第226話 真実
後半、楽しくなって止まらなくなってしまった……しかしっ、後悔と反省はしてないっ( ・`д・´)
「この際だ。答えられる範囲で全て話そう。……何から知りたい?」
開口一番、ムクロはそう問い掛けてきた。
魔王らしい不気味な造形の王座に偉そうにもたれ掛かり、足を組んで座っており、大人っぽい黒ドレスのスカートから伸びている生足がいやに艶かしい。
対する俺達というと……
当然、拘束されていた。
俺は腰に左腕を回されて腹ごと、エナさんは両手両足を頑丈そうな金属製のロープでぐるぐる巻きにされ、芋虫のように這わされている。
そんな俺達の後ろでは意識を取り戻したリヴェインも居る。
首に当てられている抜き身の剣がひんやりしていて何処か薄ら寒い。流石の優貴族でもお怒りらしい。
しかし、あくまでムッとしながら剣を当てている程度で、これといった言及もなければハッキリとした殺意もなく、寧ろ周囲で殺気立っている兵達を抑えているくらいだった。
他の四天王っぽい奴等も居る。と言っても二人だけだが。
一人は低い身長と貫禄的に恐らくドワーフだろう。
まあ、それにしては細身過ぎるし、よぼよぼの爺さん過ぎる気がしないでもないが。……うつらうつらしてる。え、まさか寝てんのかあれ。
もう一人は牛みたいな角の生えたゴスロリ系の少女。
つるペタのくせに露出が多い。それと、しれっと《魅了》を使ってきている。ムクロのを先に食らってるからか感覚でわかった。【抜苦与楽】で無効化すると向こうもそれを察知したようで、「お?」みたいな顔をした後、何やら興味深そうに俺を見つめてきた。
今のところ三天王なんだが……もしや『付き人』が最後の四天王か?
「……ねぇユウ君、質問の前に言わせて? 私の固有スキルって敵意や戦意を失くさせるだけで拘束や処刑は結構簡単に出来るんだよ。例えば何も知らない人にこの人を縛れって言ったりとか目隠しした人にギロチンを下ろさせたりとかさ」
四天王達の怒り、眠気、愉悦の視線を一身に受ける中、俺が余計なことを考えているのがわかったんだろう。エナさんが恨めしげなジト目をしながら言ってきた。
「わかってる。マジですまないとは思ってる」
これで殺されたら化けて出るからね……と脅しのようなことを言われつつ、何とか体育座りの体勢をとる。
「あー……ムクロ? 質問もあるけど、先にこの拘束をだな……」
「極刑ものの大罪を幾つも犯したお前達を何も言わずに生かしている時点でかなり優遇されていると思うが?」
意地悪そうな笑みを浮かべながらだったが、ムクロとは思えないほどまともな回答が返ってきた。
「うぐっ……じ、じゃあさっきの感動の再会は何だったんだよっ」
「それは邪魔したこの者らが悪い。だが、役割や責務を果たそうとした者を処罰するのは王のやることではないだろう」
またまた至極当然の回答。
しかし、俺は覚えている。
ムクロは以前、王族ではないと言い切った。嘘を付くタイプでもない。
その上でこの発言だ。
思わず睨んでしまう。
「王じゃないっつってたろっ。貴族だってっ」
「あぁ、元を辿ればただの貴族さ。しかし……長寿の魔族と言えど、数千年の時が経てばものも忘れる。世界が過ちを忘れ、今また争いを始めようとしているように……私は紆余曲折経て王などと祭り上げられたのだ」
吠える俺にそう返したのはムクロであってムクロじゃなかった。
いつもなら気怠そうにしている瞳は時折見せる〝芯〟のあるものへと変わっており、気付けば背筋も伸ばされている。
何かを憂うような顔は悲哀に歪んで俺を惑わせ、過去何度も感じた気品や自信、器とも言うべき気概は成る程王故のものかと合点がいった。
「王族じゃない……王、だと……?」
「そうだ。全く……人の苦労も知らないでよくもまあぬけぬけと言う。私がどんな思いで……!」
そこまで言ってハッとしたムクロは口をつぐんだ。
「またそれかっ。お前はそうやって、いつもいつもっ……」
こちらも言葉尻が強くなりそうになるのを何とか堪える。
言えないことがあるのはまあ良い。姐さんの予言と同じだ。さっき言っていたように、答えられないことに抵触しているんだろう。
無理にでも訊きたいところだが、何とか……何とかその意思を抑えた。
「……俺が原因みたいな言い方は止めろ。大体、南に用があるんじゃなかったのか? 何故ここに居る、何で急に居なくなったっ」
俺が知りたかったのは血筋や魔王家の始まりなんかじゃない。
何故、俺を探していたか、その理由だ。
今思えば、出会い方からして妙だった。
ジンメンや『崩落』を圧倒する〝力〟を持っていながら行き倒れていたこともそうだが、俺と出会ってから何だかんだで離れようとしなかった。
リーフ達やレド達の街のことで疲弊した俺を助けてくれた。
シャムザでも悪意に飲まれそうな時も、悪意に染まりそうな時も俺を癒し、耐えさせてくれた。
古代遺跡やアーティファクトを見た時の反応も……
俺が目的だったなんて、そんな素振りこそなかったが、今ではそれすらも怪しい。
それらは何もかもがムクロは【不老不死】の魔王であると言っていたようなもの。
決定打は古代史の遺跡でのこと。
姐さんの固有スキルを弾き、認識を阻害する妙な遺跡……魔物や人々といった古代の歴史らしき何かが刻まれた壁画の遺跡に行った時のあの反応だ。
あの時、ムクロは壁画を見て泣いた。何かを思い出し、俺を何度もさん付けで呼んだ。
そうだ。
ムクロは以前から俺をさん付けで呼ぶ時がある。
あれは俺とよく似た誰か……俺じゃない誰かと俺を重ねていたんじゃないか?
俺じゃない誰かを探して俺と出会い……心を開いた。
そう思えば幾分か納得がいく。釈然とはしないし、モヤモヤもするが、わからなくもない。
「何故? お前が魔王に会うと言ったからだ。時が来た……そう思ったのだ。元々の目的である人族の国やその土地柄、人々の思いを知ることも出来た。だからこそ、少しずつ世界が動き始めたのを見て遊んでばかりいられないとも――」
「――何が時が来ただっ。これまでのが全て遊びだったとでも!? 王ともあろう女がっ、無防備に護衛も付けず世界をふらふらしていたってぇのか!」
段々と白熱していく俺達を落ち着かせようとでも思ったのか、俺が声を張り上げたタイミングでリヴェインが手を上げながら割って入ってきた。
「失礼。……陛下、不躾ながら私にも発言と質問をお許しいただきたい」
「む、リヴェインか。……良いだろう」
「感謝致します」
優雅な動作で獲物を納め、かと思えばビシッと指を向けられる。
邪魔をされた怒りが湧きこそしたが、お陰で少しだけ冷静になれた。
小声で「おち、おちっ、落ち着いてユウ君っ、死刑になるってっ、ほら私の胸とお尻好きにして良いからっ、今は落ち着いてっ?」などと言ってきているエナさんにも気付き、「あのなぁ……俺を何だと思ってるんだ?」と返す。
「え、考え無しのバカ……あっ、いやっ、弟……ん、んー……ご主人、様……?」
何故か疑問系で返ってきた。
前々から思ってたけど、この人も結構ズケズケ言うよな。この脱力させてくる感じが今は助かるけども。
「こやつとはどのようなご関係で? 友人程度に思っていましたが、やけに親密な間柄のご様子。もしや彼は……?」
何やら話していたリヴェインに意識を戻す。
言葉や態度の端々にやはり少しトゲがあった。
聞けば近衛騎士団の隊長らしいし、夜襲を仕掛けてきた賊相手に足蹴にされてまんまと気絶してしましたは切腹ものの屈辱だろう。騎士の鑑みたいな良い奴だからそこは俺も良心が痛む。
しかし、ムクロが何とも気まずげな顔で頷くと、途端に顔色を変えた。
「貴様あああああぁっ!!! 仮にも魔族がっ……平民如きが貴き王族に手を出したのかッ!!」
主に悪い方向に。
ザンッ! と空気を裂く音と共に強烈な殺気、刀身が首に叩き付けられ、動脈に触れた。
熱のような痛みが走り、致命傷ではなくとも結構な量の血が流れ始める。
「……どうした? 何故殺さん」
「殺せぬわッ! 少なくともっ……わ、私の一存ではっ……!」
「ユウ君、ユウ君? な、な、何で挑発するのかなっ? かなっ? 止めてっ? 現在進行形で寿命が縮んでるよ私っ?」
わなわなと震え、怒りを露にする様子はまさに騎士。
ぷるぷると震え、ドン引きの表情で俺を見てくるメイド。
後者は兎も角、どうやら触れてはならない琴線に触れてしまったらしい。
「おのれっ……おのれっ、自分が許せぬっ……! この狼藉者の所業を見通すことが出来なかった自分がっ……ぐっ、おおおおぉっ……!!」
一人で叫んで一人で喚いて一人で悔しがっている。
思った以上にやべぇ奴だった。いやまあ冷静に考えれば琴線に触れたどころか土足で踏み抜いてベロ出しながら尻叩いて見せたようなもんだし、当たり前の反応ではあるんだけども。
しかし、その怒りが一つの真実を俺に教えてくれる。
「ハッ、その反応……俺の仲間を捕らえられなかったな? 四天王が聞いて呆れるぜ。素人の突入をおめおめと許し、加減していたとはいえ簡単にやられ、挙げ句協力者は一度停止したにも拘わらず取り逃がす……『付き人』が知ったら何て言うのかねぇ?」
僅かな会話で俺がリヴェインの人柄を察したように、向こうも俺の人柄を理解した筈。
仲間を大事に思う俺の心を知った上でディルフィンへの言及は一切なかった。
ならば、素直というより愚直なこの男はディルフィンを逃がしてしまったことになる。
「失態失態失態……ありゃ? この国の近衛騎士のお仕事は棒立ちになってることかい?」
ムクロの手前、死刑は無い。だからこそ安全なところから石を投げられる。
にしても良かった。皆が無事とわかって安心した。
なんて和んだのは俺だけで、エナさんはまたまた目玉が飛び出しそうな勢いでツッコミを入れてきた。
「ちょおぉいっ、だから何で挑発してんのユウ君さんっ!? 謝って!? ほら謝って!? ひいいぃっ、この人、青筋浮かびすぎて顔真っ赤だよっ、肌黒いのにっ。はち切れそうだよもう止めてっ!?」
俺の悪ふざけを受けたリヴェインはエナさんの言った通り、リヴェインは今にも血の涙を流しそうな血走った目で俺を睨み付けてきている。
「……陛下、こやつの首を跳ねても?」
静かにそう呟いた。
「ダメだ。私の男だぞ」
静かに返された。
「ぐぬぬぬっ……!!」
余程悔しいのか歯軋りが凄い。剣を握る手から流血もしている。
その憎悪の視線だけで人を殺せそうだ。
「おお怖い怖い。騎士様、許してちょっ」
俺とムクロの間を邪魔したのがムカつくので取り敢えず煽ってみた。
「私はユウ君が怖いよ! どうかしてるって!」
「コロス」
「ダメだと言っただろう。シキも……その辺にしておけ。この男の家系は代々こうなのだ。彼の忠誠心を思えばこそ、無下には出来ん」
エナさんはおろか、ムクロにまで呆れ顔で注意されてしまった。
四天王らしきドワーフ爺さんやゴスロリ少女には大ウケしてるんだけどな。
「ほう……こりゃあ陽気な若者がきおったわい。お陰でお目々パッチリになってしもた!」
「きゃははは! ここまでリヴェ君をバカにした人初めて見たし! 面白っ……っておいお爺ちゃんどさくさに紛れてどこ触ってんだよっ!」
「ふごぅっ!?」
……あのドワーフの爺さん、とんだスケベ爺じゃねぇか。ゴスロリ少女の尻触ってアッパー食らっとる。
因みに他の兵達は「な、何て恐れ多い……!」、「リヴェイン様がお怒りだっ……」と青い顔をしていた。
ガキみたいだけど、良いパフォーマンスだと思ったんだがな。
「へいへい……ただし、この拘束は解け。俺はお前に会いに来たんだ。誰が何と言おうと……例えここで死んでも逃がさねぇ」
今度は俺の方も全力の殺気で答える。
《威圧》も使った。
格下である兵達は続々とその場にへたり込み、床にヒビが入っていく。
しかし、当のムクロは台詞の方に頬を赤く染めるだけで何処吹く風。四天王の三人も顔色を変え、咄嗟に獲物を構えたり、唸る程度。
やはりムクロは俺より圧倒的に強く、四天王は同程度らしい。
「うぅっ……な、何かユウ君、以前のユウ君に戻ってない……? ムクロさんやルゥネ様の影響で元の性格とヤバい性格が混ざっちゃったみたいだよぅ……」
相変わらず震えながらだったが、エナさんから指摘があった。
案外的を得ているかもしれない。
以前の俺ならフェイやエナさんに手を出すことはなかった。他の女にもだ。
こういう暴力沙汰も、強引な手も、自ら提案なんてしない。
それがどうだ。
戦力もまともにわからない城に大した理由もなく突っ込み、仲間を危険に晒した上、自分は安全だからと子供のように煽り続ける。
ムクロや姐さん達が俺を立ち直らせ、ルゥネの狂気や価値観が〝同調〟と〝侵食〟で混ざった。
〝同調〟直後は自己を保っていたが、少しずつ少しずつルゥネの心が溶け染み、それが今こうして表に出てきている。
そんな感じがする。
あいつは闘争心に引っ張られて出てくるくらい性欲が強かったからな。
そういった欲も俺のものと統合され、価値観が変わったせいでセクハラ染みた言動への自制心や常識という枷が取り外されたんだろう。
「解けムクロ。それとディルフィンを呼び戻す。攻撃はさせるな」
強く睨みながらそう言うと、ムクロは緩んだ頬を引き締め、「……拘束を解いてやれ」と小さく呟いた。
「は……?」
リヴェインが硬直したように聞き返し、兵達の中にどよめきが走る。
「解いてやれ」
「し、しかし陛下っ」
「三度も同じことを言わせる気か?」
「くっ……!」
兵の数人が悔しそうにするリヴェインの前を横切って近寄り、俺達の拘束を解いた。
「全く……後でその尻揉みしだきまくるからな……」
四肢ならぬ三肢を伸ばしながらボソッと言った直後、ムクロは顔を真っ赤にして尻を押さえ、エナさんには「あ、フェイさんも言ってたけど、あれホントに私だけじゃなかったんだ……」などと言われた。
「何て破廉恥な男だっ……」
「ほほっ、こりゃあ気が合いそうだ小僧だことっ。ほれ、尻からこの娘も中々じゃぞ?」
「ウチそういうの好きだよ~☆ 今度ウチと……おいコラジジイっ、だから触んなっての!」
「ふぎゃっ!?」
全員に聞かれていたようだ。魔族だもんな、元間諜だもんな、耳良いよなそりゃ。
「…………」
「は、恥ずかしがるなら言うなっ」
「ユウ君のそういう反応は珍しいねー……」
二人の女にまで言われてしまった。
そんなこんなで翌日。
幾ら王命でもこの対応はどうなん……? と待遇改善を要求した自分でも思いながら朝を迎えた。
城の突撃跡の前には既にディルフィンが停留しており、瓦礫の撤去、復旧作業が行われている。
「「「あのさぁ」」」
「……言うな。お陰で狙った通りの効果は出てるんだ」
『そんなげっそりした顔で言われても説得力ないよ大将』
『『『そーだそーだっ』』』
リュウ、メイ、アニータからのジト目が痛い。
フェイとその部下達からの無機質なゴーレムのモノアイが痛い。
仕方ないだろ、寝られなかったんだから。それを言うならムクロに言ってほしい。……後、何故か混ざってきたエナさんにも。
とはいえ。
俺のおふざけに翻弄されこそしていたリヴェイン含め魔族達だったが、ディルフィンの機動性には一様に肝を冷やしていた。
今現在も太古の歴史を知るムクロがツヤッツヤの顔でその恐ろしさや飛行速度などをレクチャーしているくらいだ。
「そのゴーレム……あー、『フルーゲル』って言ったか? そんな器用なことも出来るんだな?」
『露骨に話題逸らしたね』
『露骨露骨』
『そりゃそうですよ、本来は天空城や天空島の補修作業用のMMMですし。これくらいお手のものです』
衝撃の事実。銀スカート改めフルーゲルは戦闘用のものじゃなかったらしい。
「へぇ……にしては強力な兵装が幾つも……あぁ、統一規格だからどの機体でも扱えるのか」
言いながら気付き、フェイが正解だと頷いて見せる。
『そーゆーこと。特にアタイ達のは飛行特化の機体だからね。昔と違って空中戦が主流になった今じゃ大活躍さ』
こうして話している間にもフェイ達の操るフルーゲルはてきぱきと瓦礫を取り除き、魔族達が用意した代用品を使って城を直している。
驚くなかれ、ホバリングしながら、である。
少し風圧は感じるが、全機が静かに浮いたまま作業に徹している。
特にフェイ。他の隊員が撤去や資材を持ってきたりする中、一人だけフルーゲルの巨大な指でレンガのような紫色の石材を傷付けることなく詰まんで配置、詰まんで配置、そして塗材までもあっという間に仕上げていく。
「す、凄い……」
同じゴーレム乗りとしても感動するレベルらしく、手を握っているスカーレットが「お兄ちゃん、これ凄いの?」と訊いても上の空で「凄いよ、うん、凄い……」とフェイ達の作業に見入っている。
「やっぱりバーシスやアカツキだとキツいのか? シエレンは?」
「いや、多分ホバリングが出来ないだけで作業自体は出来ると思うよ? けど、ここまで精巧な動きは……数ヶ月とか数年乗ったくらいじゃとてもとても……」
とのこと。
フェイ達からはまだ大した情報を聞き出せてないが、この様子だとフルーゲル以外にも『天空の民』専用の機体がありそうだ。
『そ、それより大将? よくアタイ達の乗機を許してくれたね。何か心境の変化かい?』
何やらチラチラと視線を感じる。機体は作業に準じているものの、コックピットの中から俺を見ているらしいフェイからそう訊かれた。
「いや? 今回の作戦が上手くいったってのもあるけど、信頼出来ると思ったからな。見込み通り、良い奴等っぽいし」
自分達の命が賭かっていたとはいえ、フェイ達は兵士。例え死んでも、という気概は持ち合わせている。
にも拘わらず、全員が俺に命を預けてくれた。
冷戦状態だと心得ているフェイ達にとって信頼の築き方は二の次なんだろう。じゃなきゃ、鹵獲した上に陵辱までしてきた俺を慕ったりなんかしない。
ま、立場をわからせたとも言うんだが。
『そ、そっか……なら……ならだよっ? ご褒美に……た、大将の子供とか……ほ、欲しいなぁ……なんてっ』
『キャーッ、隊長言っちゃったー!』
『流石隊長です!』
『抜け駆けはダメですよ隊長っ、強い人の子供なら私も欲しいのにっ……って、あぁっ!? わ、私、急な出撃だったからマテリアルボディじゃんっ!』
五メートル級のロボットに乗りながらキャッキャウフフと戯れている。
リュウ達には「またぁ……?」みたいな目で見られ、メイにはムクロとの関係を知った時のリヴェインみたいな目で見られた。
ちゃうちゃうこれモテ期ちゃう。戦争で価値観とか倫理観狂ってるだけだって。
そう反論したいが、やぶ蛇になりそうだ。黙っておこう。
「本格的な戦争になった時、お前達のような兵は貴重だ。いつ死ぬとも知れん戦場で子供のお守りをするつもりか? それとも可愛い盛りの子供をこの国に置いて戦場に来るつもりか。どんな意図があってねだってきたのかは知らんが、それは許可出来ない」
一応真面目に返し、『えぇーっ……』と残念そうな声を上げるフェイ達に質問する。
「因みに、さっき言ってたマテリアルボディって何だ?」
『ん? あー、えっとね……』
フェイが答えてくれたことを要約すると……
『天空の民』という種族は既に人間を辞めているらしい。
「俺は人間を辞めるぞっ、てか? 俺も辞めた……辞めさせられたけど」
『……何の話だい? 単に長生きする為、技術保全の為に精神体と物質体を造り出したって言ってんの』
曰く、天空島のとある施設には全人間の記憶や人格を保存している媒体がある。
その媒体から疑似人格を造って安全に行動する為の身体がマテリアルボディ。媒体内にある元祖とも言うべき人格がスピリチュアルボディというらしい。
その疑似人格が体験した記憶や経験は記憶媒体に戻った時、元となった人格と統合され、一人の人間として成長すると。
「成る程わからん。いや、わかるけどわからん。じゃあフェイ達がマテリアルボディじゃないってのは? 戦いに出るってんならそのマテリアルボディで出た方が死なずに済むだろ? つぅか生身の身体が何百年も生きられるのか? 元々はただの人族って言ってたよな?」
『随分、質問責めするねぇ……まあ良いや。アタイ達の隊は皆出来るだけ生身の身体で出るようにしてるのさ。じゃなきゃ生きてるって感じがしないだろ? 普段はコールドスリープで保存してるよ。アタイは六百年くらい生きてるかな。皆は幾つくらいだっけ?』
『私三百三歳!』
『うちは五百……五十だっけかな』
『百七十歳です』
『だってさ。若いねー皆は。……ま、元が人族ってのも本当さ。うちの女王みたいなご先祖様は戦争嫌いで延々と戦争してる地上に嫌気が差して空に出たって話だね』
一気に訊いたら一気に返ってきた。
情報が多すぎて理解が追い付かない。
しかし、こんな小難しい話をしていてもフェイは作業の手を休めることはなく、鼻歌交じりに進めている。
「……クソババアじゃねぇか」
ちょっとショックを受けた部分があったので思わず呟いた。何か一人ジル様と同年代の奴も居たし。
『あん? 今何て言った大将?』
『『『『『…………』』』』』
指ドリルを眼前に突き付けられた。
フェイどころか他の隊員からもギュイイィィンッされている。
前面を囲んできた上に目の前で回転している指が怖い。風圧と威圧感が凄い。
「……いや、にしては若い体つきしてたなぁと。顔もほら、皆綺麗で美少女やってるし?」
あまりの剣幕……雰囲気に日和ってしまった。姐さんといい、女に年齢の話は禁句だな。
とは言いつつも。
フェイ達全員の身体が若々しい同年代と遜色なかったのは事実である。
確かにすべすべの肌してたし、張りとか色とかとても数百年も生きている婆さんのそれではなかった。
……まあ同年代って言っても見たことあるのレナとかエナさんくらいだけど。他は歳上ばっかり……
…………。
いやホントに歳上ばっかりだな、今思えば。え……ちょっとこれもショックなんだけど。じゃあ姐さんが最高じゃん。ムクロも綺麗だけど、実年齢ヤバそうだし。うわぁ……。
『ふふんっ、そりゃそうだろうさ。肉体保護の為の改造がされてんだから。寿命だってスピリチュアルボディを使っていれば無限みたいなもんだし、歳なんて概念はあってないようなもんだよ』
俺が下らないことを考えているとは露知らず、フェイは自慢気にそう言うと作業に戻った。他の隊員も同様である。
いやまあ『歳なんて』とか言うんなら「じゃあ何でさっき怒ったん?」という疑問は残るけども。
「えっと……僕も質問良いかな?」
「あーっ、魔族が居る! お兄ちゃんお兄ちゃん! あいつ殺して来て良いっ!?」等と自前の斧を片手に恐ろしいことを宣っているスカーレットを、「いやダメに決まってるでしょっ!? 止めてっ!?」と羽交い締めにしながらだったが、リュウも訊いてきた。
『何だい?』
「いやね? 二つほど気になったんだけど、今フェイさん達は生身の身体なんだよね? 問題はないの? 後、女王……ロベリアさんだっけ? が、ご先祖様っていうのは?」
そこは確かに俺も気になった点だった。
肉体改造と聞くと薬物投与とか検診とか何らかの定期的処置が必要なイメージがある。
『別に問題はないさね。死んだら死ぬだけ。あんたらと同じで歳も食うし、腹も減るってだけだよ。ご先祖様ってのは……んー、何て言えば良いか……バシレーヤ公国には他にも百人くらい太古の時代からの生き残りが居てね。大半の人間は人格と人格を記憶媒体の中で組み合わせてアタイ達みたいな新人類になったんだけど、死にたくないだとか消えたくないだとかの理由で態々生命維持装置を使ってまでこの時代に残ってる老人達のことさ』
また更に衝撃の事実。
『天空の民』の国は公国だった。
じゃああの女王、公王かよ。公国って貴族が納める国のことだよな? なーんか俺の知る公国と概念が違うっぽいな。
……つぅかライはそんな女と寝たのか?
ふと、そんな疑問が浮かび、ちょっと笑ってしまった。
が、冷静に考えて自分も似たようなものかと硬直する。
まあ言い訳すると、ムクロの【不老不死】は不老とあるように、身体が成熟しきったところで歳を取らなくなるというか、年齢という概念そのものを取っ払ったようなもんらしいから実際に若いんだけどな。いや、ホントホント。姐さんのはあんま細部まで見た訳じゃないけど、良い勝負してるし。
『今回の戦争だって懐疑的か反対してた臆病者共でね。時代は変わったっていうのにさ、ここんとこが固いんだよ』
フェイはそう言いながらフルーゲルの頭部をコツンコツンと叩いた。
結局、『天空の民』に関する謎は深まるばかりだったが、俺達の考える種族とは思考も価値観も一生命体としても別次元の生物であるということがわかった。
フェイ達の様子を見るに、特に隠すべき事実でもないようだ。
口振りからして生身なら変わらず他種族だろうと子作りも可能っぽいし、本当にファンタジーな世界である。
俺との子を欲しがったのは……あれかな、強い奴を生みたい的な?
うちの父親も「血統ってのは意外と大事なんだ。教育や周囲の環境もあるだろうけどな」と真顔で言っていた。
馬券片手に競馬実況を見ながら「差せ! そこだっ、差せよ! 差せえぇっ!」とも言ってたが。目が血走ってて我が親ながら怖かった。その後ろでゴミを見るような目をしてた母さんも怖かった。
……ん? ということは……?
俺、種馬扱いかよ……
自分で思って自分で凹んだ。
ま、あ……年齢や身体のあれこれは兎も角、フェイ達のような戦士はルゥネ同様に欲が強いということだろう。
違いを上げるとすれば性欲よりも強さを求めている点。後は……元来、そうポンポンと種を増やす種族じゃないから戦争の気配を感じて種を保存しようと母性本能のようなものが出ている、とか。
だから何度も敗北を刻み込んできた俺の血を欲しがる。
以前、ルゥネにも求められたことがあった。
大いなる血筋はその血を途絶えさせない努力が必要だとか何とか。
あの時は笑ってビンタして躱したが……戦時になればそうも言ってられないかもしれない。
ムクロは死なないから良いとしても、そっち方面も考える必要があるな。
完全に〝同調〟した今となってはルゥネは俺の半身にも等しい。俺以外の奴に抱かれでもしたら発狂する自信がある。
「んー……にしても子供……子供かー……何だかなぁ……」
何とも感想に困った俺は今後のことを考えながら呟いた。




