第210話 協力体制
「また黙りかっ! 大人を舐めるのも大概にしろ!」
目の前の机が叩かれ、ダァンッと日本では中々聞かない音が響く。
「お仲間の二人はペラペラと面白いことを言っているらしいぞ? 稲光雷、癒野愛美。何でも異世界に行っていたとか? お前もそうなんだろう? 全くこんなコスプレまでして……で? こうやって大事になったら黙秘かよ。人の仕事増やすんじゃねぇ!」
と、再びダァンッしてきたのがベテラン風のオッサン刑事で、
「や、止めた方が良いですって先輩っ……こいつ、確保の際も妙な力を使ってたから気を付けろって言われたじゃないですかっ。第一、空飛んでたんすよっ? マジでヤバいですってっ」
と、オロオロしているのが新人風の眼鏡刑事。
警察との違いも知らんし、何なら刑事かどうかも適当。
しかしまあ、取調室なんて初めて入ったがこいつは酷い。
前者は正直に話しているらしいライ達の供述を信じてないようで、後者は「やべぇ奴等だから関わりたくない」感が凄い。
何より連日延々取調を受けている。休憩はほぼ無し。飯も出やしない。
犯罪じゃかなかったっけかなこの状況。常人ならさっさと色々認めて冤罪が成立しちまうだろ。
「しつこい奴等だな。あの二人が話してんならそれ以上言うことはない。全て事実だ。嘘を言う必要がねぇ」
机の足に手錠で繋がれた左手を、「これもアウトじゃね……?」とか思いながら返すと、オッサン刑事が「この野郎っ!」と胸倉を掴んできた。
「それより腹減ったんだが? 水はどうした。この扱いは不当じゃないのか?」
殺気を放ちながらの返答。
周囲のものが震え始め、机や壁にヒビが入るが、オッサン刑事はまるで動じず、鼻で笑って答えた。
「はっ、異世界から帰ってきたとバカ抜かす異常者共相手に、何でまともな扱いをしてやらなきゃならん。アホか」
「せ、先輩ぃ~っ……」
「泣きそうな顔するなっ、見本見せてやってんだから黙ってろ!」
茶番だ。
眼鏡刑事は兎も角、このオッサン刑事はわかっている。
口では悪ぶり、素知らぬ顔で犯罪紛いの恫喝をしてくる。が、ライ達の言っていることが真実であろうことを理解していて尚、俺という別の視点の情報を得ようとしている。
飯も水も出なくなったのは俺に尋問する奴がこのオッサン刑事に代わってから。つまり、この男が元凶。それまではビビってばかりでコロコロ担当が変わっていた。お偉いさんらしい団体も来たが同様。
それがどうだ。
この男、見た目はショボくれた刑事……その辺に歩いてそうな何処にでも居る中年のオッサンだ。
白髪交じりの頭、パッとしない顔、煙草臭い身体、シワっシワの服……
しかし、中身はプロ。目は口ほどに物を言う。俺があの世界で学んだことの一つだ。この男は目が他の奴と違う。生きた目だ。生を感じる目だ。死線をくぐったことのある目だ。
法なんざ知らんとばかりのやり方。
原理のわからない脅しを軽く受け流すふてぶてしい態度。
実に俺好みで面白い。
ライ達と分断され、ただ一人ゼーアロットの対処法を考えていた俺にとって、最終的に自分が泥を被ってでも日本の為に動こうとしているこのオッサンは唯一の玩具に等しい。
一日、二日、三日と日々どころか数時間で代わる担当。最初は誰もが人をおちょくった態度で来るくせに、いざ俺の〝力〟を目の当たりにすれば途端に青い顔をして出ていく。
そんな中、現れたのがこの男。俺としては言った通り、ライ達に訊けという返答で完結しているが、コイツにとっては違うらしい。
どうあっても話を聞く。そんな感じの気概を感じた。
「……なぁおいオッサン。わかってんだろ? 良いから黙ってお偉いさんを呼べ。これは政府が動かなきゃならねぇ案件だ」
「あぁ? その前に下っ端が調べる必要があんだよガキぃ。ちょいと大人ぶっただけの奴が調子こいてんじゃねぇぞコラ」
チンピラ同士のような会話に、眼鏡刑事はオロオロするばかりで何も出来ていない。
だが、俺にはわかる。
このオッサンもこのやり取りを楽しんでいる。
「ったく……お前みてぇな尻の青いガキがなんて目ぇしてやがる」
「クハッ、ほざけ。生まれつきだ」
「はははは! なーにが生まれつきだクソガキ。俺はその目に覚えがあるぜ。ヤクザとか暴力団のそれだ。たまに外国から来るやべぇ奴等のそれだ。テメェ……マジで人を殺してきたな? それも相当。……比べるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるくらいだ。人をゴミか何かと思っているような目……ははっ、笑えねぇなぁ?」
どうやら向こうも俺の目から何かを察したらしい。
「ゴミじゃねぇ、虫だ。はっ、刺されると痛い蜜蜂ってとこか?」
「銃弾も弾くんじゃあそういう認識にもなるだろうな」
互いにニヤニヤと下品な笑みを浮かべて対峙する。
相変わらず眼鏡刑事の眼鏡野郎は怯えてばかりだが、手は動いている。俺に関する情報を書き留め、ひたすら手元の紙を埋めている。
成る程、タッグを組むだけはあるようだ。
「で、だ。取り敢えず、そのゼーアロットとかいう男について訊こうか? 奴の能力、背景、出自に犯行の動機、何もかもだ」
「知ってどうすると何度言えばわかる。ライとマナミに訊け」
「お前の口から聞きたいんだと何度言えばわかんだ? あ? 良いから答えろよガキ」
「大人気なく喚くな。アンタは息が臭くて敵わん。そいつと話させろ」
指で手錠をすり潰し、「あー肩凝った」と腕を回しながら言う。
「ひぃっ……こ、こいつっ、また本物の手錠をっ……」
「……ちっ、相変わらずどんな手品なんだよそれ。大体、器物破損だぞ。逮捕もんだ」
少し疲れれば手錠を破壊し、鉄格子のある独房(?)に入れられれば曲げて外に出たり……これで何回目だろうか。
全身を縛られようが、魔法も使える。装備やマジックバッグを取られそうになった時は熱風を吹き付けてやったりもした。
拘束という拘束は意味を成さず、こうして飯や水が断たれてもマジックバッグから幾らでも取り出せるので問題はない。
ましてや、乱暴しようもんならライ達と違って普通に手ぇ出すからな、俺の場合。かなりやり辛い相手だろう。
「は? えっ? はぁっ!? い、今何処から!?」
「おーおー……今度は飯に水………………あん? 飯かそれ。デカ過ぎだろ。水は……水筒ってのはわかるが……随分、珍しい造りだな。今日日日本で見ねぇぞそんなの」
明らかに入りきらない量のものが腰のバッグから出てきたことに両者は驚き、オッサンの方は出てきた物の方に注目している。
因みに、出したのは砂漠に居た何とかスコーピオンってサソリのハサミと皮水筒だ。ハサミは足のひしゃげた机よりも大きく、一部から少しだけ肉が出ている。
「ん? あ、食うか? デカいサソリの肉なんだが」
「……要らねぇよ。何でそこで気ぃ遣うんだよ。なんてもん食うんだよ。てかカニかと思ったらサソリって……いやいや、どっちにしろデカ過ぎやしねぇか? 殻付いてるし……お前が宇宙人か何かに見えてきたぞ……」
いや、皆虫は食いたくないって寄越すから余るんだよな……主にアリス。中身は日本人でも身体は現地人のくせに。
小憎たらしい友人の顔を思い出していると、「ユウちゃんこういうの好きだろ? 主食、虫だもんな。ほら、やるよ。いっぱいあっから。感謝しろよ?」とか言われて目の前に山積みにされた記憶が脳裏を過った。
確かシャムザから出る直前だな。あの時は思わず、「そう言うお前は主食、女だろ? そこの三人以外に別の奴と日替わりで遊んでるのよく見かけるぞ」と言ったんだっけか。
気付いたら増えてる百合ハーレムに少し引きながらの仕返しだったんだが、皆凄い目ぇしてたな。「て、テメッ、何でそういう時だけ目ぇ良いんだよ!」と捨て台詞と共に走り去ったのには笑った。まあそのハーレム三人組に「ちょっと今の話詳しく聞かせてもらっても?」と詰められて直ぐ真顔になったが。
「あり得ないあり得ないあり得ないっ……魔法っ……マジで魔法じゃないっすか先輩っ……!」
「物理的に不可能なことをやってのけ、今度は手から火を出すって……もうダメだ、俺には付いてけん……」
『火』の属性魔法で炙ってから気付いた。ここ密室やんけ、と。
「換気だけしとけよ。死ぬぞ。安心しろ、今更逃げたりなんざしねぇ。いざとなったら壁ぶち抜いて逃げるから大丈夫だ」
「チッ……その情報の何処が大丈夫なんだってんだ……」
「ごほっ、ごほっ……や、止めろっ、苦しくないのか!?」
蔓延していく煙に眼鏡刑事は咳き込み、オッサンは口を抑えながらドアを開け放つ。
どうせならと、風を作り出して近くの窓から出してやった。よくよく考えれば煙に反応して警報が鳴るだろうし、騒ぎにもなる。
俺の周囲だけじゃなく、窓まで続く天井に風の膜を作り、更には煙を覆って向きを調整っ……と。
「よし」
「よしじゃねぇよ馬鹿野郎」
「っ、こいつの周りだけ煙がっ……天井や廊下までっ……ど、どうなってるんですか先輩っ……!?」
外野を無視して魔法鞘から短剣を抜き、ザクザクと赤くなり、少し焦げ始めた外殻を切り取っていく。
そうして出てきた灰色に近いサソリ肉はやはりまだ生っぽかった。
「んー……熱耐性と魔法耐性があるっつってたな。そりゃ効かんか」
等と呟きつつ、数分クッキング。
やがて出来上がったそれに軽く塩を振り掛け、短剣で刺し取ると口一杯に頬張った。
「うん、美味い」
「ジ○坊かお前は。何普通に食ってんだ。机を皿代わりにすんな」
「そこじゃないっす、そこじゃないっすよ先輩っ」
塩、醤油、香辛料と色々味変しながら食っている最中、最早ツッコミを諦めたらしいオッサンが溜め息混じりにタバコを取り出し、火を点けながら言ってきた。
「フーッ……マイペースな奴だな」
「ちょっ、先輩っ、タバコは不味くないですかっ!?」
「良いだろ、どうせ煙と一緒に外に行くんだから。ったく……若い奴は頭が固くてしゃあねぇ。ま、それはお偉方の老いぼれ共も同じだが」
フーッ……と、俺が作り出す風道にタバコの煙を吹き掛けるオッサンに、眼鏡刑事も肩を落として手元を見る。
こちらは相変わらず凄い勢いで紙に何やら書き殴っている。ツッコミ入れながらも書き続けてた辺り、こいつはこいつで有能だよな。俺には出来ん。
「……その力、日本の為に使ってくれやしねぇか?」
暫く無言でタバコを吸っていたオッサンは俺を正面から真っ直ぐ見据えて言った。
「稲光と癒野って子は協力してくれるらしい。勿論、俺達も政府に訴え掛けてWin-Winの状態にはする。金、マスコミ、隠蔽工作は勿論、言ってくれれば武器の手配や移送も手伝う」
やっとこさ本題に入った。
撫子はどうだか知らんが、俺は四人の中じゃ最も反抗的だったからな。脅しやら何やらで人格を探ってきていたんだろう。
「……三つ言いたいことがある」
「何だ?」
口の中のものを飲み下し、今までにない真剣な表情で見てくるオッサンと息を飲んでこちらを見ている眼鏡野郎に視線を返す。
「一つ目、先ずWin-Winってのはあり得ない。俺達の〝力〟は絶大。どう扱ってもそちらが得をする。二つ目、手伝うってのは当然の処置だ。前提条件と言っても良い。そこから何かしらの報酬を出すなら兎も角、手伝ってやるっていう上からの物言いが気に食わん。ゼーアロットを止めたいのはあんたら地球人の総意だろ。違うか? ま、俺も地球人ではあるが」
世界各国と日本でどんな話し合いがされたのか、拘束されている俺達にはわからない。
しかし、『核』なんてものを求めている奴を止めたいのは共通。意志疎通が出来ず、現代兵器による武力でも徒手空拳で粉砕される。しかも強奪された後はブツ自体が消えるんだ。恐怖でしかない。奴の行動は謂わば世界規模の凶行。これは動かない確定事項だ。
被害規模、実情を最も知り、その恐怖が刻み込まれているのは日本だろう。だが、それが世界各国がゼーアロットの凶行を見過ごす理由にはならない。寧ろ、いつその凶器が自国に振りかざされるかわからないんだから尚更止めなきゃいけない。
つまり……ゼーアロットと知己であろう俺達を保護した日本としては何が何でも情報を得て、協力体制を作る必要がある。
みすみす俺達を逃しても立つ瀬がないし、かといって敵対されても困る。何を要求されても飲むくらいじゃなきゃ困るのは日本という国そのもの。
俺達が……いや、あの理想家共は兎も角、俺をWin-Winだとか手伝うだとか下らない妄言で誤魔化せると本気で思っているんだろうか?
「三つ目……は、言わなくてもわかるな?」
「……異世界に帰るお前としてはゼーアロットを止めるメリットがない」
ライ達から話を聞いたということは、俺の性格や能力、今後取る行動の予測も聞いているということ。
早く帰りたいだけで、日本や世界各国に協力する理由のない俺には報酬や謝礼に類するものが存在しないのだ。
「そもそも認識がズレてんだよ。日本やこっちの世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。精々、親や親戚、何も知らねぇ子供が可哀想だな、程度よ。ライ達から聞いてないのか? 向こうの世界じゃ命は軽い、そして俺は向こうに最も順応した人間だと」
黒い角を指差しながら言い、水を一口。更に続けた。
「で、そっちにやれることは大したことじゃない。偵察、足止め、物資の援助、俺達の移送……さっきも言ったが、ゼーアロットを止めたいってのはお前達の総意だ。ライやマナミも含めてな。俺は違う。止めたいお前達はそういう支援をやって当然なんだ。そのうち帰還する俺達と既に被害が出ていて止めなきゃいけない段階まで進んでいるお前達とじゃ意識が違う」
と、そこまで言ったところで眼鏡刑事が口を挟んでくる。
「君っ、家族を救いたいとは思わないのかっ、昨今では様々な要因から手を打ち辛いが、君の家族を人質にしても……いや、そうせざるを得ないなっ、そんな態度じゃっ。無論、実情を知らない人々には叩かれるだろう。しかし、首脳陣はどうかな? 何にしても被害を抑え、奴を止める必要があるんだ。仕方のない処置と捉えられるぞ」
……同じことを何度も言わせる奴ってのは理解力のないアホだとは思わないのかと返したい。
ちょいとピキりながらも殺気は出さず、『対話』という体で話す。
「お前、馬鹿か? したきゃしろっつってんだよ。それで動くのはライ達だ。俺は個人的に嫌なだけで死んでいいと言った。家族も親戚も子供もな。もし仮にその手に乗ったとしよう。お前達やこの世界に悪感情を抱き、焦燥感と共に戦ったとしよう……で? 俺達が負けたら? 止められなかったら? その悪感情から暴れたら? 裏切られたら?」
眼鏡刑事の役割は伝播。要は眼鏡刑事を通して、日本政府にこう言っている訳だ。
お前達に何が出来る? こんな中途半端な行動をして何がしたいんだ? 殺されたいのか? と。
「束になったって敵わない俺達ですら拘束もまともに出来ないんだ。大局が見えないんなら黙ってろ」
吐き捨てるように言いつつ、オッサンの腰から拳銃を奪う。
「なっ、おいっ!」
「あ、暴れるつもりかっ!? こんな場所で!」
驚き焦っている二人の目の前でセーフティを解除、自身の頭部に銃口を向けると、容赦なく撃った。
ドパンッ、ドパンッ、ドパァンっ……!
一発、二発、三発、四発……やがて全ての弾丸を撃ち放った俺は硝煙の出ている拳銃をくるりと回し、オッサンに投げ返す。
続けて、髪を軽く掻き上げ、弾丸の当たった部分を見せてやった。
「見ろ。傷一つねぇ筈だ。言っておくが、防御面に関しては俺は四人の中で三番目。戦闘能力の低いマナミでも拳銃の弾くらいなら弾ける。もっと威力の高い銃でも殺せはしないだろう。生物としての強さ、格からして違うんだよ。わかったら伝えろ。全世界の国民が土下座して懇願してきても良い案件だとな。しろとは言わんが、何故上からなのか、何を勘違いしているのか、とも言っておけ」
オッサンは呆けた顔で「あ、あぁ……」と呟いて座り込み、眼鏡刑事は運悪く跳弾が足に直撃したらしく、「いぎいいぃっ!?」と悲鳴を上げて泣き喚いていた。
「こ、公務執行妨害っ、暴行罪に傷害罪っ、殺人未遂っ……その他諸々で訴えてやるからな! 散々うちの人間を病院送りにしたのだって一緒にしてやるっ!」
「止めろ馬鹿っ。こいつは反抗的ではあるが、一度足りとも自分からは手出ししてねぇっ。奴等がやられたのは警棒でぶっ叩いたりしたからだっ、今回だって偶々だろっ。しかも俺達が煽った側っ……」
オッサンはわかっていた分、理解力があるようだ。
余談だが、眼鏡刑事が言った病院送り組の殆どはいきなり人のことを殴ってきたり、蹴ったりしてきた奴等である。
デコピンで頭蓋骨を割ったり、指で腹や肩に穴空けてたら口を揃えて「公務執行妨害だ!」とかほざいてた。
……理不尽過ぎやせんかね? 何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ。いやまあ反抗的なのは悪いけども。けど、こいつらに協力したところでメリットないんだって。金貰える訳じゃないし、貰えたところで役に立たんし。
なんて考えてたら思い出した。
「あっ。自分からか……一回だけどっかの馬鹿の手を潰したな」
ついボソッと言ってしまった。
あの不良君の手は元通りになるんだろうか。手首ぺしゃんこだったし、こっちなら切断ものだよなアレ。問題になるんならマナミに頼もうかな。
「うぉいっ、それこの前あった事件っ! お前か犯人! 確かに容疑者リストに上がってたけどもっ!」
「や、やっぱり刑務所にぶち込むべきっすよ先輩!」
「まあぶち込めたとてって話なんだがな」
言いながら近くの壁に蹴りを入れ、崩して見せる。
「……ほら、壁に穴空ければいつでも出ていけるし?」
「ひいぃぃっ!?」
「ぎゃあああっ、なんてことすんだテメェっ、もうこれ以上話ややこしくすんなっ!」
何はともあれ。
ライとマナミは協力的、俺は反抗的だが協力しても良い、撫子は中立のスタンスでやり過ごした結果、オッサンや警察に代わり、政治家や外国のお偉いさんと『対話』することになった。
内容はやはり似たようなもの。違うのはライ達と合流させられ、ちゃんと机や椅子を用意された空間だったってくらいか。親に説明したように魔法やステータスの〝力〟を見せると、何人か居た訝しげな顔をしていた奴等も納得し、対等かそれ以上の立場で話すことが出来た。
因みに、何で俺に脅しや恐喝してくる奴が多かったのか、その理由も判明した。どうやらライ達が俺のことを「態度も口も悪いけど悪人ではないし、リーダー的存在」みたいな曖昧な説明をしたらしい。後から謝られた。
そりゃあ向こうからすれば見た目はコスプレした学生、戸籍上も成人してない子供だ。二年間行方不明の家出少年……それが反抗的なら尚更「脅せば言うこと聞くだろ」と安直な考えを持たれても不思議じゃない。同一人物だと認められたのは意外だったが。
「性格やら向こうでの立ち位置やらまで説明したんなら、俺がどういう風に考えて反抗的だったのかまで説明しろ馬鹿共。ストレスで禿げちまうわ」
「いやでも援助は普通に助かるだろ。人の立場を思えないからそういう解釈をするんだよ」
「うーん……何にしても口と目付きと態度が悪いユウ君が悪いね」
「そうでござる、目付きが悪いシキ殿のせいでござる。この悪人面めっ」
取り敢えず本気で言ってたライには割りと本気の右ストレートをお見舞いし、冗談っぽく言ってきたマナミは拳骨しておいた。便乗してきやがったから撫子もついでに。
壁ぶち抜けて吹っ飛んでいった上に、戻ってきた時には頭から血ぃダラダラ流してたけど知らん。マナミ達は座り込むくらいだった。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……いきなり何すんだよユウっ!」
「人の立場を思えないだぁ? お前、どの口が言ってんだって何回言われりゃわかるんだ。自分は良くて人はダメっつってんだぞ。通るかそんな道理。マジで一辺死ね。このクソ勇者っ」
お偉いさんやその護衛、更にはオッサン刑事や眼鏡刑事の前で口喧嘩が始まり、マナミと撫子は頭を押さえて悶絶している。
何やら止めに入ろうとしてきたので手で制し、マナミに壊れた壁やライの怪我を修復させながら椅子についた。
「口悪っ。あのなぁっ、今は手を組もうって言ったのはお前だろっ、何で問題を起こすんだっ」
怒りながらも俺の隣に座り、抗議してくる。あくまで悪い奴を叱る風に。
コイツはまだわかってないんだ。自分を客観視出来ないアホ……頭に虫でも涌いてんじゃないかと疑うレベルの馬鹿っぷり。
それが嫌になった俺は撫子と席を交代し、撫子越しに言い返した。
「わっ、シキ殿何をっ」
「うるせぇ黙れコイツが好きなら本望だろ黙りやがれクソが」
「怖いし酷いし口が悪いっ」
「手を組もうだなんて言ってねぇ。一時的な協力だ。たった数日前のことを忘れたなんて言わせねぇぞ。マナミ、お前も何仲間面してやがる。人を信用してないくせに力だけは借りようだとか、対話しようだとか、そういうふざけた態度や魂胆が面白いとでも思ってるのか?」
二人はそれで黙り、他の連中も何かを察したのか静かになる。
「信用出来るのがこの残念エセ侍女だけとか終わってるだろ……相手はあのゼーアロットだぞ……」
ポツリと呟いた俺に、撫子は頬を赤く染め、クネクネし始めた。
「信用……拙者だけ……もうっ、ライ殿には口説かれるし、モテ期到来でござるなっ……拙者の為に争わないでほしいでござるよっ」
「お前なんざどうでも良いわ。てか何しれっと口説かれてんだ」
「……ライ君?」
「いやそのえっと違うんだマナミ今のは語弊があってだな……」
わざとかどうか……いや、これはわざとだな。目が笑ってない。
撫子のボケに毒気を抜かれ、溜め息をついて話を戻す。
「はぁ……今見せたようにこちらも一枚岩じゃない。悪いが、移送の際はバラバラで頼む。……現在の状況は?」
俺達の真横には巨大なモニター画面があった。そこに映し出されているのは海上を飛行しているゼーアロット。ヘリで撮影しているのか、音は遮断されており、拡大して漸くゼーアロットとわかる程度。
相も変わらずその速度は遅く、周囲には島一つ見えなかった。
『あー……現在、奴は北太平洋を抜け、フィリピン海に出ている。座標はこれを見てほしい』
司会を担当している軍人だか誰だかがプロジェクターで世界地図を映した。ゼーアロットの現在位置を表す赤い点とご丁寧にそこまでの距離まである。
『攻めるとしたら海……Mr.シキはそう言った。その根拠をもう一度説明願いたい』
外国の軍人やその翻訳まで居るのは大分異例に思える。それほど大事だということがわかってくれたようだ。
「俺達は魔力という体内エネルギーを使って飛行する。速度を出したり、高度を上げるなどすればそれだけ消耗し、今の奴のようにゆっくりとした飛行でもそれ相応の量が使われる。この世界ではその魔力が回復しない。報告にあった限りでは何か液体を飲むような素振りはなかった」
説明しつつ、マジックバッグから小瓶に入った魔力回復薬を取り出す。
「で、あれば……こういった魔力回復薬を持っていないことが示唆される。つまり奴の活動には限界がある。その限界を早める為にも、奴の慣れていない空中で攻めるのが最適だ」
ここで大事なのは奴を殺さず、魔力を尽かせるのが俺やライ達の最優先事項だということ。
その点についても触れたが、それはこちらの意見。ゼーアロットを止めるのが最優先である世界各国からすれば無視していい。『核』を狙う相手であり、死人も数万人規模で出ている。最悪、殺してでも止める必要があるのだから。それはこちらも理解している為、申し訳なさそうな返答には頷いて返した。
「問題ない。ハッキリ言うが、恐らく既存の武器では恐らく対抗出来ない。それだけ硬い。……一応、協力してくれる軍隊で使われている兵器や戦術について知っておきたい。もしかすると効くものがあるかもしれない」
例えるならば毒ガスや閃光弾、戦闘機による特攻などだろう。
しかし、毒の使用はその領域の被害、条約等の問題点から不可能。戦争ではないから条約云々は疑問だが、ステータスが高過ぎて効くかも怪しい。閃光弾は効いても時間稼ぎしか出来ないし、特攻はそこまでしてくれる国が居ない。戦闘機一機で凄まじい金が吹き飛ぶからな。
とはいえ、直ぐ話を拗らせる問題児をマナミが抑えてくれたお陰で、話し合いはスムーズに進んだ。
何故か飲み食いはおろか眠ることもなく行動している点からゼーアロットなりに急いでいるらしいこと、時折顔色が悪くなり、息切れしているような素振りが見られる点から疲労や魔力の使用の限界が近付いているのではないか等々、現在進行形での情報提供もあってそれなりに考察も出来た。攻める際の作戦概要、規模もかなりの速度で決まっていく。
その辺りは流石現代人……それもプロの軍人といった感じで、向こうでは見られない教養の高さ故の会話がちょくちょくあり、逆に俺達の方が付いていけない部分もあった。
反対意見や国同士によるいざこざ、被害国からの抗議、その他諸々の問題は『異世界人の襲来』という特異な事件から殆ど無視に近い形で揉み消されたらしい。
向こうでもそうだったが……普段は敵対していたり、仲の良くない国や組織でも共通の敵が居ると協力出来るのが人間という生物なのだと再認識した。
世界共通の敵……思想、国家、組織、存在意義……
魔王に会う身としては役に立つことがあるかもということで、積極的に情報や戦術を仕入れ、脳に叩き込ませてもらいつつ。
いつの間にか俺は各国代表や軍人達の反応、顔や目に出る感情まで観察していたのだった。




