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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第222話 魔都へ

短めです。



 結局、特に何事もなく魔国領に入れた。



 危惧していたような襲撃や反応はなく、かといって敵勢力と見なされるのも宜しくないので雲の上に出て、時折地上の様子を観測しながら進んでいる。



 まあまだ陸地すら見えてないんだが。



「連合に目立った動きはない、か……」

「ゼーアロットが行方を眩ましているのも不気味だね」

「どうだろ、離叛の意思表明はしてるんでしょ?」

「それにしても皆殿がご無事で何よりですぞ! 小生も嬉しいですぞ!」



 ディルフィンのブリッジにて、俺、メイ、リュウ、ジョンの四人で会議とは名ばかりの情報共有をしており、そんな俺達の前には帝国の独立暗殺部隊の奴等が膝を付いている。



「へい。うちとやり合ったってんで発生した色んな問題に四苦八苦している……ってのが女帝陛下の推測でさぁ」



 先の戦争で隻腕になったトカゲとその配下が九名。補給物資と情報を手に、合計十人が合流した。



 最初の報告としては世界情勢の現状であり、今のところ何処の勢力も動き出してないという。



 まあ連合は発足して日が浅い。新たに戦争を引き起こすにしても、やはりもう少し猶予があるということだろう。



「そうか……義手の調子はどうだ?」

「微妙も微妙、暗器を大量に隠せる点は認めますがね」



 異様に背が低く、どこか蜥蜴を彷彿とさせる顔をした男は義手の手のひらを開閉させながら言った。



 どうやらまだ納得のいく出来ではないらしい。

 まあルゥネとまだ別れて一ヶ月も経ってないしな。暗殺者であるこいつが太鼓判を押すようなら俺も欲しい。



「……ここ、うちのバカ兄も連合に戻ったって書いてあるね」

「えーと何々……? 改革を図ろうとする動きあり……だって」

「それは修羅の道ですぞ稲光氏ェ……」



 トカゲ達が持ってきた資料の中にライ達に関するものがあり、メイ達が各々渋い顔or苦笑いしている。



「宗教を芯とする組織を中から変えるって……どこまでバカなの……?」



 身内のあまりの考え無しっぷりにクラっと来たのか、はたまた演技か、極自然な動きで背中を預けてくるメイを無言で押し返しつつ、見解を述べた。



「確立された既存の組織でも俺なら何とかなるとか思ってんだろ。何せ勇者様だ。背後にはあのイケメン(笑)……白仮面野郎だって居る。世界の救世主様にゃお誂え向きだろうさ」



 肩は裂いてやったが、あれで命を絶てたとも思えない。マナミという最強の回復役が居る限り、勇者は両者共に健在。例えマナミが奴を嫌って癒さなくとも、生きているのなら必ず俺を殺しにやってくる。アレはそういう男だ。



「いやでもよりによってこの世界でだよ?」

「ぶひぶひ」



 奴の執念と憎悪に満ちた目を思い出していると、リュウとジョンにいやいや……と手を振ってまでツッコミを入れられ、我に返った。



 外部者……それも他の世界からやってきた人間が組織の内部改革を起こす。



 確かに無謀だ。実際、不可能だろう。しかし、混乱している今の連合を足止めにはなる。



「ハッ、戦争が嫌だってんで反対しようとした結果が改革なのさ。……後、豚野郎テメェ、何ムリムリみたいなノリで鳴いてやがる。丸焼きにすんぞ」

「ぶひっ!? 豚の丸焼きは嫌ですぞぉ!」

「私達的には良い……のかな? 猶予は生まれるし、その間に他勢力に注意を促せば……」

「……人族が何やら暴れようとしてます発言は中々不味いんじゃない? 僕達、今無所属の謎集団だよ? 帝国やシャムザの庇護下にいるっていってもそれを証明する術がないからそもそも信用されない。そして、もし仮にされたところで『攻められる前に攻めてやる!』ってなったら目も当てられないと僕は思うな」



 ふざけている俺達をよそに、意外や意外、思いの外まともな意見が出てきた。



「ぶひぃ……アーティファクトがない分、間諜が情報を持って帰るより我々の方が早いというのも問題ですぞ。迂闊に国の名前を挙げるのも問題でありましょうし……」



 豚の丸焼き(予定)も真顔で続いた。



 皆はもっとライ達寄りの考えかと思ってたんだが、存外冷めているらしい。



「……女船長さんからも手紙を預かってまっせ」



 会話が途切れたタイミングに、トカゲがするりと紙を手渡してきた。



 それを早く言えよ、と言外に訴えながら受け取り、目を通す。

 流石に帝国の国璽や証明書のようなものは貰えないらしい。



「ユウ兄ユウ兄、セシリアさんは何て?」

「……っ、お、俺達はそのまま直進で良い、だそう、だっ。なんでも魔導戦艦に対応出来る奴が魔都以外に居ない……とかなん、とかっ……ええいっ、しつこいなお前もっ」



 メイがさも自然に腕を組んできたので逃げようとしてがっしり掴まれ、何とか逃れようと悪戦苦闘しながら伝えると、二人は最早慣れた様子でスルー。



「大丈夫なのそれ……って思ったけど、そっか、魔障壁か。……幼馴染みって負け属性だよね」

「魔法があるせいで兵器そのものが発展してない世界ですからなぁ。……ヤンデレ系も正妻ポジは中々聞かないですぞ」



 小声で何やら言ってたが、メイに「聞こえてるよ死にたいの殺すよ?」と早口で言われて黙った。



 手紙の中には今後の姐さん達の動きに関すること、固有スキルで『見』た未来の助言などもある。

 相変わらず前途多難っぽいものの、魔国で死を覚悟するほどの修羅場はないらしい。



「姐さんにゃ悪いが、この予言もどこまで信じて良いのやら……まあ良い、取り敢えず進路はそのまま。ある程度魔都に近付いたら俺と……」



 そこまで言ったところで気付いた。



 メイは最強戦力。必然的にディルフィンから離したくない。後、色んな理由で一緒に居たくない。

 リュウにはスカーレットが居る。あの幼女まで来たら阿鼻叫喚待った無し大騒動になる可能性がある。



 レドやアニータといった他のメンバーは戦力外だし、まだ敵か味方かもわからない土地に入れたくない。



 となると……一緒に魔都に入る奴が居ない。



「………………あー……豚、お前が来い」



 軽く悩んだ末、選んだのは豚の丸焼き……じゃない、豚野郎だった。



「ぶひっ!? な、何で小生っ!?」

「特に出ても問題なくて魔族っぽい見た目なのお前だけだぞ。つぅか半分人で半分魔物ならそれは最早魔族だろ」



 戦力的には不安があるが、まあレド達よりはマシだろう。



「黒っ……んんっ、シキ氏が一人で行けば良いんですぞ! し、小生が行っても肉壁にしか……」

「おう、壁兼非常食だな」

「えっ今半分人って言ったばっかなのに!?」

「シーッ……あんま感情的になるな、ストレスで肉が不味くなる」

「ぶひいいぃぃ!!?」



 実際のところはジョンが放つ気配が今まで見かけてきた魔族や魔族のハーフ達よりもアリスとかアイ……獣人のそれに近いからというのが本音だったりする。



 もっとぶっちゃければ他種族への忌避感や反応を見ておきたい。



 魔族の俺、どちらかと言えば獣人族寄りのジョン、他数人の人族で構成したパーティなら問答無用で襲われるなんてことはない……筈。ディルフィンでそのまま乗り込むよりは顔やら装備やらが見れる点でマシと判断した。



「ま、歩いて行きゃあ即逮捕、悪即斬なんてことはないだろ」

「……何か今新撰組みたいなの居なかった?」

「ちくわ大明神……ですぞ」

「誰だ今の」



 トカゲ達が俺達のノリに付いていける筈もなく。



「あー……報告を続けても? バイク? 型の新型エアクラフトとか他にも土産が色々ありやして……」



 と、微妙な顔で告げてくるのだった。



 















 ◇ ◇ ◇



 時を同じくして。



 『天空の民』を名乗る古代人達が住まう島、天空城から離れゆく巡洋艦があった。



 その中の一室には先日マナミが帰ってきたことで全快したミサキが()り、ベッドの上に拘束されている何者かを心配そうに見つめている。



 歳こそミサキと同じ。身長が低く、代わりに胸は大きい。

 そして、歳や豊満な身体に見合わぬ幼さを有する顔。肩まで伸びている黒髪が綺麗に切り揃えられているからか、やはり何処か子供っぽい印象を受ける。


 

 しかし、それらは全てその顔に何かしらの感情が乗っていればという前提があればこそ。



 少女は元来持ち合わせている気の弱さすら感じさせない、全くの無表情で虚空を見ていた。



「ぁ……ぁっ……う、あ……」



 その口からおおよそ意味を成してない声が上がる。



 本来ならば弱々しく「ですぅ」口調で話している彼女は目の下に濃い隈を作り、無意味に口をパクパクさせてはうわ言のような何かを呟いていた。



 その姿は同じ時を生きてきたミサキの目には酷く痛々しく映るようで、心配の中に悲痛さを感じさせる顔で俯く。



 己を中心に半径数十、数百メートルに存在する()()()存在の思考や思惟を感じ取る固有スキル【多情多感】と、その所持者シズカ。



 かつてイサムやミサキ達と一緒に召喚されたその少女は今現在、精神崩壊を起こしていた。



 村、街、国……人が作り出すコミュニティというコミュニティの中で、何百、何千という生物の心の声が同時に聞こえる。

 その対象は人に限らない。足として使われる馬や魔物、下水道に住み着く小動物といった、人ならざる者の声まで届く。



 例え日が沈みきった夜であろうと響いてくる無数の声。



 ON、OFFを切り替えられないという最悪の枷を持つその能力はやがて彼女の心を蝕み、破壊した。



 切り替えられないとはつまり常時発動型。



 そして、異世界人の成長は群を抜く超速度。



 その結果が、固有スキルのレベルアップ……広がっていく効果範囲である。



「シズカ……ゴメンね、今まで放ったらかしにして。もう少しすればこの船以外誰も居ないとこに出るからね」



 召喚者であること、対人特化能力の希少さ等々、様々な要因からイクシア、聖神教で厳重に保護されていた彼女だったが、先の戦争の最中、また効果範囲が広がってしまったという。



 戦闘空域から遠く離れていた位置で待機していたにも拘わらず、である。



「範囲の拡大だけでも酷いのに……方向性まで……ましてや戦争中の人間の心なんてっ……」



 やるせなさで涙を流すミサキに対し、反応はない。ただ赤ん坊のような声を上げるだけだ。



 本人としてはミサキやライ達のことが心配だったのだろう。

 そのことが能力発動のキーとなり、殺し殺されゆく人々の声を拾い上げさせた。



 寝たきりにはなれど、何とか保たれていた正気は大量の人間の狂気に飲まれて消えた。



 今は落ち着いているものの、不意に暴れ出すことがある為に拘束している。



「……ねぇシズカ。トモヨは何処に行っちゃったのかしらね」



 返事はないとわかっていて尚、ミサキは話し掛けた。



「聖神教の裏の顔を知ってたのかな。だからアタシ達のことを置いて……」



 当のシズカも「あぅあぅぅ……」と呻いているのみで、ある種、独白に近いそれを聞く者は居ない。



「今回のことで、ライの中の不信感が爆発したみたい。聖神教のやり口は強引過ぎる。連合だって名ばかりで聖神教が幅を利かせてるし……」



 ジンメン騒動で植え付けられた不信感とトラウマ。



 そのモヤモヤは今もミサキを悩ませているらしい。



「アタシが人殺しをっ……あの街での事を手伝うなんて……」



 後の殲滅作戦を思えば確かに街は必要だったかもしれないけど……



 そう小声でモゴモゴと呟き、首を振って話題を変えた。



「……兎に角、後少しでイサムの馬鹿と落ち合う場所に着くわ。そしたらきっと……」



 聖神教や連合に加盟する国々の上層部がシズカの存在を疎ましく思っているのはミサキ自身気が付いていた。

 誰しも知られたくないことの一つや二つはある。それが宗教組織や国となれば尚更。



 今回のシズカの発狂は逆に良かったとも言えるくらいにはミサキの目から見てもあからさまだった。



 友人として元気になってほしい気持ちはある。しかし、それと同時にこのまま安寧の日々を過ごしていてほしいとも思っていた。

 でなければ余計なことを話される前に……と、暗殺者の類いを差し向けられることだろう。



「無理言って出してもらったのよ……? 街中よりはマシかと思って……」



 正気を取り戻したところで、人が集中する場所に居たのでは悪影響だろうという判断である。



 その判断こそ間違っていたということを、今のミサキはまだ知らない。



「……じゃあシズカ、アタシはライ達のところに居るわね。イサムと協力して聖神教……もしくは、そっちは出来なくても今の連合を改革するんだって。元から居た改革派の人達も集まってるからアタシも行かなくっちゃ……明日には合流出来るって。……それじゃあね」



 ベッドの前の椅子から立ち上がり、部屋を出ていく瞬間にシズカの目がスッと細められたことも、ゆっくりとミサキに向いていたことにも気付かない。



 毒味役としてライやマナミと共に再び部屋に訪れるその時まで。



 彼女が巡洋艦から姿を消したという事実が公になることはなかった。


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