表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
234/334

第213話 生還

グロ注意。


 ふと気付くと。



 海中ではなく、地上に居た。



 世界と世界の狭間を越えたような感覚はなかったが、気付けば居た。



 呼吸が出来ず、足場すらなかった海じゃない。

 風が吹き、踏みしめられる大地に立っていた。



「っしゃおらああぁぁっ! 帰ってきたあぁぁっ!!」



 見覚えはなくとも、空気中を漂う魔素のようなものがその実感を与えてくれる。



 地球にはなかったものだ。

 久方ぶりのシャバの空気って感じで心地良い。



 しかし、思わず歓喜して叫んでいた俺は少ししてゼーアロットが居ないことに気が付いた。



 慌てて周囲を見渡すが、辺りに居るのは魔力を大量に消費してゼェゼェと息を切らしているライ達のみ。上にも居ない。



「ここはっ……」



 帝国の領土とよく似た乾いた大地。草木は一つもなく、かといってただ何もない荒地が広がってるだけかと思いきや、建物群の()()のようなものはある。



 ボロボロの街だった。規模は大きくない。シャムザの王都や帝都に比べればただの田舎街だ。防衛目的に建てられたと思われる、街を覆う外壁もその殆どが崩れ落ちており、人っ子一人いやしない。住人が居なくなって久しいという雰囲気はまさに廃墟。



 【原点回帰】は物体を自分or触れた対象の生まれ育った土地に飛ばす固有スキル。

 恐らく、ここはゼーアロットの故郷なんだろう。奴が飛ばした『核』もこの近辺にあると思われる。



「はぁ……はぁ……か、帰ってこれたっ、のか……、?」

「ぜ、ゼーアロットさんは……?」

「気配は……感じられるでござる」



 全員が服の水を絞り出しながらキョロキョロと見渡す中、最も探知能力に長けた撫子が震える手である一点を指差した。



 廃墟街の壁。唯一残った部分の天辺。



 確かに奴だ。離れ過ぎていて顔までは判別出来ないが間違いない。気配が、殺気が物語っている。

 おぞましいまでの憎悪を感じた。これ以上は許さないとばかりの牽制にも思える。



「……目的は果たした。深追いすれば返り討ちにされるのが関の山だな」



 そう呟き、警戒態勢と武装を解除。敵意がないことを示す為、ゆっくりと離れていく。



 向こうもやられたことに怒りこそすれ、こちらを害するつもりはないらしく、姿を消した。



「っ、消えたっ!?」

「……撫子さん、気配は?」

「遠ざかったり、近付いたり……ランダムでござる」

「大方、【原点回帰】で飛び回ってんだろ。場所は指定出来ないみたいなこと言ってたし、魔力に余裕があるとも思えん」



 くっつく際、地味に赤血球を『抜』いといた。まあ時間がなかったから大した効果はなかったろうが……当分は酸素を身体中に運ぶことが出来なくなっている筈。

 ただでさえ溺れて息切れしてるだろうに、何回呼吸しようと肉体はまともな呼吸が出来ない。さぞ苦しいだろうな。そんな状態じゃ向こうも態々危険を犯してまで攻撃してこないだろう。



 さて。



 可能であれば『核』は回収しておきたかったが、魔力は殆どすっからかん。魔力回復薬でも気休め程度にしかならないし、これ以上奴を怒らせたらどんな手に出るかわからん。



 ……ん、マジに潮時だ。



 第一目的は果たせた。欲を出したら軽く数百回は死ねるな。



 スキルが使えるようになったからだろう。復活した思考系スキルによって一瞬にして結論が導き出された。



 熱く火照っていた身体は奴から発せられていたプレッシャーを直に嗅ぎとり、フッとその熱を冷ましていく。



 急激に冷えたと言っても良い。冷静さが戻ってきた。よく死ななかったと自分を褒めてやりたいくらいの狂気だった。()()()()いた。



 少し反省が必要だ。ゼーアロットほどの強者相手にああなっちまうのはよろしくない。非常によろしくない。



 …………。



 軽く深呼吸。それと、思考を一度ゼロにする。



 最も大切なのは何か。姐さん達の安否を知ること。

 その次は……現在の世界情勢、並びに帝国とシャムザの状況……



 よし。



 久しぶりに増殖&高速回転させた思考能力は健在。自問自答することで冷静かつ客観的に自身の状況を鑑みることが出来た。向こうに飛ばされた時にも感じていたが、発狂の影響も殆ど消えているようだ。



 先ずは現在位置の特定……早く姐さん達と合流しないと。反省は移動中幾らでも出来る。



 漸く肩の荷が一つ下りた。



 そして、ある程度離れたところでマナミからエアクラフトを受け取り、ふわりと浮く。



「…………」

「ど、どうしても行っちゃうの?」

「拙者は……な?」



 三者三様の反応。

 ライは無言で貸していたエアクラフトを投げ返し、マナミは泣きそうな顔で引き留めようとし、撫子は妙にスッキリした様子で言ってきた。



 『核』のこと忘れてないか?



 という疑問が浮かんだものの、取り敢えず飲み込んでおいた。下手に奴を刺激されて核爆発でも起きたら寝覚めが悪い。



 俺は何も返すことなく浮上していき……



「あ、そうだ」



 忘れ物に気が付いたので声を投げ掛ける。



「返す。受け取れ」



 若干カタコト気味になったのは激痛への恐怖から。



 俺は僅かに逡巡した後、浅く息を吸って止めると、刀剣で右腕を斬り落とした。



「うぐっ……!」



 《狂化》で防御力を0にしたから抵抗という抵抗はない。



 俺の右腕は付け根から落下し、ライ達の前にボトッと音を立てて落ちた。



「っ!? ゆ、ユウっ……お前っ!?」

「ユウ、君っ……そこまでっ……そこまで私達のことが嫌なのっ……?」

「シキ殿……き、貴殿は……」



 続けて刀剣を魔法鞘に収納し、勢いに身を任せて右目の奥に指を突っ込み、眼球を抜き取る。



「ぐっ……がっ……はっ……はぐっ、うぅ……!」



 途中、血管のようなものに阻まれたが、握り潰すつもりで無理やり引っ張るとブチンブチンッと千切れていき、やがて抜き終わった。



「~~っ……!!! はぁっ……はぁっ……くっ……!」



 痛い。



 いつものように涙や鼻水、涎まで勝手に溢れるし、変な汗も変な息も出てくる。



 当然、血も凄い勢いで出てる。血涙どころか油か何かの体液まで漏れている。



 吐き気すら催すほどの激痛。心なしか頭まで痛い。関係ない背骨や腰にもその痛みが走るようだ。



 だが、これは俺が通さなきゃいけない意地だ。



 施しは受けない。



 少なくとも、お前達からは絶対に。



 そんな覚悟を示す為にも必要な儀式。



「はっ、はっ……はふっ、フーッ……フーッ……ふーっ……ふー……」



 深呼吸しながら眼球を落とし、エアクラフトに魔粒子を送り込む。



「ったく……姐さんは……十年近く前にこれをやった……ってのかっ……? 子供にこんなことをさせる国っ……成る程腐ってやがる……! あー痛ぇっ、気持ち悪ぃっ……! 眼球の裏の感触なんざ一生知りたくなかったっ」



 最早慣れ親しんだ片腕片目状態。



 この状態こそ今の俺にとって正常。



 回復薬は幾らでもある。どうせその内痛みも消える。



 ゼーアロットを倒す為には……こっちに早く帰る為には仕方のない措置だった。



 どんなに自分を言い聞かせようとしても、あまりの痛みで後悔に近い感情が沸き上がってくる。



「チッ……情けない奴っ……その程度の器かっ、俺は……!」



 雲の上に出た俺は既に見えなくなったライ達を振り返ることなく呟き、回復薬を取り出したのだった。
















 ◇ ◇ ◇



「あ、アイツ……狂ってるっ……何でこんなっ……!」

「行っちゃった……別にそのままでも良かったのに……」

「……覚悟は見事。しかしこれではあまりに……」



 シキの突然の凶行に驚く&引くことしか出来なかった三人は暫くの間、目の前に落ちている腕と目玉に硬直していた。



 しかし、シキは既に自身の本音を吐露している。

 ライとマナミは恐怖すら覚えつつも、それが彼なりの意思表示なのだと受け入れた。



「……撫子さんはこの後、どうするんです?」

「さっきのって……」



 数分もした頃、二人は徐に撫子の方を振り返った。



「当然、貴殿らの仲間に入れさせてもらうでござるよ」



 ニコッと笑って返す撫子に微笑を返し、嬉しそうに頷く。



「嬉しいな、撫子さんのような強くて綺麗な人なら尚更」

「歓迎しますっ。……それはそうとライ君? またナンパ? 前も言ってなかった?」

「……それはだな」

「あ、いや、掻き回すつもりはないでござるよ。有難いことでござる。ただ……拙者、幾つかの問題を抱えていてな……貴殿らとシキ殿は袂を別ったといえど、一度は話し合った。拙者も話したいでござる。色んなこと……勿論、シキ殿のことも」



 撫子は触り程度にしていた自らの一族の因縁を語った。

 暗殺に怯える日々から既に何百人と斬り捨てたこと、その中には親戚や兄弟も居た、と。



 所持している能力、ステータスも全て。

 仲間として認めてもらう以上、知ってほしいと何もかもを話していた。



「【一刀両断】……あの強力な力にそんな弱点が……」

「ふふっ、まさか戦いの最中に気付かれるとは思わなんだよ。まあ……拙者とシキ殿はその頃には友人……いや、仲間になっていたんでござるが」



 現在は『崩落』戦について。

 何度突撃しても斬れない内、シキは【一刀両断】の全容を見抜いた。付与能力であり、一撃しか効果が持続しないこと。一呼吸置けば無限に使えること。そして、一度でも何らかの物体に当たってしまえば効果が消えてしまうことも。



「だからゼーアロットさんを斬れなかったんですね。確かにあの時……肌に当たる直前、服に触れていた。服自体に当たり判定が出て、効果が発動してしまっていた……」

「シキ殿には『向こうはお前を殺す気なんだから、どうせなら腕の一本や二本、三本くらい貰っちまえ』なんて言われてたでござる。いやー……言うは易し行うは難しとはこのことでござるよ、ははっ」



 そこから自然とシキの話題になり、彼がどれだけ苦境を越えてきたか、どれだけの努力をしてきたかというものへシフト。



 ライもマナミも知らない彼の話。彼しか知らない過去話も彼自身が面白可笑しく『砂漠の海賊団』の仲間に話していた為、撫子も知っている。彼の苦労や悩みも人伝ながら。



 二人は撫子からの口コミに目を丸くして驚き、泣き、笑っていた。



 ほんの些細なすれ違い。

 そう感じたが故に。

 


 シキは否定したが、やはり彼も人間だと。

 今はわかり合えなくてもいつかは……。



 そう思わされたらしい。



「……なら、俺達のやるべきことも決まったね」

「うん。ゼーアロットさんが別勢力となった今、他種族との戦争なんかしてる場合じゃない。連合軍を止めないと……」

「あの『核』という兵器はそれほどまでに恐ろしいものなのでござるか? 拙者、威力も被害も皆目見当も付かないんでござるが」



 現状として、『天空の民』の艦隊は約1/3が壊滅。聖軍も上級の序列一桁台の聖騎士以外は見るに堪えない被害を出している。

 現時点で変わらず帝国やシャムザを攻めているとは考え辛いものの、連合の胡散臭さを身に染みて知っているライ、マナミからすれば信用が出来ない。今は連合を纏め直しているとしても、いつ歯止めが効かなくなるか、という恐れがあるのだ。



「まあ、ね……少なくとも街が一つ消滅する。これは確実に言えるよ」

「……あの爆弾? の雨を見ると安易に否定出来ないのがまた……いやはや文明の力とは恐ろしいものでござるな……」



 苦々しい顔のライ達に先刻の空襲を思い出したらしい。撫子は肩を震わせて唸った。



「今回の戦争で生じた聖神教と『天空の民』への不信……そして、『最強』と目されるゼーアロットさんの離反……ノアやロベリア達がどう動くか……いや、教祖がどう対応するか、か……」

「ライ君の方から掛け合ったりは出来ないの? 王族の人達……はあの調子だと発言権なさそうだけど」

「難しいと思うでござるよ。聖騎士の中でも特級のノア殿しか面識はないらしいでござるし」



 ライも撫子と同意見のようで黙って頷いている。



「……それなら――」

「――一応、考え直すよう進言してみるよ。俺も……イクシアの勇者として傀儡に成り下がるつもりはないしね。今回の戦争だって起きてしまった手前、ユウにはああ言ったけど、賛成してた訳じゃないから」



 マナミの神妙な面持ちは偶々被ったライの発言で消えた。



 撫子は一瞬で感情を隠したマナミに疑問を覚えつつもライに賛成し……



「……関係ないけど、撫子さん、私達の友達のこと失明させませんでした?」



 話を逸らされたと感じた。



 見れば、マナミの目が全く笑っていない。



 声音も軽くはないが、問い質しているというより、『やっぱり何でもない。黙ってて』と言っているような印象を受けた。



 撫子自身、相応のいざこざを経験済み。何か考えがあるのだろうと口をつぐみ、代わりに謝罪していた。
















 ◇ ◇ ◇



「まさかあの廃墟の街が帝都とイクシアの中間にあったとはな。……あの野郎、地味に帝国出身かよ……」

「私も行方不明だった旦那様とこんなに早くお会いできるなんて思いませんでしたわ!」



 一週間後。

 俺は情報収集と物資の補給を兼ねて帝都に立ち寄り、ルゥネとの再会を果たしていた。



 尚、道中の話は割愛する。ぶっちゃけ位置を確認しながら飛んでただけで面白い話はない。ただめっちゃうろちょろしたし、「ここどこ?」って訊こうとしてその辺に居た村の人にめっちゃ石投げられたくらい。何でどいつもこいつも石投げてくるんだ? 目付きか? 仮面か? 両方か? 理不尽過ぎだろマジで。ただ場所と方角訊くだけなのに丸一日掛かったわ。



「はぁんっ、シキ様旦那様ぁっ……好き好き好き好きぃっ、愛してますお慕いしていますぅっ」

「ルゥちゃんが……くっ……! ボクのっ、ボクのルゥちゃんが寝取られた……!!」



 現在は俺を心配し、ヴォルケニスの補修もそこそこに本国にぶっ飛んできたというルゥネに抱き付かれながら顔を擦り付けられていて、横に居る半獣半魔のフクロウ少女ココにやべぇ目で睨まれている最中だ。



「あー……言っておくが何もしてないからな?」



 思わずそう返す。



 ツインテールを盛大に切り、男かと見間違うほど短くなった髪を当てるようにすりすりしてきているルゥネは一見ただの変態か変人だが、その美少女っぷりも変わらず。



 戦いの最中は愛らしさと狂気。普段は言動は兎も角、可愛らしさを前面に押し出してきて反応に困る。



 見た目も……短髪なだけの金髪強気お嬢様系美少女って感じで普通に可愛いんだよな。まあ片腕と片胸と片目ないけど。俺が斬り落として失明させたんだけど。



「胸とお尻はまさぐられましたわ! 旦那様はお尻派らしもがぁっ!?」

「よ、余計なこと言うなバカっ、アレは不可抗力だっ。……つぅかお前が俺の腕掴んで触らせたんだろうがっ」



 もっとヤバいとこに手ぇ引っ張られたとは言えない。



 「ふーん……?」という返事と猛禽類特有の不気味な瞳が返ってきた。怖い。



 何というか……『ルゥちゃんに手を出したら許さないよ……?』みたいな謎の凄みを感じる。



 本人的には大歓迎なのに。帝国人だぞこの女。負けたら黙って靴舐めろってタイプの人間だぞこの女。しかも本来高貴な出自の自分にすら当て嵌めるから逆に(タチ)の悪い奴……何よりその本人が触らせてきたのに。



「ご無事で何よりですわっ、旦那様ぁっ!」

「ええいっ、ちゅっちゅちゅっちゅは止めぃっ。ストップストップっ、しつこいわっ」



 これ以上刺激すると何を仕出かすかわからない雰囲気だったので、頬やら額やら鼻やらに口付けしてくるルゥネを手で制し、真面目な話へと移る。



「……で? もう一度確認するが姐さん達は無事なんだな?」

「あっ、もうっ……えぇ、少なくとも撃墜されたという報告はありません。確実に言えるのは通称『海の国』と呼ばれる小国群に()()()()()属していた『狂った剣聖』と合流したこと、です」



 その変わり身の早さには正直脱帽する。流石女帝。今日ばかりは助かった。



 思わずそう感心したのが不味かった。



 ――では今夜辺り、私のベッドに! ぜひっ! ぜひっ!!

 ――聞こえてるよ? 死にたいの?



 ルゥネの本心とココの本心が直に伝わってきた。【以心伝心】で繋げていたらしい。



 誘われて脅されて複雑だわ。つぅか無駄に固有スキル使ってんじゃねぇよ。



「おほん。……あの人と合流したってんなら安全は確保されたに等しい。俺の知り合いを名乗れば多分守ってもらえるだろうし。何だかんだ優しいからな、あの人は」



 取り敢えずスルーした。



「旦那様がそこまで言う方ですか……一度思いっきり戦ってみたいですわ!(いつでも受け入れます! 何なら私から行きましょうか!?)」

「世界の『最強』だもんね、会ってみたいなー……なんて思ったり(殺すよ殺すよ殺すよ殺すよ殺すよ殺すよ?)」



 より怖い返答が来た。



 実際の声と心の声が同時に聞こえるのに両方とも理解出来るのがまた変な感じがして怖い。



 恐らくだが、【以心伝心】で伝わる意思は概念的なもので厳密には会話というコミュニケーションツールとはまた別のものなんだろう。だから感情も伝わってくるし、誤解なく相手の真意を理解出来る。例え同じタイミングに別のことを言われようと、聞き取れないなんてこともない。



 因みにルゥネからは完全に発情したそれ、ココからはガチの殺意が伝わってきている。

 負けた&寝取られた(と思ってる)から憎くて仕方ないと見た。反論しても無駄だった。「そんなのわかってるよ、だからこそ憎いんだよ……!」みたいな心が返ってきた。



 どうしろってんだよ。



「と、まあ冗談はさておき」



 パンッと手を叩いて場を改めたのはルゥネ。

 俺が斬り落とした腕に代わり、アンダーゴーレムの技術を流用して造ったという義手を装着中のルゥネは片腕状態から()()卒業している。



 新技術ということもあり、まだ実用化の道は遠く、戦闘などもっての他らしい。

 一応、日常生活くらいなら支障はないようだが、一定以上の衝撃や動作に耐えられないようで直ぐに捥げる。ていうか外れる。



「あらっ」



 今も手を叩いた拍子にポロリと外れ、床に落ちてしまった。



 ルゥネ曰く、神経接続や魔法的な措置をしている訳ではなく、簡単に言えばただくっ付けただけといった感じらしく、失敗作と言っていた。



 ――そんな目をしないでくださいまし旦那様? これでもトイレや自慰くらいなら出来るんですのよ? 銃も一発くらいなら撃てますし。



 俺だけに聞こえるよう意識共有のリンクを調整しながら変なフォローを入れてきた。



 ホント、返答に困るから止めてほしい。何で例に出すものがそれなんだ。お前らしいけども。普通、お茶くらいならとか物を持つくらいならだろ。



「はぁ……援助は助かるが、お前や帝国と関わると頭が痛くなってくる」

「ではベッドで癒して差し上げますわ!」

「あー要らん要らん、有り難迷惑だ」

「雑っ、そして冷たいっ! けどそんなとこも好き!」



 適当に相手しつつ、金属の塊塊感の強い義手を拾ってやる。



 思ったよりずっしりとした重量だった。試作品とはいえ、素材に疑問を覚えるくらい重い。



「ありがとうございます旦那様っ」

「……重くないか? 技術が向上したところで使えるようになるとは思えん」



 新装備の性能チェックという名目で行動を共にしている為、歩きながら会話を続ける。



「ええまあ。現状ではアンダーゴーレムの内部機構を模倣することくらいしか出来ていません。変換機構もそうですが、発生したエネルギーをどうやって向きや加減調節しているのか、何ならどうやって放出しているのかすら未だ解明出来ていないのです。何か重要な……古代技術の核に当たる部分がどうしても抜けている……そんな気がしますわ。素材を変えられるのはもう少し先になるでしょうね」



 これまでとは打って変わり、神妙な面持ちで義手を受け取り、ココに渡す。



「お恥ずかしい限りです。アンダーゴーレムそのものの再現……生産も目処すら立ってません。あれほど渇望していた戦乱の世が近付いているというのに、何の準備も……最も必要な技術を扱いきれずにいる」



 それが兵士なら良い。有象無象の、謂わば消耗品である駒が、自分達が使っている武器の内部構造を知らなくとも使用そのものには問題ない。



 しかし、統治者であると同時に技術者でもあるルゥネにとって、『原理はわからないけど取り敢えず使う』っていうのは許し難いことなんだろう。



 自分自身に怒っているような、やるせなさを感じているような、何とも複雑な顔で義手を見つめている。



 そこには先程までのふざけた一面はなく、一人の技術者としての矜持やプライドのようなものを感じた。



 その矜持がそうさせたのか、ルゥネは「ですが」、と顔の眼帯を外しながら続ける。



「義眼の方は概ね完成しています。未知の技術ですし、時間さえあれば……といったところですわね」



 痛々しい切り傷と共に現れたのはこれまた申し訳程度に眼球を模した黒銀の義眼。

 何かのセンサーなのか、そういう仕様なのか、黒目に当たる部分が薄い赤色に発光している。



 本人的には今一歩。しかし、素人の俺からすれば義眼の方が難しいように思える。



 言ってしまえば本当にそれで見えているのかと首を傾げざるを得ない。



 ルゥネはそんな俺の疑問を【以心伝心】で拾い、捕捉してきた。



「義眼と言っても魔力を可視化するだけの代物です。それほど実用性はありませんわ」



 例えば『火』の属性魔法。矢をイメージしたそれは炎そのもので顕現しており、目視でも見える。が、実際のところ、その形状通り魔力で満ちている訳ではない。

 顕現だけでなく、飛ばす為の魔力、維持する為の魔力、それらの魔力が集中している心臓のような部分が存在する。



 ルゥネが言う魔力の可視化とはそういった目に見えないものの可視化。

 魔法の種類によっては魔力のパスが繋がっていることもある。それさえ見ることが出来れば軌道や速度、威力等も推察出来るようになるし、ライの使う電撃のような、超速度の魔法でも初動くらいなら視認出来るかもしれない。



 つまり、冗談抜きでこれまでの戦い方を一変させる技術。戦術の幅が恐ろしいまでに広がる。



 だからだろう。謙遜と同時に何処かドヤっているような印象も受けた。褒めてほしいらしい。



「そうか。……それと、新型のスラスター装備が幾つか完成したんだって? トカゲとテキオが話してたぞ」

「ぁっ……」



 犬みたいだな、なんて思いながらも頭を撫でてやり、先の戦争で生き延びていたという二人の話を持ち出した。



 何でもトカゲは俺達同様片腕を失い、テキオは全治二ヶ月ほどの怪我で済んだらしい。

 回復薬や回復魔法といった超常的な医療技術がある状態で二ヶ月は中々重症だと思うんだが、本人はピンピンしていた。トカゲも義手が出来上がり次第、また俺の下に付きたいとのこと。



「んぅぅ……そ、そうですね、装甲型のものが幾つか……ぁんっ……」



 敗者必滅、強者必生。

 ルゥネにとって俺は人生で唯一己を負かした男。その上、下克上上等の帝国では珍しいものの、負けたからこそ勝者に媚び従うべきという考え方の持ち主。



 歓喜で目を細め、頬を赤く染め、身体をガクガクと震わせているルゥネから心そのものが【以心伝心】で伝わってきた。



 尊敬、愛情、心酔、崇拝……etc。そこには一欠片の悪感情もなく、俺の全てを肯定されるようで心地いい。



「んっ……」



 俺の腕にしなだれ掛かり、少し惚けながらも会話だけは律儀に続ける。



「装甲型スラスター……見た目はただの金属板。その実、極小のスラスター孔があり、裏面には散り散りになっていた『崩落』の肉片を使って衝撃吸収効果を付与。各部位に装着すれば装甲としての役割を果たす他、旦那様や私が行う姿勢制御、急激な体勢変化などに有効です。こちらは量産の目処が立っているので贈呈致しますわ。勿論、専用にチューンナップされたものを」



 俺専用……あの人の鱗を使ったものか。全部別のものに注ぎ込んだのかと思っていた。



 生物由来のものは通常使われる金属よりも軽い。

 硬度も手甲や胸当てが証明している。何度助けられたかわからないほどに。



 それが、今回は『世界最強』の鱗と今まで戦ってきた魔物の中で最恐最悪の『崩落』の素材を使った装備だというのだから頼もしい。



 頭部に生えていた鉱石は硬すぎて加工が難しいとのことだが、技術が発展すればその内新たな素材となってくれるだろう。



 手当てもしてもらったし、水や食糧の補給、装備も新調した。姐さん達の無事は殆ど確認出来たに等しいが……やはり魔導戦艦()は欲しい。俺の軍もだ。レドにリュウ、『砂漠の海賊団』からも三十人ほどが付いてきてくれる。トカゲら帝国の独立暗殺部隊も治療と武装が出来次第。



 ……まさか魔国に行く前にあの人と会うことになろうとはな。



 まだ納得のいく強さは得られてない。



 少なくとも、あの人には届かない。



 ボロ雑巾みたいにされるだろうなぁ……。



 そうは思いつつ、何処か心の躍っている自分が居た。



 古代技術の発掘、スラスター技術の革新、『天空の民』の登場、連合の結成によって、均衡状態に陥っていた世界のバランスは崩れ始めている。



 未だ実態の掴めない魔国と獣人族の国、同盟国となったシャムザ&帝国、人族勢力の殆どを吸収した連合、連合から離叛したゼーアロット……そして、俺達。



 あの人が何処の勢力に付くのか、はたまた何処にも付かず新勢力を名乗るのか。



 実に気になる。



 テキオやゼーアロットとは違って固有スキル無し、純粋な才能と血の滲むような努力で最強に至った人だ。そもそもが誰かの下に付く人じゃない。

 


 加えてルゥネ並みの戦闘狂でもある。



 これまでの全てをぶつけてこいと言ってくる姿が目に浮かぶ。



「あぁ……早く会いたい……戦いたいなぁっ……!」



 思わず本音が漏れてしまい、自分で驚いた。



 見れば隣のルゥネは賛同するように不敵な笑みを浮かべており、ココは両翼をやれやれと振っている。



 姐さん達やあの人との再会の時は勿論、大陸全土を分断する最悪の大戦争が刻一刻と迫っているのを、俺は密かに感じていた。


来週か再来週お休みになるかもです。


少し早いですが皆様良いお年を~(* ̄∇ ̄*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いつものように、良い章でした。壮絶な戦いでした。シキがあの 3 人の愚か者に決意を示す方法が大好きでした。この章をありがとう、そして頑張ってください。 [一言] 本当に、この3人は救いよう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ