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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
232/334

第211話 対物理最強作戦

ギリギリ間に合わなかった……!


ちょいグロ注意です。



 時刻は日本時間にして約午前三時頃。



 たった半日という極めて異例な速度で行われた緊急作戦会議後、数時間家族と最後の一時を共にしたシキ達は現場に急行していた。



『目標発見、目標発見。これより、対象に――』



 専用航空機内にパイロットの声が途切れ途切れに聞こえる中、刀を杖代わりに、武人のようなポーズで精神統一をしていた撫子は徐に口を開いた。



「こういう時くらい素直に協力出来ぬものなんでござるか?」



 現場では既に先行部隊が仕掛けており、戦闘機によるミサイル攻撃に空爆など、おおよそ人間一人に向かって降るものじゃない種類と量の雨が降り注いでいる。

 深夜の海だというのに辺りは明るく、波も打っている。戦闘の余波はかなり離れた距離まで届いているようだった。



「……先に裏切ったのは向こうだ。こっちが頭を下げたのにも関わらず、信用出来ないと()()()ことをしたのも向こう。ま、下げた頭にそれほど価値があるとは自分でも思ってないがな」



 懐に通話状態の携帯を忍ばせ、マナミだからこそ言えたことをライや撫子にまで聞かせていたのはシキとしても記憶に新しい。

 その行動自体は許せる。立場が逆ならそうしただろう。ライ達の目線で言えば自分ほど悪事を働き、信用出来ない奴は居ないという自覚もある。しかし、どうにも納得出来ないのはライの発言や態度から見えてくる本音だった。



「アイツは人を信用出来ないから穿った見方になると言った。要するに、『お前の目線でばかり見てないで少しはこっちの気持ちを考えろよ』ってことだ。人族目線で他種族を迫害し、種そのものを絶滅させよう、奴隷にしようと考える組織に協力しておいて……」



 撫子が何やら口を挟もうとしているのを()手で制し、シキは続ける。



「主義主張の矛盾……それが多少ならまだわかるさ。人間だからな。俺だって人には情で動くなと言っておきながら情で動く。奴等が奴等なりに聖神教のやり方や在り方に疑問を抱いてるのもわかる。……けどな、限度ってもんがあんだろ」



 恐怖、動揺、錯乱……様々な感情はあれ、魔族になったばかりの自分に剣を向け、そうかと距離を取れば「謝りたいんだ」と近寄り、拒絶すれば「何故だ」と憤った。

 帝国主義を掲げるルゥネ達やアーティファクトを多数所持するシャムザを、連合に加わらないからという理由で人族に仇なす悪だと断定する組織に所属ないし協力し、こちらが理不尽だ、恐喝だろうと怒れば「仕方ないだろう?」と子供でも諭すように言ってきた。



 その上、こちらの世界に来てからの主張は「人のことを信用出来ないから荒む」である。



「人を絶望のドン底に落としておいて……人を〝死〟に晒しておいて……」



 幾度となくあった死地を乗り越え、得てきた仲間や好敵手の否定。



 それはつまり軌跡の否定。



 これまでの経験……ライ達が最も重要視する『過程』を拒絶したに等しい。



「その道を辿らせた張本人がよぉ……『その道は間違ってるぞ、バカなのか? 普通わかんだろ?』とほざいてんだぞ? 見方も主張も言動も何かもかもに筋が通ってねぇ。俺は今まで何のために……誰のせいで何度も死にかけたと思ってやがるってんだ。これが許せて堪るかッ……!」



許しがたい所業。



 あまりの怒りに全身がわなわなと震え、握った両拳からは血が流れてくる。



 知らず知らずの内に漏れていた殺気により、船体内部が軋むような音を立てたことで冷静さを取り戻し、「フーッ……」と長い息をついて目を瞑った。



「しかし……彼等に悪気はあるまい?」



 シキの心情を察しつつも、言わずにはいられなかったのか、暫く黙考していた撫子が反論するように言う。



「なかったら何だ?」

「貴殿の感じる侮蔑や憐れみといった感情は……拙者には感じられぬ。ライ殿もマナミ殿も善意で――」

「――善意だからこそ問題なんだろうが。悪意のねぇ悪意。伝わらない善意なんざ悪意と変わらねぇ。だが奴等からすれば崇高で尊い善意だ。否定すりゃこっちが悪になっちまう。だからああやって『人が折角善意で助けてやろうってのに拒否するなんて……』と、被害者面をする」



 ーーッ!!!



 被せてまで言い返した次の瞬間、航空機の中であるにも拘わらず、外から爆発音のような音が聞こえてきた。



「……反撃し始めたか」



 そう呟くと同時、突風のような衝撃が船体を襲い、激しく揺れた。

 撫子はそんな中でも真っ直ぐシキを見つめて言ってくる。



「っ……ま、また人が死ぬんでござるよ? それでも、でござるか?」



 何処かムクロに似た、懇願するような目だった。



 しかし、撫子はライに惚れている女だ。

 価値観やものの考え方もシキよりライに近い。



 ならば返答は一つ。



「それでもだ」



 シキはニヤリと笑った。



「お前や奴等にとってどうであれ、俺は俺の全てが虚仮にされたと感じた。どう感じるかは俺が決めることだろ。俺が基準……俺が世界、俺の世界だ。お前もお前の世界で……目線で、意思でそう決めた。なら止めはしねぇ。ただ……次に会う時はお前も敵だ。俺はもう揺れない。魔族だとか人類の敵だとかは関係ない。俺は俺の道を阻む奴全てを殺す」



 撫子がライの横に立ちたがっていることは早い段階で気付いていた。



 惚れた等と本気かどうかわからないことを言ってはいたが、その前から予兆は見せている。今更、疑問も怒りも湧かなかった。



「少しくらい引き留めてくれても……」

「知るかよ。格好付けて言やぁ俺は俺の道を往く、お前もお前の道を往けってこった。元より交わらない筈だったのを、お前が勝手にねじ曲げたんだ。お前の都合でな」

「……時が来た、と?」

「どうとでも捉えてろ。……時間だ」



 彼等を移送する航空機が戦場の真上を横切る。

 パイロットからその旨を伝えられた為、会話を切ったシキは首や手首をゴキンゴキンと鳴らすと開いたドアから飛び降り、表情を曇らせていた撫子もその後を追うように降下し始めた。








 ◇ ◇ ◇



 そうして降りてきた俺が見たのは不気味なまでに赤く燃える海。



 ヒュ~ッ……という何かが落ちる音と爆発音も聞こえる。



 視線を周囲に移すと戦闘機の群れが無数に隊列を組んで黒い雨を降らせていた。



 空爆。



 出来ればこちらの世界ではあまり見たくなかった光景である。



 人一人にここまでするか、ここまでしても傷一つないだろうな、という相反する感想が脳裏を過った。



「……人死にを出して漸くか。バカな奴も居たもんだ」



 背後から聞こえてくる「う、海って燃えるんでござるか! 知らなかったでござるっ!」という声をスルーし、空爆より少し離れた位置で沈没、あるいは海上で燃えている戦闘機を見る。



 そのどれもがひしゃげているか、半分程度しか残っておらず、パイロットに至っては影すらもない。



 空爆をしてくれた大国とは別の国の部隊。

 俺達との話し合いでも、最後まで「機銃で十分だ!」、「我々が先行させてもらう!」と意見を曲げなかった国の末路だ。



 機関砲や非誘導ミサイルも使ったようだが、結果は見るも無惨。



「始末書じゃ済まねぇな……」



 なんて呟いた直後、空爆が止んだ。



 突如訪れた静寂が意味するのは作戦の次段階への移行。



「来るぞ撫子!」

「承知しているっ!」



 火や煙、水飛沫が鬱陶しかったのか、ゼーアロットは海を殴ったらしく爆発もかくやという衝撃音が聞こえ、大津波が発生。周囲を飲み込み、火は一瞬にして消え去った。


 

 瞬間。



 俺達から少し離れた位置からゼーアロット目掛けて一直線に紫色の稲妻が落ちる。



 青くも見えるその落雷は一筋の光と共に消え、聖剣を振り下ろしたライの姿に変わった。

 体当たりするのかと思ったが、直前で生身に戻り、その速度を乗せて攻撃したようだ。



「っ、受け止められてるでござる!」

「黙って続け!」



 衝撃で僅かに海に近付いているものの、落ちてはいない。海上でギリギリの戦い。

 しかし、手のひらで軽く止められた挙げ句掴まれたらしく、ライとゼーアロットは何やら叫び、話し合っている。



 そんな視界の端に、白に近い魔粒子を放って降下するマナミを捉えた。



「ユウ君っ!!」

「援護は頼んだっ! 指示も出してやってくれ!」

「了解ッ!」



 マナミには俺のエアクラフトをくれてやった。

 スラスター組とエアクラフト側に分かれた訳だ。



 作戦の都合上、マナミは固有スキルが届く範囲で留まる必要がある。



 俺と撫子はゆっくりと減速し始めたマナミを他所に、降下速度を上げた。



 先程まで燃えていたからか余熱があり、酷く熱い。目を開けるのもやっとだ。



 熱風の中を突き抜け、熱より寒さを感じ始めた頃。ビュービューという風の音でほぼ統一されていた耳に剣戟と怒声が届いた。



「人の命を軽く見る奴がっ、世界を正そうなどとっ!」

「おほっ、聖神教は違うようですねぇっ、何せ他種族は人ではないですしっ」



 ライは相変わらずブーメランを投げており、ゼーアロットにも突っ込まれている。



 戦闘の方もどうやってか聖剣を放させたようで、エアクラフトを巧みに使い、ヒット&アウェイ戦法で付かず離れずを徹底している。

 魔法による電撃や【紫電一閃】による高速突撃、高速離脱も上手い。



 そこへ俺と撫子も参戦する。



「真打ち登場ってなぁっ!」



 刀剣を抜き、再加速を掛けて振り下ろした。



「で、しょうねぇっ!」

「ぐわっ!?」



 タイミングを掴まれ、斬り上げの瞬間を掌底で突き飛ばされたライと交代するように見参。やはり片腕で防がれる。



「おやっ、おやおやっ!? 貴方様っ、腕がっ……目もっ!?」



 ギリギリと接触面で鍔迫り合いのようなことをしている内、俺の状態に気付いたらしい。



「あぁっ、マナミに『治』させた! お前相手にハンデ有りじゃあ不利なんでなっ!」



 元来の形状から欠けたものの再生。

 それこそマナミの本領。



 今の俺は全盛期の力をかんぜに取り戻していた。



「よく見えるっ、もどかしくねぇっ! クハハハッ! 全快ってのは気分が良いなぁッ!?」



 返すと同時、くるりと反転し、右手で抜き取った爪長剣でゼーアロットの顔面を突く。



「固有スキルはハズレとはいえっ」

「クハッ、それはどうかなっ!」



 当たり前のように首を傾けて避けられた為、刀剣に魔力を流し、赤熱化。迫る拳の速度を落とさせ、こちらも身を捩って躱した。



「ぐっ、ぬぅっ……!?」



 ゼーアロットが悶絶し、拳が空を切ったのを皮切りに全身から魔粒子を放出。回転するようにして後退すると、背後から静かに迫っていた撫子と代わる。



「固有スキルと言うのならっ!!」

「っ、貴女様も居ましたねぇっ、そう言えばっ!!」



 やはり、と言うべきか……ゼーアロットの動きが少し鈍い。反応もだ。



 必殺必斬の刀を()()()()()()()受け止め、反撃の拳を返しているが、撫子のスラスター技術、速度で回避出来る程度。こちらに来た時、『核』を奪った大陸で再会した時とは雲泥の差だ。



 とはいえ、対処法は知っていても能力自体は重く捉えているようで、ゼーアロットは珍しくスラスターを全開にして離れた。



「むぅっ、こうも速度が同じでは手が出せんっ」



 撫子が苛立った様子で刀を納め、その場に留まる。



 ゼーアロットと撫子の使うスラスターは同種のもの。俺の昇華タイプと違って変換タイプは従来の速度しか出せない。

 それはゼーアロットも撫子も、他の雑兵でも同じ。故に撫子は深追いが出来ない。出力は同じでも総魔力量が違うからだ。



 俺やマナミと比べ、圧倒的に殺される確率の高い撫子に任せた役割は牽制と奇襲。



 ライがウザい電撃、ウザい雷化、ウザい回避能力で気を逸らし、撫子が無視出来ない固有スキルでチクチクと狙う。



 ゼーアロットはさぞやり辛いことだろう。俺達の目的は帰還。つまり、ゼーアロットが生きてさえいれば良いという条件。四肢欠損級の怪我は奴とて避けたい筈。



 爪斬撃を飛ばして追撃し、真横からは俺に続くようにして飛来した電撃の放出主を見やる。



「遅ぇぞっ!」

「そんなのは後で幾らでも聞くっ! 今はっ……!!」



 再び紫色の雷と化し、雷速でゼーアロットに迫ったライは今度こそ体当たりし、ゼーアロットを痺れさせた。



「ぐががががっ!? くっ……し、びれっ……るっ……! き、きゅっ……救世主ライっ……貴方様には……反撃しないとでもっ!?」



 ライ曰く、【紫電一閃】を全身に使った瞬間は意識を失うらしい。



 どういう能力の固有スキルでもデメリットはある。が、ライの場合は意識の消失。



 二年越しに知った衝撃の事実である。

 その為か、全身の雷化の後は僅かに反応が遅れてしまう。



「ぐあああぁっ!?」



 丁度、左腕の肘から先を手刀で飛ばされたようだ。血で海を赤くしながら苦痛の声を上げている。



「疲労し、痺れて鈍い相手にっ!」



 そう叫び、特攻する俺の役割は遊撃と司令塔。

 最も自由に動けるものの、最も意識を戦闘そのものに向けなければならない役目だ。



 専用の強化型スラスターが唸るように魔粒子を噴き出し、この場の誰よりも速く突撃する。



「そう言う貴方様にはっ、脅威がないっ! 固有スキルで『最強』へと至ったワタクシを倒せるのは同じく固有スキルのみっ! しかし貴方様はっ!」



 今作戦の要とは程遠い役割だが、撫子と違って一撃離脱が確定してない分、意識を削げる。



「《狂化》出来ない俺なら大した攻撃力はねぇってか! クハッ、当たりだよ脳筋野郎ッ!」



 真っ直ぐ伸びてきた右ストレートを跳び箱の要領で躱し、手甲で顔面を殴打しながらその首に抱き付く。



 硬いには硬いが、実際に触れてみるとタイヤみたいな感触がした。



 人体だからだろうか。にしては刀身や弾丸は軽く弾くが。



 なんて感想を抱きつつ、マジックバッグに手を突っ込む。



 因みに俺の渾身の殴打は頬を少しだけ歪ませ、目をぱちくりさせる程度で終わっていた。



「何をっ!?」



 暴れるゼーアロットの背中から腹に足を伸ばして固定し、ライと撫子が間髪入れずに邪魔をしてくる。



「させるかっ!」

「邪魔立てさせてもらうでござるっ!」

「っ、ええいっ、鬱陶しいっ!」



 ただくっついてるだけの俺を放置し、防御に回った。



 馬鹿だ、本当に脳筋野郎だ。



「良いのかァッ!? 背中ががら空きでっ!!」

「っ!?」



 言われて初めて思い出したらしい。



 これまでの爆撃でも多少は意識して防いでいただろうに。



 そう思いながら、背中から生える傘型のそれを一つ、根本からへし折ってやった。



「っっ!? よくもっ!!」



 感覚で理解したのだろう。



 決定的なものが破壊されたと。



「散開っ、離脱ッ!」

「了解!」

「ぐっ!? し、承知っ……!」



 やたらめったらに暴れられても困る為、急速離脱。それと同時に取り出した閃光弾を放り投げる。

 光が放出される寸前で、撫子が肩辺りを殴られて腕が捥げたようだが、そちらも何とか後退していた。



「っ、目がっ……か、考えましたねぇっ! これではっ、新たに『核』を得ることもっ……いえっ、飛ぶことすらもっ……!」



 幾ら無尽蔵にも思える魔力を持っているゼーアロットでも、自力では飛べない。



 つまり、こいつの弱点はスラスター。飛行を可能にしたアーティファクトが弱点なのだ。



 その上、まだ飛行そのものに慣れてない。吐いた弱音を証明するように、ゼーアロットは途端にフラフラと不安定な動きになり始めた。



「ふっ、ふっ……ふーっ……い、痛かったでござるぅっ……」

「数秒あればそうやってマナミが『治』してくれますよ、撫子さん」



 マナミの【起死回生】の力が降り注ぎ、散開後、直ぐに合流し、仲睦まじげに話していた二人の傷をあっという間に癒す。

 ライの腕は元より、欠損直後の撫子すらみるみる内に腕が生えてきた。



 マナミの役割は回復。最強の再生能力による援護だ。



 そして、もう一つ。



 戦場を見下ろす位置に居るからこそ出来るもう一つの役割。



 再び聞こえてくるヒュ~ッ……という音の発生源を見上げた。



「……へぇ、下から見るとこう見えるのか。ステータスがなかったら絶望するな」

「言ってる場合かっ、手伝え!」

「流石シキ殿、人が大怪我しててもマイペースでござる……」



 別の部隊と交代したor弾を補充した部隊への空襲指示。



 全体を見ているマナミだからこそ俺達の状況を見て指示が出せる。



 初めてだからか、少しタイミングが早かったが、まあ許容範囲だろう。



「ぐおおおおおっ!? よくもっ、よくもやってくれましたねえぇぇっ!!」



 ゼーアロットの絶叫が聞こえる。



「クハッ、元気だなぁオイ。さっきまでの余裕はどうした聖神教の『最強』さんよ」



 爆撃による大規模攻撃と俺達による近接局部攻撃。



 既に片翼は捥いだ。



 残りはもう片方の背面スラスターとブーツ型スラスターが二足。



 魔力と体力回復の為、巻き添えを食わない為にも撫子を引っ張ってやりながら。



 『最強』故の傲慢さで油断していたゼーアロットを見下ろすのだった。

次回帰還! オー◯ロードが開かれる!ヽ(・ω・´)ノ

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