第217話 師弟対決
案の定、ジル様はぶち切れた。
「は?」
「いや、だから決闘は中止にしt――」
「――あ゛ぁ゛?」
「ダメだこの人っ、言葉が通じねぇ!」
一から十まで説明してもダメ。まるで会話にならない。
「戦争だぁ? 結構なことじゃねぇか。オレ達みてぇな戦士ってのは戦ってこそ意義がある。大体、テメェだって負けるとは思ってねぇだろ」
「……勝ち負けじゃない。仲間を危険に晒したくない俺の気持ちがわからないのか?」
例のちょびハゲが来てから数時間。
既に日は昇りきったというに、約束を果たそうとしない俺に対し、青筋を浮かばせて吠えてきている。
「あぁわからんな、オレぁ一人だ。今までも……そしてこれからも。仲良しごっこなんざ御免だ」
「なら一人でやってろ。俺はあんたとは違う。あいつらは家族だ、大事な仲間だ。誰一人死なせられん」
敢えて偉そうな態度をとっているのだが、思いの外乗ってこなかった。
それどころか、下から上までじっくりと見られて「クハッ、それでその様かよ」と煽られてしまった。
この人の性格上、どうせ戦う羽目になる。どんな敵もどんな罪も力で捩じ伏せてきた人だからな。
となれば、俺としては精神的な揺さぶりを掛けて本来の能力を鈍らせるくらいのことはしたい。
……別の視点から攻めてみるか。
「あんたが俺を欲しがってるのは寂しいからだろう? それがわからないとでも……」
と、そこまで言ったところで超高速の尻尾が俺の顔面目掛けて飛んできた。
俺から見て右方向、死角からの攻撃。
しかし、難なく片手で受け止め、蜥蜴を思わせる尻尾を握る潰す勢いで掴む。
「っ……」
反応した。やはり図星を突かれるのは嫌なようだ。
「言ったろ、成長はしている」
口ではそう返しつつ、内心では「昔とまるで変わらないな……俺と違って」と言ってやる。
今度はその尻尾を越える速度の剣が振られた。
瞬きに掛かる時間よりも速い横薙ぎ。
だが、その剣に乗っているのは殺気や誇りではなく、怒りという生の感情。
寸前で止めるという確信があった。
「……何で避けねぇ」
予想通り、俺の刀剣と対になっている蒼い刀剣は首の皮膚の数センチ手前でピタリと止まり、代わりに鋭い視線が飛んできた。
縦長の瞳孔を持つ金色の瞳は俺を睨み殺そうと躍起になっていたが、僅かな動揺を見逃せるほど、俺は抜けてない。
「あんたはそんな小さい人じゃない」
「チィッ!」
その苛立ちを発散させるように。
ジル様は乱雑に刀剣を振った。
たったそれだけ。魔力や〝気〟を使ってないにも拘わらず、ソニックブームと斬撃が発生。床を構成している木の板が凄まじい勢いで揺れ、海は数十メートルに渡って割れる。
外に出ていて正解だった。建物内なら崩れていただろう。
と言っても木造の広場だ。強度はそれほどない。あまり時間は掛けられないか。
「テメェ……随分、知った風な口を利くようになったな? いつオレがテメェを欲しがった。何様のつもりだ?」
「…………」
ジル様と再会した時、俺は心の奥底でこう思った。
こんなものだったか?
と。
ジル様からは覇気が感じられなかった。
以前なら思わず震えるほどのそれ。
つい先程までは俺が成長したからだと思っていた。
長寿種故に見た目が変わらないから、単に俺の感じ方が変わっただけ。反対に向こうは限度いっぱいまで鍛えてるから変わる訳がないと。
だから平気で口答えも出来たし、決闘も引き受けた。
無論、表向きの理由は戦力欲しさに受けただけだが、そういった側面もあった。
けど、これでは……
「わかるんだよ俺には。強いから満たされなくなるんだろ? 強いから孤独になるんだろ?」
ルゥネと長らく〝同調〟していたからだろうか。
それとも様々な人間と出会い、見聞きし、己に取り込んできたからか?
ジル様の苛立ちや寂しさといった感情が理解出来る。
「色んなもんを捨てて強くなった。色んなもんを捨てられて強くなった。……今ならわかる。今、貴女が最も望んでいるのは人の温もりだ」
「……黙れ」
「家族が居た、仲間が居た、友人が居た、臣下が居た。もう忘れたのか?」
我ながら臭いことを、とは思う。
けど、この人も俺と同じだ。
この世の何もかもに疲れている。
以前、俺を奮い立たせようとしてくれたように……今度は俺がこの人を助ける番だ。
「黙れ黙れ黙れッ!! 勇者かテメェはっ!? クソみてぇな能書き垂れてねぇでさっさと剣を抜きやがれ!」
再び突き付けられた刀剣の切っ先は俺の喉を浅く貫き、鋭い痛みと熱を与えた。
ドクドクと血が流れていくのがわかる。
ジル様が困惑しているのがわかる。
「俺がそうだった」
「黙れと言った!」
刀剣は抜かれ、交代するように拳が飛んできた。
手甲で受け止めると同時、背面スラスターとMFAから魔粒子を逆噴射。吹き飛ばされた俺の身体は瞬時に止まり、やがてゆっくりと元の位置に降り立つ。
暇潰しに傭兵くらいしかやることがない……つまりは退屈。
毎日毎日何の刺激もなく、代わり映えしない日々は人を腐らせる。そうやって腑抜けた今のこの人なら。
この思考も読まれている。
俺の浅はかな考えも、一種の嘲りともとれる感情も。
だが、ジル様はそこには触れず、ただただ怒るのみ。
「オレを理解しようとするなッ! お前にオレの何がわかる! お前にっ……お前なんかに……!!」
涙ながらに吐いたそれは俺がライとマナミに言った台詞。
撫子にも似たようなことを言ったかもしれない。
他人に理解されたくない気持ちは痛いほどわかる。
器や存在そのものまで見透かされたようで、不快感と嫌悪感でいっぱいになる感じ。
戦いとはやられて嫌なことをしてなんぼの世界だ。
だから俺はここで……
「わかるさ」
と、笑ってやった。
これが誘いというのもこの人にはわかっている。
だが、年齢、ステータス、生物としての格、潜ってきた死地の数、その他と何もかもに勝っている……格下、それも自分からすれば下の下であるクソガキにここまで舐められたら。
乗らざるを得ないよな。
剣士として、戦士として。
「殺す」
怒りのメーターが振り切ったのか、単に感情のスイッチを切ったのか。
フッと表情を殺したジル様は小さくそう呟くと撫子並みの速度で刀剣を振るった。
対するこちらは上体を反らして回避。そのまま魔粒子を出して即座に後退し、海上へと浮かぶ。
「空を得たか! 面白いッ!」
初見である筈の魔粒子装備を見た感想がそれである。
途端に感情を取り戻し、ニヤリと笑ったジル様は木造の足場を蹴り壊して俺に肉薄してきた。
その後ろでは足場に留まらず、建物が崩れていく光景がある。
今度はアリス並みのパワー。
つくづく『最強』は嫌だと思った。
いや……それよりも。
「今、首狙って振り切ったな!? 殺す気かっ!」
紅の刀剣で上からの振り下ろしを防ぎながら叫び、魔粒子で無理やり繰り出した膝蹴りを食らわせる。
「おぉっ? ちったぁやるようになったじゃねぇかっ」
咄嗟に魔粒子を真下に噴出することで衝撃には耐えたが、剣を受け止めただけで全身に激痛が走った。
反対にジル様はその状態からの反撃を諸に腹で受けて笑った。
〝気〟を使った防御。ステータスに表示される攻撃力だけなら互角にまで近付いているというのにまともなダメージが入った様子はない。衝撃も殺された。
「硬すぎるっ……が!」
「クハッ、空中戦ならってか!?」
ドラゴン形態にならなければ飛べないこの人にはそれしかない。逆にドラゴンになってしまえば速度で圧倒出来る。
心を読もうが、空に上がりさえすればどうしようもないだろう?
そんな自信、笑みと共に後退を続けて距離を取った後、急上昇を掛け、上空五十から百メートル付近まで上がる。
卑怯だとは思う。
「ははっ、ここまでくれば斬撃だって届かない。これで決闘は終わりだ!」
怒るだろうけど、流石に諦めてくれる筈……
という俺の予想は容易く裏切られた。
――ザァンッ!!
今度は俺並み……いや、それ以上の威力と速度の斬撃が飛来。俺の右横スレスレを通過した。
「……腕斬り落としてて良かった」
冷や汗一つ、かなりの焦燥感に駆られて下を見るが、ジル様の姿はない。
「っ、何処に――」
「――後ろだ、バーカ」
その声は背後……それも耳元から聞こえてきた。
過去最大級に〝死〟を予感した《直感》に従い、両肩から魔粒子を噴射。明らかな殺意の乗った蒼い刀剣は俺の髪数十本を舞わせるだけに留まった。
「うぎゃあっ、あっぶねぇ……! マジで殺す気かこの女っ!? てかっ、どうやってこの高さまでっ……」
再びMFAの出力を最大にして上昇しつつ、背後に迫っていたジル様を見やる。
そこには人と竜が一体化したような姿の剣士が飛翔していた。
メインは人間。顔や四肢といった、銀色の鱗が元から生えていた一部の部分にはより大きくなったそれが。頭の角や尻尾は太く長くなっており、竜の瞳に至っては爛々と輝いて見える。全体が少し巨大化し、威圧感が増しているようだった。
そして、何よりも大きな変化……
「羽……翼だとっ!?」
ジル様の背中には竜の翼が生えていた。
軽そうな見た目、折り畳めるタイプの翼。関節は三つ。鱗と同じ銀色。内側だけは灰色に近い色をしている。
バサーッ、バサーッ……とゆっくり羽ばたく度に魔力と〝気〟の力を感じる。
単純に翼だけで飛んでいるんじゃない。
「魔力と〝気〟の同時使用……」
《竜化》を中途半端に使っているというのも違う。
人竜魔気一体。
『最強』の飛行形態。
剣士らしく刀剣は握ったままであり、攻撃方法は剣だと察せられるが、この見た目なら火の一つや二つ吹いてきそうだ。
「おうおうおうおう……さっきはよくもまあ煽ってくれたなぁ? この借りは高く付くぜオイ」
今までのはただのウォーミングアップだったのだろう。ジル様は目がまるで笑ってない笑みを浮かべ、肩をトントンと叩いていた。
……精神攻撃、裏目に出てね? そんでもって……空飛べるんかい。
「クソぉっ、何でだっ、ムクロも姐さんも共感と甘えで絆してきたのにっ。いやまあ殆ど向こうが勝手に惚れてきただけだけども! 強がってる男が可愛いんじゃないのかっ、女ってのは!」
ジル様にならちょっとだけ効くんじゃ? とか思ってた自分が恥ずかしい。
「だあぁもうっ、そういうとこだガキぃ! お、オレはそいつらみてぇに惚れてねぇっつぅの!」
怒りと羞恥心で顔を赤くした銀竜人が凄い勢いで怒鳴ってくる。
「ちぃっ……しゃあなしっ、やるかァッ!」
「クハッ、そう来なくっちゃあ!」
俺達は鏡合わせのように同じ構えをとると、音速を越えた超高速の機動戦へと移行したのだった。
◇ ◇ ◇
「アレ、どう思う?」
「……二人の戦いのこと? ついていけないな、悔しいな、くらい?」
「見辛い。後煩い」
「僕はやべぇ二人だなぁと」
「スーちゃんも同じかなー」
シキとジルが空でぶつかり合う中、海上に浮かぶディルフィンの甲板上にセシリア達は居た。
メイは「私、勇者なのに……」と落ち込んでおり、異形のモグラ少女アイは眩しそうに両目を覆っている。その後ろではリュウとスカーレットが若干遠い目をしながら空を見上げていた。
「ええいっ、最強のくせに空飛ぶな! 弱点くらいあれよっ!」
「クハハハ! 無茶言うな! 最も強ぇから最強なんだよ!」
魔粒子と魔力の光を残像のように残して飛ぶ二人は時折高速戦闘を止めて獲物をぶつけ合っては怒鳴っている。
遥か上空の剣戟と怒号は海上まで届く。二人を知るセシリアとリュウは兎も角、他は「えぇ……」と引くのみ。
『海の国』の要人や民が居る島では化け物同士の戦いが始まったと大騒ぎになっており、発生する突風と荒れていく海に誰もが震えていた。
「ユウ兄は装備が特殊だからわからなくもないけど……何なのあの人。スラスター無しで空飛ぶし、最速のユウ兄についていってるし……」
「百年も前……皇国滅亡の日まで竜人族が最強の種族と呼ばれていたのは事実よ。坊やの師匠はその中でもトップクラスの才に恵まれた女性。剣聖という職業に関係なく……多分、ゼーアロットと良い勝負を……いえ、もしかしたら勝てるかもしれないわ」
「固有スキルの複数持ち……それも強奪系能力者のチーターが現地人に負けるかもとか……まあそのチーターも現地人だけど」
「目も開けられないわ、呼吸もままならないわで、どうやって戦ってるんだろうね?」
「うぅ……怖いよリュウ兄ちゃん……!」
距離を取った二人からソニックブームが発せられ、また音速を越える。
流石にその速度で剣を受けるのは悪手と捉えているのか、シキはジルの攻撃を全て躱していた。
セシリア以外の者は一般的な強者の部類に入る為、その所作、動作をある程度感知出来ている。
背中を斬りつけようと剣を振るえば逆噴射で減速して避け、翼の羽ばたきで無理やり軌道を変え、くるりと回転しながら薙げばその場で跳ねるように上昇して回避。
それならばと《空歩》、《縮地》コンボで直角的に攻めても首捻り、上体反らし、半身になる、両足を上げて避け……と、機動性で差を付けられているジルは少しずつ苛立っているようだ。
MFAはその構造上、姿勢制御と上昇に長けている。装甲型スラスターも全身からの魔粒子噴射に一役を買っており、超常的な力を纏っているとはいえ、翼で飛翔する側には実現出来ない急激な方向転換も可能。
圧倒的な機動性。
スキルや力の込め具合で速度を上げようとも、接近と攻撃、それらの軌道や狙いを《直感》で察知しているシキには当たらない。
彼が考えていた『空に出ればこちらの勝ち』という作戦も強ち間違いではないらしい。
その上、反撃しないかと言えばそれも違う。
回避直後に反転して刀剣を当てたり、手甲で殴り付ける、蹴りや踵落としを食らわせるくらいは当然している。が、ジルの防御力、防御技能によって尽く弾かれている。
故に決め手がない。
「ふわぁーあ……長引きそうね。地上なら瞬殺で終わるのに」
「むぅ……私にもユウ兄と同じ装備さえあればあれくらい……」
「文明の力無し、単騎でアレと同等とか……あーやだやだ。たった一人の軍隊であると同時に魔導戦艦もビックリな速度で飛べるぅ? もう戦術兵器じゃない……うちの姫様が見たら何て言うかっ」
「魔法も銃弾も効かない……というか当たらないしねー」
「……竜人族は傷の治りも早いって『いくせーきかん』で習った気がする」
一人は欠伸し、一人は嫉妬し、一人はげんなりし、一人はやはり遠い目、一人はまさかの事実を口走っている。
そんな彼等の視線の先では「しつっけぇ! ストーカーかっ!」、「そりゃこっちの台詞だ! そんなにオレ様と会いたかったのかよっ!」等と叫び合う二人の姿があった。
揃って斬撃を飛ばし、当たって弾けた衝撃でまた海が揺れる。
「全くっ、ああ言えばこう言うっ……!」
「んなことより戦いに集中しやがれっ!」
「だから! こんなことしてる暇はないんだよっ!」
「なら作れよ! オレ様の為にっ!」
無茶苦茶を言うジルに、今一歩スイッチの入り切らないシキ。
セシリアは深々と頷きながら呟いた。
「うんうん、割りと本気でそんな暇なかったりするのよねぇ……」
これには「あ?」、「い?」、「う?」、「え?」と各員が固まり、ギギギ……と壊れた機械のような動きでセシリアを見る。
「あんたが言うと洒落にならないんだけど?」という目線を向けられたセシリアはそれはもう良い笑顔で返した。
「ええ、そのまさかよ。後三十分も掛からないんじゃないかしら? ほらっ」
何が、とは言わない。
代わりにシキ達の決闘とは真逆の方向に指を差した。
そこには銀色の魔導戦艦の艦隊の姿があった。
遥か遠方を横に広がる艦の群れ。確実に近付いてきている。
「う、うそん……」
「ななななっ、何でもっと早く言わないのよ!?」
「戦争戦争、また戦争かー……」
「うぅっ、スーちゃんあれ嫌ーい。戦えないもんっ」
遅れて観測班も艦隊を捕捉したらしく、警報が鳴り響き始めた。
「うわああああっ、まだ修理途中だってのに!」
「こっちなんかまだ穴空いてんだぞ!? 空気読めよ追撃部隊!」
「し、シキさんはこんな時にどこ行ってるんすか!?」
「あっ、レド君あそこ! 何か戦ってる!」
「「「「「はぁ!? 何やってんだよあいつっ!」」」」」
船員達が慌ただしく動き出し、島の方では要人達がストレスで胃を押さえている。
「クハハハハッ! 楽しいっ! 楽しいなあァァっ!!?」
「くぅっ……! こんな楽しくない戦いは初めてだ! いっそ本気でスイッチ入れてやろうか!?」
「おうおう入れろ入れろ! 楽しもうぜっ!?」
「こんのクソ女っ、殺す気で来やがってぇ!」
敵が直ぐそこまで来ているとも知らず、理不尽に怒りの感情を向けられているとも知らず……
シキは変わらず、ジルの猛攻に耐え忍んでいた。




