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闇魔法の使い手  作者: 葉月 縷々
第5章 魔国編
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第206話 動く女達

サブタイトル考えてる時にふと思った。「あれ、両陣営女だらけじゃね(゜ロ゜)!?」と。野郎増やすべきかな……。



「む、無茶だよルゥちゃん! これじゃまともな戦闘なんて!」

「飛べば()いッ! エンジンに火を付けなさい! 操舵手っ、わかってますわね!? 浮上後に180°回頭! 全速力で帝国領に向かいます!」

「は、はいっ!」

『ヴォルケニス、緊急浮上しますわ! 近くの者は離れるように! 繰り返す! ヴォルケニスはこれより緊急浮上します! 離れなさいっ! 乗り遅れた帝国軍人はシャムザで待機! ナール王とレナ姫によろしく言っておいてくださいまし!』



 シャムザの王都近くの砂漠で凄まじい砂埃が巻き起こり、その中から黒い魔導戦艦が浮上する。



 大破から中破程度に改修された強襲用巨大戦艦は所々から黒い煙を上げながら高度を上げていく。



 その周囲、艦内では誰もが忙しなく走っており、落ち着きがなかった。



 作業効率の観点から付近に移動させられていたサンデイラの前ではナールが離陸の際に発生した突風に吹き飛ばされながら「な、な、なっ、何がよろしくだあの女はーーっ!?」等と叫んでおり、王都の広場に居たレナは隣のナタリア、ショウと共にヴォルケニスを見上げている。

 他、雑兵や技術者もナール同様吹き飛ばされているか、テント等に掴まって耐えている。シャムザ兵の軍服に身を包んだアカリと、それを守っている赤いシエレン……ヘルトの姿もあった。



 ヴォルケニスブリッジ、エンジン部では「まぁた始まった! もうやだ! 突発的な行動は慎んでよ! ルゥちゃん、女帝でしょっ!?」、「駄々に振り回される身にもなれってんだあの姫! まだ改修途中なんだぞ!? エンジンが爆発しちまうよ!」、「あぁん!? 何でも良いだろっ、クソ暑い砂漠から解放されたんだから! おら野郎共っ、姫様に付き合ってやんな!」と怒号が飛んでいた。



 【以心伝心】で艦内の者と繋がっていたルゥネは脳に直接伝わってくる大量の声の中から必要な情報だけを取捨選択していき、『煩いですわ! 旦那様の危機に駆け付けなくて何処が妻ですか牝犬ですか!』と返しつつ、要らない情報ばかりを口々に宣う者達とのリンクを切る。



「妻っ!? いつの間にっ……えっ、ちょっと待って今牝犬って言った!? あ、あ、あんにゃろうっ、ボクのルゥちゃんと何してたのさ!」

「ココっ、煩い! バサバサもしないっ! 『これより回頭開始っ、総員何かに掴まりなさい! 右舷整備班っ、左舷エンジンの出力が上がらなっ……ぐうぅっ……上がらないっ、ようです! そちらがっ……な、何とかなさいっ!』」

『うおおおぅっ!? ぐえっ!? うぅっ……な、なさいっつったって――』



 鳥のようにバサバサとその場で浮いて怒っていたココを注意し、回頭によるGに振り回されながらも、付近のマイクに向かって怒鳴り散らした。

 マイクの向こうでは苦痛の声が漏れており、音は遠くなっていた。急な旋回で何処かに叩き付けられたのだろう。



『――左舷には後々言っておきますわ! 改修班は何してたんですの!?』

『いててっ……そんなこと言われてもだぜ姫!? あんただって知ってるだろ! つぅかあんたも改修班だろうが! この短期間で全部直せってのは無茶だよ!』

『無茶は承知ぃッ! そんな道理っ、気合いと根性と(わたくし)への忠誠心で蹴り飛ばしてやるのが筋というものでしょう!』



 拳を高々と掲げながら言い切ったルゥネは、既に彼等の声を雑音として捉えていた。



 (あの伝令っ……旦那様が()()()と言っていた……! 近くに居た勇者と共にっ……消えた……転移……何処へ……? でもセシリア船長が言うには魔力反応は無かった……何かの固有スキルっ……転移系の固有スキルなんてっ……ええいっ、どちらにしろ帝国に戻って情報を得ないと!)



 『砂漠の海賊団』と帝国から伝令が来たのは先刻のことだった。



 内容は連合軍の主力艦隊はほぼ壊滅させたものの、戦果としては引き分けに近いもので終わったというもの。



 後者は兎も角、前者は脳内の方で幾つかの情報を提示してきていた。



 シキと撫子、他イクシアの勇者含めた何人かが同時に消え、忽然と居なくなってしまったこと。

 『名無し』とメイの敗北、シキと撫子が消えたことで殲滅戦に踏み切れず、押され返されてしまったこと。

 ディルフィンが旗艦と判断されたらしく、現在は数隻の魔導戦艦に追われており、このまま帝国領を抜けること。



 等々。



 連合軍の各国代表と『天空の民』の重鎮の人相や名前等は帝国の伝令が。

 取り逃がしたこと、帝国側の被害状況も聞いた。



 しかし、ルゥネにとって気になるのはシキの無事と所在のみ。



 (シキ様旦那様っ……どうかご無事で……! ルゥネは貴方様のことを想っていますっ)



 珍しく冷静さを欠いた様子のルゥネに、側近の者は何となく察したのか、黙って空路とシステムチェックに戻る。

 ココは静かにルゥネの元に寄ると、その翼で擦るようにしてルゥネの背中を包み込んだ。

 


 シキ達が消え、伝令がシャムザに来るまで二週間が経っている。



 幸い、ヴォルケニスを後回しにしていただけでサンデイラの修理は殆ど完了していた。ナールも文句は言うだろうが国際問題にはしないだろうという判断で飛ばした。

 どちらかと言えば連合同盟からの追及の方が問題だ。同盟へ参加しろ、と強制的に近いそれを、その物言いが気に入らないという理由で突っぱね、開戦のキッカケを作ったのだから。



 行ってどうにかなるものでもない。

 それでも、ルゥネは少しでも現状を把握、改善しようと奔走を始めていた。







 

 ◇ ◇ ◇



 赤茶の砂の大地……シン砂漠とは打って変わり、波立つ一面が濃い青で統一され、風や中を泳ぐ魔物の動きに揺れ蠢く海上にディルフィンの姿はあった。



 各所に穴が空き、亀裂が入り、黒煙を上げながら海面スレスレを滑空しているその様子は半壊に近しいものを感じさせ、何とか飛んでいる、を地で行っている状況。

 その後ろには合流したらしい数隻の巡洋艦の姿もある。レドやアニータが乗っているシキの船もだ。



 そして、そんなボロボロの艦隊の周囲では時折ドゴオォンッ! と途轍もない勢いで水飛沫が上がっていた。



「限界? それくらいわかってるわよ……穴は塞いだの? 他の艦は? 下手に浮いて魔力を消費するより、海面に降りてその分の魔力を推進力に回した方がマシでしょう?」

「だけど姉御っ、皆殆ど寝ずに修理してるんだぜっ? 船もそうだけど、俺達ももう持たねぇよっ」

「……じゃあ浸水はしないのね? 沈むわよ?」

「うっ……」



 極限まで疲れが乗った顔のセシリアと船員達の声がブリッジ内に響く。



 口調が間延びしないくらいには切羽詰まっているらしい。



 彼、彼女等の前方……ブリッジを守る強化ガラスにはヒビが入っており、足元には割れ出た裂け目、ドアは付近の壁が歪んだのか、中途半端に開いたままになっている。船の側面等は外の景色が見えるほどの損壊状況だった。



「うぅっ……こ、この状況で海面って……大丈夫なの? 揺れない?」

「揺れるに決まってるでしょ。けど、浮力に回していた魔力を――」



 と、ここまで言ったところでディルフィンの真横に何かが飛来し、再び起きた水飛沫と衝撃がアイとセシリアの会話を中断させる。



「っ……はぁ……遊んでくれちゃって……」

「降伏を待ってるのよ。こうやって脅し続けることで寝させもしないで、ね……」

(おんな)じよ……」

「……まあね」



 片手で椅子に掴まり、もう片方の手で目の下の隈を擦りながらの会話。

 ブリッジの天井から降りているモニター画面には彼女等の艦隊の遥か上空をV字型に並列飛行し、こちらを見下ろしている銀色の艦隊が映っていた。



「こっちにはもう打つ手がないっていうのに……何で降りてこないのかしら? 全員生け捕りにしたいとか?」

「まともな戦力が下級の聖騎士しか居ないんじゃないかしら? かといって、こちらは殆ど死んでる状態。引けに引けないし、余計な被害もこれ以上出したくない。『天空の民』は魔力もステータスも貧弱だから現代人を恐れてるのよ。……どう?」



 黙ってるよりは話してる方がマシなのか、二人はモニター画面を憎らしそうに睨んで話し続ける。



「あ、そっか。ちょっと待って、今『見』るから。………………っぽいわね。雑魚しか居ないし、艦長や他の銀髪船員も及び腰ってとこ。コーヒーなんか飲んで寛いでくれちゃって……反吐が出る光景ね」

「うわっ、それ腹立つなぁ……!」

「勘弁してくれよ、聞きたくなかったっ」

「はぁ……ふわぁーあ……眠い……」



 オペレーター達も限界だったのだろう。うんざりしたような声がそこかしこから漏れ、セシリアは溜め息と欠伸をしながらボヤいた。



「で、艦長? 私達は今どこを目指してるの? 『名無し』とメイはあの獣人男女(おとこおんな)の方に行っちゃったし、助けを求めようにも通信まで封じられてるんじゃどうしようもないわ。弾薬も尽きてる。食糧も後数日分しか……ジリ貧じゃない」



 アイの指摘は口に出さずとも誰もが持っていた疑問。

 余計な不和を生むという状況を避けたく、まさかただ逃げてるだけか、とも思いたくなかった。



 セシリアは仕方なさげに「頃合いか……」と呟くと、海ばかりが続く前方を指差した。



「この先に海の国と呼ばれる小国群があるのは知ってる? 私達はそこを目指して進んでるのよ。食糧は持つし、この状況も後少しの辛抱ってこと」

「そうかっ、他国に入っちまえば奴等も攻撃出来ねぇよな! 流石船長っ!」

「で、でもよ、その国が連合同盟に与する……っつぅか加盟してないのか? だとしたら俺達は袋小路に追い込まれてるだけなんじゃ……」

「大丈夫。昔のシャムザみたいに国力が低いのと地形的な問題からノーマークみたい。少し前に跋扈していた海賊の大艦隊やちょくちょく起きてた紛争とやらも、何処かの誰かさんが数日で壊滅させたらしいし、安全よ」



 邪推していた者もセシリアの返答にホッとした顔で、「や、やっと寝れるっ……」と喜ぶ。

 ブリッジに居た殆どが安堵し、胸を撫で下ろしていた。



 しかし、唯一アイだけはそれを冷めた目で見ている。



 連合軍からの攻撃が止んだとて、その国がこちらを受け入れる保証はない。否、連合に誘われずとも存在は知っているだろう。その強引さ、軍の脅威を。だとすれば、そもそもの滞在を拒否する筈だ。滞在はおろか食糧の買い込みすら許されない可能性もある。

 例えこちらを攻撃してでも、連合とは敵対しないという態度を貫くのは目に見えていた。



 そんな現実と未来、どんなに疲れていても貴女なら見通しているでしょ? といった目をセシリアに向ける。



 セシリアはその視線を受け止めると静かに頷き、今度は顎で前を差し示した。



 その小国群を『見』ろということだと察したアイも敢えてオペレーター達の不安を煽るようなことはせず、両手で目を覆い、固有スキルで航行の先を覗き『見』る。



「………………あ」



 少しして目的の者を見つけたらしく、アイが間抜けな声を出した。



「……そういう、ことね……確かうちの姫が言ってたシキの師匠って……」

「シャムザに居る時ね、坊やが嬉しそうに話してたのよ。悔しいけど、本当に大好きな人なんでしょうね。……距離は? 後、因みに訊いておくわ。様子は?」



 セシリアの疑問に、「大量のバラバラ死体の上で魚みたいな魔物食べてるわね、見た目は子供っぽいのに……距離はそうねぇ……数日もあれば余裕だと思うけど……」と返そうとしたアイはその直後、何かに驚いたように硬直した。



「え? は? えっ? えっちょっ……えっ……?」



 顔から両手を離してもう一度覆い、今度は目をごしごし擦ってもう一度。思わず二度見、三度見、四度見したみたいな反応。

 不安に思ったセシリアは「どうしたの?」と再び訊いた。



「いや、今、目が合って……え? っていうか、えっ!? こっち来た!? えぇっ!? り、竜人ってドラゴンになれるの!? 怖っ! 化け物じゃん! いやあああっ、凄い速度でこっち来てるっ、こっち来てるって!」

「…………」



 気になるところは多々あったが。



「だ、だから頼りたくなかったのよね……未来でも最強で粗暴で乱雑で妙に鋭くてっ……けど、こうまで追い込まれちゃあね……はぁ……こっちは何とかなりそうよ、坊や。そっちも頑張りなさいね」



 セシリアは頭痛にでも見舞われたようにこめかみを揉んだ後、そう独りごちた。




 ◇ ◇ ◇



「ノア様っ、勇者殿と再生者殿の行方について上が騒いでおりますっ」

「……司教ゼーアロットに聞けば良いと返しておきなさい」



 不気味なまでに銀一色の回廊をスタスタと早足で歩く聖騎士ノアに対し、下級の聖騎士達が困り果てた様子で群がってくる。



「し、しかしっ、そのゼーアロット卿も行方不明ではありませんかっ、これでは報告が出来ませぬっ」

「なら、こちらが聞きたいくらいですと返答なさい。我々は現在、戦後処理に追われているのです。貴方達の仕事もわかりますが、私の立場を考えて物を言ってください」

「ですがっ……ノア様っ」

「ノア様っ、どうか!」



 無表情ながら、ノアは何処かうんざりしたような顔でピシャリと言いつけ、軍と教会組織の上層部の窓口をさせられている哀れな聖騎士達を振り切って扉の奥に消えた。



「……全く、好き勝手言ってくれますね」



 扉を背に一息ついた彼女を出迎えるのは、『地上の女性はノックを知らないんですか? 時間という概念も? 遅れるだけ遅れておいてそのような無礼を働く……流石、下劣な民族なだけありますね』という嘲りの言葉。



 相変わらず不気味な声だ。



 ノアは振り向き様にそんな感想を抱いた。



 抑揚の無さもそうだが、声質、声音そのものが人間味を感じさせない。

 発言も目も顔も何もかもが感情を表しているというのに、声だけが凍てついているようだ。



 やはりこの女は好かない。しかし……()は嘗て似たような一面を自分も持っていたと言っていた。



「……?」

『どうしました?』



 胸の中にチクリと何かが刺さったような感覚に襲われ、一瞬俯くものの、再び声を掛けられた為、直ぐ様正面を向く。



「いえ……何でもありません」



 部屋の中では『天空の民』の各統括者が巨大な丸テーブルを囲ってこちらを見ていた。

 声の主である女王ロベリアは当然として、軍の統括責任者、アンダーゴーレムや他アーティファクトの整備改良製造を担当している技術者に医療関係の者、果ては軍備、食糧管理者まで居る。



「それより貴女まで突っ掛からないでください。こちらはただでさえ頭の痛い問題が多発しているのです……」

『ふふっ、マナミ様が居ないだけでその騒ぎよう……みっともないですね。ミサキ様や例の勇者様方の戦力など、元々当てにしていなかったのでしょう? 死んではいないとも聞きましたよ』



 上品そうに笑いつつも、ロベリアの瞳には侮蔑に近いものが乗っている。

 以前は無視出来なかったそれを華麗に躱して席についたノアの元に、付近で待機していたメイドが資料と茶を置いた。



 小さく礼を言うや否や、素早く目を通し、とある内容に眉をひそめる。



「……失礼、よろしいですかな?」



 バチバチの二人に恐る恐るといった様子で手を上げたのは軍の総帥……初老の男だった。

 


『ええ、どうぞ』

「では……」



 にこりと笑って答えたロベリアに、眉と背筋をピクピクと反応させつつ話し始めた内容は魔導戦艦やアンダーゴーレムの被害状況。負傷者の数や具合のことも時折挟んでいる。

 報告に近いそれらから話は移っていき、空気に慣れたのか、徐々に弛緩していった雰囲気に他の者達も口を開いていく。



「生身の人間があのような玩具で空を飛び回り、『フルーゲル』や魔導戦艦を傷付け、挙げ句撃墜するなど……録画映像を見るまで……いえ、見ても何かの冗談かと思いましたぞ」

「初の戦争に飲まれた者や恐怖を呼び起こしてしまった者もおります。特にMMM乗り達の様子が芳しくない。恐慌状態から戻らない者まで居るくらいですからね」

「一度の戦闘でここまでの被害を受けたのです。以降も戦争を続けられるというなら、地上からの食糧供給を増やしていただかないと……」



 ノアやレーセンが各国代表や軍部からつつかれているように、ロベリアもまた女王として考えることが山積みのようだった。

 資料だけでなく、当人達から直接聞くことでわかるものもある。ノアとロベリアはそれまでの関係を一度忘れるかのように話を進めた。



「圧倒的な戦力であったにも拘わらず、この状況……司教ゼーアロットの助力、敵の頭首が消えたことで何とかあの場は挽回出来たようですが、得るものがなかったこともあり、連合同盟の各国からは不満の声が上がっています」

『憎き帝国は依然として健在……逆に大艦隊で攻めた我々は壊滅的被害を出し、出来たことが敵の旗艦を追うことだけ……当然の反応でしょう』



 ある程度強制的だったとはいえ、各国が帝国を共通の脅威として捉えていたからこそ連合に加盟したという背景もある。

 その為、今回の戦果は非常によろしくなかった。空飛ぶ戦艦や誰もが扱える強力な兵器といった、目に見える軍事力を恐れた故の同盟で、ただの一国と痛み分けで終わったのだ。下手をすれば同盟そのものが空中分解しかねない。



 最も被害を受けた最前線の兵達などはデモでも起こす勢いで怒っている者も多い。

 空中戦に慣れていない聖騎士はエアクラフトやスラスターを上手く扱えずに翻弄され、出ていった大半が死亡または行方不明。戦争そのものに慣れていないアンダーゴーレムのパイロット達は会議でも挙がっていたようにPTSDやそれに近いものを発症してしまった者が多発。



 しかし、反対に此度の戦争を称賛する声が上がっているのも事実。



 帝国と引き分けに終わったとて、その力は周辺諸国を黙らせるには十分なもの。

 本来ならば結果が重視される戦争が、今回は高度な文明を使った国同士の戦争ということで、過程に注目されたらしい。



 また、火が付いてしまった者も少なからず存在しており、そういった人間がどういう行動に移るかと言えば……



「ちょっ、フェイ隊長っ、不味いですってっ」

「これ軍事裁判ものですよっ!?」

「煩いね! あんたらは黙ってな!」



 ノアが入ってきた扉の向こうで何やら声が聞こえたきたかと思った直後、バタンっと強く扉が開け放たれ、銀短髪の少女がズカズカ入り込んできた。



「連合軍から全MMMを撤収させるって聞いたよ女王様っ!」



 開口一番、丸テーブルを拳で殴り付けながら言ったその少女はシキと戦い、敗北した銀スカート部隊の隊長フェイ。

 身長や体格のせいで一見少女のようだが、実際は筋肉質で引き締まった肉体をしており、男勝りな性格を体現した勝ち気そうな顔には元来持ち合わせている筈の可愛らしさは一切なく、勇ましい戦士のそれを有している。少女というより、女という表現の方が相応しい容貌をしていた。



 そんな彼女の拳に込められているのは憤怒。激怒に近い怒り。

 瞳まで銀色をしているフェイは自国の女王や重鎮に臆することなく、真っ直ぐロベリアを睨み付けている。



「貴様っ、何かと問題ばかり起こす『暴将』のフェイだなっ!? 何をしにきた! 愚か者が!」

「総帥閣下は何も思わないのかい!? アタイらは命を賭けて戦ったってのに!」



 初老の男とフェイが口論し始めたことで、ロベリアは手を上げて制し、口を開いた。



『……あれだけの被害を受けたのです。援助している身でこれ以上の被害は割に合いませんよ』



 軍部の縮小。

 それはノアとしても困る決定だった。資料の中で最も反対したかったものと言ってもいい。思わず彼女が顔色を変えるくらいには『天空の民』が持つ軍隊……その技術は強力無比だった。



「被害? 援助だって? 何だい、あんた、あの戦いが一方的な蹂躙になると踏んでアタイ達を派遣したのかいっ。それが蓋を開けてみたら互角以上の戦いに……戦争になっちまったってんで腰が引けたか! 笑わせるじゃないかっ、数千年もの歴史を軍事演習と軍備増強に費やしてきたアタイ達がそんな情けない奴の軍隊だなんてね!」



 口の聞き方にはかなり問題があったフェイだったが、その言い分は尤もだと感じたのか、出席者達も押し黙る。

 軍だけでなく、他の者達も似たようなことを思っていたのだろう。



『無礼な……フェイ、貴女の功績や実力は知っています。今回、貴女が無様に負け、逃げ帰ったことも。それを不問にしようと言うのです。納得なさい』

「相手が思ってたより強かったから、子供だと思っていた相手が自分と同じ大人だったからってコロコロと態度を変えるのが面白くないってんだよ!」



 再び怒鳴り散らし、丸テーブルを殴る。

 付いてきた部下達は今にも泣きそうな顔でオロオロしていた。



『そのような物言い……面白くありませんね。ライ様達が敗れるほどの相手だったのです。その恐ろしさが貴女にはわかりませんか?』

「はんっ、地上人の奴等には大きい面してっ、いざ戦争になったら逃げ出しっ、実際に戦っていたアタイらには報酬の一つも出せないっ、何かと勇者勇者っ……直ぐ女を盾にするっ、そういうとこも気に食わないね!」



 それまで眉一つ動かさなかったロベリアがピクリと反応していたのを、ノアは静かに見ていた。



『……私は女王である前に一人の女です。それは貴女も――』

「――違うね! あんた、アタイら軍人のことを、MMM乗りのことを何にもわかっちゃいないっ。あんただって昔はブイブイ言わせてたらしいじゃないか! それが今じゃどうだいっ、その風上にも置けない、情けない女に成り下がっちまったっ。アタイはね、女である前に戦士なんだよ!」



 ドンッと、それなりにある胸を叩いて言う姿は成る程、勇ましい。

 その後ろで、「言ったっ……言っちゃったっ……」、「死んだ死んだ死んだ死んだっ、はい死んだーっ、間違いなく極刑だよこれっ、彼に何て遺言残せば良いのっ……!?」という絶望した声が出てなければもう少し雰囲気があったことだろう。



『っ、下らないっ……そうやって、貴女のような人間は下らないことを気にする。雑兵はいつもそうっ……国家の在り方も、私の苦労を知らない小娘がっ……』

「知らないね! 知ってるのはあんたが太古の時代から女王だってことくらいでっ、そんなあんたからすれば下らないだろうさ! でもねっ、アタイにはその誇りがあるっ、矜持があるっ! こうやって聖騎士共にもあんたみたいな女にもっ、アタイらをコケにしてくれた帝国の奴等にも舐められちゃ商売上がったりなんだよ! 負けたから撤退しますだぁ? はいそうですかと引き下がってたまるかってんだ!」



 言ってしまえば、それは彼女の言う戦士視点の話。

 ノアやロベリアのように、上に立つ者としては聞き流す他ない戯れ言である。故に、ロベリアは僅かに嘆息すると、睨み付けてくるフェイに面倒臭げな視線を返しながら言った。



『……ではどうします。どうしたいのです? 今更この決定は覆せません。女一人……失礼。戦士一人に反対されたから先の命令を撤廃するだなんて、私には口が裂けても言えませんよ』



 上に立つ者らしい物言いを、フェイは鼻で笑って答える。



「はっ、簡単なことさ。あんたはただ軍部に……いや、民の皆に言ってやるだけで良い。女王である私様の命令を聞けない奴は失せろってね。アタイは好きにさせてもらうっ。あんな心踊る戦いさせといて、来るかもわからない戦争に備えてまた何千年も演習しろだなんてふざけるのも大概にしな!」



 言いたいことを言い切ったのか、「あっ、こらっ、待たんか貴様! 軍法会議ものだぞ!」と止めようとする総帥に「くどいねっ、好きにすると言ったろ!」とだけ返し、乱入してきた時同様、ズンズン帰っていく。



 部下達は青白い顔でフェイとロベリア達を交互に見やると、ペコリと頭を下げて付いていった。



「た、隊長~っ、勘弁してくださいよっ、マジで私らまで死刑にされちゃいますよ~」

「極刑ものの騒動ナウっと……ははっ、死んだわこれ」



 泣きそうな声とカシャッという写真でも撮ったような音が聞こえてくる。

 彼女らの会話と足音は扉が閉まるまで部屋の中に入ってきていた。



「「「「「…………」」」」」



 重苦しい空気が部屋中を包み込む。



 ノアは内心、「古の時代から生き続ける人族……魔力量も極小……ステータスを持たぬ者……『神に見放されし種族』か……」と呟き、再び資料に目を落とすのだった。



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