もプレッシャーも感じられない。
だが、何と言えば良いか……その顔と瞳には凄みがあった。
絶対に許さない。
そんな鋼鉄の意思が感じられた。
「君はあの子を守ってほしい。僕が認め、あの子が見初めた男だ。世界の統一だって今の君なら可能の筈。けど、僕は……」
「神の相手で精一杯だから、か……何が世界を治めろだ。俺にその器があるってか。最低でも四人もの人間の足元にすら及ばないこの俺が……? 馬鹿馬鹿しい……!」
俺は忌々しげに毒づくと、獲物を運んでくるフェイ達の機体を見つめた。
あの男なら最強パワーで何とかしてくれる、なんて甘いことは流石に考えてなかったが、一つ強力な手を失ったのは事実。
ムクロも……あんなことを聞いたからには戦争になんか加わってほしくない。
ムクロを守る為にも、ムクロの心の安寧の為にも、戦争なんて下らないことは早く終わらせる必要があるっていうのに……。
現状の駒だけで盤を進めなければならない。
それも、俺の大事な仲間を危険に晒して。
「っ……~~っ……! ……ハッ、俺自身もその盤上の駒ってんだから笑えるな」
考えないといけないことが多い……と、絶望した次の瞬間、俺の肩に誰かが飛び乗ってきた。
「どったのユウ兄。さっきから独り言凄いよ?」
「……居たんなら言ってくれよ。めちゃめちゃ痛い奴じゃないか俺……」
ぐにゅうっ。
背中に伝わってくる小振りなくせに柔らかさだけは本物のそれと「諦めない心エグいなこいつ……」という呆れに今日だけで何度目になるかわからない溜め息を一つ。
「悩み事があるなら聞くよ? 私とユウ兄の仲でしょ?」
「どんな仲だ。後、離れろ鬱陶しい」
「酷いっ!」
アーティファクトや敵の戦力について教える為、リュウとスカーレット、レドにアニータ、その他非戦闘員とフェイの部下三人が魔国に残った。
俺と共に帝国に戻り、戦争に加わるのはメイ、ジョン、エナさんにトカゲ、フェイ含めた四人とその機体……そして、今俺達が乗っているディルフィンだ。
ディルフィンを動かす為に元『砂漠の海賊団』の仲間も居るが、まあこちらは参加しないようなもの。
最強戦力のメイは助かるが……欲を言えばリュウにも居てほしかった。
スカーレットの立場を考えれば戦争には参加出来ないという奴の気持ちもわかる。あの幼女の帝国人並みの狂人っぷりを見るに、一緒に居させて大人しくさせるのが正解だろう。
魔族に対する偏見もないし、俺個人への恨みも特にないし、丸め方次第では本当に仲間になってくれそうな感じもするんだがな。第一、あいつ子供だし。
そこまで考えたところで、自然と子供を戦力として数えようとしていたことに気が付く。
これでは連合と……憎き聖神教と変わらない。
かといって、有望な人材を戦力に充てないのも勿体無い。
理想ばかりじゃ上手くいかないな、何事も。
「……世知辛いな」
俺が小さく呟いた直後、フェイ達が付近まで戻ってきた。
鳥魔物を機体の腕にぶら下げ、三人の部下と一緒に俺達の前で静止する。
『いやー大漁大漁っ、大将ただいまー! 今日は腹いっぱい食べっ……ああああっ、ちょっとアンタ! なにアタイの男に引っ付いてんのさ! この泥棒猫っ!』
「はぁっ!? 誰が泥棒だって!? 大体、誰の男だってぇっ!? もう許せないっ、どいつもこいつもマウント取りやがってぇっ……! ユウ兄っ、あの人ボコすからねっ!」
「おいまたか……」
二人はどうにも熱くなりやすいタチらしい。
メイは甲板から飛び降りると《アイテムボックス》から取り出したエアクラフトに乗って加速。対するフェイは持ってきた獲物を部下達に投げ渡し、装甲の隙間から射出した銀の槍をブンブン振り回して待ち受けている。
それから数秒もしない内に戦争でしか見掛けないような激しい戦闘が始まった。
『シキ氏ー、痴話喧嘩なら他所でやってほしいですぞー』
「俺に言うな豚野郎っ、小麦粉と卵とパン粉に付けて油で揚げんぞっ」
『ぶひぃっ、トンカツは嫌なんですぞぉっ。……では皆殿、船体を右にっ、そこで左舷スラスターの出力を少し強めてくださいですぞ! そうっ、そんな感じそんな感じ! オーライですぞー!』
拡声マイク越しにいつも通りの軽口を叩きつつも、二人の喧嘩が危ないことはわかっているようで、ジョンはディルフィンの船体を僅かに傾けさせ、距離を取っていく。
「怪我ぁすんなよ二人共ーっ」
『わかってるよっ、させないから安心しな!』
「誰がっ! ふんっ、大丈夫だよユウ兄っ、ちゃんと手加減してあげるから!」
『あぁ!? 何だってっ!?』
「何さっ!」
「……程々になー」
訓練になるから喧嘩は良いんだが、フェイ達の機体が傷付くのだけは避けたい。人間と違って直すのに時間が掛かるし、直せるのはフェイ達だけなんだから。
『うわぁ……またやってるよ隊長……』
『あれで何度目? いっつも負けるのによくやるよねー』
『……あ、シキ様っ、お土産ですっ、誉めてください!』
部下達も隊長の戦闘狂っぷりと乗せられやすい性格には少し引き気味だった。
「おう、よくやった。見てたぞ。……そういやお前ら、ディルフィンの改修はどんな感じなんだ?」
『えっへん』
『八~九割方終わってますねっ、帝国に付く頃には間に合うかと!』
『前線に出るのが私達だけなら現時点でも問題はないんですけどね』
「そうか。いつもすまないな」
『『『いえいえ』』』
三人の機体は甲板上に鳥魔物の死骸を下ろすと、人間みたいに手を振って答えた。
フェイ達が古代技術のエキスパートで助かった。
まあ本人達は「自分達の使う物は自分達で整備出来なきゃ一人前とは言えない」なんて言ってたし、『天空の民』からすれば当たり前なんだろうけど、大体どの分野でも深い知識を持ってるのは助かる。
俺達地上人が扱うアーティファクトは旧式も旧式らしいから文句も多いがな。
「準備は万端……さて、後は連合と帝国がどう出るかだな……」
「ホント、今日は独り言多めだねユウ君」
「……あんたも居たんかい」
気付いたら後ろにエナさんが居た。何か延々俺がブツブツ言ってるから声を掛けようかずっと悩んでたとのこと。普通に声掛けろよ。すげぇ真顔だったぞ多分。
『おぉっ!? っしゃあ! 当たったぁっ!』
「いったぁっ……! は、はぁ!? 違うしまぐれだし! 調子乗らないでっ!」
『小娘が一丁前の口を聞くからそうなるんだよ!』
「こんのぉっ、人が加減してればっ……食らえ!」
バチバチバチィッ!
凄まじい放電音と光に思わずビクつく俺とエナさん。見れば、『あっ、ちょっ、それは卑怯っ……ぎゃあああっ!?』とフェイが悲鳴を上げて墜落していた。
「へへっ、V! またまた勝っちゃいましたぁ! ざーこざーこっ!」
メイがどや顔で両手ピースしている。
反対に、目を回してるらしいフェイの元には部下達が『あぁもうっ、またぁっ?』、『飽きないなぁ隊長~』、『これから解体があるっていうのにっ……』などと、口々に愚痴りながら拾いに行っている。
能力的にはやはりメイが最強格……
俺の防具も魔法は弾けても固有スキルで生み出された電撃はどうにも出来ない。
ゼーアロットのようなイレギュラーさえ居なければメイが今回の戦争の鍵を握るだろうな。
俺は……またライ達を抑えれば良い。
ライ、マナミ、ミサキ、聖騎士ノア、白仮面野郎にゾンビ早瀬……。
次こそ誰か一人くらいはぶっ殺してやりたいものだ。
密かにそう思った俺は何やら真剣そうに、けれど不安そうな顔で見つめてくるエナさんの肩を叩くと、フェイ達が狩ってきた鳥魔物の解体作業に取り掛かるのだった。




