第225話 【不老不死】の魔王
遅れてすみません!
俺達が決死とも言える特攻を仕掛ける十と数分前。
日は沈み、魔族と言えど、夜行性の種や見張りの兵以外、魔都の誰もが寝静まった頃だ。
闇夜に溶けるような灰色の改造巡洋艦……ディルフィンは魔都を目指して一直線に飛行していた。
そのブリッジ内にて。
『結論から言う。城上部に船の先端をぶっ刺して止まれ。速度が付き次第減速を開始。以降は――』
艦内放送で今作戦の概要を説明していると、再び驚愕の声が上がった。
「――えええぇ!? 突っ込むって城に!? 比喩表現とかじゃなくて本気で突撃する気だったの!?」
「し、正気を疑いますぞ……」
出所はエナさんとジョン。
揃ってムンクの叫びみたいな顔とポーズで絶望している。
「……あのな、態々向こうの陣地内で停まって降りてけってか? んな悠長な事してる暇があるか。俺と同等の奴が最低でも四人居るんだぞ。魔王を含めりゃ五人だ。バカ言うな」
幾らメイが居るとはいえ、無茶が過ぎる。
「言ったろ。正門がダメなら正面突破。無茶がダメなら無理で通す。時には強引さが必要なんだよ、こういうのはな」
「良いこと言ってる風に滅茶苦茶言ってるの気付いてるのユウ兄……?」
「しかもその無理をする理由が女の人っすからね」
「ムクロさんもビックリでしょ」
「「…………」」
メイ、レド、アニータにまでグダグダ言われた。
因みにトカゲはキラキラした目で俺を見てきていて、フェイは何故か赤面しながらチラチラ俺を見てたりする。
反対派は兎も角、何なんだこいつらは。いやトカゲはわかるけども。争い大好き帝国人だからな。だが、フェイの反応がわからん。どういう感情なんだか。
「俺に付いてくるのはエナさんだけで良い。他はディルフィンの警護。特にメイ。お前はこの船の最強戦力だ。残れ。リュウは……変わらずそいつのお守りだ。そのじゃじゃ馬を黙らせててくれ」
一先ず全ての意見や反応を無視してメンバーを選抜。当てられたエナさんは「え゛っ゛」と自分を指差して硬直し、メイには「えー……また留守番なの?」と不満げに言われた。
リュウとスカーレットは「酷い言い様だね……」、「じゃじゃ馬ってなーに?」と溜め息をつく&首を傾げている。
「それも含めて説明する。良いか? 纏めるとこうだ。今さっき言ったようにディルフィンで城に突っ込み、俺とエナさんはその穴から突入。以降、ディルフィンは急速離脱。城からの迎撃や追っ手があればメイやフェイ達が対応。なかったら魔都から全速力で逃げ続ける。……わかったな? メイの固有スキルなら魔障壁内からどんどん攻撃出来る。なに、突撃自体は数分で終わる。簡単だろ? 危険なのは俺くらいさ」
エナさんに「いやいやいやいや……私は? ねぇ私の安全は?」と涙目で肩を揺らされたので、「あんたは固有スキルで攻撃されないだろ。肉壁だ肉壁」と返しておく。
「横暴だぁっ、うわああぁんっ」
等と喚かれたが、無視した。
「え、えーと……ディルフィンで突っ込む必要はあるんすか……? 魔王軍の傘下に入るにしろ、入らないにしろ、敵意を持たれないやり方の方が良いと思うんすけど……」
レドから尤もな疑問が挙がった。
ぶっちゃけ突っ込む理由は無い。
精々が城の耐久性がわからないのと向こうの警備に混乱を与えたい程度だ。
小型とはいえ、空飛ぶ船が城に突っ込んできたら指揮系統も何も無くなる。
どんなに優秀な奴だろうと姐さんのような未来予知能力でもなければ予測も不可能。対応が遅れるのは間違いない。
だが、それらを長々と説明する気はない。
その為、俺の中で最も強い根拠を挙げた。
「インパクトさ。敵対するしないに限らず、向こう側に『何をするか予測が付かない連中』だと思わせる。自らの危険を省みず特攻を仕掛ける集団だぞ? 味方なら頼もしいし、敵なら怖いだろ」
「うー……ん……?」
「…………」
微妙な顔をする奴半分、成る程と頷く奴半分と綺麗に分かれる。
取り敢えず続けていく。
「魔導戦艦の有用性や脅威を伝えたいというのもある。俺としてはムクロの所属する勢力なら入りたい。あいつが城に居るのは確定してるからな」
監禁されてるんでもなけりゃ城に居る理由は一つ。その監禁もムクロの強さを考えればあり得ない。
もし仮にムクロとの再会に失敗ないし、入った瞬間殺される等の結果になったとしても、少なくとも魔導戦艦一隻をムクロの居る勢力に与えられる。
情報も船も手に入る。つまり、今後に繋がるということ。
俺は例え自分が死んでも……皆を死なせてもムクロの為になる行動をとりたい。
……ま、心中紛いのことでも誰一人死なせるつもりはないがな。
「目的の為なら〝死〟すら厭わないという覚悟。俺に付いてくるってんなら、それが必要だ。少なからず、皆にその覚悟を持ってほしいとも思っている」
種族間戦争の始まりは近い。大陸全土を巻き込む大戦争……俺達がどの勢力に属すにしろ、歴史にも名を残すであろう戦争で死ぬ覚悟すらない奴等が生き残れるという道理はない。
「危険は承知。悪いがわかってくれ。ムクロがあの城に居る時点で、今後始まる戦争から逃げ出すという選択肢は俺の中から失くなったんだ」
皆は今度こそ考え込むように黙り、オペレーター達は無言でディルフィンの加速操作を行い始めた。
それから現在。
『狙いは城の中心っ、天辺普及にあるバルコニーの下! もっと高度を下げろ! まだ高いっ! 操舵手! 正面からだぞっ、掠めて通過ってのは無しだ!』
『くううぅっ、わ、わかってますよ! こんな旧式でっ、簡単に言ってくれちゃって……! フェイ隊長っ!? これ高く付きますからね!?』
『皆さん! 減速準備はよろしいですかな!? こちらが合図したら全力で逆噴射ですぞ!』
『『『おうっ!』』』
艦隊じゃない+ジョンという艦長が居る分、まだマシなんだろうが、艦を動かすというのはどうにも難しい。
うちの船員よりもフェイの部下の方が艦の操縦に慣れていると見越して代わらせたというに、脂汗を滴しながらディルフィンを操っている。
俺が出した降下指示も合ってるのか怪しいもんだ。空中戦からの勘で言ったが……
「っ……気付きやがったっ」
天井から下りてきている望遠モニターの映像が城の様子を映し出しており、城全体に明かりが灯され始めたのを視認。「気付くのもそうだが、対応も早いな……」と思わずニヤついてしまった。
『あ、あんた今笑ったね!? こんな時にっ!』
『状況がわからないなりに最善を尽くそうとしてる奴等を見りゃあ笑いもする! それより、まだなんだな!?』
『まだだよっ! まだ早い! 後少しだけ辛抱しな!』
減速の合図者であるフェイと無線で口喧嘩しつつ、青白い顔でガタガタ震えているエナさんに気付いたので肩を軽く叩いて落ち着かせる。
「落ち着け。多少揺れはするだろうが、減速するんだ。死にゃあせん」
「落ち着けるかっ! しかも突入後は肉壁でしょ!? 寿命が縮むよっ、というか現在進行形で縮んでるよっ!」
目玉が飛び出んばかりの勢いで突っ込まれた。
ブリッジ内なら兎も角、俺達が居るのは甲板。嫌でも実感が湧いてくる。
「くうぅっ、玉の輿だと思ったのに! お手付きしたくせに! くうぅっ、くううぅっ……!!」
涙目で俺の背中を殴りに殴り、悔しそうに泣くエナさん。
この世界の平民の誰もが持つ夢である安定した生活には後少しだとでも思ってたんだろう。
「残念、後二年と四ヶ月くらいは早いわ」
「やけに具体的っ! もうっ、もうっ……! 最悪の主人だよもーっ!」
牛かな?
「くくっ」
「うぅっ……わ、笑うなぁっ」
「悪い悪い」
少しは肩の力が抜けたと判断し、ブリッジに無線を飛ばす。
『フェイっ、まだかっ?』
『あ、後少しっ!』
先程よりも緊張した声が返ってきた。
俺の背中に抱き付いてまで震えているエナさんが小声で「後少しって何さっ……っていうか信用出来るのあの人達はっ?」などと訊いてくる。
「大丈夫だろ。何たってあいつらにはステータスがない。仮にあったと仮定しても、身体能力を数字化したら全部の値が10以下。頭を打ち付けたりでもしなけりゃ問題ない俺達と違って、少しでも減速が足りなきゃ即死だ。雲泥の差だろ?」
「それはそうだけどっ」
タイミングも強弱もフェイに任せた。
ある程度の役割を与えて俺の仲間になった自覚を持たせたいというのもあるが、自分や部下達の命が懸かった大仕事。是が非でも集中してくれる。
誰がまともな感覚を持ってるか訊いたところ、部下達が満場一致でフェイを推すくらいだ。俺との一騎討ちや人生初だという殺し合いに意識を奪われて雑な戦い方をしただけで本来は緻密な操作技術が売りのパイロットなんだろう。
『大将っ、そろそろだよ! 他の奴等も覚悟決めなっ!』
『『『わぁってる!』』』
『新人が偉そうにしないでほしいっす!』
『そ、そうだそうだ!』
慣れてる自分達よりもフェイの方が信頼された形になるレド達から少し怒ったような声が漏れた。
対する俺は軽く返事をしながら艦首前の甲板に寝転がり、エナさんの肩を抱く。
少々不恰好だが、衝突の衝撃はバカに出来ない。
屈伸みたいに膝をクッションにして耐えるつもりだ。
「こ、怖いよぉ……」
「大丈夫だって」
固有スキルで狙われないということは命のやり取りや〝死〟を予感するあの感覚を知らないということでもある。
そんなエナさんからすれば死ぬかもしれない状況そのものすら怖くて仕方がない訳だ。……そりゃあ泣きもするか。
「悪いな、付き合わせち――」
『――今だよッ! 減速っ、逆噴射!!』
謝ろうとした瞬間にこれである。
「……タイミング悪いな」
なんて呟いたのも束の間、各部位から魔粒子の逆噴射が始まり、凄まじいまでのGが掛かった。
『ゆ、ゆっくり減……っ! ……う……! 少し……上げて……な! さ……調整で……三……噴…………よ!』
マイクを切る余裕まではないのか、断続的にフェイの声が届く。
同時に、完全に硬直してしまってずるずる下がり始めたエナさんの尻に腕を伸ばし、座らせるようにして持ち上げる。
「いやーっ、脇は痛いかと思ったんだけどそっちの方が良かったなっ!?」
「なななななな何でこの状況で平然としてるのこの人ーーッ!?」
Gよりも驚くぐらいの絶叫だった。
「う、煩い……」
「ごめぇんっ!」
強めの耳キンに目を回している内に、三連発の逆噴射……恐らく最後の調整が成され、少しずつ身体に掛かる負荷が弱まり始めた。
『全員衝突に備えなっ! 残り約四秒! 三……二……一……来るよ!』
――ズシイィィィンッ……!!!
最後の衝撃に踏ん張る中、俺は笑っていた。
フェイの奴、常軌を逸した感覚してやがる。
言った通りのタイミングで城に突っ込んだ。
直ぐ様立ち上がって艦首の方を見れば、見事艦首だけが紫色の城に突き刺さっている。
後ろの方はというと、今更ながらにマイクを切り、ブリッジ内で次の指示を出しているフェイの姿や焦った顔で操作をしている皆の姿があった。
「ハッ……」
慣れてない船で、艦のオペレーターはやったことないなんてほざいてたくせに。
「は、ははっ……! あいつっ、良い女だっ」
「怖いよぉっ」
「クハッ、お前もな!」
想像以上の有能ぶりに嬉しくなり、ついエナさんの頭をガシガシと掻き撫でる。
「ぎゃあっ、折角セットしたのに! 女の子の髪は繊細なんだってばぁっ!」
「子っつぅ年じゃねぇだろっ」
「なっ……し、失礼だなぁもうっ、女の子は何歳になっても女の子なんですぅっ」
髪が乱れたことで悲鳴を上げるエナさんの身体を今度こそ脇から持ち上げ、艦首に上がっていく。
既に船体は後退しつつある。
ブシュッ、ブシュッ……みたいな放出音を出しながら離れ始めたディルフィンを背に、露になった城の穴に飛び込んだ。
『よくやったフェイっ、他の皆も! 後は全速力で逃げろっ、死ぬなよ! 上手くいったら宴でも上げようぜっ!』
言うだけ言ったらこちらも無線を切り、紅の刀剣を片手に駆け出す。
外見は薄紫だったが、中は存外普通の廊下だった。
巨体の魔族も居るだろうに人族のものと大差なく、疎らに設置してあるランプが不気味に辺りを照らしている。
「何事か!」
「はっ、正体不明の船が城に突撃した模様です!」
「っ、してその目的は? 何処にあるのだ?」
「いえそれがっ……」
「玉座の間の真上に艦首を突っ込んだ後、逃走してしまいました!」
「な、何だと!? それでは陛下がっ……者共っ、至急陛下のお部屋に!」
廊下の奥からお偉いさんと警備兵達らしき怒号が聞こえた。
背後からもガシャガシャと鎧の擦れる音と何かを探しているような声が届いている。
声も音も反響していたことから発生源は僅かに離れている。
「む、ムクロさんの居場所はわかってるのっ……?」
「……何となくな」
怯えてこそいるものの、割りと普通に付いてこれているエナさんの小声の質問に短く返したところで廊下の角……恐らくだが、城の周りにあった塔内の階段に出た。
見張りの塔兼階段の建物らしい。
さっきの会話からして魔王の寝室は上にあるようだ。
《直感》はムクロが下に居ると言っている。
「っ……」
この感じ、気配もだ。
ムクロは下に……玉座の間で待っている。
「あっ、ちょっ……ユウ君、早いってっ」
最早、音が出るのも気にせず走り出し、階段を一気に駆け下りる。
気が急く。
焦りに似た妙な感覚が俺を襲う。
幾度となく殺し合いをしてきたが……
今思えば何処かの拠点や敵地に直接乗り込むなんてことはしたことがない。
それに、敵地と言っても極力魔族は殺したくない。
都の民もそうだし、城の門番……リヴェインとかいう貴族の騎士も悪い奴等じゃなかった。
この国はシャムザや帝国と同じ、俺を否定しない国。ムクロの故郷……出来ればこのまま誰にも会わずに……。
そんな思いは一瞬で裏切られた。
「な、何奴っ!?」
「何だ貴様らは! 人間だと!?」
「急に止まるなっ、何だよ!」
下から上がってきた兵達との鉢合わせ。
総勢で十人以上。人と比べて異形な割に全員が武装している。女らしい奴も居る。一番後ろ……下に居るくせにデカい。蜘蛛人か蛇人だろう。
螺旋階段のような空間だ。当然、逃げ場はない。
「っ、俺に抱き付け!」
「んっ!」
咄嗟にエナさんを抱き寄せ、魔粒子を出して加速。エナさんの【天真爛漫】で牽制しながら押し通る。
「うわっ!?」
「な、何で武器がっ……!?」
「前で何が起きてっ……きゃあっ!」
自分を認識した相手の敵意をゼロにする固有スキル。
集団相手でも有効というのは聞いていたが、やはり強い。先頭の奴等の戦意を削ぎ、獲物を下ろさせた。
お陰でこちらもやりやすい。
悪いとは思いつつも、俺はエナさんを前面に出しながら警備兵達を蹴り倒し、足場にして通り過ぎた。
「うぐっ……き、貴様ぁっ……」
「いてっ、いてっ!? な、何だぁっ!?」
「うぅぅっ……」
「悪いな、先を急いでるんだ」
「ご、ごめんなさーいっ」
一番前に居たのが蜥蜴人で良かった。巨体というほどでもないにしろ、尻尾で全員を巻き込んでくれた。
「に、逃がすか!」
「おっと」
「ひゃあっ!?」
アラクネから糸らしき何かが飛ばされ、飛来してきた。
幸い弾丸よりは遅い。
エナさんが俺を盾にするのを横目に、魔力を込めて深紅に輝き始めた刀剣で斬り払った。
「何っ……!? 熱いっ!?」
「目眩ましに使えるかっ……!? エナさんっ、目をっ」
「わかった!」
廊下も階段も、明かりはランプのみ。目もどちらかと言えば暗闇に慣れている。
ならばとエナさんに声を掛けた後、熱に驚くアラクネの前に炎の剣を形成して見せ、思い切り爆ぜさせた。
「「「うぎゃあっ!?」」」
爆発と言っても威力はない。しかし、視界いっぱいに突然炎の壁が現れれば驚きもする。
その隙に再び駆け出し、玉座の間を目指す。
「…………」
「……ゆ、ユウ君、焦らないで。大丈夫だよ、ムクロさんだってきっと……」
「わかってるっ……わかってるさ」
俺の様子から何を悟ったのか、心配そうに覗き込まれた。
この人も俺を受け止めてくれた人だ。わかるか。
「えぇいっ、見張りは何をしていたのだ!? 何故賊を捉えられんっ、既に侵入されているのだぞ!」
「申し訳ありませんっ、空からいきなりっ……」
「言い訳は良いっ! 兎に角、陛下の安全を優先しろ!」
「はっ!」
何処からか、リヴェインの声が聞こえてきた。
その後も、「一度止まったのだろうっ? 何故追い付けない!」、「何っ、陛下が部屋にいらっしゃらないだと!?」などなど、流石の魔王軍でも混乱している様子を実況してくれている。
聞こえてくる方向は時折あるガラスすらない窓か、何度か通り過ぎた廊下か、残念ながら反響が強すぎてわからない。
しかし、気配は下。眼前に広がる闇の先だ。
「チッ……嫌な奴と会うなっ、強い奴だとわかっているだけマシとはいえ……!」
「ぁっ、これヤバい気配っ……」
エナさんも何らかの感知スキルがあるらしい。暗い中でもわかるくらい顔を青ざめさせている。
しかし、言ってても仕方がない。
右肩に装着したマジックバッグマントに刀剣を突っ込み、代わりに音響閃光弾……所謂スタングレネードを取り出す。
向こうの世界に行った時に得た土産の一つだ。こっちの人間には大して効かないだろうが、さっきと同じで一手二手行動を遅らせるのには役に立つ。
「むっ……!? 上から何か来るっ! 全員っ、構えぃっ!」
バレた。
不味い、スピードが出過ぎた。止まれない。
「エナさんっ、今度は耳も塞げよっ」
「ああもう忙しいなぁっ」
言うや否や、リヴェインと他警備兵の群れの前に飛び出る。
「なっ、君は確かっ……」
などと驚く不気味な優騎士に向かって、タイミングバッチリのスタングレネードを投げ付けた。
「何をす――」
「「「――ぐあぁっ!?」」」
瞬間的な強い閃光と音。
混乱と賊との遭遇、見慣れない兵器……。
これには揃って悶絶し、騎士達は全員が目や耳を抑えて蹲った。
唯一、ただ一人を除いて。
「っ、そこを退けリヴェイン卿! 殺したくない! 俺はムクロに会いたいだけなんだっ!」
他が苦しんでいる中、リヴェインだけは目を瞑ったまま耐えている。
膝立ちで軽く目を擦り、立ち上がって抜剣までしている。
「ちぃっ……」
再び刀剣を構え、エナさんを下がらせる。
【天真爛漫】の発動条件は対象の視界に入ること。要は視覚による認識。
この場合、エナさんの力は使えない。
「……そのムクロという者が誰なのかは敢えて問うまい。しかし、これは立派な罪だ。騎士として見逃す訳にはいかぬ……!」
結局こうなるのか。
そう思った次の瞬間、俺は擬似縮地で飛び出し、刀剣を振るった。
――ガキイイィンッ!!
剣で軽く受け止められた。
「くっ……!」
なんて声を漏らしているが、互いの震える手と獲物は火花を散らせこそすれ、押すも引くも出来ていない。出来る気配もない。
片手対両手というハンデはあれど、俺を止められるのは強者だ。少なくともライや撫子、アリス並み。
「流石っ、強いな……『千人殺しの黒夜叉』君は……! 噂に違わぬ力よっ」
「それに耐えている男がっ、よくもほざくっ!」
ギリギリと互角に鍔迫り合いを続けていると、周囲の兵達が立ち上がり始めた。
時間にして十秒もなかった。
四天王とやらがどんな役職なのかは知らないが、十秒以内に下せる相手じゃない。手段は選んでられないらしい。
仕方ない。
俺は《狂化》で鍔迫り合いの拮抗を崩しに掛かった。
「ぐぉっ!? な、何故そう急くっ! 陛下には会えるのだぞ……!?」
必死の制止の声。
何故かそれがトリガーとなって、俺を怒らせた。
「魔王なんざ知るかァッ! 自分の女に会いに行くのにっ、理屈は要らねぇだろッ!!」
「うぐっ……」
《咆哮》を使った心の叫びに抵抗が一瞬緩み、力が完全に腕に集中した。
その瞬間、《縮地》で床を蹴り、壁に向かって突進。リヴェインを背後の壁にめり込ませた。
「がはぁっ!? がっ、はっ……こ、これ以上は極刑だぞ、シキ君っ……!」
「《縮地》にはこういう使い方もある。……悪いな、これでも本当にすまないと思ってるんだ」
こんな状況だというのに、怒りもせず、諭そうとした。
その姿勢は認める。強い男だ。騎士そのものだ。
だが俺は間髪入れずに膝蹴りでリヴェインの顎を打ち抜き、意識を奪った。
撫子がそうだったように、脳を揺らされれば歴然の戦士でも気絶する。
「……エナさん、先を急ぐぞ」
「ひえぇ……うちのユウ君強過ぎでしょぉ……!」
兵達が完全に復活するまで後数秒。
俺達はまた駆け出した。
タッタッタッ……!
ひんやりとした空気が漂う廊下に俺達が走る音が反響して響く。
いつの間にか警備兵達の声は聞こえなくなっていた。
全く光景が変わらない。
違うとすればエナさんの息遣いくらいのもの。
「はぁっ……はぁ……はぁっ……」
間諜として最低限の強さはあるとしても、長年メイドをしていた人だ。体力の無さは当然と言える。寧ろ俺に付いてこられていた今までが可笑しかったくらいだ。
しかし、それも後少し。
既に扉が見えた。
兵は居ない。全員、玉座の間には誰も居ないと思って別のところに行ったんだろう。
バタンッと、蹴り飛ばす勢いで巨大な扉を開け、中に飛び込む。
玉座の間はやはりイクシアのそれと非常に酷似していた。
広大な空間、外の様子が透けて見える窓ガラス、幾何学的な壁画や巨大な緑、生け花……それらを照らすランプの明かり。
何処か幻想的だった。
全てが全て見えないのが逆に美しく、不気味。
魔王城。
イメージしていた光景そのもの。
そして、その空間の奥。
中心には巨大なステンドグラスを背に、これまた巨大な玉座があった。
そこに誰かが座っている。
オレンジ色の明かりがその人物を薄く浮かび上がらせ、肩から胸元に掛けて大きく開けた黒いドレス、赤黒い髪と紅の瞳を露にしている。
肘掛けに身体を預け、見下ろすようにこちらを見ていた。
玉座に座れる人間など王族しか居ない。
こんな非常時にそんなことをする意味もなければ、バレたら極刑もの。
こいつならという思いはあったが、思わず上擦った声が漏れた。
「む、ムクロっ……! やっとっ……やっと会えたっ……!」
泣きそうにもなりながら、何とか堪え、震える身体でムクロの元に近付いていく。
「……来てしまったんだな、シキ。そう、だよな……魔王に会いたいと言っていたものな」
ムクロはそう言って、深く溜め息をついた。
「出来れば知られたくなかった。あのまま無邪気に笑っていたかった」
あぁ。
やっぱりだ。
やっぱり……
「来い、シキ。私が……私が魔王だ」
悪魔の囁きにも似た手招き。
身が内から焼けるような思いだった。
漸くムクロと触れ合える。
やっと、ムクロに抱き締めてもらえる。
ムクロは魔王だった。
けど、そんなのは関係ない。
俺はこいつに……この人に会う為に今まで頑張ってきたんだから。
「ムクロっ」
「ち、ちょっとっ……私のこと忘れないでよねユウ君っ」
警戒してくれているらしいエナさんの声で正気に戻った。
ムクロはもう目の前に居る。
じっと俺を見つめた後、チラリとエナさんに視線が移った。
「……はぁ。英雄は色を好むというが……私が認めてない者を隣に並ばせるな」
何やら危ない雰囲気だとは思ったが、杞憂だったらしい。
ただ立ち尽くしている俺の代わりにゆっくりと立ち上がったムクロはふっと優しく微笑み……俺の胸に飛び込んできた。
「会いたかったっ……シキっ」
「お、俺もっ……俺もだよっ……何で急に居なくなるんだよバカっ……」
エナさんの目も憚らず、俺達は静かに涙を流しながら抱擁を続けるのだった。
シキ「……そういや何でここに? こんな時間に何か用でもあったのか?」
ムクロ「昼寝してたら生活リズムが狂った! 何となくボーッとしてた!」
エナ「…………」




