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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
228/334

第207話 無意識の侮蔑と盲点



 居ない。



 どこを探しても、ネット上でも噂の一つだって見聞きしない。



「ちっ……身長二メートル越えの大男で、見た目外国人で、修道服着てて、明らかに英語じゃない異世界の言語を話す奴だぞ……? 何でそんな目立つ野郎が見つからないんだ」



 思わずボヤくと、隣でパソコンをカタカタ弄っていたマナミが乗ってくる。



「隠密系統の固有スキルを持ってるとか?」

「そんな能力があるんなら司教なんて目立つ役職はやってないだろ。あれだけ強いんだ、組織に入る意味もない」

「わからないよ? そもそも目的が読めないんだもん。ライ君と撫子さんが全国飛び回っても見つからないのも事実だし」



 ここ数日、ライと撫子は外を、俺とマナミはネット上で情報収集をしていた。

 二人のステータスは言わずもがな。マナミはパソコンが少々得意で、俺は角が生えてるせいで昼間外を出歩けない為、仕方なく。



 最善の采配とはいえ、何の成果も得られないのはとても歯痒かった。



 時間だけが無為に過ぎていく。

 不安は募るばかりだ。



「俺も出たいんだがな……」

「ダメだってば。仮面してても不自然だよ。今時はカメラとかもあるしさ、我慢しよ?」

「…………」



 不自然、か……そういや、本来なら向こうの世界でも魔族や獣人は変人奇人化け物扱いだったな。

 聖騎士なんかは俺が魔族というだけで襲い掛かってきた。



 今思えば、俺はそれを理不尽に感じることはあれど、理由を知ろうとはしてなかった。



 知ってどうこうするものじゃないと切り捨ててたってのもあるが、イクシアで教わった数百年程度の歴史じゃ人族が他種族を迫害する原因的なものがなかった。だから何かしらの理由があるんじゃなく、単純にそういう文化だとか見た目の違いだけが気に食わないのだとか、そんな風に思っていた。



 いや……というより、神々が俺とライを敵対させたように人の意識を裏で操っている……もしくは認識に何らかの手を加えているという線が強すぎた。

 そうする理由は不明だが、現に俺達は殺し合った。たかだか見た目や風習の違い程度で人と人が何百年も敵対し続けるとも思えない。



「なあマナミ。お前は俺達が迫害される理由を……聖神教が人族以外の種族を毛嫌いする理由を知ってるか?」



 黙りこくった後、唐突にそんな話題を振ったからか、マナミは少し驚いた様子で目をパチクリさせ、「……口外禁止なんだけどね」と前置きをした上で話してくれた。



「昔は今と逆だったんだって。ステータスの低い人族は両種族から酷い扱いを受けていた。それこそ奴隷にしたり、食糧にしたり……当時の人族にはスキルがなかったんじゃないかっていう説もあるらしいよ。じゃなきゃ今みたいに拮抗した状態になる筈でしょ?」



 ……知らなかった。



 少し言い辛そうにしているのは俺への配慮と聖神教が秘匿している情報だからか。



 古代人は魔力やステータスに加え、スキルも持っていなかった。

 だから高度な文明が栄えた。……発達させる必要があった。外敵から身を守る為に。



 その外敵が昔では魔族や獣人族だった訳だ。

 一般常識として広まってないのは知られて困る部分でもあるんだろう。



「納得だな。聖神教は他者から受けた仕打ちをやり返しているのか。……理解出来なくもない」



 そりゃあ正義やら平和やらを掲げる組織が率先して復讐に走り、他種族は全て敵である、だなんて教えを説いている時点で矛盾しているが、人としては至極真っ当な行動理念だ。



 しかし、そう感じるのはこの場で俺だけのようだった。



「そうかな。気持ちはわかるけどさ……そんなの何百年も何千年も前の話なんだよ? 今の魔族や獣人族は人族に対して何か悪いことをした訳じゃない。昔は色々あったけど、仲良くしようって……どうして思えないのかな」



 完全にパソコンから意識を離し、俺を真っ直ぐ見つめてくる。



 意見が食い違ったからこそ、知りたい。

 何故そう思ったのか、何処をどう見て、どう感じているか。



 マナミの瞳からはそういった『対話』の意思が感じられた。



「綺麗事だな。当事者は割り切れないさ、当然な」

「当事者はもう居ないよ。聖神教が一方的に覚えてるだけ。一般人は誰も知らない」

「当事者の血縁者は居る。当事を知る奴等が居る。……先祖や同じ人間が人間以下の扱いを受けたんだ。怒る奴だって居るんじゃないか?」

「それが変だって言ってるんだよ。力を得て、対等の立場になった。だから同じことをやり返す……それじゃ平和なんて……」



 やけに噛み付いてくるな、なんて思っていたが、思わず笑ってしまった。



「クハハッ、平和じゃないか。()()()にとっては。聖神教はつまり人族にとっての正義と平和を謳ってるんだろ。知ってる奴等はそれで溜飲も下がる。聖騎士ノアやレーセンのような奴からすれば平和になるんだ。敵を下し、絶滅させればな」

「っ……そっか……ユウ君はそういうことを理解出来る人なんだね。だからこそ相容れないと言い切れる……」



 一瞬、マナミの顔がくしゃりと歪んだ。

 少しして俺の考えを咀嚼し、飲み込むように小さく頷いた。



「うん……ほんの少しだけ、わかった。でも私は悲しいと思うな、それ……昔は敵でも、今は人族の領域に関知しなくなってるんだよ?」

「……お前はオークの魔族を忘れたのか? 俺はあいつだけは……ゲイルだけは忘れられないんだが?」



 マナミも今さっき俺に怒りに近い感情を覚えた。

 そして今、俺の心がチクリと何かを訴えた。



「そうか……お前やライにとってあの時のことはもう過去のことなんだな。そう、か……」

「ぁっ……ち、違っ……違うよっ、ユウ君を助けられなかったことはいつも後悔してるっ……ライ君だって……!」



 まるで言われて初めて気が付いたみたいな反応にも虫酸が走る。



「痛かった。辛かった。死にたくなった……それをお前達は――」

「――ごめんなさいっ。そうだよねっ、痛かったよねっ……ごめん、ごめんねっ……」



 マナミは途端にガバッと俺に抱き付き、その腕と胸で顔を包み込んできた。



「……離せよ。お前達の真意はわかった。あんな些細なことは忘れろってんだろ。もう良い離せっ」



 ステータス差から簡単にマナミを引き離すことが出来た。

 が、それでも乱暴に押した俺の腕を掴み、ギュッと抱き締めながら続ける。



「やだ! 違うってば! そんなつもりっ……ユウ君みたいに痛い思いをしたから忘れられないんだってわかったのっ! だからユウ君にも敵対してる聖神教のやろうとしていることがわかるんだって……!」



 閉口した。



 マナミは多分納得したんだ。

 俺があの世界の正史を知って納得したように。



 そうとわかれば自然と力は抜け、マナミの抱擁を顔面で受けることになる。



「……痛いんだが」

「私だって痛いよっ、何この角っ、硬すぎでしょバカっ……!」

「ライに……悪いとは思わないのか?」

「思うに決まってるでしょ……だけど、私はこうしていたい。もっとユウ君と話して、ユウ君のことを知りたい。私達のことを誤解してほしくない」



 『対話』。



 【以心伝心】を持つルゥネが求めさえすれば簡単とは言わずとも、前進はする……とても難しいこと。



 そうだ……俺を理解したいのなら初めからこうすりゃ良かったんだ。



「……なのに、アイツは俺に剣を向けた。俺はそれが許せなかった」

「うん……うんっ……」



 両親と再会した時のように、自然と言葉が、涙が出てくる。



「友達だと……思ってたのに……助けてくれなかったくせに……見た目が変わっただけで化け物を見るような目で見やがって……!」

「ライ君は気配が変わってて驚いてしまったって言ってた。私も……私が助けられなかったせいでって……私の能力が治すだけだったからユウ君がって……思ってっ……」



 何が気配だ、何が治すだけだ。それこそが原因だろうが。



 何でそう感じたんだ。



 何で俺を見殺しにしてくれなかったんだ。



「あの時見捨ててくれれば良かったんだ。そうすれば俺は死んでた。あんな苦しみを味わうことも……あいつらの街が滅んで……人がいっぱい、死ぬこともっ……」

「ユウ君に死んでほしくなかった。あの時は兎に角必死で……死んでほしくないって思って……そのせいで辛い思いをさせてたんだね……ごめんね……」



 クソっ。何で俺がよりによってアイツの女の胸の中で泣かなきゃいけないんだ。



 何でマナミの前で涙を見せなきゃならないんだ。



「気配が変わったから俺が敵だって……? 無意識にでもそう思ったんなら……先ず自分を疑えよ……何でわからないんだ。神が仕組んだことだろ。俺は気付けた……アイツのことを親友だと思ってたから……何で俺はアイツにイライラしているんだろうって、疑問に思ったのにっ」

「っ……そっか……そういう意味でも裏切られたって思ったんだね。ライ君に言っておく。こうやって、もっと話そ? こっちの世界にはユウ君を傷付ける人は居ないよ。もっと肩の力抜いてさ。また昔みたいに……」



 それっぽいセリフに一瞬絆されそうになった。



 が、またも俺の心がざわついた。



 今、こいつは何て言った?



 まるであの世界には俺を傷付ける奴ばかりだとでも言いたげな言動だった。



 肩の力? 俺が帰りたいのはあの世界だぞ? 心を許せる友人が……家族が、大切な人が出来たと何故想像出来ない?



「何が……また昔みたいにだっ。言ったろ! 俺には大切な人達が居るんだ! それはお前らなんかじゃあない! どうでも良いんだよっ、一番側に居てほしい時に居てくれなかったお前らなんか……!」

「っ……で、でもわかり合えたよっ? ライ君とも話し合えばきっと!」

「きっともクソもあるか! お前らは俺を捨てた! それは事実だろ! だから俺も捨てるんだよ! お前らの言う正義も、平和もクソ食らえだっ!」



 俺が怒ったからか、声を荒げたからか、マナミは酷く狼狽した様子で言ってくる。



「捨ててないっ。そう感じたんならごめんっ。けど、私は今でもユウ君のこと、友達だって思――」

「――俺は魔王に会わなきゃいけない」



 今度こそ、マナミを突き離し、立ち上がりながら宣言した。



「【不老不死】の奴だ。お前が言った()()()()()正史じゃない……客観的な正史を知っている筈だ。あの人はっ……ジル様は魔王が戦争を望まない平和主義者だと言っていた。そんな平和バカが間違ったことを言う訳がない」



 平和バカと口にして直ぐ、ムクロの顔が思い浮かんだ。



 ムクロは戦争が嫌いだ。争いも競争も、生き物の生死に関わることが嫌いだ。



 だから、俺は魔王を知りたい。



 ジル様の言う、無気力な魔王とやらを。

 精神までもが死に切れず、中途半端に狂っていたという魔王を。



「俺はもうお前ら人間には期待しない。優しい奴等も居た。俺を受け入れてくれた奴も大勢居た。俺が魔族だと知っても英雄だなんて崇めたバカな国もあった。けど、俺が本当に欲しいのはこの苦しみを理解出来る人間なんだよ」



 ジル様なら。



 ムクロなら。



 ルゥネなら。



 姐さんなら。



 今の俺を真に理解してくれる。



「魔王が俺の考えているような奴なら、俺は魔王の傘下に入る。そうなりゃ今度こそお前らとは決別だ。もう二度と友達だなんて言わせねぇ」



 『付き人』は少なくとも敵じゃない。

 『砂漠の海賊団』の数十人は付いてきてくれる。レドとアニータも。メイもだ。ルゥネ、トカゲ率いる暗殺部隊、エナさんも。



 魔王にとって今や俺の仲間は……軍は利用出来る組織となった。

 『付き人』だって魔王を守りたいのなら傘下に入るくらい許してくれるだろう。魔王も……魔王が、あいつなら。



「そ、そんなっ……じゃあ帰ろうとしないでよっ、ユウ君が……友達がこれ以上傷付く姿なんて見たくないよ!」



 俺の宣言に、マナミはスピーカー状態になっているスマホを取り出し、見せ付けてきた。



 画面にはライの名前。

 『修羅場でござるなぁ……』等と聞こえてくる。撫子も聞いていたらしい。



 そうかよ……そんなに俺が信用出来ないか。



 そうだよな、じゃなきゃ態々こんな真似しねぇ。



 つくづくムカつく奴等だ。



『ユウ……お、俺は……俺も……お前のこと……』



 何やらライが話し掛けてくる。



 全て聞かれていた。



 そんなことはどうでも良い。お前の話なんか聞く価値もない。



「何でそう決め付けるっ。嫌な思いだけじゃない。俺はあの世界で求められていた。色んな奴が俺を望んでいた。俺は皆の中心に居た。あんな心地の良い空間をお前らなんかの勝手な都合で奪おうとするな!」



 そう言って、思わず部屋から飛び出した俺はそのまま玄関に行くと、衝動に駆られるまま外の世界に出ていた。



 感情を抑えられなかった。



 ライやマナミにとって俺は()()()()奴なんだ。



 対等とすら思ってない。



 可哀想だから施しをくれてやりたい程度の、浅い関係。



 どこまでも馬鹿にしてくれる。



 口では「理解したい、分かり合いたい」と言いながら、こいつらは心では見下してやがるんだ。



 それも無意識で。本人達にその自覚がない分、タチが悪い。



 無意識の侮蔑。



 例えこいつらにその意識がなくても、俺にとってそれは嘲りと同じだ。



 後ろからマナミが追い掛けてくる音と「だ、ダメだよっ、ユウ君!」という制止の声が聞こえる。



 知ったことか。



 世間に騒がれようが、街中で戦闘になろうが、あの世界に帰る俺達には関係ないだろうが。



「最初から上等のつもりで出れば良かったんだっ……俺らしくもない!」





 













 数日が経った。



 仮面を付けていればコスプレか何かだと思ってくれるらしく、道行く人々は俺のことを物珍しげに見ることはあれ、ツッコんでくることはなかった。



 実に日本人らしい臆病さだ。



 まあ、俺でもスルーするだろうが。

 


「マジで? あいつ最近調子こいてんなぁ……いっちょ焼き入れるかぁ?」

「ギャハハ! またお前はっ、停学中だってのによくやるなぁ!」

「お? 何だあいつ。フードなんか被って。不審者じゃね不審者」

「きもっ。絶対根暗野郎じゃん」



 スマホで現在地を確認し、次は何処を探すかと考えていると。

 


 離れたところで喧しく騒いでいた連中が俺を囲ってきた。



 男三人、女二人。

 女の片割れは俺をチラっと見た後、弄っているスマホに目を落とし、つまらなそうにしている。



 誰も若く、俺とそう変わらないくらいに見えた。



 チャラチャラした服装、傲った顔。

 以前なら辟易していたであろう陽キャ軍団だ。



「おいおい兄ちゃん、どうしたんだこんな夜遅くによぉ。……お? よく見りゃ腕ねぇじゃん。何だよ障害者かよ」

「何ガン飛ばし……うわっ、何だこいつっ、変な仮面被ってんぞ!?」



 内一人にフードを捲られ、仮面と角が露になる。



 街中だと直ぐこれだ。

 時刻は深夜。休憩がてら公園のベンチで座っていたのが悪かったか。



 付き合ってられないな。



「…………」



 俺は黙ってフードを戻し、ベンチから立ち上がる。



「うおっ……で、でけぇ……」

「あ? 何ビビってんだよ。相手は不審者だぜ?」



 女の手前、イキってんだなぁと思いながら離れようとした直後。

 グループのリーダーらしき金髪の男がナイフを取り出し、俺に突き付けてきた。



「へへっ……おらおらっ、金出しな! 何つって! 冗談だよ! なっ、冗談だからビビって通報とかすんなよ? な?」



 今時こういう奴が居るのかと少し驚いた。



 人の顔面に抜き身のそれを向け、無言を貫いた俺を萎縮させたとでも思ったのか、肩をバンバン叩き、首に手を回しながらそう脅してくる。



「ちょっ、ちょっと……それは流石に不味いでしょ」

「警察沙汰だけは勘弁してよねー」



 ギャルみたいな女は流石に引いたようで注意し、スマホ女は「うわぁ……引くわー」とだけ言ってスマホの画面を見ている。聞こえてくる音からしてニュースか何かを見ているようだ。



 何はともあれ、面倒なことになった。



 まともな神経してたらこんなことしないし、その内の一人がまともじゃないのなら、だ。



 自分達にとって少しでも優位だと思ったら、もしくは女の前では虚勢を張ってでも強く出るのが男。



 先程まで自分よりも身長の大きい俺相手に一歩下がっていた男二人も調子を取り戻した様子でベンチに蹴りを入れたり、俺の胸ぐらを掴んでくる。



「黙ってんじゃねぇよこら! ったく脅かしやがってよ!」

「ちょいと図体がでけぇからって調子乗んなよ? あ? やんのか? あ?」



 め、めんどくせぇ……



 何か……早瀬を思い出した。



 ゾンビ特有のタフさを得て、微妙に魔法も上手くなってたけど、中身はこいつらと変わらなかったなぁと。



「はぁ……何で俺はいつも正義マンと不良に絡まれるんだ……?」



 思わず溜め息をついてしまった。



 その余裕がムカついたんだろう、ナイフ男が首元に獲物を当ててきた。



「この状況がわかってねぇのか? こんなバカ初めて見たぜ」



 こんなことしてる場合じゃないっていうのに。



 取り敢えず、何やら喚いている男の手をナイフごと掴んで握り潰す。



 グキャッ……と凄い音が鳴り響いた。



「あ? はれっ……? いっ……あっ……がっ……!? ぎぃやあああああっ!!?!?」



 ナイフの柄と指が一体化するほど潰れ、結構な量の血を噴き出して倒れ込む。



「へ?」

「は?」



 何て言ってる男二人に、「喧嘩を売るってことは買われる覚悟があるってことだ。よく覚えておけよ」とだけ言うと、一人は人差し指で腹を突き刺し、もう一人は額をデコピンしてやった。



 異世界原産のステータス(身体能力)がもたらす恩恵は異常の一言で、腹に小さい穴が空いた男は地面で悶絶。デコピンをモロに受けた男は車か何かに撥ね飛ばされたように吹っ飛び、近くの花壇に頭から突っ込んだ。



「えっ、えっ? は……? え……?」

「何、煩っ……え?」



 ギャル女は絶句して座り込み、スマホ女はスマホを落とした。



 まあ、あれだな。運が悪かったな。

 これがライ達なら笑って許したんだろうが、俺は例え相手が雑魚でも武器を向けられちゃあお仕置きが必要だと思うタイプだ。ましてやこの日本でよくもまあ……



「で? お前らもこうなりたいのか?」



 流血したのが二人、昏倒しているのが一人という惨劇に腰を抜かした女達に親指で指差しながらそう問うと、二人はふるふると首を振り、静かに泣くだけで返した。



「これ以上騒がれても迷惑だしな、よく叫ばなかった。悪いな、驚かせちまって」



 何て言いながら腰を落とし、落ちたスマホを拾って渡す。



「ぁ……へ……? あぇ? ひゃっ……あ、ありが……」



 と、未だ何が起きたのか理解出来ず、混乱しながらもスマホ女は受け取ろうと手を出した。



 手渡した瞬間。



 俺は何の気無しに見たスマホの画面を見て硬直していた。



「え? え? あ、あの……え?」



 いつまでも離そうとしない俺を恐る恐るといった顔で見上げ、スマホと俺を交互に見るスマホ女。



 対する俺はそれを無視して自分の方へと手を戻した。



「あっ……ちょっ……」

「これっ、どこの国のニュースだっ?」

「へ?」

「どこの国かと訊いている!」

「はひぃっ! 米国ですっ、べ、勉強がてら聞いてましたぁっ!」



 いきなり怒鳴り付けたからか、訊いてもないことまで言っていたが、欲しい情報は手に入った。



 画面に映っていたニュース。



 そこには奴の姿があった。



 ゼーアロットだ。



 スキルがないせいで、翻訳が出来ず、何を言っているかはわからない。



 しかし、画面の中は真っ赤だった。



 燃えている。



 場所は何処かの街中。



 キャスターの横に小さく映された別画面には現場で生中継しているらしい映像が流れている。



 怒号、悲鳴に銃声、逃げ出している群衆。



 軍隊らしき組織に囲まれているゼーアロット。



 映像は荒いが、間違いない。



 暫く見ていると、それはニュースではなく、ニュースの切り抜き動画だったらしく、止まってしまった。



「おい! 今のニュースを探せ! 今すぐっ!」

「は、はひぃっ!」

「ひいぃっ……!?」



 地面を殴り割って脅し、俺の方も自分のスマホで検索を掛ける。



「外国かっ……盲点だったっ。ちぃっ、でも何だって外国に……!」

「こ、これで……良いですかっ……?」

「許してください……ごめんなさい……!」

「ええいっ、黙れっ! 泣くな姦しい!」

「「ひぃっ!?」」



 媒体が同じなのだから出てくる情報も似たり寄ったり。

 俺の苛立ちとはよそに、女達が見つけたサイトにも目ぼしいものはなかった。



 奴は何の為に渡米した? 何の為に街を襲い、軍隊と戦っている? そもそもどうやって海を越えたんだ?



 疑問は絶えない。



 とはいえ、漸く見つけた手掛かりだ。



 一刻も早く奴を追い掛けなければ。



 この騒ぎを聞いて誰かが通報したのか、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる中、俺は急いでライ達にメッセージを送ると、颯爽と走り出した。



 喧嘩別れに近かったのはこの際、無視だ。俺一人よりも奴等が居た方が数倍マシ。



 今は感情よりも合理性……! 利用出来るだけ利用してやる!



「飛行機っ……は使えねぇっ、船は遅すぎるっ……エアクラフトでいくしかないのか……!?」



 アスファルトの地を蹴り、マンションの壁を蹴り、空を飛ぶ。



 静かな住宅街から街中へ。



 街は都会だけあって、深夜でも人で溢れていた。



 人混みが邪魔だった為、仕方なく壁を走り、時折飛び出てくる看板は蹴って向かいの建物に移ることで回避。自分でも驚くほどの速度で突き進んでいく。



 ネオンの光に包まれた街は異世界に慣れた俺にとって酷く眩しく、鬱陶しく思えた。



「うおっ!」

「な、何あれっ!?」

「忍者!?」



 流石に目立つか。



 跳ねるより走ってた方が早いが仕方ない。



 俺は一際強く壁を蹴って建物群の屋根に飛び移り、屋上を走っては跳ね、別の建物に移ってはまた走って跳ね……を繰り返す。



 持っている異世界人専用のエアクラフトは二つ。ライなら初見でも使いこなせる筈だ。



 少しでも戦力と時間が惜しかった。



 ゼーアロットに会えばあの世界に帰れる……! 殴ってでもっ、殺してでも帰らなきゃいけないんだ!



 奴は既にこちらの世界に悪影響を与えているというのに。



 俺はまだ、そんな甘ったれたことを考えていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい章で、非常によくできています。いつもご苦労様で、100パーセント応援しています。 [気になる点] シキは本当に運が悪い バカな正義感を持ったヒーローとの絡みも多かったけど、頭の悪…
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