第223話 魔国
すいません、遅れました。ちょいグロ(?)注意です。
その日、現在世界で確認されているものの中でも特別異彩を放つグレーカラーの巡洋艦型魔導戦艦が一隻、魔都付近の丘に降り立った。言わずもがな、ディルフィンである。
ヴォルケニスのような光学迷彩機能はない為、付近と言っても距離はある。メインのメンバーはシキ、ジョン、エナ、トカゲの四人。他は食糧の買い付け兼偽装目的で数人が馬車と共に魔都へと向かった。
ココとは違い、頭から爪先まで鳥人間の憲兵達から検問を受けたものの、冒険者の護衛と旅商人を装った一行は問題なく魔都に入ることに成功。人族を連れていても特に怪しまれたりすることはなかった。
「……今更ながら種族はめちゃくちゃ分かれてるわ、種族間戦争は数百年起きに勃発するわで仲の悪い世界のくせに言語だけは共通してる点について物凄く気になってきた」
「おっとシキ氏、それ以上はいけない。恐らく禁則事項ですぞ」
「いやー、やっぱり人族は珍しいんだねぇ」
「珍しいもんでも見るような目ぇしてやがりやしたね」
ここまで来たら仮面は不要だろうと外したシキと他三人は見渡す限り他種族しか居ない都に田舎者丸出しの反応でキョロキョロしている。
「昨日の村と同じで特に敵意はなかったが、気を付けろよ。人族の中に他種族を嫌ってる奴が居るように、魔族にだって人族嫌いの奴は居る筈だ。何かあったら躊躇なく無線で連絡。良いな?」
「おう。了解だ船長」
「船長はこっちの豚っつったろ。今まで通りで良い」
「へへっ、悪い悪い」
小声でそんなやり取りをしつつも馬車組を見送り、晴れて四人のみとなった。
改めて都を見渡し、魔族でごった返す光景を見やる。
何度か見かけたことのあるドワーフやエルフ、オークに、全く見たことのない鬼人、一つ目巨人といった巨人種から蜘蛛人間、馬人間、蜥蜴人等の異形種、果ては妖精のような羽の生えた小人まで様々な人々が大通りを行き交っており、人族の姿は一切ない。
その為か、シキ達が彼等を物珍しがっているのと同じく注目を浴びていた。
「凄いな、壁歩いてるぞあのアラクネ……」
「露出が激しいですぞぉ」
「おー、足がひぃふぅみぃ……八つも生えてる人居るね! あっ、何あれっ、川っ? 色んな人が泳いでる!」
「ひえぇ……すんげぇ光景……」
シキとトカゲは街並みこそ人族とそれほど変わらないのにブロックで舗装された道ではなく、その辺の建物の壁や屋根を伝っている人々とその文化に驚き、ジョンは下手をすれば胸や尻丸出しで闊歩している女性(?)の魔族を見て恥ずかしそうに顔を隠す。エナはタコのような魔族や付近を流れる大きめの用水路が水棲生物系の魔族の歩道の役割を果たしていることに声を挙げてはしゃいでいた。
全体的に普通の魔物より一回り小さく、目に知性が感じられるのが魔物と魔族の違いらしい。
肌の色や体格、身体の造りそのものが人のそれではなく、魔物のそれなので一見確かな不気味さはあれど、所作や会話は人そのもの。お陰で魔族全体に対する嫌悪感を持ち合わせていないシキ達にはそういった悪感情よりも先ず感動を覚えた。
それが伝わったのだろう。周囲から集まっていた珍妙なものを見るような視線は直ぐ様、都会に出たばかりの田舎者に向けるような、生暖かいものへと変わっていった。
そんな反応もまた、人そのもの。違いがわからないほどである。
「ちょっと待て……よく見りゃ何だアレ。都中にロープを張り巡らして滑車式に人とか物を運搬してやがるぞ」
驚く点は何も人だけではなかった。
都全体が中心に建っている城から下るように建造されており、至るところにシキの言うロープを垂らす為の塔があった。城周辺には風車らしきものもある。
何の用途かと観察していると、雨水は用水路に、発生した生活ゴミは専用の場所へと集めるように造られているのがわかった。
ちょうど主婦のような格好をした、金の短髪がちょこんと生えているだけのオーク魔族が近くの塔の排水溝のような穴に生ゴミと思われるものを突っ込んだところを目撃。シキ達は続く光景にあんぐりと口を開けることになる。
重みがトリガーとなっているのだろう。穴の先にあったらしい箱がエレベーターのように塔の天辺まで上がっていき、ロープを伝って何処かへ運ばれていった。
自動で動くゴミ箱兼それらの自動収集機。
シキ達は心の底から戦慄した。
「おいおいおい……こいつぁ文化の違いじゃねぇ、文明レベルの違いだ。体格とかステータスとか関係ないぞ。頭が違う、知能が違う……。魔法に頼ってないからか……? 人族の数段上を行ってやがる……」
この様子では用水路の水も何らかの自浄作用が働いていて、更には風車で発生したエネルギーを基に凄まじい力で都中を駆け巡っているのではないか。
現代の知識を持つシキとジョンはそう思って放心し、滑車の仕組みや風車の存在意義、その他の知識を持たないエナとトカゲは絶句していた。
洗濯機の役割を果たす、専用の場所もあるらしい。
道端に定期的に見かける円形の排水溝。やはりこちらも主婦らしいゴブリン魔族がその上に覆い被さる蓋をぐいっと上げたかと思えば、洗濯カゴに入ってた衣服を突っ込み、石鹸を投入。少しすると主婦ゴブリンが何もしてないのにも拘わらず、じゃぶじゃぶと中のものが洗われているような音が鳴り出した。
「転生者……か……?」
「ぶひぃ……知識チート持ちじゃあるまいし……例え専門職でもここまで発展させるとなると膨大な時間が必要ですぞ?」
蜘蛛の巣のように都の空を覆う大量のロープは全て計算され尽くしているのか、塔の高さやロープの張り具合、角度まで調整されていて全て淀みなく機能している。
シキは別世界からもたらされたのではと疑うが、ジョンは冷静にそれを否定した。
「あー……ま、あ……と、取り敢えずは情報収集だな、うん。今のところ、魔族側に部外者を敵視ないし排除する意思はなさそうだし……差別とかとは無縁っぽいし……言語どころか金も共通……となれば幾ら落としても良い、観光を装って聞き込みだ」
何処の世界、街でもまあ見掛けない、ある意味でファンタジーな光景に圧倒されたシキはそう言って人員をバラけさせた。
ジョンは完全に呆けながら歩いていき、エナとトカゲは流石プロ、それまでのお上りさん感を一気に観光客のそれへと切り替えると、自然な目配せや動作を心掛けつつ離れていく。
「神殺しの『付き人』……こういう知識もあるってか……? それともやはり転生者共の……」
当のシキもイクシア、シャムザ、パヴォールと今まで見てきたどの国、都ともまるで違う街並みに感嘆と驚愕をしながら人混みの中に入っていった。
数時間後。
シキ達は馬車組とも合流し、情報を共有。怪しまれない為に宿を取り、一泊する運びとなっていた。
「技術的に勝ってんのアーティファクトだけじゃねぇか人族……」
「銃……それも『無』属性で強化されたのが当たり前のように店頭に並んでたんですぞ……」
「食糧も自給自足みたいだねー。肥料とか水も特殊、その撒き方も特殊……魔都しゅごいよぉ……」
「女帝陛下にも見て頂きてぇ……ここの文明が広がりゃあ世界が変わりやすぜ。ボスの話じゃ、アーティファクトほど難しい技術じゃないんでしょう? 戦争も殺しも好きだけど、んなもんよりこれを広めるのが先だ……」
シキ達四人は当然として、最早何が起きているのかすらわからない馬車組も放心していた。
そして、割り振られた部屋の広さ、出される食事の量、その安さにまた驚く。
「平均が人族よりデカいからな……」
「どれもこれもめちゃめちゃ美味いですぞ……」
「本来は一人用だってね、これ……」
「…………」
どの分野においても、白目を剥きそうなほど圧倒されてしまった。
全員の口から魂のようなものが出ているようにでも見えたのか、周りの魔族達が目を丸くしてシキ達を見ている。
「しかも誰も人族を悪く言う奴が居ねぇなんて……」
曰く。
『あぁ、人族なー。大昔は俺達の先祖に侵略されたらしいから怒るのもわかるよ。ただ、やった側が言うのもあれだけど、何百年も前の話だぜ? しつこくね? しかもこっちの教育だとその前はやっぱり人族側が始めたってよ。過ぎたことなんだから今更蒸し返されても……なぁ?』
曰く。
『確かに数とか繁殖力は違うけどねぇ……こっちの人間一人に十人掛かりで勝てるかどうかだって話じゃないか。勿論、平均的なステータス、互いに素手、同じくらいの体格って前提ありきだけどさ。あたしらはもう平和に暮らしてるし、向こうもここ百年くらいは静かにしてるんだからもっと仲良くしたいわよねぇ』
シキの記憶に深々と残った台詞である。
前者は馬車を引いて元気に嘶いていたケンタウロス(おっさん)、後者は子沢山の半魚人のご婦人。
連合のことが普通に知れ渡っていることにも驚いたが、何よりも意識だ。
魔都の人々には差別意識がなかった。
否、現実的に言えば恐らく多少はあるのだろう。
ただそれはシキからすれば民族的な差、文明レベルの差、身体能力の差、考え方や価値観の差など、その程度の比較的小さいものに感じられたのだ。
『いやでも○○種よりマシよ?』
『○○種の奴等なんか変な目で見てくるから人族の方が良いね』
『いっぱい居るから好き!』
と、そのような意見もあった。
多種多様な種類の人間が居るからこその考え方なのだろう。
大半が巨体過ぎて存在するだけで迷惑かつ強いから文句も言えないドラゴン種への僻みだったり、鳥系魔族が蛇人、蜥蜴人系魔族に感じる何とも言えない恐怖だったり、人族で繁殖するゴブリンやオーク種ばかりだったが、やはり侮蔑の意識は全くと言って良いほどなかった。
「生物としての格が違うように感じるんだが……」
「ぶひぃ……」
シキとジョンの脱力した姿に、他の人族は何とも言えない顔で俯いた。
聞けば蜥蜴人系魔族と人族の混血の更にまた混血であるというトカゲも「居心地が良すぎやすぜこの国……」と若干目を潤ませており、エナは帝国本土で魔族や獣人、その混血種達を見てきた為、「他種族からすれば天国だねぇ……」と和んでおり、小さい頃から他種族との合流があったから悪感情を持てないのだと知ったシキはシキで、「あぁ、だから俺が『闇魔法の使い手』だって知っても反応が薄かったのか」と頷いていた。
「これであんな残酷な法がなければなぁ……」
シキが小さく漏らした次の瞬間、周りで聞き耳を立てていたらしい魔族達が一斉に殺到し、シーッ……! と口に人差し指を立てて止めに来た。
「おおぅ……何だよあんたら」
思わず引きながら返したシキに、魔族達は必死そうな顔で首を横に振って話した。
「命知らずか何か知らんが他所でやれ馬鹿野郎っ……!」
「あの人の話題だろっ……? 止めろ止めろ、何処で聞かれてるかわからないんだぞっ……シューッ……」
「お、おらの友達はトイレで魔王様の悪口言ったら次の日家の前に干されてただ……悪いことは言わねぇ……何にも言わず、静かに暮らすだよ……」
全員、小声だった。
右からオーガ、蛇人、トロルの魔族であり、その後ろでも普段仲の悪いことで有名なドワーフとエルフが身体を寄せ合って震えている。
「……名前を言ってはいけないあの人みたいになってんじゃねぇか。……まあ大丈夫だろ、知り合いだぞ一応。会ったらぶん殴る約束もしてる」
顔面にな。
そう言って凄むシキを見た魔族達はただでさえ人族目線の目で見れば顔色の悪い顔をサーッ……と青ざめさせ、その場で一斉に土下座した。
「ひいいぃっ、す、すまねぇっ、すまねぇっ……! 許してくれ!」
「つつつつつっ、『付き人』様のお知り合いの方とは知らずっ、この通りっ、この通りでございますうううぅっ!」
「お、おら……し、死んだだ……母ちゃん、父ちゃん……元気でな……」
余程、『付き人』が恐ろしいらしい。涙している者まで居る。
「まあアレを見れば納得ですぞ……」
魔都の文明レベルに驚く最中、シキ達全員がちょくちょく見かけたものがあった。
それこそ彼等がこうまで怯える要因。
『この者、魔王を侮辱した罪で死刑に処す』
またまた共通語で書かれた達筆な看板。
その横にはいつのものかもわからぬ死体、死体、死体が木や金属製の杭に貫かれていたのである。
それらは腐乱していたり、骨と化していたり、はたまた死にたてホヤホヤに見えたり。
共通して言えるのが、その誰もが凄惨な傷を負っていたこと。
顔が残っていた者は揃って苦痛に顔を歪めて死んでいた。
シキの見立てでは、激痛によるショック死や舌を喉に詰まらせて死亡しているらしいものが大半。
何らかの魔法か術、スキルでも使われているのか、臭いや汁などの悪影響は無い。
だが、腐っても人の死体。それも串刺し死体である。
あまりに猟奇的な光景にシキ達はドン引きしていたが、近くを通る魔都民は顔を引き攣らせこそすれ、比較的慣れた様子で横切っていた。
文明レベルと同等か、それ以上に徹底的かつ圧倒的な恐怖政治。
詳細を聞こうとすれば悲鳴を上げて逃げられ、遠回しに聞けばガタガタ震え出してその場にへたり込み……と話にならず、死体に関する情報は得られなかった。
しかし、共通して言えるのはそこまでの蛮行を許している国民性。
都中には晒し死体と同じくらい守るべき『法』のようなものが羅列してある看板が立ててあった。
要約すると、『王への不敬=死、裏切りは勿論、悪口も一律で死』とは書いてある。そこに『付き人』に関する文面はなかった。
であるならば『付き人』への不敬には何の罰則も課されていないということになる。
にも拘らず、徹底して恐れられており、それでいて忌み嫌われている訳でもない。
何やら悪戯したらしいゴブリンの子供に対し、「あんまり悪さしてると『付き人』様に食べられるよ!」などと叱っている者まで居たくらいだ。
シキには都民達が持つ畏怖感情の中に尊敬かそれに近いものがあると感じた。
だからこそ、悪いことをしたからと簡単に国民の命を奪う冷酷さ、それを見せしめに使う残虐性に関して何ら不満が出ていないのだと。
「っ……」
シキはかつて師に教わった『付き人』の所業を思い出し、密かに身震いした。
世界最強と呼ばれる師に手も足も出ず大敗を喫したのはまだ記憶に新しい。その師が顔色を悪くさせるほどのことと考えれば恐ろしさも増す。
死体の前の看板通り、彼等は皆、魔王の悪口や魔王への無礼働いた者達なのだろう。
聞き込みは出来なくとも、聞き耳を立てて噂を聞く程度なら出来た。
曰く、『最近、魔王様見かけないけど、何してんだろうな?』と話題に出した程度の者ですら次の日には惨たらしい死体になっているという。
そこでも『付き人』に対して悪感情を抱くというよりはその者自体への軽蔑が吐露されていた。
シキ達からすれば凄まじく理不尽な理由で同じ都に住む者が殺されているように感じるのだが、彼等はそうは考えないらしい。
あの人が言うなら間違いない。
あの人が断罪するならその通り罪深いんだろう。
実際は聞きたくても逃げられてしまう為、あくまで聞き耳を立てて仕入れた情報ではあるものの、確実な信頼を得ているようだった。
問題はいつどこで悪口程度の下らん情報を得ているか。
シキは何となくアイが持つ【長目飛耳】を思い浮かべた。
「……まあ『付き人』はそれが出来るだけの化け物だしな。あれこそ理不尽の権化だろ。マジで殴りたい」
『付き人』の姿や能力から魔族化の際の拷問に等しい痛苦を連想してしまい、ギリッと歯軋りするシキ。
そんな彼を横目に、注意してきた心優しい魔族達は悲鳴を上げて食堂から出ていってしまった。
「おおおおお、おきゃ、おきゃ、お客ささささ様……?」
「こらバカっ、止めなさい!」
「し、失礼致しました! 文句など欠片もございませんのでどうかお許しをーっ! 料金もタダで結構ですから!」
宿屋の看板娘……らしいハーピーの少女が今にも泣きそうな顔で抗議しに来たが、母親と思われるハーピーが少女を誘拐、父親らしきハーピーが華麗なスライディング土下座で現れ、そのまま頭を下げたまま飛び去っていった。
「……ハーピーって若いよな。子供みたいな見た目のくせに同じくらいの見た目の子供が居るんだぜ?」
「いやいやいやいや待ってほしいですぞ待ってほしいですぞ!?」
「よくもまあここまで大騒ぎにしといて普通で居られるねユウ君!?」
「さ、流石ボス……痺れやす」
魔都は色々な意味で恐ろしい。
トラウマのような、ただの恐怖のような、ただただ恐ろしい何かを植え付けられた一日だった。
因みに、シキは一人特に気にした様子はなく、エナの隣で熟睡していたとかなんとか。




