第23話 王都
王の死=新たな王位を巡る血生臭い争いが起きるのかと内心戦々恐々していたが、存外そんなことはなく。
王位継承権の一番高いマリー王女が繰り上がるような形で女王の座に収まった。
といっても、他の王子やら王女やらは見かけたことすらない。王の死の真相を知って殆どが辞退、からの『その場に居たんだからお前が責任取れや』理論で押し付けられたんじゃないかと思う。
まあ実情はどうあれ、国のトップがすげ変わればそれなりに問題も起きる訳で。
成人して二年という若さで王の座を任されたマリー王女……女王もいきなり迫ってきた現実に青白い顔をしていた。
その補佐にかなりの人間が投入され、更には他国からの介入を考えて護衛や外交にも力を入れ、と様々な問題が重なったことでグレンさんやリンスさんはライ達に構う時間がなくなり、召喚者の全員が野放し状態になっている。
後はあれか。王を弑逆したジル様……ひいてはその場に居た人間への責任追及を後からやいのやいの言い始めた連中が派閥化し、日に日に影響力を増したとか。
出来れば早めに国を落ち着かせたい新女王一派がそれらを必死に抑え込み、ジル様が「文句があるならオレが聞くが?」と睨みを利かせることで何とかその均衡を保っているらしい。
それなりに責任は感じてるのか、暫くの間は直々の修行や稽古も中止だ。
と、いうことで……
暇だ。すんごい暇だ。
だから王都にでも行こうかなと。
マジでやることないし。
兵や騎士ですらバタバタしてる中、原因の一人である俺が鍛練に勤しむというのも体裁が悪いし。
観光はアカリが案内してくれるとのこと。
ライ達も用事があるとかで居ないので、二人寂しく街中を歩く。
レンガ造りの建物がズラリと並ぶ街並み。どれも濁った窓ガラスが嵌められていて、あまり建築技術が進んでないことがわかる。
反対に貴族の屋敷は無駄に豪華で無駄に広い。
途中で気付いたが、どうやら王城を中心に半径数キロが貴族街、その周辺が平民街になっているらしい。
巨蟲大森林への行きはいきなりのお空の旅で見る余裕がなかったし、帰りは帰りで馬車で寝てたから知らなかった。
建物や配置はさておき、道路の方は全部石畳。訊けば『土』の属性魔法で造られているという。排水用に勾配も付けられてるし、縁石のようなものも時折ある。立地的にどうしても勾配が付けられない場所はこれまた魔法で整えられた透水性の高い石や砂利で調整しているようだった。
人の往来はそれなり。しかし、貴族用から商人、バス代わりの馬車まで通るものだから道は広いのに狭く感じる。
歩きながら見ているだけでもちぐはぐな印象を受けるが、中でも気になるのはその衛生観念。
中世ヨーロッパでは糞尿を窓から投げ捨てていたとか悪臭に疫病が絶えず、ハイヒール等の数々の品は道端のそれを避ける為に作られた歴史かまある。
こっちもそうかと思ったが、全くそんなことはなかった。
まあ城にもトイレあったしな。
街の方は貴族の屋敷でもない限りは公衆便所が各所に配備。魔力さえあれば誰でも扱える魔道具なので、誰かが使う度に汚物を一纏めにし、トイレ付近に備え付けられた簡易焼却炉で燃やすと。
そこはかとなく日本人の影を感じる。いや、どうでも良いっちゃどうでも良いけど。
そんなこんなでお上りさんよろしくキョロキョロと見慣れない光景を楽しみながら歩くこと約二十分。
貴族御用達の店、走り回る使用人や談笑しているメイド達の姿がなくなり、ちらほらと獣人族を見かけるようになってきた。
今も俺達の目の前で何やら重そうな袋を肩に掛けた熊耳の大男が汗水わ垂らして歩いている。
時折ピョコピョコ動いているから耳は本物。
首輪も付けているから奴隷なんだろう。
初めて見る獣人が野郎な上に奴隷か……。
とか。
ぶっちゃけ女の子じゃないケモ耳とかクソの役にも立たないだろ。需要がねぇよ需要が。せめてショタ来いよ。毛むくじゃらの大男に可愛いケモ耳とか罰ゲームかっ。
とか。
色々考えなくもない。
その獣人の前で偉そうにずんずん歩いているTHE・成金主人と周囲の視線が不愉快感を九割方高めてるから尚考えものだ。
怯え、軽蔑、嘲笑、嫌悪。
色んな嫌な感情が乗った視線が飛び交い、態々立ち止まって鼻を詰まんで見せたり、指を差して笑ったりとあからさまにバカにしている人まで居る。
この国は人間至上国家。
現女王やその他、国の上層部の反応から宗教観的なものだろうとは思っていたが、平民ですら似たり寄ったりの認識。
怯えるくらいならまだわかるが……こうまであからさまな迫害は気分がよろしくない。
人族の国に居る獣人奴隷の殆どは過去の戦争で得た奴隷の子孫だという。他にも不当に狩られた人達や力の無い冒険者が無理やりその身分に堕とされたとか。
俺達の件にアカリの件、こういう不愉快な価値観……とことん合わない。
顔立ちや髪色が珍しいのか、やたら見られるのと異国風の空気はまあ良いとしても、何だかなー。
ま、今日は観光だし……と気を改め、アカリ用の服や靴を揃えたり、冒険者ギルドに行ってみたり、武具屋に行ってみたり、飯屋に行ってみたり。
頑なに「奴隷にまともな服なんてっ」とか「奴隷は立っているものですっ」とか「主人と同じものを頂く訳にはっ」とか何とか粘られてちょっと叱ったりもした。
他にも、スリや泥棒が店の人と追いかけっこしてたり、ゴロツキみたいのが道端で喧嘩してたり、ポイ捨てされた串や包みの葉っぱなんかを拾う清掃員みたいな仕事をしている子供や水、氷を売ってる人が居たりして中々の非日常感。
給仕娘の尻を触ってビンタ食らってる人とかも居たな。
目がチカチカしてくるようなカラフル髪色といい、何とも面白い。
その中で、特にこれ、といったことがあったのは教会だ。
実在する幾柱の神々を一柱ずつ祀った教会。
孤児院が隣接している建物もあれば、回復魔法を使った病院みたいな施設を開いている場所もあった。
俺が来たのはおんぼろの人一人居ない教会。
外から見ても建物は朽ち果ててたし、何年も何十年も放置されているらしく、柵やドアは崩れている。
付近に建物もなく、人も近付こうとしない。
信仰対象は邪神。正真正銘の邪教である。
何でも神罰があるとかで壊す訳にもいかないらしい。
冒涜くらいなら問題ないようだが、教会やそれに近い建物、あるいは像を汚したり、破壊するのが対象になるようで街や国が幾つか滅んだという説もある。
大体は街全体が急速に温められて滅亡しているとか。人間の焼死体から溶けた建物等々。
電子レンジかな?
何にせよエグい神様も居るもんだ。
そういった背景を知ると少し怖いものの、今回来た教会の中にも邪神像はある。
祈りを捧げる間のような部屋の中心に建てられた儚げな少女の姿をした像。
建物や床は今にも崩れそうなくらいボロボロなのに、像だけ劣化していないように見えるのが非常に不気味だ。
正直、ギリギリ少女って年頃の幼女が祈っているようにしか見えない。というか神様が人の姿であることに驚く。
邪神を信仰していた人達が勝手に描いたものを彫刻にしただけの可能性もあるが……それにしては造形が細かい。まるで何か見本を見て彫ったようだ。
特に目を引くのはその眼球部分。
鈍く光っているように見える。
何かと思って近付いてみると、瞳の部分が紫色の宝石で出来ていた。像全体の大きさとしては最低でも三メートル以上はあるだろうか。
そうして少しの間、その像を見ていると瞳の宝石が一際強く光ったように感じた。
「ん?」
俺がそれに気付いた次の瞬間、瞳の宝石が像からポロリと落ちてくる。
「へ? は? ちょっ!?」
「? どうしました?」
あまりの出来事に一瞬固まってしまったものの、アカリの声にハッとなった俺は何とかキャッチに成功する。
「あっぶね~……ナイスキャッチ俺……」
「それは像の……瞳……ですか?」
「何かいきなり落ちてきたから取ったけど……大丈夫かなこれ」
「どうでしょう……? 神罰を考えると元の位置に戻すのが宜しいかと思いますが……」
……うん、届かん。
まさか像に登って嵌める訳にもいかんし……大体、罰当たりだよな。
しょうがない。
俺はアカリに少し離れるよう告げ、以前、ジル様の試練でも使った魔力性の粒子……魔粒子を足裏や膝、膝裏から噴出させた。
生憎、安定させられるほどの練度はないので、ふらふらとしつつではあったが、ふわりと身体が浮く。
森での修行でも何かに使えないかと練習はしていたからな。その賜物だ。
実際のところは魔力の消費量も結構なものだし、その制御にもかなりの集中力を要する。
その為、急いで宝石を元の場所に戻そうとするのだが、どうやっても瞳の部分に入らなかった。
一通り角度を変えてもダメ。
まるで元に戻されるのを拒んでいるような……?
そうこうしている内にMPが尽き掛けてきたので、出力を弱め、優しく着地。
アカリがキラッキラした目で説明を求めてくるのを「後で教えるから」と苦笑いで濁し、急激な魔力減少でクラクラしてきた頭を押さえながらもう一度邪神像に目を向ける。
「う~ん……どうすりゃ良いんだこれ? 勝手に落ちてきたとはいえ、端から見たらいきなり押し入ってきた上に像から宝石盗って満足して帰ったことにならない?」
「……バレなきゃ犯罪じゃないんですよ?」
「ちょっと待て、何でそのネタを知ってる」
「父が常々言ってました」
「父ちゃんっ」
娘になんてこと教えてるんだ先代は。
てか、そのネタを知ってる人って……
俺達の世界出身だったのか? もしそうだとしたら時間的に矛盾が生じる……よな? 元の世界とこの世界の時間にズレがある。もしくは未来の人間を呼んだ とかか?
……まあ良い。
「取り敢えず……帰るか。他の奴には内緒だぞ。下手したらマジで俺の首が飛ぶ可能性がある」
買い物用のマジックバッグに宝石をぶち込んだ俺はそそくさとその場から退散し、帰城するのだった。




